ストライクウィッチーズ 扶桑の兄妹 改訂版   作:u-ya

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エイプリルフールなのに、嘘も面白い文章も思い浮かばない←


第24話「湧き上がる怒り、秘められた殺意」

1944年9月某夜、北海洋上・空母天城――

 

帝政カールスラント皇室親衛隊隷下の空母“ドクトル・エッケナー”と二隻で臨時の空母戦隊を組み、北海洋上を遊弋する扶桑皇国海軍遣欧艦隊所属艦――赤城型航空母艦2番艦“天城”。

その艦内にある会議室では、ネウロックに取り込まれたグラーフ・ツェッペリンに関する対策会議が行われていた。

会議出席者は、同臨時戦隊の作戦指揮官――ゲオルグ・ゾンバルト親衛隊准将と彼の幕僚。及びインペリアルウィッチーズ司令――悠貴・フォン・アインツベルン親衛隊大佐の代理として出席しているグレーテル・ホフマン親衛隊大尉。

天城からは、艦長以下艦内各部署の責任者達と第504統合戦闘航空団『アルダーウィッチーズ』へ赴任予定の竹井醇子大尉。

第501統合戦闘航空団からは、司令不在により臨時指揮官を務めているゲルトルート・バルクホルン大尉と、階級の関係で次席指揮官になってしまったシャーロット・エルウィン・イェーガー大尉が顔を出している。

 

「本国北西部エルベ川河口付近、ここに比較的小規模なネウロイの巣が存在します。ネウロック並びにグラーフ・ツェッペリンがこの巣へ逃げ込んだと、インペリアルウィッチーズ第1飛行隊から報告が上がっております」

 

ゾンバルトは一同の正面に立ち、偵察に出ていたホフマン等インペリアルウィッチーズ第1飛行隊の報告を元に現状を解説していた。

ボードに貼られた欧州西側の地図を指示棒で示し、出席者達の反応を窺う。

天城艦長の青山忠大佐以外の乗員達は懐疑と敵意に溢れた視線を注ぎ、竹井はボードの地図をジッと見据えている。

501からの出席者であるバルクホルンは鹿爪らしい表情を浮かべ、己の胸の前で。隣の席に座っているシャーリーは頭の後ろで、それぞれ腕を組む。

どんな時でも生真面目な堅物大尉に対し、自由を心から愛するリベリオンウィッチは何処か退屈そうだ。

 

「たった二隻の空母でネウロイへ攻め込めというのか!?無謀もいいところだ!」

 

と、天城乗員の中では古参の部類に入る機関長が苛立だしげに声を張り上げる。

機関長が口火を切ったのを機に、艦の主要幹部等も上下関係を無視し、次々と異を唱え出した。

 

「ウィッチの数多いからと高を括っているのか!」

 

「501は指揮官と戦闘隊長が行方不明で、ストライカーユニットの半数が稼働状態にないんだ!」

 

「そもそも巣への攻略は艦隊規模の戦力で実施されるべき作戦だ!」

 

「あんたら親衛隊は、そのことを理解しているのか!?」

 

彼等の言い分は尤もだ。ネウロイの巣を攻略するためには、大勢のウィッチ・ウィザードを含めた戦略規模の大部隊の投入が定石とされている。

天城とドクトル・エッケナーを合わせた艦載航空戦力が、今すぐ出撃可能なだけで19名――竹井、501ウィッチ5名、親衛隊13名――であり、全てストライカーユニットが稼働状態にあれば、さらに4人が戦闘可能となり、総勢23名と航空ウィッチ部隊としては非常に充実したものとなっていた。

しかし、ネウロイの巣へ攻撃を仕掛けるにはまだ足りない。空中要塞たるネウロイの巣を攻略するためには、空陸のウィッチ部隊に限らず、あらゆる兵科の兵力、あらゆる艦種の艦艇を多数編入した戦略規模の戦力を揃える必要がある。

機関長達が言った通り、こちら戦力は空母が二隻。航空ウィッチの数こそ規定(大型空母の場合は4~8名乗艦させる)より多いものの、他艦種の艦艇は一隻も随伴していない。

空母という艦種は、艦上ウィッチや艦上戦闘機等の艦載兵力の恩恵で、戦艦や重・軽巡洋艦よりも遥か遠方の敵を叩くことが出来る。それ故に圧倒的な攻撃力と攻撃範囲を誇っている。

