ストライクウィッチーズ 扶桑の兄妹 改訂版   作:u-ya

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読者の皆様、明けましておめでとうございます♪


今年も、どうぞよろしくお願い致しますm(__)m


第33話「感情の萌芽」

優人が気を失って数時間後、空母天城飛行甲板――

 

扶桑皇国海軍遣欧艦隊所属艦――赤城型航空母艦二番艦“天城”は、相変わらずパ・ド・カレー沖合に停泊していた。

本来ならば天城は、第501統合戦闘航空団『ストライクウィッチーズ』解散に伴い、同航空団から第504統合戦闘航空団『アルダーウィッチーズ』へ引き継がれる各種物資及び人員を、ロマーニャの504基地まで輸送するはずであった。

しかし、成り行きで501や帝政カールスラント皇国親衛隊と共同戦線を敷き、ネウロックと交戦することとなった。それが昨夜のことだ。

数時間前――丁度優人が気絶した時分――に、やや遅れて遣欧艦隊総司令部より新たな命令が届き、所在無さげな状況から漸く解放された。

命令は2つ。1つは501航空団の解散に合わせて、当初の輸送任務を果たしにロマーニャへ向かうこと。

もう1つは本国で軍法会議にかけられる予定の艦長を拘束して、帰国後速やかに憲兵へ引き渡すこと。

何故、艦長が軍法会議で裁かれなくてはならないか。理由は極秘事項であり、知っているのは副長以下数名の乗員のみである。

 

「あぁ~……酷いめにあったぁ……」

 

優人は飛行甲板で胡座を掻いていた。大空を仰ぎ、胸中に残った不快感を少しでも払おうとする。

 

「おいおい、大丈夫か?」

 

隣に座っているシャーリーが、心配半分からかい半分に訊ねる。

彼女のさばけた眩しい笑顔と、ダイナマイトバディもこれで見納めになるかもしれない。優人は秘かにそう思った。

 

「お兄ちゃん、今でも虫がダメなんだね。もう大丈夫なの?」

 

「うじゅ……ごめんなさ~い」

 

シャーリーに続いて、妹の芳佳と妹分のルッキーニも声を掛ける。

からかい混じりなリベリオンウィッチとは違い、後の2人は神妙な面持ちであった。

 

「アタシ、優人が虫が嫌いだって知らなかったから……」

 

そう言って、ルッキーニはションボリと項垂れる。いじらしく思った優人は、ロマーニャウィッチの頭を優しく撫でてやる。

 

「気にしないで。確かに虫には驚いたけど、ルッキーニの気持ちはちゃんと伝わったからさ♪」

 

爽やかな笑顔で応じるも、ルッキーニとの会話により瓶の中で蠢く昆虫共の姿が脳裏に浮かび上がり、優人は身震いした。

 

「ホント?優人、怒ってない?」

 

と、ルッキーニは上目遣いに問う。不安げに揺れる翡翠色の瞳を真っ直ぐ見据え、優人は微笑み掛けながら言う。

 

「何で俺がルッキーニを怒るの?」

 

「やたぁ~!優人大好きぃ~!」

 

「おわっ!?」

 

嬉しさのあまり飛び付くルッキーニ。仰向けに倒れた優人は、背中を思いっきり打ちつけてしまい、軽く涙目になっていた。

 

「まったく騒々しいですわね」

 

ふと呆れたような呟き声が耳朶に触れる。声の主はペリーヌだ。

ガリア貴族令嬢はルッキーニに抱えて起き上がった優人の前まで来ると、豪奢なデザインのティーカップを1つ差し出した。

武骨な軍艦には不釣り合いなティーカップの中には、ハーブティーが注がれている。

 

「心身の疲労に効くハーブティーですわ。良ろしければ、お飲みになってください」

 

と、ペリーヌ。艦内浴場で優人に生まれたままの姿を見られて御機嫌斜めだった彼女だが、優人が気絶している間に機嫌は直ったらしい。

 

「ペリーヌ、ありがとう。いい香りだ」

 

ハーブティーのお礼に、優人はガリア貴族令嬢の頭を優しく撫でてやる。

ペリーヌは白い頬に紅を灯し、恥ずかしそうに顔を微かに俯かせるが、満更でもなさそうだ。

 

「おいおい宮藤大尉殿、モテるじゃないか♪」

 

