竜画狂斎伝物語 作:朱鷺羽 緒形
楽しく読んでくれたらなと思います!
此処は神域と呼ばれる場所。
ギルドの定めた飛行禁止区域であり危険すぎるため調査研究の進まぬ、所謂未開拓地域である。
危険と称される理由の一つとして挙げられるのがそこに生息している古龍に分類されるモンスターの存在。
煌黒龍アルバトリオン。
存在自体が都市伝説の一つとして謳われている赤衣の男が言うには「神をも恐れさせる最強の古龍」
そんな危険地帯の一角に身を潜める女性の姿があった。
(.....ったく、あんな雷当たったらシャレになんないっすよ。 あ、今度は寒くなってきた!?)
悠々と大地を歩くアルバトリオンの姿を双眼鏡で覗き込み、素早く距離をとりながら記憶が飛ばないうちに行動へと移す。
ポーチから取り出したのは紙とペン。
女性は慣れた手つきで紙の上にペンを走らせ、アルバトリオンの姿を両の目で焼き付けたそのままの姿を描き写す。
(全体像は大体わかったっす、けど、細かな鱗とか角とかを描くには一旦近づかなきゃ–––)
「–––グルァァァァァァァャャャャャャャャャャ!!」
「ひゃ!?」
アルバトリオンが空を飛び叫ぶとさっきまで女性が腰を休めてた場所に稲妻が降り、陰にしていた岩が木っ端微塵に吹き飛んだ。 文字通り、木っ端微塵に。
「..........」
–––危険は覚悟してたっすけど、現役以上に危険なことしてるっすね。
女性がこんなことをしているそもそもの発端は三日前に遡る。
※
「–––ハル・リットナー! 主に煌黒龍の姿を記すことを任命する!」
「いや、何言ってんすか」
ここは古龍観測所。
ドンドルマの一角に存在する大規模な組織の一つであり、主に古龍に関する情報や古龍の出現を事前に察知することを取り扱っている。
紺髪の女性、ハルはやや困惑した様子である。 いきなり大老殿に呼び出され、大長老にそんなことを言われれば困るしかない。
座高推定600m以上の大長老はそんなハルに構うことなく続ける。
「出現は予測されていた、奴が神域に姿を現わすのは20年ぶりなのだ。 このチャンスを逃すわけにはいかぬ」
「.....でも、なんであたしなんっすか? 他にもあたしよりも優秀な人はいるっすよね?」
「可愛い子には旅をさせろ、まさに言葉通りだ」
「もしもーし? これあたしの声届いてるっすかー?」
ハルと大長老の体格差によるものか、はたまた大長老が高齢故の難聴になってきてるためなのか、ハルの言葉は大長老には届いてそうにない。
グビグビと酒を飲む大長老はもう話すことは話したと言わんばかりの態度である。
そんな大長老の様子を見かねて、大老殿と隣接しているG級クエスト受付から受付嬢の一人がハルの元へと駆け寄ってきた。
「申し訳ありませんハル様。 あのお方にも何か考えはあると思うのですが」
「あー、いいっすよ。 あの人は昔っからあんな感じだって知ってるっすから」
幼い頃、身寄りのないハルの育て親として大長老とは長い付き合いである。
「出発は明日、二日かけて神域へとこちらが選抜したハンター達と向かってもらいます」
なんとも締まらない形となったが、ハルは神域へ旅立つことになった。
–––古龍観測隊所属の先輩同僚を何人か巻き込んで。
※
そして今に至る。
(–––全く! なんでこんな危険な仕事引き受ける羽目になったんですかね、もー! アルバトリオンなんてレア中のレアっすけど、このままじゃ明日の我が身も危ないっす!)
–––雷が降り注いだと思えば雪が舞い、雪が舞ったと思えば業火が飛び交い、業火が飛び交ったと思えば嵐がやってくる。
その中心にいるのは決まって煌黒龍だ。 こんな状態で描き写せなどと上は中々無茶なことをおっしゃる。
王立古生物書士隊のギュスターヴ氏から直々の推薦もあったもんだからタチが悪い。
(それにしても、アルバトリオンの周りに炎があるせいで姿を確認することができないっすね、さっきのクロッキーで描いた全体図を微修正したかったんすけど、てか! あぁ、また体色変わってるし!!?)
