「残り五週!終わり次第門の前に集合!」
ハーケン門の裏にある鍛錬場でひたすら走っていたある小隊に担当将校が声をかける。戦車の訓練も行える広大な敷地の外周を20週走らされていた。ハーケン門名物で白兵戦の演習に勝ったら10週、負ければ20週というランニングつき訓練であった。走る兵たちは今日戦った相手の指揮官のことを思い出していた。
「くっそ。餓鬼だと思ってなめてかかったらボコボコにやられた。小さいのに強いだけじゃなくて、用兵もうまいとかなに者なんだ!」
晴れ渡る空の下で最前列を走る負けた組の指揮官だった男は隣を走る同僚に声をかけた。
「…さあ、わかりません。…あとで説明があるんじゃないですか?」
ヒイヒイ言いながら走っていたが指揮官は心中ではとんでもない奴が来たのではないかと思っていた。走り終えて疲れた体を引きずって門の前に行くとモルガン中将がいた。顔は怒っており、彼らも怒られる理由は見当がついていた。新兵泣かせの将軍にこの状態で絞られるとなると憂鬱であった。
「全員そろったか。まったく貴様らは何を考えているんだ。あの子供に勝てないにしても気を抜きすぎだ、馬鹿たれが!」
大気を震撼させるほどの声に久しぶりに体が反応してしまう。入隊時の怒鳴られたトラウマは簡単には消えてくれないようだった。
「お言葉ですが将軍。はじめから我々が負けると思っておられたのですか?」
モルガンの発言に引っ掛かった指揮官が質問する。ほかの兵士たちも気になったようで、顔に書いてあるようだった。
「詳しいことは第二練兵場で話す。だが強さは大体ワシと同じぐらいと思っておけ。次からまた気を抜いたらこれだけじゃ済まんからな!」
兵士たちはモルガンの言葉を半ば信じられずに第二練兵場へと向かった。そこにはハーケン門付の兵士たちが集められており、月に一回ある全体集会の並びとなっていた。恐らくあの子供兵士のことがいろいろ伝えられるのだろうが、そこにはいくつもの憶測が飛び交っておりいつもより騒がしく落ち着きがなかった。
壇上にモルガン中将が現れて皆が静かになるが、横には先ほど自分たちを倒した子供がいた。拡声器を使わなくても響くその大きな声でいつものように話し始めた。
「本日よりわがハーケン門守備隊に加入する軍属を紹介する。本来なら軍属一人のためにわざわざ兵を集めないが、いかんせん特殊なので皆を集めさせてもらった。将来の士官候補として本日より勤務するシャルル=ブライトだ。年齢は十二歳だが階級は准尉相当という決定となった。この決定は将官クラスの会合によって決定したことであるので遵守するように」
12歳の子供が軍に入ってくるということで集会が終わったあともその少年のことで持ちきりであった。おまけに白兵訓練を見ていた者たちのうわさによって、本人置いてきぼりでますます注目されていってしまったのだった。
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「今日から一年ほどこの小隊で世話になりますシャルル=ブライトです。よろしくお願いします」
シャルルは集会で壇上につれられて紹介されたあと、食堂で所属班の人間と顔合わせをしていた。小隊の数は大体30人程度なので、気分は飛び級した学生みたいな感じであった。
「私はこの小隊を預かるロバート=ケニー少尉だ。君は一応副官扱いになるらしいからよろしく頼むよ」
ロバートは笑顔で歓迎する。今年士官学校を卒業したばっかりであったがなかなかに優秀な好青年であった。シャルルは緊張しながらも差し出された手を握り返した。そのあと小隊の1人1人に挨拶に回り顔と名前を一致させるのにを苦労した。何人かは懐疑的な目であったが特に嫌がらせもされることなくそのまま昼の訓練に流れ込んでいった。教練上で行われるのは住の射撃訓練や近接格闘術であった。二人一組でいろいろするのだが、シャルルだけ別に部屋で少尉に仕事やその他施設についてなど今後の活動に必要になる事を丁寧に教えてもらっていた。その間は少尉の部隊はほかの隊と共同で訓練や警備をしていた。
「なんか気に食わないな。12歳の餓鬼にいったい何ができるってんだ!ブライトって名前だったから剣聖サマの息子で、どうせコネ入隊なんだろう」
