許せない艦娘と三代目提督   作:キメラの玩具

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 二話目です。
 


歩き出す少女、尻込みする男、決意する少女

 不知火がここに着任してから三日が過ぎました。

 どうやらここの新人提督と古参艦娘には意識に差があるようです。

 我々艦娘をどう捉えるか、についてです。

 

 これについては不知火にはよく分かりません。

 目覚めたら、というのが正しいのでしょうか、私はかつての姿ではなく少女の体になっていました。

 五感があるというのはこんなにも世界が違って見えるものなのか、と驚きの連続です。

 

 例えば今不知火の膝の上で丸くなっている猫です。

 真っ白で、温かくて、少し重くて、柔らかい。

 入ってくる情報量の多さに混乱気味です。

 というより動けません。

 

 昼休みに休憩ついでに本を読んでいたら猫が我が物顔で不知火の膝を侵略してきました。

 そして寝だしました。

 とりあえず本をわきに置いて撫でているのですが、これで対応はよいのでしょうか。

 

「あれ、不知火ちゃんじゃーん?」

 

 喉をゴロゴロいわせているということはたしか上機嫌の合図だったはずです。

 現対応でおそらく間違いはないのでしょうが、問題はこの猫をどう動かすか。

 不知火に残された昼休みはあと15分、ですが10分前には次の行動に移りたいので……。

 

「あ!猫ちゃんじゃーん!」

 

「っ!?」

 

 不知火の動揺が伝わったのでしょうか、猫が飛び起きて逃げていってしまいました。

 いえ、後ろから声をかけられたくらいでは驚きません。

 動揺しただけ……ん?

 

「あー逃げちゃった。驚かしちゃったかな」

 

 鈴谷さんでしたか。

 最上型重巡洋艦の三番艦、記憶にはそうあります。

 不知火よりも前に着任されている方ですが、彼女も古参方と同じなのでしょうか?

 

「ごめんね、猫ちゃん追い払うつもりはなかったんだよ?」

 

「大丈夫です、気にしないでください。それで、不知火に何かご用でしょうか?」

 

「んー、用ってほど用じゃないんだけどね。ここにはもう慣れた?」

 

「それなりには。まだ至らぬ点が多いと思いますが、よろしくお願いします」

 

「ああ、いいって。頭上げてよ。鈴谷も不知火ちゃんの一つ前に就いたばっかだからさ、お互いがんばろうね」

 

 それから鈴谷さんとはしばらく会話をしました。

 会話、といっても不知火はほとんど相槌を打つだけでした。

 ふぁっしょんなるものに鈴谷さんは興味があるようです。

 

 会話の中で叢雲さん方のような張り詰めた「何か」がなかったように感じたのは不知火の気のせいでしょうか。

 ともあれ、予定の時間になっていました。

 午後はまた射撃訓練でしたね。

 

 

 

 うーん、不知火ちゃんは違ったなぁ。

 どう見ても「あれ」はなかったし。

 鈴谷と同じだね。

 艦娘共通の事でもないみたいだね。

 

 

 

 最近出撃が多かったのは提督の肩に力が入りすぎていたからなのね。

 活躍の場が多いのは嬉しいけれど、提督には消費についてもう少し考えておいて欲しいわね。

 今後の成長に期待、でいいかしら。

 

 それよりも今はこの子ね。

 姿勢はいいのだけれど、精度は低め。

 装備の点検は行っているみたいだから、弾道演算にまだ慣れていないのかしら。

 

「いったん止めて。セイフティをかけてこっちを向きなさい」

 

「……っ!……っ!はいっ!」

 

 息が上がっているわね。

 

「これがあなたの今日の成績です。初日と比べれば伸びはありますが、これまでのうちの駆逐艦の伸び率より低めです。心当たりは?」

 

「不知火の、今の課題は、腕の筋力と、見ています」

 

「それもあるわね。筋力向上については日向さんあたりに聞くといいでしょう。弾道演算はしていますか?」

 

「はい、しているつもりです」

 

「分かっていると思いますが、弾道演算には対象との距離から割り出される射角だけでなく、風向き、転向力、加えて波の上下まで関わってきます。湿度も忘れてはいけません。あなたの場合、横ぶれが多いようですからどちらかというと風向きや転向力の捉え方に問題があると思うわ」

 

