ストライクウィッチーズ 扶桑の兄妹 改訂版   作:u-ya

109 / 119
31話(削除予定)を読み返して見たら一部酷い箇所があったので、内容を改訂した上で31話(改訂版)を投稿させて頂きますm(__)m


第31話「淑女は慎ましやか」(改訂版)

1944年9月、早朝ブリタニア連邦ロンドン――

 

「はぁ~……!」

 

カールスラント空軍ウィッチ隊総監――アドルフィーネ・ガランド少将は、大きく溜め息を吐きながらベッドに身を投げた。

数分前にシャワーを浴び終えたばかりであるガランドの肌は上気してピンクの色彩が灯り、艶やかな裸体には客室備え付けのバスローブが巻かれている。

長い黒髪とスラリと伸びた170cmの長身には、まだ僅かばかりの温かな湯が滴っている。どうやら身体をちゃんと拭かなかったらしい。

彼女が魔法力で守られているウィッチでなければ、明日には風邪を引くことだろう。

肌を伝い、純白のシーツにも水滴が垂れ、染みを作っている。しかし、ガランドはそんなこと気にする素振りも見せず、寝転がったまま脱力した様子で天井を仰ぐ。

彼女がいるのは、ロンドン市内にあるホテルの一室。西部方面統合軍総司令部へ出張する際、彼女は当ホテルを宿泊先として利用していた。

何度も泊まるうちにすっかり常連となり、ガランド自身が著名なウィッチなこともあってか。支配人やフロントのスタッフには顔と名を覚えられ、終始笑顔で応対される。

しかし、ガランドの方は揉み手でおべっかを使ってくる彼等のことを好ましく思っていない。

 

「2日もシャワーを浴びられなかったのは、随分久しぶりだな……」

 

ガランドは呆然と天井を眺めながら何気無しに呟く。本大戦初期の時点では、彼女はまだ現役のウィッチであった。

ヒスパニア戦役を経験したベテラン航空ウィッチの1人として、カールスラント撤退戦やガリアから対岸に位置するブリタニアへの撤退作戦――ダイナモ作戦等の長い撤退戦に参加していた。

その都合上。現役時代は食事や入浴、休憩が摂れないこと等ざらにあったが、ネウロイとの戦闘を思えば然程苦でもなかった。ここまでの疲労感に襲われることも少なかった。

 

「やれやれ、歳は取りたくないものだな」

 

彼女はまだまだ若く、加齢を気にするような年齢ではない。が、ウィッチとして高齢であるためそう考えるのだろう。

近頃独り言が増えた自らを、ガランドはやはり老人のようだと自嘲しつつ、疲労で鈍くなっている思考を働かせる。

思案するのは、一昨日の夜に彼女が巻き込まれた前代未聞の重大な事件――人類連合軍上層部に名を連ねる将官十数名を人質に取った籠城事件についてだ。

一昨日の晩。ロンドン市内にある西部方面統合軍総司令部庁舎内会議室にて。ガランドはブリタニアに滞在中の将官等と大規模反攻作戦及び506以降の統合戦闘航空団設立を主な議題に、会議――ガランドからすれば話し合いという名の子どもの喧嘩――をしていた。

順調に進行しているとは言い難い会議を狙い澄ましたかのように、件の籠城事件が起きたのだ。

ろくに警護もいなかった会議室は、乗り込んで来た正体不明の武装集団の手により瞬く間に占拠され、会議に出席していたガランド等各国軍の重鎮15名は人質となった。

件の集団は、人類統合戦線に参加している各国軍隊の制式銃で武装し、着ていた服も扶桑海軍第二種軍装等、各軍にて全て支給される物ばかり。与していた人種もアジア系、欧米系、地中海人種と様々。

その多種多様な顔触れは、ガランドがダウディング元ブリタニア空軍大将と共に設立を後押しした統合戦闘航空団のメンバー構成に通ずるところもあり、ある意味壮観な光景であった。

その後。翌日の夜まで丸1日の間、ガランド達は生殺与奪を握られていた。会議に参加した将官の中には、ネウロイとの戦い以外では初めて命の危機に晒された者もいたことだろう。

