ワールドウィッチーズキャラの性格を掴み損ねてるかも(^_^;)
1944年末、扶桑皇国佐世保――
扶桑皇国海軍鎮守府が置かれた佐世保の街は、扶桑でも有数の軍港都市である。
その規模と、海軍工廠をはじめとする軍事施設の充実ぶりは、同じく鎮守府を構える他の軍港都市――横須賀・舞鶴等――にも引けを取らない。
佐世保南西部針尾島の南端に位置するウィッチ養成学校――佐世保航空予備学校も、佐世保鎮守府麾下の教育機関だ。
扶桑海事変で活躍した海軍航空隊の元ウィッチであり、“軍神”の誉れも高い北郷章香中佐が校長を拝命している。その薫陶の賜物か、生徒達は日々規則正しい様相で訓練に励んでいる。
◇ ◇ ◇
その佐世保航空予備学校。全校生徒を収容可能な講堂に、未来の扶桑海軍航空歩兵達が集められていた。
あどけなさを残した表情に緊張を滲ませた彼女達の正面には、当校の教官達が整然と立ち並ぶ。皆、“元”を含めたウィッチとウィザード。
何れも、戦闘の負傷や“あがり”を迎えて魔法力の減衰または喪失を理由に一線を退いている。しかし、数々の戦いを潜り抜けた歴戦の航空歩兵ばかりだ。
彼女等が実戦で培った技術と経験は、教練を通して海軍ウィッチを志す生徒達へと受け継がれ、ネウロイとの戦いで活かされることだろう。
「皆も知っての通り、第501統合戦闘航空団『ストライクウィッチーズ』の活躍によりネウロイの占領下にあったガリア共和国が解放された」
凛々しい容貌の女性が、壇上から告げる。彼女こそが、本校の校長――“軍神”と名高い北郷章香中佐である。舞鶴航空隊から改組された第十二航空隊――北郷部隊を率い、扶桑海事変を戦い抜いた英傑としても知られている。
長い黒髪をポニーテールに纏めた姿は、武士然としていて勇ましく、“軍神”の渾名に相応しい威厳を感じさせる。反面、生徒一人ひとりに注がれる眼差しは慈愛に満ちた温かなものであった。
「これは人類初の快挙であり。人類連合軍は近い将来、橋頭堡を築いたガリアを拠点として、欧州における大規模な反攻を敢行するだろう」
講堂内に北郷の涼やかな声音が響く。生徒一同は直接不動の姿勢を崩さず、校長の言葉に耳を傾ける。
「前線は1人でも多くのウィッチを必要としている。そこで我等扶桑皇国海軍も可及的速やかに人員を送り出す為、新たに練習艦隊を編成。各ウィッチ養成学校より志願者を募ることとなった」
練習艦隊。少尉候補生実務練習の為に編成される2隻以上の小規模な艦隊である。
艦隊司令長官には少将が当てられ、香取型練習巡洋艦2隻――“香取”“鹿島”が現練習艦隊に配備されている。乗船実習自体は単艦でも可能なのだが、戦術運動訓練や洋上給油訓練。曳航被曳航訓練等の重要な訓練は2隻以上でなければ実施できない。
海軍兵学校の卒業生は、少尉候補生として練習艦隊に配属され、実習を経た後に海軍少尉に任官された。
この点は、リベリオン・ブリタニア海軍と異なっており、これら2つの海軍では在学中に乗艦実習を重ね、卒業後直ちに通常軍艦に配属する方式を取っている。
艦隊で実習を行いつつ実施される遠洋航海は、海外を訪問しての国際親善及び若手海軍士官の国際的視野を深める良い機会でもあった。
外国港への入港に際しては、礼砲など須要の国際儀礼も行われている。
ただこれは、ウィッチを含めた海軍兵学校卒業生――ウィッチの教育課程は一年半程度だが――の話であり、一般・ウィッチ・ウィザード問わず、在学中の生徒が練習艦隊に参加した例はなかった。
新たな練習艦隊は、艦上航空ウィッチの外洋訓練の為に編成された試験部隊であり、空母部隊配属を希望するウィッチ候補生のより実戦に即した訓練を目的としている。航空練習艦隊とでも呼ぼうか。
今更言うまでもないことだが、対ネウロイ戦におけて最も重要な存在であるウィッチは数が非常に少なく、各戦線に展開する人類連合軍は、深刻な戦力不足――他の兵科でも対抗は可能――に悩まされていた。それは優秀なウィッチ・ウィザードを多く輩出しているカールスラント、ブリタニア、扶桑等でも同様だった。
扶桑海事変・ヒスパニア戦役・今次大戦初期。数々の戦いを経験したベテランウィッチ・ウィザードは、長引く戦いの最中で多くが引退・戦死し、それは人類側の総戦力低下を意味している。
質量と共に低下しつつある戦力を維持し、新兵等の練度を向上させる計画の一環として、航空練習艦隊が創設されたのだ。
