英雄伝説〜王国の軌跡〜   作:空母 赤城

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第八話 戦争

1192年4月

 

シャルルが入隊して大体一年が経った。スビアボリ要塞において階級以上の権限を実質的に持つシャルルに対する反発は意外にも要塞内部には少なく、帝国派の多い中央司令部に集中していた。シャルル主導の導力兵器偏重から火薬兵器もうまく用いた混成体制の確立したその手腕は表ではあまり語られないものの、一目置かせるものであった。

 

また徹底的な教育と訓練によって総合力においてリベールの全部の部隊で見ても頭がひとつもふたつも飛びぬけている程に第48小隊を成長させたシャルル式練兵法は始めの馬鹿にされていたような雰囲気は無く、たった一年で周囲に認めさせる完成した教育体系となっていた。

今日はその教育と訓練の代名詞たるサバイバル訓練に出る日であった。

 

「第48小隊と合同訓練の第62小隊がそろいました」

 

マーカス曹長の報告を受けて訓練が開始された。

 

このサバイバル訓練は二つの小隊を使って行われ隠れる側は山の中で分隊ごとに隠密を含めたサバイバルを行い、山の麓に陣取る側は歩哨任務の訓練をかねたサバイバルをする。全滅判定を受けた方は罰ゲームつきで一週間緊張を解けない一番実践に近い訓練だった。

 

今回はシャルルの部隊が隠密側であり下士官4名指揮を含めた5分隊体制で各自行動していた。ところが山に入って二日目おかしなことが起きた。晴れた空の下昼食の準備をしていると雷が遠くのほうで鳴ったのだ。雷自体はおかしくないのだが鳴っている回数が異常に多かったのに引っ掛かった。違和感を感じたシャルルは無線でほかの分隊を呼んで一度集合することにした。

湖の近辺を待ち合わせにして待っていると第48小隊が全員集合した。

 

「少尉、あの音は間違いなく砲撃の音です。一度62小隊に連絡を取ってみてはいかがですか?」

 

集まるなりマーカスがそういってくる。サバイバル中は基本的に外部からの無線は切っており、外部通信できるのは隊長の無線機だけであった。その提案に乗ったシャルルはとりあえず山の麓に居る第62小隊に連絡をする。

 

『こちら48小隊。62小隊長応答せよ』

 

『こちら62小隊副隊長。緊急事態が発生しました』

 

焦った様子の62小隊の副隊長の声は無線越しでも良くわかった。

 

『ハーケン門に対してエレボニア帝国が侵攻を開始。今こちらの小隊長が要塞に確認に向かい…』

 

そこで近くで爆発音が響いた。状況から察するにスビアボリ要塞への砲撃が始まったのだろう。

 

『第62小隊副隊長に命令。一度湖畔に集合しろ。そちらの小隊長の生存が確認されるまで第48小隊のシャルル=ブライトが指揮を執る』

 

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リベール王国首脳陣は混乱に陥っていた。帝国の辺境の村を王国が攻撃したといういわれの無い理由でいきなり宣戦布告を喰らったのだ。今まで帝国とつるんでいた人間は焦ってた。

エレボニア帝国の軍事力は強大で陸軍に関しては現在大陸最強といっても過言ではなく、実に二十を超える機甲師団を保有していた。その大国が小国に対して奇襲をかけてきたのである。北部辺境防衛の要ハーケン門とスビアボリ要塞は即日中に陥落した。橋頭堡を確保した帝国はリベール全土を制圧するために着々と戦力を集めていた。

 

リベールも国家非常事態宣言を出して抵抗を図ろうとした。

 

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第48と62小隊は森の中に集結していた。

 

「どうだ、ジェリコー?無線傍受できたか?」

 

「ええ。ハーケン門も陥落してますね。スビアボリのペイ少将は戦死。モルガン中将は脱出しようしたみたいですが失敗。現在ハーケン門の牢屋の中。それと…帝国の方は今日は一日は進軍停止みたいですね」

 

緊急時のためにと常に持ってきていたジェリコーの無線傍受のセットが役に立ったが状況は最悪であった。兵士たちの中にも混乱が広がっていた。

 

「…。全員その場に座れ」

 

考え込んでいたシャルルは言葉を発する。

 

