一応言って置きますが、ウィッチーズは優人とミーナの2人を心配しております。
決して優人の心配ばかりをしているわけではありません!決してっ!
1944年9月、帝政カールスラント北海沿岸地域――
「イテテテ……」
扶桑皇国海軍ウィザード――宮藤優人大尉は、井戸で水を汲んでいた。時折苦悶の色を顔に滲ませ、痛みを口にする。
作戦行動中に仲間達と逸れてしまい、敵の勢力下で孤立状態に陥った優は、戦友兼上官であるカールスラント空軍ウィッチ――ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐と、ネウロイ占領下にある帝政カールスラント沿岸の街――正確に言うと、街中のとある建物に身を隠していた。
街はネウロイ化したグラーフ・ツェッペリンと交戦した空域の近隣に位置し、人の手を離れたことと、過去に対ネウロイ戦の戦場になったことですっかり廃墟と化している。
此処彼処に散らばる膨大な量の瓦礫と放棄された各種兵器、銃弾や砲弾の空薬莢。
砲撃、若しくは爆撃によってできたでだろうクレーターに雨水が注がれてできたのであろう巨大な水溜まり。
軍人とも民間人ともつかない白骨死体までもが、辺りに転がっている。
水を汲んだバケツを片手に“隠れ家”へ向かう途中、優人は白骨死体と遭遇する度に手を合わせ、名も顔も知らぬ人々の冥福を祈った。
先述の通り。廃墟なので、当然食べ物等の生きる上で必要な物資は殆んど残っていない。
しかし、不幸中の幸いとでも言うべきか。飲める水が残った井戸と身を隠せる建物が見つかり、さらに街や街の周辺には、グラーフ・ツェッペリンは疎か他のネウロイの姿もなかった。
この地域には元々ネウロイがいなかったのか。ガリアへ上陸した西部方面統合軍第一陣を迎え撃つため移動したのかは不明だが、非常に有難いことだ。
それにしても、優人はよくよくウィッチと2人きりで取り残される機会に見舞われている。
ワイト島基地出向時にも、リーネの姉にしてファラウェイランド空軍のベテランウィッチ――ウィルマ・ヒジョップ軍曹と、名も無き小島の飛行場にて嵐をやり過ごしていた。
相違点が存在するとすれば、前回が人類の制空下で遭難なのに対し、今回は敵の支配地域に孤立しているということ。危機感と緊迫感に大きな差がある。
さらに、ウィルマの時は下着姿までだったが、今回は退っ引きならない事情でミーナの全裸姿を拝んでしまっていること。また、彼女の生パイを直接触ってしまったこともそうだ。
「ミーナの機嫌、直ってるといいなぁ……」
隠れ家として利用させてもらっている扶桑建築物の前まで来た優人は、出掛ける前のやり取りを思い出して溜め息混じりにぼやく。
顔に再び激痛が走り、気分が少しばかり落ち込む。かと思えば、ミーナの胸を掴んだ際に知覚した得も言われぬ感触と温かみが右手に甦り、一転して幸福な気持ちになる。
さすがに501の爆乳コンビであるシャーリーとリーネには及ばないものの、実り具合はかなりのものだった。
優人自身の目算によると、ミーナの胸は坂本やバルクホルンよりも大きく、十分巨乳と形容できるサイズだった。
大きさはもちろん、乳房の色も張りにも素晴らしいものがあり、それでいてマシュマロのような柔らかさも兼ね備えている。
「柔らかかったなぁ……って、いやいや!」
ブンブンと首を激しく振り、優人は己の頭の中から邪念を追い出そうとする。今はそんな邪な考えを抱いている場合ではないのだ。
しかし、彼は扶桑海軍を代表するエースウィザードである前に健全な青少年。「考えな!考えな!」と頑なになれば成る程、邪な思考と悩ましい妄想が脳裏を駆け巡る。
就寝時に着る薄手キャミソール。海上訓練時の大胆な白色の紐ビキニ。亡き想い人から数年越しに贈られた胸元と背中が大きく開いたワインレッドのイブニングドレス。先程目にした着物風ガウンを着たミーナ。過去に目にした501司令の艶姿が次々と蘇ってくる。
