歩き始めてどれくらい時間が経っただろう。
腹は減るし、食料もないし、景色も変わらない血深泥の赤い建物ばかりだ。
外に出掛けたことを少々と悔いるが、まぁあの変哲もない部屋でだらだらするよりはマシだなと、見方を変えて道を進んでいく。
後ろには変わらず2体の怪物が着いてくる。
先程つけた名前で呼んでみるが返事どころか反応すらない。
一体何がしたいのか、自分になぜ着いてくるのか、興味はないがその行為の意味ぐらいは知っておきたい。そう思い、もう一度尋ねてみた。
すると2体の怪物は返事はしないものの、自分の問いに合わせてその体から蒸気を噴き出し、怪物の姿から人間の姿へと変化を始めた。
初めて反応を示した2体の怪物に少し感動を覚えていると、突然、人間へと化けたそいつらは自分に向けて言葉を発した。
ーーー■■■
何か、思い出せそうな気がする。
ーーーーー
「そうだよ、鷹山さんだ」
採掘場での決戦。その終局とも言えよう状況の中、見栄を切るかのようにアマゾン体へと変身した鷹山仁は、倒れ伏すその場のすべてのものに聞こえるように飄々と言葉を言い放った。
その異質たる存在に、あるものは驚愕を、またあるものは憎悪を、そして貴方は安堵の表情を彼へと示したのだった。
【生きていたんですか!】
【良かった!】
貴方は叫びながら、目の前に現れた鷹山へと声をあげた。
貴方は鷹山仁と離れたあと、彼について心残りが大きくあったのだ。目的の違いから彼とは行動を別にしたが、貴方は鷹山仁という男が悪人だとずっと思ってはいなかった。故に今、こうして彼と再会できたことに貴方は素直に嬉しかったのだ。
「仁さん...どうしてここに...!」
「こんなわんさかアマゾンたちが集まってんだ。俺が見逃すはずないだろ?」
熱波に巻き込まれ変身解除をさせられた悠は、突如現れた鷹山へと驚愕に満ちた声で疑問をぶつけると、鷹山はまた飄々と答える。まるでここに自分がいることが当然かのように。
そしてその鷹山を憎悪に満ちた目で見るものがいた。モグラアマゾン、マモルだ。
「鷹山仁...っ! まさかお前もここに来るとはね!」
マモルもまた、人間体へと戻ったその体をふらつかせながらも立ち上がり、鷹山を真っ正面から睨み付ける。
それに対し、鷹山は態度を変えず顔だけをマモルへと向けた。
「お前も変わったなぁ...いや、アマゾンの本性をついにさらけ出したってところか...まぁ、そんなもんだろうよ」
「黙れ...!お前だけは絶対に逃がさない! ここで殺してやる!」
マモルの叫びに鷹山はというと、まるで子供の癇癪を受け流す親のように小さく笑い声を漏らし首だけでなく体の向きをマモルへと向ける。
「なんだぁ? 性格もまるっきりアマゾンになってんじゃねぇか、まぁいいが。逃がす気がないのは俺も同じだからよ」
鷹山はそう言い放ち人差し指をマモルへと向けると、クイッと小さく動かす。その行為は明らかな挑発、やるならかかってこいと表したものだと、その場の誰の目から見ても明らかであった。
「仁さん!やめてくれ! 彼は僕のっ…!」
「僕の、何だ? 殺し合うほど仲の良い友だちだから見逃してくれってか?」
「っ! それはっ―――」
鷹山の行動に悠は制止の声を挙げる。しかし、その後鷹山から発せられた一言により悠はそれ以上言葉を紡ぐ事ができなかった。
それもそのはずである。悠は先程まで守ろうとしている青年…マモルと、殺し合っていたのだから。
「死ぬのはお前だ...見てみなよこの数のアマゾンを。こいつら全員がお前に一斉に襲いかかる。これならお前でも―――!」
鷹山の挑発に当てられ、体から蒸気を吹き出しながらも意気揚々と言葉を投げるマモル。
