「あれ?」
まだ空が薄暗い中、寝間着の芳佳が目を覚ますといつもと違う天井が見えた。見慣れている実家のものより高く、部屋の様式も違う。芳佳は身体を起こした。自分が寝ていたのも、使いなれた布団ではなく、見慣れないベッドだと気付く。まだ完全に目覚めていないのか、瞳は眠たそうな半開きである。
ベッドの隣にある窓からはこれまた見慣れない風景が見えて、芳佳は驚く。景色をよく見ようと窓の方へと近寄った。時間はまだ早朝、空はまだ薄暗い。
「そうだ。私、ウィッチーズ隊に入ったんだ」
芳佳は窓の外に広がるブリタニアの景色を見ながら呟く。今、芳佳がいるのはブリタニア本当から突き出た半島にあるストライクウィッチーズ基地だ。
「坂本さん?」
岬の突端に坂本がいることに気が付く。日課の鍛錬をしているらさしい。これから世話になる相手、芳佳は改めて挨拶しに行こうと思い、制服に着替えて部屋を出る。
芳佳が岬の突端にまでやって来ると窓から見たのとように坂本が鍛錬に励んでいた。
幼少からの鍛練と実戦により、洗練された彼女の剣技は美しく。背筋を凛と伸ばし、ポニーテールに纏められた髪を揺らしながら愛刀を振るう姿はまさに扶桑の“サムライ”。本人が意識しているかは不明だが、構えた刀の切っ先が欧州へ向けられている。
「芳佳か?昨日はよく眠れたか?」
芳佳の気配に気付いた坂本が振り返る。
「はい。えーっと、坂本……少佐はこんな時間から朝練ですか?」
「はっはっはっはっ!お前と私は海軍だから“少佐”は付けなくていいぞ。もちろん、優人にもな」
「はい!坂本……さん」
「それでいい!ここは最前線だからな。常に敵に備え、訓練の出来る時は少しでもやっておく、それが生き残る秘訣だ」
「最前線……ですか……」
最前線という言葉を聞いて、芳佳は不安げな表情になる。
「はっはっはっは!そんな顔をするな、お前には素質がある。私がみっちり教えてやるから安心しろ」
「よろしくお願いします!」
坂本から激励によって、芳佳の顔から不安が拭い去られた。挨拶が終わったところで芳佳はずっと気になっていたこと訊くことにした。
「あ、あの……ひとつ聞きたいことが」
「ん?なんだ?」
もじもじしている芳佳を見て、坂本は首を傾げる。
「お兄ちゃんと坂本さんは……その……」
「私と優人が?」
「恋人……なんですか?……」
「…………」
予想外の質問に坂本は目を点にしたが、すぐに笑って返してきた。
「はっはっはっはっ!いや、優人とは善き戦友だがそういった関係ではないぞ」
「そうですか!」
優人と坂本が男女の関係でなかったことがわかり、安心する芳佳。
「私はお前の兄を取ったりしないから安心しろ」
と、からかうように言う坂本。
「えっ!?いや、その、はい……」
「俺がどうしたって?」
「ひゃあああぁ!!」
頬を染めていると突然後ろから声を掛けられ、芳佳は飛び上がる。
「お、お兄ちゃん?なんでここに?」
聞き覚えのある声に振り向くとそこには優人がいた。
「なんでって?もうすぐブリーフィングが始まるからお前達を探しにきたんだよ。ところで何の話をしてたんだ?」
「なんでもない!なんでもない!なんでもないんだから!!」
手をぶんぶんと振りながら、必死に誤魔化す芳佳。頬をだけでなく、顔全体が赤くなっていた。
「そうか?……」
「はっはっはっはっ!」
優人は首を傾げ、坂本は高笑いする。そんな三人の様子をを宿舎の一室から望遠鏡で見てる人物が一人。
「さ、坂本少佐と……き、兄妹揃って仲良くして。なんなの一体!?」
自由ガリア空軍、ペリーヌ・クロステルマン中尉である。彼女は自分が敬愛する坂本と兄妹揃って親しい二人に激しく嫉妬していた。
ちなみにペリーヌは坂本の鍛練を終始部屋から望遠鏡を使って見ていた。軽いストーカー行為ではあるが彼女は自由ガリア空軍のトップエースだ。目を瞑っておこう。
◇ ◇ ◇
しばらくして、優人がブリーフィングルームへ来ると501のウィッチ達が既に集まっていた。まもなく、新人である芳佳の紹介が行われる。
皆が席に着きそれぞれの待ち方で待っている。サーニャは机に突っ伏して、枕を抱いて眠っている。昨晩、夜間哨戒をしていたから眠いのだろう。ルッキーニも寝て
いる、しかも机の上に毛布を敷いて堂々と。ルッキーニは昼寝好きだ、基地のあちこちに寝床を作り、毎日のように昼寝をしている。夜も自室ではなく、それらで寝ていることが圧倒的に多い。
(寝る子は育つって言うけどな……)
寝ているルッキーニを見ながら優人は苦笑いを浮かべる。
「よっ!久しぶりだな優人」
と頭の後ろで手を組んでいるシャーリーが優人に声を掛けてきた。
「シャーリー、久しぶり」
「聞いたぞ、新人はお前の妹なんだってな?」