そして昨晩。籠城事件の犯人等は唐突な集団自決。その直後に、発砲を聞き付けた皇室親衛隊軍警察師団が強行突入を敢行。犯人グループが既に全員死亡していたことから作戦は成功する。

人質となって約24時間。将官達は漸く解放され、簡単な事情聴取と検査をだけを済ませ、各々帰路に就いた。

しかしながら事件は解決したものの、立て籠り犯の目的や彼等の正体等は以前不明のままである。

何が目的だったのか。何故人質を取っておきながら、何も要求しなかったのか。何故連合総司令部で事を起こしたのか。何故、突然集団自決に踏み切ったのか。わからないことだらけだ。

死体相手に尋問など出来る筈もなく、真相は闇の中。死人に口無しとはよく言ったものだ。

犯人グループの正体及び目的に関しては、高官等の間で“連合軍内部の不穏分子がクーデターを画策した”、との見解が成されている。

だが、これも情報量が圧倒的に不足している現状では推測の域を出ない。

仮にクーデターを謀ったと過程しても、籠城時に反乱の意思を示すための声明一つも出さなかったのは、やはり妙だ。

犯人等の遺体や持ち物――特に銃器類や軍関係の装備――等を徹底的に調べれば、或いは何か掴めたかもしれない。

しかし残念ながら、後の調査や犯人等の遺体を含む物証の回収・保管は、親衛隊麾下の諜報機関及び警察師団に一任されることが早々に決定し、カールスラント国防軍をはじめとするあらゆる組織の介入が許されなくなった。

籠城事件解決に尽力したカールスラント及びブリタニア軍の憲兵隊はもちろん、連合軍高官等からは抗議の声が上がったが、これらは程無くして鎮静化することとなる。

おそらくはカールスラント宰相か。或いはライナルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ親衛隊元帥が、各国の政府や軍上層部へ根回しを行ったのだろう。

 

「はぁ……」

 

ガランドはうんざりしたように嘆息する。今回の事件で、国家・民族・宗教の垣根を越え、団結してネウロイに立ち向かわねばならない人類連合軍の様々な問題が露見してしまった。

連合軍にとって最も重要施設の一つである方面総司令部の警備を容易く擦り抜け、殆んど将兵から怪しまれることもなく司令部施設内の奥へと進み、将官達が一同に介している会議室まで侵入・占拠したのだ。

この事実から、総司令部の警備態勢の杜撰さと、将兵達の警戒心の不足が窺える。

挙げ句、対応に当たった部隊は時間を丸1日費やしても事態収拾出来ず、結果無為な時を過ごしていた。

上層部に席を置く将官達が捕らわれた前代未聞の事件だったとしても、やはり憲兵隊や警察師団の練度不足・対応力不足の問題は避けられないだろう。

もし犯人グループが集団自決という奇行に走らなかったら、籠城事件はより長引き、将官達の中から犠牲者も出ていたはず。もしそうなっていれば、今後の反攻作戦への影響は避けられなかった。

これらの問題点は、対ネウロイ戦やそれ以上に水面下で繰り広げられている国家間の覇権争いを重要視していたこと。協調し合わなければならない各国家が、自国の発展にばかり意識向けていたこと。なにより多くの人間がネウロイばかりを敵だと思い、人間同士の争いを想定していなかったこと等が原因だと思われる。

幸か不幸か。籠城事件の影響で一時的に指揮系統が麻痺し、通常通り機能していなかった西部方面統合軍総司令部の役割を、親衛隊の西方装甲軍司令部が一時的に代行したため、ガリア方面の作戦行動にまで影響は及ばなかった。

この報告を耳にした際、ガランドの心には引っ掛かるものがあった。西方装甲軍――親衛隊の対応が早すぎる、と……。

それとほぼ同じ時期に、同親衛隊第1独立戦闘航空団『インペリアルウィッチーズ』が総司令部の預かり知らぬところで活動していたとの報せを聞いた際は、キナ臭く思ったが……。

帝政カールスラント皇室親衛隊――殊に悠貴・フォン・アインツベルン親衛隊大佐率いるインペリアルウィッチーズの動向には、以前から不可解な点が多い。悠貴は一体何を企んでいるのやら……。

 

「……あの色情魔、何を企んでいる」

 