凹凸がハッキリし、芸術品の如き曲線美を描く女性的なスタイル。胸の大きさだけならシャーリーやリーネの方が上だろうが、総合的なプロポーションでは寧ろミーナの方が上である。その美貌や歌唱力も相俟って女優としても通用しそうだ。
遂には一糸纏わぬ姿のミーナまでもが脳内に現れ、恍惚な表情で語りかけてきた。魅惑的な声音で優人を誘わ――。
「あ~!んなこと考えるな!作品を通常投稿出来なくなるだろうが!このスケベ!痴漢!変態!自重しろぉ!」
メタな発言と共に己を激しく叱責し、汲んで冷たい井戸水着を頭から被る。
強引なやり方ではあるが、取り敢えずは変態的な思考を頭から追い出すことには成功した。第二種軍装はびしょびしょになったが……。
孤立状況下の不安やストレスか。もしくは、昨日天城にてインペリアルウィッチーズの司令に誘惑されたためか。以前よりも悪癖が重度化してしまっている。
いつか妹やウィッチの友人達に愛想尽かされてしまうのではないかという不安を抱きつつ、優人は水を汲み直すため井戸へ引き返した。
◇ ◇ ◇
同時刻、北海洋上・空母天城――
扶桑皇国海軍遣欧艦隊所属の大型空母――赤城型航空母艦“天城”と、帝政カールスラント皇室親衛隊隷下の同型艦“ドクトル・エッケナー”。
所属の異なる二隻の大型空母は、臨時の戦隊を組み大西洋付属の海を遊弋していた。
「……んぅ…………」
空母天城の艦内に存在する船室の一つで、宮藤芳佳は目を覚ます。
口元に手を当て、「ふぁ~っ」と可愛いらしい欠伸すると、反対側のベッドで眠っている兄に語り掛けた。
「おはよう、お兄ちゃ――」
芳佳は眠たい目を擦りながら、大好きな兄がいるはずのベッドに視線を移す。途端、彼女は言葉も動きもピタリと止める。
隣にいるはずの兄――優人の姿が無く、またそれによって彼が現在行方不明であることを思い出したのだ。
「…………そっか、そうだったよね……」
のほほんとした表情が、一転して沈痛な面持ちへと変わる。暫し顔を伏せていた芳佳だが、やがて力無き所作でベッドから起き上がり、優人の使っていたベッドに歩み寄った。
昨晩は誰も使わなかったベッド。文字通り使用感が無く、シーツも毛布も綺麗に整っている。芳佳がいつ帰って来ても良いようにと、整えていたのだ。
ジッとベッドを見据えていた芳佳は、不意にフラッと気を失うかのように倒れ込む。
「………………」
無言のままベッドに顔を擦り付け、真っ白なシーツを両手で握り締める。
シーツは前回使った後で洗濯・交換されているが、芳佳にはまだベッドに兄の温もりと匂いが残っている気がした。
「お兄ちゃん……お願いだから帰ってきてよ……」
目頭が熱くなり、瞳に涙が浮かぶ。溢れ出たそれは微かな熱を伴って頬を伝い、シーツへ流れ落ちて染みを作る。
以前にも、こんなことがあった。優人が海軍に志願して舞鶴へ行った後、大好きな兄がいなくなってしまった芳佳は日々悲しみに暮れていた。
幼い芳佳は兄のいない生活が堪えらず、毎夜のように優人の使っていた布団で眠っていた。仕事で渡欧していた父親は死――実際は生きていたのだが――を伝えられたこともあり、絶えず涙を流していた。
家族や再従姉妹である美千子の支えもあり、成長するにつれて少しずつ落ち着いていったものの、やはり優人不在の寂しさを紛らわせるには至らなかった。
それ故に数ヶ月前に優人と再会し、ブリタニアの501基地で一緒に暮らすようになったことが嬉しくて嬉しくて。芳佳は会えなかった分だけ兄と一緒に過ごした。寂しかった分だけ優人に随分と甘えた。
芳佳は優人が好きだ。大好きだ。その“好き”がどういった類いのものか、芳佳自身判然としない。しかし、家族や友人、今まで知り合った大勢の人々の中で一番なのは間違いない。
