上総謡は異邦者である   作:マアア

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うたのんとみーちゃんの話回。


第三話

 水都が謡出会った日の夜、謡は新たな勇者として諏訪に生きる数百名余りの人に公表された。

 バーテックスの襲来より三年が経過した中、諏訪の地に外からやって来た新たな勇者として紹介された謡の存在は、人々に概ね好意的に、小規模なれど歓迎会を開かれる程度には歓迎されていた。

 一部の人々からは歓迎されていない、というよりこんな小柄な少女がといった様子の不安げな視線で見られているものの、それはそれ。謡にとってはそのような人の機微もある種慣れた様子で別に気にしていないように見える。

 水都は、「これから宜しくお願いします」、「歌野様と一緒に頑張ってください」等と様々な人に声を掛けられながらも力強く笑みを浮かべて、嬉しそうに敬礼をする謡をボンヤリと座りながら眺めていた。

 

(元気な子だなぁ……やっぱり、私とは全然違う)

 

 謡と歌野の会話を横で見ていた時、そして珍しく水都が勇気を出して謡に声を掛けてきたときからもう理解しているつもりだった。戦ってくれますかと水都が問いかけた時の表情。柔らかい微笑みと若干舌足らずな口調で、だけど強い意志を秘めた瞳でハッキリと「勿論戦うよ」と、言い切る姿は水都にとって見慣れた憧れの姿とよく似ていて、少しだけ、モヤっとした感情が心の中で膨れ上がっていた。

 

(よくない、よね。こういうの。)

 

 折角戦ってくれる勇者が増えたのに、それに悪感情を抱くなんて。と、自嘲する。だけど、なんで三年以上たってから来たんだろう、なんで苦しくなる前に、もっと早く来てくれなかったんだろう。という身勝手な思いもまた同時に脳裏に過って、膨れ上がり続ける。そんな思考がある事に、自己嫌悪の感情がふつふつと溜まり続けて、水都は溜息を吐こうとした瞬間。

 

「わひゃう!?」

 

 突然首筋に冷たいものが当たる感覚に水都は奇声を上げた。頭の中を真っ白にしてビクリと身体を震わせ、水都はバッと振り返る。

 其処には悪戯に成功したと言わんばかりの笑みを浮かべた歌野が、コップに入れた麦茶を両手に立っていた。

 

「どうしたのみーちゃん、そんな大きな声を上げて」

 

「―――っやった本人が言う、ソレ?」

 

 むっと頬を膨らませた水都に、歌野はごめんごめんと頭を下げながら隣に座り、手に持っていた飲み物を一つ、水都に渡す。

 

「ありがと」

 

 受け取った麦茶を飲んで、水都はお礼を言わないのは悪いような気がして、でも直前の事もあって小さく感謝の言葉を零す。どういたしまして、と笑いながら言葉を受け取った歌野は横に座ると同じように麦茶を飲んだ。

 そうして並んでお茶を飲んでいれば、ささくれ立っていた心がいつの間にか少しだけ落ち着いている。

 

(現金だなぁ、私って)

 

 ほんの少しだけ、また自嘲を重ねながら歌野と共にお茶を飲み始めて数秒。十秒弱と経過する。

 

(……あれ?)

 

 そこで水都は違和感を覚える。普段の様に歌野から話が始まらない。水都は歌野へと顔を向けると、歌野が浮かべている、らしくない表情に小首を傾げて口を開いた。

 

「何かあったの?」

 

「―――っ」

 

 不安気な表情を浮かべた水都の問い掛けに、ハッとするように歌野はお茶から口を離して、笑みを少しだけ浮かべようとするも、ゆっくりと消した。その表情はいつも快活な歌野がするとは思えないほど空虚に近い。

 

「……なんでもないかな」

 

「そう見えないけど……うたのん、何かあったの?」

 

「……ん、少し、話してもいいかな」

 

「え、わ!?」

 

横目に水都を見た歌野はそっと身体を傾けて水都に預けてくる。やっぱりどこか変だと、水都がそう思った瞬間に、ポツリと歌野は言葉を零した。

 

「……私ね、謡君が来てくれて感謝してるわ。一緒に戦ってくれる勇者が増えて、正直安心してる」

 

