ロレント北西のタルア村近辺にシャルル率いる王国軍の部隊はいた。モルガン中将とリシャール大尉を連隊に引渡し、銃弾や食料を補給し二日間の療養の後深い森の奥にあるこの村にやってきたのだった。本部との連絡と補給物資の運搬は帝国軍の使えない裏道を使用してしばらくの間補給線の破壊の任務を命じられていた。
「本日付でこの特別遊撃部隊の隊長に就任したシャルル=ブライト少尉だ。階級は少尉だが特例でこの部隊の指揮官として作戦を遂行することになった」
元48小隊に隊長の戦死した小隊などを加えて戦闘要員は実質的には大隊クラスの人数だったがモルガンの判断で小隊として銘打ったので隊長は少尉のシャルルだった。
「スビアボリ要塞所属の者でも俺の訓練を十分に受けていなかった者も多いと思う。だが今は国家の一大事であるゆえ君たちには実戦の中から多くのことを学んでほしい。もちろん基礎は叩き込んでからの話になるがな」
シャルルは部隊を、攻撃、防御、訓練、休養の4チームに分けてローテーションを組むことで限られた人員を効率的にまわすことにした。
目的はハーケン門-ボース区間を行き来する敵補給部隊や戦車隊などに対してヒットアンドアウェイ攻撃によって進軍スピードを低下させ、南部での部隊の建て直しを行う為の時間稼ぎであった。事実、南部のツァイスやグランセルではカシウス大佐主導で部隊の再編が急がれていた。
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太陽が沈み始めていたころ5人×5チームで分散した部隊のうち、シャルル率いるゲリラ部隊は幹線道路わきの木がうっそうと茂っている森の中で小高い丘から双眼鏡で敵の部隊を探索していた。
「何かいたか?」
「いや、いませんね」
下で警戒にまわっていたシャルルが木の上にいる監視任務を持っている兵士に尋ねる。特別遊撃隊は通常部隊の着てるようなカラフルな王国軍軍服ではなく、グランセルの織物商が考え付いて急遽採用され、ツァイスのテクノロジーで生み出された森林迷彩の戦闘服を着ており、顔にも特殊な塗料を用いてまわりの風景に完全に溶け込めるようになっていた。
短距離小型無線ですべてのチーム同士が繋がっており、各チームで違う場所で待ち伏せしながら高度な連携行動をとりつつ作戦が取れるように配置されていた。シャルルが水筒をあけて水を飲もうとすると無線が入った。
『こちらδチーム。敵の補給部隊を発見。ポイントBをおよそ三分後に通過する模様。なお前方1と後方2の計3輌の戦車を確認』
『αチーム、了解。ポイントC付近にて待機せよ』
『了解』
無線を切り、周りで警戒中のメンバーを呼ぶ。
「αチーム、ポイントCに向かうぞ」
「「「Yes,sir」」」」
リベール王国は山がちな地形で平坦な道や大通りは少ない。自然と大部隊は縦に長くなり側面が薄くなる。おまけに帝国軍の運用する戦車は大型・重装甲で山岳地帯の護衛に使えば道幅いっぱいを占めるレベルである。しばらく待機していると帝国軍の戦車が低速で警戒しながら現れた。その後ろに続いて歩兵を乗せたトラックと補給車隊がやってきた。キャタピラの音が近づく中無線機に一言告げる。
『補給部隊を狙え。タイミングは地雷の作動音だ』
「最近このあたりでよく王国軍に襲われるらしいな」
補給部隊のトラックの中にいた兵士が同僚につぶやく。占領したルーアンでの治安維持を担当する予定部隊の第一陣であった。
「らしいな。おまけにこの間、ハーケン門の失態もあったから前線部隊の将軍は更迭されたらしいぞ。代わりに来たのがヴァンダール中将なんだそうだ」
「本当か!それはありがたいな。あの方は家柄だけの将軍じゃなくて実績のある方だから安心できる。下っ端としてもありがたいな」
「護衛に戦車もつけてくれているし安心できるな」
ハーケン門とボース間の道はきれいに舗装されておりトラックで物資を運んだりするのには苦労しなかったが、車道の横はすぐに森で、まったく遮蔽物など無く森の中からは丸見えという守りにくいところである。
談笑しながらトラックに揺られていると前方で大きな爆発音が響いた。それと同時に両サイドから銃撃が始まる。紛れも無い王軍からの奇襲攻撃であった。