そんな兄と誰かを守るため共に戦うことを、芳佳は強く望んでいる。反面、死別という最悪の形で永遠の別れが訪れてしまうことを心底恐れてもいた。
この感情は優人がネウロイに撃墜され、一度生死の境を彷徨ったことで一層強くなった。
今この瞬間も、優人はミーナと共に敵の支配地域で孤立し、命の危機に晒されている。
何で一緒に残らなかったのだろう。何故ウォーロックが暴走したの時のように兄妹2人で戦わなかったのだろう。そう考えれば考えるほど、慚愧の念に駆られて胸が締め付けられる。
出来ることならすぐにでも艦を飛び出し、優人とミーナを探しに行きたい。零式の航続能力ならば、余裕を以て捜索することが出来るはずだ。
しかし、芳佳にはブリタニアでの苦い経験があり、考えるより先に行動する彼女の決意を鈍らせていた。
ブリタニアの戦い終盤で、芳佳は独断専行や命令無視を重ねていた。その結果、上官でもあった優人を負傷させてしまっている。
また、ブリタニア空軍ウィッチ隊総監――同空軍戦闘機軍団司令官や第501統合戦闘航空団の上官も兼任――でありながら反ウィッチ派の急先鋒で、戦果を上げ続ける501部隊を目の敵にしていたトレヴァー・マロニー元大将にも付け入る隙を与え、ストライクウィッチーズ解散という最悪の事態を招いてしまっていた。
胸から大量の血を流して浜辺に横たわった兄の姿と、501解散を告げた際のマロニーの声は、時間が経った今でも、恐怖と戒めの対象として芳佳の目と耳に焼き付いている。
おそらく、これからも消えることはない。一種のトラウマとして心に刻み込まれてしまっているのだから……。
自らの勝手な行動のせいで兄と仲間に多大な迷惑を掛けて起きながら、懲りずに同じことを繰り返すほど宮藤芳佳は愚か者ではない。
一頻り泣いた芳佳は起き上がり、涙を拭う。気持ちを切り替えるため、両手で頬をパンパンッと叩いて気合いを入れる。
「よし!」
いつまでも泣いているわけにはいかない。扶桑に帰ったら実家の診療所を手伝いながら、医学校入学を目指して頑張るんだ。
これからは甘えるだけの妹じゃない。治癒魔法と医学を駆使して、たくさんの人を助けるんだ。ベテランウィザードである兄に釣り合うような妹になるんだ。
きっと兄もミーナ隊長と一緒に頑張っているはずだ。自分は今自分に出来ることをするべきだろう。
気を強く持ち直した芳佳は次に時計を確認する。だが直後、その表情は青ざめる。
「もう、こんな時間!?……大変!」
疲弊した身体に鞭打って治癒魔法を使い続けたツケを支払わされたらしい。起床時刻はとっくに過ぎていた。
慌てた芳佳は、薄緑色の甚平からセーラー服に着替えると、髪に寝癖をつけたまま船室を飛び出して行ったのだった。
◇ ◇ ◇
ところ変わって、再び帝政カールスラント西部北海沿岸地域――
「ただいま~……」
水を汲み直して来た優人は、自分の家に入るかのような気楽さで入り口の引き戸を潜り、純和風仕立ての建物の中へ身を滑り込ませる。
期待していたわけではないが、屋内からは「ただいま」に対する返事はなかった。
「こんな形でホテルを貸し切ることになるなんてな……」
かつてはロビーとして使われていたであろう空間を見渡し、優人は肩を竦める。
彼とミーナがネウロイから身を隠すために利用しているのが、このカールスラントの街並みには不釣り合いな扶桑式の建築物だった。
営業スタイルや建築等に扶桑文化が多く取り入れられており、宿泊施設としてはホテルというより旅館に近い。
当然ながら経営陣や従業員等は街の住民と共にノイエ・カールスラントへ疎開していると思われるので、建物内は人ひとりいない。優人が言った通り、貸切状態となっている。
多少埃っぽいものの、廃墟と化している他の建物と比べると状態がかなり良く、衣類や寝具等の備品も数多く残されていた。
