四次元ポケットと異世界漫遊記   作:ルルイ

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第五話 親の責任と事実改編

 

 

 

 

 

 夢見る機を使ってフェイトに会わせて数日。

 アリシアは連日、夢を通じてフェイトに会いにいっていた。

 ハジメも一回限りにするつもりもなかったので構わなかったが、アリシアはフェイトに夢で会うために、毎晩バードピアから異次元ドアを通じて時の庭園に泊まりに来るようになった。

 異次元ドアは、どこでもドアのように手軽に移動が出来るので世界移動は大した手間ではないが、頻繁に夢で逢いに行くようなら異次元ドアを調整して、夢電波を中継出来る様にしようかとハジメは考えていた。

 

 毎晩フェイトに会いに行っているアリシアだが、プレシアは初日に同行しただけでそれ以来夢アンテナを外して会ってはいない。

 アリシアの目論見通り、プレシアはフェイトに謝ることになったようだがそれっきりで、時の庭園にはアリシアと一緒に泊まっているが夢の中には同行していなかった。

 アリシアも毎晩誘っている様だが、プレシアはまだフェイトに会い辛い様だった。

 

 ハジメも他所の家庭の問題なのでとやかと言うつもりはなく、何かしらの進展があるまでは夢で会うも会わないも彼女達の自由にさせていた。

 ところが初日以来夢見る機を使っていないプレシアが、思い悩んだ様子でハジメの元までやってきた。

 夢見る機の操作もレーナたちに任せていたので、アリシア達の様子の報告を聞くだけで、案内した時から顔をあわせていなかった。

 

「夢見る機を使っているアリシアの様子はどうですか? プレシアさんは初日以来使っていないようですが」

 

「ええ、毎日嬉しそうにベットに潜って、朝になるとあの子と何話したとか聞かされるわ。

 アリシアが楽しそうなのは良い事だけど、正直あの子の話題は私にはまだ耳が痛いのよ」

 

 プレシアはアリシアから聞かされるフェイトの話題に、嬉しそうながらも同時に困った様子でもあった。

 フェイトが気になるアリシアのせいで彼女達親子の話題はそれになるのだが、今では罪悪感を強く感じるプレシアには常に重い話でもあった。

 それはハジメもわかっているが、家族の問題(他人事)なのであまり突つこうとは思わなかった。

 罪悪感をしっかり感じているならそれでいいと。

 

「毎晩会いに行こうって誘われるのだけど、フェイトとのお喋りを邪魔したくないって茶を濁してるわ。

 最初の一回だけ顔を合わせてアリシアの要望通りあの子に謝ったけど、お互い顔色を窺い合うだけで碌な会話も出来なかったわ。

 その時はアリシアとの会話も私を意識してうまく出来ていなかったし、実際あの子と何を話したらいいかわからないのよ。

 あの子の事をもう嫌う気なんてないけど、今更母親面で接する事なんて出来ないわ。

 自分でもあの子の事をどう思ってるのかすらわからない」

 

 アリシアの意思があったとはいえ、プレシアはフェイトについてどうすればいいか真剣に考えていた。

 当時からフェイトに対して複雑な感情があり辛く当たっていたが、アリシアが生き返った現在でも彼女をどういう風に見ればいいのかわからないでいた。

 フェイトの存在を今更否定する事など出来るはずないが、安易に生み出してしまった自分の愚かさに後悔していた。

 

「けどね、どんなに目を背けたくても、生み出したのが私自身である事をもう否定しきれない。

 母親として何もしてこなかった………いえ、間違った事ばかりしてきたのとしても、親である事から逃げない事にしたわ。

 今更でも責任を果たす事にしたの」

 

「責任?」

 

「ええ……だからハジメ、貴方にお願いがあるわ」

 

 プレシアは姿勢を正して改めてハジメに向き直り、深々と頭を下げて願い出る。

 

「貴方にはとても沢山の恩があるわ。 アリシアの事はもちろん私の病気も治してくれたし二人で暮らせる住処も提供してくれた。

 他にもたくさんのフォローをして、私達を救ってくれた」

 

「気にしないでください、対価はちゃんともらってるんですから」

 

「時の庭園がそこそこ値を張るものでも、あなたの起こしてくれた奇跡に釣り合うほどの物ではないわ。

 あの程度の物で今の幸せが手に入るなら、私は疾うの昔に幸せを取り戻している。

 多大な恩があるけど、その上でまたあなたに無理なお願いをしなければならない。

 おそらくあなたも受け入れられない願いが…」

 

