40×2 〜ツイン・フォーティーズ〜   作:uco

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四.出撃

 三回目の出撃だった。

 

 今回は敵随伴艦を素早く蹴散らせるように、空母を一隻連れて行くこととなった。ボーキサイトが潤沢ではないため、空母の実戦投入は久しぶりのことだ。

 

 すこしでも火力のある艦をと、駆逐艦から時雨、夕立、そして綾波が選ばれた。前回に引き続いて木曾も加わり、空母枠には千歳が入った。

 

 敵の射程に入る前に、千歳の空襲と阿武隈、木曾の甲標的による雷撃で随伴艦を削り、夜戦にもちこんで目標の重巡棲姫を叩く。

 

 これまで幾度も深海棲艦を打ち破ってきた鉄板の作戦だった。

 

 

 鉄板でも穴は開くし、折れ曲がることだってある。

 

 先制攻撃で随伴艦を減らすまでは良かった。ところが、敵の砲撃でいきなり夕立が大破。立て続けに、時雨まで大破させられてしまった。

 

 誤算だったのは敵艦隊の編成。前回までは旗艦の重巡棲姫以外は駆逐艦と軽巡しかいなかったのに、今回は随伴艦に重巡リ級が二隻もいたのだ。

 

 鬼クラスではないとはいえ重巡。その砲撃が直撃すれば、軽巡や駆逐艦の装甲では大ダメージは免れない。

 

「ううー、ちょっと攻撃は無理っぽいー」

 

「夕立ちゃんは下がっていてください。時雨ちゃんも!」

 

 二人とも制服も艤装もボロボロで、確かに攻撃は無理そうだった。

 

「まだ航行できるし、僕たちがおとりになろうか」

 

 と、時雨に言われたが、阿武隈は却下した。速度の出ない状態でおとりになれば、蜂の巣にされる可能性がある。

 

「千歳さん、まだ攻撃できますか?」

 

「だいぶ暗くなってきてるけど、まだあと一回くらいなら」

 

 まだ日没までは時間があるはずなのに、空一面黒い雲に覆われていて、かなり暗い。深海棲艦が制海権を握る海域でよくみられる現象だった。

 

 日が沈めば航空攻撃はできない。わずかでも明かりのあるうちに攻撃しておきたい。

 

 敵艦隊に空母がいなくて良かったと、阿武隈は心から思う。もし空母がいたら、千歳一人ではどうしようもなかったかもしれない。

 

「お願いします。とにかく随伴艦を沈めないと!」

 

 すでに駆逐艦と軽巡は撃沈した。あとは二隻の重巡リ級。もっとも、それで終わりではないのだが。

 

 千歳の航空隊による空襲が片方のリ級のに襲いかかる。攻撃機が放った多数の魚雷が炸裂し、リ級の眼前に大きな水柱を立てた。

 

 撃沈はできなかったが、艤装を半分ほど破壊することができた。

 

「綾波ちゃん!」

 

「はい!」

 

 この機を逃す手はない。可愛らしい声ながら、力強く返事をした綾波の魚雷発射管から魚雷が放たれる。

 

 この一撃でリ級は完全に沈黙した。浮力を維持できていないから、沈むのも時間の問題だ。

 

 残る一方に対しては、木曾が魚雷を放ち、時間差で阿武隈も雷撃した。

 

 阿武隈の魚雷は外れてしまったものの、木曾の方が命中した。まだ沈んではいない。それでも、かなりのダメージを与えたはずだ。

 

 空はさっきより黒くなっていた。いつのまにか日が暮れかかっている。時の経つのが早く感じる。

 

「阿武隈、接近して方をつけよう」

 

「はい、木曾さん。綾波ちゃんはリ級を攻撃してください。あたしと木曾さんで旗艦を狙います。千歳さんは下がっていてください」

 

「ええ、ごめんなさいね。あとはよろしく」

 

 風が強くなってきている。波に身体が揺さぶられる。

 

 敵は残り二隻、内一隻は中破。こちらは三隻が攻撃可能。不利でなはいが、火力的に有利とも思えない。

 

 それでも一縷の望みにかけてやるしかない。残る魚雷の本数を確認して、阿武隈は勢いよく波を蹴った。

 

 視界が悪くても、近づけば狙いは付けやすくなる。ただそれは相手だって同じ。

 

