上総謡は異邦者である   作:ザミエル(旧翔斗)

2 / 4
第一章:白鳥歌野は勇者である編始まります。




第二話

 白鳥 歌野(しらとり うたの)は勇者である。

 彼女は三年前に起きたバーテックスの襲来の時、神の力を借りて戦う力に覚醒した存在(ゆうしゃ)であり、その力を使ってこの三年間、彼女は長野県の諏訪湖周辺にある諏訪大社と、諏訪大社を護る『御柱結界』を中心として人々を守り続けてきた。

 バーテックスの襲来と攻撃を防ぐ御柱結界の中、諏訪の地において勇者となり戦えるものは集まった人々の中で歌野たった一人しかいなかった。だが彼女は今日までの三年間、一度に数百体を超えるバーテックスが現れようとも全て一人で倒し続けてきた強者だ。

 そんな彼女だからこそ、背中を庇われるという初めての経験にまず困惑した。戦場で助けが来るなど考えてもいなかった。なにより、そんな話を事前に聞いていなかったから。だから助けに来たという声を聴いた時心底驚いて、目を見開いて驚愕を露わにした。

 その声の主の、想像以上の小柄な背中にもまた、少なくない驚きを覚えた。

 

(な、ちっちゃい!?)

 

 救援に来た少女。謡は三年前のあの日より成長が止まっていた。身長158㎝の歌野との身長差は30㎝を超えており、一回りも二回りも小さい。一瞬、歌野の心に救援に来たというその言葉に不安を抱いた。

 

「―――っ、サンクス! 少し手が足りなかったところ!」

 

 しかし、歴戦の勇者である歌野は直ぐに切り替えて、お礼を言うと敵へと視線を戻す。

 謡もそれを聞き届けた上で、戦場を一秒弱の時間だけ子細に観察する。

 そして見た。

 幾つもの柱に囲まれた神社と、その中で不安の色を隠さずに戦場を見つめる少女の姿を。

 

「此処で為すべき事―――何か守らなきゃいけない物とかはある?」

 

「私達の後ろ! この御柱! 破壊されたら、結界内の人たちが襲われます!」

 

「成程―――任せて!」

 

 叫ぶように謡は肯定の意を返して、謡は手に力を籠める。

 対峙するバーテックスが迫ってくる中、謡は先程目に入れた戦況の中で、最優先で行わなければならない事を行う。それは謡がこの三年間戦い続けた中で理解した事であり、最も警戒しなければならない事。

 それは最も多く見る白い無脊椎動物のようなソレ――『星屑』と呼称されるバーテックスが集合合体し強大な姿になる事を阻止する事だ。

 歌野の視線を背に受けながら謡は目の前にいる100を超える数の星屑の中で複数体が集まろうとしている場所を狙い、手に持った砲筒を構え、撃つ。

 

 戦場に轟音が響き、一秒も経たずに直撃。合体の前兆を見せていた十体弱を一撃で粉砕。塵のように消えていく星屑を気にも留めず、謡は手に持った砲のダイヤルを切り替えた。

 

 再び引き金を引く。

 打ち出されたのは火球を吐き出すような重い一撃ではなく、マシンガンを連射するかのように高速の弾。威力は小さいものの星屑を葬るには十分な威力を持ったそれが次々吐き出されて行き、更に十といくつかの星屑に穴を開け、塵に還す。

 

 脅威と判断されたのか、砲筒を支えている左手側から星屑が数体噛み殺さんと高速で迫る。謡はそれを一瞥し左手を星屑へと向ける。

 

 星屑が噛み砕かんと迫る一瞬、謡は左手を開く。

 

 瞬間、手の先の虚空から黄緑色の刃がついた楯が音もなく現れ、星屑の攻撃を防ぐと共にその刃で逆にダメージを与える。星屑が怯んだ一瞬で楯の持ち手を掴んだ謡は右手の砲筒を手放しながら振り向き、投擲する。同時に橙色の刀を出現させ右手で握り、振り向く勢いのままに楯で怯ませた星屑を切り裂く。

 星屑が切り伏せられると同時に、投擲された楯は御柱を狙っていた星屑に直撃し両断する。

 

(この子、かなりストロング! いや、それよりもこの武器の多さは一体?)