「くそ!応戦しろ!」
トラック群が急停止して中から帝国軍の兵士たちが出てきて応戦しようとする。それを見計らって王国軍の対戦車無反動砲が一斉に放たれる。トラックの爆発に巻き込まれ次々に兵士が吹き飛ばされ、補給物資を載せた車両が延焼していく。遮蔽物のない中で左右からの挟撃を喰らい、前後が戦車で閉じられた輸送隊は弾薬輸送車に引火したことで火災による被害は拡大する一方だったがふと銃撃が収まった。警戒していた帝国軍であったが少数による奇襲攻撃だったので反撃を恐れて敵は撤退したようだった。
「通信兵!誰かここのことを知らせろ!もう無茶苦茶だ!」
日がくれる前に撤退しなければ再び袋叩きに会うので急いで消火し、撤収する準備を進めていった。
「いったい護衛部隊は何をしていたんだ!」
ハーケン門にスナイダー大将の怒鳴り声が響く。精鋭の重戦車と治安部隊と共に歩兵もつけたのにもかかわらず、有効打を打つこともできないで一方的にやられて、敵に撤退されてしまったというのが彼を怒らせる原因だった。
「しかし大将。王軍は一撃離脱を基本としておりますので捕捉するのが難しいのです。森の中を追うにも慣れていませんので追いつけないという手詰まり状態です」
「わかっておる。今は数に任せて補給物資を送り込んでいるがもっと補給線が延びたらますます進軍速度が落ちるぞ」
そのとき司令部室のドアが開く。中に入ってきたのはヴァンダール中将だった。
「なぜ貴様がここにいる。ゼクスト=ヴァンダール中将殿」
機嫌の悪いスナイダーが問いかける。
「なぜといわれましてもな。上に言われてここで指揮を執れといわれただけです。これが指令書です」
そういってにセットの書類を渡す。
「俺がデュッセルドルフの総司令部に着任だと?そしてお前が前線指揮官と。……栄転などとふざけた手紙を添えよって。ふん、まあここは貴様に任せる」
「ええ。デュッセルドルフは今回の王国侵攻作戦の総司令部と補給基地ノアr場所ですあら後方支援をよろしくお願いします」
自室に戻り移動の準備に向かったスナイダーを見送り今回の被害報告に目を通すヴァンダール。
「歩兵の大部隊によるネズミ捕りをさせろ。そのあとそのいったいを地雷原にしろ。それでしばらくちょっかいはかけてこなくなるだろう。そのあとルーアンに兵を進めるぞ。持久戦になればこちらが有利になるが、こんな小国はさっさと落としてしまわねば帝国の面子に関わる。まあ梃子摺るとすればカシウス=ブライトのいる南部ぐらいだろう」
帝国軍の警戒度のアップと遊撃部隊への閉鎖作戦により動きが制限された王国軍であったが隙を見て地雷の除去と間を縫ってのゲリラ作戦を展開した。しかし所詮はゲリラ活動。帝国は被害を受けているとはいえ決定打になる程の被害にはなりえず、ル進駐軍によりルーアンをが完全に掌握されたのを確認したシャルルは本格的な討伐戦が始まる前にロレントへ退却した。それとは対照的にヴァンダール中将率いる帝国軍は順調にその勢力を広げ、王国領土内に橋頭堡を築いた帝国軍前線部隊は少しずつではあるが次の目標である王都・グランセルに迫っていた。
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五大都市のひとつとされているロレントではあるがその実は唯の田舎の中心部であり、補給能力や防衛能力は皆無であった。それは帝国軍の作戦対象都市に名を連ねていないことからも明らかであった。もちろんシャルルもそんなことは承知していたので王都へ帰還する為の補給のみ済ませてロレントを出発していた。トラックに載せられた兵員と勇敢な兵士たちの形見を乗せて特別遊撃隊はレイストン要塞に収容されてその任務を終え、要塞守備隊の一部隊となった。シャルルは話がある、ということで上層部からの呼び出しを喰らっていたので陸軍省に向かっていた。
陸軍省の将官室にやってきたシャルルは以前のように帝国派に小言を言われることを予想しつつ、ノックをした。
「特別遊撃隊のシャルル=ブライト少尉です。入室します」
「どうぞ。入りたまえ」
