【完結】紳士的な異世界はスマートフォンとともに。 作:味音ショユ
「うーん、まいったわね……」
エルゼが難しい顔をして悩んでいる。銀月の食堂のテーブルに座る彼女の目の前には、鈍く銀色に光輝く愛用のガントレット。しかし、それは拳の部分が破損してしまっていた。
昨日戦った魔物のせいだ。石の体を持つガーゴイル。正確には盗賊の一味に召喚魔法を使う奴がいて、呼び出したのがガーゴイルだった。
何体ものガーゴイルに囲まれ僕らは苦戦した。堅い体のせいで剣が効かない。魔法も効果が薄く、矢も通らない。ダメージがまともに入ったのは打撃系のエルゼとエクスプロージョンやバブルボムを使えるリンゼだった。
2人がガーゴイルを倒している隙に、僕は術師をパラライズで麻痺させ事なきを得て、捕まえた盗賊たちは王国警備兵に突きだした。
ギルドの依頼は完了したが、エルゼ愛用のガントレットはこの通りである。
「買い替えるしかないわね……」
「その方が良いんじゃない? 僕のモデリングで直せなくはないけど、経年劣化までは直らないし、すぐ壊れると思うよ」
「これが今までで一番しっくりきてた奴だったのに……」
残念そうにエルゼが言う。使い慣れた物が壊れるのは嫌だよね。
「どうする? 武器屋熊八に新しいの買いに行く?」
「もう行ってきた。同じタイプのガントレットの仕入れは5日後だって」
結構先だな。まあ、ガントレットと言ってもエルゼが使う重装甲のガントレットは需要が少ないから仕入れも少ないんだよな。
エルゼみたいに拳や体術を使って戦う、この世界で武闘士と呼ばれる人達は、この国では少数派らしい。一方、亜人の王国ミスミドには結構いるとか。獣人は身体能力が高いらしいから、納得はいく。
「冬夜、王都に連れてってよ。5日も待ってられないわ」
「今から?」
「当然!」
せっかちだな、別にいいけど。何というかエルゼは思いついたら即行動タイプだ。リンゼとは真逆だ。
「王都なら魔力付与された物が売っているベルクトだな……。そういや何か魔力付与された籠手売ってたような……」
「え、そんなのあるの?」
「確か、ゴリラの籠手だったかな」
「何それ」
「さあ?」
本当に何なんだろうか、ゴリラの籠手。
「まあいいわ、それ気になるし早速出発よ」
「ゴリラの籠手買うの?」
「多分買わないわ」
ですよねー。
「いらっしゃいませ、ベルクトへようこそ」
以前と同じ店員のお姉さんがまた出迎えてくれた。というか身分証の提示はいいのだろうか? ひょっとして僕の事覚えてる?
エルゼも連れだと判断されたのか、身分証の提示を求められなかった。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
「えっと、依然ここで見たゴリラの籠手ってありますか?」
「申し訳ございません。その商品は既に売れました」
「売れたのあれ!?」
「世の中奇特な方はどこにでもいらっしゃいますので」
それ売る側のセリフじゃないよね!? いや欲しかったわけじゃないけど!
