芳佳の入隊して数日。坂本とミーナが地上から芳佳とリーネの飛行訓練を見ていた。そこへ優人が遅れてやってくる。
「うちの妹が世話になってます。ミーナ中佐、坂本少佐」
優人はおどけた口調で話掛けると、二人の間に立った。
「書類はもういいのか?」
坂本が優人に訊く。
「今日の分は終わったよ」
「お疲れ様」
ミーナは一仕事終えた優人を笑顔で労う。優人はミーナに向かって頷くと空に視線を移した。
「中々上達しないわね」
ミーナは芳佳の飛行を見て呟く。初飛行で赤城を救うほどの大活躍が嘘に思えるほど、不安定な飛行で今にも墜落してきそうだ。
「魔法力は高いんだが、コントロールが出来ていないんだ、あいつは」
芳佳の現状を簡単に説明する坂本。それを聞いてからミーナはリーネの方へ視線を移した。
「リーネさんは相変わらず訓練ではうまくやれているわね」
坂本と優人もリーネの方に目をやる。芳佳とは違い、彼女は綺麗に飛んでいる。
「実戦で訓練の半分でも出来ればな……」
惜しいな、といった感じの坂本。
「そうねぇ。優人、危ないわよ」
「えっ?」
ミーナからの突然の注意。何が危ないのかわからずに間の抜けた声を出す優人。
「おにいちゃ~ん!どいてええええええええ!!」
「芳佳?……でっ!!」
空を飛んでいたはずの妹の声が背後から聞こえ、優人が振り向こうとした瞬間、背中に衝撃が走った。コントロールを失い、飛行コースから大幅に外れた芳佳が後ろから突っ込んで来たのだ。ちなみに坂本とミーナは衝突の直前、優人から一歩離れている。
「いたたた……あっ!お兄ちゃん、大丈夫!?」
ぶつかった兄の心配をする芳佳。彼女はうつ伏せに倒れた優人の上に乗っかっている。
「………………」
優人は何も言わず。いや、痛みで何も言えずピクピク痙攣している。
「訓練中の事故で負傷者1名か」
「優人、大丈夫かしら」
妹の体当たりを受けた優人は坂本の肩を借りて医務室へ運ばれた。
◇ ◇ ◇
夕方。訓練を終えた芳佳とリーネが昨日と同じように滑走路でへばっていた。二人が肩で息をしながら横たわっているとバルクホルンが近づいてきた。
「バルクホルンさん」
肩で息をしながら声を掛けるリーネ。しかし、バルクホルンはリーネを無視して芳佳に目を向けた。
「新人」
「は、はい!」
バルクホルンに声を掛けられ、芳佳は飛び起きる。
「ここは最前線だ、即戦力だけが必要とされている。死にたくなければ帰れ」
芳佳を厳しく突き放すバルクホルン。彼女のきつい言葉に芳佳は俯く。
「私もみんなの役に立ちたいと……」
「ネウロイはお前の成長を待ちはしないし、兄の七光りで優秀なウィッチにはなれない」
兄の七光り、その言葉が芳佳の胸に突き刺さる。
「後悔したくなければ、ただ強くなることだ」
バルクホルンは背中を向けて言うと芳佳から離れ、基地へと歩いていく。後悔したくなければ、それは彼女の経験から来る言葉でもある。芳佳は何も言い返せず、濡れたような瞳でその背中を見つめることしか出来なかった。
◇ ◇ ◇
その頃、ロンドンに置かれている連合軍司令部の一室では、二人の男性がソファーに座り、顔を突き合わせていた。
一人は扶桑海軍遣欧艦隊司令長官の赤坂伊知郎中将。もう一人はブリタニア空軍戦闘機軍団司令官で501部隊の上官でもあるトレヴァー・マロニー大将だ。
「私はブリタニアの防衛のために人員を派遣しているだけでしてね。別段、何かを企んでいるわけではないんですよ。どうも、そのあたりを誤解されてるのではないかと思いましてね」
「私は何も誤解などしていないがね」
赤坂が意向を探るとマロニーはすぐさま否定した。優人に頼まれるまでもなく、赤坂はマロニーに掛け合っていた。
同盟関係にあり、ネウロイ発生時には相互に協力する体制を整えたほど友好的な扶桑とブリタニア。しかし、この二人の関係はとてもフレンドリーには見えない。
「閣下、あなたが私のやることをいちいち気にくわないのは存じております。しかし、それで彼がとばっちりを受けるのは少々理不尽ではありませんかな?」
赤坂の言葉を聞いて、マロニーの眉がピクッと動く。
「……まるで私が個人的な都合で宮藤大尉を左遷しようとしているような口ぶりじゃないか」
「違うと?」
「とんでもない言い掛かりだ。私は宮藤家の血筋断絶を懸念しているだけだよ」
白々しいことを言うマロニー。赤坂は顔をしかめるが、すぐに穏やかな表情を取り繕った。
「いかがですか?ここは宮藤兄妹を揃って501に配属させてみるのは?宮藤博士のお子である二人が最前線で戦うことは、連合軍はもちろんブリタニアにとってもいい宣伝になると思うのですがね」
少しでもブリタニアに利益があるように見せる赤坂。しかし、マロニーは赤坂の提案を鼻で笑い飛ばした。
「それには及ばんよ。近い将来、ウィッチに頼らなくて済むようになる」
「それはどういう――」
「君は知らなくていいことだ」
自分を見下すかのようなマロニーの物言いに、赤坂は奥歯を噛み締めた。
◇ ◇ ◇