人間の避難を優先したために最低限の荷物以外は全て置いていったのだろう。
“地獄に仏”とは、まさにこのことだ。せっかくなので利用させてもらっている。
ストライカーユニットや携行火器等の装備も、このロビーに置いていた。優人のS-18対物ライフルやミーナのMG42Sは残弾こそ乏しいものの、目立った損傷は見当たらない。問題なのは寧ろインカムとストライカーユニットだろう。
2人共インカムわ紛失してしまい、ストライカーユニットもミーナのBf109G-2は健在だが、優人の紫電改は左右両方のユニットが大破してしまっている。
せっかく待ちに待った新品・新型のストライカーユニットが支給されたというのに、マッドサイエンティスト染みた父親の危険な実験に利用されるわ。戦闘中に想定外の状況が元で損傷するわ。散々な目に遭っている。
ここまでくると、紫電改に乗り替えたことでかつて愛機達――扶桑海軍の前主力ストライカーユニットな零式艦上戦闘脚シリーズ――から呪われている気がしてならない。
「お?」
ふと優人はフロントの前で立ち止まった。フロントデスクには写真立てが2つ置かれており、片方には経営者夫婦らしき男女の仲睦まじいツーショット写真が収められている。
どうやら、カールスラント人の女性と結婚した扶桑人の男性がこの地に移住し、夫婦でホテルを経営していたらしい。
夫婦は歳の差婚だったようで、奥さんは見た目が旦那さんよりも大分若々しい。何より、かなりの美人だ。
もう片方の写真立てには、夫婦の他に娘を加えた家族写真が収まっていた。
角刈りで強面の頑固そうな年配の父親と、金髪碧眼の目麗しい母親。そして、母親とよく似た容姿の娘が2人の間に立ち、カメラに笑顔を振り撒いている。
当然、経営者家族の姿は見当たらない。ネウロイ侵攻時にブリタニア、若しくはバルトランドへ避難したのだろうか。
「少しの間、ホテルを利用させて頂きます。礼はまたいずれ……」
フロントデスクに写真立てを戻すと、優人は深々と頭を下げる。
律儀な一面を見せた扶桑海軍ウィザードは、ミーナのいる客室へ向かって歩を進める。
(それにしても、奥さんと娘さん。親衛隊のホフマン大尉にそっくりだな…………)
インペリアルウィッチーズの中で一番印象の悪いウィッチの顔を思い浮かべて、優人は心中でそう独り言ちた。
◇ ◇ ◇
(もう、お嫁にいけないわ……)
第501統合戦闘航空団『ストライクウィッチーズ』司令――ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐は、一晩眠っていた客室の敷き布団に伏臥位の姿勢で身を沈めていた。
枕に突っ伏し、熱を全体に帯びた顔を純白の寝具へ強く押し付けている。
部隊指揮において常に凛々しく。そして、毅然と振る舞っている“女侯爵”は、すっかり使い物にならなくなってしまっている。
不慮の事故とはいえ、扶桑海軍ウィザードに胸を――それも服越しや下着越しではなく素手で直に揉まれたのだ。無理もない。
501で優人に乳房を触られたのは、ミーナ以外ではリーネくらいだろう。尤も、リーネの場合は意外にも立ち直りは早かったが……。
(胸を触られて……しかも服を脱がされて、裸まで見られて。そんなことクルトにだってされたことないのに……)
昨日。ネウロイ化したグラーフ・ツェッペリンとの戦闘中に気を失った彼女は、危うく落下しかけたところを共に殿を務めていた優人に救われていた。
空中で抱き止められたミーナは彼と共に街へと降り立ったのだが、優人のストライカーユニットはグラーフ・ツェッペリンの攻撃で大破してしまい、地上へと不時着したのだった。
しかも悪いことに。降りた先にあったのが例の雨水が溜まったクレーターで、そこに飛び込んだ優人とミーナの服と身体はびしょ濡れになってしまった。
