1944年末、扶桑皇国・関東地方上空――
扶桑海軍佐世保鎮守府隷下のウィッチ養成学校――佐世保佐世保航空予備学校での講演を終え、優人は横須賀への帰路に就いていた。
横須賀海軍航空隊所属の“二式大艇”――制式名称は二式飛行艇――に乗り込み、空路を利用して佐世保~横須賀間を移動中だ。
「あ~、ったく……」
二式大艇の旅客室内に、ウンザリだと言わんばかりにぼやく扶桑海軍ウィザードの姿があった。
日帰り出張で佐世保まで赴き、ウィッチ養成学校で講演を行う。
それだけのことなのだが、持って生まれた有り難くも無い才能――ある意味呪いだが――が、御多分に漏れずウィッチ絡みのトラブルを引き寄せたのだ。
自らが持参したウィスキーボンボンで悪酔いした江藤元陸軍中佐。酔っ払った彼女に絡まれ、現場を目撃したウィッチ候補生にあらぬ誤解を受け、その誤解に背鰭・尾鰭が付いた噂が学校関係者の間を駆け巡り、その日のうちに佐世保軍港にまで広がることと相成った。
教官の何人かからは白眼視され、現地で別れた若本には冷やかされ、佐世保軍港の将兵等からも、二式大艇へ搭乗する際に嫉妬と怨念を孕んだ視線を向けられ、優人は胃に穴が空く想いだった。
不幸ぶるのは柄ではないが、こんな仕打ちをする神様はおそらく自分のことが嫌いに違いない。と、思いたくなる。
「当分、佐世保には行けないな……」
優人は嘆息しつつも、地元の横須賀でなかっただけマシだと考えることにした。
自分の中で折り合いをつけたウィザードは、気持ちを切り換え、鞄から幾つか封筒を取り出す。
今朝。横須賀鎮守府で受け取ったそれは、何れも欧州から送られてきた国際郵便で、連合軍や各国軍検閲済みを示す印が押されている。
封筒は全部で3通。差出人はそれぞれミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ、ゲルトルート・バルクホルン、シャーロット・E・イェーガー。元501のメンバーで、共にブリタニアの戦いを潜り抜けた戦友達だ。
第501統合戦闘航空団司令兼501ウィッチ隊隊長のミーナ中佐は、メンバーから絶大な信頼を置かれている有能な指揮官である。
勇猛果敢、才色兼備等の言葉がよく似合う世界的に有名なウィッチの1人で、所属するカールスラント空軍でも指折りのエースだ。
一方で、軍務を離れれば優しく包容力のある女性として顔を見せる。
年齢の割に落ち着いた人柄、501隊員を見守る姿は、まるで我が子を慈しむ母親のよう。あらゆる能力値の高さも相俟って、理想的な上官の一つの形と言えるだろう。
ゲルトルート・バルクホルンと、シャーロット・エルウィン・イェーガー両大尉は、年齢が近く階級が同じということもあり、501では特に親しい間柄にあった。
2人共、各々の御国柄を極端に表したような人柄で。正反対な性格からよく衝突するも、実際は“喧嘩するほど”な関係である。
バルクホルンとシャーリーが口論になり、優人が仲裁に入る。そして、運悪く――または幸運(?)にも――優人の手が彼女達の胸や尻を捉えてしまう不慮の事故が頻発するのが、3人の日常だった。
雰囲気的には同じ部隊に所属する戦友というよりは、同じ学校に通っている学友といった方が正しいか。
「皆、どうしてるかな?」
501が解散したのはほんの数ヶ月前だというのに、ブリタニアで過ごした日々が随分と懐かしく感じられる。
仲間であり、家族でもあった501メンバーとの記憶に想いを馳せつつ、まずはミーナから送られた封筒を開き、中から取り出した便乗に視線を走らせる。デスクワーク慣れした彼女らしい繊細な筆運びで、近状が綴られていた。
◇ ◇ ◇
『敬愛する宮藤優人様へ。
お久しぶりね、すぐに手紙を出せずにごめんなさい。
ガリアが解放されて以来、西部の戦況が大きく変わったものだから、中々暇が無くて……。
秋から冬に掛けて。連合軍主導の大きな作戦やネウロイの大規模な攻勢があったけど。今は戦況が少し落ち着いているので。あなたや芳佳さん、美緒に手紙を書くことが出来るようになったわ。
ブリタニアにいた頃は、毎日書類仕事に忙殺されて。もう紙も文字も見たくないとすら思っていたのに。今は手紙を書けることをこんなにも嬉しく感じるなんて、不思議なものね。
戦時下の最前線で嬉しいだなんて、少し不謹慎かしら?