ハーブティーを味わう優人をシャーリーが茶化す。しかし、彼女やハルトマンに散々イジられてきた優人には、これしきの冷やかしは最早慣れっこである。

 

「何だ?羨ましいのか?」

 

と、ハーブティーで口内を湿らせながら、優人は事も無げに言う。

扶桑海軍ウィザードの反応が面白くなかったのか。シャーリーは眉を顰める。しかし、すぐさま何か思いついたらしく、ニヤリと口角を吊り上げ、悪戯な笑みを見せるのだった。

 

「随分生意気だな?昨日は二度もあたしの谷間に顔を埋めていたくせに♪」

 

「ぶぅ~っ!」

 

優人の口からハーブティーが盛大に吹き出る。せっかくペリーヌが用意してくれたというのに無駄になってしまい、飛行甲板も汚してしまった。

 

「ゲホゲホッ!な、何だよ突然!?」

 

扶桑海軍ウィザードは派手に噎せながらも、涙目でシャーリーを睨みつける。

 

「あっはははは!優人ぉ、お前って本当に可愛いやつだなぁ!」

 

シャーリーは腹を抱えながら、大空に響かんばかりの笑い声を上げる。

2人のやり取りを間近で聞いていたペリーヌは、頬の朱色が深くなっている。どうやら、悩ましい妄想が彼女の脳内を駆け巡っているらしい。

 

「ねぇねぇ!アタシには?」

 

ルッキーニが自分の分のハーブティーを要求する。現実に還ったペリーヌは、意地の悪い笑みを浮かべて応じる。

 

「あら?ロマーニャの田舎者にハーブティーの良さが分かりまして?」

 

「むぅ……嫌な言い方ぁ」

 

ペリーヌの嫌味ったらしい物言いに、ルッキーニは頬を膨らませる。

どうやら、ガリア貴族令嬢は自らの胸を“甲板胸”とバカにされたことを根に持っているようだ。

 

「ペリーヌって、シンデレラに出てくる意地悪な継母みたい」

 

「フンッ!なんとでも言いなさい、私は寛大な心を持つガリア貴族。あなたに何を言われようと――」

 

「……ペッタン胸」

 

「なっ!?」

 

ロマーニャウィッチがボソリと呟いた一言を、ペリーヌは聞き逃さなかった。

憤慨するガリア貴族令嬢は目尻を吊り上げ、ルッキーニに食って掛かる。

寛大(?)な心を持つ彼女も、胸に対する侮辱は聞き流せなかったらしい。尤も、本当に寛大な心を持っているなら、“甲板胸”の謗りくらい大目に見てやればいい気もするが……。

 

「あ、あなたって人はぁ!」

 

「やぁ~い!やぁ~い!ペッタン胸ぇ!」

 

「待ちなさ~い!今日という今日は許しませんわよぁ!」

 

自身を小馬鹿にしながら走り去っていくロマーニャウィッチを、まんまと挑発に乗ったペリーヌが追いかけていく。もうすぐ解散式が始まるのだが、完全に忘れているようだ。

優人と共に彼女達のやり取りを見ていたシャーリー「おいおい」と苦笑しつつ、2人を連れ戻そうと追い掛けて行く。

そして1人残された優人だが、制服に包まれていようとお構い無しに揺れるリベリオンウィッチのたわわな果実を無意識に目で追い掛けていた。この男のこういった性分も相変わらずである。

 

「助平が……」

 

不意に背後から声がして振り返ると、いつの間にか同期の桜である2人のウィッチ――竹井醇子大尉と若本徹子中尉が立っていた。

竹井は穏やかな表情でクスクスと小さく笑声を立て、若本は呆れと軽蔑を湛えた眼差しで扶桑海軍ウィザードを見ている。ちなみに先程の発言は若本のものだ。

彼女の言葉に応えることなく、優人は無言で立ち上がると、2人へ向き直った。

 

「優人ってば、本当に相変わらずね。罪作りなところも、えっちなところも♪」

 

「え、えっちって……」

 

竹井の言う“罪作り”がどういう意味なのか。ラッキースケベなクセして変に鈍感な男である優人には、今一つ理解出来ないようだが、“えっち”の意味はしっかりと自覚した上で理解していた。

そのため、長い付き合いの竹井達からこの手の話題を振られてしまうと、強く言い返せない。

 

「まったく……北郷先生と言い、陸軍の先輩達と言い。お前はデカ乳ぶら下げていれば誰でもいいのか?」

 

