英雄伝説〜王国の軌跡〜   作:空母 赤城

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第二話 妹

チチチチ…

 

森の中に響いて消えていく鳥の鳴き声。

「………。ハッ!」

 

掛け声とともに周りに立てられていた簀巻き五本が音もなく切れる。シャルル=ブライト9歳。初めて剣を持った日から順調にその腕を伸ばし、父を感心させている。6歳からは通い始めた日曜学校もよい成績を取り続けており、文武ともに精力的に励んで過ごしていた。今は七耀暦1185年の春。母、レナのおなかには妹がいる。そのおなかはだんだん大きくなっており、シャルルも家事の手伝いなどをするようになっていた。

 

「がんばっているようだな、シャルル。だがもう少し腰を入れて振るようにしろ。刀を腕だけで振っているぞ。」

 

「帰ってたんだ。仕事はもう終わったの?」

 

陸軍少佐となった、父・カシウスが家の裏の鍛錬場にいつの間にかやってきていた。

 

「ああ。資料作成も終わったから休憩がてらにな。…シャルル、少し話がある。」

 

笑っていた父が真剣な顔をしていたので素振りを止める。

 

「何かあったの?」

 

「母さんがおなかに赤ちゃんがいるのは知っているだろう?これから母さんはだんだん体が重くなって、家事やら何やらが負担になる。俺も仕事の関係上いつも家にいられるわけではない。お前も手伝ってくれているが大変なのは間違いない。そこでだ、カルバード共和国にを俺の剣の師匠がいるんだが、赤ちゃんが生まれるまでそこで修行をしてみないか?」

 

「父さんの師匠?その人は強いの?」

 

「俺よりもずっと強い。道場を開いているがセンスがあるやつしか教えない堅物の爺さんだ。俺も散々しごかれて強くなったから、安心しろ。」

 

「…。わかったいく。強くなって父さんをも超えるよ。」

 

「ははは。それはまだまだ先になるだろうな。じゃあ、出発は来月だから準備しておけよ。」

 

「了解。」

 

言い終えるとカシウスは家へと帰っていった。シャルルは剣をしまうと、翡翠の塔へと向かって走り出した。

 

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~翡翠の塔入り口前~

 

ここはリベール王国に四つある史跡の塔のひとつで、その色合いから翡翠の塔と呼ばれている。しかし、中には魔獣が非常に多く誰も人が寄り付かない寂れた場所であった。そのおかげで、シャルルはここで人目を気にしないで実践を行うことが出来た。次々出て車中を倒しながら屋上までくると、持ってきた荷物の中からお菓子を取り出し外の景色を眺めながら休憩を始めた。

 

(一ヵ月後か…。楽しみだな。剣術をはじめて早四年ほどか。自分でもぢぶ強くなったと思う。その師匠の元に行けば強いやつはいるのかな?本当に待ちどうしい。)

 

菓子を食べ終えると、剣を抜いて集まってきた魔獣を倒していった。彼らの落とすセピスが、シャルルの主な財源であった。しょっちゅう荒稼ぎして資金調達を行う彼の姿があった。

 

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「忘れ物はないな?全部持ったか?」

 

父の言葉を聴いて再度荷物を確認し、

 

「大丈夫。全部ある。」

 

「よし。じゃあ言ってくるよ、レナ。」

 

「いってらっしゃい。シャルル、迷惑かけないようにするのよ。」

 

「わかってるよ。母さんこそ体に気をつけてね。」

 

一ヵ月後、少しの暇を頂戴したカシウスは、シャルルを連れてルーアンの船乗り場に向かった。そこから船に乗って、カルバード共和国の西にある港から鉄道に乗って移動しやっと到着する場所に先生の家はある。着くまで大体二日かかるという中々大変な旅路である。

 

「父さんが修行に行ったときは一週間ぐらいかかるド田舎だったんだが鉄道が近くを走るようになってだいぶ利便性がよくなったらしい。いい世の中になったよ。」

 

船についてベットに横になると父は寝てしまった。

 

「仕事で疲れてるんだな…。いつもありがとう。」

 

そういって、シャルルは船の探索を始めた。好奇心は相変わらずである。出航した後はひたすら海で特に見るものもなく、ラウンジや廊下で大人たちの会話に耳を傾けていた。そこでは、自分の知らないことがたくさん聞け、たまに混じる聴いたことのない言葉を聴きながら、気がつけばジュースの入ったコップを片手におっさんのひしめくバーの一席を占領していた。

 

次の日、港から鉄道に揺られながらまったりと目的地に向かい、三時ごろに終点に到着した。

 

「うわ~。ロレントも大概田舎だけど、ここも相当だな。港とは大違いだな。」

 

シャルルの感想はもっともである。畑、畑、畑、山、畑…。と地平線まで続きそうなほど視界が開けている。

 

「師匠の家はまだまだだぞ。バスがあるらしいからそれに乗っていこう。大体、一時間弱で着くらしい。」

 

「辺境過ぎて言葉も出ないな。絶対に人が住むところじゃなかっただろここ。」

 

「文句を言ってもつかんぞ。まあそう急がず行こう。」

 

