ベルファストリベンジの声をちらほら聞くのでやってみる。
あ、ちなみに冒頭のアレは公式に運営がやったことがあるという。
それは一通のチラシからだった。
といってもこの僻地に投函しに来るような相手など限られていて、これも御多分に漏れず説明文の語尾ににゃーにゃー書いてある代物だった。
安物のてらてらした紙に似つかわしくないパステル調の明るいレイアウトには、二つの銀の指輪が描かれている。
『今ならお得にゃ!祝福パック~ケッコン指輪2個セット!』
………なあ、これツッコミ入れちゃダメなパターンか?
「……お答えしかねますね」
いや、買ったんだけどさ。
「はあ………、ッ!!?」
ペアリングではなく、自由に相手の名前が彫れるようになっている艦船の少女仕様のマリッジリングが二つ。
絆の力でその真の性能を開放するとからしいが、相手の女の子が嵌めてくれることが当然に前提となるので、その時点で効果は最大のものになる。
純粋にパワーアップアイテムと考えるのであればかなり有用な代物であることは聞いているが、それにしても仮にも結婚指輪が2個セットでしかも安売りってどうなんだという話である。
今なら更にもう一個、っていうか通販番組かよと。
腰を据えている重い木製の執務机に肘を立て、ありがたみもへったくれも無い(多分)決算期前の在庫整理品を手に取って眺めるあなたに反応したのは、窓際の花瓶の花の世話をしていた銀髪メイドのベルファストだった。
それまで落ち着いて作業の手を止めないまま相槌を打っていたベルファストが、シュバッッ!と振り返り切れ長の眼をカッッ!!と見開いてきたのでちょっとびびった。
そのままこちらを……というより指輪を凝視している彼女との間に沈黙が走る。
「………っ」
ふと、何とはなしに指輪を持つ手を上に挙げてみる。
ベルファストの視線が上に向く。
机の高さまで下げてみる。
ベルファストの視線が下に移る。
また上げる……ふりをしてやっぱり下げる。
ベルファストの藍色の眼光が正確に追尾してくる。
宙に円を描くように指輪を持つ手を回してみる。
無意識なのか、つられて首の角度が微妙に傾きを変え、そこに嵌めている鎖付きの首輪がじゃり、と音を鳴らした。
ちょっと楽しい――――割と最低なことをやっている気がするが、それはそれとして。
で、誰に渡したらいいと思う?
「――――!ぁ、その……っ!」
こう言ってはなんだが、別に意地悪のつもりでした質問ではなかった。
表情から思考の読み取りづらい彼女であるが、今あなたの持つ指輪を欲しがっていることは伝わるし、それがどういう意味であるかも分からないとは言えない。
そして、寄越せと言われれば―――普通に渡すつもりだった。
結婚は人生の墓場なんて言われるが、既にして一度墓場にダイブしたら場外に出てしまった身である、己の命令に命懸けで従う可愛い女の子にはなんなら人生ごとくれても悪くはないだろう。
その相手がこの日この時ベルファストだった、それならそれで縁とか廻り合わせだということだ。
ケッコン指輪がセール品ではなくかつたった一つしかないのなら、良くも悪くももう少し重く考えただろうが。
そんなあなたの思考を察せられないベルファストは、何度も口をぱくぱくと動かし、やがて乾いた唇を苦しそうに動かしながら告げた。
「どうかご主人様の、意のままに。
――――用事ができましたので、失礼いたします」
半ば自身の放った言葉に茫然としながら、一礼し逃げるように立ち去るベルファスト。
音もなく閉ざされた執務室のドアを見ながら、あなたは掌中の指輪を弄ぶ。
ヘタレめ。
このセリフどっちかというと女の子側じゃないのか、とか考えながら、あなたは内線の受話器を手に取るのだった。
…………。
「何故、私は……」
寮舎の屋上。
無性に風に当たりたくなった彼女は、海から吹き付ける潮風を浴びながら遠い水平線を眺めている。
主の欲求を察して動くべきメイドが逆に自分の欲望を察してもらって主に動いて欲しいなど、論外。
否、そもそもそういう次元ですらなかったように思う。
告白は殿方からして欲しい、そういう乙女な思考が無いと言えば嘘になるが、あの指輪が欲しいとそれだけの本心を伝えることすらできなかったのは、怖かったからだ。
何が怖かった―――断られることが?