ダメね。せっかく手紙を書いているのに、軍や戦闘に関する話ばかり。長く軍にいたせいで、一般の女性らしい感覚から遠のいてしまっているのかも……。
話を変えましょう。501が解散になった後も、私とトゥルーデとエーリカは、同じ戦場で戦っているわ。
エーリカは空では頼りになるのに、作戦外では相変わらずズボラな面が目立って、トゥルーデのお世話になりっぱなしよ。
トゥルーデは、そんなエーリカを毎日のように叱りつつも、しっかり面倒を見てるわ。
まるで仲の良い姉妹ね。2人を見ていると、微笑ましい気持ちになるの。
あなたと芳佳さんも、変わらず仲の良い兄妹なんでしょうね。私はひとりっ子だから、少し羨ましいわ。
優人のことだから、また欧州に来ることもあるんでしょう?
良ければ、その時はまた“デスクワークデート”しましょうね。それまでに、甘党のあなたでも飲みやすいコーヒーの豆を調達しておくわ♪
あなたの家族 カールスラント空軍第3戦闘航空団 ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐』
◇ ◇ ◇
「…………また、俺を書類仕事でコキ使うつもりかよ」
手紙を読み終えた優人は、渋面を作って独り言ちる。デスクワークデートと都合良く美化した表現が、なんとも腹立たしい。
ミーナほどの美女と2人きりの状況と、彼女の言う自分向けのコーヒーは非常に魅力的だ。
しかし、その為だけに彼女のデスクワークの手伝い――実質肩代わり――をしようとは思わない。
なまじ書類仕事が得意なせいで、ブリタニア滞在時はミーナに度々手伝いを頼ま――命令さ――れ、1日の大半を山積みされた書類との格闘に費やしていた。
まさに地獄のような思い出。それこそ、単機で大型ネウロイと交戦した方がまだマシに感じるほどである。
優人は激しく首を振って、忌々しい記憶を頭から追い出すと、次にバルクホルンからの手紙を読み始めた。
◇ ◇ ◇
『拝啓 宮藤優人扶桑皇国海軍大尉殿。
今年秋、欧州西部戦線にて。連合軍最高司令部及び西部方面統合軍総司令部の両司令部がある作戦の実施を許可した。
作戦司令官は、連合軍内でも強硬派として知られるブリタニア陸軍のバーナード・モントゴメリー大将。北アフリカに駐留していた、ブリタニア陸軍第8軍の元司令官だ。
彼が自ら立案・指揮した作戦は、ブリタニアの攻撃主力のウィッチ部隊及び地上支援担当の空挺部隊にライン川を突破させ、カールスラント北西の巣を撃破。
余勢を駆って、エルベ川まで進撃して防衛線を構築する、というものだ。
来るべき欧州反攻作戦に備えての前線基地を設営。海路の確保による補給能力向上も視野に入れており、作戦実施のメリットは非常に大きい。
モントゴメリー大将もまた「作戦が成功すれば、サトゥルヌス祭までにカールスラントを奪還できる」と自軍の将兵等を鼓舞していた。