中から返事をしたのは帝国派の筆頭・エドワード中将であった。部屋には南部を担当しているコリンズ大将を除いたリベールの陸将5名がいた。
「要塞では世話になったな。今回はたいした話じゃないから気張らんでもいいぞ」
入って声をかけてきたのはモルガンであった。
「久しぶりだねシャルル君。軍に誘ったとき以来かな?アレから君に会っていなかったがココでも君の名を良く聞いたよ。優秀な子がいると上も安心できる」
エドワードも挨拶をしてくる。
「お褒めに預かり光栄です、中将。しかし今日はどのようなことで呼び出されたのですか?たいした話でなくても社交辞令だけではないでしょう?」
貼り付けたような笑みのエドワードは水を一口含んで続けた。
「社交辞令ではないよ。帝国からの侵攻を食い止める為に奮戦したことは報告書でわかっているからね。君に伝えなければならないことは明日の夕方、グランセル城にて受勲式が行われるのだが、モルガン中将が君を推薦したからそこに出席してもらいたいということだ。より正確には特別遊撃隊を推薦したのだがね。これまでの実績を見て国威発揚のためにも君が適任なのだよ」
エドワードの言葉ににモルガンも続く。
「お前は宣伝にちょうどいい素材だからな。剣聖・カシウス=ブライトの長男で顔、頭、武術の三拍子そろっただとマスコミの連中が騒ぐだろうから、軍に協力的な社会体制を作れる。政治屋の余計な口出しを防ぐ為の人気取りにはもってこいだ。ついでに中尉に昇進もする」
「……わかりました。そういうことなら喜んで受けさせていただきます。しかしいいのですか?陸士を出ていない軍人がスピード昇進などしたら後で揉めるのではないのですか」
「気にすることはない。我々が承認し、女王陛下も認められたことだ。嫉妬を受けるのも有能な人間の使命だよ」
あらためて式の詳細の書かれた紙をもらったシャルルは上に指定されたグランセルのホテルに向かいそれまでの疲れを癒した。
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次の日、準備を整えて王城の控え室に向かったシャルルを南方軍のコリンズ大将が待っていた。
「これは……。南方軍の将軍殿がどうしてこちらに?」
「そう緊張しなくてもいいぞ、ブライト少尉。君の父からいろいろ聞いておる。さて今回ここの呼んだのは察しがついてると思うが君への受勲が行われるからだ。最近暗い話ばかりで国民の士気も落ちる一方。君のこれまでの活躍はジョーンズ准将とモルガン中将から聞いている。そこでそれらを総合して考えてこういう流れになった。政治的パフォーマンスがたぶんに含まれるが我慢してくれ」
「昨日他の将軍方からもご説明いただきました。滅相もありません。私のような弱輩者の我が身にあまる栄誉です。謹んでお受けさせていただきます」
「そういってくれて嬉しいよ。なぜ帰ってきたかは、まあ一応私が一番階級が上の陸軍将官であるのと、南方は君の父親のおかげでだいぶ落ち着いているからね。マスコミからいろいろ質問されるだろうからスピーチか何か考えておくといいぞ」
そういい残してコリンズは部屋から去っていった。
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謁見の間にはアリシア2世女王陛下や王国の政治家の重鎮たち、中央の将官クラスの軍人、宣伝の為に特別に入城を許可された報道関係者が待機していた。そして謁見の間の扉がゆっくりと開く。シャルルの視線、通路の真ん中に惹かれた赤い絨毯の先にはこの国の国家元首たるアリシア女王陛下が玉座に座していた。横に構えた儀仗兵の合図で多数の参列者の目線とカメラのフラッシュにさらされながらシャルルは歩いた。
壇の前に着くと女王が立たれた。一礼したあとシャルルも壇の上に立つ。壇の下の両サイドにはコリンズ大将や王国議会の二人の議長をはじめとするこの国の文武の頂点が腰掛けていた。
「シャルル=ブライトさんですね。顔をお見せください」
女王の言葉に応じて敬礼をしつつ返事をする。
「リベール王国女王・アリシア=フォン=アウスレーゼの名において金隼殊勲十字章、白銀星章および王国紅綬章の以上3種を授与します」