幸いにも、優人が様々な物品が残されたこのホテルを見つけてくれたので、着替えとネウロイの目から逃れる隠れ家を同時に確保出来た。
のだが、一つ問題があった。戦闘中に気を失ったミーナが次に目を覚ましたのがこの客室であり、彼女には自力で濡れた服や下着を脱いだり、着物風ガウンに着替えた記憶がない。
彼女の意識が戻る前に誰かが着替えさせてくれたのだろうが、敵地で孤立中の現状でそれが出来るのは1人しかいない。そう優人だ。
わざわざ本人に訊いて確かめるまでもない。状況証拠からして100%間違いなく、疑いようもなく彼である。
濡れたままにはしておけないと意識を失っているミーナから衣服や下着を脱がし、髪や身体から水分を綺麗に拭き取った上でガウンを着せたのだろう。
優人自身良かれと思ってやったことだが、本人の知らぬ間に全裸に剥かれた事実は、ミーナの心を羞恥の沼へと沈めてしまっている。
無論、ミーナとて。件の扶桑海軍ウィザードが、自分に意識が無いのを良いことに、不埒な真似を働いたなどとは思っていない。優人は人並み以上にスケベである一方で、しっかりと自制心を働かせることの出来る人間だ。
事実、制服やシャツのボタンを外した時も。ズボンを下ろした時も。女物故扱いに手子摺ったブラを脱がせた時も。美しい髪や豊かな肢体をタオルで拭いた時も。衣類や下着類よりを屋内で干した時も。優人は理性を総動員して己を律し、際どいながらもなんとか紳士として振る舞い切ることが出来た。
まぁ身体を拭いている最中、優人の手がタオル越しに尻やら太腿やら乳房やらにやたらと触れていたように見えたが、きっと気のせいだろう。扶桑海軍ウィザードに疚しいところなど何もないのだから……。
――コンコンっ!
「ミーナ、優人だけど。入ってもいいかな?」
「優人!?え、ええ……どうぞ!」
ふと襖越しに件の扶桑海軍ウィザードの声がした。ミーナは布団から跳ね起きると、上擦った声で返事をする。
襖が開かれ、やや緊張した面持ちの優人が遠慮がちに入室する。
「な、何かしら?」
前述の乳揉みの件を気にしているらしい優人を配慮するつもりで微笑を浮かべるミーナだったが、彼女もあまり心に余裕が無いためか。笑顔が引き攣ってしまっている。
「これ、良かったら……」
と、優人は井戸の入ったバケツをミーナに向かって差し出す。淵には清潔なタオル掛けられていた。
「これは?」
「ほら、昨日は風呂に入れなかったからさ。代わりに身体を拭いたらどうかなって?」
後頭部を掻きながら照れくさそうに告げる優人の言葉を受け、ミーナはハッとなる。
彼女も優人も昨日の戦闘や就寝時に大量の汗を掻き、水溜まりにも落ちている。にも関わらず、入浴の出来ない状況にあった。
ウィッチである前に花も恥じらう乙女であるミーナ。身体が匂ってしまうのでは、とを気にしているはず。
そう思い立った優人の彼なりの配慮であり、胸を触ったこと。やむを得ぬ事情で寝ている間に好き放題やってしまったことへの詫びの印だった。現状ではこれくらいのことしか出来ない。
一方でミーナは、優人の気遣いに感謝すると共に。今の自分は多少匂っているのではないか、という不安に駆られていた。
優人の想いとは裏腹に、彼の心遣いは裏目に出てしまっていたのだ。
「あ、ありがとう。使わせてもらうわ」
謝意を告げてバケツに手を伸ばそうとするミーナだが、不意に全身から力が抜け、前のめりに倒れてしまう。
「――っ!?ミーナ!」
「あっ……」
優人が咄嗟に身体を動かし、ミーナを抱き留める。自分を包む腕の温もりと、胸板越しに優人の心臓の鼓動を感じ、ミーナは頬を微かに紅潮させる。
「大丈夫か?」
「え、ええ……ありがとう……」
ミーナは消え入りそうな声で礼を述べる。一定のリズム刻む心臓の動きを超至近距離で感じ、ミーナの心臓もまた早鐘を打ち出し始める。
