上総謡は異邦者である   作:マアア

4 / 4
第四話

 二〇十八年八月六日。

 謡が諏訪に来てから一週間が経過したその日。夏真っ盛りのこの時期は、避暑地と名高い長野の地であっても、平地の諏訪では夜遅くでも熱く、窓を開けていなければ不快感で目が覚めてしまう様な時期である。

 この日もそんな熱帯夜の一日であり、高い湿度も伴って不快感を抱かせるような深夜0時少し前の頃、謡は闇夜に紛れるように上社本宮の一室、自室としてあてがわれたそこから外へと出ていた。

 着ている服は、諏訪に来る前の襤褸の服ではなく、歌野の御下がりの少し濃い蒼色のジャージ。胸部がきつくて前が閉じられない物の手足のサイズは丁度いいそれの落ち着いた色合いは闇夜に紛れ、足音を殺してしまえば目立つ黄金色の髪を目撃されない限り謡だとは分からないだろう。

 目撃されないように気を使いながら謡が足を運んだ先は御柱結界の端、境界として分け隔てられた先の外、即ち敵地。

 謡は外に出る前に一度、ジャージに汚れが付いていないかを確認する。

 夜間、灯り一つない常闇の中でも謡の視界は不自由なく自身の様相を捉え、問題がないとキチンと確認する。その上で、謡は自身の意識を内側へと埋没させ、体内に流れる力へとアクセスした。

 眩い光が一瞬謡を包み込み、光が霧散した所で謡の姿はジャージから切り替わる。

 白銀の戦装束に身を包んだ謡は、肩を軽く回した。

 

「さて。今日も頑張ろう!」

 

 頬を軽く叩いて気合を入れる。されど熱を削ぎ落したかのような色のない表情で謡はそう呟くと、右手に銃剣を作り出して結界の外へと出た。

 結界から足を進め、一度跳躍して御柱の上に乗ったことで見える謡の視界内に、20㎞以内の距離で星屑が終結しつつある光景を捉える。

 その数百を飛んで五百を超えるといった所。それが北、東、南の三方にそれぞれいた。

 

「三日前よりも増えてるなぁ……ちょっと面倒」

 

 倒さねばならない敵の数にではなく、その過程でとれる手段に関して謡はあらかじめ土地神に要求された事を思い出して、そう口にする。

 これから謡が行う行為、バーテックスの数減らしは土地神からの依頼と、人を守るためという謡の意思が合致して行われている事であり、本日で二度目となる。そしてこの遊撃において、謡は土地神から『この地で既に扱った武器と戦い方以外をなるべく扱うな』という事を課されていた。

 

(割と手数が減るから困るんだけどなー)

 

 黄金の果実の力、即ち創造と破壊で戦う謡の持つ武器は自身の脳裏に浮かんだイメージから構成されている。その数15種を超え、一度に複数生成する事も出来、更に空中に作りそのまま自身の意思で射出するなどの行為も出来る。

 というより武器を射出しながら敵の数を減らし、大技で巨大な敵を倒すのが本来の謡の戦闘方法だ。

 だが諏訪の地で謡はその戦い方をしておらず、かつ使ったことのある武器は四種、即ち銃剣、刀、楯、大砲の四つになる。

 大分戦闘の幅を狭めなければならなかった。

 

(ま、やることは変わらないからいっか)

 

 重要なのは敵を倒すことであり、それが出来れば手段はどうでもいい。

 課されたことに関して謡は理由を知らずとも必要な事だろうと、無視するつもりがないため、何故という疑問を一旦思考の外に置き、銃剣を構えて駆け出した。

 大地を蹴り砕きながらものの数秒で交戦距離に入った謡は手に持った銃剣の引き金を引いた。放たれた弾はそのまま直進し、戻る事を知らずに一体の星屑に命中し、破裂させる。

 それにより謡の接近に気付いた星屑達が威嚇の咆哮を上げ、謡へと向かい始めた。

 視界を埋め尽くさんとばかりに広がる星屑の群れ。されど謡は怯まずに、左手に刀を持つと、構わず突進した。

 

「此処からは、私のステージだッ!」

 

 己を鼓舞するように吠え立て、しかし表情の抜け落ちた冷静な顔と思考で星屑へと武器を振るう。流麗に、花弁が風に乗りひらりひらりと流れていくように舞う。

 この戦いで少しでも諏訪の進む明日が良き道へと変わるように願って。

 誰かを助ける、その為になら命も投げ出す価値があると謡は信じ続けている。

 

