地下倉庫の人々を救出したその後、貴方たちは平屋の中で一夜を過ごすことになった。
平屋には運良く衣服や保存食料などが手付かずで残っており、貴方たちはそれを持ち出しながら比較的に血で汚れていない一室へと集まった。人々の顔はなおも優れないが、しかし話ができる程度には回復したらしく、貴方は缶詰を差し出しながら話しかけた。
【食料があるのでよかったら...】
貴方の言葉に人々はぎょっとした顔で貴方の持つ食料を見る。そして何人かがその食料を見た途端、吐き気を催したようで手で口を押さえた。
「だ、大丈夫です...それよりも少し寝ていたいので...」
一人の男が代表するようにその食料を断った。だが人々の顔はやつれており、もう何日もなにも食べていないことは明白である。
と、そこにエミヤが現れ貴方の側に寄り、小さく耳打ちする。
「彼らはおそらくアマゾンたちが人を食べているところを目撃している。一種のPTSDに陥っているのだろう。あまり勧めてやるな」
エミヤの言葉に貴方は苦い表情を浮かべながら、食料を引く。そして入れ替わりにエミヤが人々に話をかけた。
「さて、回復しきっていないところ申し訳ないが、君たちに何が起きたのか説明してもらえるだろうか。キツいものを思い出させてしまうだろうが、こちらも情報が不足している。なるべく詳細に教えてほしい」
エミヤの言葉に貴方と、部屋の隅で未だ震えて怯えている人を看病していたナイチンゲールは眉をひそめる。
この人たちはさきほど救出されたばかりでまだ精神的に回復しきっていない。しかもただの監禁や拉致とは違い彼らは子供を無理矢理作らされて、その子供をアマゾンに食わせていたのだ。その状況下での精神的負担など想像しようにもなかった。
エミヤの心ない言葉に貴方は一言言おうとするが、その時音声のみでダ・ヴィンチが貴方に通信をかけた。
『マスターくん、エミヤくんの言うことは非情だが理にかなっている。今の私たちは常に情報が不足している。ここは心を鬼にしてでも情報を引き出すべきだ』
ダ・ヴィンチの言葉に貴方は言葉を紡ぐ。確かに今この世界の生存者たちから得られる情報はとても有益だった。なぜアマゾンたちがここまでこの国を侵食したのか、その経緯の一端を得られるかもしれないからだ。貴方は歯痒さを堪えながら、先ほど食料を断った男性に説明を求めた。
「あぁ。貴方たちは俺らの命の恩人だ。なんでも答えるよ」
貴方の要求に男性は快く応じる。
「では聞こう。あの怪物たちはいつから現れた?」
エミヤはアマゾンの名前を隠しながら男性に問う。男性は疲弊した体でありながら必死に思いだし答えてくれた。
「...日付の感覚が薄れてきているが、俺があの怪物を実際に見たのは一年前ぐらいだ。本当に急だった。いつも通り仕事に行くために外に出たら、人が怪物になったんだからな」
【人が怪物に!?】
男性が言ったことに貴方は驚く。貴方たちは鷹山以外のアマゾンが人間になっているところを見たことがなかったのだ。
「あぁやつらは人に擬態して町に潜んでいたんだ。なのに突然潜むのをやめて人間に牙を向け始めた...俺たちは奇跡的に喰われずに済んだが、その代わりここに連れ込まれてやつらの食べる人間を生む家畜にされちまったんだ...」
男性は悔しそうに口を強く噛み締めながら打ち明ける。
貴方は男性の背中を撫で心を落ち着かせながら、その側でエミヤは質問を続ける。
「そうか。ではここに来てからはどうだ。喋る怪物がいただろう。奴は何か言っていたか」
「そう言われても...俺たちはここで子供を作るように脅されて、なにも知らされないまま言う通りにしただけだったから...子供を孕んだ女は奥に連れていかれて産んだ子供を無理矢理取り上げられていた。食料も休みもまったく与えられず、力尽きた人たちから化け物たちの食料にされて、自分はそうならないために必死だったんだ...」
その事態の末路であるあの光景を貴方は思い出し、顔をしかめる。しかしこの人たちを誰が責められようか。誰だって命は惜しい。そのためにどのような手段だろうと選ばざる終えなかったのだ。例えそれが、自分の産んだ子供の命を差し出すことであろうと。
その時、人々の中の女性の一人が突然蹲った。貴方とナイチンゲールがすかさず駆け寄るとその女性がひたすらに何かを呟いていることに気づいた。
「私が子供を殺したあの化け物たちに差し出した自分のために未来ある子供を犠牲にした私は私は私は私はわたしはわたしはわたしはわたしはわたしはわたしはわたしはワタシハワタシハワタシハ」
それは呪怨。一度犯してしまった自分の罪に対して、自覚してしまった彼女が自分にかけた呪いだった。
彼女の呟きにその場の人々は顔を青ざめさせながら女性から目を背ける。しかしそれは狂気に陥った彼女が見苦しかったからではない。彼女と同じように、自分たちも子供を生け贄に捧げてしまったのだという罪悪感を認識してしまったからだった。
ナイチンゲールは蹲りなおも呟き続ける彼女へと無言で寄り添う。
貴方はそんな状況を、血が出てきそうなほど奥歯を噛み締めながら直視する。そして貴方は同時に、こんな悲劇を産み出したアマゾンとその黒幕を必ず倒すと心に決めたのだった。
「マスター、少しいいか」
貴方が決心を固めると、後ろからエミヤが声をかけてくる。振り返ると親指で部屋の外を指し示していた。何かここの人たちに聞かれたくないことなのだろうと貴方は予測し、素直にエミヤの指示に従い部屋の外へとでた。