「これより第62小隊は俺が指揮下に入ってもらう。そしてこれより二小隊でスビアボリ要塞の封鎖作戦を行う。質問は?」

 

62小隊の兵士たちにどよめきが広がる。曰く、こんなに少ない数で敵うわけがない、降伏するべきだと。それに対して48小隊の兵と喧嘩になりそうになる。

 

「黙れ、貴様ら!」

 

普段優しいエーカーが怒号を上げる。今にも殴りかかりそうな軍曹を制止してシャルルが話しだす。

 

「この期に及んで勘違いしている馬鹿がいるから言っておくが、これは命令で君たちは兵士であり軍人だ。俺が許可したのは質問であり、誰が異を唱えろといった。その手元のライフルは玩具か何かか?」

 

「敵を殺す武器です」

 

静まった兵たちを代表してマーカスが答える。

 

「ではその銃口は国を守り敵を殺す為にあるはずだ。わが国は圧倒的に劣勢。時間が経てばより不利になる。戦場に最も近くまた敵から認識されていない我々の採るべき行動は敵に対する奇襲ではないか?」

 

その言葉に62小隊の副隊長が反論する。

 

「しかしこの兵力差で正面から戦っても勝ち目はありません。何か作戦はあるのですか?」

 

「捕虜になっている兵力を合わせても要塞を維持するのは不可能だ。だが破壊して補給基地として使えなくすることなら可能だろう?弾薬庫には大量の対戦車兵器と高性能爆薬がある。ここは山で大型車両の通路は要塞を通るしかない。昼の間に敵の補給部隊の来るタイミングを見極めて、本日の夜から俺とエーカー率いる部隊かが敵部隊を陽動する。そしてスタイナー率いる狙撃部隊が監視兵を射殺。混乱する隙に西から48小隊、東から62小隊各選抜3分隊が進入し弾薬庫より兵器を回収する。順次捕虜を解放し、爆薬をセットして次に来る補給部隊ごと吹き飛ばし、対戦車地雷を設置して要塞を封鎖する」

 

作戦の成功確率はとても低いように感じられたがやるしかなかった。

 

「この作戦の要は陽動部隊にあり、死亡率も高くなるだろう。死ぬ覚悟のある奴だけ来い」

 

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昼間の間偵察を行い様子を確認したところ、序戦の完勝で完全に気が緩んでいた。兵力は維持に必要な一連隊だけで工兵が多いようだった。ただ、18輌の重戦車が防衛としていた。その夜シャルル率いる任務部隊が静かに行動を開始した。

 

「俺たちは通信機器の破壊と指揮官の排除が目的だ。そのあと爆弾工作だ。今ある分だけとりあえず設置するぞ」

 

ジェリコー率いる通信機器破壊部隊が裏口よりすぐに侵入できるように、近くの空き倉庫内で待機した。それが完了したと聞いたシャルルの陽動部隊は奇襲をかけた。

 

「今、ジェリコー隊の準備完了が確認された。今回の作戦の要は俺たちだ。それを肝に銘じておけよ」

 

「「「「Yes,sir!」」」」

 

「よし!いくぞ!」

 

射撃許可が下されてサプレッサーによってかき消された特有の湿った銃声があちこちから響く。地上で警備していた帝国兵たちは次々に倒れていった。

 

「敵襲だ!」

 

そう誰かが叫んで帝国軍は攻撃に気付く。兵士たちはあわてて応戦し、戦車が機関始動しようとするがエンジンの始動していない戦車など唯の的であった。陽動部隊が主砲に手榴弾を投げ込み次々と大破させていく。

兵士と戦車を駆逐しているといくつかの戦車が動き出したのを見てシャルルを残して他は一時撤収する。

 

「くそったれ!ブチ殺してやる!」

 

仲間を殺されて怒っている敵兵は戦車に備え付けられた機関銃を使ってシャルルに攻撃する。しかしその弾はシャルルを捉えることは無かった。

この世界で武術を極めたものは普通の人間ではありえないような戦闘力を持っていることがあった。持つだけで身体能力が上がる戦術オーブメントから察するに、七耀石が人間の体と何らかの反応を起こして身体能力に影響を与えると考えられた。ともかく、シャルルは生身で兵器や軍隊渡り合える側の人間であった。

 

