アズレンスルホン酸ナトリウム   作:サッドライプ

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 登場時も今回のイベントでもそうだけど、スキルからしてアズレンの翔鶴姉は被害担当艦過ぎてワロタ。

 ワロタ………。




瑞鶴/翔鶴

 

 腹に力を入れて声を出す、という言い回しがある。

 真に受けて腹直筋に力を入れて声を出そうとすると横隔膜が硬直し、締めたカエルみたいな声しか出ないので素人にはオススメできないのだが、一度腹式呼吸で声を出す感覚を覚えると普段の話し方からしてそちらに切り替わるものである。

 歌手とか役者とか―――あるいは、砲声谺する戦場で明瞭かつ正確に情報を伝達する為声を張り上げる軍人とか。

 

 

「うわ~~~ん、また負けた~~っ!!」

 

 

…………至近距離で叫ぶのやめてくれませんかね、瑞鶴さん?

 

 一瞬世界が遠くなったかと思うほどに鼓膜を叩いてくる声量で泣きべそをかく鶴二号のせいで、あなたはそれを身をもって体感することになっていた。

 そろそろお馴染みとなってきたなんちゃって和室に連れ込まれたあなたは、座布団の上に座らされてその膝を強制占拠されている。

 

 若干絵的にアブナイ位置でおでこをぐりぐりしている茶髪のポニーテールが、その下手人である空母・瑞鶴だった。

 袖口を黒く染めた羽織を纏い、勝気そうな目元に薄紅の化粧を施しているのは、その名の通り鶴をイメージしているのだろうが、泣きべそをかいているのに化粧が崩れないのは女の意地かそれとも元は二次元ヒロインの補正なのか………まあ、多分後者だ。

 

 普段は腰に太刀を佩いて快活な武士娘そのものといった彼女だが、こうなった事情はあなたにも分かっていた。

 

 演習システム。

 

 仮想体(アバター)を投影して別の基地の艦隊のデータと模擬戦闘を行うことのできる、訓練や戦術研究及び戦力評価を目的とした設備がある。

 電波やケーブルなどの既存の通信網とはまた別のネットワークで一定数の指揮官達が繋がっているらしく、そこで優秀な成績を収めれば装備などの配給に多少の優遇が行われる仕組みとなっている。

 ただあなたはその施設の利用にあまり熱心というか、がちがちに工夫を凝らして上位に行こうとする姿勢は持っていなかった。

 

 その理由として、第一に成績優秀者への優遇というのが実態は誤差レベルの範疇に収まること。

 まああくまで演習システムは訓練が本旨であり、敵は同僚ではなく海の化け物なんだからあまり競争に血道を上げ過ぎるなよ、ということだろうし、まったくもってご尤もである。

 

 第二に、自分や他所の艦隊のデータが完全にアバターで再現されるとかそれと模擬戦闘とか、原理や裏を想像するとちょっときな臭さしか感じない代物のため、醒めた目でしか見られないこと。

 もちろん確証どころか妄言と一蹴されても何も不思議はないただの個人の印象なので、一応伝えるだけ伝えた上でシステムに登録するのは希望者だけに限定している。

 

 第三に、その希望者の中でも特に熱意の高い瑞鶴に利用方針を自由にさせていること。つまり―――。

 

 

 で、また赤城と加賀が居る艦隊に突っ込んだの?

 

「だってぇ~……」

 

 

 分かり切った確認に、唇を尖らせているだろう瑞鶴が膝の上でもぞもぞする。

 

 “一航戦の先輩<赤城加賀>”や“グレイゴースト”を超える。

 そう抱負を口にし日夜訓練に励んでいるのが瑞鶴だ。

 たとえデータ相手だとしても、その目標と模擬戦闘が出来る機会というのを彼女が逃すことはない。

 

 が、悲しいかなそれこそデータのみで見た場合の赤城と加賀という空母は、超速攻を得意とする演習艦隊の常連である。

 戦闘開始から艦載機発進まで、徒競走で言うならコース半周分先にスタートしているくらいの感覚で爆撃や雷撃が降ってくる相手だ。

 

 対して瑞鶴は典型的なスロースターター。

 長期戦で消耗したり追い詰められていてもそれまで以上のスペックを発揮して逆襲してくる、少年漫画の主人公のようなある意味理不尽な存在ではあるのだが………如何せん一艦隊同士の接敵状態からよーいどんという演習の短期決戦ルールとは相性が悪く、本領を発揮する頃には勝負が終わっていることも少なくない。

 

「泥沼の20連敗だよぉ……」

 

 結果、ガチ勢にそうでないパーティーが突っ込んで行くという、アバター相手でなければお互いにとって不幸にしかならない真似をやらかしているわけで、これで上位を目指しているとは口が裂けても言えまい。

 

―――相性が悪いだけだって。実際の運用だと瑞鶴と翔鶴の方が頼りになることもあるって。

 