しかし、その反面。防御力は重巡以下であり、高い火力を有する中型以上のネウロイ相手の場合、一発の被弾が甚大な損害に繋がりかねない。

飛行ネウロイとの防空戦闘においては、護衛艦艇の対空射撃が必要不可欠。空母にとって他艦種との連携は死命を制する問題だ。

空母のみで編成された部隊では、如何にウィッチを揃えていようと航空部隊が突破されてしまえば一巻の終わり。

守ってくれる駆逐艦ないし駆逐隊がいなければ、自力で飛行ネウロイを撃退することも、ウィッチが戻ってくるまでの時間を稼ぐことも出来ない。

母艦を沈められてしまったら、ウィッチやその他の航空機隊も帰る場所を失う。

そして、現在の501は司令と戦闘隊長代理を一遍に行方不明となり、隊の士気にも少なからず影響が出ていた。

インペリアルウィッチーズや天城艦攻機隊の懸命な捜索でも見つからなかった。隊の支えである2人の安否が不明である以上、今後の作戦行動に多少の不安が残る。

 

「何も巣を破壊しろ言っているのではない!敵の手に渡ったグラーフ・ツェッペリンを炙り出すこと出来れば良いのです!それならば、一個戦隊程度も十分対処可能である!」

 

「どうやって!?艦の単装砲を巣に撃ち込んだとて、グラーフ・ツェッペリンが都合良く出てくると思っているのか!巣の中に潜んでいる他のネウロイまで呼び寄せかねない!」

 

「どうしても実施するなら、西部方面総司令部に援ぐ――」

 

航海長に続いて異議を唱えようとした砲術長が、途中まで言い掛けて口を噤んだ。

彼の言う西部方面統合軍総司令部は、主立った将官等が正体不明の武装集団によって拘束されてしまい、指揮系統は殆んど機能していない。

その総司令部に代わり、帝政カールスラント皇室親衛隊西方装甲軍司令部が臨時の統合軍司令部となり、西部方面統合軍全軍の指揮を執っている。

親衛隊の人間は殆んどがこの事実を知っている。しかし、正規軍は兵達の動揺や混乱、士気の低下を避けるために竹井やバルクホルン、シャーリー等のウィッチ数名や天城の主要幹部のみにしか知らされていない。

 

「ご存知の通り、西部方面総司令部の命令系統は現在機能していない。そして、これは臨時総司令部たる我が親衛隊の西方装甲軍司令部より下された作戦命令である」

 

ゾンバルトは扶桑海軍将校達の怒りを滲ませた反論を風と受け流し、話を続ける。

 

「あなたがとて。ネウロックやグラーフ・ツェッペリンの恐ろしさを身に染みて理解しているはず。このままヤツを野放しにすれば、解放したばかりのガリアが再び奴らの手に堕ちかねない!すぐにでも叩くべきなのです!」

 

「御言葉だが、准将。あなた方の上官は我々に討ち死にを要求しているようにしか思えない!」

 

「勝算はあるんですか!?具体的な作戦は!?」

 

「艦長と副長は承服しているのですか?」

 

機関長、航海長、砲術長、そして艦攻機隊指揮官が憤然と声を張り上げる。同時に、主要幹部4名の視線が一斉に天城の艦長と副長の両名へ注がれた。

一昨日の晩――悠貴と2人きりで一夜を過ごして――から心がすっかり何処かへ行ってしまっている青山艦長に声を掛けることも、自分達に詰問する部下の誰とも目を合わせられず、天城副長の田代中佐は軍帽を深く被って目元を覆う。

既に一線を引いた航空母艦が、僅か二隻でネウロイの巣へ攻勢を仕掛ける。こんな無茶な命令は、長い海軍生活の中でも聞いたことが無い。

扶桑海事変終盤に実施された挺身作戦においても、小型ネウロイの大群を率いる巨大なマザーネウロイを撃破するために、旗艦長門以下皇国海軍第一艦隊のほぼ全艦艇と、戦闘可能な陸海軍の航空歩兵全てを動員していた。

巣を攻撃するのなら、欧州で作戦行動中の遣欧艦隊麾下の全艦艇とウィッチに召集がかかって然るべきであろう。

いや、501航空団とインペリアルウィッチーズを大いに梃子摺らせたネウロック及びグラーフ・ツェッペリンの存分も考慮するなら、現時点で西欧に派遣されている艦隊だけでは、少々戦力不足かもしれない。