涼しい顔をして銃弾を弾き仲間が次々に切り殺されていく。それを見て驚愕した戦車の砲手は人間に対して本来使うものではないが主砲を放った。一帯に鈍い音が響いた。要塞の壁すら砕く威力は絶大で爆炎を噴きながらえぐり、地面の煙で視界が覆われる。

これは流石に殺ったか?と考えて銃眼から外を見ていた砲主の顔にいきなり剣が突き刺さった。剣の持ち主には怪我ひとつ無く、周りで戦車を援護していた人間は切りつけられてすでに息途絶えていた。

 

「ヒッ!しっかりしろ兵長!…畜生、押しつぶしてやる!」

 

即死した遺体を見て焦った操縦士はアクセルをおもいっきり踏み込み前進する。シャルルは腰から催涙弾を抜いて割れた銃眼に投げ込む。炸裂した催涙弾は白い煙を出した。目とのどを潰すその痛みは尋常ではなく敵のことを忘れて乗組員が外に脱出する。出てきたところシャルルに捕まえられて戦車も鹵獲された。

 

「エーカー!こいつらから戦車の操縦方法聞きだしておけ!」

 

奥にいた部隊を呼んで鹵獲兵器の接収のために尋問して聞き出させる。その間にシャルルは裏に残っているほかの戦車を排除しに向かった。

順調に外にいる帝国兵が排除されていく様子を敵指揮官は見ていた。

 

「何だあの餓鬼は!?仕方ない。応援を呼ぶか…」

 

戦闘の一部始終を監視塔内部から双眼鏡で見ていた要塞の敵警備隊長は応援を呼ぶ為に指揮室に向かった。

 

「通信兵!応援をよ…グァ!」

 

通信室に入ろうとしたとき乾いた銃声が響き絶命する。

 

「こちらは帝国の方は立ち入り禁止です、なんてな。運が悪かったな」

 

硝煙を上げる銃口に息を吹きかけるジェリコー。

 

「軍曹、通信室も制圧を完了しました。この階への爆弾設置も現在進行中です」

 

「そうか。完了次第下に移動するぞ」

 

指揮室はジェリコー隊によって占拠されており、通信機材も壊されていた。要塞の占領責任者たる帝国の大佐も殺されており、敵軍の頭脳部分は完全に機能不全になってしまった。

外ではスタイナー率いる狙撃部隊が要塞を囲むように静かに位置取り、すべての出入り口をスコープで捉えていた。活動する陽動部隊を援護しつつ、そこの近くを通る敵兵はすべて女神の下に送られていた。

 

「貴様ら援護に向かうぞ!敵は少な…ガッ!」

 

警戒中や戦闘中の部隊で体の見えている人間は次々に撃たれていった。

 

「隊長!くそ、何処から撃ってきてやがる!頭を出せば撃たれるぞ!」

 

「もう嫌だ!いったいどうなっているんだ!」

 

敵からすると暗闇から一方的に狙撃される恐怖にさらされて積極的に動けず、戦車隊の援護に果敢に向かった者もたどり着く前に死んでいた。おまけに伏せているところを侵入した王軍に見つかって撃たれてしまい、外部に展開する帝国の警備部隊は最早八方塞であった。あれこれしているうちにシャルル隊によってほかの戦車やトラックも次々に鹵獲され、外での抵抗はほとんど無くなっていた。

完全に要塞内に押し込められた帝国の先遣部隊は今度は侵入してきた王国軍に手間取っていた。本来は緊急脱出口だったところから侵入し、王軍は一直線に弾薬庫と地下牢屋に向いつつ、敵を分断するように要所をおさえて各個撃破していった。通路を確保して次々に武器を運び出していき、捕虜になっていた多くの味方を引き入れると各地に爆弾を設置しながら掃討戦を始めた。

 

「爆薬は遠隔起爆でセットしろ!やり終えたらすぐに移動して、常に一転で止まるな!」

 

「敵は西側に追い詰めていけ!」

 

各所通路や部屋で散発的に起こる銃撃戦。ただ十分に施設地形を理解しきれていない帝国軍は後手に回っており、バリケードを構築されて狭い場所に追い込まれており死傷者がかなりの数で出ていた。一方王軍は何人かが負傷したものの第48小隊の活躍や捕虜解放による戦力増強で死傷者は少なかった。

