【完結】紳士的な異世界はスマートフォンとともに。 作:味音ショユ
汚れた顔を吹いてやると、レネは中々可愛らしい顔立ちをしていた。
「なあなあ冬夜兄ちゃん、何食わせてくれるんだ?」
言葉遣いは多少荒いけど。まあレネの味だと思えば悪いものじゃない。
とりあえずいきなりがっつりした物を食べさせても、空腹で弱った胃が受け付けないだろうから、ギルド近くの屋台で魚介スープを買ってカップに入れてもらって渡した。
おずおずとレネはそれを受け取ると、少しずつ飲み始める。魚が苦手なのかと思ったけど、必死で息を吹き覚まそうとしている所を見ると単なる猫舌らしい。
「それ飲みながらちょっと待ってて」
レネをそこで待たせてギルドに入る。取り戻した財布からギルドカードを提出して、いくらかのお金を下ろす。本当に少ししか入ってなかったからね。どこかでお金の入っていない財布はボロ切れと変わらないと聞いたけど、これほとんどボロ切れだったからね。
しかし預けている金額はともかく、電子マネーのない世界で財布の中身も見抜けなかったんだなレネは。おそらくそんなにスリをやってたってわけじゃなさそうだ。
とりあえずある程度のお金を下ろしてギルドから戻り、レネを連れて歩き出す。どこかお店に入ろうかと思ったけど、レネの身なりだと入店拒否されかねない。
結局、別の屋台で串焼きを何本か買って広場のベンチで食べる事にした。
「ゆっくり食べなよ。喉に詰まるから」
「ん」
よっぽどお腹がすいていたのか、ガツガツと串焼きを咀嚼し胃の中に流し込んでいく。八重といい勝負だな……。
「レネって普段どうやって暮らしているんだ? スリのテクニックは大したものだけど、金の有無も見分けられないみたいだし、普段からやってる訳じゃないんでしょ?」
「普段は……、路地裏で捨ててある物探して食べたり、子供でもさせてくれる簡単な仕事して食ってるよ。スリはどうしてもって時だけしてる」
「宿は?」
「前は父ちゃんと宿屋に泊ってたんだけど、1年前に魔獣討伐に行ったまま帰ってこなくなってからは公園やら路地裏で寝てる」
「お父さん、冒険者だったの?」
「ああ」
「……ごめん、踏み込み過ぎた」
「冬夜兄ちゃんは悪くないよ。あたしが勝手に話しただけだし」
そうか、魔獣にやられたんだろうな。討伐依頼は当然だけど冒険者が返り討ちに遭う事だってある。その際ソロだと、そのまま行方不明扱いになる事も多いって前ギルドの受付のお姉さんが言ってた。
しかもこのレネの今の暮らしから考えるに、お母さんとか親戚とかも居ないんだろうな。何だよ、レネ完全に1人ぼっちじゃないか……。
話変えよう。
「スリはどこで覚えたの?」
「父ちゃんが居なくなってから、街で仲良くなった旅の婆ちゃんがスリのやり方を教えてくれたんだ。悪い事だってのは分かってたけど、お腹がすいて仕方なかったから……」
何教えてんのさその婆さん。それだったら手品でも教えれば大道芸位には……、ってだめだ、魔法と思われるのがオチか。
うーん、この子どうしよう。親もなければ親戚もいない。孤児院に連れて行くにしても、既に犯罪者だからな……。よっぽど困った時しか盗んだりはしてないと思うけど、子供だから大目に見てもらえるほど甘い世界じゃない。
ここいらにそうした子供が結構いるらしい。盗みでもしなけりゃ野垂れ死にするだけの子供が。生きるのに必死なのは分かるし、僕個人はそこまで潔癖な人間じゃないからネチネチ言うつもりはない。だけど認めない人を悪いとは言えない。
どこかで雇って、くれるわけないよなあ。このまま放置したらまたスリに戻るだろうし、そうしたらいつ捕まるか分かった物じゃない。
しょうがない、多少グレーゾーンだけど仕事を斡旋してあげよう。
「……レネ、君がやる気ならちょっと違法に擦れかけてるけどいい職場を紹介するよ」
「本当か冬夜兄ちゃん!? どこなんだ!?」
驚いた顔で僕を見つめるレネ。いきなりそんな事を言い出した僕に戸惑いつつも、期待を込めた目に光が宿る。