「……どんな願いか知りませんが、自分でもびっくりな事に大抵の願いは叶えられます。

 よほどの事で対して手間のかかる事でなければ構いませんよ」

 

「貴方なら大した手間ではない筈よ。 ただ受け入れ難い願いなだけ」

 

 此処まで聞いてハジメもプレシアの願いがよっぽどのことだと理解する。

 ひみつ道具のお陰でどんな望みでもほぼ叶えられるという自覚があるが、だからと言って何でも出来るという訳ではない。

 ハジメにもポリシーという物があるしモラルもある。 それに反するような行いを極力しないのは当然だ。

 おそらくプレシアの願いはそういう類のものなのだろう。

 

「頭の良い貴方がそう言うんですから、おそらく僕が断りたい願いなんでしょうね。

 ですがまあ、一応願いを聞かせてください。 問題はそれからでしょう」

 

「そうね、私の頼みは貴方が自分のコピーを作っている装置。

 それを使わせてほしいのよ」

 

 プレシアの頼みに、ハジメは流石に少しばかり目を見開いて驚く。

 ハジメが自分のコピーを作っている装置、すなわちタマゴコピーミラーを使わせてほしいとプレシアは言ったのだ。

 それがどういうものなのかは説明をするまでもないが、今のプレシアがそれを使いたいというとは思わなかった。

 

「……確かに無理な願いですし、どのよう理由があるにしろ許可出来ません。

 しかし理由は聞かせてください。 クローンと言う禁忌を冒して後悔していながら、自分のクローンを作る事と同意義の道具を使いたいなんて、今のあなたが望むとは思いません」

 

「ええそうね、私も同じ過ちを犯したいとは思ってはないわ。

 けど責任を果たす為にアリシアの為に、それが必要だと思ったのよ」

 

 アリシアの為に。 正気を取り戻し平穏な生活を手に入れても、プレシアのその根底は一切変わっていなかった。

 プレシアがタマゴコピーミラーを使いたいと思った理由は、なんと管理局に自首しようと言うからだ。

 今更罪を犯した良心の呵責からなどと言う理由ではなく、自身の行いが原因で一人捕まっているフェイト(アルフは?)に自分の罪を押し付けておけないからだと言う。

 フェイトが罪を犯したのは全て自分が理由であり、仮にも!(強調)親である自分が罪を押し付けてのうのうとしている訳にはいかないのだと。

 プレシアはフェイトとの夢の対面でその意識を強くしていた。

 

 アリシアの母親として恥じない様に(前振り)、フェイトに掛けられた本来自分の罪を背負い直す事に何の躊躇もないが、自身が自首していなくなってはアリシアはどうなるというのが問題だった。

 管理局に一緒に連れていくことは前々からの話で問題外であり、ハジメは信用出来るが子育てを一方的な都合で押し付けるのはどうかと、何か方法はないかといろいろ考えたという。

 

 そこで結局ハジメに頼る事になるが、自身のコピーを残す事で間接的に自分がアリシアの面倒を見ることが出来ないかと思ったらしい。

 ダメでもどちらにしろハジメに頼ってしまうのだからと、ダメ元で自分のコピーを作れないかと頼んだというのが大まかな理由だった。

 

「理由は解りました。 ですがやっぱり僕の使っている人をコピーする装置は使わせられません。

 僕にも倫理感が無いわけじゃありませんし、クローンの作成が禁忌的な事柄である事くらい十分理解しています。

 それでも僕がコピーを使っているのは、使うのが僕自身だけだからで他の人間には絶対に使わないと決めているからです。

 自分勝手なルールですが、僕はこれを破るつもりはありません」

 

 ハジメもコピーという自身の複製を作る事に悩みが無かったわけではない。

 だがかつての事件の解決の為に、人手不足の解消という理由で使わざるを得なかったし、コピーの自立性を考えて今でも使用は細心の注意を払っている。

 使い慣れてはいるが決して不用意に多用してはいけないひみつ道具の使い方なのだ。

 

「それに本人がこっちに残って、コピーを管理局に自首させようなんて考えたんじゃありません?」

 

「そ、そんなことないわよ」

 

 否定しているがふと目を逸らしてしまっているあたり、考えていなかった訳ではないのは丸わかりだ。

 アリシア好きなプレシアなら離れる事は決して本意ではないから考えるだろうと、ハジメは簡単に予想出来た。

 

「………(ジー)」

 

「………た、確かに少しは考えたけど、コピーを作って身代わりなんて結局責任の押し付けじゃない。

 これ以上アリシアの母親として恥ずかしい事はしたくないのよ!」

 

