1944年9月、帝政カールスラント北西部北海沿岸地域――
ネウロックに取り込まれたカールスラントの正規空母――グラーフ・ツェッペリンが、西欧の空に再び姿を見せてから既に数時間が経過していた。
夜空を覆い隠していた黒雲は徐々に晴れ、白く儚げに輝く美しい満月が顔を覗かせている。
雲の隙間から漏れ出る月明かりに照らされた巨大な威容と対峙するのは、10名の少女――ウィッチだ。
連盟空軍第501統合戦闘航空団『ストライクウィッチーズ』のWエース――カールスラント空軍航空ウィッチのゲルトルート・バルクホルン大尉と、エーリカ・ハルトマン中尉。
アリョーナ・クリューコフ親衛隊大尉率いる帝政カールスラント皇室親衛隊第1独立戦闘航空団『インペリアルウィッチーズ』第3飛行隊に除草する親衛隊ウィッチ6名。
そして、扶桑皇国海軍遣欧艦隊第24航空戦隊を原隊とする竹井醇子大尉と、本大戦直前より同艦隊空母機動部隊に所属している若本徹子中尉。2人共、東洋の一大海洋国家――扶桑皇国が誇る大エースである。
バルクホルンやハルトマンに比べてスコアこそ譲るものの、実力は決して劣らず、実戦経験においては寧ろ勝っている。
10人のウィッチ達は、現代の魔法の箒たるストライカーユニットを脚部に纏い、神秘的な月光と攻撃的な赤い光条で彩られる夜空を縦横無尽に飛び回り、果敢に立ち向かう様は勇猛さを見せつけながらも非常に美しい。
異形の怪物と命のやり取りをしているはずなのに、舞踏会宛らの優雅な舞いを見ているようだ。
「頼もしいな……」
戦闘空域よりも、さらに高高度に佇む扶桑皇国海軍ウィザードの宮藤優人大尉は、グラーフ・ツェッペリンに応戦中の戦友達を眼下に捉えつつ、独り言ちる。
グラーフ・ツェッペリンを手に入れたネウロックは、エルベ川河口付近に存在する巣で戦力を補充した後、西欧の最前線へ向けて移動し始めた。
現状における西欧の最前線は、人類連合軍が失地回復に成功したガリア共和国だ。
グラーフ・ツェッペリンは、西部方面統合軍麾下の各国戦力が残敵掃討を行っている同国へ再度侵攻して、劣勢となりつつある戦線を押し戻す腹積もりらしい。
ヘルギガやネーデルラント、そしてカールスラントとの国境付近に潜んでいた地上ネウロイもまた、グラーフ・ツェッペリンの出現に呼応するかのようにガリアへの移動を開始していた。
グラーフ・ツェッペリンは、今まで交戦したネウロイの中で言えば間違いなく最強の個体だ。
だが優人はもちろん、他の501隊員や扶桑海軍ウィッチの2人は勝つつもりでいる。
開戦時より欧州へ派遣されていた遣欧艦隊の一員として。部隊結成と同時にブリタニアの防衛と、ガリアの奪還を課せられていたストライクウィッチーズのメンバーとして。奪還したガリアをなんとしても守り抜く。
今この場にいないペリーヌに、故郷を失う哀しみを二度味あわせてなるものか。
表情や言葉にこそ出さないが、カールスラント出身のバルクホルンとハルトマン、アリョーナ等はガリア防衛に対する想いが特に強いのだろう。
ガリアの人々と同じく祖国をネウロイに侵され、奪われたカールスラント人にほ、哀しみと苦痛。そして悔しさを理解している。
また、感情論抜きに考えてもガリアは西方からのカールスラント本国奪還の為に必要な国でもあった。
「上手いこと攻撃が分散されてる」
ややハスキーな声音が傍らから流れてきて、優人の耳朶にそっと触れる。
声の主はリベリオン陸軍第8航空軍から501部隊へ派遣されている航空ウィッチ――“シャーリー”ことシャーロット・エルウィン・イェーガー大尉だ。