「うん、知り合いがやってるストリップなんだけど」
「ちょっと待ってくれ」
しかし目に宿った光は一瞬にして掻き消えた。何さ、まだ話の途中だよ。
「ストリップって何だよ」
「えっと、舞台の上で女の子が音楽に合わせて服を脱いでいくいかがわしいお店なんだけど……」
「いやそれは知ってる。じゃなくて何であたしを働かせようとしてるんだ」
「スリやってるよりはいい暮らし出来ると思うし、それに僕には理解できないけど世の中にはロリコンという人種がいるんだ」
「そ、それってあたしをそういう目で見る奴がいるって事か?」
体を手で隠し、僕を見るレネ。何だそういう事か。
「心配しなくていいよ。僕は君をそんな目で見る気は全くないから」
「それはそれでなんか腹立つな……」
不満そうに僕を見るレネ。僕にどうして欲しいんだこの子。
「ストリップを紹介したのは、単に知り合いから良さげな子を紹介してくれって頼まれただけだよ。元スリでも気にしない人だし、本番とかは絶対させないから大丈夫だって」
「そう言う問題か!?」
「ぶっちゃけ知り合い紹介してくれって頼まれたけど、ストリップに紹介できる知り合いとかいなかったから渡りに船かと思って」
「ぶっちゃけすぎじゃない!?」
僕の言葉に的確なツッコミを矢継ぎ早に入れてくるレネ。なんだこの子、正直ウチに欲しいぞ……。よし誘おう。
「そんなにストリップが嫌なら、ウチで働く? ああ大丈夫いかがわしいお店じゃないから」
「えっ?」
「僕はこれでも西区の屋敷に住んでいてね、1人位なら新しいメイドを入れてもいいかと思ってたんだ」
「えっ? えっ? ホントか兄ちゃん? そんないい所で働かせてくれるのか!?」
レネの消えかけてた目の光が再び戻るのが僕の目に見える。
「ただし、スリの技術は使わない事が条件だ。まあ場合によっては必要になるかもしれないけど、基本的には使用禁止だ。守れるね?」
「う、うん! 約束する!」
勢い込んで頷くレネの頭を軽く撫でる。一応ユミナの魔眼で性質を判断してもらうつもりだけど、よっぽどの悪人じゃない限りは雇うよ。いいツッコミするしレネは。
よし、そうと決まれば帰るか。ゲートで帰ってもいいけど、場所を覚えてもらう為にここは歩いて帰るか。
「じゃあ行こうか、こっちだよ」
「うん」
レネを連れて出発し、南区を抜け西区に入る。段々と広がる住宅街を通り高台へ向かう緩い坂を上る。この坂地味にきついんだよなあ。
「ひょっとして冬夜兄ちゃん、まさかと思うけど貴族様なのか?」
「貴族ではないなあ。されかけた事はあったけど」
場違い、というか来たことのない場所に不安になって来たのか、レネがそんな事を尋ねてくる。貴族なら普通は内周区に住むだろうけど、地位が低かったり没落すれば外周区であるこっちに移って来る事もある。ちょっとした金持ちの商人もこっちに住んでいるしね。
高台を登りきると赤い屋根の我が家が見える。それを見上げると唖然とした顔でレネが僕を見つめる。
「こ、ここが冬夜兄ちゃんの家!?」
「そだよー。屋敷に住んでるって言ったじゃん。あ、トムさんお疲れ様です」
「おや、旦那様が門から帰宅とは珍しいですな」
笑いながら門番のトムさんがそんな事を言う。ま、いっつもゲートで移動してるから仕方ないね。
門の横にある通用口から敷地に入る。そのまま庭の歩道を歩き玄関の扉を開くと、丁度玄関ホールをラピスさんとセシルさんが掃除をしている所だった。
「あら旦那様、お帰りなさいませ。玄関から帰って来るなんて珍しいですね?」
「お帰りなさいませ~。あらあ、その子はどこで口説き落として来たんですか~?」
まじまじとレネを見つめるセリスさん。いやそれより発言がおかしい、それだと僕がロリコンみたいじゃないか。
「この子はレネ。今日からここで働かせるからよろしく。ほらレネ、ちゃんと挨拶して」
「うぁ……。レネ、です。よろしく、です……」
なんだ、借りてきた猫みたいになってるな。緊張してるのか?