政敵に対する不信感を漏らすと、ガランドはゆっくり目蓋を閉じ、眠りの淵へ落ちていった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

翌朝、ガリア共和国パ・ド・カレー沖――

 

連盟空軍第501統合戦闘航空団『ストライクウィッチーズ』。扶桑皇国海軍遣欧艦隊所属艦赤城型航空母艦2番艦“天城”。そして、第1独立戦闘航空団『インペリアルウィッチーズ』を中心とした帝政カールスラント皇室親衛隊及び赤城型3番艦“ドクトル・エッケナー”。

指揮系統の異なる3つの部隊を一時的に編合し、編成された混成空母戦隊は、ネウロックに取り込まれ、超巨大ネウロイと化したグラーフ・ツェッペリンとの激戦を制し、ネウロイ側のガリア再侵攻の阻止に成功する。

戦力不足故にネウロックが出現したエルベ川河口付近の巣は破壊出来なかったものの、501部隊にとってはガリア解放に続く快挙であった。

一足早く扶桑へ帰国した501副司令兼ウィッチ隊戦闘隊長の坂本美緒扶桑海軍少佐がこの報せを聞けば、彼女の性格から仲間達と共にネウロックと戦えなかったことを強く悔やむだろう。

任務を終えた臨時編成の空母戦隊は間も無く解散となり、天城に乗艦していた親衛隊は即座に撤収。ドクトル・エッケナーに移譲、ポーツマスで補給を受けた後ノイエ・カールスラントへの帰路に就く予定だ。

昨晩の戦闘中で行方不明となっていたインペリアルウィッチーズ司令――悠貴・フォン・アインツベルン親衛隊大佐もいつの間にか帰投していた。しかも、天城ではなくドクトル・エッケナーの方に……。

昨日。何食わぬ顔で501のメンバー数名と天城副長に儀礼程度の挨拶済ませると、インペリアルウィッチーズや他の親衛隊将兵諸共ドクトル・エッケナーへ移乗していった。

あれだけの人員と物資を伴っていたにも関わらず、僅かな時間で撤収作業を終えるとは……。

もしや、皇室親衛隊の連中は作戦の成否に関係なく、早々に引き上げるつもりだったのだろうか。

結局501と竹井、そして艦長をはじめとする天城乗員達正規軍組は、共同戦線という名目で悠貴等親衛隊の面々に散々振り回され続けたわけだ。

天城艦内を我が物顔で闊歩された扶桑海軍将兵達は大変業腹だっただろう。

それは方面総司令部直属でありながら、インペリアルウィッチーズの小間使いにされた501の隊員達も同じだ。

特に軍人気質故のバルクホルンは、政治色の強い親衛隊とは極めて折り合いが悪かったため、彼等がも立ち去った今も苛立ちを募らせていた。

ともあれ、これで天城は本来の役目である補給任務に戻れる。501のメンバーも、時期に各々原隊復帰――一部の隊員は予備役扱い――となるだろう。これで第501統合戦闘航空団も漸く解散だ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

天城艦内・ガンルーム――

 

「いつつ…………」

 

苦悶の表情を浮かべた扶桑海軍ウィザード――宮藤優人大尉は、右手で顔を押さえながら小声で呻く。

メリケンサックで携えたしたカールスラントウィッチの剛拳によって蹂躙され、彼の顔はボロボロに変形していた。

治療が完了し、痛みは疾っくに消え失せているはずだが、どうも苦痛が身体に染み付いてしまっているように感じられる。一種のトラウマか。

強力な治癒魔法の使い手である妹が傍にいなければ、長期間の入院や整形手術を覚悟しなくてはならなかったかもしれない。

 

「お兄ちゃん、大丈夫?」

 

と、心配そうに優人の顔を覗き込んでくるのは、彼の妹で同じく扶桑海軍航空歩兵の宮藤芳佳軍曹だ。

先述の通り。彼女は固有魔法『治癒魔法』が扱える。芳佳のおかげで、優人の顔面は短い時間で元の状態に修復されたのだった。

お兄ちゃん大好きっ子の芳佳としても、優人の変わり果てた痛々しくてを見てられなかったのだろう。

不条理且つ容赦の無い暴力をその身に受け、多発顔面骨骨折という重症を負っていた優人をほぼ完璧に治癒したのだから、大したものだ。

 