あまりにもストレート且つ辛辣な若本の物言い。竹井はやれやれと肩を竦め、優人はムッとする。

優人が扶桑海軍に入隊したのは、ちょうど彼が思春期に差し掛かった頃。異性に興味を持ち始める時期に、周りがウィッチに囲まれた環境で生活することとなった。

しかも師であり、上官でもあった北郷章香少佐をはじめ、北郷の親友で陸軍第一飛行戦隊司令の江藤敏子中佐や彼女の指揮下にあったウィッチ等。歳上の女性が矢鱈と多く。

北郷と江藤以外は、皆10代半ばと。501の年少組と大差ない年頃だったのだが、当時11歳だった優人からしてみれば、年齢も身体的な特徴――特に胸の発育――も大人と言って差し支えないものであった。

次期に成人を迎えようという北郷や江藤。ウィザードで歳下の少年である優人に興味を持ち、彼をちょくちょくからかっていた陸軍の先輩航空歩兵のお姉さん達。そして501においては、扶桑撫子とはまた異なる魅力を持つ各国軍のウィッチ達。

彼女等を前にして、邪な感情を抱かなかったかと問われれば嘘になる。だがそれでも、まるで優人が女性の胸にしか重きを置いていないかのような若本の言い様は、失礼極まりないものだった。

 

「2人共、喧嘩はダメよ?」

 

「事実を言ったまでだ」

 

「お前の性格の悪さこそ相変わらずだな……」

 

睨み合う戦友達を宥める竹井。開き直って、減らず口を繰り返す若本。彼女に睨みつつ、悔しそうに呻く優人。

一見すると、優人と若本は仲が険悪に見えるが、これは再会時の挨拶のようなもの。2人とも根っこでは信頼し合っている。

501で言えば、バルクホルンとシャーリーのような喧嘩友達に似たの関係だ。

ちなみに、舞鶴にて初めて若本と顔を合わせた優人の彼女に対する印象は最悪だった。

ウィッチとしての才覚から来る自信に満ち溢れた若本の立ち振舞いが、優人の目には傲慢で嫌な女に映っていたのだが、それも昔のこと。

 

「そんなことより、501航空団の解散は蒼龍の出航に間に合うんだろうな?」

 

と、若本が別の話題に変える。当初の予定では、宮藤兄妹は天城に乗艦し、その足で扶桑へ帰国することになっていた。

しかし、ネウロックの出現等の理由で天城が随分足止めを食らってしまい、ロマーニャに寄った後の帰国では芳佳の復学予定日に間に合いそうもない。

そこで、第一航空戦隊――瑞鳳、祥鳳の軽空母2隻で構成――と入れ替わりで帰国する第二航空戦隊――蒼龍、飛龍の正規空母2隻で構成――に便乗する形で、扶桑に向かうことになった。

このような個人的な我が儘が罷り通るのも、一重に父親と親しい間柄にある遣欧艦隊司令長官――赤坂伊知郎大将の便宜があったればこそだ。

優人は賢い男だ。必要とあらば……それこそ、航空歩兵を含めた最前線で戦う将兵達の為、父親のコネを利用するのも厭わないが、一方で利己的な理由で赤坂に助力を請う等。周囲からの反感を買うような真似は一切していない。

 

「蒼龍の出航までまだまだ時間はあるだろ?」

 

「お前達の体たらくを見ていると不安になるんだ。美緒とヴィルケ中佐は、よくこんな手の掛かる部隊を指揮したもんだな」

 

501に対する若本の率直な感想に、優人は苦笑気味しつつも内心同意する。

身体の向きを180度変え、扶桑海軍ウィザードは共にブリタニアの戦いを潜り抜けた戦友達へ視線を移した。

優人が気絶していたのをいいことに、今の今まで昼寝していたらしいハルトマンが漸く甲板に現れ、そんな彼女に堅物大尉ことバルクホルンが、いつもの如く説教をしている。すぐ近くにミーナの姿も認められた。

上述の光景を、他の仲間以上に見慣れているであろう司令殿は、微笑半分苦笑半分といった表情で2人見守っている。

昨晩は悪酔いして宮藤兄妹に絡んだり、天城艦内で大暴れしたミーナだが、朝方にはすっかり酔いが醒め、自分が何をしでかしたのかも覚えてはいない様子だった。

残っているのは軽い頭痛と、彼女に襲われた者達が負った心の傷のみである。

カールスラント組の3人がいる位置から少し離れた場所では、北欧組――サーニャとエイラが仲良く談笑していた。

エイラはなにやらモジモジと腰を揺すり、そんな彼女の様子にサーニャは不思議そうに首を傾げている。こちらもいつも通りだ。

 