「やりなおしてみます。もう一度、お願いします」

 

「いい心構えね。30秒後に再開します。配置に戻って」

 

「はい!」

 

 理論では分かっていても体が追い付かない、というのもあるわね。

 艦娘ならとくにその傾向が多い。

 乗員がやってくれていた過去と自分でやらなくてはならない現在のギャップ。

 しかしこれは本当にただの慣れだから数をこなしていくしかないわ。

 

「準備はいいようね。では、始めっ!」

 

 新しい提督、新しい艦娘、新しい環境。

 どれだけ固執しても過去は過去、過ぎ去りしものなのよ。

 それは金剛、あなたならよく分かっているはずでしょう?

 

 

 

「提督どーん!」

 

「ううぇっふ!」

 

 午後、日も少し傾きかけてきたころ。

 俺は背後から奇襲を受けた。

 

「あっはははは!提督、ううぇっふはないってぇ」

 

 ケラケラと昔の妹のように笑い転げる彼女は鈴谷さん。

 女子高校生のような容姿と言動がよく映える。

 俺が着任する前、二代目が退役なされた数週間の空白時期に着任した、割合新しい部類に属する。

 

 だが彼女はすでに改装を施しているほど実績を叩き出している。

 記録でも、直近の海上護衛任務中に発生した遭遇戦において、単騎で敵戦艦級二隻と重巡級一隻を沈め、敵艦隊を撤退させるに至らせたとある。

 艦隊内でも彼女は才能があるほうだと耳に入ってくる。

 

「す、ずやさん……話しかけてくれるのは大変嬉しいのですが、その、馬乗りは色々とまずいかと……」

 

「なぁに、提督?鈴谷を意識しちゃった?大丈夫だよ、見られてもいいやつだから!」

 

 堅く真面目な叢雲さんと違って奔放さが目立つのは日が浅いためか。

 それともオンオフの切り替えがはっきりしているのか。

 あと何も見てません。

 

「あ、あはは。鈴谷さんは冗談がお上手ですね。それで、ご用件は何でしょうか?」

 

「もーう、別にホントに見られても気にしないのに。それでね、昨日の警備任務の報告に来たよ。探すのに苦労したんだよ?」

 

「どうも、すいません。では執務室に向かうので、そろそろ降りていただいてもいいですか?」

 

「だーめ。ここで聞いて?」

 

「へ?」

 

 それから本当にこの体勢のまま報告を受けた。

 咎めようとも思ったが、最前線に出ているのは彼女らだし安全な後方でくらい好きにさせてあげたかった。

 

 任務海域では目立った敵の活動、例えば魚が大量に逃げ出した等の痕跡無し、安全そのものだったようだ。

 よって消費弾薬無し、燃料も少量の補給で済むそうだ。

 この調子なら民間の漁業範囲を広げられそうだ。

 

「ただね」

 

 なんでもなさそうな口ぶり。

 だが不思議と聞く者を引き付ける声色で彼女は続けた。

 

「近いうちに戦闘があると思うよ」

 

 戦、闘。

 

「提督はまだ戦闘指揮執ったことないよね?」

 

 ない。

 ここ一週間あまりは演習、遠征ばかりで、危惧していた不意遭遇戦すら起こらなかった。

 だが、と疑問を発しそうになるも鈴谷さんは俺の唇を指で押さえて言葉を紡ぐ。

 馬乗りも、二人きりの状況もこのためか。

 

「聞いて。言いたいことは分かるの。根拠、でしょ?」

 

 正鵠。

 

「物的証拠はないの。目撃情報もね」

 

 差し込む日の光と合わせ、妖艶ともいえる微笑みで俺の目を覗き込む彼女の目は、しかし冗談を言っていない。

 馴染みのないタイプの眼光。

 最前線で銃砲を構える兵士の目ではない。

 見透かす、といえば正しいか。

 例えれば囲碁将棋打ちの、棋士の目。

 

「鈴谷あの海域それなりに知ってるの。前に船団護衛したときに戦ったから」

 

 そういえばそうだ。

 参考にした資料にもあった海域。

 

「そこでね、なんの小競り合いもないの。前までは戦闘はなくとも目撃情報があったり、痕跡が残ってたりしてたの。あっちにとってもあの海域は活動範囲内だったってわけ。でね、そんなあいつらが最近なりを潜めてる。交代直後だし、気づかないのも無理ないけど、ここに違和感を覚えてほしいの」

