瀉血の剣士、命を削り高みを目指す   作:古狩人ロク

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名もない少年は“ブランク”という名前を授かり、【アステリア・ファミリア】の眷属として、新米冒険者としての人生を歩み始める。


【3】新米冒険者の朝

 【アステリア・ファミリア】の眷属として迎え入れられて、もう3ヵ月も経つ。これまでの人生と違うこの3ヵ月間は、正直戸惑いもあった。でも、その変化にも慣れ始めてきた。

 

 

 狭い路地の奥。石レンガで作られた3階建ての古びた建物が、【アステリア・ファミリア】のホームだった。建物の1~3階全ての部屋を建物ごと格安で譲ってもらい、僕が眷属として来るまでずっとアステリア様が一人で暮らしていたらしい。アステリア様は「少しでもお日様の光を浴びたい」という理由から、ずっと3階の部屋を使っているそうだ。実際に暮らしてみて分かったけれど、確かに3階以下の部屋には、たとえよく晴れた昼間でも光が入ってこない。隣接する建物や路地の向かい側の建物が日陰を作り、太陽の光を遮っていた。夜になれば、明かりを灯さなければ最早何も見えない。

 僕がファミリアに来た当初、アステリア様は自分が使っていた3階の部屋を片付けて、僕にその部屋を譲って下の階に移ろうと考えていたようだ。でも僕はその提案を頑なに拒否した。僕を救ってくれた神様を暗い部屋に移らせるなんて無礼にも程がある。それに、生まれた時から故郷の“洞窟”で育ったから暗い場所なんてもう慣れている。

 

 ちなみに、僕が今いるここは【アステリア・ファミリア】のホームの2階。3ヵ月前から僕の部屋として使わせて頂いている。アステリア様は「本当にこの部屋でいいの?」と、何度も僕を心配して下さったけれど、僕にとっては有難いなんて言葉では片付けられないほど嬉しかった。14年生きてきてようやく人らしい生き方が出来るのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――まだ朝日も出ていない早朝。

 

 

「………ん……」

 

 ぼんやりと半目を開く。寝るためだけに使っているソファに横たわったまま、窓の方を見た。部屋自体に陽の光は差し込まないものの、太陽が昇っていれば日陰を作っている向かいの建物の壁が見える。それすら見えないということは、まだ朝日も出ていない早朝ということ。この時間に起きて活動している人なんてそうそういないだろう。

 

「(………起きるか)」

 

 この時間に活動している人はそうそういないと言ったけど、僕にとっての朝はこの時間だった。朝の身支度、冒険者として必要な準備(装備品・消耗品(アイテム)の確認、点検等)、部屋の軽い清掃など、朝は色々とやることがある。それを全てこなしても、ダンジョンに潜るまでは十分時間が余る。それでも日の出前に起床する理由はちゃんとある。

 余りの時間を鍛錬に使うため。ダンジョンに潜ると、とかく体力とスタミナが必要になってくる。そこに戦闘技術が加われば文句なしだけど、生憎僕はつい最近まで“冒険者”ではなく“道端のゴミ屑”だったため、冒険者にとって最低限必要になる基礎的な要素のほとんどが欠けていた。それを少しでも早く補うために、早朝の自主トレーニングに励んでいる。

 

「すぅ………はぁ………よし、始めるか」

 

 早朝の路地を流れる、少し湿った涼しい空気を深く吸い込み、両手の指を絡めながら腕と背筋を空に向かって思い切り伸ばす。水を払うような仕草で両手首を軽く振り、屈伸を左右の足で3回ほど繰り返す。最後に左右の肩を交互にクルクルと回し、もう一度深呼吸をする。……これは準備運動というわけではない。この一連の動作は、トレーニング前の儀式のようなものだ。最初は何となくやっていただけだったけど、今ではこの動作をやらないと落ち着かない。今や習慣の一つになった。

 この“準備運動もどき”を終えると、本格的にトレーニングを始める。まずは路地の端から端までを往復で走り込む。往復の回数は設けず、息が切れるまでは走り続ける。息が切れたら、その場で腕立てや腹筋を行う。腕立てと腹筋は30回ずつを3セット。最後に、僕の今の主武装である刀で素振りを100回程度。トレーニングとしては貧相だし、動きのバリエーションも少なめだけど、これはあくまで基礎体力を底上げするためだけにやっていること。ダンジョンに潜ってモンスターの相手をするほうがよっぽど有意義だ。とは言え、「命のやり取りをする場所(ダンジョン)」に行くのに、何もしないままというのも落ち着かない。装備やアイテムが十分でも、結局のところ最後に頼りになるのは自分の身体なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……よし、今日はここまで……ふぅぅ……」

 

 ようやく朝日が昇り始めるのが見えたころ、トレーニングのノルマを達成して僕は地面に座り込んだ。全身汗だくだ。シャツに汗が染みこんで身体中に張り付いてくる。……気持ち悪いから着替えたいなぁ。いつの間にか髪を結わえていた紐も解けている。首元が妙に暑いと思ったらこれのせいか。