欲を言うなら、太平洋方面統合軍総司令部――最高司令官はクリフォード・ウィンストン・ニミッツ元帥――の指揮下に入っている扶桑海軍第一機動艦隊――第二、第三艦隊及び各国艦艇で編成された南遣艦隊の3個艦隊で構成――を呼び寄せることができればベストだろうが、太平洋方面からではあまりに距離がありすぎる。

頼りになるのは、ブリタニア海軍の本国艦隊とリベリオン海軍の大西洋艦隊だろうか。

各国航空部隊への支援要請も念頭に入れておく必要があるが、臨時総司令部の責任者である親衛隊西方装甲軍司令官――ヨハンネス・ディートリヒ親衛隊上級大将は士官の専門教育を受けていない。

そんな人間にネウロイ化したグラーフ・ツェッペリンの脅威と、増援の必要性を理解出来るかどうか。

 

「我々としても作戦を成功させるため、あなた方の原隊やリベリオン、ブリタニアの航空ウィッチ隊に参援軍を要請しているのです。しかし、グラーフ・ツェッペリンの暴走と時同じくして、ガリア方面でもネウロイの動きが再度活発化しています。現状ではこれが手一杯であること理解頂きたい」

 

色めき立つ会議室の情景を不愉快そうに眺めていたゾンバルトに代わって、彼の幕僚が説明を出席者達に告げる。

良かれと思ってやったことだが、その行為が却って火に油を注いでしまう。

 

「あんたには訊いていない!」

 

「グラーフ・ツェッペリンがネウロイになった原因は、あんたら親衛隊が作ったんだろうが!」

 

「そうだ!あんたらがいい加減な仕事をしてネウロックを仕留め損ねたならだ!」

 

「そもそも、何であんたらは我々にグラーフ・ツェッペリンのことを黙っていたんだ!?」

 

天城の主要幹部達が此処とばかりに捲し立てる。インペリアルウィッチーズを支援する任務を帯び、グラーフ・ツェッペリンは駐留先であるバルトランドの港から北海へ派遣されていた。

件の大型空母が北海を航行していたこと。インペリアルウィッチーズを支援していたこと。それらを事前に知らされていたのは親衛隊の関係者のみ。501や扶桑海軍側には、何の連絡も報告もなかった。

それはグラーフ・ツェッペリンの作戦行動についても同様で、子細を訊き出そうとしても親衛隊側は「インペリアルウィッチーズの支援任務」としか応えず、具体的且つ納得のいく回答は得られていない。

戸惑う素振りを見せる親衛隊幕僚を尻目に、誰かが床を強く蹴って席から立ち上がる。バルクホルンだ。

室内を賑わせていた喧騒が止み、一転して重苦しい沈黙に支配される。

 

「………………」

 

「バルクホルン?」

 

「……すぐに戻る」

 

心配そうな面持ちで自分を見上げるシャーリーに一言だけ告げると、会議室から辞去して行った。

世界的エースウィッチであると同時に規律と軍規にうるさく、堅物なほど生真面目な性格で有名なバルクホルンが、理由も述べずに会議を中座する。

シャーリーや親衛隊はもちろん、バルクホルンと知り合って日が浅い竹井等扶桑海軍の面々も、堅物大尉の取った想定外の行動にただただ面食らっていた。

静まり返った会議室で、次に行動を起こしたのはホフマンだった。彼女は無言で立ち上がると、バルクホルンの後を追うように部屋を去っていく。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

会議室を出てしばらく歩いたバルクホルンは、ふと足を止める。プルプルと全身を小刻みに震わせた後、ギュッと握り締めた拳を通路の壁に叩きつけた。

 

「くそっ!」

 

堅物大尉が腹の底から吐き出した怒号は、長い通路を突き抜けて全体へ広がり、天城の船体を震わせんばかりの衝撃音となって響き渡る。

拳を打ち込んだ鉄製の壁は、魔法力を一切使用していないにも関わらず、大きく凹んでいた。この変形具合は彼女の憤懣遣る方ない心情を現している。最早我慢の限界だった。

連中――インペリアルウィッチーズを中心とした皇室親衛隊が天城へ乗り込んで来てから、バルクホルン達501部隊と竹井を含む扶桑海軍の将兵等は、腹に一物を抱えている政治被れ共の都合で散々振り回されていた。