リベリオン航空軍総司令官の隷下には、12個の航空軍が置かれおり、シャーリーの所属する第8航空軍は欧州派遣を主任務としている。
「グラーフ・ツェッペリンはバルクホルン達と親衛隊連中に意識が向いてる。あたしらがこっそり離れたことに気付いてないみたいだな」
と、言葉を続けるシャーリーを、優人は横目でチラリと見やった。
バルクホルンに上着を貸し与えているので、今の彼女はカーキ色のシャツに緑のネクタイと、見慣れた制服姿よりもラフな印象を受ける。
上着を羽織っていても、“グラマラス・シャーリー”の由縁たるダイナマイトバディはとても隠せていなかったが、シャツ越しだとその少女離れした肢体――殊に西瓜の如く巨大な乳房が余計に目を引く。
以前、優人が扶桑海軍支給のワイシャツを貸し与えた際は、男物故に女性が着るにしてはサイズ大きめだったこともあり、ボディラインは然程目立たなかった。
しかし、女性用のシャツだとリベリオンウィッチの胸元に聳え立った頂きが悪目立ちしてしまい、それらを凝視する優人の邪念が早くも擡げている。
作戦行動中にも関わらず、扶桑海軍ウィザードは煩悩を抑えられないようだ。
「作戦の第一段階は順調♪」
そう言って優人と顔を合わせると、シャーリーはニヒッと歯を見せて笑う。
リベリオンウィッチの眩しく、サバサバした笑顔に優人の邪な考えは忽ち消え失せ、代わりに気恥ずかしさで顔が熱くなる。
扶桑海軍ウィザードは、自分が赤面していること悟られぬようすぐに視線を外し、眼下の戦況へ目をやった。
「さて、そろそろあたしらの出番だよな?」
「あ、ああ」
リベリオンウィッチの確かめるような問いに、優人は緊張を孕んだ声色で短く返す。
優人の立案した作戦は大きく三段階に分かれており、第一段階はバルクホルン、ハルトマン、竹井、若本。そしてアリョーナ達親衛隊ウィッチが囮となって、グラーフ・ツェッペリンの注意を引くことだった。
シャーリーの言った通り。グラーフ・ツェッペリンは囮役を引き受けてくれたバルクホルン達にばかり意識がいっているらしい。
扶桑海軍ウィザードが提案した作戦は、今のところかなり順調に進行している。順調過ぎて恐いくらいだ。
(あの化物と渡り合えるなんて……さすがだ!)
優人は円滑な進行状況に心中でガッツポーズすると共 に、頼もしい戦友達へ称賛の言葉を送る。
一方で、危険な役目を押し付けている罪悪感も感じているが、その考えをすぐに振り払った。
彼女達はそれぞれ501のWエースと扶桑海軍航空ウィッチ隊の最精鋭。そして、同じく精鋭たるインペリアルウィッチーズなのだ。
歴戦の猛者である彼女達への必要以上の気遣いは、覚悟を決めて戦いに臨む者への侮辱でしかない。
彼女達は皆強い。信じるんだ。自分は皆の力を借りて良いんだ。
シャーリーの言う通り。作戦は第一段階を経て、第二段階へ以降しようとしている。優人とシャーリーの番だ。
ウィッチ達に報いたいのなら、自分の役目をしっかり果たせ。優人は自分に強く言い聞かせる。
「シャーリー、頼むよ」
「おう!」
快活な声で応じると、シャーリーはダンスのように身を回転させ、優人の後ろへと回った。
さらに背後から優人の前面へ両腕を伸ばし、そのまま彼をギュウッと抱き締める。
「…………少しくっつき過ぎじゃないか?」
爆乳リベリオンウィッチに密着され、優人は恥ずかしくなったらしい。頬を紅潮させ、身体を強張らせる。
年相応にスケベなくせして、女性の大胆なスキンシップには思春期の少年を想わせるウブな反応を示す扶桑海軍ウィザード。その様がおかしかったのか。シャーリーは笑声を立てた。