「うん、大丈夫だよ♪」

 

妹の声を聞いて相好を崩した優人は、安心させようと優しげに応じる。しかし、芳佳はまだ不安げだ。

 

「本当に?まだ痛むんじゃない?」

 

「平気だって……ほら!お前のおかげで、前よりずっと男前な顔になったよ!」

 

と、優人はすぐ隣に座っている芳佳の方へグッと身体を近付ける。

傷や痣が綺麗に無くなった顔を間近で見せることで、もう大丈夫だと確かめさせているのだ。

 

「あ、うん……」

 

ふと芳佳の柔らかな頬がポッと赤く染まり、恥ずかしそうに顔を伏せてしまう。

 

「どうしたんだ?」

 

「お兄ちゃん。やっぱりカッコいいなぁ、って……」

 

「あんまり見てると、お代頂くぞ?」

 

ニヤついた優人は冗談めかして言う。芳佳はセーラー服のポケットから数枚の紙幣を取り出し、兄へ差し出す。

 

「こ、これで足りるかな?」

 

緊張を孕んだ声音で問う妹の手から紙幣を拾い上げ、優人は笑みを深めた。

次に紙幣を持っているのと反対側の手を使って、芳佳の顎を持ち上げる。

 

「あ…………」

 

「払った分、好きなだけ見ていいからな♪」

 

「…………うん……」

 

優しく微笑み掛けるシスコン兄と、頬の朱を濃くするブラコン妹。彼等は時間が経つのも忘れ、暫しの間互いを見つめ合う。

 

「おいオマエ等、そーゆうのは余所でやれよナ」

 

完全に2人の世界に入ってしまった宮藤兄妹。カップルの如くイチャつく優人と芳佳に向かって、ぶっきらぼうな声が自重を促す。

声の主は、スオムス空軍トップエース――エイラ・イルマタル・ユーティライネン少尉だ。

彼女の傍らには、オラーシャ陸軍優秀なナイトウィッチ――アレクサンドラ・ウラジミーロヴナ・リトヴャク中尉の姿もある。

 

「優人さんと芳佳ちゃん、スゴく仲良しね♪」

 

「フン、鬱陶しいだけダロ」

 

宮藤兄妹の仲睦まじい光景を柔らかな笑顔で見守るサーニャ――アレクサンドラのオラーシャ語由来の愛称――とは対照的に、エイラは面白くなさそうに鼻を鳴らす。

 

「けど、何だか久々だよね♪」

 

両手を頭の後ろで組んだカールスラントウィッチ――エーリカ・ハルトマン中尉が、北欧出身者2人の言葉を継ぐ。

 

「優人とミーナは、丸1日敵地で孤立していたからな……」

 

ハルトマンの右隣では、同じくカールスラント空軍ウィッチであるゲルトルート・バルクホルン大尉が、胸の前で腕を組んで立っている。

彼女は先程から、宮藤兄妹の様子をチラチラと窺いながら、時折居心地悪そうに身体を揺すっていた。

それもそのはず。話を聞かず事情も確かめずに早合点し、酷い誤解から優人の顔面を派手に凹ませたのはバルクホルンなのだ。

室内には、501以外にもウィッチが2名――扶桑海軍の竹井醇子大尉と若本徹子中尉の姿もあった。

竹井は宮藤兄妹のやり取りを「あらあら♪」と微笑ましそうに眺め、若本は例によって呆れた様子で肩を竦めている。

現在ガンルームには、諸事情で天城に乗艦している竹井、若本両扶桑海軍ウィッチ及び501な隊員達が集まっていた。しかし、501の方は集まりが悪く、約半数――6名しかいない。

この場にいない501メンバーのうち、司令のミーナは指揮系統が回復した西部方面総司令部に、ネウロックの件を報告するため、今は電信室にいるはずだ。

シャーリーとリーネは、それぞれルッキーニとペリーヌを探して、天城艦内を歩き回っている。

 

「ところでさぁ、優人」

 

ふとハルトマンが悪戯っぽい笑みながら、優人に訊ねた。

 

「ホントにミーナとは何も無かったの?」

 