しかし、彼の足元に投げられた何かにより、マモルがその先の言葉を話すことはなかった。
「お前の言うアマゾ...やはり駄目だな、怪物たちならばもういないぞ」
そう言い放ったのはこれまで沈黙を保ち、状況を俯瞰していたエルドラドのバーサーカーであった。彼女は貴方の背後からマモルの足元へ何かを投げるとそれを指差しながら呆れたようにマモルへと話を始める。
「貴様とそこの緑のがじゃれている間に大半は私が片付けてやった。残ったやつもその赤いのが現れて逃げ出している。その首は貴様を除いた最後の一体のものだ。欲しければくれてやる」
エルドラドのバーサーカーの言葉通り、貴方は周りを見てみると無数に囲んでいたアマゾンたちが遺体以外一切いなくなっていることに気づく。マモルもまたその事実に気付いたようで、目を大きく広げながら自らの足元に転がってきたアマゾンの生首を見つめていた。貴方はいつの間にと思うと同時に、形勢逆転したこの事実から、マモルへと提案を持ちかけたのだった。
【降伏してください】
【貴方を倒したくない】
貴方の言葉に、マモルは一瞬その体を反応させる。そして体から噴き出す蒸気を止めると、見つめていた首をその手で持ち上げたのだった。
「倒したくない、か」
マモルが持ったその首は、形状を数瞬まで持ちこたえさせたが、胸まで持ち上げたその時、ドロドロの液体へと変わり支えていた指の間を通り抜けていった。
それを胡乱げに見つめていたマモルは、その感触を覚え込むように手を強く握ると、貴方へと向き直り、言葉を放った。
「これだけ殺しておいて、倒したくない、か。やっぱり人間は傲慢だ」
マモルは睨み付けながら貴方へと話しかける。先ほどの悠の添え物に対してへの言葉ではない、貴方を憎悪の対象として見なし話しかけていたのだ。
マモルの殺気に気付いた悠は、咄嗟に貴方とマモルの間へと入り込んだ。
「駄目だマモルくん。彼を殺すなら、僕はもう君に容赦できない」
「また随分と人間に入れ込んでるね。水澤くんだってアマゾンでしょ? そいつらに同士を殺されて何も感じないの?」
「彼らだってアマゾンによって同種の人間を大勢食われている。その惨状だって見ている。この場所で、僕たちは被害者にはなれない」
「そんなこと関係ないよ。問題なのは水澤くんがアマゾンか人間か、どちらの味方なのかってことだよ。まさか、本気で人間たちに協力するつもり? そんなことしたって意味なんかないのにさぁ!!」
突然怒鳴り声をあげるマモルに貴方は体を一瞬震えさせる。その姿をマモルも視界に入れていたようで、小さく笑いながら悠へとまた話しかけた。
「ほら、人間の姿をしていたってこうやって僕たちに怯えている。人間なんてこんなもんさ。水澤くん、君はこいつらに騙されているんだよ。いいように使われて、騙されて、最後には殺される。今までだってそうだったでしょ?」
「違う...この人たちは僕たちをアマゾンというだけで敵視なんかしていない。僕たちを僕たちとしてちゃんと見てくれている。決め付けているのはマモルくん...君の方だ」
マモルの問いかけに悠は冷静に答えていく。
そこには先程までの激昂した面持ちはない。鷹山仁の登場により昇っていた頭の血が失せたのだろう。静かな口調でマモルを説き伏せようとしていた。
「駆除班の皆だってそうだったじゃないか。あの人たちは僕たちをアマゾンというだけで決め付けずに、僕たちとして受け入れていたんだ。あそこでは、僕もマモルくんも、アマゾンってだけで何かされたなんてことはない。皆を殺してしまった事実はもう変わらないけど...でもまだやり直せるーーー」
「ーーーんなもん無理に決まってんだろ?」
突如、悠の言葉を遮り鷹山が言葉を放つ。