 

「武器はこっちにあるぞ!王国軍の力を見せてやれ!」

 

「捕虜だった奴らはしっかり働けよ!」

 

ここまで圧倒してたのは要塞は急襲されて陥落したので無傷で捕虜になっていた兵士は多かったのも大きかった。外に出てきた友軍と協力して鹵獲戦車などを移動させていき、2時間程の戦闘の後、帝国軍は組織的な抵抗が終始まったく出来ずに壊滅した。

少し戦況が落ち着いたところで指揮室に将校が集まっていた。

 

「要塞より敵の完全排除を確認しました。また外で警備していた部隊が補給部隊を強襲し、物資を奪取しました」

 

「報告ご苦労。下がっていいぞ」

 

ペイ少将が戦死し、現在一番階級の高い准将がその代理を勤めていた。そこに今回の作戦の立案者がやってくる。血によって赤く汚れた制服をまとったその姿は今回のシャルルの働きを示すものであった。

 

「ご苦労だったな。それと捕虜だった者の代表として礼を言っておこう。ありがとう」

 

「気にしないでください。当然のことをしたまでです。現在帝国軍の完全排除を完了し、また補給物資も回収完了したので本作戦の最終段階としてスビアボリ要塞を破壊しますがよろしいですか?」

 

シャルルは遠隔起爆スイッチを取り出して机に置く。作戦の概要を軽く説明すると反対意見がいくらか出た。曰く、篭城に要塞を再利用するべきだ、ということだった。

 

「援軍もない状況で篭城しても意味がありません。おまけに要塞の陥落を知れば帝国はもっと多くの部隊を送ってきます。それをとめる手立ては我々にない。ならばせめて侵攻ルートを限定する為に要塞を破壊して周囲の道路を地雷原にしたほうが得策です」

 

反対意見に対するシャルルの回答は理にかなっていた。大方の将校も賛成していたのでそのまま爆破が決定された。

 

リベールの兵士たちが見守る中、耳を劈くような音と共に爆破解体され、スビアボリ要塞は短い生涯をおえた。また帝国の方面に大量の対戦車地雷がまかれて、この地雷はその翌朝一番にやってきた帝国軍の部隊を壊滅させ、スビアボリ方面のルートを潰すシャルルの作戦は功を奏することになる。

地雷散布後外に作られた野営テントに再び集まった士官は今後について話し合っていた。そして准将は今回の作戦などさまざまな報告ために少数の護衛を率いて陸軍の中央司令部に撤退していった。残された部隊が次に向かったのはハーケン門であった。

 

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部隊は1個連隊と補給物資運搬のトラックなどをを連れて山道を行軍中であった。山道は狭く帝国軍の戦車が通れない広さであり、裏道でもあったので帝国に気付かれることはなかった。一晩休憩を取るために山の中で野営していた。

シャルルは自分の部隊のテントから離れて小高い丘に来ていた。木にもたれるように座ると大きくため息を突いた。

 

(まだ人を殺したときの感触が残っているな。筋肉がかたまって剣が抜けにくくなるあの何ともいえない感触…。魔獣を初めて刺したときと変わらなかったが人間相手だと気分が悪くなるな…)

 

飛び散った臓腑や腐った生き物の臭いに慣れていると思っていたがそうでもなかった。同じような姿をした生物が魔獣のような鳴き声で無く、自分にわかる言葉を放ちながら死ぬのは中々こたえた。

 

「隊長、どうしたんですか?」

 

ふらりとマーカスがビンを片手にやってきた。

 

「アルコールは飲んだらだめだろ。行軍中だぞ」

 

「一杯だけなら許可が出ていますよ。どうぞ」

 

そういって、グラスにウイスキーを注いで渡してくる。シャルルはそれを掴むと一気にあおった。

「初めて人を殺したんだが気分の悪い」

 

「初の実戦ですからね。仕方ありませんよ。しばらくしたら慣れます、あなたの場合は」

 

マーカスもウイスキーを飲みながらつぶやく。

 

「?それはどういう意味だ」

 

「そのままの意味ですよ。人殺しにもいろいろなタイプ目がありますが隊長の目は猟兵のように鋭く、本能的だからです。剣聖のような純粋な武人の目ではない。だが身につけた力は理性的でであり、本能的ではない。本能と理性の相反するものが一つの人格内で同時に存在している。強くなりますよ」