ピキピキピキ、と周囲の空気が変わりながらアルバトリオンはその身を纏う鱗の色を変えていく。
辺りに稲妻が飛び交い、アルバトリオンと真正面から対峙している四人のハンター達にも襲いかかる。
–––その近くにいたハルの元にも流れ弾が飛んでくるのは当然といえよう。
「ちょ–––」
チュドォォォォォォン!!と大地を裂くかのごとく飛来した稲妻の剣はクロッキーに集中しているハルに襲いかかる。
咄嗟の判断でモドリ玉を使い、難は逃れることはできた。
ハルのいた場所には緑の煙がモクモクと揺らめいていた。
「–––この調子だと消耗戦になる。 一気に攻めようと思うんだが」
「待て、キース。 たしかに一理あるがまだ特攻するタイミングじゃねぇ、アルバトリオンはピンピンしてやがる」
「ですわね。 ここで向こう側の体力を削れたとしても大して効果は見られませんことよ」
「なら、閃光玉の回数をもう少し増やして、それから–––」
ハルがベースキャンプに戻った後、五分もしない内にアルバトリオンを引きつけていた四人のハンターも一時撤退という形で戻ってきていた。
たしか古龍観測所が出した依頼書には撃退、もしくは時間いっぱいまで引きつけるはずだったのにいつの間にか討伐する流れになってしまってる。
ハンターの目がガチだ。
「尾は斬り落とすの確定だから、頼むぜキース」
「おうよ! 角の破壊は任せたぞ!」
–––アルバトリオンの姿がそのままのうちに描き終わらなければ!
ハンター達にとってはそれでいいかもしれないが、ハルにとっては依頼達成できなくなってしまう。
これは一応協力体制の元での作戦、そのことをハンターに伝えたいのだがハルの苦手な人物がいるので話しかけたくないのも事実。
こういうときこそ頼れる同僚の出番だ!
「ザック君、ザック君」
「ん、ハル? どうしたの?」
彼の名はザック、古龍観測所支援部隊隊長だ。 主に支給品の管理やベースキャンプの守護神をしている。
人一倍多く荷物を持ってきているため道具の調合やら支給やらでハンター達にとても頼りにされてる。
ザックからクーラードリンクを受け取り、ハルは早速件の相談を持ちかける。
「いやぁ、実はあのハンターさん達アルバトリオンをやる気満々なんっすよね」
「みたいだね、武器もこれでもかというくらい研いでるしね」
「それであたしの作業が終わるまでは部位の破損なんかはできるだけ避けて欲しくてっすね」
「なるほど、言ってくればいいんじゃないの?」
「.....実は、ちょっと苦手な人がいるからザック君代わりに言ってきてくれないかなー、なんて」
我ながら都合のいいこと言ってるなぁ、とハルはザックから目を逸らしながら思う。
もし、自分がこんなこと頼まれれば即座にノーと言いそのくらい自分で行けと言い放つだろう。
「いいよ」
「あ、はい、知ってたっすよ、このテンプレ展開。 わかってたっすよ、いくらザック君でもそんな人のいいわけが、え?」
「え?」
–––訂正、ザック君チョーいい人!
「ハルには前僕の仕事手伝ってもらったからね、助けられっぱなしってのは癪だし困ったときはお互い様だよ」
「ザック君」
「それに人間誰しも関わりたくない人はいる、避けれるなら避けたほうがいいからね」
行ってくるよ、と思い腰を上げてザックはハンター達が世紀末のようにヒャッハー!と叫び声を上げている場所までゆっくりと歩いていく。
「お、補給の兄ちゃん! チーッス!」
「おい、挨拶くらいきちんとしたらどうだ品のない。 すみません、ザックさん」
「いえいえ、ここは僕もチーッスっと返すべきでしょうか?」
「ノリいいな兄ちゃん!」
端から見たらヤンキーに絡まれた優男にしか見えない。
コンガZの装備を身に纏ったハンターはザックの背中をこれでもかとバシバシ叩いてる。
「皆さんに少しご相談がありまして」
「何ですか?」
「実はうちの仲間の仕事が終わるまで討伐は少し待って欲しいんです。 記録を残すためにアルバトリオンの姿はしっかりと描き記しておきたいので」
「.....ハルの仕事か」
「えぇ」
キース、と呼ばれたシルバーソルシリーズを装備した太刀使いが僅かに苛立った様子で言葉を出す。
「言葉を返すようだが、こちらとしても命懸けだ。 長期戦は危険だと判断している、そちらの事情だけを聞き入れるわけにはいかない」
「.....では、我々は何をすればよろしいのでしょうか?」
「–––早急に仕事を済ませろ、ハルにそう伝えておけ」
かしこまりました、とザックの言葉を最後にキースを筆頭に立ち上がり、ベースキャンプを後にした。
「ハル」
「えぇ、わかってるっすよ」
本来、クロッキーというものはどれだけ早く正確に描くかを問われるものだ。
静物は待ってくれても生物は待ってくれない。 そんなことは百も承知、被写体は自分の都合のいいように動かない。
「–––伝説の古龍、しっかりとここに描き写してくるっすよ」
腰に手を当て、グイッとクーラードリンクを一気飲みしハルも急ぎ足で狩り場へと向かった。
※
神域での狩猟は佳境となっていた。
キース達が予想していたよりも遥かに丈夫なアルバトリオンの鱗には傷がつかない。 尻尾を切断なんて夢のまた夢のようにも思えていた。
「侮っていた、さすがは伝説の存在! だからこそぶった斬り甲斐がある!」
「もう一発閃光玉行くぞ!」
ドーベルXの装備をまとったガンナーが離れた位置から閃光玉を投げる。
ハルにとっては迷惑極まりなかった。
(ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 目がぁ、目がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?)