田舎にくると時間の経過がゆっくりに感じるのはなぜだろう。まるで悠久の時を過ごすかのような気分になる。

 

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「やっと着いた。でもだいぶ早く着いたな。」

 

「十分遅いし、遠すぎだろ。おまけに山の中腹だから階段がやたら多いし!」

 

夕方になってようやくたどり着いたブライト親子。シャルルは一日の体力を使い果たしているようだった。

 

「なにやら騒がしいと思ったら、カシウスか。久しいの。お前の事は遠く聞き及んでいるぞ。して、その子供がお前の息子か?」

 

「はい、そうです。カーファイ先生。この子が私の息子、シャルルです。」

 

挨拶を促す父に答えてシャルルは自己紹介した。

 

「はじめまして。シャルル=ブライトです。これからしばらくよろしくします。」

 

「ふむ。中々よい目をしているな。だがはじめにお前の実力を見させてもらう。奥にある道場で待っていなさい。」

 

シャルルは荷物を持って道場へ向かった。

 

「カシウスはどうする?仕事の関係で早めに帰らないといけないのではないのか?」

 

「ええ。ですが、今日はここに泊めて貰おうと思うのですがかまいませんか?」

 

「かまわん。適当に空いてる部屋を使えばいいぞ。ではワシもを前の息子を見させてもらおう。」

 

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着替えを終えたシャルルは精神統一していた。

 

(実力者しか見ないといっていたな。これから試験だろうからがんばらないとな。)

 

「準備は出来ておるな。木刀を持って少々の打ち合いをさせてもらうぞ。」

 

入り口にはカーフェイとカシウスがいた。カシウスは道場の隅に座ってこちらを見ているので、これから試合が行われるのだろう。そう思うと緊張してきたシャルルであった。

 

お互いに礼をして構えるシャルルとカーファイ老人とは思えないほどに威圧感を放っているその姿にシャルルは気おされないように気を引き締める。隙のない構えにともに膠着していたが、カーファイのワザと誘うように作られた隙に、罠とわかっていながらシャルルは攻めに及んだ。

 

小手につきこむような形で突っ込む。カーファイは剣で受けることもないと思ったのか体をずらして避ける。そこでシャルルは予想外の行動に出た。それは足への回し蹴り。ロレントは田舎とはいえ一応地方の重要都市ではある。ゆえにそれなりに力のある格闘を主体とする遊撃士も出入りしている。そのような人に目をつけて教えを受けていたのだ。武術への類まれな素質を持つ彼の一撃は荒削りではあってもそれなりの力を持つ。掠る程度だったものの完全に無防備にすることが出来た。ここぞとばかりに打ち込んで行くシャルル。翡翠の塔の中で鍛えた勘や攻め方。それらをつぎ込んで勝ちに行こうとする。

 

一閃

 

カラン、と木刀の落ちる音がする。シャルルの手には感触があるのでかまわず攻める。だが相手の一撃が早いので受けようとして気付く。自分の木刀の刀身がなくなっていることに。目の前で止まる剣。

 

「久しぶりに骨があるのが来たと思ったら、9歳の小童とは思えない戦い方をしよるな、カシウスよ。どんな教え方をしたんだ。」

 

嬉しそうな顔で聞くカーファイ。カシウスは困った顔をして答える。

 

「剣は教えましたけどそんな戦い方は教えた覚えはありませんよ。私が教えたのは剣の振り方だけです。」

 

「ふふふ。シャルルといったか。合格だ。件の試合で体術を使うと思わなかったが、それでも一瞬本気にさせたその力、将来有望と見た。これから鍛錬を受ける覚悟はあるか?」

 

「はい。これからよろしくお願いします。」

 

「ならば紹介しておく必要があるな。アリオス、挨拶をしておきなさい。」

 

「はい、先生。私の名はアリオス=マクレイン。よろしく、シャルル君。それからお久しぶりです、カシウス殿。」

 

「おお!アリオスか。元気そうにやっているな。これから俺の息子も混じるが、よろしく頼むぞ。」

「よろしくお願いします。えーっと、アリオスさん。」

 

「アリオスで構わないよ。」

 

こうしてシャルルは無事に道場入りを果たした。

 

その晩一泊したカシウスは、リベールへと戻っていきシャルルの鍛錬が本格化していった。朝から晩まで剣尽くしの毎日。顔を合わせるのは師匠か奥方そして兄弟子のアリオスの三人という生活を半年ほど続けているとカシウスから手紙が届いた。中には、妹が生まれそうだから一度帰って来いというものだった。師匠に許可をもらって、久しぶりのロレントに戻って来た。

 

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「ひさしぶり~。どっかに行くなら言ってくれたらいいのに。」

 

ロレントの入り口に行くと見知った奴がいた。彼女の名はアイナ=ホールデン。ここ、ロレントの地元名士の家系の娘で、2歳下の幼馴染である。

 

「別にお前にいう必要ないし、関係ないだろ。それより何でこんなとこにいるんだ?」

 

「おじさんが仕事で帰れないから私が代わりに迎えに来たの。シャルルのお母さんはお医者さんに安静にしてなさいって言われたからね。」

 