「評価相当下がってますから、これ以上下げたくないんですよね」

 

「ウグッ! ほっといて頂戴!」

 

 プレシアは相当下がっていると思っているアリシアの評価を突かれて狼狽えるが、ハジメにはそれほど下がり過ぎているとは本気で思っていない。

 軽蔑するような目で割とよく母を見ているアリシアだが、家族である事を前提として下している酷評であり、同時に大好きである事に変わりはないのだ。

 正気で無かった当時のように反省の色が見られなかったら、酷評で済まないくらい酷い評価を下しているだろうが…。

 

「まあ理由は解りましたし、代わりの解決策を用意しましょう。

 要はプレシアさんがいなくなってもアリシアの世話をしてくれる人がいればいい訳ですよね。

 流石に僕も子供の世話をポンッと無責任に引き受ける訳にはいきませんし、経験があってちゃんとやってくれそうな人に頼みましょう」

 

「……重ね重ね申し訳ないわ。 確かにアリシアをちゃんと見てくれる人間がいれば良い訳だけど、私達の事情を知ったうえで引き受けてくれるそんな都合の良い人間がいるの?」

 

「いるじゃないですか。 子育て放棄したプレシアさんに代わってフェイトを育てたリニスさん」

 

「は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところ変わって、最近よく訪れるミッド次元世界の虚数空間内時の庭園。

 既にいなくなってしまったリニスを復活させるために、ハジメとプレシアはアリシアもつれてここに来ていた。

 

「リニスに会えるって本当、ハジメさん!」

 

「ああ、ちょっと事情があって彼女も復活させる事になったんだ」

 

 リニスを復活させると聞いて嬉しそうにしているアリシアだが、事の発端であるプレシアの自首についてはまだ話していない。

 ハジメがタマゴコピーミラーを使わせてくれるなら自首の理由を言う必要はなく、プレシアはコピーにアリシアを任せられる可能性があったので伝えてはいなかったのだ。

 リニスの復活が成功したら説明すると、プレシアは伝え辛そうな表情で言っていた。

 決めた事とはいえアリシアとの別れが辛いのだ。

 

「ハジメが出来ると言った事を失敗するとは思えないけど、喜ぶのは上手くいってからにしなさい。

 それでハジメ、リニスをどうやって復活させようというの。

 アリシアの時と違って遺体もないし、死んだ使い魔は肉体を残さず魔力素になって消えてしまうわ。

 何もない状態からでも、普通の生物で無い使い魔でも蘇らせられるというの?」

 

「確かに何もない状態からだと蘇生は非常に手間ですが、それなら別のやり方で復活させればいいだけです」

 

 ハジメはポケットからフラフープのような輪っかが付いた装置を取り出す。

 

「【タイムホール】。 時間干渉装置の一つですが、この穴を通して過去や未来を見る事も出来ますし、穴から干渉して物体を出し入れする事で簡易的な時間移動も可能な道具です。

 これで消滅する直前のリニスさんを取り出せば、死んだという事実を時空を超えてその時代から消滅したという真実にすることが出来ます」

 

「時間移動………今更その程度の事で驚いても仕方ないわね。

 確かに時間移動が可能だと言うなら、それでリニスの消滅を無かった事に出来るわね」

 

 ハジメなら何が出来ても可笑しくないと学習しているプレシアは、些細な驚愕はスルーしてリニス復活の可能性を確信する。

 

「けどちょっと待って。 時間移動が出来るという事はかつてのアリシアの死を無かった事にも出来るんじゃ…」

 

「確かにそれは出来ると言えますが、同時に出来ないとも言えますし、意味がないかもしれません」

 

「どういうこと?」

 

 ハジメの要領を得ない答えにプレシアは疑問に思って答えを求める。

 

「あらゆる物には原因と結果の因果関係がありますが、時間移動が絡むと途端に矛盾を引き起こします。

 今のプレシアさんが過去の事件を無かった事にしようとすることは出来ますが、その行動がどのような結果を生むかわかりません。

 過去の事件が無かった事になれば無かった事にする理由その物が無くなり、理由が無ければ過去は改変されず、事件はやっぱり起こるという理屈の無限ループが発生する。

 他にも歴史は完全に確定していて。過去を変えようとしても変えられなかったという結果が、変える前から現在の歴史に刻まれていて何も変えられない。

 はたまたあるいは歴史の変更によって平行世界の分岐が発生して、事件が起きた世界と起きなかった世界になるだけになるかもしれません。

 そういう様々な理由があるので、時間干渉は矛盾を起こさないようにやらないといけないんですよ」

 