指揮系統の異なる自分達501航空団と、扶桑海軍遣欧艦隊所属の空母を、当然のことのように顎で使う。

これだけでも業腹ものだが、さらには自分達の半端な仕事の後始末まで要求してきたのだ。

グラーフ・ツェッペリンの件はインペリアルウィッチーズの不手際が招いたことだというのに、親衛隊連中は自分達の非を認める素振りを全く見せない。なんと厚顔無恥なことか。

ネウロックやネウロックと融合したグラーフ・ツェッペリンがどれほど脅威か。バルクホルンとて、それは理解している。だが、現状の戦力で巣への攻撃を実施するのは無謀という他ない。

しかし、親衛隊の上級大将殿が、その低能ぶり故に作戦実施を許可してしまうであろうことは容易に想像出来た。

軍人である以上、命令は絶対。だが、今回の無茶苦茶かな作戦には、規律の鬼であるバルクホルンも流石に反感を覚えている。

例え発令元が親衛隊ではなく国防軍であっても、彼女は同じく難色を示したことだろう。

 

「随分と荒れているな」

 

嘲笑を滲ませた声音を背中で受け、バルクホルンはハッとなって背後を振り返る。

親衛隊員の中で一番顔を合わせたくない人物――インペリアルウィッチーズのグレーテル・ホフマン大尉が、すぐ後ろに立っていた。

 

「…………何だ?」

 

醜態を見られてしまった気恥ずかしさに駆られながらも、バルクホルンはどうにか声を絞り出す。

羞恥心で頬が微かに紅潮しつつも、堅物大尉の双眸には鋭い光が灯っており、射入るような視線がホフマンへと注がれている。

正面から向き合ったことで、どういうわけかホフマンの左頬が赤く腫れ上がっていることに気が付いたが、バルクホルンは然して気に留めなかった。

 

「アインツベルン大佐の代理が会議を抜け出して、こんなところで油を売っているのか?」

 

「それはお互い様というものだろう?自分を棚に上げるなんて感心しないな」

 

ホフマンの反論に、バルクホルンはグッと言葉を詰まらせる。

元々口喧嘩に弱いこともあって何も言い返せないが、視線は鋭さを失うことはなく、親衛隊大尉を見据えている。それが今のバルクホルンに出来るせめてもの抵抗なのだ。

 

「そんな恐い顔をするな。私達は同じ帝政カールスラントの……祖国奪回を志す同胞だろう?」

 

「どの口がっ――」

 

「私は同胞の好みで忠告しに来たんだよ。あんたには我が物顔でカールスラント本国に居座っているネウロイ共よりも、優先すべき敵がいることをな……」

 

「何を?」

 

「あんたから家族と身近や親族の殆んどを国ごと奪い、妹さんを傷付けた憎き仇。実は連中の同胞が、数年前から“ずっとあんたのすぐ傍にいた”んだよ……」

 

「なん、だと……」

 

何かを仄めかすようなホフマンの言葉を受け、バルクホルンの目が見開く。

目の前の親衛隊ウィッチは一体何を言っているんだ。自分と妹から愛する家族の命を奪い、祖国を蹂躙した仇が――ネウロイの同胞がすぐ身近にいるなどと……。有り得るはずがない。

こんなバカげた話に耳を貸すな。信用ならない政治被れの戯言だ。自らに強く言い聞かせながらも、バルクホルンは自然とホフマンの声に耳を傾ける。

 

「それはどういう意味だ!人間に化けたネウロイがこちら側に潜入しているとでもいうのか!?」

 

「惜しいな。だが、いい線だ」

 

「おい、貴様!質問に答えれろ!」

 

ホフマンは敢えて曖昧な回答をして、堅物大尉の苛立ちを誘う。気色ばむバルクホルンの様を楽しんでいるようだ。

 

「残念だが、私の立場で言えるのはここまで。詳しく知りたいなら自力で調査することだ」

 

親衛隊大尉は堅物大尉向かって微笑んだ。しかし、その口元には侮蔑の色を浮かんでいる。次にホフマンは踵を返し、バルクホルンに背中を向ける。

 

「会議へ戻ろう。哨戒部隊から新たな報告が入ったようだ」

 