 

 黙って聞く俺をいい子だと褒めるように頬を撫でる。

 状況によっては危ない組み合わせと体勢だが気にしている暇はない。

 開けていた中庭側の窓から吹き抜ける風がいつも以上に俺を締め付けた。

 

「提督もさ、叢雲ちゃんに叱られたらしいじゃん?有事以外は備蓄優先って。つまりは向こうから見たら今鈴谷たちは「なりを潜めている」の、分かる?」

 

 寒気。

 今度は風のせいではない。

 体の内側から戦慄したのだ。

 

「そ。あいつらがどういう体制で動いているかはまだ分からないけど、かつて人類を陸に追い詰め、悔しいけど鈴谷たち艦娘がいても尚こうやって対等に渡り合ってる。この持続力は物量ってわけじゃないのは大本営でも学んだはずだよね?」

 

 かつての教官の顔、「女王蟻」。

 

「まだ半年もいない鈴谷でも分かるんだもん、提督とか幹部?とかならもう分かりきっているよね」

 

 艦娘となる女性兵士は属性として幹部ではない。

 つまりは大本営で何を議論されているかは分からないはずだ。

 それを数か月、出撃から数えたら一か月と少しの期間でそこまで読んだ、というのか。

 

「向こうにも指揮官がいる。あいつらは野盗なんかじゃない。人類からすれば未熟で歴史が浅いけど、確実に指揮を執る「誰か」がいる。今までは火力と物量で押し続けていたあいつらが、「引く」行為をとった。ここからは状況から読み取れる「根拠」じゃなくて鈴谷の個人的な「勘」なんだけどさ」

 

 トン、と俺の鼻を指で叩く音がやけに廊下に響いた。

 日も傾き薄暗さが増していく中、どうしてだか鈴谷の目だけは輝いている。

 その中に映っているのは呆けていて、どうしようもなく情けない不安顔な馬鹿の顔。

 次に吐き出される言葉が分かってしまう、それが怖いとでも言いたげだ。

 

「向こうの指揮官も確実に成長している」

 

 それも急激に。

 補足された言葉など聞こえなかったことにしたい。

 

「火力と物量押しに対して人類がとった戦術を、あいつらは血を流して学んでいる」

 

「来るよ、初代よりも、二代目よりも苛烈な時代が。明日か、明後日か、来年か。そう遠くない未来に、絶対」

 

 そう言って彼女は音もなく立ち上がった。

 

「脅かしちゃってごめんね?でも提督には言っておきたかったのよ。提督、徴兵で来ただろうし元は一般人でしょ?なんか鈴谷が言うのはおかしいけど早く慣れてほしいんだよね、戦場の空気に」

 

 ぱっぱ、と膝をはたく彼女はもう先ほどの彼女ではなく、街でよく見る女子高生のようだった。

 

「な……」

 

 言葉が出ない。

 何を言えばいいのか、何を確認すればいいのか。

 

「報告書、纏めといたからね。以上、報告と意見具申でしたぁ」

 

 引き留めようとする俺に構わず、鈴谷さんは手を振り振り戻って行ってしまった。

 

 

 

 最後の的を打ち抜き、今日の不知火の訓練は終わりです。

 しめて500発、ご指摘をいただいても命中率はたいして上がりませんでした。

 

「お疲れ様です。思った通りに撃てましたか?」

 

 教官である加賀さんなら、正規空母としての目で不知火よりも的は見えています。

 結果は分かっていても尚尋ねてくる、すなわち不知火自身の感覚でコツを掴めたか尋ねてきています。

 

「まだ思うようにはいきません」

 

 だから不知火は正直に答えます。

 

「当然ね。あなたはまだ日が浅い。あの子みたいな例外を除いて大体はあなたみたいな感じよ」

 

「あの子とは」

 

「鈴谷よ。面識はあるかしら?あの子は艤装のスペックは普通なのだけれど……身体が異常なのよ、いい意味でね」

 

「はあ」

 

「あの子は不知火さんの一つ先輩だけれど、こと学習面においては参考にしなくていいわ。特殊すぎるのよ」

 

 鈴谷さん、昼間会ったときはそんな素振り見せていませんでしたが、実はそうだったのですか。

 才能があるというのは羨ましい限りです。

 