「でも……うぅ、ごめんね指揮官。私のわがままで演習の順位下げちゃってるし」

 

―――それはいいから、ほら元気出せ。

 

「…………。優しいね、指揮官」

 

 わずかな沈黙の後、穏やかな声で呟いてくる。

 上述したとおり演習での成績にはあまりこだわっていないにもかかわらず、自身の功名より部下の心情を優先する指揮官的な勘違いをされた気がするが、瑞鶴が落ち着いたのでよしということにした。

 

 そして落ち着いた瑞鶴はと言えば、あなたの膝を枕に寝返りを打って横向きになる。

 羽織の下の装束の裾が例によって非常に短いため、長く健康的な脚が太もものほぼ全てを露出しているあられもない姿だが、当人は気にした様子もなく顔の動きをもぞもぞからすりすりへと変えていた。

 少し落ち着き過ぎである。

 

………そろそろどいてもらっていい?

 

「もうちょっと……。だめ?」

 

 甘えるような声音と流し目。

 たぶん素でやっているんだろうが、いい感じにあざとい。

 しかし悪い気はしないのでまだ膝を貸すことは了承した。

 

 代わりとばかりに、ふと気になってあなたは瑞鶴の耳を触る。

 

「ひゃ、な、なに指揮官?くすぐったいよ?」

 

 いや、普通の耳だなー、と。

 

 

「え、私のそこ、どこかおかしい……?っ、やぁん!?そんな中まで指、入って……!?

 指揮官、なんかびりびりくるよ…っ、あ、ひ、~~~~~ッ!!」

 

 

………わざとやってんのかエロ鶴。

 

「……はぁっ、くぅ、突然何なの指揮官?おこってる……?」

 

 突然はこっちのセリフ―――うん、まあ、とりあえず呼吸鎮めろ。悪意はないから。

 

 

 敏感なのかは知らないが唐突に挟まった喘ぎ声にあなたは困惑する。

 重桜の艦は大抵ケモミミが生えているので、鶴イメージでデザインされたからか耳が普通の人間と同じなのがちょっと気になっただけなのに。

 

 とりあえず彼女の顔面が股間に非常に近いので、そんなところで艶めいた息遣いをするのを至急やめて欲しかった。

 黙って促すと、瑞鶴は深呼吸して息を整える。

 

 すぅ、はぁぁ――――。

 

 しんと静まった部屋に、やけにその吐息は染み入るように響いた。

 それを数度繰り返すと、部屋の空気そのものが入れ替わったような錯覚を感じる。

 

 一方、深呼吸しているうちに泣いた疲れが出たのか眠そうに瞼をとろんと閉じかけた瑞鶴が、膝の上から垂直に見上げるあなたに呼びかけた。

 

 

「ねえ、お姉ちゃん――――」

 

…………。………ん、んん?

 

 

 あなたに呼びかけた、と思ったのだが。

 あなたは実は女だったので警告タグに性転換とガールズラブ追加しなきゃ―――なんてことは勿論ない。

 

 ぼんやりした頭で一瞬あなたの反応を訝しんだ瑞鶴だが、今しがた指揮官のことをなんと呼んでしまったかに思い当たりばっと覚醒する。

 

「ち、ちちち違っ!!これは指揮官がお姉ちゃんみたいに安心するっていうか、だからって指揮官をお姉ちゃん扱いしているわけでもなくて、そもそも私にとって指揮官とは―――」

 

 お、おう。

 

 顔を真っ赤にして近づけては弁解未満の発言でまくし立てられてあなたは目を白黒させていた。

 だが、暫くもしない内にいたたまれなくなったのか瑞鶴はすごすごと部屋を退出していくことにしたようだった。

 

「指揮官、こ、これで失礼するね!?………その、いつも色々ありがとね」

 

 出て行く時も結局恥ずかしさで涙目になっていたが、それでも立ち上がりざまにいじましく一言残して。

 

 

 

…………。

 

 そして、入れ違うように鶴一号が入室してきた。

 

「もう瑞鶴ったら、指揮官のことをお姉ちゃんだなんて。

――――私が居るの、ばれちゃったかと思いました」

 

 盗み聞きしてた?

 

「ふふっ。ええ、瑞鶴を鳴かせたところもばっちりと」

 

 正規空母、翔鶴。

 黒染袖の白い羽織と目元には赤い化粧、と装いは姉妹艦の瑞鶴と揃いだが、それこそ鶴の

翼のように真白の髪と、淑やかに微笑みつつ毒を吐く言動で妹とは全く異なる印象を与えていた。

 

「急にびっくりしましたよアレは。まさか瑞鶴にあんな発情した声が出せるなんて」

 

 いろんな意味でひっでえ発言だなおい。

 

「あの反応の良さなら、押し切れば最後までいただいてしまえたんじゃないですか?