そう告げて、ホフマンは悠然と去っていく。結局バルクホルンは何を訊き出すことも出来ぬまま、いいように弄ばれてしまっていた。

遠ざかる親衛隊大尉の後ろ姿に目を据え、バルクホルンは苛立ちをぶつけるように再度通路の壁へ拳を叩きつける。

鈍い打撃音と、好ましくないウィッチの声が混成して残り、しばらくの間消えることはなかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

十数分前、北海洋上――

 

日没の少し前から、北海の天気は崩れ始めていた。初めのうちは雨粒がポツポツと落ちる程度だったが、陽が沈んで暫くすると本格的な降りとなった。

時間が経つする連れて雨足はますます強くなる。回復の兆しを見せない雨曇りの中を4つの人影――ストライカーユニットを装備した4人のウィッチが飛行している。

透き通るような色白の肌を持つ北欧系の少女と、遥か東方の生まれである扶桑系の少女が2名ずつ。人種ごとにロッテを組み、2個のロッテで構成する航空ウィッチ小隊として夜間飛行に出ていた。

 

「サーニャ、寒くないカ?」

 

北欧ロッテの2番機を担当するスオムスウィッチ――エイラ・イルマタル・ユーティライネン少尉が、長機であるオラーシャウィッチ――アレクサンドラ・ウラジミーロヴナ・リトヴャク。通称“サーニャ”を気遣う。

9月とはいえ、夜間は昼間に比べて気温が低い。しかも、突然の雨が気温の急激な低下を招いているのだ。

 

「大丈夫よ、エイラ」

 

と、サーニャは微笑んで見せる。陰鬱な天候の中だけあって、その笑顔は眩しい。

夜間哨戒を主任務とするナイトウィッチの例に漏れず、サーニャはほぼ完全な夜型である。昼間は何処か眠たげで目蓋を持ち上げるだけでもひと苦労だが、今は澄んだ翡翠色の瞳がパッチリと冴さえており、とても凛々しい表情となっている。

 

「うぅ~……エイラさん、タロットカードの占いって天気予報には使えないんですかぁ?」

 

情けない声でエイラに訊ねたのは、扶桑海軍ウィッチの宮藤芳佳軍曹だった。

魔法力を使用しているため、使い魔である豆柴の耳と尻尾が発現しているが、そのどちらも雨水でぐっしょりと濡れ、元気無さげに垂れ下がっている。

 

「無理ダナ……っていうか、雨が降っていようがいまいが、夜間飛行の予定は変わらないダロ?」

 

そう応じながらも、エイラは制服やズボン。そして、下着に染み込んだ雨水がジワジワと体温を奪い、尚且つ水を含んだ衣類が全身に張りつく感触に不快感を覚えていた。

激しい雨に4人が4人共ズブ濡れ。水を吸ったシャツやセーラー服越しにインナーが透けて見えてしまっていた。

その気になれば、魔法シールドを雨具代わりにすることも可能だが、雨天の中でさらに視界が悪くなる他。魔法力を温存する等の理由から、シールドの使用は必要最低限に留めている。

 

「雲の上を飛べば濡れないんだけどナァ〜」

 

低く垂れ込める雨雲を恨めしそうに見上げ、エイラはぼやいた。

通常、夜間哨戒においては雲の上を飛行するものだ。だが、今回は2名の行方不明者――優人とミーナの捜索もかねているため、比較的低空を飛行している。

 

「お兄ちゃんとミーナ隊長。何処にいるんだろ?……って、あわわ!?」

 

キョロキョロと地表を見回していた芳佳だが、下にばかり目がいっていたせいで他への注意が疎かになっていた。

顔を真下から前方へ向けた瞬間、芳佳の視界にブラウシュテルマー――生物にとって有毒な瘴気を撒き散らす莢状のネウロイの子機――が現れ、危うく衝突しかける。

どうにか避けたものの、慌てて回避したためにバランスを崩してしまう。

アワアワと狼狽える芳佳の身体を、ロッテを組んでいた長身のウィッチが支え、どうにか危機を乗り切る。

 

「ふぇ~、助かったたぁ……ありがとうございます!」

 

「フフ、どういたしまして♪」

 

屈託の無い笑顔で礼を述べる芳佳に対し、長身のウィッチ――インペリアルウィッチーズ司令の悠貴・フォン・アインツベルン親衛隊大佐は艶然と微笑み返す。

 