「……うん」

 

 少しだけ低くなった声に気付かれてないだろうか。水都は歌野の言葉に相槌を打ちながら、謡への悪感情を持っていた疚しさに、少しだけ声が硬くなった気がする。

 幸い、気付かれなかったのか歌野はそのまま水都に寄りかかったまま続ける。

 

「だけど、それ以上にみーちゃんに心配を掛けずに済むって事と、みーちゃんを危ない目にあわせなくても済むかもしれない方に私は安心したわ」

 

「……え?」

 

 言われると思っていなかった言葉に、相槌ではなく聞き返すように疑問の声を上げた。

 気恥ずかしそうに頬を掻きながら、歌野は水都へとより強く寄りかかる。

 

「みーちゃんはいっつも結界のギリギリで戦っている私を見てるよね」

 

「うん、今日の時だって、見てたよ」

 

「私さ、危ないってよく言うけれど、それでも、みーちゃんが見ているって思うといつも以上に頑張れる気がして嬉しいと思ってるの」

 

 でも。と、歌野は少し声を震わせる。

 

「それと同じか、それ以上に。ふとした拍子に結界が割られてみーちゃんが死んじゃうんじゃないかって不安になる。判断ミスで攻撃を避け損なってダメージを喰らった時にみーちゃんの泣きそうな顔が見えて心が苦しくなる。そうならないために頑張っているけれど、増えた敵の攻勢にどうしても間に合わないタイミングがあって、その度に私が死ぬんじゃないか、みーちゃんが殺されるんじゃないかって、みーちゃんを一人にしちゃうんか、私が一人になるんじゃないかって怖さがあった」

 

「うたのん……」

 

 抱き着かれているから、水都は気付いた。

歌野の身体が震えている。恐怖が顔にハッキリと出て、弱音を吐いている。こんな歌野の姿を、水都は見たことがなかった。

 

(いや、違う。弱音を今まで吐けなかったんだ)

 

 水都は、弱音を吐けなかった理由をわかっている。

 

 白鳥歌野は勇者である。

 諏訪の地を今まで一人で守り続けた勇者であり、皆の希望の象徴である。何処で何をしていようと人は歌野を見ているし、その姿に希望を見出していた。だからこそ、歌野が弱音を吐けばそれは諏訪の地に生きる皆に伝染し、取り返しのつかない事態になる。

 新しい勇者が来て、皆の意識がそちらに気を取られている瞬間でもなければ、歌野は弱音を吐くことさえ許されていなかった。

 

「謡君が助けに来てくれた時、背後に迫る敵に気付けていたけど、対処できるかは分からなかった。もしあの瞬間に助けが無かったら、私は怪我をして動けなくなって、結界が破られてみーちゃんが目の前で死んで私もそうなっていたかもしれないと思えば今でもぞっとする」

 

「うん」

 

 水都は、寄りかかってくる歌野をそっと抱きしめながら続きを促す。

 

「本当は戦うのも怖くて。でも、何も出来ずに皆が死ぬのはもっと怖くて、だけど私、謡君に助けられて、謡君の戦う姿を見た時に少しだけ思ったの。もう、頑張らなくてもいいんじゃないかなって」

 

「―――っ」

 

 頑張らなくていいと、水都は衝動的に言おうとして、それがどれだけ無責任な言葉なのかを想像して口の中で止めた。きっと言えば、歌野を逆に追い詰めてしまうと、水都は言葉を探すが、何も言えなくて抱きしめるのを強くして、

 

「私、勇者失格よね……。新しく来た女の子に、あんな小さな女の子に一瞬でも全てを任して放り投げたくなっちゃうなんて」

 

「―――っ、そんなことないよ!」

 

―――それでも、勇者失格だという歌野の自虐を水都は看過出来なかった。

 

 水都自身も聴いたことがないような大声は、幸い集まっていた他の人たちには届いていなかったものの、至近距離で聞いていた歌野は驚いたらしく、目を丸くしている。

 だが、水都はそれを気にも留めず、歌野と向かい合って両手を歌野の手に合わせて口を開いた。

 