 不意に、頭に感触がありました。

 加賀さんが撫でてくれているみたいです。

 不知火は驚いて硬直してしまいました。

 

「あなたは性能面では普通よ、おそらく才能も並。数値上の上限は予測されてしまうわ。でも忘れないで。あなたの良いところは意志が強いことよ。今日だって」

 

 加賀さんは沖のほう、夕暮れに染められた的の山を溜息交じりに見ました。

 全て、今日不知火が撃ち抜いた海上浮遊型のブイ付き的です。

 

「用意していた三日分を消費し尽くすとは思いませんでした。あなたは精度は新人そのものですが、訓練期間中に一日で撃ち抜いた的の数では叢雲さんをも凌ぐわ。あなたのそれは今後強力な武器になります。精進なさい」

 

「はい、ありがとうございました!」

 

 不知火はまだまだ伸びます。

 伸びて見せます。

 

 

 

 陽が完全に沈み、夕食を終えた後。

 俺は一人執務室で座り込んでいた。

 

 近いうちに、苛烈な時代が来る。

 

 脳裏に残った言葉が浮いては沈み、沈んでは浮いた。

 

 向こうの指揮官も成長している。

 

 こうなることは目に見えていたはずだ。

 軍人として、提督としてここに来たからには。

 だがそれでも、いざ現実として受け止めてしまうと重すぎる。

 

 憧れ、尊敬している新旧の艦娘たち。

 彼女らの命を俺は預かっている。

 その命はこの国を、世界を、人類を守る最大で最後の盾。

 

 俺一人の私情で動かすにはあまりにも重い。

 

 そんなことを今更ながら気づく。

 

 本当に俺は。

 昔から重要なことが後手に回る。

 

 勝利、できるのだろうか。

 彼女を生還させることができるのだろうか。

 

「失礼するわ。あら?いないのかしら。暗いわね」

 

 ドアノブを回す音がして叢雲さんが入ってきた。

 部屋の電気がついたことで俺はようやく周囲が暗いことを知った。

 

「あら、いるじゃない。駄目よ、いるなら明かりくらい……どうしたの?」

 

 叢雲さんが覗き込んでくる。

 今日はよく覗かれる日だ。

 そんなに情けない顔をしているか、俺は。

 

「何か思い詰めているわね。来なさい。こっちで話をしましょう」

 

 叢雲さんはソファを指差し誘った。

 普段と変わらないはずの執務室がソファからだと妙に広く感じる。

 叢雲さんは俺の横に腰を下ろし、なおも覗き込んで話しかけた。

 

「いったい何を考えていたの?あんたのことよ、どうせ下らないことでしょ」

 

 下らない、か。

 下らない?

 いったい何が?

 

「俺は……ここであなたたちの命を預かる資格があるのか、と思いまして」

 

「……続けなさい」

 

「俺は徴兵上がりの、いわば素人です。適性検査を受けた翌日から体力訓練もそこそこに提督として最低限の知識を詰め込められ、ここに送られてきました。ほんの1年前まではただの大学生が、色々失ってここに来ました。身一つで何の経験もないまま指揮官として立たされています。本当に俺に提督としてやっていく資格があるのか、何をもって大本営が素質ありと判断したのか、分からなくなっていまして」

 

「いやなら逃げればいいじゃない」

 

「逃げる?」

 

「別にここにいることは強制ではないわ。司令官が怖いなら逃げればいい。徴兵だもの、敵前逃亡くらいみんな納得するわよ?」

 

「そんな。憲兵につかまるのが落ちです」

 

「なら死んでみる?追ってくる者はいないわよ」

 

「自決する勇気なんてあったらここにいませんよ」

 

「やっぱり下らないわね。なんでもイヤイヤの子供、何かに納得する気なんてないじゃない」

 

「でも……!しかたないじゃないですか!いきなり戦争に巻き込まれて!恨む相手には俺じゃ勝てない!勝つにはあなたたちの命を!俺なんかよりもはるかに重い命を背負わなきゃいけないんですよ!怖いじゃないですか!」

 

「怖い?何が?」

 

 気づけば俺は立ち上がって怒鳴っていた。いままで溜め込んでいたものを、抑えていたものを吐き出しながら。

 そんな俺を感情に表に出さず叢雲さんは座って相対する。

 まるで機械のように。

 兵器のように。

 