「そ、そう……。 それなら仕方ないわね…」

 

 プレシアもハジメの説明に理解は出来ているが訳が分からないといった感じでとりあえず納得した。

 タイムパラドックスは誰から見ても非常にややこしいのだ。

 

「だからこそリニスさんをこちらの時間に呼び込むには、死に際の誰もが死んだと思っている認識がされた後でないと、現在の自分たちの認識を歴史の変更で捻じ曲げる事になり時間矛盾が発生します。

 それほどギリギリの瞬間じゃないといけないんです。

 まあ死ぬ直前や死んだ直後なら、蘇生も特殊な力が無くても不可能じゃないですしね」

 

 仮死状態からや呼吸停止からの蘇生など、実際によくある話なのだから。

 

「そういう訳で、リニスさんが消滅した日時と場所とその時の具体的な状況を教えてくれませんか?

 流石に何時の何処かわからないとタイムホールでも手が出せませんし、状況がわからなければこちらに呼び込むタイミングも見計らえませんし」

 

「えっ!? ええそうね……」

 

 プレシアはまたも気まずそうにしながらアリシアを横目で見て、その時の事を答える事に躊躇する。

 それを察したアリシアはプレシアが答える前にその理由を暴露する。

 

「死んでた間の事を思い出してるんだから、隠しても意味ないよママ。

 あのねハジメさん。 リニスはフェイトのお世話をして勉強を教えてたんだけど、ママったら勉強が終わったらもういらないって使い魔契約切って転移魔法で追い出しちゃったんだよ!」

 

「知ってたの!?」

 

 その事実にプレシアは非常に狼狽えているが、逆にアリシアは淡々とした様子でその時の事を語っていた。

 

「ママの悪い所は全部見てたんだよ。 この時の事も酷い事だけど、ママもっと酷い事沢山してたじゃない」

 

「ど、どの事!? 酷い事してた自覚はあるけど、思い返したら心当たりがたくさんあり過ぎる!

 あのねアリシア、リニスには確かに酷い事したと思うけど、私もその時は事情があってね…」

 

「知ってるよ。 全部見てたんだから、ママが病気でリニスの維持が難しかったって理由も知ってる。

 だから酷い事していいって訳じゃないけど、ママが大変だったのも解ってるんだよ」

 

「ッ! ごめんなさいアリシア~!」

 

 酷い行いをした事に怒っていながらも一定の理解を示したアリシアに、プレシアは謝りながらも感動してアリシアを抱きしめる。

 アリシアも少し拗ねた様子を見せているが、されるがままにプレシアの抱擁を受け入れていた。

 様々な出来事でいろいろ思う所はあっても、お互いが大事という認識に変わりはないのだ。

 

「感動的な感じになってるところ悪いけど、そろそろ話を進めさせてもらっていいかな」

 

「「アッ、ハイ」」

 

 空気を読んだ上で空気を断ち切るようにハジメは話を進めさせた。

 当時の状況を更に詳しく聞いて、大体の時間と場所も把握したところでタイムホールにその時間と場所をインプットしていく。

 当時の事は次元空間に浮かぶ時の庭園での出来事であり、大体の場所は解っても広い次元空間から航行している時の庭園を見つけるの少々苦労する事になる。

 そして見つけた時の庭園をマークしてリニスが消える事になる時間を探し出した。

 

 タイムホールの穴にはタイムテレビのように、その時間の状況が映し出される。

 映し出された先には、当時の顔色が悪いプレシアとリニスが言い争っているのが見えた。

 設定を弄って現在は穴としての機能を制限し、出入りは出来ないが向こうからは見えないタイムテレビと同じような状態にしている。

 なので画面の向こうの二人はこちらに気づかず言い争っているが、その様子に思い当たる節のあるこちらのプレシアは顔を顰めていた。

 

「覚えているわ、この状況と会話。 この後、私がリニスとの使い魔契約を切って時の庭園から追い出すのよ。

 契約を切れば使い魔は存在を維持出来ずに消えてしまうから、転移魔法で追い出して後は消滅したと思ったのよ」

 

「じゃあ転移魔法で飛ばされる先を割り出して、消滅する前にこちらに回収しましょう」

 

「だけど私はランダム転移でリニスを飛ばしてしまったわ。 何処に飛んだか私自身も解らないの」

 

「こっちと向こうの時間は元々別の時間軸ですので、調査に時間が掛かっても向こうに時間の余裕があるなら何も問題もありませんよ。

 それに空間に関しては相当研究した得意分野なんですよ。 魔法であっても空間に作用するなら、その流れを観測するのは難しくありません」

 