 

 歌野は戦いの最中、一瞬だけ謡の方へと視線を向けて、その戦い方に舌を巻くと共に疑問を抱く。バーテックスに通常兵器は効果がない。詳しい理由は不明だが有効打となり得るのは神の霊力の籠められた武器だけであり、歌野であればこの土地、諏訪の戦神の霊力が込められた鞭がそれに該当する。だが謡はこの時点で砲筒、楯、刀の三種を扱っている。それは一つの武器と人でワンセットになっている現状の勇者の仕組みからかけ離れていた。

 

「せい、はぁッ!」

 

 謡は息を吐くように気炎を上げ、左手に新たに持ち替えていた深い青色の銃剣と、橙色の刀を連結させ、薙刀の様にしてから力を0コンマで溜めると同時に剣先から力を放出する。吐き出された光刃は5つ。一撃一撃が星屑を容易く両断し、そのまま空へと消えていく。

 謡がこの戦場で扱った武器はこれ四つ。そしてこの間僅か十秒強。倒した敵は三十を既に超えている。

 だが残る敵の数は未だ百体を割っていない。

 

 それでも、星屑しか敵のいないこの戦場において謡と歌野の背後、御柱に敵が到達し攻撃を加え入れる事はこの戦闘においては起き得なかった。

 

 

 

 

 

(……終わった)

 

 体感時間にして1時間程度。バーテックスの姿が見えなくなり、謡の感覚にも敵の存在が確認出来なくなった時、謡は深く息を吐いた。

 

「よかった……本当に、よかった」

 

(今日は、人を護れたんだ)

 

 謡は肩から力を抜いてもう一度深く息を吐く。ふと上げた両手はカタカタと震えていた。

 

(護れた……はずなのに)

 

 この三年間戦い続けた結果が一人だったという現実が、一抹の不安を過らせた。

 

(これからも護れるんだろうか?)

 

ここもまた、直ぐに懐かしく感じるような、記憶の中の物になってしまうような不安が止まない。

 

(いや、弱音を零している場合じゃない。私は人を助けるんだ)

 

 気弱な予感と、抱いた心を隠すために、両手を強く握りしめる。同じ轍をまた踏まない為に、あの日(・・・)よりも強くなったのだから。だからこそ、今度こそ守りきると決意を一新した謡の耳に、背後から近づく足音が聞こえる。

 謡は振り返る。そして目が合った、歌野と。

 

 大丈夫? そう謡が問いかける前に、近づいてきた歌野が謡の手を取った。

 

「助けてくれてサンクス! いやー助かったよ。私一人でもノープロブレムだったと思うけどやっぱ勇者が二人いると早いわね!」

 

「あ、えっと……どういたしまして」

 

 ブンブンと手を振るわれるがままに、感謝を受け入れる。謡としては当然のことをしたまでだという所感だが、それでも喜ばれるのは悪い気がしないし、心が何処か温まる様な気さえしていた。

 

(……というか物理的に熱い)

 

 歌野は気付いていない様子だが、手を握られた瞬間から、歌野の持つ藤蔓の鞭から熱が流れ込んでくるような気配と共に酷い眠気のような物に誘われる感覚が謡に芽生えている。

 先程まで少しも眠たくなかった筈なのに意識が朦朧としていき、思考がおぼつかなくなる。その感覚が何なのか、謡は知っていた。

 

(ああ……これ、呼ばれてる)

 

 跳ね回るように喜びを露わにする姿に振り回されながら、謡の思考には霞が掛かっていく。そういえば最後に寝たのっていつだっけと若干ズレた思考を最後に、喋る間もなくフッとブレーカーが落ちるように謡の意識は肉体から失われた。

 

「ワッツ!? 急にどうしたの、ねえ!?」

 

 歌野のは謡が倒れこんだ一瞬に何とか抱きかかる。そのまま声掛けを続けるが反応はない。だが変化は起きた。

 謡の戦装束、白銀の中着と橙の意匠が描かれた外套は花が散るかのように解れて消え、ボロボロになったジーンズとTシャツ姿になる。

 

(一体何が……いや、シンギングは後ね!)

 

 予想外の事態に、しかし冷静に安全な場所に移そうと考えた歌野は想像以上にずっと軽い謡を抱き上げ、諏訪大社へと身体を向ける。その視線の先に、駆け寄ってくる友人の姿を見つけた。

 

「みーちゃん丁度いい所に! ちょっとヘルプミー!」

 

 

 

 

 

―――……

 

 

 

 

 

―――その場所は巨大な湖にいくつもの柱が連立している。

 

 謡が、人間が見回しても水平線まで続く水と、黒鉄に輝く御柱が続く世界。淡い七色が輝く白の空間。謡はそんな空間の湖面にふと気付けば立っていた。

 

(ここは……いや、そうか)

 

 謡は何故此処にいるのか数秒だけ考え、直ぐに何があったのか思い返し、同時に肌で感じる感覚でここが何処なのか理解する。

 

「貴方達が、私を呼んだのね」

 

 謡は視線の先に広がる湖面に確信を持って呼びかけた。

 

『――――――――――』

 