興味津々のシャーリー。新人が優人の妹だということは既に基地全体に知れ渡っている。
「ああ、まさか坂本が妹をスカウトするとは思わなかったよ」
「嬉しそうだな、このシスコン!」
「うるさいな……」
シャーリーのからかいに眉をひそめる優人。自覚はしているものの、他人から言われるのは嫌らしい。
シャーリーとの会話が終えると最前列で愛刀を手にかけている坂本の隣に座った。後ろの席にはペリーヌが座っている、優人が席に座った途端に彼女からプレッシャーを感じたのは気のせいではないだろう。
「優人おひさ~!」
また誰かに声を掛けられ、優人は声がした方へ目をやる。
「ああ、久しぶりハルトマン」
優人は声の主に挨拶を返す。彼に声を掛けたのはハルトマン、離れた席から優人に手を振っている。隣にはバルクホルンが座っている。
「バルクホルンも久しぶり」
「ああ」
優人はバルクホルンにも挨拶するが彼女からは相変わらず素っ気無い返事が返ってきた。
(俺なんか嫌われることしたか?)
バルクホルンと話す度に優人は同じことを考える。しかし、心当たりは何もない。優人は溜め息を吐くとハルトマンに向き直った。
「聞いたぞ、俺達が留守の間に撃墜数が200機になったそうだな。すごいじゃないか!」
「でしょ~?もっと褒めてくれてもいいんだよ?」
優人から賞賛され、えへんと誇らしげに胸を張るハルトマン。
「さすがは501Wエースのひとりだな!バルクホルン共々、頼りにしてる」
「じゃあ、そのエースにお菓子恵んで!」
「調子に乗るな」
優人に一蹴され、ハルトマンは膨れっ面で不平を言う。
「ええぇ~!優人のケチ~!お菓子頂戴!お菓子お菓子お菓子ぃ!!」
「あ~あ~!なぁんにも聞こえないなぁ!」
優人は両耳を塞ぎ、わざとらしく聞こえないふりをする。少し意地が悪い。
「ハルトマン、静かにしろ」
「ちぇ~……」
バルクホルンに注意され、ハルトマンは口を尖らせながらも大人しくなる。そのタイミングを狙ったかのようにミーナが芳佳を連れて部屋に入ってきた。壇上に上がるとミーナが手を叩いた。
「はい皆さん注目。今日から皆さんの仲間になる新人を紹介します」
全員の視線が集まったところでミーナは説明を始めた。
「坂本少佐と宮藤大尉が扶桑皇国から連れてきてくれた、宮藤芳佳さん。宮藤大尉の妹さんよ」
「宮藤芳佳です。よろしくお願いします!」
皆に向かってお辞儀をしながら元気の良い挨拶をする芳佳だが、身体の正面で手がぎゅっと握られているところを見ると緊張しているようだ。
(似てない兄妹だな……)
シャーリーは優人と芳佳を見比べる。確かに二人はあまり似ていないがそういう兄妹もいるだろう、と深くは考えなかった。
「階級は軍曹になるので、同じ階級のリーネさんが面倒見てあげてね」
「あっ、はい……」
ミーナの指示にリーネはどこか浮かない表情で返事をすると顔を伏せる。
「はい、じゃあ必要な書類、衣類一式、階級章、識票なんかはここにあるから」
そう言いながらミーナは必要なものが入った木箱を見せた。芳佳はその上に置いてあった拳銃、ワルサーPPKを見て表情を暗くする。
「あの」
「はい?」
「あの、これは要りません」
芳佳は拳銃をミーナに返す。
「何かの時には持っておいた方がいいわよ」
「使いませんから……」
「そう」
ミーナは少し心配そうな顔をしたが、持つこと拒否する芳佳から拳銃を受け取った。
(そういえば、戦争や銃みたいな人を傷付けるものが嫌いだったな)
優人は芳佳が武器や戦争に嫌悪感を抱いていることを思い出していた。父の死によってそれが強くなることは想像に難くない。
「はっはっはっはっ!おかしなやつだな!」
坂本が高笑いする。
「何よきれいごと言って。ねぇ、どう思う?」
「んぁ?」
ペリーヌは芳佳の行動に毒づき、後ろのルッキーニに問い掛ける。しかし、先程まで寝ていたルッキーニは寝ぼけた反応しかしなかったため、ペリーヌは癇癪を起こす。
「なによなによ!」
そう言ってブリーフィングが終わっていないのに部屋から出て行ってしまうペリーヌ。机の上で寝ていたルッキーニといい、普通ならば許されることではないがミーナは苦笑いを浮かべるだけだった。
「あらあら、仕方ないわね。個別の紹介は改めてしましょう……では解散!」
ミーナが表情を引き締めてそう告げると全員が起立、気をつけの姿勢になる。ミーナは全体を見回すと何も言わずに部屋から出ていく。
「ひゃあっ!!」
ミーナが去った後、キョロキョロしていた芳佳が悲鳴を上げた。ルッキーニが芳佳に飛び付き、胸を揉んでいたのだ。ルッキーニの行為に芳佳は顔を真っ赤にする。
(あれ?ルッキーニはいつの間にあそこに?)