 ハジメは即座に空間作用観測の為の機械を取り出して、タイムホールの隣に設置して転移魔法の作用を観測する準備をする。

 映画事件時代に様々な技術の研究や開発をして知識を高めていたが、特に必要性の高かったタイムマシンの時間移動や宇宙船のワープ機能などの、世界移動を含めた空間作用に関しては結果的に深い知識を得ていた。

 そんなハジメから見れば転移魔法は割と理解しやすい空間作用なのだ。

 

 リニスを見失わないように観測装置を用意してその時を待つ。

 タイムホールの向こうの二人の言い争いは激しくなっているようで、今にも強硬手段に出そうな雰囲気だ。

 正確にはリニスが食いついてプレシアが煩わしそうにしている様子だが。

 

『プレシア、お願いですから思い止まってください。 フェイトは貴方の事を母と慕っているのですよ。

 ちゃんとあの子の事を見てあげてください』

 

『どうでもいいわ、アリシアのまがい物なんて。 大事なのはアリシア只一人よ。

 アリシアの成り損ないでも使える様にと貴方に教育させていたけど、もう十分でしょう。

 アレにはせめて私がアリシアを取り戻すための捨て駒になってもらうわ』

 

『プレシア!』

 

 荒れていた当時のプレシアの酷い言い草にリニスは声を荒げるが、一切堪える様子を見せない。

 それに対してこっちのプレシアは、当時の自分の言動に不機嫌そうに目を吊り上げているアリシアの様子に冷や汗を流しながら狼狽えていた。

 同一人物とは思えない反応の違いだった。

 

 アリシアも当時のプレシアの行動は今更なので隣のプレシアに追及する気はないが、フェイトの事をぞんざいに扱う発言を聞けば不愉快な気分になるのは仕方なかった。

 こっちのプレシアはまたアリシアに怒られないかとハラハラしながら過去の自分を見ていると、目的の状況が訪れたようだ。

 煩わしそうにしていた過去のプレシアが、デバイスの杖を手にして地面を突いて魔法陣を展開した。

 

『煩わしいわ。 貴方の役目はフェイトの教育。 それが終わったのならもう用済みよ。

 使い魔の維持も楽じゃないのだから、ここで消えてちょうだい』

 

『待ってくださいプレシア!』

 

 制止も聞かずプレシアは腕を向けると新たな魔法陣が浮かび上がり、同時にリニスの前にも同様の魔法陣が浮かび上がると、次の瞬間に同時に砕ける。

 それは使い魔契約の魔法陣でプレシアが契約を破棄して解除した証明であり、同時にリニスは命の根源を失って脱力し床に倒れこむ。

 更に人の姿を維持出来ずにヤマネコをベースにした大きなネコ科の使い魔の姿に変わってしまう。

 

『アリシアが戻ってきた時、リニスがいないと悲しむかもしれないけど仕方ないわ。

 アルハザードに辿り着くまで、何とか体を持たせないと…』

 

『待って………プレシア…』

 

『………本当に、最後まであなたは煩わしかったわ。 消えなさい』

 

 床に広げられていた魔法陣が光り輝くと倒れ伏したリニスの周囲に収束する。

 そこに転移魔法が展開されて、リニスの姿が時の庭園から消え去った。

 

「転移魔法による空間移動を観測成功。 これからタイムホールでリニスの飛ばされた場所に繋いでこちらに引き込みます。

 準備はいいですか?」

 

「え? ええいいけど、私達が何かする必要はあるの?」

 

「契約解除されたままじゃリニスさん消えちゃうじゃないですか。 それを何とかしないと、こちらに引き込んでもすぐ消えちゃいますよ」

 

「わ、私が再契約するの!?」

 

「僕もまだ使い魔契約については調べていないんで出来ませんよ」

 

「だからって私が…」

 

 かつて、そしてたった今、目の前で行われた契約解除による切り捨てをした手前、再びリニスと契約し直すのはプレシアは非常に気が引けた。

 だがハジメはまだ魔法知識が足りず、アリシアは魔法素質が足りていないので、この場で契約できるのはプレシアだけだった。

 

「他に出来る人居ませんし」

 

「じ、時間は作れるんでしょ! 私は……ほら、いろいろあるから、貴方にお願いしたいんだけど…」

 

「ママしっかりして! どっちにしたってリニスがこっちに来たら顔合わせるんだから変わらないよ。

 だからリニスと契約し直してちゃんとさっきの事謝って!」

 

「………わかったわ」

 

 アリシアに諭されてプレシアも観念しリニスと再契約することを覚悟する。

 別の思惑もあるにはあったが、この場は仕方ないと決めた。

 

「それじゃ行きますよ」

 

「ええ………ところで、その棒は何?」

 

「【タイムトリモチ】ですが、なにか?」

 

 タイムホールを前にリニスと引き込もうと構えていたハジメの手には、先に鳥もちの付いた棒が構えられていた。

 タイムトリモチはタイムホールとセットの道具で、これでホールの先の目的に物をくっつけて取り出すのだが、見た目的にかなりアナログすぎる道具だった。

 専用の道具である事に変わりはないのだが、もう少し見た目を良くした引き込むための道具は無かったものだろうか?