ネウロイ化したグラーフ・ツェッペリンとの初戦に臨んだ一昨日の夕刻。

紆余曲折あって、ネウロイの勢力下に墜落した優人と501部隊司令ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐は、ネウロイから逃れるため廃屋に潜み、そこで丸1日の時を過ごしていた。

優人とミーナに限って、間違いを起こしたりはしないだろうが、年頃の男女が2人きりで何者にも介入されない環境で寝食を共にする。

そう聞けば余計な勘繰りをしたくなるのが、人情というものだ。

 

「残念ながら、お前が期待しているようなことは何も無かったよ」

 

「ちぇ~っ!優人の甲斐性無し!」

 

「止めんかハルトマン!はしたない!」

 

不満げに唇を尖らせるハルトマンを、バルクホルンが怒号を上げて叱責する。

生真面目な性格の彼女からすれば、この手の話題は聞くに堪えないものだ。

バルクホルンに限らず、芳佳やサーニャも赤面した顔を俯かせるなど。ウブな反応を見せていた。

 

「悪いけど。孤立無援の状況で女に手を出すほど落ちぶれちゃいないさ」

 

「あら?優人って意外と紳士的なのね♪」

 

クスクスと笑声を立てながら、竹井が茶化すように言う。

 

「ふ~ん……あっ!優人見て!シャーリーとリーネがすっぽんぽんで入ってきたよ!」

 

「なにっ!?」

 

ハルトマンが口にした魅力的な言葉につられ、優人は反射的に背後の扉を振り返る。

 

「………………あれ?」

 

当然といえば当然だが、501が誇る爆乳ウィッチ達の姿は何処にも無い。

 

「にゃははは!引っ掛かったぁ~♪」

 

呆気に取られる扶桑海軍ウィザードを指差し、ハルトマンは何とも楽しげに笑う。

彼女の笑い声で、優人はハルトマンが自分を騙したことに漸く気付く。

普通は騙されないが、男の性というか。本能的なものが反応してしまったらしい。

 

「ハルトマン、お前っ!タチの悪い嘘を吐くな!」

 

「今ので引っ掛かったお前こそアホだろう?」

 

「優人。まったく、お前といかヤツは……」

 

「優人さ……宮藤大尉も、男の子なんですね……」

 

抗議の声を上げる優人に対し若本とバルクホルンが揃って軽蔑の眼差しを向け、サーニャは呼び方を他人行儀なものに変えて関係に距離を取ろうとしていた。

堅物大尉と扶桑海軍中尉はともかく、優しい性格のサーニャも、男性のスケベ心には少々厳しいようだ。

 

「ちょっと待て!俺の言い分も聞いてくれ!」

 

「是非聞かせてもらおうか?」

 

必死に懇願する優人に、バルクホルンが幾ばくかの慈悲を見せた。

 

「俺は女性が好きな健全な男だ。『ひょっとしたら』『もしかして』の僅かな可能性についつい縋ってしまう純粋な男心を持ってるんだ!そこを理解してくれよ!」

 

「あ~はいはい。純粋にスケベな男心でしょ?」

 

「エンガチョ」

 

竹井とエイラまでもが容赦の無い追い討ちをかけてくる。

ほぼ孤立無援の状態になった優人は、傍らに控えている妹に助け舟を求めるが、それがまずかった。

 

「よ、芳佳……」

 

「お兄ちゃんのえっち……」

 

「なっ!?」

 

最愛の妹にまで突き放されてしまい、扶桑海軍ウィザードは完全に孤立する。

ウィッチ達の精神でダメージが蓄積していた優人の心に、芳佳が止めを刺したのだ。

 

「は、はははは…………」

 

両の瞳に薄く涙を浮かべた優人は、乾いた笑い声を上げながら、フラフラと覚束無い足取りで歩き出す。

 

「ちょっと、風呂入ってさっぱりしてくるよ……お湯で煩悩を流さないと……はははは…………」

 

そう言い残し、ガンルームを後にする優人の哀愁漂う後ろ姿を、ウィッチ達は総出で見送った。

 

「少し苛め過ぎたかしら?」

 

「これくらい薬だろ?」

 

竹井が口に出した疑問に応じた若本が、さらに言葉を続ける。

 