「おい!声がでかいぞ。曲がりなりにも准尉なんだから怒られるぞ」
こんな声はハーケン門の各所で聞かれた。今まで清流として軍内から尊敬を受けていた分、ついに腐ってしまったかという風にシャルルの軍属の決定は見られていた。だがそれも仕方ないことではあった。
中将の執務室ではカシウスとモルガンが今後について話をしていた。
「やはりこうなりましたか。まだ喧嘩に発展していないのが幸いですが、シャルルは割りと好戦的なんで心配ですね」
カシウスの漏らすような声が聞こえる。わかっていたことだが少し後悔をしているようだった。
「この程度は想定範囲内だ。常に最低1人の将校が付くように言ってあるからしばらくは安心してもいいぞ。ただそれもいつも守られるわけでないから何らかの対策を組んでおく必要はあるな」
モルガンとカシウスは普段の業務に加えていろいろと面倒ごとを抱え込むことになってしまった。
初めのほうは監督者もシャルルに気をつけていたがある程度仲良くなり、警戒感が薄れてくるとシャルルも1人で動くことが多くなってきた。たいていの人間が友好的な子供に喧嘩を売るといった大人気ないことはしないので、先入観も薄れていき1人の仲間という意識が皆の間に広がっていた。ただ残念ながら、全員がそうであるということは無く相変わらず敵対関係のような状況の人たちが一部にいた。
そしてシャルル入隊して初めての冬に食堂の些細な喧嘩にシャルルの部隊の人間が関わっており、それを上官として止めに入ったシャルルが逆に相手の上官に喧嘩を売られてしまったのだ。当然問題を起こしたくないシャルルは無視して立ち去ろうとするがそれを見て肩をつかんだところまでは良かったが、相手が子供ということを考慮せず引っ張ったため態勢が崩れてしまいそこから乱闘のようになってしまった。
部隊長が出てきてその場は収まったが多数派の親シャルル派と少数派の反シャルル派という歪な関係がそこで決定的になってしまった。この関係は後々大きな問題の原点となる。
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ごく一部からは大変不評なシャルルであったがそれらの人がハーケン門内でわざわざ一士官に会いに来ることもないので、もともと居た部隊を中心に仲の良い人を増やしており剣を基本として銃を訓練したり、格闘術をしたり、見回り、サバイバルなど軍人として必要な実践事項から父や上官に個別で教えてもらい、戦術その他理論の知識を貪欲に吸収していった。
若いころの覚えは良いというのは確かでもとあった骨組みに肉付けしていくように一回り、二回りと成長していった。
アリオスや師匠とも手紙で月一でやり取りしてお互いの状況を語り合った。アリオスのほうは弐の型の奥義を順調に習得する道を進んでおり中々幸先がいいらしい。
シャルルはと言うと実はカシウスに奥義を一部学んでいた。
「奥義は数こそは少ないが、いわば自らの最高の一撃たる技でないといけない。だから皆伝自体は今までと比べて時間がかかるというわけではないがそれを進化させていくのは自分自身の日ごろの鍛錬によって決まる。だから先生のところで型を学んだからといって気を抜いてはだめだぞ。」
剣術を極めた身として口がすっぱくなるように繰り返すカシウス。それに答えるようにシャルルも日ごろの仕事に加えて朝連と夜の居残りに積極的に取り組んだ。体を壊しては意味がないので週に何回するか決めて父に教えてもらい、昼間に仲間を使ってそれを確認するということを続けた。
「准尉、どんどん強くなりますね。はじめから強かったですけど何処となく頼り無い感じだったのが筋肉付いてがっしりしてきてますよ。身長も伸びました?」
剣の相手をしているのは部隊内で一番強いエーカー軍曹。鬼の軍曹という言葉があるが別段そういうこともなく客観的にいろいろ指摘してくれる優秀なアドバイザーであった。
「そうですか?」
「ええ、たぶん165位ありますよ。っと、剣速も速くなってますからいつまで相手になるか…」