「うたのんはこの三年間ずっと頑張って来たよね。一人でも戦って、日常を大切にしたいからって畑を耕して、此処に生きる人たちを励まし続けて、どんなつらい目にあっても人は必ず立ち上がれるって言ってたよね」

 

 その言葉を、歌野は否定しない。言った言葉は事実で、行ったことも事実だから。畳みかけるように、水都は言葉を続ける。

 

「私は……私はうたのんが言ったその言葉を信じてる」

 

(だからうたのんは立ち上がれると信じてる。だけど……)

 

 もし、此処で。

 歌野がほんの少しでも投げ出してしまえばどうなるのか。

 

「もし、今休めばうたのんは一時幸せになれるかもしれない。けれど、きっと―――」

 

 本当は水都だって歌野を戦いに駆り立てたくない。寧ろ戦いの場にどうして立てるのか、それが分からないと思うくらいには歌野が戦おうとする理由を理解しきれていない。      

 勇者だからと、陳腐な言葉にするには歌野の境遇は、三年間の戦いは過酷で。

 だが、それでも水都には理解できている事がある。

 

「うたのんは、戦いを辞めたらきっと、自分を許せなくなる」

 

 歌野は自分を貫いて生きてきた人間だ。そんな歌野が、自身を貫けなくなった時にどうなるのか。水都には想像しきれない。だけど、きっと自分を責めて今以上に頑張ろうと、無理をしかねない。

 これ以上頑張らせない為に頑張ってもらうという矛盾に水都は気付いている。

 だが、歌野の事を理解しているからこそこの矛盾を解消する術がない事にも気付いていた。

 

「そう、だね。……辛いなぁ」

 

「だよね……だから」

 

 ぎゅっと、水都は歌野の頬に伸ばしていた手を降ろして再び抱きしめた。歌野の頭を自分の胸に当てて、強く、強く。ぎゅっと抱きしめる。

 

「……みーちゃん?」

 

「だからせめて、今は誰も見てないから、私が聞くよ。うたのんの思い全部」

 

 辛い思いも、悲しい思いも、苦しい思いも全部聞く。私には、それだけしか出来ないから。その代わり、全部受け入れるから。水都はそう言いきって、それ以上の言葉は紡がなかった。

 歌野はそんな水都を抱きしめ返しながら、また少し、身体を震わせる。

 

「ありがとう。……みーちゃんは凄いね」

 

「私は全然凄くないよ。うたのんが凄いから、私は勇気を貰えてる。だから、うたのんが勇気を出せない時は、私がうたのんを助けたい。そう思ってるだけ」

 

 蚊の鳴くような小さな声でもう一度歌野は感謝を告げる。そうして、ぽつぽつと再び水都に言葉を零していった。

 

 謡はそんな二人の姿を隠すように、周りの目が自身の方に向くように諏訪の人々との会話と保ち続けていた。

 

 

 

 

 

 そんな日が終わった翌日。

 

 まだ早朝も早朝、日の出前の時間帯に謡は一人、諏訪大社の上社本宮のすぐ横に作られている畑の淵に立っていた。

 肌寒く、一寸先すら見えない暗闇の中、謡は迷いなく、畑の中、土へと指を入れる。

 

「さて、と」

 

 謡は目を閉じて、身体の内側にある神器『黄金の果実』へと意識を向けた。

 

「――――っ」

 

トクン。と、脈打つかのように感じる力を極少量引き出せば、謡の瞳が黄金色に発光し、手先から淡い燐光を生み出して大地へと染み渡らせるかのように放出する。

 そのまま数十秒、ジッと大地に力を放出した謡は、もう十分だと判断したところで指をそっと引き抜き、手に着いた土を払った。

 赤色に戻った瞳で大地を改め観察すると、心なしか土の質が改善されたような気がする。

 

「……よし、じゃあ次は湖の方だね」

 

 ここでの役目は終えたと言わんばかりに謡は満足気に頷いたあと、この場を離れて本宮の後ろ、諏訪湖の方へと足を向ける。

 諏訪湖でも一通り同じような行為を終えて、そこで一仕事終えたと言わんばかりに息を吐いた。

 

「これでいいんでしょ?」

 

 呟くように。謡は誰もいない事を確認してから土地神に対して言葉を紡ぐ。大地と、湖に対して謡の行っていたことは土地神に依頼されたものであり、謡の神器『黄金の果実』の力の本質を利用したものだった。