 

 

 

 

―――……

 

 

 

 

 

 二〇一八年八月七日。

 まだ日の出前の時間帯に水都は目を覚ましていた。

 普段の起床時刻よりだいぶ早い、その理由は花摘みである。

 

(昨日夜中にお茶を飲んじゃったからかなぁ……)

 

 熱帯夜の不快感と喉の渇きに負けて夜遅くに水を取ってしまったからか、当然来てしまった生理現象によってまだ丑三つ時だというのに目が覚めてしまった。

 寝起きが良い方だった水都の意識はバッチリ覚醒してしまい、今から眠れば本来の起床時間を大分過ぎてしまうだろう。かといって、このまま起きているには時間を潰すものがない。三年前のあの日より自給自足で何とか賄っている諏訪では娯楽などに手を回す余裕がないからだ。

 溜息を吐きながら水都は曲がり角に差し掛かり、意識していなかった為に反対方向からやって来た謡に気付かずぶつかった。

 

「わわ!?」

 

「っ! と」

 

 衝撃で水都は転びかけ、謡がそれに気づいて転ぶ前に手を伸ばして掴み止める。そのまま身体を下に滑り込ませて支える。まつ毛とまつ毛が触れてしまいそうな距離まで顔が近づき、ぴぃと水都が小さく喉を鳴らした。

 

「あっぶな……みと、大丈夫?」

 

「あ、う、うん。ありが、とう」

 

 ビクリと身体を震わせて、それでもお礼を言う水都の姿に怖がらせてしまっただろうかと謡は少しだけ申し訳ない気持ちになりつつ、身体に回した手をゆっくりと離し、立てるかどうかを確認しながら離れようとした。

 

「立てる?」

 

「う、うん。だいじょう――――!」

 

 水都に手を伸ばし、おずおずとしながらも水都がそれに触れようとしたところで、水都は表情を引きつらせて無言でその手をジッと見つめた。

 

「えっと……その……」

 

 水都は口を開いてパクパクとさせる。

 

「ん?」

 

「あの……」

 

「みと、とりあえず落ち着こう」

 

 何かを言おうとしている事は分かった。だけど考えていることに口がついて行かないのか言葉に出来ていない様子。

 ひっひっふー。と落ち着かせるために縁側に並んで座った後呼吸に暫く専念して、漸く水都はつっかえながらも言葉を紡いだ。

 

「謡ちゃん、その、さっきまで戦ってたの?」

 

「え」

 

 いや、確かにやっていたけれどなんでわかったの? 特にバレるような事何かしてたっけ、いや、服に汚れが付いてないことは来る前に確認したよな? と、話すつもりもなかったことを突然に言い当てられ、謡は驚愕する。

 

「た、戦ってなんてなないよ?」

 

「……それ、してたって言ってるようにしか、聞こえないよ?」

 

 咄嗟に誤魔化そうとするけれど無理だった。

 もとより謡は嘘があまり得意ではなく。特に、突発的に知られた事を誤魔化すような才能は持っていない。モロバレである。

 

「……なんでわかったの?」

 

 観念して呟くように問いかけた謡に、水都は寧ろ驚きを隠せない様子でそっと謡の掌を指さした。

 

「だって、手に血が付いてる……」

 

「え? ……あ!」

 

 バッと自身の両手を見て、生乾きの血が袖下から両掌まで付着しているのを謡は見た。

 ハッとして、先程掴んだ水都の手の部分を見て、案の定血が少しだけついてしまっているのを発見して、思考するより先に全力で頭を下げていた。

 

「ゴメン! ほんっとうにゴメン! 今から手を洗いに行こう! ね!」

 

「え、あ、そんな、謝らなくても……」

 

 そのままだと頭ぶつけちゃってたしと水都は呟くけれど、謡は意に返さず慌てた様子で水都を手洗い場へと連れて行った。

 

(やっぱりこの子、何処かちぐはぐだよね)

 

 並んで手を洗いながら水都はチラリと謡を見て、胸中でそう呟く。

 謡が諏訪に来て今日で8日目。人付き合いが得意ではない水都が謡と話した回数と時間はそう多くはない。それでも、勇者と巫女という戦うものと神の神託を受ける者として他の人々に比べれば付き合いは多い方だ。

 そんな人付き合いが薄い水都にとって、誰かと話すという事はあまりないから記憶に残りやすく、だからこそ謡が喋る姿を見ていると、先程みたいに見た目相応になったり、硬くになったり、大人びたようになったり、自身を見ているような少なめの言葉遣いに変化したりするのに違和感を覚えていた。

 

(誰かの真似をしているのかな?)