一年近くに渡る実践を含めた訓練はシャルルのポテンシャルを大きく引き出しており、モルガンと後刻の勝負をしており偶に勝ったりしているほどであった。銃のセンスはあまり無かったようだが人並みには扱え、格闘術は軍人として十分合格点に達しており総合的な戦法を取れるようになっていた。カシウスから学んだ奥義を元に自分に合うように改良を加えておりいつでもカーファンのもとで免許皆伝できる態勢を整えていた。
そして晩秋に届いたアリオスからの手紙にはとりあえずずべてを学びきってあとは熟成する期間に入った、という旨の手紙が届いた。つまりシャルルが奥義皆伝を受ける身になったということであった。
「そうか。ついに来たか…。もともと一年程度でおまえの一時入隊も終わるはずだったからちょうどいい。すぐにでも向かうのか?」
父に報告するとそうたずねられた。夏の終わりで軍属が終了予定であったのを少し引き伸ばしていたのだ。
「とりあえず部隊の人に挨拶してから出発するよ」
その日の晩御飯のときみんなに伝えることになった。自分が出て行くと聞いて喜ぶのかと思っていたが意外と寂しがられて驚いた。なんだかんだで仲良くやっていたのがわかって少しほっこりのシャルル。
「また戻ってくるのか?」
そんな声は将校組から多かった。武術訓練だけのただの脳筋では無く、事務的な手続きも手早く処理し文句もあまり言わないのでいろいろと自分たちの隙間を埋めてくれる便利な存在だったようである。本人に自覚は無いがカリスマMAXのカシウスの息子であり、太陽の子と呼ばれることになるエステルの兄なだけはあって人望は子供ながら厚かった。
皆伝を受けたら帰ってくるというとがんばれ野コールになり、酒飲み大会のお別れかいになってしまった。年上の人としばらくの別れをして再びカーファンの道場に戻ってきた。
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しんとした道場に一人剣を構えて周りに立てられた的を心の目で見るかのように気持ちを静める髪の長い男。目を開くと同時に抜かれた剣はすべての的を切り裂いていた。踏み込みがまだ甘かったか、と一呼吸おくと入り口から手拍子が聞こえてきた。
「だいぶ速くなってるな。これぞ弐の型の真髄ってやつか?」
「もう着いていたのか。それにしてもゴツクなったな。身長は少し負けてるな。やはり軍は厳しいか?」
剣を納めて入り口までやてっくるアリオス。お土産の饅頭の箱を空けて道場の外の石壇で話す。身長は少し抜かしていたが髪の毛が伸びて精悍な顔つきになっていた。
「うん。朝から晩まで書類か人間と格闘だからな。アリオスは俺が教えてもらっている間どうするんだ?」
「クロスベルに一時的に帰ってもいいんだがあいにくこの年で雇ってはもらえないんでね。シャルルみたいなコネはないし山篭りでもするよ」
近況報告をしたあと一本軽く打ち合っているとカーファイがやってきた。相変わらず年を感じさせないハイスペック爺さんであった。
「早速打ち合いか。精が出てるな。どうだ、調子の方は?」
「万全です。いつでも教えてもらえますよ」
「ならば今晩からだな。アリオスは山入りだったな?」
カーファイは奥の部屋に今晩の用意をするために入っていった。晩御飯まで実践方式の打ち込みをしていよいよ奥義伝授が始まった。
シャルルの学んでいるのは八葉一刀流壱の型《焔》という剣術である。遠く東の島国を発祥としているらしいが定かではない。ただこの剣術の習得者はすべからく錬度が高いことで有名である。壱から伍の型までありすべてに共通しているのは抜刀攻撃を取り入れているところにある。伍の型《残月》はその抜刀を極めた剣術である。壱の型《焔》は攻撃を重点におき炎を司り、アリオスの弐の型《疾風》は速度に重点をおき風を司るといった型ごとに少しずつ特徴がある。皆伝を取るまではいかなくても目録程度の技を使ったりすることもある。
「さて、カシウスに頼んでおいたからひとつだけ鍛錬はしておったんだな?」
「はい。一年間奥義の《烈破》だけを鍛錬していました」
「ならばそれをとりあえずやって見なさい」
「わかりました」
外の開けた場所で的に向かってシャルルは《烈破》を行った。この奥義の名前はすべての型に共通しているが、自身の学ぶ型によって技の原型が大きく変わることを特徴としており、そこに最終的なオリジナルが加わっていくのでまったくちがうモノになる。