「あっはははは!何だ?今更緊張してるんのか?」
大きく柔らかで、それでいて弾力のある乳房を優人の背中に押し付けながら、シャーリーは悪戯っぽい笑顔で訊く。
ブリタニアの501基地滞在中。優人はシャーリーから度々大胆なスキンシップを受けていた。
優人が異性だというのもお構い無し。典型的なリベリアン――あくまでも、扶桑人の主観ないし変型だが――を絵に描いたように自由奔放で開放的な性格のシャーリーは、積極的なアプローチを繰り返しては当惑する扶桑海軍ウィザードの反応を楽しみ。
時には、ラッキースケベという名の不可抗力が作用して、優人の方から意図せず彼女の身体――主にたわわに実った胸元の膨らみ――に触れることも多々あった。
スキンシップの回数は、今更数え直すのもバカらしいほどだが、何度経験してもなれない。
実際今も、服越しとはいえグラマラス・シャーリー自慢の豊満ボディがピタリと密着していることで、心臓の動悸が普段の何倍も激しくなっていた。
優人は高鳴る胸をどうにか落ち着かせようとするも、一向に静まる気配がない。彼の心臓は持ち主の意思に逆らい、ドキドキと早鐘を打ち続ける。
「しっかりくっつかないと、途中で離れちゃうだろ?ていうかこれ、言い出しっぺは優人だろ?」
「まぁ、そうだけど……別に投げるだけでも……」
「せっかく美女の方から近寄ってきてるんだ。もっと喜びなよ♪」
と、シャーリーは笑みを深くし、優人の耳にフゥ~ッと熱を帯びた息を吹きかけた。
こそばゆい感覚に襲われ、優人は「わっ!?」と驚きの声を上げる。強張っていた扶桑海軍ウィザードの身体がビクッと震える。
「どうだ?緊張は解けたか♪」
期待通りの反応を示してくれた扶桑海軍ウィザードの様を見て、リベリオンウィッチはケラケラと愉快そうに笑う。
「おい……!シャーリ――」
「なぁ、優人」
優人は自分を玩具にする戦友へ抗議しようとするも、彼の言葉は急に神妙な表情となったシャーリーの声に遮られてしまう。
何か言いたげな様子の扶桑海軍ウィザードを尻目に、リベリオンウィッチは言葉を紡いだ。
「こうしてると、思い出さないか?」
「?」
「あたしが501に来たばかりの頃、2人でツーリングに行ったろ?」
「あ、ああ……そうだな」
と、優人は応じる。シャーリーが501基地の配属となったのは、去年――43年の11月。
歳が近いことやシャーリーのフレンドリーさも相俟って、優人が彼女と親しくなるのに然程時間は掛からなかった。
ブリタニア滞在中。彼女はルッキーニと頻繁に出掛けていたが、優人と外出することも何度かあった。
シャーリーはデートと冗談めかしていたが、実際のところは基地最寄りの民間飛行場でシルフィー・ソードフィッシュ――連絡機として使うという名目で、廃棄された機体をシャーリーが入手・レストアした上で私物化したもの――を2人で整備するばかりで、ショッピングや映画鑑賞等デートらしいことは殆んどしていない。
強いて言えば、シャーリーのバイクの後ろに乗せても貰ってツーリングに出掛けたことが、一度だけあったくらいか。
「いやぁ、優人には感心したよ!今まであたしのバイク乗った男共ときたら、終始喧しく叫んでたり、泣きべそ掻いたり、泡吹いて気絶するような連中ばっかりだったけど。優人は悲鳴一つ上げなかっただろ?ホント、大したヤツだよ♪」
「ま、まぁな……」
楽しげに話すシャーリーに対し、優人は呟くような小さめの声で曖昧な返事で会話をやり過ごす。
かつて経験したシャーリーとのツーリングの記憶が呼び起こされ、優人は我知らず渋面を作った。