 まずは動きが緩慢になっているリ級に、綾波が魚雷を発射した。と、同時にリ級が猛烈な勢いで砲撃を始めたのだ。

 

 雨あられと降り注ぐ砲弾を綾波は懸命に避けるも、至近弾を受けてよろけたところに、次の砲弾が命中してしまった。

 

 そして、合わせるように綾波の魚雷が炸裂。リ級はゆっくりと海面に崩れ落ちて、沈んでいった。

 

 被害は受けたが、これで残るは旗艦のみ。敵の砲撃が緩くなって、阿武隈たちはさらに距離を詰めていく。

 

「いくぞ、沈め!」

 

 巨大な白い蛇のような艤装を体にまとわりつかせたその姿を捉えた瞬間、木曾が一気に魚雷を放つ。

 

 重巡棲姫は薄ら笑いを浮かべていた。いや、暗い上、近づいたとはいえまだ距離もあるからはっきりとは見えないけれど、阿武隈にはそう感じられた。まるで、そんな攻撃避けるまでもないとでも言いたげに。

 

 木曾の雷撃は命中した。だが、激しく立ち上った水柱がおさまった後には、まるで何事もなかったかのように悠然としている重巡棲姫の姿があった。

 

「くそっ、今のはいけたと思ったのに……って、うわっ!」

 

「木曾さん!」

 

 悔しがる木曾の右舷すぐ間近に砲弾が落ちた。着水の衝撃で砲弾が炸裂して、爆風が木曾の黒いマントをズタボロに切り裂く。

 

「ちぃっ、ぬかった」

 

「木曾さん、無事ですか⁉︎」

 

「ああ、なんとかな」

 

 至近弾でも相当の威力だったらしく、主砲がひしゃげていた。

 

 もう残るのは阿武隈の魚雷のみ。木曾でも貫けなかったのに、阿武隈の雷撃でダメージが通るのか、自信がなかった。

 

 でも、表面上なんともなくても、装甲は弱っているかもしれない。当たりどころによっては、一撃で仕留められるかもしれない。

 

 ふと、阿武隈の頭に北上の顔がよぎった。

 

 きっとこんなとき、北上は迷うことなく敵に向かっていくんだろう。今の阿武隈みたいに、自信を失くしたり、不安になったりすることもないんだろう。

 

 昔、改装を受けて雷装が強化されたとき、ちょっとは北上に近づけたかなと思った。

 

 けれど、北上みたいに強くなりたいっていうのは、そんなカタログスペック的な話ではないのだ。

 

「阿武隈、いけるか?」

 

 負傷したらしい右腕を抑えながら木曾が尋ねる。

 

 阿武隈は大きく深呼吸をしてから、答えた。

 

「はい、いきます。木曾さんは下がって!」

 

 北上の分までなんておこがましいことは言わないけれど、せめて一太刀浴びせないと、第一水雷戦隊旗艦の名が廃る。

 

 阿武隈は全神経を重巡棲姫に集中させて、残る全ての魚雷を発射した。

 

「お願い、いって!」

 

 見えはしないけれど、酸素魚雷が波立つ海の下を敵艦めがけてまっすぐに走っていく。

 

 阿武隈は距離を取りつつ、爆音が鳴り響くのを聞いた。

 

「当たった……」

 

 不気味な形の艤装から爆炎が上がるのが見えた。しかし、誘爆はその一回きりで、相変わらず重巡棲姫は暗い海の上に浮かんでいた。

 

「くっ……」

 

 阿武隈は言葉にならない声を出して、苦々しく敵艦を見た。

 

 わずかに敵の表情が変わったように感じられたけれど、気のせいだったかもしれない。

 

 なんにしても、仕留めることはできなかったのだ。

 

「また、ダメだった」

 

 三度目の正直とはならなかった。阿武隈はぐっと涙をこらえる。くやしいけれど、旗艦としてあまり恥ずかしい姿は見せられない。

 

「阿武隈」

 

 肩を落とす阿武隈に木曾が声をかけてきた。

 

 言いたいことはわかった。いつまでもこうしていても仕方がない。

 

「わかってます。全艦、この海域を離脱……?」

 

 顔を上げると、千歳たちも周りに集まってきていた。だが、なぜかみんな阿武隈の後方、同じ方向に視線を向けていた。

 

 なんだろうと、阿武隈が振り向くのと、声が聞こえてきたのは同時だった。

 