シャルルの一撃が炸裂し的が壊れる。壱の型の威力を体現した強力な一撃であった。大地は抉られており、焦げたようなにおいもする。カーファイもその威力には感心しているようでうなづいている。
「カシウスは中々うまく教えたようだな。すばらしい攻撃だ。次の目標はそこからオリジナルを加えていくところにあるが、大体の方向性は決まっているのか?」
「はい。アリオスと一緒にずっと学んできたのである程度弐の型の風を扱うこともできるので二つを組み合わせました」
再び構えて先ほどの的にあったところに放つ。瞬間、辺り一帯に響き渡る爆音。カーファイは己の目を疑った。まるで自分の周りで爆弾が爆発するかのようなひどい音がしたのだ。しかしこの達人を驚かせたのは目の前に広がる人間の何倍のあろうかと言う一直線に伸びる炎の壁であった。理性と本能の両方に襲い掛かる炎そのものの根源的な恐怖を感じさせるようなそれほどの攻撃であった。
それを示すかのように攻撃を放ったシャルルの剣にはまだ静かに燃えていた。
「父の鳳凰烈破を元にしたんですけど、実力不足でまだ炎のカーテンはかけれませんね」
笑いながらその少年は答える。その様子を見てカーファイはこれまでにないほどに震えていた。
「すばらしい。すばらしいぞ!」
思わずそう叫ばずに入られなかった。これこそが教えるものの喜びなのだろう。青は藍より出でて藍より青し。
まさこの言葉が示すようであった。剣の純粋な破壊力はカーファイを超えてカシウスに近いものをすでに得ていた。
「その烈派を必ず完成させなさい。これほどまでに破壊力のある剣は早々にないぞ。それがシャルルの持ち味になるだろうから、しっかりと定着させなさい」
「わかりました。でも何処でしたらいいですか?父とはヴァレリア湖の湖畔でして居たんですが…」
少し考えたカーファイは思い出したように山脈の麓にある湖を思い出した。カーファイの家から十分通える距離にあり比較的大きい湖なので鍛錬に持ってこいの場所であった。
「しばらくはいろいろアドバイスするが一通り完成すればもうひとつの奥義に移行するぞ。そちらも大変だから覚悟するように。今からはいけないからしっかり体を休めなさい」
「了解しました」
大自然囲まれた中での久々の鍛錬が始まる。以前のようなただひたすら剣を学ぶだけでなく将来に向けて勉強もしていた。お互い目指す道は違えど志を共有した仲として切磋琢磨する。巣立ちの日を目指して。
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時は流れる。
15歳になって初めての年の終わり、の下で学んでいた二人は道場の中心でカーファイと対面していた。ピンと張り詰めた空気の中で厳かにカーファイが話し始めた。
「本日1190年の終了をもって、アリオス=マクレインに八葉一刀流《弐の型》奥義皆伝そしてシャルル=ブライトに八葉一刀流《壱の型》奥義皆伝を認める。この皆伝の書を受け取ったら一人前の剣士となったことになる。よって剣に恥じない生き方をするように。」
「「はい!」」
必死に涙を耐えながらも泣くまいと気合の入った返事をする二人。嬉しさと寂しさなどがごちゃ混ぜになった顔をしているがカーファイには成長した凛々しい男の顔に見えた。
「よろしい。今までご苦労だったな。だが本当の剣の道はこれからはじまっていく。おまえ達はようやくそのスタートラインにたったことになる。お前たちはワシの生きてきた中で一番の弟子だ。故にこれからの長い人生の道のりをしっかりと歩んでいきなさい」
カーファイも少し寂しげな声をしながら二人の頭を抱きしめた。うめくような泣き声だけが夜の道場に響く。月を隠していた雲が晴れて、月光が上場の窓から差し込んでくる。それはまるで二人を祝福してるようだった。
アリオス=マクレインは16年のうち6年過ごし、シャルル=ブライトは14年の人生のうち4年半を過ごしたまさに二人の第二の故郷とも言えるユン=カーファイの道場を巣立った。
後の世に《風の剣聖》と《炎の剣聖》として名を轟かせる二人の人生物語のプロローグは今終了した。この物語はまだ始まったばかり。波乱万丈の道のりはただ神のみぞ知る。