「代わりと言っては何ですが、猿の膝というアイテムならございますが」
「いえ別にいりませんけど!?」
「何なのこの店……」
店員の対応を見てエルゼが小さく呟く。それは僕も聞きたい。
とはいえいつまでもコントやる気はないので、さっさと用件を言って終わらせよう。
「あの、戦闘打撃用のガントレットを探しているんですけど」
これ、防具じゃなくて武器な気もするけど、ガントレットは普通に考えたら防具だよな。
「打撃用のガントレットですか。魔法効果が付与された物が何点かございますが」
「それ見せてもらえますか?」
「かしこまりました。ではこちらへどうぞ」
そう言ってお姉さんは店の奥のコーナーへ僕らを連れて行く。そういえばここ僕のコートが置いてあった場所だ。
お姉さんはそこに飾ってあった3つのガントレットを手に取り、カウンターに並べた。
1つはメタリックグリーンのカラーリングを施された、流れる様な流線型のフォルムが美しいガントレット。
もう1つは金と赤のカラーリングがされた、鋭角的なデザインのガントレット。
最後の1つは、イカの形をしたガントレットだった。
「いや、このイカ……」
「これはイカの臭いが漂うガントレットでございます」
「何の意味が……」
「さあ? 私には分かりかねますが」
分からない物を売るな、と僕は思ったが一応隣に居るエルゼの顔色を伺う。まあ予想通り何これ? と言いたげな表情をしていた。
「あの、このイカは多分選ばないので下げてもらえますか?」
「かしこまりました」
そう言ってお姉さんはイカを元の場所に戻した。あれが売れる日は来るのだろうか。
そして戻ってきたお姉さんは何事も無かったかのように、メタリックグリーンのガントレットを取り上げ説明を始めた。
「こちらは飛来する矢などをそらす、風属性の魔法付与がかけられています。残念ながら遠距離の魔法攻撃をそらす効果までは在りませんが、高い魔法防御を兼ね備えています」
物理的な遠距離攻撃を逸らすのか。F○te風に言うなら矢避けの加護、って所か。
「そしてこちらは魔力を蓄積する事により、一撃の破壊力が増す効果が付与されております。魔力を蓄積するのに多少時間がかかりますが、同時に硬化も付与される為、ガントレット自体が破壊されてしまうような事はありません」
今度はもう1つの金と赤のガントレットを手にしてお姉さんが説明する。今度はさっきのとは反対で、ゲームで言うならチャージ攻撃が出来るって事かな。
防御か攻撃か、完全に好みの問題になるけどエルゼはどっちを選ぶのかな?
「両方貰うわ」
「え!?」
まさかの両方買いに驚く僕。そっか、その手があったか。
「両方買うの? 使いこなせる?」
「どっちも使えそうだし、右と左で片手ずつ、別々に装備すればいいじゃない」
「余りは?」
「予備として置いておくわ。今回みたいに壊れても困るし」
まあ、エルゼは左右どっちか片方だけで戦うタイプじゃないのは今まで一緒に戦ってきたから分かる。ボクシングでいうならスイッチヒッターだ。それなら予備の方が左右逆でも問題は無いか。
「かしこまりました。装備して違和感がございましたらお申しつけ下さい。調整いたします」
「んー、大丈夫」
エルゼは両方のガントレットを順番に装備して、感触を確かめながらそう言った。
「それではこちら緑の方が金貨14枚、金と赤の方が金貨17枚となります」
合計金貨31枚。日本円で310万円。相変わらず高いな……。いや、こんなもんか?
「……冬夜」
「何?」
「金貨1枚貸して。持ち合わせが足りない」
「確認しとこうよそこは……」
僕は財布から金貨1枚を取り出してエルゼに渡す。
お姉さんに白金貨3枚と金貨1枚を支払って会計を済ませる。袋にガントレット2セットを入れてもらい、僕が持つ。男が荷物持ち扱いはどの世界も変わらないな……、これちょっと重い。
「ありがとうございました。次は磯の香りが漂う盾を用意してお待ちしております」
「いらない」
お姉さんに見送られながらベルクトを出る。
「やっぱり王都はいいわね。良いもの揃ってるわ、訳分かんないのもあるけど」
隣を歩くエルゼはご機嫌だ。目的の物があっさり手に入ったんだから当たり前といえば当たり前だ。
それはそれとして、やっぱりガントレット重いな。さっさとゲートで銀月に帰りたい。
「エルゼ、そこの路地から――」
隣のエルゼに話しかけようとすると、そこには誰も居なかった。
「あれ?」
辺りを探すと、後方の店の前にエルゼが立っていた。窓越しに何かをじっと見ている、ショーウィンドとかあるんだこの世界。取られたりしないのかな?