「動けないほど大変な状態なのか?」

 

「結構大きくなってたよ。お母さんにあった後でいいから、劇団が来てるし夜、見に行かない?」

「わかった。家に迎えに行くから先に帰ってろ。」

 

そう言って別れたシャルルは家に向かう。家の横に備えてあるウッドデッキで母は編み物をしていた。

「ただいま、母さん。元気にしてた?」

 

「お帰り。こっちにおいで。」

 

ウッドデッキに上って母の元に行くと抱きしめられた。

 

「筋肉がついて体が大きくなっているわね。がんばって訓練している証拠かしら?でもあなたは子供なんだから無茶したらだめよ。」

 

「わかってるよ。でも父さんの師匠…。今は僕の師匠でもあるけど、すごく厳しいけど、いろいろすごいよ。」

 

師匠の家での話をしているうちに夕方になっており、父が帰ってきた。

 

「おお!シャルル、戻っていたのか。どうだった?師匠は?」

 

「きつかったよ。まあ、あれだけやって強くなれなかったら剣の道は諦めたくなるね。」

 

「ははは。まあまだ子供だし、ボチボチで構わんぞ。…そういえば今日、劇団が来てるらしいぞ?」

 

「アイナと約束してたしそろそろ行ってくるよ。母さん、無茶したらだめだよ?」

 

「はいはい。気をつけていきなさいよ。」

 

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ロレントは田舎である。故に、これといった娯楽は存在しない。だからたまにやってくる劇団には子供を含めた、たくさんの人がやってくる。

 

アイナと合流したシャルルは人ごみの中を歩いていた。

 

「相変わらず人が多いな…。」

 

「仕方ないわよ、みんな暇なんだし。日ごろの楽しいことはお酒の飲み比べぐらいじゃない?」

 

「否定はしない。まあ、有り金全部摩って荒んだ人間が多いよりはましだな。」

 

「…何かあったの?ってうわ!いつものより派手じゃない。なんか楽しめそう!」

 

「あんま期待しないほうがいいんじゃないか?前のはヘボかったし。」

 

「見る直前まで楽しいからいいの!」

 

二人で話しながら入場して席に着く。しばらくすると団長らしき人が出てきて挨拶を始めた。型にはまった挨拶を終えるといよいよ芸が開始された。昔ながらのよくある典型的な物語の流れであったが、役者の演技とそれに合わせる裏方の演出がマッチしておりすばらしい作品といえた。二部まで終わり、ようやく最後の場面に入る直前の休憩タイムになにやら焦った人がシャルルのもとにやってきた。

 

「君がシャルル=ブライト君かな?」

 

「はい、そうですが?」

 

「よかった。私はあなたのお母さんを見ている医者の補助をしているものなんだけど、妹さんが生まれたよ!早く家に戻ろう。」

 

その言葉を聴き終える前にシャルルは駆け出していた。妹が出来る。正直それがどんなものなのかよくわからなかった。だが新しい家族というものには興味が会った。行きかう人にぶつかりながら家の前まで来たとき、家の中から今まで聴いたことのない泣き声が響いた。

 

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「お帰りシャルル。思ってたより早かったな。…ほら、エステル。お兄ちゃんが帰ってきたよ?」

 

そういっている父の腕にはまだ毛も生えていない泣き叫んでいる女の子。エステル=ブライトがいた。

 

「元気な女の子でしょう?あなたも今日から、兄という立場が増えたからエステルのことを大切にしてね。」

 

「母さん。動いて大丈夫なのか?それにしても兄か…。」

 

いまだに実感のわかない肩書きに戸惑うシャルル。

 

「ふふふ。そんなに気負わなくても大丈夫よ。少しずつ慣れていけばいいわ。」

 

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「ちょっと!何で昨日放って帰ったのよ!探したのよ。」

 

次の日、日課の鍛錬をしているとアイナが怒鳴り込んできた。

 

「仕方ないだろ、妹が生まれたんだから。あと静かにしろ。エステルが寝てる。」

 

「えっ!もう生まれてたの。名前はエステルって言うんだ。見たいんだけど。」

 

「今寝てるっつってんだろ。後にしろよ。」

 

「えー。」

 

ブーブー文句をたれていると気付いた母が出てきて中に連れて行ってしまった。

 

「いや~。赤ちゃんはやっぱりかわいいよね。シャルルにはもったいないわ。」

 

「お前も一応女だからそういう気持ちもあるんだな。」

 

「どういう意味よそれ。」

 

「日ごろの行動を鑑みることだな。それと俺は明日出発するから。」

 

「早くない?もっとゆっくりしていけばいいのに。」

 

「師匠にあんまり迷惑かけるわけには行かないからな。早めに出ることにした。」

 

「そう…。まあがんばりなさいよ?」

 

「まかせとけ。」

 

母の手伝いをするといって、アイナはまた部屋に入っていった。

つかの間の家族との団欒をおえて、再び剣の道を歩き始めるシャルル。その顔は今までのような子供の顔に兄らしさが出てきているようだった。

 

 


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