先述の通り。まだ試験段階であり、常設部隊としてではなく、特設部隊として扱われる。
「この艦隊への配属は即ち、海軍航空隊配属への近道である。参加には相応の実力と覚悟が求められるだろう」
北郷は言葉を止めて瞳を伏せ、一拍置いてから強い口調で続けた。
「志願する者は挙手!」
◇ ◇ ◇
列席する教官達の中に紛れ、現役のウィッチとウィザードの姿があった。2人は北郷の教え子だ。
ウィッチ・ウィザード候補生時代に指導を受け、扶桑海事変では彼女の指揮する第十二航空隊の一員として、初陣を飾った。
扶桑海軍遣欧艦隊機動部隊所属のエースウィッチ――若本徹子中尉。佐世保航空予備学校の生徒達が、練習航空艦隊配属のチャンスを目の当たりにして、目を爛々と輝かせている様に肩を竦めていた。無邪気なものだな、と。
扶桑海事変勃発を機に海軍航空隊へ志願し、今日まで戦い続けてきた彼女からすれば。新しい練習艦隊の創設などは、引退間近で未だネウロイを倒し切れていない自分の不始末を次の世代へ押し付ける、という愚行を飾り立てるパフォーマンスでしかなかった。
「で、ガリア解放の英雄様としてはどうなんだ?」
「……もっと時と場所を選んで質問してくれないか?」
所構わず質問してくる若本に対し、扶桑海軍遣欧艦隊第24航空戦隊――宮藤優人大尉は、ややウンザリした様子で彼女を窘める。
所謂“同期の桜”の関係にあるウィッチの表情を横目でチラリと窺う。彼女は、優人をからかうような薄い笑みを口元に湛えていた。
カールスラント空軍のエーリカ・ハルトマン中尉と、スオムス空軍のエイラ・イルマタル・ユーティライネン少尉も、ニヤリと悪戯な笑顔を浮かべていた。優人は彼女達をよく知っている。
2人も若本も、一国を代表する高名なウィッチだ。ウルスラエース同士、通じるものがあるのかもしれない。
優人は視線を正面に戻す。何名かの生徒が、彼の方を見ては頬を赤らめたり、数人のグループで何やらコソコソと話しているのが目に付いた。
ガリアを解放した12人の英雄――連盟空軍第501統合戦闘航空団『ストライクウィッチーズ』の1人である世界的エースウィザードに興味津々らしい。
(やれやれ……)
優人は小さく嘆息する。501解散後、欧州から離れて凱旋帰国を果たした彼と彼の妹は、何処にいても否応なしに人の目を引くようになってしまった。
称賛されることが嬉しくない、と言えば嘘になる。たが、ここまで注目されていては監視されているのと大差無かった。気の休まる暇もない。
妹――扶桑海軍軍曹の宮藤芳佳も、復学した横須賀第四中学校の同級生や下級生、一部教師陣から毎日のようにもみくちゃにされていると聞く。
欧州派遣任務が一段落したというのに、兄妹揃って当分平穏な生活は臨めそうにない。命懸けでブリタニアを守り、ガリアを奪還したというのにこの仕打ちとは、神も仏もありゃしない。
優人が不条理な現実に辟易していると、若本がまた声を掛けてきた。
「なぁ優人」
舌の根も乾かぬうちに、また無駄話を振ろうとしているらしい。生徒や他の教官達の目もあるのに、まったく気にする様子がない。
任官して何年も経っているはずだが、海軍士官としての自覚や礼節というものが足りてないのだろうか。
「遠洋航海に出る前に一発やらないか?」
「――っ!?」
同期の桜の口から飛び出た、度し難い誘い文句。優人は思わず転けそうになった。
2人の両隣に立っている教官等にも聞こえていたらしい。信じられないものを見るような目で、優人と若本を見ている。
「軍艦生活じゃ、何かと溜まるだろ?だから、出港前にスッキリさせてやる。これで航海任務や教導にも専念出来る、欲求不満でヒヨッコ共に手を出す心配も無いわけだ」
と、得意気に語る若本。同期の桜の有り難迷惑な気遣い(?)に、優人は顔を顰める。
会話から分かるように、航空練習艦隊への配属が決定している。一時的なものなので、正確には出向と言った方が正しいのかもしれない。
実戦経験や指揮経験が豊富であり、実力と戦績のある2人は、教官に適した人材と判断されたのだろう。
それぞれ空母機動部隊や統合戦闘航空団に配属されていたことも、少なからず影響していると思われる。
「安心しろ、航海中も時間を見つけて“手伝う”くらいはしてやる♪」
若本は片手で輪を作り、軽く上下に振って見せる。「誰にもシテやったこと無いから貴重だぞ?」という余計な情報も付け加えて。
(コイツ、こんなに下品だったか?)