鷹山は静かに歩み始め、マモルのもとへと近づいていく。
「コイツはもう人間食ってんだ。それだけじゃねぇ。他のアマゾンたちに人間食うように唆してもいる。立派な人類の敵じゃねぇか。それをまだやり直せるだと? 一回死んで甘い考えも変わったかと思ってたが、馬鹿は死んでも治らねぇってのはまさにこのことだな」
鷹山の言葉に悠は異議を唱えようと口を開くが、そこから言葉が紡がれることはなかった。悠自身、分かっていたのだ。マモルは既に越えてはならない一線を越えてしまっていることに。
「結果の分かりきった問答はもうたくさんだ。アマゾンは人間の敵で、殺さなきゃならない存在だ。前も今も、これからも、俺の中じゃそれが変わらない真実だ。だから...もういいだろ」
鷹山…アマゾンアルファはそう言うや否やマモルへと歩みを進める。腕に生えた鋭利なヒレを見せつけるように上げ、狙いをマモルへと定める。その姿はまさしく死神のようであり、また、彷徨える幽鬼のようにも、貴方は見えたのだった。
悠はアマゾンアルファの行動に一瞬体を動かすが、しかしそれ以上の行動を起こすことは終ぞなかった。その表情は悲痛に歪み、かつての仲間を守ることのできない自分を責めているようにも感じ取れたが、しかしその奥にある彼の心中を、貴方は最後まで読み取ることはできなかった。
「…そっか。水澤くんはやっぱりそっちに付くんだね」
体を止めた悠を見ながら、マモルはため息を吐くようにそう呟いた。諦めや悲嘆が篭ったマモルの言葉に、悠はさらに顔を歪ませるが、なおもマモルは言葉を続ける。
「わかってたよ。こんなやり方、水澤くんが納得するわけがないって。でも、もうこうするしかなかったんだ。僕たちが、アマゾンが生存するためには、大切な時間や思い出なんか捨てるしかないから。水澤くんはずっとそれに囚われ続けてたから、ここで解放できないかなって思ってたんだけど、でもそれも無理そうだ。だからやっぱり僕は僕のやり方で…
突然告げられたマモルの言葉に、悠は顔を上げる。
「復、讐…? マモルくん、君は一体何をーーー。」
悠が問い質した、その瞬間であった。
「っ! お前、何を…!」
「もう遅い!」
マモルの不穏な気配に気づいたアマゾンアルファが一気に距離を詰め、腕の凶器を彼へと向ける。確実に首を刈る挙動のそれはしかし、マモルを目前にして
「ちっ…! なんだこりゃあ…」
【光の、壁…?】
アマゾンアルファの呟きに応えるように、貴方は視界に映るソレを見て言葉を漏らす。
そこには先ほどまでありはしなかった白い滝の如き光の奔流が突如としてマモルの足元から現れ、彼を守るように包みこんでいたのだった。
それはさながら光の壁のようであり、なおも光の威力を増しているのを貴方は直感で感じ取れた。
『この魔力反応…! 転移魔術か!』
通信機よりダ・ヴィンチが声を荒げながら状況を告げる。
光の壁はさらに成長していく。
「このまま逃がすかよ!」
光が形成されていく中、アマゾンアルファ、およびエルドラドのバーサーカーは吶喊を狙うが、先ほどと同じように壁に阻まれ、両者ともマモルの元へとたどり着くことはできない。
そのような状況の中をマモルは気にも留めず、貴方と悠に笑顔を向け、声を上げたのだった。
「じゃあね、水澤くん!ついでにカルデアのマスター!次会った時はそうだね。美味しく、食べてあげるから!」
まるで、友人と街で別れるかのように気さくな挨拶。そんな彼の姿を貴方と悠は、悲痛な面持ちで見送るしかなかった。
光の奔流はマモルを包み込みながら、そして、その中心となる彼へと収束してゆき、最後にはマモルとともに消え去っていく。
最後に残ったのはアマゾンの血の染み込んだ採掘場に、貴方たちだけであった。