優人は一瞬で壇上に現れたルッキーニと彼女が寝ていた席を交互に見る。
「どうだ?」
「残念賞……」
シャーリーの問い掛けにルッキーニが残念そうに答える。
「リーネはおっきかった」
そう言ってニヤつきながらリーネを見るエイラ、リーネは顔を赤くして恥ずかしそうに俯く。
「あっはははは!私ほどじゃないけどね」
シャーリーは笑いながら自身の豊満な胸を持ち上げる。
芳佳は少し複雑そうな表情で自分の胸を触る。残念賞と言われたのを気にしているようだ。
「私はシャーロット・イェーガー。リベリオン出身で階級は大尉だ。シャーリーって呼んで」
「はい」
右手を差し出しながら自己紹介をするシャーリー。芳佳が返事と共に握手する。しかし、シャーリーが悪戯で思いっきり握り返したため、芳佳は痛みで顔を歪めた。
「あっはははは!食べないと大きくなれないぞ!」
胸を張って豪快に笑うシャーリー。芳佳は彼女の胸を驚いたように見る。大きくなれないとは胸のことを言っているのか、体格のことを言っているのか、恐らくは前者だろうが。
「つまんな~い。優人も全然なかったし、兄妹揃って残念~」
「だから、俺は男なんだけど……」
シャーリーに抱きつき、彼女の胸に顔を埋めながらぶー垂れるルッキーニ。優人が呆れていると今度はエイラが芳佳に挨拶をした。
「エイラ・イルマタル・ユーティライネン、スオムス空軍少尉。こっちはサーニャ・リトヴャク、オラーシャ陸軍中尉」
立ったまま眠っているサーニャを支えながら自分と彼女の自己紹介も代わりに行うエイラ。自分がまだ挨拶をしていないことに気付いたルッキーニも続く。
「あたしはフランチェスカ・ルッキーニ!ロマーニャ空軍少尉!」
「よ、よろしくお願いします」
律儀にお辞儀をする芳佳。全員の挨拶が終わると坂本が口を開いた。
「よし!自己紹介はそこまで!各自に任務につけ!リーネと宮藤は午後から訓練だ」
「はい!」
芳佳はハキハキと返事をする。
「返事だけはいいな!」
坂本はそう言って微笑むとリーネに向き直る。
「リーネ、新人に基地を案内してくれ」
「……了解」
芳佳とは対照的におずおずと返事をするリーネ。芳佳は改めてリーネに挨拶する。
「私、宮藤芳佳。よろしくね」
「リネット・ビショップです」
挨拶を交わすとリーネが案内を始める。他の隊員達も各々自由行動に移った。
◇ ◇ ◇
501基地内の隊長執務室。そこではミーナと優人の二人がそれぞれの机の上に重ねられている書類を黙々と片付けていた。カリカリカリカリ、と筆を走らせる小さな音が室内に響く。
501部隊の隊長であるミーナはその立場上、毎日のようにデスクワークに追われている。彼女を手伝うことも優人の仕事だ。本来ならば、坂本がやるべきなのだろうが根っからの武人肌である彼女はデスクワーク面ではあまり頼りにならない。
「一息つきましょうか?」
書類が半分に達したところでミーナが口を開いた。
「うん……そうする」
グロッキー状態になりつつある優人は力なく返事をする。
「あなたは砂糖とミルクが入った方が好きよね?」
「あ、ありがとう」
優人はプルプル震える手でカップを受け取る。彼はかなりの甘党であり、コーヒーをブラックで飲むことが出来ない。優人は砂糖とミルクたっぷりのコーヒーを口に含むと手の震えが止まり顔も笑顔に変わる。疲れているとはいえ、コーヒー1杯でここまで幸せそうな顔をする人間も珍しい。
「はぁ……」
ミーナがコーヒーカップを片手に溜め息を吐く。単に書類の疲れだけではなさそうな彼女の表情。
「何かあったのか?」
ミーナの様子が気になった優人はカップを机の上に置くと訊ねた。
「えっ?」
「いや、何か気にかかってるみたいだからさ」
と、優人に訊かれたミーナは言葉に詰まらせるが「いずれ分かることだから言うけど」と話を始めた。
「総司令部の判断であなたは別の部隊へ異動になりそうなのよ」
「異動?どこへだ?」
「ワイト島へよ」