「あれ?リーネはまだ来ていないのか?」

 

三つ編みに結われた亜麻色の髪と、シャーリーに次ぐサイズの爆乳が見当たらず、扶桑海軍ウィザードは怪訝そうに呟く。

優人が知る限り。リーネが、ハルトマンやルッキーニよりも遅れて集合場所に来たことはなかった。

 

「芳佳、何か聞いてないか?………………芳佳?」

 

「妹さんなら、少し前に何処かへ行ったわよ?」

 

最愛の妹の代わり、同期の桜の穏やかな方が応える。優人は「は?」と目の抜けた声を漏らす。

 

「あなたが他の娘とお楽しみ中にね♪」

 

「変な言い方するなよ」

 

右目を瞑ってウインクしながら冗談めかして言う竹井に抗議するも、直後にもう1人の同期による追い討ちを受けた。

 

「いい加減にしておかないと、そのうち最愛の妹に口も利いて貰えなくなるぞ?」

 

「そ、そんなことな!…………うん、無いよ。多分……」

 

自信を持って、「無い!」と言うことが出来ない扶桑海軍ウィザードの胸には不安が滲んでいた。

若本の言う通り。いつか本当に芳佳に愛想を尽かされるのではないか、と……。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

同時刻、天城艦内通路――

 

「もう!お兄ちゃんってば!」

 

甲板にいる兄の元を離れた芳佳は、親友リーネと共に一旦艦内に戻っていた。

 

「すぐ女の子にデレデレするんだから!」

 

柔らかな頬を可愛らしく膨らませて、プンプンとご立腹な扶桑の戦友を見て、ブリタニアウィッチは口元に優しげな笑みを湛えている。

リーネも、優人がシャーリー達とじゃれあっている光景を目撃してはいたが、芳佳のように憤慨したり、扶桑海軍ウィザードを白眼視することはない。

 

「あんなんじゃ、将来女の人にだらしがない大人になっちゃうよ!」

 

「ふふっ♪」

 

「もうリーネちゃん!何笑ってるの?」

 

と、芳佳は親友に向かって声を張り上げた。自分の意見に同意するわけでも、否定して兄を擁護するわけでもなく、リーネは先程からずっと微笑んでばかりいる。

 

「ごめんね、芳佳ちゃんが優人さんのことをすごく気に掛けてるみたいだったから♪」

 

「…………えっ?」

 

リーネの発言に、芳佳はハッとする。リーネはすかさず言葉を続けた。

 

「芳佳ちゃん、優人さんのこと好き?」

 

「う、うん……好きだけど……」

 

「それって兄妹としてかな?」

 

「ふえっ!?」

 

意味深な問い掛けをするリーネに、芳佳はどう返せばいいのか分からず、場を取り繕うように足元へ視線を落とす。

幼い頃より、芳佳は兄――優人が大好きだった。しかし、それは具体的にどういう“好き”なのか。

リーネが言った通り兄妹としての好きなのか。家族に対する情なのか。或いは、それらとはまた違った意味合いの“好き”なのか。

自分自身の感情に、芳佳は明確な答えを見い出せずにいる。

 

――優人さんのことをすごく気に掛けてるみたいだから。

 

親友の言葉を反芻した芳佳の脳裏に、大好きな兄の顔が浮かび上がる。

ふと顔が熱を帯び始め、芳佳の胸中に秘められた心臓が激しく脈動する。

 

「どうしちゃったのかなぁ?」

 

茶化すような口調のリーネが、芳佳の顔を覗き見る。例え相手が心を許した親友であっても、リーネが誰かをからかうなどは大変珍しい。

 

「な、何でもない!何でもない!何でもないんだから!」

 

ブンブンと首を左右に振ると、芳佳は逃げるようにその場を離れた。

親友のブリタニアウィッチがクスクスと立てている笑声を背中に受けつつ、彼女は真っ直ぐ甲板へ向かう。その間も、彼女の胸はトクントクンと早鐘を打ち続けた。

そして、この十数分後。彼女達、連盟空軍第501統合戦闘航空団『ストライクウィッチーズ』は正式に解散となった。

メンバーは、それぞれ次の戦場に向かう者。帰国する者と様々であったが、自分達が1年も経たないうちに再び結集し、ストライクウィッチーズとして新たな戦場を駆けることになると予想出来た者は、この時点では1人もいなかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