「さっきみたいなノリでいいのに。むしろさっきのノリのツッコミを買って連れてきたのに」
「ツッコミ!?」
僕の言葉に驚くレネ、そうそうその感じ。
「ライムさんはどこに?」
「リビングにユミナ様へお茶を持って行きましたよ」
それを聞いて、僕はレネを連れてリビングに入る。彼女を椅子に座らせて、ライムさんに事情を説明した。
ユミナは黙ってそれを聞きながら、レネをじっと見つめている。魔眼で見ているのだろう。やがてユミナは小さく微笑む。どうやらユミナの眼鏡に適ったらしい。
それを横目で確認すると、ライムさんが口を開いた。
「成程、事情は分かりました。ですが、中途半端な考えで仕事をされては迷惑です。レネと言いましたね?」
「う、うん」
「本当にここで働きたいと思いますか? 失敗したり、私達使用人や旦那様に迷惑をかける事、それ自体は構いません」
「ちょっと待って何で僕も入ってるの」
ライムさんの言葉に思わずツッコミを入れる僕。何で執事が主を蔑にするのさ。
「すみません、旦那様ならいいとおっしゃると思っていましたから」
「いやいいんだけどね? いいんだけどね!?」
「これが、あたしの職場か……」
「ほらレネが変なものを見る目で僕らを見てるじゃん!」
ライムさんこんなキャラだったっけ!?
「失敗から学び、逃げ出さないと約束できますか?」
さっきまでとうってかわって、射抜くような目つきでライムさんはレネに尋ねる。10歳以下の子に対して厳しすぎる気もするが、王女様のいる家で働く厳しさを伝えているのかもしれない。
「……うん。あたし、ここで働きたい。というかここで拒絶したらストリップに売り飛ばされそう」
「売り飛ばさないって! ちゃんと合意得ようとしたじゃん!?」
レネのあんまりな言い分に思わず口を出す僕。あれおかしいな、ツッコミを見込んで連れてきたのに僕がツッコんでばっかりだぞ?
一方、ライムさんはレネの言葉を聞いて表情を緩め、微笑みながら立ち上がった。
「セシル、レネを浴場へ。隅々まで洗ってやりなさい」
「は~い、レネちゃんおいで~。お風呂入ろうね~」
「え? えっ?」
セシルさんが引っ張って、お風呂場へとレネを連れて行く。
「ラピスはあの子に合う服を何着か買ってきなさい。ああ、出かける前にメイド服なら合うのがあるのでそれを用意する様に」
「はい。旦那様、自転車をお借りしますね」
「待ってなんで10歳向けのメイド服があるの!?」
まさかライムさんにロリメイド趣味が!? という疑問に答えることなくラピスさんはそそくさと出て行ってしまう。
「いえ実は、スゥ様が『冬夜はメイドばかり見ておるのう。もしや冬夜はああいう服が好きなのか?』とおっしゃっていたのでスゥ様用に用意しました」
「スゥぅぅぅうううう!!」
いや確かに公爵家のメイドさんをそう言う目で見てたし、ウチのメイドさんも多少はそう言う目で見てるけど!
乾いた叫びが家の中を響かせないよう自制しながら、リビングにある椅子に座りこむ。
すると横にユミナがいつの間にか座って僕に腕を絡ませながら、底冷えするような声で僕に問いかける。
「まあ色々と言いたいことはありますが1つ質問です」
「……何?」
「ストリップとは、一体どういう事でしょうか?」
あー、それかー……。
「えっと、舞台の上で女の子が――」
ユミナの追及を適当にあしらい、やがて彼女が諦めた所でライムさんが僕の前に紅茶を持ってくる。
「ライムさん。レネなんですけど、やっぱ孤児院とかに預けた方が良かったですかね?」
「それを決めるのはレネでございます。今は旦那様が1人の少女を貧困から救った事実だけを受け止めればよいかと」
「……ありがとうございます」
そうだな、考え過ぎは良くない。僕は僕の選択に後悔していない。やりたいからやった、それだけだ。口が上手いな。
僕がそう思っていると、いきなりリビングのドアが開く。
そこには、風呂に入りメイド服に身を包んだレネの姿があった。
「よく似合ってるよ、レネ」
「そ、そうかな?」
着慣れないメイド服に恥ずかしいのか、少々顔を赤くするレネ。
「レネ~、早速メイドとして必要な事を教えますよ~」
「ん、分かった、です……」
リビングの外にいるセシルさんがレネを呼ぶ。その呼びかけに答えたレネに僕は一言声を掛ける。
「頑張ってね」
「ああ、行って来るよ旦那様!」
その言葉と共にかけていくレネを見て、こいつはいずれ大物になるかもなと思う僕。
「ではレネ~。まずはメイドの基本として投げナイフの講義をしますね~」
「投げナイフ!?」
ただ聞こえてくる声で不安も感じてしまうけど。
レネは別に内心で親の顔が見たいと思われるほど口の悪い子では無いと思う。
お淑やかではないだろうけども。