「…………ごめんな」
「えっ?」
唐突な優人の謝罪を受け、ミーナは反射的に顔を上げる。今度は眼前に扶桑海軍ウィザードの顔が現れた。それも互いの息がかかり、鼻の先が触れ合うほど近くに……。
同年代の異性との密着状態を先程よりも強く意識したことで、ミーナの心臓が暴れ出さんばかりに高鳴る。
「ミーナが、俺が思っていたよりもずっと疲れていたこと。気付けなくて……」
そう言って、優人は抱き締める腕に力を込めた。グラーフ・ツェッペリンとの戦闘でミーナの動きがやたらと鈍かったのは、大戦初期から本日に至るまでの間に蓄積した疲労が原因だった。目立った怪我が無いにも関わらず、一晩中死んだように眠っていたことこそ、その証左であろう。
しかも、このところの慣れない空母生活。波に揺れる艦内の船室のベッドで眠っても十分な休養にはならなかったらしい。
ミーナ自身もまた、多忙さのあまりに感けて気付くことができなかった。或いは、己の身体を気に掛ける余裕もなかったのだろう。
優人はデスクワーク等で度々ミーナの傍らにいたにも関わらず、気付くことが出来なかった自分に腹が立っていた。
「優人……」
「大丈夫。ミーナのことは俺がちゃんと守るから、敵地で孤立していても心配要らないから。今は、今だけはゆっくり休んでくれ……」
優しく語り掛けてくる優人の真摯な瞳に見つめられ、ミーナは胸の奥がむず痒くなるのを知覚する。
かつての想い人であるクルトや秘かに心の支えとしていた坂本美緒に対して抱いた感情によって引き起こされたものだった。
「…………優人」
「ん?」
「今の私、お風呂に入ってないの。だから、その……変に匂ったりって……?」
「しないよ。いつも通りの良い香りさ」
「…………そう……」
広義的には立派なセクハラ発言である優人の言葉ではあるが、ミーナは何処かホッとしていた。そして、再び彼の胸へ顔を埋め、ちょっとしたお願いをする。
「少し眠りたいわ。しばらくこうしてくれるかしら?」
「ご命令とあらば」
「そんなんじゃないわよ。もう……」
ミーナは不満を漏らしながら軽く膨れる。疲労のせいか少し子どもっぽくなっている。
やがて目を瞑り、寝息を立て始める。扶桑海軍ウィザードの胸に抱かれたミーナは深い眠りに就いた。
その表情はとても柔らかく、安心しきっているように思えた。心を許した相手にしか見せない無防備な寝顔と言えよう。
流石の優人も、この時ばかりはミーナに対して邪な感情を抱かず、まるで恋人を守るかのように静かな一時を過ごすのだった。
◇ ◇ ◇
夕刻、北海洋上――
天城の同型航空母艦で、カールスラント皇室親衛隊の指揮下にある大型空母――ドクトル・エッケナー。その艦内にあるインペリアルウィッチーズ専用の食堂では、自由ガリア空軍第602飛行隊から第501統合戦闘航空団へ派遣されている航空ウィッチ――ペリーヌ・クロステルマン中尉が、ホストであるインペリアルウィッチーズ司令――悠貴・フォン・アインツベルン親衛隊大佐と8人掛けのテーブルを挟んで向かい合っている。
同じ軍艦内の食堂でも、天城のそれとは趣がかなり異なっている。軍艦内に設けた一室というよりは、まるで一級の調度品が揃えられた貴族邸の一角のようだった。
テーブルは本物のオーク製。ナイフやフォーク、他の食器類も全て一流ブランドで統一さている。
どうやらこの食堂も、政治色の強い皇室親衛隊やインペリアルウィッチーズにとって重要な備品の一つらしい。
しっかり教育された給仕係や埃一つ見当たらない高級絨毯からは、艦長及び幹部クルーの目配りの良さが窺えた。
「クロステルマン家。ガリア共和国パ・ド・カレーの領主にして、代々ウィッチを輩出してきた名家」