しかし、複雑過ぎる計画に比べて事前の準備・偵察が不足しており、さらに「ガリアから敗走した残党」とネウロイの戦力を過小評価しいたことが仇となって作戦は思うように進展せず、難航。
通信機の故障や悪天候等の不運も重なり、一部部隊がライン川を突破した程度に留まる。
西部方面統合軍総司令部はライン川突破を諦め、連合軍最高司令部は、モントゴメリー大将に作戦の中止を命令。
同時期に新たなネウロイの巣“グレゴーリ”がオラーシャ帝国北西部に出現したこともあって、欧州における全面的な反攻作戦の延期が決定される。
その後。私達カールスラントウィッチ部隊が、現地のブリタニア軍部隊と強固な防衛線を築き、以降ライン川の防備に努めた。
結果。冬に大規模な攻勢に打って出たネウロイを、一時的な混乱のみで撃退。西部の戦線は膠着状態となる。
確実に勝利へと近付いてはいるが、カールスラント本国奪還という悲願達成には、まだ多くの時間を要すると思われる。
あなたの戦友 カールスラント空軍第52戦闘航空団ゲルトルート・バルクホルン大尉
追伸:友人宛に手紙を書くなど初めてで。おかしなところがあったら、その……すまない』
◇ ◇ ◇
「…………これじゃ、報告書だよ」
カールスラントの堅物大尉が認めた手紙は、優人が軍隊生活で幾度となく目にした、或いは作成した戦況報告書そのものだった。
欧州の――主に西部戦線の戦況については、懇切丁寧に纏められていたが、私的な内容が全く見当たらない。
良くも悪くも軍人気質で生真面目なバルクホルンらしいとも言えるが、友人宛の手紙なのだから、もっと肩の力を抜いて気楽に書けばいいものを。
相変わらず、軍務に無関係な事柄に関しては万事不器用らしい。
口元に苦笑を湛えたまま、扶桑海軍ウィザードは最後の手紙を読み上げる。
◇ ◇ ◇
『親愛なる宮藤優人扶桑海軍大尉殿へ
よぉ、元気にやってるか?
急に手紙を出して悪いな。なんだかそっちの様子が気になってさ。
皆と別れた後。あたしはルッキーニを故郷のローマに送り届けたんだけど、タイミングの悪いことに着いた時にはもうあいつの家族は疎開してたんだ。
それからはルッキーニの家族を追ってシチリア島へ。その後もサルディーニャ島や北アフリカと、地中海方面を転々としてるよ。ま、気儘な旅さ。
ブリタニアにいた頃の忙がしさが無いおかげで、整備にかける時間は長くなったけど、それでも砂漠でのストライカーユニットの整備は、基地の格納庫とは比べようもないほど大変なんだよ。
魔導エンジンのあちこちに砂が入り込むし、気を抜いているとすぐエンストを起こす。昼間の暑さや夜中の冷え込みよりも、そっちの方に参ってるよ。
また最高速度に挑戦しようと思うんだけど、当分先になりそうだな。
そうそう。最近、独学で料理の勉強してさ。ちょっとしたパスタ料理を覚えたんだ。意外だろ?