あの日は互いの休暇が偶々被っていたので、シャーリーの方から「あたしのバイクで少し遠出しないか?」とのお誘いがあり、優人と2つ返事でその申し出を受けたのだ。
まだ知り合って日の浅かったシャーリーが、何故他の誰でもなく優人をツーリングに誘ったのか。理由は分からないし、今更訊こうとも思わない。
おそらく彼女は、世にも珍しい魔法の使い手――ウィザードである優人に興味を抱いたのだろう。
扶桑やカールスラント、ブリタニア等。ウィッチの人口が多い国でも、ウィザードは魔法力が未発現の者を含め、数人程度しかいないとされる。
新興国家故に、慢性的なウィッチ不足に悩まされているシャーリーの祖国――リベリオン合衆国には1人もいないかもしれない。
ちなみにツーリングについてだが、優人は“悲鳴一つ上げなかった”のではなく、恐くて声も出なかっただけである。
ツーリングの誘いに受けたのも、バイクに乗る際にシャーリーと密着した状態になる。つまりは、グラマラスなリベリオンウィッチの身体に堂々と触れられる、という下心も少からずあったからだ。
要するに優人は、シャーリーの称賛に値する人間では全然なかったりする。
もちろん、経歴と実績。なにより彼自身の人柄が証明しているように、単なるダメな男というわけでもない。
しかし、ツーリングの件だけを見れば、シャーリーの言う“大したヤツ”ではなく、寧ろ情けない男であった。
件の体験から、今までスケベ心からシャーリーと2人乗りに臨んだ男達が、バイク恐怖症になったであろうことが、優人には容易に想像出来た。
日頃、ストライカーユニットを駆って高速飛行を実施している航空歩兵の彼ですら耐えられない事実こそが、その証左であろう。
或いは、“クイーン・オブ・スピード”としての名声や10代半ばの少女とは思えぬ発育の良い身体につられてきた悪い虫を“平和的”に追い払おうと、意図的に無茶な運転をしているのか。
尤も、友人としても異性としても好感を抱いている優人に対し、シャーリーがそんな嫌がらせめいたことなどするはずがない。
バイクで爆走するのは、やはり彼女自身のスピードマニア気質によるものであろう。
「けど、何で今その話を?」
何故、唐突に思い出話を振ったのか。優人が怪訝そうに訊くと、シャーリーは真摯な口調で応えた。
「これって、ツーリングと同じだろ?あたしが優人を目的地まで連れて行ってやるんだから……」
「まぁ、そうかもな♪今度のツーリングは随分と命懸けだけど……」
眼下に佇む黒い威容――巨大ネウロイと化したカールスラントの正規空母を見やり、優人は「やれやれ」と肩を竦める。
「なぁ……優人……」
ふと優人を抱き締めるシャーリーの両腕に一層力が込められる。まるで、離さないと言わんばかりに……。
砲弾の如く巨大なサイズを誇りながら、マシュマロのように柔らかな爆乳が持つの得も言われぬ感触、体温。存在感や圧迫感は、服越しであってもしっかりと伝わっていた。
白磁の肌や長い髪から漂う甘い香りが優人の鼻腔を擽り、扶桑海軍ウィザードの頭をクラクラさせる。
「グラーフ・ツェッペリン、ちゃんと仕留めてこいよ」
と、シャーリーは激励というよりは、何処か懇願するように囁く。
リベリオンウィッチの囁きに耳朶を打たれ、優人はハッと我に還る。
「え?あ、ああ……もちろん……」
「映画の約束、忘れてないからな」
優人が振り返ると、シャーリーが真剣な眼差しで彼を見つめていた。
碧く輝くリベリオンウィッチの瞳は、サファイアを連想させる一方で、熱を纏った蒼い炎にも見える。
「さぁ!いくぞ!」
「お、おう!」