「ワイト島?ワイト島分遣隊か?」
優人は目を丸くする。ワイト島はブリタニア本島南岸に隣接し、501基地の西に位置する小さな島だ。気候は温暖で温泉も湧いているが、それ以外は何もない。配置されているワイト島分遣隊も二線級として扱われている。
「まだ正式な辞令は出ていないから、すぐにではないけれど……」
「おいおい、俺が何をしたって言うんだ?」
納得がいかない優人。彼は基本的には命令や規則を遵守しており、問題という問題を起こしたこともない。上層部の人間に目をつけられる覚えもなく、自身が僻地へ左遷される理由がわからなかった。
「 私達の上官、マロニー大将があなた達兄妹の配属に関して、リベリオンのサリヴァン姉妹の件を持ち出したのよ」
「トレヴァー・マロニー、ブリタニア空軍大将」
マロニーの名前を口に出すと同時に不快そうに顔を歪める優人。ミーナもやれやれ、といった感じで溜め息を吐くと詳細を話始めた。
「サリヴァン姉妹のように血を分けた兄妹が同じ部隊に配属されて、兄妹揃って死ぬようなことがあれば連合軍のいい恥さらしだ……とのことよ」
サリヴァン姉妹。揃って同じ航空ウィッチ部隊に配属され、欧州で戦っていたリベリオンウィッチ5人姉妹のことだ。
彼女達は“姉妹で力を合わせてネウロイと戦いたい”と主張した。
新興国故に慢性的なウィッチ不足に陥っていたリベリオン軍は本人達の希望を受け入れ、姉妹5人を同じ部隊に配属した上で大々的に宣伝した。
この時点では軍上層部の温情による、美談とされていたが、1942年に姉妹が全員戦死したことで裏目に出てしまう。主戦場の欧州から離れていたリベリオンでは反戦意識を抱く国民が少なくなかったために、これらの温情や美談が非難の的となってしまった。
「表向きは……だろ?」
「おそらくは、西部戦線における扶桑の影響力が強くなることを警戒してのことでしょうね」
最前線で戦う自国のウィッチやウィザードの数が多いほど、その国の発言力が強くなる。
501部隊に参加しているブリタニアウィッチこそリーネだけだが、同部隊の基地がブリタニアに置かれ、補給の大半もブリタニアが担っている。それ故に501部隊の運用や西部戦線に対して強い発言力を持っている。
そして、ブリタニア空軍における実質的最高指導者の立場にあるマロニーにとって、他の国が台頭してくることが面白くないのだ。
「あなたや美緒の上官の赤坂中将は隷下の艦隊や航空ウィッチ隊の欧州派遣に積極的だもの。マロニー大将は目障りに思うでしょうね」
「つまり、とばっちりか」
「助けてもらったら?」
渋面になっている優人にミーナが提案した。
「赤坂長官にか?」
「お父様の代からの個人的な付き合いがあるんでしょ?何よりストライカーユニット開発という多大な貸しがあるもの、やってくれるわよ」
そう言ってコーヒーを口に含むミーナ。総司令部からの命令と言ってもマロニーの独断ようなものだ。取り消すなら今しかないだろう。
それにどういうわけか最近ネウロイの襲撃が不定期になり始めている。そんな時期に人員が減るのは部隊にとっても痛いことだ。それでなくても、統合戦闘航空団は個人の特殊な能力を戦略に組み込んでいるため、一人欠けるだけで部隊全体の能力が大きく変動する可能性がある。補充要員が来ても元に戻せるとは限らない。
「でもな……」
「妹さんを自分の目の届く範囲に置いておきたいでしょ?」
「……直訴してみるかな」
ミーナに痛いところを突かれた優人は少し考えてから決断する。
「私だってあなたにいなくなられたら寂しいもの。1人だと書類仕事大変だし……」
「後者の方が本音だろ?」
「あら?そんなことないわよ」
クスクス、と笑いながら自分を見るミーナを優人はジト目で見つめ返した。
ワイト島分遣隊の話を書いてはいたのですが、どのみち優人はすぐに501へ戻るので必要ないかなと思い、こちらの話を投稿しました。
申し訳ありませんorz