或いは優人をからかっているのか。ともかく、彼女の言動はウィッチとして、海軍士官として。扶桑撫子として非常に好ましくないものだ。
これらの発言が同じ同期の桜である坂本美緒少佐や竹井醇子、かつて師事を受けた北郷章香の口から飛び出るのかと思うと、ゾッとする。
気が付けば佐世保航空予備学校教官達も、無言の圧力と射るような鋭い視線で、2人に自重を促してきている。
悪童に絡まれている被害者だと言うのに、理不尽にもまるで共犯に扱いだ。
小学生の頃、距離を置いていたクラスメイトの悪戯にも、否応なしに巻き込まれた経験がある。まったくウンザリだ、と優人は心中で吐き捨てる。
まぁ前向きに考えれば、部下のウィッチやウィッチ候補者生から鬼教官・鬼上官と恐れられている若本にも、親しい間柄の人間に冗談を言ったり冷やかしたりするような一面もあるということだ。先程の発言が冗談かどうかはさておき、だ。
なんとか破廉恥な同期の桜を黙らせられないか。優人が考えを巡らせ始めると、壇上の北郷が一際大きな声を張り上げた。
「そこで本日は、航空歩兵としての心構えをお話頂くため、扶桑海事変時から海軍に在籍し、かの501航空団にも派遣されていた宮藤優人大尉にお越し頂いた!」
北郷がそう締め括ると、生徒達は色めきだった。連盟空軍統合戦闘航空団へ派遣される航空歩兵は、各国を代表するエース揃い。殆んどのウィッチ・ウィザードにとって憧れの対象であり、目標と言うべき存在だ。
過去にも、竹井醇子大尉や下原定子少尉等。欧州で活躍した多数の航空歩兵が本校を訪れ、講演を行っている。
「では宮藤大尉、壇上へ」
恩師に促され、優人は彼女と入れ替わるようにして登壇し、壇上から生徒達を見渡す。
すると、燻んだ黒髪を三つ編み御下げにした1人の生徒と目が合う。
(あの娘は確か、三隅美也さんだったか?)
優人と目が合うなり、生徒――三隅美也慌てて目を逸らした。
生徒達のことは、予め北郷から知らされていた。三隅は佐世保航空予備学校の学年主席で、非常に優秀な生徒だと聞いているが、なるほど。優秀さからくる気の強さが、灰色がかった黒い瞳に現れている。
(顔を赤くして、熱でもあるのか?)
三隅のそばかす混じりな頬が、朱色に染まっていることに、気が付く優人。自分が原因だということを、ガリア解放の英雄殿は知る由もない。
(せ、世界的なエースウィザードと。ガリア解放の英雄と、目が合っちゃった!ど、どどどど……どうしよ!目を逸らしちゃった、不敬だと思われたかな?)