ウィッチとウィザードの楽しいおしゃべりは終わり、2人は行動を開始する。
シャーリーに抱えられた優人は、彼女と共にグラーフ・ツェッペリンへ向かって高速で突き進んでいく。
ブリタニアの戦いを潜り抜けた戦友を己の胸に抱き、一気に急降下していくシャーリー。彼女のムッチリとしながらもスラリと伸びた色白の美脚には、他のウィッチ同様ストライカーユニットを装備している。
尤もシャーリーが操っているのは、使い慣れた彼女の愛機――ノースリベリオンP-51D“ムスタング”ではなく、扶桑皇国海軍の旧型対地攻撃用ユニット――九九式艦上爆撃飛行脚二二型であった。
優人は、九九式艦爆を身に纏ったリベリオンウィッチの姿に思考を刺激され、本作戦の立案に至ったのだ。
旧型且つ爆撃ユニット故に速力不足が目立ち、空戦に不向きな九九式艦爆だが、シャーリーの固有魔法『超加速』によってスペックを上回る速度で見せている。
慣れないユニットによるハンデを一切感じさせぬまま、シャーリーは突進し続けた。グラーフ・ツェッペリンの艦影を見据え、接近していく。
バルクホルン等に注意が向いていたグラーフ・ツェッペリンだったが、やがて急速で接近するウィッチとウィザードの存在に気付き、すかさず対空砲火で迎撃する。
しかし、シャーリーと優人。2人のいる位置はグラーフ・ツェッペリンの直上――艦船において防御が手薄な箇所の一つだ。
さらにグラーフ・ツェッペリンは、これまでの戦闘で砲台の数が減少しており、弾幕が薄くなっている。当然、超加速を使用するシャーリーのスピードに対応仕切れてるはずもない。
「っ!?――」
赤い光条の幾つかが、優人とシャーリーの脇を掠めるように迸る。
直撃すれば人の身など、分子レベルにまで分解してしまうネウロイのビーム。光軸に込められた熱量を肌で感じ取り、優人の額から頬にかけて冷や汗が伝う。
作戦の第二段階は、対地攻撃用ユニットを纏ったシャーリーがグラーフ・ツェッペリンへ接近。抱えた優人を爆撃弾に見立て、敵の上面目掛けて投下するというものだった。
強力な魔法シールドを展開可能な優人だ。運動エネルギーを味方につけさえすれば、飛行甲板をぶち破って内部へ侵入出来るだろう。
ここまでが第二段階であり、内部に侵入した後に、優人がコアが存在すると推測される中枢まで移動し、直接破壊するのが第三段階だった。
かつてウォーロックに侵食され、ネウロイ化した赤城に対し、シャーリーが超加速を活かして即席のカタパルトとなり、ルッキーニを射出。重ねて、高速で撃ち出されたルッキーニが固有魔法の『高熱』『多重シールド』を展開し、強力な弾丸となって突進。ウォーロックに打撃を与えている。
シャーリーが空母“天城”より借用した九九式艦爆を見た優人は、対地ユニットの爆弾投下からヒントを得て、リベリオンウィッチの手助けを借りた上で、先述の合体技を再現に思い至ったのだ。
優人が初めに提案したのは、あくまでもグラーフ・ツェッペリンの上部を狙い、遠距離からシャーリーに投げ込んでもらうことであった。
だが、どうせなら確実を期したいというシャーリーからの意見具申があり、優人はグラーフ・ツェッペリンへの急降下爆撃の実施を決断したのだ。
いくらシャーリーがスピード自慢な世界的エースとはいえ、さすがに機体性能の陳腐化・老朽化が顕著となっている九九式艦爆で急降下爆撃をやらせるのは気が引けたが、そこはやはり共にブリタニアの戦いを潜り抜けた戦友を信頼することにした。
「シャーリー!」
「おう!」