僕はエルゼの見ている物を背中越しに確認する。
白いフリルがついた黒の上着、胸元には大きなリボンタイ。そしてレースをあしらった黒の3段フリルのミニスカート。
いわゆるゴスロリ衣装、という奴だろうか? よく分からん。
窓越しにそれを眺め続けるエルゼ。
「……欲しいの?」
「へ? はうあ!? と、冬夜!?」
声を掛けた僕から後ずらし、顔を赤くしたエルゼが叫ぶ。何この反応。
「あ、あの、こ、これはねっ!? そう、リンゼ! リンゼに似合うと思って! あの子こういう服似合いそうじゃない!? 私と違って!」
まくしたてるようにエルゼが口を開くが、僕には自分が着たがっているようにしか見えない。
「リンゼに似合うなら、エルゼにも似合うんじゃない?」
「な……!」
エルゼが顔を真っ赤にして、口をパクパクさせる。ツンデレヒロインみたいだ。
「何言ってるのよ、あたしとリンゼじゃ比べ物にならないわよ……」
「そんな事ないと思うけど。エルゼだって可愛いよ」
「……あんたに言われると途端に信用できないわ。誰彼構わず可愛い可愛い言ってるし」
「酷いなもう」
僕は真実しか口にしないって言うのに。
「ねえ冬夜。……あんた本気であの服があたしに似合うって思ってる?」
「勿論」
エルゼの質問に僕が即答すると、なぜかエルゼは只でさえ赤い顔を更に赤くして俯いてしまった。
何なのかよく分からないけど、そんなに言うなら実際に着せてリンゼ達に見せてやろう。
「ほら、行くよ」
「ちょ、冬夜!?」
僕はエルゼの手を引いて、強引にその店に入った。店員のお姉さんに僕が尋ねる。
「すみません、あの店の前に展示してあった服って試着出来ますか?」
「はい、かまいませんよ。そちらの彼女さんにプレゼントですか?」
「ええ、似合うと思いまして」
「私もそう思いますよ」
そう言って店員さんは服を取りに行く。店員さんが僕らから見えなくなったと同時に、僕はリンゼに殴られた。
「……何で?」
「……うっさい馬鹿」
僕の問いに答えることなくそのままそっぽ向くエルゼ。
すると店員さんが服を持ってきたので、僕はそれをエルゼに渡して試着室に押し込めた。
しばらくすると、試着室のカーテンがおずおずと開く。
「おおー」
そこにはいつもと違ったエルゼが居た。
ゴスロリ風の服装が、長い銀髪のエルゼによく似合っていた。
「いーじゃんいーじゃんすげーじゃん、よく似合ってるよ!」
「な、何言ってんのよ……!」
自信無さげに俯いていたエルゼも、僕が褒めると照れているのか顔が赤い。何かずっと赤いな。
「店員さんすいません、この服もらえますか?」
「え?」
驚くエルゼをよそに店員さんに代金を払う。銀貨3枚か、安い出費だ。
「ちょ、ちょっと冬夜!? あたし買う気無いわよ!?」
「僕が買う。僕が買ってエルゼにプレゼントする」
こんなに似合っているんだ、買わずに戻すなんて真似できるわけないだろ。
代金を払った後、店員さんから紙袋を貰う。エルゼが元から着ていた服を入れるためだ。
店を出ると、照れて俯いていたエルゼが顔を上げてお礼を言ってきた。
「ありがと……」
「よし、早く帰って皆に見せよう」
「え!? ちょ、それは恥ずかしいかも……」
「いや、元々そのつもりだったし」
「それあんただけでしょ! あたし知らないし!」
恥ずかしがるエルゼを引っ張り、僕は走り出した。
皆に新しい服を着たエルゼを見せると、全員似合っていると褒めていた。僕のファッションセンスは確かなようだ。
ただ、その服を僕が買ってあげた物だと分かると、ユミナが複雑そうな顔になってしまい、しかもなぜかユミナの分の服まで買う事になってしまった。
……どうしてこうなった。
「冬夜さんって、女好きの割に女心を理解していませんよね」
「鈍感は罪でござるな」
え、僕が悪いのこれ?