佐世保航空予備学校1年主席――三隅美也。
航空練習艦隊配属がほぼ決定している優等生は、己を焼く尽さんばかりの顔の火照りと、ドキドキと早鐘を打つ心臓を落ち着かせるのに、四苦八苦していた。
◇ ◇ ◇
1時間後、佐世保航空予備学校・来賓室――
部屋へ通された優人は、来客用のソファーに深く腰掛けていた。
背凭れに身を預け、大きく溜め息を吐く。ウィッチ候補生達の前向きで真っ直ぐな眼差しは、ベテランウィザードを大いに疲弊させたようだ。
「疲れたかな?」
遅れてやって来た北郷が、応接テーブルを挟んだ向かい側のソファーに腰を下ろす。
彼女は、優人と同じく扶桑海軍の第二種軍装を着用している。ただし、現役時代違って紺色の水練着ではなく、上着と同色のスラックスを履いていた。
ウィッチだった頃の北郷は、上着のボタンを1つも留めず、水練着や水練着に包まれた己の肢体を堂々と晒していたものだ。
本人の豪快且つ開放的な人柄を表したかのような着込なし方ではあったが、男の身としては目のやり場に困る。
豊満なボディラインを訓練中だろうが、戦闘中だろうが構わず見せつけてくる上官と、彼女が指揮する第十二航空隊での日々は、当時まだ思春期であった優人少年にとって、あまりに刺激が強過ぎた。
度々不自然な前屈み姿勢になっては、海軍の同輩達に訝しがられ、交流のあった陸軍の先輩方にからかわれたものだ。
「いえ、構いませんよ。これも可愛い後輩達の為ですから……」
と、優人は気取らず応じる。愛弟子の謙虚な態度に、北郷は肩を竦める。
「そう言って貰えると助かるよ。生徒達も、憧れのウィザード殿の話が聞けて、とても嬉しそうだったよ」
「な、なんかむず痒いですね……」
照れ臭そうに後頭部を掻く優人の姿を見据え、北郷はフフッと微笑み返す。
「君に任せて正解だったね。言っちゃ悪いが、徹子じゃこうはいかないだろうし……」
「でしょうね」
と、優人は苦笑気味に首肯する。若本は、変なところで口下手というか、加減を知らない。言葉に頼って何かを伝え、諭すやり方には向かない性分だ。
部下の航空歩兵を叱責する際も、言動が厳格を通り越して必要以上にキツい。登壇させようものなら、生徒達を叱咤激励するつもりが裏目に出て、彼女達の自信喪失に繋がりかねない。
一応説明しておくが、本人は自分のやり方で後輩達を指導しているだけで、悪気はない。自身の口下手さも――直す気は全く無いが――自覚している。
ちなみに当の若本は、さっそく練習艦隊へ志願した生徒に自分流の“洗練”を行っているらしい。艦隊配属前に退学希望者が出ないといいが……。
「壇上に立つ君に皆見とれていたよ。さすが欧州派遣で大勢のウィッチを泣かせてきた男だ♪」
北郷はパチッと右目を瞑り、ウインクして見せる。髪型をはじめとする容姿と豪放磊落な性格等は、坂本美緒によく似て――正解には、坂本の方が北郷に影響されたのだが――いるが、これらの仕草を見て分かるように、彼女の方が幾分女性らしい。
もう26歳だったか。落ち着いた性格故に実年齢よりも大人びた印象を受けるが、ウィッチを引退して歳を重ねた今の彼女は、相応の色気も感じさせるものになっていた。
肌も、黒髪を束ねたポニーテールも、以前会った時より一層艶やかに見える。
「その噂、やっぱり本国にまで伝わってましたか……」
優人は強大な魔法力とはまた別にもう一つ。“天才的な才能”を持っており、その才能に起因するウィッチとのトラブルには事欠かない。殊に破廉恥なトラブルは頻繁に起きていた。
扶桑のウィッチだけでなく、リベリオンや欧州各国のウィッチも被害に遭っているが、そのことで優人が彼女達から嫌われたり、糾弾されたりしないのは一種の人徳だろうか。
ある意味では、ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐やグンドュラ・ラル少佐等の統合戦闘航空団司令と同等のカリスマ性があるのかもしれない。
「ネウロイよりも、ウィッチの撃墜スコアの方が多いとも聞いているよ?」
はっはっはっと豪快に笑いながら、予備学校校長殿は付け加える。
ウンザリだと言わんばかりに溜め息を吐き、優人は郷を恨めしそうに見返す。
ふと小気味良いのノック音が響く。続いて来賓室のドアが開かれ、1人の女性が入室してきた。
「章香いる?お邪魔するわよ」
