40×2 〜ツイン・フォーティーズ〜   作:uco

2 / 5
二.逡巡

 翌日も阿武隈は工廠の入り口に立っていた。だが、この日は中を覗いて目を凝らすまでもなく、お目当ての人はすぐ見つかった。

 

 阿武隈が中に入ると、なにか作業をしていたその人はすぐに顔を上げて笑った。

 

「昨日の今日で本当に来たんだ」

 

 呆れたように北上が言う。けれど、その声はこころなしか弾んでいるように聞こえた。

 

「北上さんが来いって言ったんじゃないですか」

 

「いつでも来ていいよって意味で、なにもすぐ来いとは言ってないよ」

 

「じゃあ帰ります」

 

「来たばかりで帰らなくてもいいじゃん。あたしも休憩しようと思ってたところだしさ」

 

 北上は持っていたスパナを工具箱にしまった。

 

 帰ろうと背を向けていた阿武隈は、仕方なく北上に向き直った。

 

「今日は出撃はないの?」

 

「はい。今日は午前中に作戦会議があって、明日再出撃です」

 

 午後からは非番だった。出撃に備えて英気を養えということなんだろう。阿武隈はお昼を食べたあと、自室で本を読んだり、うとうとしたりと、ゆっくり過ごしていたのだけれど、ふと散歩でもしようかと外に出た。

 

 そして、気がついたら工廠に足が向かっていた。

 

「じゃちょっと付き合ってよ」

 

 と言って、外した手袋を放り投げて、北上はすたすたと歩き出す。

 

「どこいくんですか?」

 

「いいからついて来て」

 

 北上は振り返りもせず、手招きだけして工廠を出ていく。

 

 律儀に従う必要もないと思うが、自分から訪ねた手前断りにくい。阿武隈は慌てて北上の背中を追いかけた。

 

 歩いたのはほんの数分。連れてこられたのは、間宮のお店だった。

 

「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」

 

 『甘味処間宮』と染め抜かれたのれんをくぐると、奥から給糧艦の伊良湖が出て来る。北上を見てちょっと驚いてるみたいだった。

 

 おやつ時はもう過ぎていたからか、店内に他のお客さんはいない。北上はさっさと席を決めて腰を下ろしていた。

 

 伊良湖に軽く会釈をして、阿武隈も北上と向かい合うように座った。

 

「どうぞ」

 

 すぐに伊良湖がお茶とおしぼり、それにメニュー表を持ってくる。テーブルにそれらを並べながら、ちらちらと北上の様子をうかがっていたが、本人は全く気にせずにおしぼりで手を拭いていた。

 

「奢ってあげるから、なんでも好きなの頼んでいいよ」

 

 メニューを開くなり北上が告げた。

 

「そんな、悪いです」

 

 北上に連れてこられはしたけれど、奢ってもらう理由はない。阿武隈は首を振る。

 

「あたしが奢るって言ってるんだから、阿武隈は素直に奢ってもらえばいーの」

 

 ちょっと口を尖らせる北上。俺の酒が飲めないのか、ならぬ俺のスイーツが食えなのかとでも言いたげだった。

 

「ほらこのデラックスジャンボパフェとかでもいいよ」

 

 嬉々として北上はメニューをめくる。ここで固辞して機嫌を悪くされるのも嫌なので、阿武隈は言われたとおりご馳走になることにした。

 

「へー、サツマイモフェアだって。スイートポテト、サツマイモモンブラン、お芋のタルト……」

 

 北上はメニューの間に挟まっていたキャンペーンメニューを取り出して、阿武隈にも見えるようにテーブルの上に置く。けれど、

 

「それ、もう二週間くらいやってますよ」

 

 すでに阿武隈も何度か食べている。クリームが乗ったサツマイモパイがお気に入りだった。

 

「え、そうなの? なんだ、全然知らなかった」

 

 北上はちょっとつまらなそうに顔をしかめた。それでもまだメニューに目を落としていて、「うわ、大学芋まである」なんてブツブツつぶやいている。

 

「北上さん、あんまり来てないんですか?」

 

 さっきの伊良湖の様子を見ても、北上が間宮に来るのはかなり久しぶりなのではないだろうか。

 

「んー、あんまりというか、全然来ないねえ」

 

 予想通り、というよりも予想以上の答えが返って来た。

 

「全然って、全く来ないんですか?」

 

「うん。一年ぶり以上じゃないかな」

 

 一年以上と言えばつまり、あの戦い以降一度も来ていないということ。そんな人がいきなり、しかも作業着で来れば、伊良湖が驚くのも無理はない。

 

「なんで……」

 

 どうして一年も来てないのか。どうして今になって急に訪れたのか。ふたつの疑問を込めた「なんで」だった。隼鷹みたいなよほどの辛党でもなければ、月に一度くらいは来るだろう。

 

「だって、一人で来たって楽しくないじゃん」

 

 北上のその答えは、阿武隈のふたつの疑問のどちらの答えとも取れるものだった。

 

「姉妹で来たりしないんですか?」

 

 自分がよく姉妹と来るものだから、つい言ってしまって、阿武隈はしまったと思った。北上と大井は姉妹艦だというのに。

 

「来ないねえ。球磨姉と多摩姉はよく一緒に来てるみたいだけど。木曾とってのもちょっと想像できないなー」

 

 阿武隈の心配はよそに、北上は何事もないようにしゃべっている。

 

 ただ、今の話は裏を返せば、北上が間宮に一緒に来てしっくりくるのは、大井だけだということなのだ。

 

 でも、それならどうして阿武隈を連れて来たのだろう。たまたまいたからなのか、それとも他に理由があるのだろうか。

 

「ねー、まだ決まんないの?」

 

 北上の声で阿武隈の思考が中断する。はっとして見れば、北上はメニューをうちわみたいにパタパタと振っていた。

 

「え、あ、じゃあ、サツマイモパイ……じゃなくて、サツマイモプリンにします」

 

「む、取られた」

 

 サツマイモパイはこの間も食べたからと、阿武隈はとりあえず目に入ったプリンにしたのだけれど、北上も目をつけていたらしい。

 

「じゃーあたしはサツマイモパイにしよっと」

 

 同じものを頼んだらダメなルールなんてないのに、北上はパイに乗り換え、厨房に向かって「すみませーん」と大きな声を上げた。

 

 伊良湖が出て来たのを確認すると、北上は、

 

「一口ちょうだいね」

 

 と、いたずらっぽく笑った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。