「アイツがミーナ中佐に飲酒させたせいで、天城は大変だったんだからな」

 

ネウロイの勢力下で孤立した際、優人とミーナは廃墟となった扶桑旅館風のホテルに身を潜めていた。

ホテルには、ノイエ・カールスラント疎開時に持ち出せなかった品が多く残されており、厨房には大量の扶桑酒が置かれたままになっていた。

ミーナはその扶桑酒を飲んで悪酔いしてしまい、まず優人や自らを迎えに来た芳佳を誘惑染みた絡み酒を仕掛け、天城に戻ってからは艦内のウィッチや扶桑の海軍将兵に片っ端から手を出し、艦を大混乱に陥れたのだ。

この騒ぎは、ミーナがアルコールに負けて眠りに付くまで続いていた。

主な被害者は501の芳佳、エイラ、ルッキーニ、ペリーヌ及び分隊長級を含めた天城乗員の大半。

皆一様に服が肌蹴け、口紅を引いた唇に酷似した赤い痣が複数できていたという点が共通している。

一体被害者達は、酔っ払って我を忘れた501部隊司令殿に“ナニ”をされたのだろう。

しかし、事件が起きたのが、カールスラントの皇室親衛隊が天城から撤退した後だったこと。加害者及び被害者の殆んどが事件に関する記憶を失っていたことは、不幸中の幸いとでも言うべきか。

残り当事者で話し合った結果。あまりにあんまりな出来事故、この一件は西部方面総司令部や遣欧艦隊へは報告せず秘密にしたまま、各々墓まで持っていくことに決まった。

 

「優人ってば、新人の時から女の子に好かれやすかったのに。あの天性の女難が祟って悲惨な目にあってたわよねぇ♪」

 

「そんなヤツが、今やガリア解放の英雄とは。お前や美緒もそうだが、俺はすっかり先を越されたな……」

 

「今からでも統合戦闘航空団に志願してみたら?」

 

「バカ言え、俺は直に引退する身だぞ?よしんば入れたとして、余所の国の連中と上手くやれる気がしない」

 

「そんなことないと思うけど。ところで、あなたはどうしてまた天城に?」

 

と、竹井は雑談ついでに素朴な疑問をぶつける。昨日、対グラーフ・ツェッペリン戦の援軍という役目を終えて一度蒼龍に戻った若本が、何故再び天城を訪れているのか。

 

「おっと、忘れていたな。おい、優人の妹!」

 

竹井に訊かれたことで、天城へ来た用件を思い出したらしい。若本は芳佳に声を掛けた。

 

「あ、は~い!」

 

芳佳は返事をすると、小走りで先輩ウィッチの元へ駆け寄っていく。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

同時刻、天城艦内・浴場――

 

「まったく、どいつもこいつも友達甲斐のない……」

 

脱衣所に来るまでの間に多少はメンタルが回復したらしい優人は、ブツブツと不平を漏らしながら服を脱いでいく。

 

「風呂から出た頃には芳佳の機嫌も直ってるよな?」

 

かような不安を胸中に滲ませつつ、脱衣籠に制服や下着を投げ込んで全裸になる。

 

「当番兵は……いないのか?」

 

優人はキョロキョロと周りを見回す。艦船において真水は貴重なものだ。

なので風呂も汲み上げ、濾過した海水を利用した湯である。

真水の湯は、配給された券――1枚で洗面器1杯――と引き換えで支給される。そのため、当番兵が近くに控えているはずだが、見当たらない。

 

「トイレかな?」

 

そう結論付け、優人は勝手に配給券と真水の入った洗面器を交換すると、手拭いを肩にかけて浴室へ踏み入った。

程好い温度・湿度が保たれ、浴槽から立ち上る真っ白な湯気で満たされた浴室が、扶桑海軍ウィザードを出迎える。

 

「ふぅ~……」

 

あまりの心地好さに自然と溜め息が漏れる。軍隊生活に組み込まれようと、扶桑人にとって風呂は欠かせない存在だ。

 

「さて、身体を洗うか!」

 

「誰っ!?」

 

「…………えっ?」

 