晩刻、南大西洋のとある海域――

 

北海方面にて実施された作戦を終え、帝政カールスラント皇室親衛隊麾下の大型航空母艦――“ドクトル・エッケナー”は、南リベリオンのノイエ・カールスラントを目指し、帰還の途上にあった。

海原の波音が響く大西洋上を静かに遊弋する黒鉄の威容は、まるで海に浮かぶ要塞のようだ。

夜空より降り注ぐ月光が船体白々と輝かせ、水面は武骨な艦影を幻想的に映し出している。

良く見ると、船体の表面に損傷が確認できた。言うまでもなく、全て先の作戦で負ったものだ。

ドクトル・エッケナーは、まず扶桑皇国海軍の正規空母として竣工し、次にカールスラント海軍。そして、現在はカールスラントの皇室親衛隊と。

幾度となく所属組織を変え、様々な人間の手で運用されてきた本艦だが、先の作戦では奇しくも本来の持ち主である扶桑海軍や彼等が駆る同型艦――天城と、戦隊を組んで行動を共にすることとなった。

世が世なら、ドクトル・エッケナーは赤城型航空母艦四番艦“愛鷹”として、大戦初期の扶桑海軍空母機動部隊に名を連ねていたかもしれない。

しかし、元々は建造途中の戦艦を改装して造られた空母。加えて、艦齢の古い艦でもあるドクトル・エッケナーだ。

ストライクウィッチーズや扶桑海軍の強力があったとはいえ、ネウロックやネウロックと融合・ネウロイ化したて、かつての友軍に牙を剥いたグラーフ・ツェッペリンとの戦闘は非常に厳しく、作戦中に受けたダメージが内部を含め船体の各所に多少なりとも影響を及ぼしていた。

口にこそ出さないものの、乗員達の中には無事ノイエ・カールスラントへ到達出来るのかどうか、訝しむ者も少なくない。

艦長及び幹部乗員の多くは、ブリタニアのポーツマスへ寄港を強く希望していた。十分な補給と修理を受けてからノイエ・カールスラントへ向かうべきだ、と。

しかし、ドクトル・エッケナーと艦載航空戦力を指揮統括する名目上の司令官――ゲオルグ・ゾンバルト親衛隊准将と、階級は下だが彼より強い発言力を持つ親衛隊大佐の意向が優先され、真っ直ぐ南リベリオンへ進路を取ることと相成った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

同刻同海域、ドクトル・エッケナー艦内――

 

帝政カールスラント皇室親衛隊大佐にして第1独立戦闘航空団司令『インペリアルウィッチーズ』――悠貴・フォン・アインツベルンにとって、ドクトル・エッケナーはインペリアルウィッチーズの海上移動基地兼出別荘のようなものだった。

扶桑の海軍からカールスラント海軍へ渡り、さらに親衛隊へ回ってきた中古品。戦艦を改装した艦艇で、空老朽化も進んでいる。

しかし、それでも戦艦や潜水艦が海軍の主力であるカールスラントにおいては、失われた同型艦――グラーフ・ツェッペリン共々貴重な空母であった。

海軍から親衛隊に移籍した後も、主に性質上空母航空隊としての運用も視野に入れているインペリアルウィッチーズにて重宝されていた。

インペリアルウィッチーズの作戦行動時はもちろん、航空団と自身の休憩所・宿泊先としてもよく利用している。

カールスラント宰相より政治的・資金的バックアップを受けているインペリアルウィッチーズ司令の意向で、ウィッチ達が利用する区画には豪奢な内装が施され、煌びやかな調度品が所狭しと並べられている。

悠貴及び親衛隊ウィッチに対してのみではあるが、ルームサービスも備わっており、軍艦と言うよりは上流階級の人間が利用する豪華客船に近い。

 

「………………」

 