 

 プレシアも見た目はともかく性能はすごいひみつ道具を何度も見せられているので、それ以上は追及せずちゃんとした機能があるのだろうと納得して追及をやめた。

 タイムホールの穴の先に転移したリニスが見えた所で、すかさずタイムトリモチを差し込んでリニスにくっつけこっちの時間軸に引っ張り込んだ。

 リニスは契約解除と転移のショックで気を失っており、だんだん体を構成している魔力を失って消え始めている。

 

「それじゃあプレシアさん、お願いします」

 

「……わかったわ」

 

 こうしてリニスは時間を超えて、消滅した事実をしていなかったという真実にすることで生き永らえた。

 その後目覚めたリニスに簡単な事情を説明した後、プレシアはアリシアによってしっかりとリニスに謝らされるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 管理局次元航行艦アースラ、その一室に留置されているフェイトは行動の不自由はあれど悪くない環境で過ごしていた。

 後にPT事件と呼ばれるジュエルシード騒動に関わった実行犯の一人ではあるが、事件解決後は管理局に従順であり罪を償おうという姿勢を見せている事から、彼女自身の事情も考慮されて容疑者としてではなくほぼ客人に近い待遇を受けることが出来ていた。

 形式上留置してる扱いから外す訳にはいかない事から行動は制限されているが、申請すればある程度の望みは聞いてもらえるほどの優遇があった。

 

 そんなフェイトは事件の結末に一先ず踏ん切りをつけて、今後の事を考え出来る事を模索し許される自由を使って行動を起こしていた。

 彼女の今一番の望みは事件の時に友達になったなのはに早くまた会いたいという物であり、その為には自身の罪の清算である管理局での裁判を乗り越えなければならなかった。

 執務官のクロノはもろもろの事情も考慮して悪い事にはならないと言ってはいるが、それでも今後の自分の行動次第で裁判の結果が少なからず変わるとフェイトは解っている。

 

 フェイトはどうすれば裁判の結果を良く出来るかとクロノに聞き、そのアドバイスで少しでも管理局の心証を良くする為にと嘱託魔導師の資格を取る事を進められ、それを得る為の試験を受ける事にした。

 自由があるとはいえ特にやる事も無かったフェイトは、嘱託魔導師の試験に向けてその一室で勉強に励んでいた。

 

「フェイト、あんまり無理するんじゃないよ。 この前の時の無茶と違って勉強なら心配ないけどさ、疲れたならちゃんと休んだ方が良いよ」

 

 使い魔であるアルフも当然一緒に生活しており、事件の時のように無理しないかいつも気遣っていた。

 

「大丈夫だよアルフ。 時々休憩を挟んでるし、夜はちゃんと眠ってる。

 それに最近はあまり夜更かししないでちゃんと寝ているよ。 知ってるよね」

 

「そりゃまあ確かに知ってるよ。 毎晩夢を楽しみにしながらベッドに入ってるんだ。

 あれでちゃんと寝てないとは言わないよ」

 

「そ、そんなに楽しそうにしてるかな?」

 

「してるねえ」

 

 フェイトはアルフと共に毎晩アリシアと会うという同じ夢を見ていた。

 夢の中で初めてアリシアと会った時、自身との関係からどう向き合えばいいのかフェイトは戸惑う事になった。

 だがアリシアは非常にフレンドリー?に接し、自身を姉としてフェイトを妹と言い切って家族として向き合ってきた。

 事件当時最後までプレシアに向かっていったことから分かる様に、家族愛に飢えていたフェイトはあっさりアリシアに懐き、毎晩夢で会うのを楽しみにしていた。

 チョロインと言ってはいけない。

 

「でもまあ、不思議な夢だよねぇ。 毎晩直接会った事も無いアリシアが夢の中に出てくるなんて。

 それにアタシもフェイトと同じ夢を見てるんだよ」

 