「いやー、やっと着いた」

 

 戦場のピリピリした雰囲気に似つかわしくない気の抜けた声。昨日、阿武隈か近くで何度も聞いた声。

 

「北上さん⁉︎」

 

 阿武隈は一瞬幻覚でも見ているのかと思ったが、周りのみんなも口々に北上の名前を呼んでいた。

 

 北上は油の染みた作業着でも、オリーブドラブのセーラー服でもない、アイボリーのセーラー服を着て、艤装を身にまとっている。そして、なぜかドラム缶を一個、曳航してきていた。

 

「北上さん? 違うね」

 

 みんなが目を丸くする中、北上はそう言って、人差し指を左右に振りながら、チッチッチと舌を鳴らす。

 

「あたしは片舷二十門、全四十門の魚雷発射管を誇る、ハイパー北上さまだよ」

 

 腕につけた魚雷発射管を誇らしげに見せつけた北上は、にやりと笑った。

 

「ど、ど、どうして! な、な!」

 

 増援があるなんて聞いていない。ましてや北上が来るなんて。

 

 阿武隈の頭は軽くパニックしていて、うまく言葉が出てこない。他のみんなもあんぐりと口を開けたまま、言葉にならないみたいだった。

 

「んー、昨日甘いもの食べ過ぎたからさー、ちょっくら運動でもと思ってさ」

 

 それならランニングでもすればいい話だ。あれほど頑なに行かないと言っていたのに。

 

「それに、阿武隈が言ったんでしょ。来てくれって」

 

 ずるい、と阿武隈は思う。そんなことを言われたら、なにも言えなくなってしまうではないか。

 

「さてと、敵は……あいつねー。んじゃま、ギッタギッタにしてあげましょうかね!」

 

 未だに驚きを隠せずにいるみんなを尻目に、北上は進み出す。

 

 阿武隈はとっさに追いかけていた。まだ弾はあるし、支援くらいならできるはずだ。

 

「よっと」

 

 北上に気がついた重巡棲姫はわずかに驚いているようだったが、北上が動くのはそれよりも早かった。

 

 予備動作がほとんどなく、軽やかに北上は魚雷を放った。四十門全ての魚雷を一斉に。

 

 重巡棲姫が砲撃しようと動くのと、魚雷が炸裂するのはほぼ同時だった。

 

 何発の魚雷が命中したのかはわからない。天まで届きそうな水柱が立ち、空気がピリピリと振動するのを阿武隈は肌で感じた。

 

 戦艦でもあんな雷撃をくらえばひとたまりもないだろう。けれども、

 

「そんな……」

 

 艤装のいたるところがひび割れ、炎を立ち昇らせながらも、未だに重巡棲姫は沈んではいなかったのだ。

 

 北上でも撃沈できないなんて、もはやなすすべはないんじゃないか。阿武隈の頭は真っ白になって、その場に崩れ落ちそうになった。

 

「阿武隈、ちょっとこれ持ってて」

 

 北上の声に我に返った阿武隈の眼前に、突然魚雷発射管が飛んで来た。それも複数。

 

「わ、わっ!」

 

 慌てて受け止めたものの、阿武隈一人で抱えるにはいささか数が多い。重くてバランスを取るのがやっとだ。

 

 それもそのはず、北上は両手両脚の魚雷発射管を全部外して寄越したのだ。

 

 そして、彼女はなぜか持ってきていたドラム缶を引き寄せると、上から思いっきり拳を叩きつけた。

 

 敵を撃破できなかった腹いせかと思ったけれど、そんなことはなく、ドラム缶は竹を割ったようにぱかっと二つに開いて、中からは新たな魚雷発射管が姿を現した。

 

「な、なんですかそれ⁉︎」

 

 驚きの声を上げる阿武隈には脇目も振らず、北上は手早くそれらを装着していく。

 

 そのとき、阿武隈の耳には確かに聞こえた。北上が魚雷発射管を口元に寄せて、小さな声で、

 

「いくよ、大井っち」

 

 と、つぶやくのを。

 

 その言葉の意味を考える間も無く、北上は腕を伸ばして敵艦へ向け、言い放った。

 

「海の藻屑となりなさいな!」

 

 それは、まるで大井が乗り移ったかと思うほど、声も、言い方も、大井そっくりだった。

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