その言葉と共にシャルルに3つの勲章の入れられた箱が渡された。その姿を写そうとかめらのフラッシュ一段と多くがたかれる。
隼殊勲十字章は金、銀、青銅の3つのクラスがあり、金がその中の最高勲章である。ゼムリア大陸最古の勲章であり軍の指揮官として多大な成果を挙げた将校に対して送られるもので、スビアボリ要塞封鎖作戦の立案実行と特別遊撃隊としての多大な功績に対して送られた。星章は黄金、白銀、青銅の3クラスで受勲者本人の戦功に対して送られる。シャルルの場合、単騎での帝国軍戦車部隊の撃破戦功に対しての授与。そしてもうひとつ、王国紅綬章は自らの命を顧みずに救助した者に対して送られるもので、スビアボリ要塞の捕虜解放とハーケン門でのモルガン中将救助が認められたものだった。
「また、彼の部下として勇敢に戦われて戦没された方々には黄金星章、従軍章、戦没勲章の3つを授与します」
勲章を手に取り段の下におりると首脳陣代表としてコリンズ大将がシャルルの王国への功績について高らかに述べた。要約すれば帝国との戦争という未曾有の国難に子供ですら体を張ってがんばっているからだから大人ももっと軍に協力しろ、だった。
国難における少年の英雄誕生に世間は沸いた。ドラマ性の高いシャルルの生い立ちがそれにいっそう拍車をかけた。今までの暗い雰囲気を一掃するようなめでたい話と負け続けと思っていた王国軍の意外戦果。世論の風向きが少しだけ変える材料となった。絶望の中に見えた一筋の光と根拠はないがなんとなく出てきた自信。忠君愛国が世論を風靡していた。コリンズ大将の炊き付ける様な演説は軍首脳の思惑通り働き、国民は一致団結の方針へと向かっていくことになる。
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受勲式が終了すると報道記者に囲まれてプライベートなことを嬉々として質問してくるあたり本当に戦中下の国民なのか疑問に思える。そんなことも思いつつ、記者からのさまざまな質問攻めに会い、お茶を濁しつつ何とか答え終えて外に出ると今度は式の話を聞きつけた国民たちに囲まれて酒場に連れて行かれしまった。開放されたのはだいぶ遅くになってからだったが、久しぶりに肩書きを忘れて楽しんだシャルルであった。
「長く居過ぎたな。速くホテルに戻らないと……」
飲んだくれの山から脱出したシャルルは日が落ちて少し肌寒くなった外にいた。戦時下とはいえ王都だけあって人が多数行き来していた。平時ほどの活気はないがそれでも田舎のロレントとは比べ物にならないものであった。武道大会に参加して以来、幾度となく来たが歴史的な部分を残しながら発展していた。速く平和な世の中に戻さないといけないな、という決心をして広場のベンチに腰をかけていた。
「随分と深刻そうな顔をしているね、シャルル君。この国の未来でも考えているのかい?」
「……リシャール大尉ですか。そうですね、戦争が速く終わることを考えていました。身近な人がばたばた死んでいくのは精神的に良くないのでね。それにしても、我が父のお守りはしてないんですか?」
後ろから話しかけてきたリシャールに軽口を飛ばす。リシャールは手にあった飲み物のうちひとつをシャルルに渡しながら横に座った。
「今はカシウス大佐の部下ではないよ。本部の戦況解析と情報部門を担当している。君のお父さんみたいに優秀な人がいないから中々大変だよ。ハーケン門では世話になったね、ありがとう」
「別に、お礼を言われるようなことはしていないんですが。今は人手不足ですし、1人でも多くの見方を獲得するのは当然ですよ。モルガン中将が優秀というのだからそうなんでしょう、主席殿?」
「英雄殿にそういってもらえて1将校としては光栄ですよ」
にっこり、と満面の笑みでそういうリシャールに何ともいえない顔のシャルル。ハーケン門での出来事で知り合って以来、現地指揮官と中央の作戦部隊の参謀という形でたまたま接点があり、いろいろとやり取りがあった二人。年は少し離れているが頭の切れるもの同士ということでお互いに信頼しているなかだった。