シャワーを浴び終えた悠貴は、自分の船室には戻らず、格納庫へ向かって歩みを進めていた。

勤務中に着用している親衛隊の士官用制服はシャワーを浴びる際、従兵に預けたため、今の彼女は深紅の高級バスローブに身を包んでいる。

成人にも満たない年齢の東洋系女性とは思えぬ豊満な肢体は、布1枚ではとても隠しきれない。

そんな格好で、悠貴は現役の軍人――正確には異なるのだが――が犇めく軍艦内を闊歩している。

いくらウィッチを守る為に、各国の政府と軍人が八方手を尽くしているとはいえ、無防備なことこの上ない。大胆と言うか、恐いもの知らずと言うか。

彼女自身の立場――親衛隊大佐で、カールスラント宰相の養女――もあり、危害を加えようとする愚か者はいない。

だがしかし、格納庫へ着くまでに鉢合わせた親衛隊員の殆んどが、彼女の艶姿を前にすると否応なしに目を奪われてしまう。

男達皆は、上官に対して挙手敬礼をするのも忘れ、ただただその場に立ち尽くし、理想的過ぎるプロポーションに見とれていた。

悠貴が通り過ぎる一瞬、高級石鹸とブレンドされた女性特有の甘い香りに鼻腔を擽られ、男達をクラクラさせる。親衛隊大佐もまた彼等に対し、すれ違様に艶然と微笑みかける。

親衛隊員は頬を染めて惚けつつも、自らが皇室親衛隊員であったこと。絶世の美女と直接対面したことに、この上ない喜びと幸福を感じていた。

しかし、彼等は知らない。悠貴・フォン・アインツベルンが、自分達に一切興味を抱いていないことを……。

 

「アインツベルン大佐!お待ちしておりました!」

 

格納庫に到着した悠貴は、眼鏡を掛けた白衣姿の男性に声を掛けられた。

男性は直立不動の姿勢を崩さず、待ちかねたように声を弾ませつつも、どこか緊張した面持ちで親衛隊大佐と対面する。

 

「新しい研究材料の方は如何かしら?」

 

魔性の笑みを口元に湛え、悠貴は応じる。彼女の美貌に魅力された白衣姿の男性は、質問に答えるどころか一瞬言葉を忘れていた。

 

「へ?……あ!は、はい!」

 

一拍置いて現実に還った男性は、上擦った声音で返事をする。

この男性は、悠貴が個人的に雇ったある分野の研究者である。人種はおそらくカールスラント系で、年齢は30歳前後といったところか。無精髭を生やした顔は、とても気弱そうで頼り無さげな印象を受ける。

日に焼けしていない青白い肌やヒョロリとした身体つきからは不健康さが窺え、ボサボサの短い黒髪はろくに手入れもされていない。

彼は、自身の身嗜みを気にする暇も無いほど多忙なのだろうか。或いは、研究以外の事柄にはあまり興味を抱かない性分なのだろうか。

どちらにせよ。男としてお世辞にも魅力的とは言い難い人物であることは明らかであり、インペリアルウィッチーズのウィッチや、殆んどが文武に秀でた者で占められている親衛隊員からは――悠貴から特別待遇で雇われていることも手伝って――敬遠されている。

殊に、インペリアルウィッチーズの中でも取り分け悠貴に心酔している親衛隊ウィッチ――グレーテル・ホフマン親衛隊大尉からは、蛇蝎の如く忌み嫌われていた。

未だ成熟しきっていない年齢にありながら、女性としての魅力に溢れ、見る者全てを虜にしかねない悠貴と彼は、極端に対照的な例と言える。

その一方で、研究者としては頗る優秀な人材であることは確かだ。

悠貴は彼の能力を見込んで、資金、機材、人材、設備等。ありとあらゆる物品を与え、思う存分研究に没頭してもらっていた。

 

「結論から言って、アインツベルン大佐の御推測通りでした」

 

研究者の男性――デニスは、先程の間の抜けた声色とは違い、滑らかな口調で仔細を説明し始める。

 

「この個体。ネウロックは、かの石威博士が開発したウォーロックとほぼ同性能のコアコントロールシステムを有しております」

 

と、デニスは片手で背後の空間を指し示す。そこには先の作戦で501航空団、親衛隊、扶桑海軍と交戦・敗走したネウロックが、傷だらけの状態で拘束されていた。

取り込んだグラーフ・ツェッペリンのボディを失ったネウロックは、カールスラント方面へ撤退を試みるも、密かに鹵獲を計画していた悠貴の追撃に遭い、こうしてドクトル・エッケナーの艦内格納庫に収容されている。