「全部ですよ!命を背負うことも!戦場に赴くことも!それに……」

 

「復讐者になることも?」

 

 息が詰まる。

 喉元に槍を突き付けられた感覚だ。

 そう、俺が本当に怖いのは。

 自分が復讐者になってしまうことなのかもしれない。

 

 失った平穏を、失ったものを取り返したくてもがいていたつもりだった。

 だが、鈴谷さんとの会話で自分を知ってしまった。

 

 自分は、何のリスクもなしにただ暴れたい、何の犠牲もなく戦果を挙げたい、そうすれば満足するだろうと思い込んでいた只の馬鹿。

 甘ちゃんだったわけだ。

 

 戦闘を知ってしまえば、もう戻れない。

 命を奪うことに忌避感を覚えない、冷酷な人間になってしまうのでは。

 考えるだけで怖気が走る。

 

 そしてそれが自己保身だと気付き、嫌悪感を抱く。

 そういうことだ。

 

「そうね、あなたは甘ちゃんよ。自分は安全な場所で、嫌な相手は勝手に不幸になってほしい。いざ自分がナイフを持って相手の前に立った時、震えてナイフを取り落とすような、どこにでもいる一般人」

 

 心の表層を覆っていたものを剥がされ、醜い本心を暴かれた。

 そう、実のところ、彼女たち艦娘がどうなろうともどうでもよかったのかもしれない。

 そんな本心を叢雲さんは最初から見抜いていたのか。

 

「過去の話よ」

 

 何の突拍子もなく、叢雲さんは語りだした。

 

「過去の、ずっと前の、私たちに乗っていた船員たちの話よ。彼らは軍人だった。あなたほど短期間ではないでしょうけど、それでも徴兵されてきた人たちも大勢いた。彼らが何のために操舵を握り、砲弾を詰め込んだか分かる?」

 

 答えられるわけがない。

 俺にはそんな資格はないからだ。

 

「主義思想なんて本気で掲げているのは少数だったわ。ほとんどは皆本土にいる彼らの家族のため、大切な人のために赴いたのよ」

 

 そんなもの、俺にはもう……。

 

「そう、今のあんたは昔の一兵卒にも及ばない、ただの甘ちゃんよ。いえ、ガキね。今のあんたは司令官と呼ぶにはふさわしくない。素質なんて疑わしいわ」

 

 なんてことなさげに言ってくれる。

 事実なんだろう。

 

「何かのために誰かの命を奪う覚悟ができないなら、ここを去りなさい。私たちは追わないわ。追う価値がないのだから。下らない」

 

 叢雲さんは怒るでもなく、淡々と言って部屋を後にしてしまった。

 確かに、下らないな。

 

 

 

 言いたいだけ言って、執務室を飛び出してきてしまった。

 いや、逃げたのか。

 こんな顔が見られたくなくて。

 

 彼は、過去の自分だ。

 義憤に駆られ、意気揚々と修羅場に飛び込んで、そのうち痛い目を見て、本質を見失い、守るべきものを失ってしまうだろう。

 復讐は一回で満足できるなどと考えているならば、いずれ失った以上のものを失う。

 

 まだ一般人な彼には、失ってほしくはない。

 本来彼はまだ無垢な学生、今も昔も私が守るべき対象で、肩を並べるべき相手ではないのだ。

 

 そして私は怖い。

 昔のように、そしてあの時のように、守るべきものが掌から零れ落ちて行ってしまうのが。

 

 だからこそ。

 私は兵器であるべきだ。

 私が兵器であれば、守りたいものだけは傷つかないはずだ。

 

 いや、これは言い訳。

 結局私も彼と同じく、自分が傷つきたくない自己保身だ。

 道を踏み外したか、まだ踏み外していないかの違い。

 

 彼にはこのまま踏み外してほしくない。

 一般人のままの彼を見ていることで自分もああなれたかも、という安堵が欲しいのだ。

 

 決めたわ。

 私は自己保身のために。

 彼を追い出そう。

 

 私は久しぶりに見た自分の涙にそう誓った。




 前置きはここまで。
 いよいよ次話から本題や戦闘シーンに入っていきます。
 初心者や小心者ではなく、小者提督だった彼はどういう選択をしていくのか、お楽しみください。
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