 

残ったものを飲み干して話を続ける。

 

「逆だったら弱くなったでしょう。理性的な頭と本能的な力。競合してお互いが潰しあいをしてしまうが、本能の頭と理性的な力。これなら競合しないで人間の力のすべてを出せる。元猟兵としての勘ですがね」

 

黙って先輩の話を聞いていたシャルル。テントのほうも静かになってきておりそろそろ就寝時間だった。早朝に警備交代もしないといけないので早めに戻ることにした。

 

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次の日の朝、警備を終えて朝食をとっていると招集がかかった。ハーケン門に向けての作戦会議を行うとのことだった。

 

「おそらく今回の要塞の作戦の報告からハーケン門の警備は厳重になってると思われるがどうする?」

 

野営テントの中で地図を広げて集まった作戦参謀たちに連隊長が聞いた。即時向かってハーケン門を落とすべしというのが大勢であったがシャルルは反対した。将校として一番下っ端の少尉であり、士官学校を出ていないので一蹴されるだろう思っていたが、昨日の作戦が案外評価されているようだった。

 

「先ほどおっしゃられたように、おそらく昨日の攻撃でハーケン門の警戒は厳になっていると思われます。連隊程度で攻めたところで、奇襲にならなければ無駄に兵力をすりつぶすだけです。かといって日を空ければ捕虜が移送されてしまう可能性があります。そこで少数精鋭を基地に潜り込ませてモルガン中将だけを救出することを提案します」

 

「他は見捨てるのか?」

 

「ハーケン門で即戦力として使えそうなのは私の知る限りモルガン将軍のみです。余裕があれば全員救助したいところですがそれは無理です。余った部隊はいろいろなところで陽動を仕掛けて兵力分散を狙ってください」

 

「しかたないが贅沢も言ってられないな…。対戦車兵器もあることだから陽動自体は可能だが何処の部隊が潜入するんだ?」

 

「我々第48小隊にさせてください。必ず成功させて見せます」

 

「…わかった。ほかも異論は無いな」

 

参謀陣からも特に反対意見は無く明日の日の出と共に作戦開始となった。

 

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「というわけで我々が潜入担当になった。仮眠は早めにとって置けよ」

 

小隊のテントに帰ってきて報告をすると喝采が起きる。少し意外だったが普段からしている訓練の成果を前回出せたことが大きな自信になっているようだった。

 

「お前ら気を抜いてると死ぬぞ。ここは戦場なんだ。引き締めていけよ」

 

現場監督たるマーカスからの訓辞をもらい、いそいそと準備に取り掛かる。前回と違って今回は隠密を基本とするので軽装備であった。準備を終えると仮眠に入っていった。

 

日が沈み晩御飯を食べた後、本隊と分かれた48小隊の精鋭5名シャルル少尉、マーカス軍曹、ジェリコー軍曹、エーカー軍曹、ダン兵長は待機ポイントに向かっていた。

ダン=メイヤー兵長は第48小隊の中で一番兵士としてのセンスが高いとして下士官連中に鍛えられていた若者だった。

残りの兵士たちもスタイナーに率いられて狙撃ポイントに向かっていった。彼らは万が一潜入部隊が見つかったときの攪乱のために動いていた。

十分ほど歩いていると待機ポイントに着き、日の出前まで待機となった。何時間そこで待っていたのだろうか、ふと遠くのほうから砲撃の音が聞こえてきた。それに合わせてハーケン門が騒がしくなる。

 

「始まったようだな。これから裏口から侵入してモルガン中将を救助する。」

 

「「「「 Yes,sir 」」」」」

 

消えるような声で返事をして作戦が開始された。敵に見つからないようにゆっくりと裏口にまわるとそこでは二人の兵士が雑談していた。

 

「リベールの奴ら攻撃してきたらしいぜ。おまけに中隊ぐらいで」

 

「兵力足りてないんだろ。あーあ早く終わんねぇかな…」

 

そういってタバコをつけるためにもう1人に背を向ける。その隙を逃さなかった。

 

「そういうなよ。来月には終わって…ムグッ!」

 

「?どうし…!」

 