 謡の言葉に呼応するように湖面が騒めき立つ。それは音の様に聞こえる、常人には理解しえない土地神と呼ばれる存在の声だった。

 

(やっぱり呼んだのはこの土地の神様、そして呼んだ理由は―――)

 

 人間には本来理解する事の出来ない神の声。一部の巫女と呼ばれる存在は神託としてそれを一方的に告げられることもあるが、謡は対等な立場として(・・・・・・・・)投げられた言葉として理解する。それは日本語訳すれば『お前は何者で、何故この地に来たのか?』という問いかけだった。

 問い掛けに謡は、応える。

 

「私は上総謡。貴方達とは違う神(・・・・・・・・)の力を借りて、人をバーテックスから助ける為に此処に来た」

 

 三年前のあの日手に入れてしまったこの力は、この場にいる土地神達や勇者のそれとは似て非なる力であり、別系譜のものだと謡は理解していた。

 故に、謡は土地神にそう告げ、土地神もまた意思を返す。

 

『――――――――』

 

「―――ああ、わかってる。行きたい明日を選べる希望は、護って見せる」

 

 土地神の言葉、『可能であればこの地に生きる者たちを来るべき時まで守護してほしい』を謡は受け入れる。来るべき時が何時かは告げられずとも、元より人を守ることは当然だと決めていたから。

 嘘や偽り等を、謡も土地神も疑わない。虚偽を述べてもお互いに筒抜けている前提で、意思を交わしているのだから、そういうのは一切ない。

 

『―――――――』

 

 聞きたいことは聞けたと言わんばかりの、土地神からの別れの言葉を最後に謡の意識は緩やかにこの世界から弾き出され――――。

 

 

 

 

 

―――木目の天井が視界に広がった。

 

「……」

 

 パチクリと瞬きして、謡は意識が肉体に戻ったのだと理解する。そして自分の肉体が室内で横になっているのだと気付いて、ムクリと起き上がれば身体に布団が掛けられていたらしく胸に引っかかっていた。

 

(布団で寝るのなんて何時ぶりだっけ……? いや、それよりも服が変わってる)

 

 意識を失ったからか戦装束は解れて私服に戻っていたはずだが、病人服のような、寝間着のような衣装が身を包んでいる。勝手に変えられたのだと理解すると少し気恥ずかしさを覚えた。

 だが、それ以上にここは何処だろうと、今更のように謡は小首を傾げた。地図も何もなく、只生きている人がいないかと歩き続けていた謡は自分が今何処までどの道を歩いていたのか、何処まで歩いていたのか分からなかった。

 

(寒くないし青森とかは違う。というかそこから下ったんだし。……見たことない場所だったから少なくとも神奈川や東京でもないと思うんだけど)

 

 少しだけ考え込む謡、だが、その耳にパタパタと小さな足音を二人分感じ取り、思考を中断して聞こえてきた方向へと視線を向けた。

 

「みーちゃん、神様から神託があったって本当?」

 

「本当だよ、もうそろそろ目覚めるから話せって……あ、ほら!」

 

 扉が開いて、二人の少女が謡の寝ていた室内に入ってくる。その両方に、謡は見覚えがあった。

 

(さっき戦っていた人と、その姿を眺めていた人、だよね?)

 

 衣装は違うけれど、その顔に見覚えがある。快活そうな少女と、控えめな印象を受ける少女。二人の姿に何処か既視感を覚えながら見つめていると、謡が起きているのを認めた二人が駆け寄るように近づいてくる、そして、先程謡と同じ戦場で戦っていた少女は謡の横に座ると、額へと手を当てた。

 

「んー、熱はないし意識が飛んでる様子もなし。ノープロブレムみたいね。大丈夫? 何処か痛い所は?」

 

「特にないから大丈夫。えっと……」

 

 言い淀むような仕草をした謡に、そういえばと歌野は重大なことを忘れていたことに気付く。襟を正して、歌野は頭を下げた。

 

「白鳥歌野です。先ほどは助けてくれて、改めて有難うございました」

 

 歌野の姿を見て、隣にいた少女、藤森 水都(ふじもり みと)も同じように挨拶をする。謡も、それを受けて名乗り返した。

 

「上総謡です。それで、えっと……ここは何処ですか?」

 

「此処は君がさっき守ってくれた諏訪大社の神楽殿の一室だよ。戦いが終わった後に急にスリープしちゃった貴女をみーちゃんと一緒に運んだの」

 

「……? あの、諏訪大社って何処ですか?」

 

 アレ? と、歌野と水都は首を傾げた。この近くの人であるならば今ので直ぐ通じるのに通じないと。

 

「諏訪大社は諏訪市の、えっと、長野県の諏訪湖に面した神社だよ。知らないの?」

 