短く切り揃えた黒髪と、意志の強そうな瞳が印象的なその女性は、北郷ぐらいの年齢――20代半ばだろうか。
黒いマフラーを首に巻いて、ベージュのコートを羽織り、その下にタートルネックとジーンズを着込んでいる。
かなりの美人で、服の上からでも分かるほどスタイルが良い。北郷と優人は、その女性が誰なのか知っていた。
「敏子!来てくれたのか?」
「江藤中佐、お久しぶりです!」
ソファーから立ち上がろうとする2人を手で制すると、背後に控えていた案内役らしき学校職員にコートとマフラーを預け、優人のすぐ隣にドカッと腰を下ろす。
江藤敏子。元扶桑陸軍中佐で、飛行第1戦隊の戦隊長を務めていた、明るくざっくばらんな性格のウィッチだ。
大陸側のネウロイ――当時は怪異と呼ばれていた――に対し、宮藤理論採用前の旧式ストライカーユニットで戦功を挙げ、華麗な機動と巧みなシールド操作により“操縦の神様”と渾名されていた。
北郷とは陸海軍の垣根を越えた親友であり、その縁から第十二航空隊と飛行第1戦隊は積極的に交流し、模擬戦も行っていた。
扶桑海事変終結後、負傷を機に惜しまれつつも引退。現在は、明野陸軍飛行学校近くで喫茶店を経営している。
「店が定休日で暇だから、顔を見に来たの。優人君も久しぶりね♪けど、今は中佐じゃないのよ?」
まず北郷に声を掛け、優人にも軽く挨拶する。現役時代と変わらぬサバけた笑顔に大人の色香が滲んでいた。
北郷と同様、彼女も10代の少女から大人の女性に成長しているということだろう。
優人が会釈で応じると、江藤は彼の顔を繁々と観察し始めた。
「女の子みたいに小さかったボウヤがガリア解放の英雄で、しかもこんなイケメンに育つなんて。唾つけといた方が良かったかしら?」
「は、はぁ……」
優人が冗談めかした江藤の発言に当惑していると、恩師の高らかな笑い声が、またしても彼の耳朶を打った。
「はっはっはっ!年長者まで虜にするなんて、我が弟子はつくづく罪な男だな!」
「北郷先生……」
何故か嬉しそうな北郷に対し、優人はもう勘弁してくれ、と言った感じで肩を落とす。
「何?年増ウィッチに惚れられるのは迷惑なのかしら?」
と、江藤を扶桑海軍ウィザードを睨めつける。自分では不服なのか、とでも言いたげだ。
「いやいや!そう言うわけじゃ……」
「本当?」
「本当本当!江藤中佐みたいな美人に好かれて嬉しくないわけないじゃないですか!」
必死に弁明する優人。江藤は尚も彼を睨み付けていたが、やがて納得したかのように頷いた。
「よろしい、今度私の店に来なさい。美味しいコーヒーを飲ませてあげるから♪」
「ぜ、是非……」
やや上擦った声で応じる優人の頬を、嫌な汗が伝う。江藤は怒らせると恐いと、北郷から予め聞いていた。しかし、聞くのと実際に体験するのでは訳が違う。
口調自体は何処か子どもを叱りつけるものだった。彼女や北郷にとっては、欧州で百戦錬磨を潜り抜けてきた優人でさえ、まだまだヒヨッコだということだろうか。
「しかし、江藤にも靡かないなんて。やはり、噂通り坂本と付き合――」
「違います」
北郷の推察を、優人は間髪入れず否定する。随分とハッキリした物言いだったが、別に坂本と交際したり、そういった関係だと誤解されるのが嫌な訳ではなかった。
更なる誤解や余計な揉め事を回避する為には、キッパリと否定しておく必要があるからだ。
「おや?違うのか?」
「まぁ、501航空団には他にも魅力的な娘がいるみたいだし……」
と、江藤が話に割り込んできた。彼女も北郷も、武人肌な面を持つとはいっても、やはり女性だ。恋愛話に対し、大いに関心があるとみえる。
「優人君ならヴィルケ中佐か、イェーガー大尉みたいなスタイルの良い娘が好みじゃない?あ、ビショップ軍曹も中々良いもの持ってるわよね?」
江藤は顎を人差し指と親指で挟み、自身の見解を述べる。その声音は、なんとも愉快そうだった。
個人的な交流・直接的な接点等が殆んど無かったにも関わらず、彼女は優人の好みのタイプを熟知しているらしい。
扶桑海軍ウィザードは、先程とは異なる意味で彼女を恐ろしく思った。
「どうなの?」
瞳をキラキラ輝かせながら訊いてくる江藤に対し、優人は溜め息混じりに応じる。
「黙秘権を行使します」
「まさか、ルッキーニ少尉かい?」
「先生、怒りますよ?」
北郷の問いに優人は思わず声を荒げると、口角を吊り上げた江藤が透かさず煽ってきた。