「で、そんなお世辞言う為に呼んだのかよ、タマネギ。俺だって暇じゃないんだよ、中央の参謀様と違ってな!」
ふてくされた言い方に苦笑いしつつ遠くを見つめ真面目な表情になるリシャール。
「そんなに怒ることはないだろう。君もまだまだ子供だね。……君を呼んだのは他でもない、生の戦況を聞こうと思ってね。中央に上がってくる戦況報告だけではどうしてもわからない部分もある。そういうところもきちんと見てきているんだろう、少尉?教えてくれ、今この国はどういう状況なんだ?上に進言しても静観するか、現状維持としか言わない。もう交渉のテーブルについているのか、それとも降伏するつもりなのか。それを判断する為の材料がほしいんだ」
今にも立ち上がらんばかりのリシャールに冷や水を浴びせるようにシャルルが答える。
「熱くなるなよ。叫んだところで状況は好転しないし、冷静さを失うことになる。まぁ、今の戦況は限りなく詰みに近いな。まともにかち合えば、敗北は必死。一致団結をしようにも上がポンコツぞろいとなれば結果は推して知るべし。おそらくだが上からの返事が適当なのは帝国派と共和国派、徹底抗戦派が三つ巴になっているからだろう。一番威勢がいいのはいつも帝国派だが今回ばかりはそこに攻められている上に、その理由が謎のまま。意思疎通がうまくいっていないから答えがうやむや。ただ他の二派の主張が帝国の利でないからあくまで否定するだけ。答えが出ないなら出す指示はひとつ、現状維持という一番愚かな選択肢になっているんだろうな。あと、俺は中尉だ」
ふぅ、と軽くため息をついて手元の水を飲む。リシャールもシャルルの話を聞いて落胆しつつも冷静さを取り戻したようだった。目線を落としながら思考の海に沈んでいる。
「満足したか?所詮俺たちは下級将校に過ぎない。何を言ったところで無駄だよ。これ以上の被害が出ないようにおとなしく帝国に併合されてしまうのがいいのかも知れんぞ?」
そんな諦めたシャルルの言葉に愛国心の強いリシャールは人目をはばかることもなくいつもでは見せないような形相で襟首を掴んで怒鳴った。
「ふざけるな!貴様それでも王国の一兵士か?帝国に飲まれろなどとよくもそういうことをぬけぬけと……」
「じゃあ逆に聞くがこの状況かどうにかできると思っているのか?主席を取ったその優秀な頭で考えてみろ。感情論に走った時点で終わりだ。言ったはずだぞ、冷静さを失うなと!」
一応、上官であることも忘れてシャルルは手に握ってた水をリシャールにかけた。いきなりの行いに非難の顔を見せるリシャールを冷めた目でシャルルが見下ろしていた。
「なぜ君はそんなに簡単にこの国を諦められるんだ?教えてくれ。君は何の為に軍に入ったのだ?私はこの国のために軍に入り、相応の努力をしてきたつもりだ。君が諦めているのは親のコネで入ったからなのか?」
非難から一転して悲壮な表情を浮かべてたずねる。これまで黙って聞いていたシャルルだったがナショナリズムだけでなくパトリオティズムすらも否定するような物言いが彼の癪に障った。
「黙って聞いていたら舐めたことを言いやがって。俺が親のコネで入ったから国を守る気がない?諦めているだと?ふざけるな。俺が軍に入ったのは俺の意志で、まだ諦めてもいねぇよ。勝手に決めんな、ボケ」
「だが君はなんらこの状況に対して手を打とうとしていないじゃないか。それに『この状況を何とかできるのか?』という物言いはそうとられてもおかしくないだろう?何がしたいんだ君は?」
「それはこっちのセリフだ。お前になんらかの案を提案したら採用するのか?そんな権限貴様にないだろうが。大尉風情に頼むことなんて高が知れてるんだよ!俺がするべきことはそれなりの力を持つ人間に頼んでる。あんたも知ってるだろう?俺の父親が誰かを」
怒りに満ちたシャルルの顔を見て逆に冷静さを取り戻したリシャールは素直に謝った。
「……そうか、そうだったのか。すまない。少し頭に血が上っていた。君のことを侮辱したように行ったのはすまなかった。しかしカシウス先生に何を頼んだんだ?この状況を打破するには少し弱い気がするが」