どうやら先客がいたらしい。相手は優人の独り言に反応して声を返してきた。

軍艦の浴場に、自分以外の人間がいること自体は何もおかしくない。

問題なのは浴室内で反響し、優人の耳朶を打った相手方の声が、明らかに男のものではないことだ。

次第に湯気が晴れていき、一寸先も見えづらかった浴室の全体像が露になる。もちろん、先客の姿も……。

やがて、湯気の奥から1人の美少女が現れる。一点の曇りも見当たら無い白い肌に華奢な体格。絹で織ったようにしなやかで光沢のある長い金髪と、同じ色彩を放つ瞳。

そして、トレードマークのメガネを掛けた少女は、自由ガリア空軍のエースウィッチ――ペリーヌ・クロステルマン中尉であった。

神の悪戯か、悪魔の罠か。浴室で遭遇してしまった優人とペリーヌは、あまりのことに双方思考が停止してしまっているようだ。

しばらくは、お互い一糸纏わぬ肢体を晒して呆然と見つめ合っていたが、次第にそれぞれが己の置かれた状況を理解し始める。

 

「あ……ああ……」

 

自分が今、裸で異性の前に立っていること。また、自分も優人の裸体をその双眸でバッチリ捉えてしまっていること。

それらを認識したペリーヌの顔が真っ赤に染まり、身体はワナワナと震え出す。

 

「わ、悪い!すぐ出て行くから!」

 

慌てた様子で両手を顔の前で振りつつ、優人は脱衣場へ退がっていく。だが、そんな彼の後退を阻むものがあった。石鹸だ。

浴室であるため、石鹸が置かれていること自体は何らおかしくない。しかしその石鹸は、どういうわけか床に転がっていたのである。

 

――ツルッ!

 

「うわっ!?」

 

「え?きゃああああぁ!」

 

ペリーヌの美しき裸体に気を取られていた扶桑海軍ウィザードは、危険物が自らの足元に存在していることに気付けなかった。

石鹸を踏んで足を滑らせた優人は、そのまま前のめりに転んでしまう。

当然、正面にはペリーヌがいるので、彼女を巻き込む――或いは飛び付く形で激突し、2人は揃って転倒した。だが、これで終わりではなかった。

 

「うぅ、背中が……」

 

「いたたた……」

 

――ムニュン!

 

「へ?」

 

「……え?」

 

ペリーヌに覆い被さるようにして倒れた優人が、痛みを口にしつつ身体を起こす。

直後、扶桑海軍ウィザードとガリア貴族令嬢は、順に間の抜けた声を漏らし、硬直する。

優人の右手が、ペリーヌの小ぶりな胸の左乳房をしっかり捉えていた。

熱い湯気に満たされた空間で凍り付く2人。数瞬間を置いた後、我に還った優人が焦り気味に弁明する。

 

「ペ、ペリーヌ!これはそのっ!」

 

「……………………」

 

「え~っと……あの……」

 

「…………………………」

 

未だ硬直しているペリーヌは、心ここに有らずといった感じだが、それでも慌てふためく優人の言葉に辛うじて耳を傾けている。

 

「ペリーヌの胸って、その……大きくはないけど。何て言うか、淑女のような慎ましさがあるな」

 

何故そんなバカなことを言ったのか。それは優人自身にも分からない。衝撃的な出来事が続け様に起きたため、おかしくなっていのだろうか。

 

「~っ!」

 

優人の爆弾発言に晒されたペリーヌは、顔を染め上げていた羞恥の紅を濃くし、声にならない悲鳴を上げる。それに伴い、彼女の使い魔であるシャルトリューの耳と尻尾が出現し、身体は青白い光を帯電し始める。

この後何が起きるのか。扶桑海軍ウィザードは即座に理解し、反射的に飛び退いた。だが、時既に遅し。

 

「ペリーヌ!や、やめ――」

 

「イヤァアアアアアアアア!」

 

ガリア貴族令嬢の放った青みを帯びた鋭い光が、情けない声で命乞いをする優人の言葉を掻き消した。

目も開けて要られないほどの眩い閃光に呑み込まれながら優人は思う。自分は生きて故郷――扶桑に帰れるのだろうか、と……。




読者の皆様、お読み頂きありがとうございます!よろしければ感想と誤字脱字報告の方もお願い致しますm(__)m
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。