現在ハルはアルバトリオンの簡単なクロッキーを終え、細かい鱗などを描くために動き回ってる姿を必死になって双眼鏡で追っている。
つまり周りの様子を確認することなんてできないわけで突然目の前が真っ白になった、ハルの視点ではそうなっている。 しかも双眼鏡のレンズ越し、失明してもおかしくない。
(うぅ、これじゃ作業に遅れが出ちまうっす!)
涙目になりながら、目が回復するのをゆっくりと待つ。
回復したとしても光の残像が残ってしまうので、作業に支障をきたしてしまうのは確かである。
目が徐々に慣れてきてアルバトリオンの姿を再度確認するとまた鱗の色が変わっていた。
「.....これ、色は諦めちゃダメっすかね」
本音が漏れてしまうも手は休めない。
ベースの色は黒に近いので細く削った木炭で影を入れていく。
鱗と鱗の間を縫うようにしてシャシャッと同方向に細かな線を入れることで影を再現する。 本来スケッチに影を入れてはいけないのだが、色を安定させるのが困難なため、せめて黒の一色だけは整えておこうというハルの考えだ。
現場に出る竜画家の判断はほぼ独断である。
作品を美しく見栄えの良いものにするための独断、それは実際に竜と巡り会わなければわからないものがある。
まさに一期一会、それが古龍となればもう一生会えないかもしれない。
だからこそ、ハルのような狩りの最前線で活動する竜画家は命を懸けている。
ハンターと何の変わりもない、雄大な自然の中で猛々しく生きるその姿を描き記し、人々に伝えていく必要がある。
少し視点を変えようとハルは双眼鏡と羊皮紙と画材をポーチに仕舞って、神域の隅を走り回る。
あちこちで火山が噴火し、気温は容赦なく上昇するが、クーラードリンクの効果が残っているため暑さは感じない。
羊皮紙が燃えてしまわないかが心配である。
–––飛翔したアルバトリオンは冷気を操り、氷柱のようなものを待機中に生成して大地へ落下させる。
その数は優に百を越えており、大小サイズ問わずの氷柱が落下してくる。
それはもちろんハルにも襲いかかる。
「おっとっと、さっきの稲妻に比べたら可愛いもんっす」
元ハンターの彼女にとってはこの程度お茶の子さいさいである。
頭上から全ての氷柱が落下しきったのを確認して、アルバトリオンの姿を確認できる岩陰に身を潜める。
双眼鏡を取り出して、さっきの閃光玉のこともあるので少し視野を広げて観察する。 本来ならば鱗の細部を描きたいところだが、全体を確認することも悪いことではない。
アルバトリオンは典型的な古龍の骨格をしている。
歩行するための四肢、胸から腕を経由して生える翼。 テオ・テスカトルやナナ・テスカトリ、クシャルダオラに近い身体構造である。
だからこそ全体像を捉えること自体はそこまで苦労することはなかったが、細部はそれぞれの個体の特徴があるので観察しないとわからない。
筋肉の動かし方、鱗の並び、尾の長さ、爪の長さ、翼の羽ばたかせ方、癖。
情報は一つでも多い方がイメージを描き記しやすい。
アルバトリオンの最たる特徴は角にあると言えるだろう。 冠に似た、まさに王者であるようなことを象徴する巨大な角。
それを支える首が長く太くなったのは必然的なことである。
スムーズな尾の動かし方から骨格構造を練っているとハンター達のうちの一人、太刀使いのキースが捕食されかけていた。
「–––––。」
ハルが持ってきていた生命の粉塵、それを咄嗟に飲んだのは当然のことだと言える。
『ハッ、俺がそんなヘマすっかよ。 いいから黙って見てろ』
『さすがにあれは届かねぇ、頼むわブレイカー』
『–––行くぜ相棒、次こそはカッケーとこ見せてやっからよ』
(.....癖、ってのは中々抜けないもんっすね)
過ぎ去りし思い出の日々、ハルは思い出したくなかった感情を思い出し、ぐっと堪えて双眼鏡に目を戻す。