「うん、そうだね。 けど夢でも嬉しいんだ。

 本当の姉さんとは話したことも無いはずなのに、夢の中では本当に会えている気がする。

 この夢が何時見れなくなっちゃうかわからないけど、見れるなら少しでも長く眠っていたいくらい。

 それに、母さんともまた夢の中で会いたいし」

 

「……フェイトが嬉しいんだったらそれでいいんだけどね。

 まさか夢の中とはいえ、あのプレシアがアリシアに言われて謝るとは思わなかったよ」

 

 初日しか夢に同行していないプレシアだが、フェイトと一度だけ顔を合わせた時にアルフとも会っている。

 当時フェイト以上に意識する理由も無く碌に相手にしていなかったプレシアは、今もアルフをフェイトの使い魔だということ以外意識しておらず、フェイトと向き合って謝る事にいっぱいいっぱいだったので、素でアルフを居ない物として意識していなかった。

 しかしプレシアを嫌っていたが故に意識はしていたアルフは、夢の中でもプレシアがフェイトに謝った事に驚いたのだった。

 

「うん、夢だから本当の事じゃなくても私もちょっと驚いた。

 けどその後せっかく母さんがいるのに何を話せばいいのかわからなくて、碌に何も話せないまま夢から覚めちゃったから少し後悔してる。

 次の日からアリシアは夢に出てきても母さんは来てくれないし、やっぱり夢の中でも母さんを怒らせちゃったのかな」

 

「夢の話にそんなに真剣に考えたってしょうがないよ。

 それに夢の中でアリシアがプレシアは怒ってないって言ってたし大丈夫なんじゃないかい?

 まあ、何処までいっても夢の話なんだけどね」

 

 ふしぎな夢でも所詮は夢と認識している二人には、どんなに幸せでも現実に何の影響もない夢なら特に意味がある訳がないと解っている。

 それでもフェイトは夢でもプレシアに会いたいとは思うし、アルフもフェイトが良い夢を見れて幸せならそれでいいと思っていた。

 

「それはそうだけど、また夢に母さんが出てきたら今度こそちゃんと話がしたい。

 だから無意味かもしれなくても、夢で会えた時の為に母さんと話す事を時々考えてる。

 アルフは何か母さんと話したい事とかない」

 

「言ってやりたい事なら山ほどあったけど、夢の中でフェイトを困らせてまで言いたい事じゃないね。

 まあ夢の中でもプレシアがフェイトに酷い事するなら、今度こそガブッといってやるんだけどね」

 

「ダメだよアルフ」

 

 夢見る機によるアリシアとの対話も夢としか認識していないが、フェイトにとっては幸せな夢と感じアルフもそれで納得していた。

 しかしそれは夢では終わらない現実と密接に関係して起こっている出来事であり、夢の繋がりによって遠い地で進みだした事態は、この日現実のフェイトの元へと届く事になった。

 

 アルフと夢の話をしながら机に向かって勉強していたフェイトに、艦内通信で連絡が入った。

 管理局の裁判の事などいろいろアドバイスをしてくれている執務官のクロノからだった。

 

『フェイト、まだ起きていたか?』

 

「うん、まだ嘱託魔導師の勉強をしてるけど、どうしたの?」

 

『君に伝えるべきかどうか悩んだんだが、僕等の管轄で処理しなければいけない以上アースラにいる君達に隠し通すのは無理だろうと判断して伝える事にした。

 君にとっては朗報なのだろうが、アルフにとってはどうかは解らない』

 

「アタシに?」

 

「なにかあったの、クロノ?」

 

 通信に映し出された映像から語るクロノは非常に歯切れが悪く、伝えるとは言っても未だ悩んでいる様子が見られた。

 フェイト達も何かあったのかと察して、真剣な表情でクロノの話を聞く姿勢を見せる。

 

『……落ち着いて聞いてくれ。 プレシア・テスタロッサが見つかった』

 

「ええっ!?」

 

「なんだって!?」

 

 夢とはいえプレシアの話題を直前までしていた二人も、流石にそれは寝耳に水の報告だった。

 

 事態が動き出したのは数時間前。

 アースラに不明の通信を受信したところから始まり、通信をオープンにすれば先日の事件で虚数空間に落ちて行方不明、事実上死んだと思われていたプレシアが現れた事でアースラスタッフは騒然となった。

 通信の内容は要約すれば、事件の罪を償う為に自首するので迎えに来いという物だった。

 