「違います、ね」
諾否を問わず、ただの主と侍従ではなくなることにどうしようもない恐怖を覚えたのだ。
関係が変わり――――それでも変わらない何かがあると、ベルファストはそう信じることができなかった。
寄る辺の分からないまま踏み出す未来に不安しか見いだせず、恐怖のままにあなたに背を向けた。
「自分の主を信じることの出来ないメイドなど、とんだお笑い種ではないですか」
自嘲の声は、微かに震えながら青空に溶けていく。
抜けるような快晴が、どこまでも高く彼女のぐちゃぐちゃになった心を受け止めていた。
けれど、完璧メイドの殻を壊されたただの少女をただ見ているだけというほど酷薄というわけでもなかったらしい。
「今日は日光浴には少し陽差しが強いと思いますよ?ねえ、ベルファスト」
「イラストリアスさん……」
全身白の淑女然とした光の少女。
常の暖かい微笑みを浮かべた装甲空母が、何故かこの人気のない屋上にベルファストを追うように現れていた。
「お隣いいですか?」
「……どうぞ」
どうにも毒気を抜かれてパーソナルスペースに入れてしまう、そんな相手で、ペースを掴めないという意味ではサフォークと同じく相性が悪い相手だ。
だが、だからこそ、か。
何故彼女がここに来たのか、と疑問に思う余裕もないベルファストは、少し躊躇いながらも先ほどの出来事をぶちまける。
「ご主人様から指輪を賜ることが出来たなら、どんなに幸せなことでしょう。
その想いに嘘は無い筈なんです、なのにっ」
「そうですか……」
唐突にぶつけられたお悩み相談に辟易する様子も見せず、咀嚼するように細い指を唇に当てながら、やや上方に視線を上げて思案に耽るイラストリアス。
やがて考えが纏まったのか、実に爽やかな笑顔で言い放った。
「つまり指揮官様は指輪を渡す相手を探しているんですね?
いいことを聞きました♪では早速―――」
「待ちなさい」
ベルファストをして敬語が崩れるという異常事態。
だがしれっと、あるいは悪戯げに装甲空母は切り返す。
「あら、ベルファストにとってはこうしてうだうだしている時間の方が、指揮官様に見初められるチャンスを掴む時間より大事なのでしょう?」
「それは……」
「恋は戦争<All is fair in love and war.>――――ロイヤルの仕来りと思っていましたけれど、どうやら王宮メイドさんには違ったようなので」
暗にイラストリアスは言っている―――面倒くせえこと言ってないでさっさと当たって砕けろ。
淑やかさの手本のような所作の少女なのだが、発破の掛け方といい案外内面はお転婆なのかもしれない。
「………ご助言、感謝いたします」
「いえいえ、私は何も。そうだ、そういうことならいいものを明石さんが仕入れているんです。少しショップに寄って行きましょう!」
「いいもの?」
「彼女も商売上手ですから。結婚指輪を買わせるのなら、一緒に仕入れても買い手の宛てがある物があるでしょう?
ほら、イラストリアスもご一緒しますから見に行きましょう、ね?」
そして、指輪が二つあると聞いて、さりげなく自分もおこぼれに預かろうとベルファストに同行を当然と思わせる――――案外かなりちゃっかりしている娘なのかもしれなかった。
…………。
で。
執務室、あなたの前には純白の花嫁衣裳の女の子が二人。
正統派の肩が露出した裾長のドレスを纏う銀髪のベルファスト。
胸の谷間からお腹の半ばまで達するV字のスリットが艶めかしい、レースのふんだんにあしらわれたドレスを翻す純白のイラストリアス。
ともにブーケを手に、百万の言葉より雄弁にその衣装を完成させる最も大切なアクセサリーを求めていた。
言えないなら、ってだからって体張りすぎだろ……。買ったの?