直前の戦闘で余程消耗していたのだろう。ネウロックは、白木拵えの扶桑刀を携行した悠貴1人に敢え無く敗北し、鹵獲された今は魔法力を帯びた銀色の鎖で縛られ、聖銀の杭まで打ち込まれている。それも1本や2本ではない。

複数の杭を打ち付けられ、力を抑え込まれたネウロックは、戦闘で受けたダメージの修復もままならず、悔しげに唸っており、周りにはデニスの部下である研究員等が各々の仕事をしている。

怨敵である悠貴の姿を認めると、ネウロックは捕まって以降、弱々しくなっていたバイザーの奥の光を再び輝かせ、ネウロイ特有の甲高い唸り声で威嚇し始めた。

自らを拘束している銀の鎖を力任せに引き千切ろうとするも、鎖はジャラジャラと金属音を響かせるばかりでびくともしない。

デニスは「ひぃっ!」と情けなく悲鳴を上げ、他の研究員も皆血相変えて後退りする。

今の今まで大人しく、まともに抵抗出来ないほど弱りきっていたはずの怪物が、怒りと凶暴性を剥き出しにして襲いかかろうとしているのだ。

 

「あら、困った子」

 

腰を抜かしかけているデニスや研究員達を余所に、悠貴は悠然とネウロックを見据えている。

数瞬の後。親衛隊大佐は薄紅色の唇で美しい曲線を描きつつ、主任研究員であるデニスに声を掛けた。

 

「デニス」

 

脳髄まで蕩けてしまうほど甘美な声音が鼓膜に触れ、デニスはハッと我に還る。次いで、声の主――悠貴へと視線を走らせた。

視線の先には、慈悲深くもコケティッシュな笑みを浮かべた麗しの親衛隊大佐が佇んでいる。

 

「全ての研究員を連れて格納庫から避難して頂けるかしら?」

 

「わ、分かりました。アインツベルン大佐は?」

 

「私は残りますわ。ちょっと愚図り出した子をあやさなくてはなりませんので……」

 

「は、はぁ……」

 

なんと返せばいいのか分からず、デニスは気の抜けた返事をする。

彼としては、ネウロックという名の化物が暴れている恐ろしい空間から、一刻も早く逃げ出したかった。故に悠貴の指示に従うことは吝かではない。

デニスは、ガクガクと笑う膝を必死に動かし、他の研究員達と共に格納庫から避難していった。

1人残された悠貴は再びネウロックと向き合い、彼――もしくは彼女――に微笑み掛ける。

 

「漸く2人きりになれたわね」

 

悠貴は男を誘うかのような甘ったるい声色で、ネウロックに語りかける。

当然、ネウロックから返ってくるのは、怒りと憎しみと苦しみの入り混じった歪な唸り声だけだ。

 

「あなたは私が嫌い?私はあなたが好きよ?だって、あなたは私が欲しがっていたものを持って来てくれたんだもの……」

 

そこまで話すと、悠貴はゆったりとした動作で左腕を持ち上げた。

軍人のものとは思えない。白く、しなやかで、きめ細かい肌をした美しい腕だ。

だが次の瞬間、悠貴の白磁のような左腕は黒く変色し始めた。

変化は色だけではない。正六角形を敷き詰めたような模様が浮かび上がり、繊細な指先は鋭く尖っていく。

およそ人間のものとは思えない。まるで旧時代――当時はネウロイではなく、怪異と呼ばれていた――のネウロイの如く変異した悠貴の醜い腕を見たネウロックは、一瞬で大人しく静かになった。

 

「大丈夫、痛いのは少しの間だけ……」

 

そう言い、悠貴は変異した左手でネウロックの体表にそっと触れる。

微細な振動が親衛隊大佐の手に伝わる。宿敵を目の前にして、あれほど逸り立っていたネウロックが一転して怯え出し、その巨体を震わせていた。

 

「さぁ、楽にして」

 

悠貴が甘く囁くように言うのと同時に、彼女の左腕が槍状に変形し、ネウロックの頑強な装甲をいとも容易く貫いた。装甲を突破した槍はネウロックの体内へ侵入し、中で再び異形の腕に変形する。

異形の左腕は奥へと進んでいき、心臓部たるコアまで到達すると、禍々しい左手は正十二面体の赤い結晶体をガシッと掴んだ。

直後、ネウロックは悲鳴にも似た雄叫び声を上げる。親衛隊大佐は、どこか満足げな表情でその叫びに耳を傾けていた。




以上、第3章の最終話です!

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