夜。芳佳は滑走路の先に座ってそこから見える景色を眺めていた。雲の少ない夜空には綺麗な三日月が浮かび、海からは静かな波の音が聞こえる。そんな美しい風景に反し、芳佳の表情は暗い。
「ここにいたのか?」
「お兄ちゃん」
優人が芳佳の元へやってきた。彼は夜になってから姿が見えなくなった芳佳を心配し、探しにきていた。昼間の事故が聞いているのか、歩き方が少しぎこちない。
「お兄ちゃん、背中は大丈夫なの?」
「何とかね」
優人は笑って見せるが芳佳は俯いてしまう。
「ごめん、私がぶつかったせいで……」
「大丈夫だから気にするな。お前こそ、こんなところでどうした?」
優人はそう訊ねながら芳佳の隣に座る。
「うん、ちょっとね……」
「バルクホルンあたりにきついこと言われたのか?」
「えぇ!?何でわかるの!?」
優人に言い当てられ、軽く動揺する芳佳。
「ふふ、お兄ちゃんにわからないことなんてないさ」
と得意気に言う優人。実際はハルトマンからバルクホルンのことを聞いていたからだ。
「あいつは他人にも自分にも厳しいやつだから、ついそういう言い方をしちゃうんだよ」
妹を気に掛けつつ、バルクホルンのこともフォローする優人。彼は妹の味方をするが、仲間のことも大切に思っている。どちらか一方の肩を持ったりはしない。
「でも……私、魔法が下手なの。お兄ちゃんの妹なのに……」
表情を曇らせる芳佳。バルクホルンに“兄の七光り”と言われたためか、エースとして活躍している兄に引け目を感じているらしい。
「俺だって初めからエースだったわけじゃないよ。魔法だって上手く使えなかったし」
「それでも、私よりはマシだよ……」
「どうだろうな」
と優人は苦笑いを浮かべ、自身の新人時代を語り始めた。
「俺はお前みたいに訓練も無しに飛べなかったし、たまに自分の魔法でストライカーを凍らせて、墜落しかけたこともあるんだぞ」
「えっ……」
冗談のような話に言葉を失う芳佳。しかし、「冗談だよね?」と訊いてみると優人は「本当だ」と言ってあははは、と乾いた笑い声を上げた。どうやら、事実のようだ。
「そんな俺でもこうして戦ってこれたんだ。初飛行であれだけの活躍をしたお前に出来ないはずないよ」
優人は励ましながら芳佳の頭を撫でる。この頭撫では芳佳が小さい時から、ずっとやってきた癖のようなものだ。
「深く考え過ぎるな。ゆっくりでも良いんだ、一歩ずつ前に進んでいけば、その先にはお前が大勢の人の役に立つ未来が待っているはずだよ……」
「お兄ちゃん……ありがとう!」
笑顔で礼を言う芳佳。ようやく笑顔になった妹を見て、優人も嬉しくなり、「どういたしまして」と返すと思い出したように話を振った。
「そう言えば昔、芳佳に似ているウィッチがいたよ」
「私に?」
「うん。魔法力がうまく使えなかったり、誰かを守る為に無茶したり、やたら泣き虫だったり……」
「わっ、私は泣き虫じゃないよ!!」
ムキになって怒鳴る芳佳。その反応が面白かったのか、優人はニヤニヤしながらからかい始めた。
「そうかぁ?久しぶりに会ってから何度も泣いてるぞ?」
「もう!!お兄ちゃんはどうしてそんなに意地悪なの!?」
「痛い痛い」
芳佳は顔を真っ赤にしながら優人のことをポカポカと叩く。優人は芳佳の攻撃ガードし、痛がりながらも楽しそうに笑っている。
「宮藤さん?大尉も」
「お?」
「えっ?」
後ろから声が聞こえ、二人が振り返るとリーネがいた。
「リネットさん」
「どうした?」
「あの、大尉……これを……」
優人が立ち上がると、リーネはまるで怯えるような表情で一枚の紙を差し出してきた。彼女の様子からしてラブレター等ではないだろう。
「除隊申請書?」
優人は目を疑った。受け取った書類は除隊申請書だった。優人が理由を訊く前にリーネが口を開いた。
「わ、私……ウィッチーズを辞めようかと」
「ええっ!?リネットさんあんなに上手なのに?」
驚いた芳佳は立ち上がる。訓練で上手くやっているリーネは自分より優秀に見えている。そんなリーネが何故辞めようとするのか、芳佳には分からなかった。
「ううん、全然そんなことないわ」
「上手だよ」
芳佳は屈託のない笑顔で言う。
「訓練だけなの。実戦では全然だめで飛ぶのがやっと……」
「えっ、訓練で出来れば……」
「訓練も無しにいきなり飛べた宮藤さんとは違うの!」
焦りや劣等感からか、感情が少しだけ爆発してしまったリーネ。悪気はなかったようですぐに「ごめんなさい……」と消え入りそうな小さな声で謝る。
「あのなリーネ」
今度は優人が話始める。
「お前はまだ頑張りようはあると思うし、芳佳の言う通り訓練は上手くいってるんだから、何も辞めることないと思うけど……」
優人は諭すがリーネは俯いてしまい、何も答えない。
「とりあえず預かっておくよ」
優人は小さな溜め息を吐き、除隊申請書をポケットにしまった。
「数日待つ、それでも考えが変わらないようならこれはミーナ中佐に提出する。それでいいな?」
リーネは優人の言葉に小さく頷き、一言「失礼します」と言うと基地に向かって逃げるように駆けていった。
「リネットさん……」
「…………」
扶桑の兄妹は遠ざかるリーネの背中を心配そうに見つめていた。