「芳佳ちゃん、大丈夫?」

 

「オマエナァ、素人じゃないんだからそんなに慌てるナヨ」

 

異変に気付き、サーニャとエイラが芳佳の元へ身を寄せてきた。サーニャが芳佳の身を案じる一方で、エイラは素人同然の狼狽えぶりに呆れたような顔をしていた。

エイラの指摘を受け、ぐぅの音も出ない芳佳は「うっ!」と短く呻き声を上げる。

気が付けば、一同はグラーフ・ツェッペリンと交戦した地域へ到達していた。

ここで悠貴が、二手に別れての捜索を提案。サーニャとエイラ。悠貴と芳佳のペアで、それぞれ別の地域を捜索することとなった。

本来なら、悠貴は航空団司令としてインペリアルウィッチーズの指揮を執らねばならないはずだが、どういうわけか芳佳達の夜間飛行に加わっていた。

元々この夜間飛行は、サーニャが彼女なりに優人を心配する芳佳を気遣って実施したもの。

まさか天城発艦直前に悠貴が飛び入り参加するとは思わず、サーニャもエイラも目を丸くしていた。

 

「宮藤軍曹、何か見えた?」

 

「いえ、何も……」

 

悠貴の問いに、芳佳は首を振る。彼女達はナイトウィッチと違い、魔導針も広域探査も夜間視も使えない。

目視で地道に探しているわけだが、ただでさえ雨で視界が悪い夜に、こんなやり方で見つかるはずがなかった。

インペリアルウィッチーズの司令ともあろう者が、そんなことに気付かないわけがない。彼女には、個人的な目的があったのだ。

 

「あ、あの……」

 

無言で捜索を続けていた2人だが、暫くして芳佳が悠貴に声を掛けた。

 

「何かしら?」

 

「武器、それだけで大丈夫なんですか?」

 

と、芳佳は悠貴が左手に携えている白木拵えの扶桑刀を指差す。

芳佳が九九式二号二型改13mm機関銃。サーニャがフリーガーハマー。エイラがMG42Sなのに対して、悠貴の武器は扶桑刀が一振のみ。機関銃どころか、拳銃すら持ち合わせていない。

同じく扶桑刀を使う坂本も、愛刀と3mm機関銃の両方を装備した上で戦闘に臨んでいた。そのことを鑑みると、刀一本では心許ない気もする。

 

「あら、心配してくれるのかしら?」

 

形が良く、艶のある唇で曲線を描いた悠貴は、並走していた芳佳の直上へ移動すると、扶桑海軍ウィッチを背後から抱き締めた。

 

「ふぇっ!?」

 

悠貴に抱き竦められた芳佳の口から、可愛らしいような間の抜けたような声が漏れ出る。

 

「あ、あの……悠貴さん?」

 

突然抱き締められた芳佳は、顔を真っ赤にしながら必死に言葉を紡ごうとする。しかし、上手く形に出来ない。

背も胸も慎ましい良い子と異なり、悠貴は全体に大人びた肢体の持ち主である。服越しながらも身体の起伏や柔らかさ等の特徴は十分に伝わり、背中に押し付けられた爆乳は芳佳の羞恥と緊急、興奮を煽ってやまない。

 

「あなた、優しい子ね。気に入ったわ」

 

10代女子のものとは思えない甘ったるい声で囁く。悠貴の吐息によって耳を擽られ、芳佳は小刻みに震える。

不快感はない。寧ろ、兄や両親と一緒に過ごしている時のような安心感に類似するものがあった。

 

「お兄ちゃんを見つけたら、3人で何処かへ行きましょうか?」

 

「何処かって……何処ですか?」

 

「う~ん、そうねぇ……」

 

悩み素振りを見せる悠貴だったが、芳佳が答えを聞くことはなかった。

別の空域を飛行しているサーニャからの通信が、2人のインカムに入ったからだ。

 

『芳佳ちゃん、アインツベルン大佐!大変です!グラーフ・ツェッペリンが!』

 

「サーニャちゃん!どうしたの!?」

 

サーニャの切羽詰まったような声色から、ただならぬ事態であること察し、芳佳はすぐさま応答する。

故に彼女は気付けなかった。悠貴が秘かに小刀を取り出し、その鋭い切っ先を芳佳の喉元へ持っていこうとしていたことを……。




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