 うちの瑞鶴もカラダだけなら結構おいしい感じだと思ってましたけど」

 

 それでも姉かお前。しかも盗み聞きされてたんだろ、それでおっ始める趣味とかねーよ。

 

「ふふ、ご安心を。その時は堂々と私も参上して姉妹ともども可愛がっていただきますから」

 

 どこに安心できんだシチュエーションがもう惨状じゃねーか。

 

 楚々とした仕草であなたの正面に正座しながらにこやかに下世話な話を繰り出す白い鶴。

 もう発想がエロゲなのだが、美少女ゲームのヒロインと考えればどうせそんな感じの薄い本は誰かが描いてるのが予想できるだけに微妙にコメントに困った。

 

「まあ、それは先の話として―――」

 

 未来に確定した事象のように言うのやめない?

 

「ええ、未来に確定した事象の話として、それはさておき―――」

 

………。

 

 あなたはツッコミを放棄して、さっさと次の話題に移らせることにした。

 

 

「お姉ちゃん、ですか―――指揮官、女装してみませんか?」

 

 殴るぞグーで。

 

 

 移った話題も大概酷かった。

 流石にイラッとくるレベルの発言だったのは自覚しているらしく、すぐに「ごめんなさい、冗談です」と謝罪の言葉が飛んできた。

 顔はにこにこしているので反省は確実にしていないだろうが。

 

 ただ彼女は、大抵いつもこの調子で毒を吐いているからか、相手を本気で怒らせる前の引き際がかなりうまい。

 拳を振り上げるタイミングすら制されたあたり、あなたの気性を完全に見透かしているのかもしれなかった。

 

………だからこそ、翔鶴はあなたにとって心地いい距離感の相手でもあるのだ。

 

 表現が捻くれていても慕ってくれているのは分かるが、かと言って時として身に覚えの無いレベルの過剰な期待や評価は向けてこない。

 期待や評価をされるのが悪い訳ではないが、常時それらが向けられていれば当然人間として疲れることもあるから、あまり気を遣わないで振る舞える相手である彼女のことはどうにも嫌いになれないから。

 毒を吐いてくるのも、まあ普段あなたが他の女の子達にやっている言動を考えれば因業が巡って来た程度の認識でいいだろう。

 

………そういうあなたの思考を承知の上で指揮官をからかう翔鶴も、ひねくれ具合では似た者同士と言ってよかったりする。

 ある意味許される最大限の範囲で甘えて自分をさらけ出しているようなものだ。

 

 たった一人の姉とたった一人の主であるあなたを、瑞鶴が呼び間違えるくらいには、それこそ。

 

「でも瑞鶴は自分で言うのもなんですが私のことをよく慕ってくれている子です。

 そんなあの子が私と指揮官を間違えて呼んだ―――きっとそれだけ、同じかそれ以上に指揮官のことを頼りにしているということだと思うんです」

 

 『家族』と同じくらいに。

 軍艦の身であれば、ある意味歪な絆の求め方かもしれないけれども。

 

「瑞鶴を―――あなたの妹としても、どうかこれからもよろしくお願いします」

 

 それを汲んだ姉は、居住まいを正して三つ指を突き、頭をゆっくりと下げた。

 そうしていると洗練された所作もあって華族のお嬢様が誠意を込めて礼を尽くしている様そのものであった。

 

 もとより瑞鶴のことを蔑ろにするつもりもないあなたは、つられて神妙に頷き了承する。

 

 そして、意を得たりとばかりに、翔鶴が不敵に笑った。

 

 

「言質、取っちゃいました♪それでは、次からは瑞鶴には指揮官のことを『お兄ちゃん』と呼ぶよう躾けておきますね?」

 

 

………待って。ちょっと待て、なんかおかしい。

 

「?……ああ、お兄ちゃんだとあの二枚舌国家のエセロリ空母と被っちゃいますね。

 『お兄様』あたりが無難でしょうか。そこに気が回るとは、さすがはお兄様です」

 

 いや、もっとおかしくなってるから。

 

 不意に妙な焦りに突き動かされるあなたに、わざとらしく首を傾げる翔鶴。

 そんな彼女がこちらにすっと身を寄せて来たかと思うと、耳元で甘く囁くのだった。

 

 

「私と夫婦の契りを交わせば、瑞鶴にとって指揮官は義兄じゃないですか。何がおかしいんですか?」

 

 んな………!?

 

「くす。―――ちゅっ」

 

 

 唖然とするあなたに対して、妹の仕返しとばかりに耳に悪戯する翔鶴。

 ただし触れたのは指ではなく、薄く紅を塗った唇。

 

 

「流石に本妻の座はあの子にも渡せないですから。

――――お姉ちゃん特権です♪」

 

 

 

 





 そういやベルファストケッコン衣装実装おめでとう!
 再登場させよっかな、でもこの作品だとまた空回りオチになるのが見えてるからなぁ………。



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