二人は後ろからいきなり口を押さえられて茂みの中に引きずり込まれた。抵抗できないようにナイフを首元に当てられておりいきなりの展開に混乱していた。

 

「変な動きをすれば死ぬが情報を吐けば助けてやる。どうすることが得策かわかるな?」

 

シャルルの質問に首を必死に振る敵兵。

 

「モルガン将軍は何処にいる?」

 

「こ、こ、ここの地下にある牢屋の一番奥に入れられている。どっちかはわからない。頼む殺さないでくれ」

 

「エーカー、一番奥の牢屋だそうだ。…おい、もう1人がいってる場所と違うらしいがどういうつもりだ?」

 

手元のナイフを首に押し付けると少し切れて血が出てくる。あまりの恐怖に失禁したようだった。

 

「ほ、本当だ。俺は嘘をついていない。信じてくれ」

 

その通り。彼は嘘をついていなかった。もう1人もマーカスの尋問に一番奥の牢屋と答えたが確認の為に脅しただけだった。

 

「そうか。それでは…さよならだ」

 

そういうとそのまま首をナイフで切り裂いた。噴出すように血の出てくる死体をエーカーとダンの掘った穴に捨てて埋める。もう1人も処理されたようだった。

 

「モルガン中将はハーケン門本館地下東の第一監獄か西の第二監獄にいると思われる。今回の作戦はスニーキングミッションだ。戦うことが目的ではない。それを肝に命じていくぞ」

 

「「「「Yes,sir」」」」

 

「こちらα、β隊。これより作戦を開始する」

 

無線に話しかけて作戦開始を告げて電源を切る。外にいた狙撃部隊も警戒態勢に入った。

表ではあわただしく動いていたが中はそうでもなかった。貴族の士官クラスのみが本館で生活しており、ほかの士官は北館で一般兵はほとんどが外で野営という帝国の封建的な名残の残った人員配置であった。そのため警備の兵士も出入り口のみという緩々の警戒態勢であった。裏口から入った五人は二手に分かれて東をマーカスとエーカーが、西をシャルルとダンが担当し、ジェリコーは入り口横の倉庫で外部との無線通信を担当した。

 

東側から侵入したので割りと近くにあった地下への階段を下りていく。すると牢に入る前のドアには流石に警備の兵が二人いた。見つかるのはまずいので物音を立てて1人をおびき寄せた。普段誰も来ないはずのところで物音がしたので様子見の為、角を曲がってみると空き部屋になっている部屋に明かりがついていた。誰が電気をつけたんだ、と思いながらドアを引いて開ける。

 

兵士が首を出したところをエーカーのナイフが横から貫通した。男は一声も上げられずに前のめりに倒れた。死体を中に入れて隠していると帰ってこないのを怪しく思ったもう1人が銃を構えて持ち場を離れて様子を見に来た。

 

「マックス?何処にいった?何かあったのか?」

 

彼もやはり明かりのついた部屋に気をとられてドアノブに手をかけ入ろうとしたとき、反対の詰め所で兵士を排除した部屋にいたマーカスに後ろから腕を回されてに首を折られて絶命した。

 

「オールクリア」

 

敵を排除した二人は周囲を警戒しながら中に入って行った。

西も同じように警備の兵が1人いた。さっくり倒して死体を隠し中に入るとモルガンがいた。

 

「将軍助けに来ました」

 

「!その声はシャルルか!」

 

「はい。今空けますんで離れていてください。」

 

そういって鍵を撃って破壊してモルガンを外に出す。護身用に銃を渡して作戦を軽く説明して脱出するようにいう。

 

「まて。それならもう1人連れて行ったほうがいい奴がいる。確か反対側にいるアラン=リシャールという名で頭の切れるカシウスの部下だ」

 

「わかりました。ジェリコー聞こえるか?」

 

『あいあい。こちらジェリコー。どうぞ』

 

「β隊にアラン=リシャールという奴を助けるように伝えてくれ」

 

『了解しまし…』

 

そこまで言った所で門の中に警報が響く。西門を警備しているのは1人ではなかったのだ。相棒が帰ってこない異常に気付いたもう一人は無線で詰め所に連絡したが出なかったので、異常に気づき警報をしたのだった。

 

「クソ!気付かれたか。ジェリコー頼んだぞ!」

 