優人は自身の両足に纏ったストライカーユニット――こちらも借り物、501航空団司令であるミーナ中佐のメッサーシャルフ社製“Bf109G-2”――の回転を上げ、同時に声で合図する。
シャーリーは強い口調で頷き、速度を緩めぬまま優人をグラーフ・ツェッペリン目掛けてブン投げ……もとい、投下した。
固有魔法『超加速』の恩恵を受けた優人は、凄まじいスピードでグラーフ・ツェッペリンの飛行甲板へ直進していく。
激突の寸前に、小さいながらも頑強な魔法シールドを展開。計画通り優人はグラーフ・ツェッペリンの甲板を突き破り、内部への侵入に成功する。
一方シャーリーも、降下機動から即座に身体を引き起こし、そのまま離脱していく。
一拍置いて。無数の熱線が離れていくリベリオンウィッチへ殺到するも、優人のシールドアタックを受けて船体が大きく傾いていたグラーフ・ツェッペリンに、高速で離脱する正確な対空砲撃など出来るはずもなかった。
◇ ◇ ◇
グラーフ・ツェッペリンの艦内に侵入した優人がまず目にしたのは、ネウロイの装甲を想わせる正六角形のパネルを組み合わせたような壁に四方を覆われた広い空間だった。
ウォーロックに取り込まれた赤城は、外見的にも内装的にも以前の面影をかなり残していたが、こちらは元のグラーフ・ツェッペリンから大幅に様相が変化してしまっている。
こちらは赤城と違い、融合して丸1日程時間が経過しているからなのか。
よく見ると、禍々しい黒色で染められた内壁の何ヵ所かが赤く点滅している。
やはりウォーロックと融合した赤城のと同様、固定砲台が設置されているのだろうか。
「あれはっ!?」
扶桑海軍ウィザードの双眸が次に捉えたのは、ネウロイのコアたる正十二面体の赤い結晶だった。
天井と船底。それぞれより紫色の結晶が生えた柱のような物体で固定され、コアの向こうにはグラーフ・ツェッペリンを乗っ取った張本人――ネウロックが鎮座している。
「っ!?」
悠然と佇んでいたネウロックが、突然両腕を広げてビームを放った。優人は咄嗟にシールドを展開し、奇襲攻撃から身を守る。
「このっ!」
優人は条件反射的に反撃に転じる。ホルスターからM712“シュネルファイアー”を素早く抜くなり、魔法力を纏った弾倉1個分の銃弾をコアへ撃ち込む。
さすがは扶桑海事変以来の大ベテランだけあって、狙いは正確だ。
しかし、ネウロックが抱き締めるような姿勢でコアを庇ったため、銃弾は全てその頑強な腕によって弾かれてしまう。
「やっぱり、そう簡単にはいかないか?なら!」
不意に優人の髪や目が蒼く輝き始める。それと同時に再装填を終えたシュネルファイアーでネウロックを牽制しつつ、降下。船底にそっと手を触れる。
「妹達の恨みだ!思い知れ!」
と、優人が激昂するのに前後して、艦内に蒼き閃光が煌めく。
そして、優人が手を触れている箇所を中心に、グラス・ツェッペリンの船体は芯まで凍てついていった。
これこそ宮藤優人扶桑海軍大尉の切り札――固有魔法の上位魔法たる覚醒魔法『絶対凍結』だ。
魔法力を冷気に変換させる固有魔法の『凍結』とは異なり、手で触れたネウロイの体内へ負の温度化の成された魔法力を流し込み、文字通り絶対に凍結させる魔法である。
決まればネウロイの巣ですら、丸ごと凍結させることが可能とされている。謂わば、優人の必殺技だ。
しかし、強力な反面。膨大な量の魔法力を宿している優人でさえ、魔法力の殆んどを消費してしまう事態は避けられず、さらに肉体や精神にも多大な負担を掛ける等のデメリットも存在する。
また、使い方を誤れば味方を巻き込みかねない危険な技でもあるため、501や原隊の双方にて上官の許可無しでの使用は原則として硬く禁じられているほど。