–––アルバトリオンの尾がぶった斬られていた、件のキースがイキイキとしながら斬り落としたのだ。
「–––ギュラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!?」
「よっし! さっすがキース!」
「この調子で行くぜ、俺に続けぇ!!」
キースの活躍で士気は上がった。
ハルはこれをチャンスだと捉えた。 これがもし全体像を捉える前だったら焦ってるところだったが、その作業は既に済んでいる。
尾が落ちたということは、鱗を直接触ることができる。
(–––ただ、アルバトリオンが近くにいるとまずいっす。 あたしの今の防御力はゼロに等しいっすからね)
今はハンターを引退した身である、必用最低限身を守る服装ではあるが、古龍クラスの攻撃に耐え切れる自信はない。
じっと待ちチャンスをうかがうしかない。 その間も可能な限り細部のスケッチは続ける。
身の安全を確保しつつ、ゆっくりと尻尾に近づいていくことも忘れずに。
–––そして、ついにその時がやってきた。
(–––今っす!)
剥ぎ取りナイフを携えて岩陰からダッシュする。 空を飛ぶアルバトリオンの真下を通り、高速剥ぎ取り術のごとく鱗だけを綺麗に剥ぎ取り、調合しておいたモドリ玉でベースキャンプへと帰還する。
ベースキャンプで剥ぎ取った鱗を直に触り、質感を確かめ、匂いを確かめ、色を確かめる。
肌触りは意外にもザラザラとしており、内側はツルツルしている。
「火山地帯で生きていくための進化、それとも周りを不安定にさせるエネルギーがそうさせてるんすかね」
「アルバトリオンについての文献は少ないからね。 僕も詳しいことはいえないけど、クシャルダオラに似ている気がするな」
「そうなんすか?」
「少しだけね、水分を弾くというか余計な成分を受け付けないようにも思えるよ。 だからアルバトリオンはあの自らで引き起こしてる不安定な環境下にも適応できてるんじゃないかな?」
「.....あたしに難しい話はわっかんねーっす!」
「そ、そうかい」
そういうややこしいことは古龍研究の専門家に頼むのが筋である。
竜画家であるハルは感覚派なのだ。
ザラザラとした鱗ならば少し点描の要素も取り入れて、そこから斜線を引いていけば近い感じに表現できそうだ。
手に入れた部位は尻尾のため身体にいけばいくほどザラザラは激しいに違いない。
本来ならば討伐したものを触れるのが筋なのだが、ギルドが討伐できないと判断し大長老を経由してハルが派遣されたのかもしれない。
「ザック君、どんな感じか確認いいっすか?」
「.....相変わらずあの中でよくここまで描けるよね」
「それ、褒めてる?」
「もちろんさ」
他人の意見も必要だ。
他に派遣された(というよりハルが巻き込んだ)同僚や先輩はまだ戦いを観察していることだろう。
ハルの仕事はあくまでもアルバトリオンの姿を描き写すことである。 それ以上のこともそれ以下のこともする必要はない。
「まぁ、最終的な判断は大長老様がする。 僕は感想しか言えないよ」
「いいっすよ、感想で。 どうせ大長老もオッケー出してくれるっす」
もし、これでもう一度行って来いと言われても困る。
「.....天才、まるで生きてるみたいだよ」
「光栄っす」
–––神域中心部から角笛の音が鳴り響く。
アルバトリオンがどこかへと飛び去ってしまった。 彼らの目的であった討伐は叶わなかったが、撃退に成功したようだ。
「さて、ハンター達を連れて帰りますか」
「そっすね。 ドンドルマに戻ったら一杯おごってほしいっす」
「.....ハイハイ」
ザックの溜息は噴火の音に掻き消された。
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