「そうでもないぞ。あれでも剣聖と呼ばれてるだけあっていろんなところに顔が利く。そして陸軍の首脳が動かせないなら、対抗勢力を動かして陸軍も巻き込めばいい。ここまで行ったら正解がわかるだろう?頭良いんだから少しは使えよ。それに話しながら思ったが大尉風情でも使い道があったぞ。いいことを思いついた」
いたずらを考えたような無邪気な笑みを浮かべる。少し君の悪さのあるそれを見て背筋が凍るような感覚を覚えた。
「場所を変えよう。ここで話すにはいささか刺激が強い。そうだな……地下道にでも行くか」
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王都には東西南北あらゆる方向に向かって地下の下水道が広がっている。古くに作られて、無計画に拡大され続けたそれは都市全体を張りめぐった迷路になっていた。長期間放置され続けたことによって、魔獣の住処になっており道を知らなければ出てくることが困難な上一般人が入れば市に直結する場所だった。故にそこは国によって厳重に管理されている。はずだった。
「ここの鍵は壊れてるんだよ。まぁ、正確には俺が壊したんだがね。昔、鍛錬するのにちょうどよさそうな場所を探していて離宮方面の道路とかにも行ったんだが武道大会前だったから人が多くてな。地下にもいそうだと思って鍵ぶっ壊したら案の定大量の魔獣がいたから狩らしてもらったんだよ。ハッハッハッ!」
「何をやっているんだ、君は。子供が入ったらどうするつもりなんだ……。それで、海軍の人間たちは陸軍と比べて帝国派より共和国派や忠誠心の強い人間が多いから動かすのはわかるが私に出来ることは何だ?参謀部の掌握とかは無理だぞ」
「わかってるよ。だが情報部ぐらいなら何とかなるんじゃないか?あれは最近出来たところで、重要視されていない。各地から飛んで来た情報を整理したりするのが仕事だろう?その中にいくつかの誤情報を乗せればいい。帝国軍のイメージに沿ったきわどいモノを」
地下道の中を歩きつつ奥に奥にと進んで行くと広々とした空間に出た。地下の下水設備に入る為の入り口で鉄格子や水密隔壁等で構成された部屋だった。魔獣はおらずかつて管理人がいたような痕跡として操作室の中には椅子やロッカーがあった。シャルルが部屋に入って操作室の前に立ちリシャールの答えを待つ。
「帝国軍の持つイメージ。というよりはその国そのもののイメージは貴族、蛮勇、傲慢といったところか。そして国民感情を揺さぶるものは軍人による虐殺や性犯罪。規模や誤情報の信憑性をもたせるには性犯罪のほうが難易度が低いか。海軍の首脳と陸軍の首脳をもめさせている前にそこはかとなく事件性を匂わせておいて、会議の開かれる前後に事件が起こる。適当にサクラを混ぜたデモを起こして単純なデュナン公爵に嘆願書を出す。あの人なら王室を動かすことぐらいは出来るだろう。正義感に燃える自分に心酔するだろうからおそらく周りの言うことを聞かない。大まかな流れはこんなところか」
「お前ほんとに王室を尊敬してるのか?」
あきれたような顔でシャルルが言葉を漏らす。
「まぁ、そんなもんか。盛りすぎたら収拾がつかなくなるしな。さてそこの君に感想を教えてもらおうか?」
「ッ!」
部屋の端でかすかな人影が動く。かなりの距離がありリシャールは気づいてていなかったようで、驚いた顔を推して刀を構える。
「逃げられんよ。何の為にここまで連れて来たと思っているんだ?水密区画を操作できるのはこちらのパネルのみ。出たければ俺たちを殺すことだ。1人で突っ走って俺に気づかれたことをあの世で恨め」
刹那、影から武装した1人の男が突進して来た。それなりに訓練されているであろう動きであったが相手が悪かった。最強クラスの剣士二人相手に勝てるはずもなく意識を飛ばされた。
「生け捕りにするとはどういう魂胆だい?聞かれていたんだから殺したほうがいいんじゃ……。いや、さっきの作戦に使えるな。生の帝国兵の射殺体があれば信用性も増すし、こちらのプロパガンダにもなる」
「そう言う事だ。しばらくここのロッカーに縛り付けて保管しておく。点滴を打って作戦日まで生きておいてもらおうか」
哀れな諜報員の運命は決まったようだった。