 

 手を洗い終えた水都は水気を拭いながらそんな仮説を立てる。だが、その答えがあっているのかどうかは当然分からないし、その変化について今聞くつもりも特になかった。

 それよりも聞こうとしていたことがあるから。

 

「ホントごめんね、みと。服に血が付いてなくてよかったよ」

 

 申し訳なさそうに頭を下げる謡に、水都は謝罪はいいからと頭を上げさせる。

 

「それよりも、どうして戦ってたのか教えて?」

 

 うっ。と、謡は罰が悪そうに顔を背けた。

 

「話さないとダメ?」

 

「駄目って訳じゃないけど……無茶して欲しくないし」

 

「じゃ、じゃあ無茶してないから話さなくても―――」

 

「でも怪我してたよね」

 

「いやいや、これぐらいかすり傷だよ! もう治ってるし、ほら!」

 

 そう言いながら袖をまくる謡の腕には確かに怪我の痕は見えない。けれど、それはそれで恐ろしいものを水都に感じさせた。

 

「傷跡も、ないの?」

 

「あ―――しゅ、出血量ほどデカい傷じゃなかったんだよ! ほら、勇者って傷の治りも早くなるしさ!」

 

 少しだけ早口に、焦りを交えた表情で弁明をする謡に、水都の思考にこれ以上聞き出せそうにないかなと諦めの色が混じる。

 だが、そんな水都以上に謡は既に誤魔化せないだろうなと思っていた。

 

「えっと……ホントに言わなきゃダメ?」

 

「え、あ、うん」

 

 諦めつつあったから少しだけ驚いて、反応が遅れたけれど水都は頷く。

 少し前までの水都だったら、そう言われたら聞いて欲しくないんだろうと思って聞き出せなかったかもしれない。でも、歌野から初めて弱音を聞いて、奥に隠し抱いている思いを知った時から水都にとって勇者とは唯凄いだけの存在ではない。頑張れるだけの普通の少女だと分かっているから、せめてそれを知っている自分は話を聞ければと思っていた。

 そのちょっとの進歩が、謡から言葉を引き出す。

 

「実は―――」

 

 謡は観念して話し出す。土地神の依頼であるという事と、外に集結しつつある敵を減らして少しでも諏訪の地が楽になればいいという思いが一致した結果だという数時間に渡る戦いの事を。

 

「土地神様からの依頼って……謡ちゃんって巫女の力も持ってるの?」

 

「あ、それは違うよ。私は巫女じゃない。えっと……うん、上手く言えないけどそれはたしか」

 

「あ、そうなんだ。でも、バーテックスがそんなに……」

 

 言葉を濁す謡。しかし水都はバーテックスが集結しつつあるという情報と、その数が五百を超えてなお集まり続けていたという事に恐怖を覚えていたために気付けない。巫女、つまり神の言葉を聞ける存在である水都は土地神からの敵の数、進軍状況を神託という形で言い渡される事がある。

 だが、そんな数のバーテックスの進行準備は聞いたことがなかった。

 今までは多くても百から百五十程で、その五倍から三倍の敵が三方向から襲撃を仕掛けてくる。

 歌野一人では恐らく対処不可能だったであろう敵の数だ。

 

「どうして急にそんな大量のバーテックスが……」

 

 水都の呟くような言葉に、謡は不安にさせちゃったなと眉尻を下げ、しかしそれを取り繕う様に力強い笑みを浮かべて、水都の肩を叩いた。

 

「大丈夫、敵が何体来ようが何とかするって。今日だってちゃんとその集まってた敵はちゃんと倒せたんだしさ。諏訪に生きる人たちは、ちゃんと守ってみせるよ」

 

 だから、大丈夫。

 謡は水都を安心させるために、力強さを見せようと力こぶを作る様な動作をする。

 ジャージに隠れて見えないけれど、少しだけ安心したように水都は微笑んだ。

 

「謡ちゃんは凄いね。こんなにちっちゃいのに凄い」

 

「おっと、それは禁句だぞ、みと」

 

 元々小柄だったのに加えて、三年前より身長に関してはもう伸びないと分かっているぶんちょっと、いや、大分気にしていた。

スッと笑みを消した謡に思わず水都がゴメンと謝るけれど、少し落ち込んだ様子。

 

「そうだよなーちっこいよなー……125位しかないけど14歳なのになー……」

 