 黄金の果実の力、その本質は創造と破壊。

 戦いにおいては武器や戦装束を形成などに応用して使われるこの力だが、特に変化せずに力をエネルギーとして土地に流せば土地神が変換してこの地にしている祝福を強化し、恵みを増やすという結果になる。

 返答の代わりか、穏やかな風が吹き抜けて髪を揺らす。

 肯定と受け取った謡はよかったと零し、上機嫌にゆっくりと立ち上がり、軽く背筋を伸ばした。

 

「じゃ、ぼちぼち戻るかー!」

 

 振り返って上社本宮へと足を向ける謡。

 急く用事もない為、歩いて本宮の中へと足を進めた謡は、そこで歌野とばったり出会った。

 

「おや、グッモーニン謡君。随分と早いわね」

 

「おはよ、うたの。そっちも早いね」

 

 軽く挨拶を交わしながら、謡は歌野の顔を軽く見つめる。

 少しだけ泣きはらしたように赤く腫れている目の周りに対して、晴れやかな表情。大丈夫そうだ、と謡は少しだけ安心した。

 

「うたの、へーき?」

 

「ん、何が?」

 

「色々。疲れとか、そんなところ」

 

「全然平気、ノープロブレムよ!」

 

 万一の確認として言った問い掛けに対しても、一切の気負いのない返事。無理している様子は一切なく、よかったと、謡はほっと息を吐いた。

 

「嬉しそうだけど何かあったの?」

 

 安心した謡の様子に、少しだけ疑問を浮かべた歌野は問いかける。こてんと首を傾げた歌野に対して、謡は微笑みながら言葉を返す。

 

「何もないこの平穏が嬉しいよ」

 

 平和な一時が、作り物でない笑いを浮かべられるこの状況が謡には喜ばしいもので、歌野は笑みを浮かべて、それを肯定した。

 

「それもそうね。―――私はこれから畑の手入れをしに行くのだけど、よかったら一緒にやってみない?」

 

 歌野の誘いに謡は頷いて、じゃあ行こう、と畑へと向かい始めた。

 




補足的な何か。

・黄金の果実
仮面ライダー鎧武においては神話で語られる知恵の実やアンブロシアなどの元になった果実とされる。
ヘルヘイムの森と呼ばれる場所が宇宙の星々、それこそ平行世界も含めた場所に空間を超えて浸食し、一つの星に一つだけ作られる禁断の果実。
手にするためにはヘルヘイムの森に果実を手に取るに値すると認められた者たちの中から勝ち上がり、勝ち取らなければならない。
その力と影響性は凄まじく、作中において一欠片程度の力で作られた極ロックシードを使い続けた葛葉紘汰は、それだけで人外の存在であるオーバーロードインベスに変貌した他、果実を手に入れた後では『神』と呼ばれるほどの力を手に入れ、意識不明の人間の心理空間に現れ目を覚まさせる、手から衝撃波を放つ、致命傷を負い爆発四散した後にバックアップデータから自身の肉体を復元する、平行宇宙に自力で顔を出す等のライダーというよりラスボス等に近いスペックを得ている。

本作においては謡の神器として登場。
江ノ島の木々の間に空間を侵食するかのように生えていたこの世界の物ではない木に実っていた。
謡が一口、齧る事で体内に溶け込むように取り込まれ、肉体を力を扱うに適した存在へと変化させている。

戦闘の時には創造の力を用いて戦装束や武器の生成している。
また、今話の様に力を流し込むことで土地神に力を受け渡すなどをする事も出来る。


破壊と創造の力を持つとされているが鎧武本編の作中描写を見る限りどちらかと言えば
創造の力に比重が置かれているらしく、極ロックシードの力のみ、『神』になった後の両方の戦闘を見ると単純にスペックが高い相手を苦手とする描写が多い。また、鎧武の本編後の描写としてこの力を使い無人惑星のテラフォーミング等を行っている描写等から農耕神の力、や一人TOKIOの力とも揶揄されることもある。
実際には新しい生態系を作り出している事などから創造神の力と呼ぶのが正しいだろう。
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