そこまで強力な攻撃系魔法を喰らっては、然しものネウロックもグラーフ・ツェッペリンも、ただでは済まない。
船体もネウロックも、ネウロックが身を呈して守っていまコアも完全に凍りついているようだった。
やがて、時間が止まってしまったかのように周囲を沈黙が支配し、さらに数秒の時を置いた後に全てが崩壊し始めた。
◇ ◇ ◇
凍結・崩壊を始めたグラーフ・ツェッペリンの内部より、1つの機影が闇夜の中へ躍り出る。ネウロックだ。
間一髪のところで、完全な凍結から免れたネウロックは、砕け散ったグラーフ・ツェッペリンの破片や冷気に紛れ、優人にもウィッチ達にも気付かれることなく戦闘空域を飛び去っていく。
身体の半分が凍てついたネウロックは、飛行形態にも変形出来ず、フラフラと不安定な挙動で上昇していった。
やがてネウロックは、月明かりに照らされた雲の上へと到達する。
ここまで来れば取り敢えずは安心だ、と言わんばかりにネウロックは動きを止め、自らを照らし出す頭上の月を見上げていた。
魔法力不足による不完全な『絶対凍結』。濃い冷気と無数の破片による視界不良。ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐やアレクサンドラ・ウラジミーロヴナ・リトヴャク――通称“サーニャ”――中尉等、感知系固有魔法の使い手の不在。
ネウロックがここまで逃げて来れたのは、多数の幸運に恵まれたからだ。しかし、その幸運もこれまでのようだ。
突如、背後に敵の存在を感知し、ネウロックは身を反転させる。白木拵えの扶桑刀を携えた全身黒づくめの出で立ちの東洋系美女が、ストライカーユニット――“Bf109K-4”の魔導エンジンを唸らせ、ネウロックのすぐ後ろに滞空していた。
ネウロックに向かって艶然と微笑みかけると、美女は右手で扶桑刀の柄を握った。動物的な本能で己の危機を理解したネウロックは、ビーム砲を展開し、すぐさま臨戦態勢に入る。
「随分とボロボロね……」
東洋系美女――行方不明になっていた悠貴・フォン・アインツベルン親衛隊大佐は笑みを深めると、白木の鞘から白刃を引き抜いた。
彼女の背後には、カールスラント製の艦上ストライカーユニット“Bf109T”及び航空機用汎用機関銃“MG151/20”を装備した親衛隊ウィッチ――グレーテル・ホフマン親衛隊大尉以下インペリアルウィッチーズ第1飛行隊――が他の6名程控えており、上官とは対照的に緊張した面持ちで武器を構えている。
「痛いでしょ?苦しいでしょ?もう頑張らなくていいのよ?私のところに来なさい。誰にも見つからない場所で、あなたを匿ってあげるわ♪」
甘い言葉で懐柔しようとする悠貴の姿は、彼女の力を知らない者やネウロイを知的生命体と認めていない者が見たら、さぞかし滑稽に映ることだろう。
しかし、悠貴は理解している。自分に宿っている力を持ってすれば、目の前の異形を自らに忠実な奴隷に仕立てることが出来ると……。
ネウロックは悠貴の誘いを拒絶するかのように歪な雄叫びを上げると、彼女を狙ってビームを放つ。対する悠貴はそれを容易く回避し、そのまま一気に間合いを詰める。
「抵抗する気?悪いけど、今のあなたじゃ私には勝てない。無意味な悪足掻きはよしなさい」
クスクスと嘲笑する悠貴は、次に魔法力を纏わせた白刃を、異形の存在へ向けて振り下ろすのだった。
シャーリーには、“グラマラス・シャーリー”の他にも“クイーン・オブ・スピード”の異名があった……はず←
感想、誤字脱字報告お願い致します。