「その、メイド服ではないので落ち着きませんし、不躾とは思ったのですが……」
「買っちゃいました!なので、ウェディングドレスを着ているのに結婚指輪はもらえない、なんてなったらお嫁さんは泣いちゃいますよ~?」
ベルファストは上目遣いで、直向きなそして切実な想いを込めてこちらを見つめてくる。
常以上に明るい笑顔で微笑むイラストリアスは、しかし視線の中に一片の不安を垣間見せている。
どちらもあなたの退路を塞ぐには、あまりに覿面(てきめん)で。
けれど卑怯だと言うにはあまりに想いが純真過ぎて。
差し出された左手薬指に指輪を嵌めた瞬間、ぱっと華やいだ二人の幸せそうな顔を見ていると、どうにも照れくさくて仕方がなかった。
……物好きな奴ら。一応パワーアップアイテムでもあるんだから、今日から最前線で一番扱き使うことになるぞ?
「元より、本望でございます」
あーあ。俺も今日から嫁を化け物と戦わせる鬼畜指揮官の仲間入りかー。
「嫁……指揮官様のお嫁さん。ふふっ、大丈夫です。
イラストリアスは、旦那様に害為すどんな闇だって払う光になりましたから」
叩く軽口も軽やかに、しかし一片の偽りの無い言葉で返される。
ある意味、早速夫婦としてのそれらしいやり取りだった。
……………。
………。
「納得行きません」
何が?
「指揮官。指揮官と初めて逢った艦は誰ですか?」
ジャベリンだな。
「指揮官の最初の相棒は?」
ジャベリンだけど。
「指揮官と一番長い間絆を深めて来たのは?」
ジャベリンか?
「指揮官が一番可愛いと思ってる子は?」
ジャベリンでいいよもう。
「つまり指揮官が一番愛しているのは!?」
ジャベリン愛してる。
「…………ぁぅ」
いやネタ振っといて照れんなよ。
「~~~っ、ネタじゃないもん!
ジャベリンが言いたいのは、指揮官が指輪を渡すべきなのは本当は誰かって話で……」
………。リアンダー?
「うぐ……っ!し、指揮官のばか~~~っっっ!!
もう知らないんだからッ!!」
そうか。
じゃあコレ要らないのな。
「――――――、へ?え?………三個めの、ゆびわ?」
っていうか一つめのだけど。
ある程度戦力を整えた指揮官に一個だけ支給されるやつ。
正直一個だけだと誰に渡してもなんか色々ぎくしゃくしそうだったんで今まで封印してたんだが。
でもそっかージャベリンは要らないのかーちょっと悲しいなー。
「いや、いやいやいやいや!待って、やり直し!やり直しを要求します!」
やり直し?
「心の準備がまだ………、髪がちょっとぼさぼさだし、格好も普通だし、指揮官は指揮官だし!
もうっ、指揮官ちょっと待ってて!絶対に待っててね!?」
――――まったく、指揮官ってば本当に素直じゃないんだから!えへへ、えへへへへっ♪
いや、ドア閉めて行けよ思いっきり聞こえてんぞ独り言。
でも、まあ。
ジャベリンうざ可愛い。
よしベルファストオチ要員脱却ッ!!はさておき、いい感じで更新失速して来たしお気に入りの子たちは一通り出したしエピソードもそれっぽいしで、唐突ですがこの作品は今話で最終回ということにします。
なんでジャベリンに始まりジャベリンに終わるってことでちょっと無理やりねじ込んだ(ぶっちゃけケッコンセリフはジャベリンが一番好き)。
いつぞやと同じく不定期更新で気が向いたら新しいエピソードを書くかもしれないし書かないかもしれない感じにして、まあネタが湧いたりビビッと来る子が新しく出たりリアンダーの嫁衣装が実装されたら多分書くのでその時はまたお付き合いいただければ幸いです。
というわけでひとまずこの作品は一区切り。
よし今回のきれいなサッドライプさんしゅーりょー。