「……え? 14歳?」

 

「ん? ああ、言ってなかったっけ? 2004年生まれだから今年で14歳だよ、私」

 

「……年下だと思ってた」

 

「それは知ってる」

 

 信じがたいという表情をする水都。もう慣れたと言わんばかりの謡。

 溜息が一つ増えた。

 

「まあ、それはいいとして。とにかく空いた時間に見回りして、見つけたバーテックスは少しでも削っておくから、みとは安心して普段通り暮らして」

 

「……謡ちゃん、ホントに大丈夫?」

 

「何が?」

 

 首を傾げる謡に、だってと水都は心配事を上げる。

 

「空いた時間て言ってるけど夜中にやってるんでしょ? 眠くないの?」

 

「私は寝なくても大丈夫だから気にしなくてもへーきだよ」

 

「ね、寝ないと駄目だよ! 身体が壊れちゃう!」

 

「そんな軟な身体してないってー。それに、休んでる間にもちょっとずつ増えてるだろうしさ。一応土地神に止められたらその時点で止めてるし大丈夫だって」

 

 あっけらかんと謡はそういうけれど、強がりだろうと水都は判断する。

 人間は長い間睡眠を取らずに生きていけるように出来ていないと知っているから。

 だから、そこまで頑張らなくてもと言うけれど謡は聞かない。

 

(どうして?)

 

まだ会って一週間の人々の為に寝る間を惜しんで頑張って守ろうとする理由が分からない。水都は理解できないものを見る目で謡にそう問いかけた。

 

「戦う力があるのに、何もしないなんて私には出来ないよ」

 

 あっさりと帰ってきた返事はそんな調子。止まるという言葉を知らないかの様だった。

 返答に、なおも不安そうな様子を隠そうとしない水都に、謡は頭を軽く掻く。

 少しだけ言いづらそうに、口を開いた。

 

「私さ、外で人が目の前で死ぬのを沢山見たの」

 

「――――」

 

 突然の告白に水都は目を見開く。だが、その告白の内容は水都にも納得できることだ。

 結界の外は勇者以外生存できるような状況でないことは知っている。

 

「良い人が死ぬのも見たし、悪い人が死ぬのも見てきた。そして、私だけがこの三年間生き延びて、戦い続けて此処に辿り着いた」

 

 それは、当たり前の話だった。

 

「それまで見てきた人の中には、人を蹴落として生きようとする人もいたし、誰かを庇って生かそうとする人もいた。そして、戦っても手数が足りなくて守れなくて私は何人も見殺したんだ」

 

「―――っ」

 

「ずっと、後味の悪さと死ぬ直前の助けを求める声を覚えてる」

 

 この世界にどれくらい人が残っているのだろうか。諏訪に数百人生きている事と、歌野曰四国が無事な事は確かだけれど、世界にどれほど人が残っているのかは謡には分からない。その中に何人良い人がいて、何人悪い人がいるのかも。だけど、謡が守れず取りこぼした命は諏訪に残っている人数よりも多い事だけは謡が知っている事実だった。

 

「そんな風にバーテックスの訳わかんない理不尽な犠牲になった人は沢山いて、でもそれがこの世界の当然だと頷くことが私には出来ない。人が死ぬのを見届けるのはもう嫌だから」

 

 少なくとも三年前まではこの星は人の星だった。良い人間を助けるのも人間、悪い人間を裁き、罪を償う機会を与えることも人間が選べた。だが今は違う。善悪関係なしに人間は滅ぼされていく。それを受け入れるつもりはない。諦めて、死ぬ選択肢を選ぶ事を謡は認めない。

 

「犠牲を諦めたら、頷いていたら前までの日々と同じだから。だったら、退路は断って新たな道を開く為に恐れなく進むしかない」

 

 例え敵が無尽蔵に湧き続けていたとしても、ソレに諦めて膝を折れば人類は終わる。終わる気がないのであれば諦めず、足掻いて見せるしかない。

 

「いつか、バーテックスが敷いたルールをぶち壊すまで、私は戦い続けるよ」

 

 上総謡は異邦者である。諏訪から離れた場所からやって来た人間で、本来救う義理などない。

 それでもそこに人がいる限り、人を救う為に戦う事を選び続けている。

 

「誰も見捨てないって、誓ったから。だから私は戦うよ」

 

 そう言って微笑む謡の思考は常人離れをしていて、水都には、その在り方は勇者とは違う別の何かに見えた。

 だが、それがなんなのか水都にはまだ分からなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。