 事件の最中に死んだと思われていた容疑者が通信を繋いできて、その上事件当時頑なに管理局の制止を拒んだ人物が自首を宣言したことで、更に混乱が起こっている。

 しかし彼らも只慌ててばかりなわけではない。

 何らかの罠を警戒しつつも自首を申し出てきた容疑者を放置する訳にもいかず、先日の事件でプレシアを拘束しようと派遣されて返り討ちに遭った武装局員を再び、今度は自首するプレシアが待っている世界への迎えに派遣する事になる。

 迎えに現れた武装局員に、自首すると言う宣言通り抵抗する事も無くプレシアは拘束され、現在こちらに戻ってくる最中だとフェイト達はクロノから聞かされた。

 

 夢の中でもいいからもう一度会いたいと、つい先ほどまで願っていたフェイトは、現実にプレシアがアースラにやってくると聞いて、それはもう混乱した。

 どうしようという混乱を見せるかのように、ワタワタと手振りをしてふらふらと彷徨い、バランスを崩して机の前の椅子から転げ落ちてしまう。

 

「フェイト!?」

 

『大丈夫か? フェイト・テスタロッサ』

 

「う、うん、大丈夫、ちょっとどうしたらいいかわからなくなっただけ。

 それでクロノ、母さんに会うことは出来るの」

 

『すまないが直ぐには出来ない。 プレシア・テスタロッサはもちろん、君も保護に近い立場であっても容疑者には違いない。 君等がするとは思わないが、事件の共犯として話を合わせて事実を誤魔化す隠蔽工作を許してしまう状況を許すわけにはいかない。

 それに客観的な観点を考えると、君の保護という観点からも不用意に彼女と接触を許可する訳にはいかない。

 君の心情がどうあれだ』

 

「そう……だよね」

 

 フェイトは残念そうに項垂れるが、管理局側から見ればその理由に正当性はある。

 同じ事件の容疑者であり共犯である事実はどこまでいっても変わらない実状であり、尚且つ二人の人間関係はあまりよろしいものではなく、管理局と言う真っ当な民衆を守る組織としては傷つけられる弱い立場の者を守らねばならないのは当然の事だ。

 すなわちフェイトがプレシアに再び肉体的であれ精神的であれ、傷つけられることを管理局の御膝元で許すわけにはいかないのだ。

 

『……だが十分な調書を取った上で彼女の精神状態を確認し、君への攻撃性が無いと判断出来たら僕等の監視の下でなら面会の許可は出せるだろう』

 

「本当、クロノ!」

 

『あくまでプレシア・テスタロッサに問題が無いと判断出来た場合だ。

 彼女の自首は非常に不可解だが、自己の判断でそうしたのなら事件当時の様な追い詰められた精神状態ではないだろう。

 面会には艦長の許可もいるし必要な手続きある。 いろいろな問題があるから確実に時間はかかるし彼女次第でもあるから確約は出来ない。

 尽力はするがあまり期待しないでくれ』

 

「うん、わかった待ってる!」

 

 色好い返事の出来ないクロノだが、フェイトはそんなことはお構いなしに期待一杯の様子で返事をする。

 その様子にクロノは、尽力はすると言ったがこうまで期待されては手は抜けないなと思いながら苦笑し、こちらに来るプレシアを迎えるのを待つと言って通信を切った。

 フェイトは興奮していつの間にか立ち上がっていたが、通信が切れた事で再び椅子に腰を下ろす。

 

「母さん良かった。 ホントに生きてたんだ」

 

「正夢って奴かね。 プレシアの夢を見た後に本当に出てくるなんて。

 けどホントに会う気かい? アタシはまたあいつにフェイトが酷い事言われないか心配だよ。

 夢みたいにうまくいくとは限らないんだよ」

 

「そうかもしれないけど、母さんと話せる機会が出来たんだ。

 酷い事言われるかもしれないのは怖いけど、夢の続きでもあの時の続きでもまた母さんと話がしたい。

 なのはみたいに話し合おうとするのを諦めたくないんだ」

 

「あの子みたいにか。 あの子もそうだったけどフェイトも相当頑固だよ」

 

「そうかな?」

 

「そうだよ。 まあアタシはフェイトの使い魔だからご主人様の命令には従うよ。

 けどプレシアがまた酷い事言うようなら今度こそぶん殴ってやるよ」

 

「それはだめだよアルフ」

 

 フェイトは再びプレシアと会う事を、夢ではなく現実として期待しながらアルフと共に待つ。

 本人はまだ認め辛いが、フェイトの為に自首してきたプレシアは以前の様な攻撃性はなく、それをクロノ達管理局が認めるのもそう遠い話ではない。

 フェイトとプレシアが現実で改めて再会するのも、そんなに先の話ではなかった。

 

 

 

 

 

 


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