親衛隊大佐が噛み締めるように独り言ちる。向かいの席に悠然と腰掛ける悠貴の所作は、礼節を身を守る手段だと理解し、言葉と場の雰囲気が他者を意のままに操る武器と心得ている女のものであった。
ペリーヌとって悠貴という名のウィッチは、初対面時から得体の知れなかった。
大人びた雰囲気。柔和な笑顔。それらは501司令のミーナも同様に持ち合わせているものだが、悠貴のそれは何処か影が覗き、己の本心を悟られまいとする人間が身に付ける装いに思えてならない。
その場合は、連日関わりを持つうちに化けの皮が1枚、2枚と剥がれ落ち、少しずつ黒い本心を晒すようなものだが、悠貴の場合はほぼ鉄壁というほど隙がなく、艶やかな微笑で着飾った仮面の下を探らせようとしないのだ。
「あなたとは、是非とも御話がしたいと思っていました。パ・ド・カレーの次期領主殿、御時間頂き感謝致しますわ」
そう語り掛ける悠貴の言葉は、やはり本心とも上辺とも取れるものであった。
彼女の本音は全く分からない。だが少なくとも、親衛隊大佐とガリア空軍中尉の階級差を持ち出すことはなく、ガリア貴族の令嬢であるペリーヌに表面上の敬意を払っている。
しかしながら、その一方で彼女の洗練された礼儀作法は相手にも同等の礼節を要求していた。
ペリーヌは膝に置いた両拳を握り締め、無言のまま強気な感情を宿した瞳を親衛隊大佐へ向けている。身体に力を込めていないと、悠貴のペースに呑まれてしまいそうな危機感と恐怖心を胸に抱いているからだ。
パ・ド・カレー侯爵家の後継ぎと、帝政カールスラント宰相の息女が向かい合って会食する光景は何も知らぬ者の目には上流階級の華やかな一幕に映ることだろう。
だが、実際は豪奢に彩られた空間で顔を突き合わせて腹の探り合いしているに過ぎないのだ。
貴族にしろ。政治家にしろ。軍高官にしろ。お茶や会食等は見た目ほど美しいものでもなければ、心休まるものでもない。
この会食も、ペリーヌにとっては親衛隊主導の尋問に等しいものでしかなかった。
「どうぞ、お召し上がりください」
給仕が配膳を終えたところで、悠貴がスープを勧めてきた。ペリーヌはそれに応じることはなく、親衛隊大佐に向けて真っ直ぐ目を据え続ける。
「侯爵家の令嬢という由緒正しく生まれのあなたに軍の食事は堪えたことでしょう」
「それはあなたも同じではございませんの?」
あからさまな敵愾心を滲ませた発言。赤ワインをグラスに注いでいた給仕の動きがピタリと止まり、悠貴の護衛らしき数名の親衛隊員も鋭い視線をペリーヌの身体に突き刺す。
しかし、当のインペリアルウィッチーズ司令は顔色一つ変えない。ただ艶然と微笑んでいる。
「お怒りのようですね。グレーテルの件でしょうか?」
と、訊ねながら悠貴を腕を組む。親衛隊の黒い制服でも隠しきれない爆乳が交差した両腕に乗る。
「彼女には私の方からキツく言っておきました。今頃は腫れた頬を氷で冷やしていることでしょう」
「結構なことですわ。それで?」
「何でしょう?」
「私は惚けられるのも、回りくどいことも好きではませんわ。要件は別にあるのでしょう?勿体振らずに話して頂けませんこと?」
ペリーヌに促され、悠貴は給仕係や親衛隊員に言外で合図をする。
彼等はそそくさと退室し、贅沢に飾り付けられた空間には宰相の娘と侯爵家の跡取りのみが残った。
「私が今日ここで御話したかったこと。それは……」
悠貴はワイングラスを手に取り、血にも似た液体を中で転がしながら言葉を続ける。
「ネウロイから解放されたこれからのガリアについてですわ。ペリーヌ・クロステルマン」
感想、誤字脱字報告をお願い致します。
RtBのDVDに付属していた全記録にて。原作アニメにおける設定と、作者が独自解釈した設定にいくつかの矛盾が生じたので、今月中に修正します。
本作品の独自設定である帝政カールスラント皇室親衛隊関係の設定はそのままで!