『わかってます』

 

そういって無線を切ると銃の安全装置をはずし臨戦態勢に入った。

 

「一気に中央を駆け抜けて東に脱出します。…3,2,1,GoGoGo!」

 

シャルルの掛け声で通りに躍り出る。駆けつけた警備兵に銃弾を浴びせながら通路を駆け抜けて言った。

 

東の方に連絡が行きリシャールをつれてβ隊は脱出口の確保を行っていた。外でもジェリコーの指示で狙撃が始まっておりあとはα隊の到着を待つだけであった。

シャルルが殿となって退却し時間を稼いでる間に他の二人は脱出口にたどり着いた。

 

「隊長も早く戻れ!敵が増えてきてるぞ」

 

そういって援護を始めるジェリコー。外に出たモルガンとダンは茂みに逃げ込もうとしたとき狙撃部隊の見逃した外の敵がいた。

 

「危ない!」

 

モルガンをかばうようにダン叫びながら飛びかかった。そこに一発の銃弾が命中し、ダンが倒れた。モルガンは渡されていた銃で敵を撃ち殺すとダンを抱えて森の中に入っていった。中にはβ隊と近くにいた狙撃部隊の何人かが撤退用の車を用意していた。

 

「将軍!肩が!」

 

「ワシはいい、それよりもこいつを見てやってくれ」

 

抱えていたダンをトラックに乗せる。

 

「ダン兵長!しっかりしろ!」

 

車に乗せてられたダンにマーカスが必死に声をかける。

 

「…すいません曹長。やられて…しまいました」

 

口から血を流していた。背中から入った弾は肺を貫通していたようだが出血は止まらなかった。そこに撤退してきたシャルルとジェリコーが乗り込んでトラックは出発し山道を駆け抜ける。

 

「何があったんだ?大丈夫か!」

 

シャルルの質問にモルガンが答える

 

「わしを庇ってこうなった。すまんな、お前の部下を…」

 

「いえ戦場ではこういうことは仕方ありません。過去を後悔しても状況は好転しません。今は治療に専念しましょう」

 

そういって上着を脱いで応急処置を始める。

 

「…無理です、隊長。自分は…」

 

「黙って自分の生きることに専念しろ。作戦成功でお前が死んだら意味ないだろうが!」

 

必死に治療しようとするもまともな器具や薬のない状況で様態を好転させることはできず、だんだん弱っていくのが目に見えてわかった。ハーケン門から離れる中で必死の治療をしていた。ふと、シャルルが手を止める。

 

「……。すまない、ダン。尽くせる手はすべてしたが最早お前を救うことはかなわなそうだ。何か言い残すことはあるか?」

 

「…マノリア村にいる両親とアン…彼女には…立派に戦死したと…伝えてください。それだけで…いいです」

 

「わかった必ず伝えよう。今までご苦労だった」

 

「…この部隊に勤めて…最期を…迎えたことを…誇りに…思います。…絶対に勝ってくだ…さ…い…」

 

リベールの国歌を隊員が車内で歌う中、ダンは笑いながら一緒に歌い静かに瞳を閉じ、その瞳は再び開かれることは無かった。

リベール王国陸軍 スビアボリ要塞守備隊 第5連隊48小隊所属 ダン=メイヤー兵長 ハーケン門南東18キロ地点撤退中のトラック車内で失血死。享年21歳。

 

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陽動部隊による牽制戦闘も終了し一連の奪還作戦は終了した。しかし陸軍の奮戦もむなしく西の港湾都市ルーアンと北部の商業都市ボースは帝国軍によって占領されることになる。だがスビアボリ要塞の破壊とハーケン門の襲撃によって後方を攪乱された帝国軍はその進軍スピードを予定よりも大幅に遅らせることになる。東部のロレントで連隊と合流したシャルルたちはモルガン将軍を預けて補給物資を受け取り、山岳地帯の村々を拠点としたハーケン門-ボース間における補給線の破壊とゲリラ活動を中心に帝国軍を翻弄していくことになる。

 

黄金の軍馬と白い隼の戦い。後に百日戦役とも帝王戦争とも呼ばれるこの戦いはまだ始まったばかりであった。

 




結構頑張った。おかしなところがあったら指摘してください。

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