 オラリオに来る前から伸びっぱなしだった髪は、未だに切っていない。肩まで伸びた癖っ毛だけど、生活の習慣が変わって清潔にはなった。でも正直言って、戦闘でも食事でも邪魔になるから切りたい。そう思って前に一度、伸びた髪を纏めて刀で切ろうとしたら、アステリア様にすごい勢いで止められた。

 

 

「綺麗な髪なんだから、そんな粗末に扱っちゃダメ!! ほら、これをあげるから、これを髪留めに使って!!」

 

 

 アステリア様が怒ったところを見たのは、その時が初めて。それ以降はいつもの優しくて穏やかなアステリア様だった。……まぁ、そんなことがあって、僕はこの髪を切ろうに切れない。今はアステリア様から頂いた紐で髪を束ねて……なんていうんだっけ?……ポニーテール? という髪型にしている。

 話が逸れてしまった。僕は汗を拭ってホームに戻る。朝日が昇る時間になれば、アステリア様も起きているはず。朝一番に汗臭い今の姿で女神様に会うのは気が引ける。けど、アステリア様曰く「キミが頑張った証だから、気にしなくていいよ」とのこと。それでも、汗だくの姿のままというのは流石に失礼だと思う。自分の部屋から持ってきていた布で顔や身体の汗を拭いながら、ホームのドアノブに手をかける。

 

 

 ホームのドアを開けてすぐに目につくのは、綺麗に束ねられた材木や薪。ドロップアイテムや予備の装備品が納められたいくつかの木箱。備蓄してあるポーションを綺麗に並べた木製の棚。……ホームの1階は、いわゆる物置部屋として使っている。物置部屋をまっすぐ進むと階段があり、階段を上がって2階に行くと4つのドアが並んだ短い廊下がある。そのうちの一つの部屋が僕の部屋で、残り3つは空き部屋になっている。2階の短い廊下の突き当たりに1階と似たような階段があり、その先の扉がアステリア様の部屋になっている。……そろそろ起きて階段を下りて来る頃かな。

 

 

 

 

 

「あっ、おはようブランク♪」

 

 ホームのドアを開けると、物置部屋にアステリア様がいた。物置部屋に置いていた僕のバックパックの前にしゃがみ込んで、両手には僕がダンジョンで使う予定のポーションと投げナイフ数本。バックパックの口は開いている。まさか……

 

 

「おはようございます、アステリア様。まさかとは思いますが……」

 

「あ、こ、これ? え~っと……ごめんね? 今日もダンジョンに行くって聞いたから、その……疲れてるかな、と思って準備を……」

 

 やっぱり。

 アステリア様はたまに、僕が朝のトレーニングに出ている間に、ダンジョンに持っていく僕の荷物を纏めてくれることがある。でも……

 

 

「アステリア様、僕の荷物を用意して下さるのはとても嬉しいですが、その……荷物の用意は僕がやりますから……」

 

「“そんな作業をアステリア様にやらせるわけにはいかない”……かな? そんなの気にしなくてもいいのに。それに今日で3日連続でダンジョンでしょ? 私はキミのサポートすらできないんだから、これくらいはしなきゃ」

 

 そう言うと、アステリア様は再び僕の荷物纏めを再開した。内心、アステリア様の荷物纏めを見ているとハラハラする。

 以前もこうして、僕の荷物を纏めてくれていたことがあった。でもその時に、アステリア様が僕の使う投げナイフで誤って手を切ってしまったことがある。その日から、僕はアステリア様に荷物纏めをやらないよう頼み込んだけど、何度頼んでもアステリア様は首を縦に振ってくれない。

 

 

「……そんなに心配そうな目で見なくてもいいのに……これで全部、だね。はい、どうぞ♪」

 

 ……荷物纏めの手際が良くなってる。ありがたいけれど、それでケガをしてしまっては……と言いたい。でも、僕のバックパックを両手に抱えて、綺麗な瞳を輝かせながら丁寧にバックパックを差し出してくる姿を見ると、そんなことも言えなくなってしまう。

 

「……ありがとう、ございます」

 

「うん、今日も気を付けてね。あ、あとはこれ。今朝もトレーニングしてたでしょ」

 

 そう言うと、アステリア様は僕のバックパックと一緒に替えの着替えまで差し出してくれた。……本当に何から何までお世話になりっぱなしだな、情けない僕め。

 

 

 

 着替えを済ませて、本格的にダンジョンに向かう準備を整える。

 今の主武装である黒い刀を、腰に巻いたベルトの留め具で固定し、背中側に付いた留め具には投げナイフを収納するケースを取り付ける。手甲と足甲を取り付け、装着時の違和感や気になる傷がないかチェックする。動きやすさを重視して、鎧は着けていない。最後にバックアップを背負って準備完了。

 

 

 

「よし、それでは行ってきます、アステリア様」

 

「うん、行ってらっしゃい」

 

 

 アステリア様のお見送りを受け、僕は今日もダンジョンに向かう。……ベル君や他の人も、もうダンジョンに行ったかな?




ダンジョンに潜るまで、他の冒険者が登場するまで、もうちょっとだけ待っていて下さい。投稿ペースは遅めですが、見て頂けると幸いです。
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