【どうしたの?】
「大したことではない。情報を整理していこうと思っただけだ」
エミヤが言うと、直後に貴方の持つ通信端末から立体映像が現れる。そこに映っていたのはダ・ヴィンチだった。
『あぁ、ありがとうエミヤくん。あそこの人々の前で映像を流すわけにはいかないからね。マスターくんを部屋の外に誘導するように私から頼んだんだよ』
立体映像からダ・ヴィンチの話を聞き、貴方は納得して了承の意味を込めて頷く。するとダ・ヴィンチの横から新たに人の姿が現れる。マシュだ。
『先輩、大丈夫ですか? 私は直接見てはいませんが、そちらの方では酷い惨状が広がっていたと聞き入れましたが...』
マシュが貴方のやつれた顔を心配そうに覗きこむ。貴方はマシュを安心させようと元気な声をかけようとするが、その瞬間、あの地下室での惨劇、いやそれ以外のこの世界に来てからのすべての光景を思いだし、言葉が詰まってしまったのだ。
『先輩?』
言葉をつぐんでしまった貴方に、マシュはさらに心配そうに声をかける。貴方は頭を振り、精一杯の笑顔を見せてマシュに答えた。
【心配ないよ】
【マシュの声を聞いたら元気が出た!】
『...そうですか。ですがどうか無理をなさらないようにしてください』
貴方は首肯で返答し、マシュとの会話で気を無理矢理紛らわせた。そんな貴方をエミヤとダ・ヴィンチはとても悲しそうな表情で見つめるのだったーーー。
ーーーーー
『さて、彼らの情報からアマゾンのことについてかなり得るものがあったね』
マシュとの談笑もそこそこに、貴方たちは手にいれた情報の整理に勤めた。
『地下室に連れ込まれた人々たちの話からは、アマゾンは人に擬態する、そして一年前に急にアマゾンは擬態することをやめて人々たちを襲い始めたということが分かりました』
「付け加えるならば、やつらは一部の人間を連れ去り人間牧場を作っている。この事からやつらの中に家畜のシステムを考えるほどに理知的なものが含まれているということが予測できる」
マシュとエミヤが先程の人々の情報から現状を組み立てていく。さらにダ・ヴィンチが話を続ける。
『さらに鷹山仁の話からの情報を加えると、実験用のアマゾン4000体の話もあるが...エミヤくん。今まで倒したアマゾンのなかに腕輪を着けていたものはいたかい?』
急な質問がダ・ヴィンチからエミヤに飛ばされる。エミヤは考え込むしぐさを数秒とったあと、おもむろに首を横に振った。
「いやいなかった。少なくとも私たちを襲ったアマゾンの中に脱走したアマゾンはいない」
『ふむ、やはりそうか。ではそうなると君たちを襲ったそのすべてが実験用のアマゾンとは違う存在だ。そしてそうなるともうひとつ疑問が生まれてくる』
『それは...』
話を聞いていき貴方とマシュもダ・ヴィンチと同じ疑問にたどり着く。
【アマゾンはどうやって増えている?】
『そう、それだ』
貴方の言葉にダ・ヴィンチが正解というかのように同意を示す。だがそこでマシュが別の視点から意見を加える。
『し、しかしアマゾンにも生殖能力があるのでは...』
マシュの意見に次はエミヤが答えた。
「人々の話からアマゾンが現れるようになったのは一年前からだ。鷹山はアマゾンの成長能力は人間のそれとは違うと言っていたが、それでも一年という期間でこれほど爆発的に増殖することは考えられない」
『あと魔術による増殖もありえない。前から言っていたけど、君たちを襲ってきたアマゾンたちには一切の魔力はおろか、その残滓も残っていなかったからね』
エミヤとダ・ヴィンチが一つずつアマゾン増殖の要素を削っていく。そして残られた可能性について、貴方とマシュは顔を青ざめていった。
「そして何よりも...これはマスターがよく分かっていることなのではないか」
エミヤの問いかけに貴方は背筋を凍らせる。そう、始めにアマゾンに襲われた時から疑問に思っていたことがあったのだ。しかし幾度かの襲撃から貴方は考えるのをやめていた。それは分からない事象からの逃走ではなかった。むしろ逆で、分かってしまったから目を背けていたのだ。しかし仮説は建てられた。これは貴方自身がこの事実を認識するために答えなければならない問いだったのだ。
【襲ってきたアマゾンたちは服を着ていた】
貴方は声が震えないように、気丈に振る舞いつつ言葉をひねり出す。
マシュはそんな貴方をただただ心配そうに見ている。
貴方はそんな優しい後輩の姿に心を支えられ、そして次の言葉を口にすることができた。
【襲ってきたアマゾンたちは、おそらく元人間だ】
ーーーーー
「郊外の牧場がひとつやられたらしい」
人の気配のないビルの中。一人、いや一体の異形の生物がもう一方の人の姿をした男に声をかける。
「あそこは正直実入りの少ない牧場だったけど、それでも仲間がまた人間にやられたんだ。許せないよね」
男が答えないうちに異形の生物は話を続ける。男はそれを不満に思わず、ただ異形の生物の話を聞いていた。
「情報源があの人間っていうのは腹が立つけど、でもあの万能な力は役に立つから仕方がないか」
言葉を切り、異形の生物は男の方に体を向けた。
「それじゃあ仲間の仇を討ってきてくれる? 前原くん。いや、アマゾンシグマ」
男はなにも言わず、ただ頷くだけだった。
次回、激突
更新遅れてしまい申し訳ございません。