 水都はもしやと思い、県まで含めて説明する。

 謡は目を見開いた。

 

「長野県!?」

 

 謡は思わず仰天した。

 

「いつの間に北日本から甲信越まで戻ってきたんだろ……」

 

 小さく呟いた言葉を、歌野は耳聡く拾い、好奇心を持って謡を見つめる。

 

「謡君は一体何処から此処まで来たんだい?」

 

「えっと……神奈川から青森まで行ってこっちに戻ってきた感じ?」

 

「ワァオ、予想以上にトラベラー!」

 

「……すごい」

 

 驚きを隠せない様子の歌野と水都。何処かおかしなことを言っただろうかと首を傾げる謡。

 少しズレた空気を修正するかのように、それよりもと仕切り直して水都は口を開いた。

 

「謡ちゃんは、その、うたのんを助けに来てくれたんだよね?」

 

 伏し目がちに、そう尋ねてくる水都に謡はそうだよ。と、返す。

 

「戦っている音が聞こえたから、此処に人がいると理解したから私は来たの」

 

「この地でうたのんと一緒に戦って、くれますか?」

 

 きょとんと、謡は目を瞬かせる。当たり前に考えていたことで、この問いかけに何の意味があるのだろうと謡は数秒考え、少し頭を上げたことで見えた水都の瞳を見てその理由を察した。

 

「勿論戦うよ」

 

 力強く、笑いかけるようにそう謡は言い、それを聞いた水都の表情は、安心したと言わんばかりに安らいだ。そんな水都の様子を見て、少し気恥ずかしそうに、でも嬉しそうに歌野は抱き着き、突然歌野に抱き着かれた水都が頬を朱に染めて慌てている。

 そんな光景を見つめる謡には、先程芽生えた既視感が何なのか漸く理解できた。

 

(この二人、やっぱりそうだ)

 

 じゃれ合う二人を眺めながら、謡の瞳にはその後ろに違う二人の少女の姿が映る。

 

(とら姉さんとまっち、二人の関係に何処か似てるんだ)

 

 昔の友人の姿を二人の姿に重ねて、どこか心が温かくなるようような感覚に謡は少しだけ頬を緩ませると、その記憶を心の奥にそっと仕舞い込んでから改めて二人へと向き合った。

 

「うたの、みと」

 

 謡の呼びかけにじゃれ合っていた二人が視線を向ける。その視線を受けながら、謡はゆっくりと頭を下げた。

 

「これからよろしく!」

 

 言葉を紡ぎながら、謡の頭に意識を取り戻す前、土地神に別れ際に言われた言葉が過った。

 

『勇者を、巫女を、この地に生きるものを頼む。異邦の者よ』

 

(ああ、わかってる。今度こそ、此処にいる人たちを悲しませたりなんかしない)

 

 理不尽な犠牲が当たり前なんて事許容できるはずもない。それに頷いていたら昨日までの日々と、守れなかった日々と、三年前と同じだ。

 それは嫌だと思うから、退路を断つことになるとしても、新たな道を切り開いてみせる。それが、また守れないかもしれないという不安を抱きつつも謡の選んだ変わらない道だった。

 




補足的な何か

・上総謡の戦闘スタイル。
現状はモチーフとなった仮面ライダー鎧武 極アームズであり勇者装束の説明である銀の中着というのもそれである。橙の意匠が入った外套は同姿のマントに橙の花模様が入っているイメージ。
 戦闘方法は作中において登場したアームズウェポンと呼ばれる物全てを状況に応じて呼び出しながら戦うスタイル。
アームズウェポンの種類は様々であり、この話で登場したもののモチーフはそれぞれ、
無双セイバー:銃剣
大橙丸:刀
メロンディフェンダー:楯
火縄橙DJ銃:大砲
である。
これ以外にもアームズウェポンはあり、極アームズはそれを状況に応じて選び、使うのが本来の戦法であり、他には空中に武器を出現させて射出するいわゆるゲートオブバビロン的な戦闘も可能である。

・上総謡は神と会話することが出来る。
知恵の実=黄金の果実を食べたため、既に人の身を逸脱している。
乃木若葉や白鳥歌野といった普通の勇者は神器を武器として手に持っているが謡の場合は肉体にそれを直接取り入れたため、どちらかといえば結城友奈の様に御姿に近い、というより御姿より神霊側に両足突っ込んでいるイメージ。

モチーフとなった仮面ライダー鎧武の主人公の葛葉紘汰は知恵の実を手に入れたことで人間からオーバーロードと呼ばれる存在になり、テラフォーミング、肉体のバックアップデータを取り復元などを行えるようになった。

・謡が歌野と水都に重ねてみた二人
友人(故人)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。