「恥ずかしがることないわよ?恋に年齢も、童女趣味も関係ないんだから♪」
(この人達は……)
明らかに自分で遊んでいる大先輩2人。苛立つ優人を他所に、江藤が持参した紙袋から外国製のチョコレート缶を取り出す。
「まぁまぁ、そう熱り立たない。これでも食べて落ち着いて」
「お、これは良い物をお茶にしようか?」
ソファーから立ち上がり、北郷はお茶を煎れる。本来なら給仕または従兵の仕事であるが、上官風を吹かすことなく自分でやるのが北郷章香という人間だ。
程無くして。応接テーブルにチョコレートと、3人分の緑茶が並べられる。
意外に思うかもしれないが、緑茶はチョコレートと相性の良い飲み物だ。
主張しすぎない扶桑の緑茶は、チョコレートの風味を際立たせ、尚且つスッキリとした飲み口が後味をさっぱりさせてくれる。
「北郷先生」
お茶を始めて間も無くノック音が室内に響き、開かれたドアからウィッチ候補生が顔を覗かせた。
「国崎教官がお呼びです」
「あぁ、わかった。ちょっと行ってくるよ」
短く応じた北郷はソファーから立ち上がり、退室する前に2人に断ってから来賓室を出る。
足音が遠ざかり、やがて完全に聞こえなくなったところで、江藤が優人の方へ顔を向けた。
「……2人きりになったわね♪」
口元に薄い笑みを湛えながら江藤は言う。ギラついた彼女の双眸が、じ~っと優人を見つめている。
獲物に狙いを定めた獣そのものな瞳。本能的に危険を察した優人の背中に寒気が走る。
「そうですね、って……えぇ~っ!?」
不意に江藤がズイッと身を寄せてきた。優人は素っ頓狂な叫び声を上げ、迫られた分だけ後退る。
「こら、逃げない!」
さらに間合いを詰めてくる江藤。優人も合わせて後退するが、背中に当たった肘置きによって逃げ場を失う。
「ホント、イイ男になったわね♪身体の方も立派に成長して……」
扶桑海軍ウィザードの身体を舐め回すように眺めていたかと思えば、服越しにペタペタと触り始める。
「江藤中佐、何して!?」
「う~ん、制服越しじゃ分からないわね。ちょっと脱ぎなさい!」
「は?」
「は?じゃないわよ!」
目の抜けた声色で聞き返す扶桑海軍ウィザードの胸元に、引退して元陸軍ウィッチは呆れた様子で両手を伸ばした。
「欧州の戦いで鍛え抜かれ、苛め抜かれた身体を……お姉さんに見せてみなさい♪」
かような発言とともに江藤はペロッと舐めずりする。彼女の瞳はギラギラと輝いて、なんというか身の危機を本能的に感じさせるものだった。
「や、やめてください!」
優人が悲鳴とも懇願ともつかない声を上げる。江藤が第二種軍装のボタンを外し始めたからだ。
「いいじゃない、減るもんじゃないんだし♪」
扶桑海軍ウィザードの抵抗などはお構い無しに、江藤は次々とボタンを外していく。
異様に慣れた手つき。他にも似たような被害を受けた者がいるのだろうか。
「そういう問題じゃありませんよ!」
いよいよまずい、と焦る優人。江藤は既に全てのボタンを外し終えた上着を彼から剥ぎ取り、その下のシャツにも手を伸ばす。
必死の抵抗を続ける扶桑海軍ウィザードだったが、不意に来賓室の扉が開かれ、2人組の生徒が部屋に入ってきた。
「北郷先生、質問したいことが――」
北郷と入れ違いになって部屋を訪れたらしい2人の生徒は、室内にいた優人と江藤を見て硬直する。
上半身がシャツ半脱ぎ状態になっている現役海軍ウィザード。彼を押し倒し、服を脱がしにかかっている元陸軍ウィッチ。事情を知らぬ者が、この光景を見たらどう思うか。想像に難くない。
「し、失礼しました!」
「どうぞ御緩りと!」
熟れたトマトの如く顔を真っ赤にした生徒達は、そのまま逃げるように走り去っていった。
この日から暫くの間。宮藤優人大尉が、陸軍の江藤敏子元中佐と“イケナイ関係”にあるとの噂が、佐世保航空予備学校内を駆け巡ったという。
ちなみに、江藤が持参した外国製チョコレートはただのチョコではなく、所謂ウィスキーボンボン。
優人がブリタニア滞在時。遣欧艦隊司令長官の赤坂伊知郎大将――当時中将――から贈られ、501隊員等に振る舞ったものと同じ品。つまり、そういうことだ。
只今絶賛執筆リハビリ中、不調ナリ……
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