といっても、茹でて缶詰のトマトソースをかけるだけだけどな。
まぁそれでも、ルッキーニは喜んでくれる。毎日のようにパスタをせがまれて大変な反面、美味しいって言ってくれるんだ。なんだか嬉しいよ。
優人や芳佳、リーネもこんな気持ちだったんだな。ブリタニアにいるうちにお前等から料理教わっとくんだったよ。
ルッキーニも元気さ。けど、時々皆に会いたいって寂しそうにしてる。
一応あいつもお湯は沸わかせるようになったから、一緒に楽しく料理してるよ。
お前や芳佳、坂本少佐は元気にしてるか?良かったら返事を書いて教えてくれ。
いつかの映画の約束、忘れんなよ?それじゃ。
リベリオン陸軍第8航空軍シャーロット・エルウィン・イェーガー大尉
PS:お前は後輩の教練指導とかデスクワークとかで忙しいだろうから、手紙と一緒にちょっとした“プレゼント”を送っておくよ。
◇ ◇ ◇
「プレゼント?」
首を傾げつつ、優人は封筒の中を探る。先程の便箋とは別に、写真が複数枚入っていた。
北アフリカの何処かにある砂漠のオアシスで撮影されたようだ。送り主のリベリオンウィッチが様々なポーズを取り、カメラに向かって笑顔を振り撒いている。
数枚ある写真は、何れも胸や尻やウエストの括れを上手く強調した大胆なものだった。
見慣れたリベリオン陸軍の制服姿でありながら、自他共に認めるスタイルの良さを存分に活かし、健康的な色気を巧みに演出している。
己の美貌と、“グラマラス・シャーリー”の由来であるダイナマイトバディ。そして自らを美しく魅せる方法を心得ている彼女は、ウィッチのみならずモデルの才能もあるのかもしれない。
よく見ると、撮影者の指らしき細長い影が端に掛かっている。レンズに指を掛け、気付かぬままシャッターを切ったのだろう。撮影慣れしていない人間の初歩的なミスだ。
シャーリーが1人で写っていることから察するに、カメラを回したのは、おそらくルッキーニだろう。
しかし、扶桑海軍ウィザードはロマーニャウィッチのミスを特別気にする様子もなく、写真を1枚ずつチェックしていく。
戦友が自作し、“プレゼント”と称して送り付けてきたグラビア写真にすっかり魅力されてしまった。
「ぶふっ!?」
だが最後の1枚を確認した途端、突如優人は派手に吹き出してしまう。
それまで取り憑かれたように写真へ向けられていた両目は、驚愕に見開かれている。
扶桑海軍ウィザードを大いに動揺させた写真には、水着姿のシャーリーが収められていた。
オアシスで撮影がてら水浴びをしていたのだろうが、問題は着ている水着が非常に布面積が少ない、あまりに大胆過ぎるデザインの三角白ビキニだということだ。
水着のサイズが合ってないとか、肌の露出が少ないとか。そういうレベルの話ではない。
トップ・ボトム共に、本当に大事な部分しか隠せていない。裸同然のものだった。
当のシャーリーは恥ずかしげもなく水着を着込なし、前屈みの姿勢で、カメラに向かって怪しく微笑んでいる。
セクシーポーズが様になっており、只でさえ巨大な乳房を大きく見せていた。
さらに谷間を矢印で指し示す『Look at this』の一文が否応なしに優人の視線を胸元へ誘導する。
「あ、あいつ!何考えて……」
片手で顔を抑えながら、優人は項垂れる。あまりにも刺激的――見る人によっては下品――な戦友のセクシーショットとでも言うべき写真。他の501メンバーが見たら、どんな反応をするだろうか。
バルクホルンあたりなら間違いなく卒倒するか、怒り狂うか。
融通の利かない堅物大尉に比べれば、柔軟性と寛容性を持ち併せている優人であっても、扱いに困る代物だ。
「…………こんなんどうしろと?」
“グラマラス・シャーリー”の悪ふざけを迷惑に思いつつも、扶桑海軍ウィザードはセクシーショット写真を制服のポケットに押む。
疚しいことは何も無いのに、彼の心臓が早鐘を打っている。
何気無しに窓外へ目を向けると、東の空が白み始めていた。間も無く夜が明ける。
そう思った途端、抗い難い眠気に襲われ、優人は己の両頬をパンパンと強めに叩く。
程無くして。宮藤優人大尉を乗せた二式大艇は、定刻通り横須賀軍港へ到着した。
◇ ◇ ◇
早朝、扶桑皇国・横須賀――
大きな港で栄える横須賀港。扶桑皇国海軍横須賀鎮守府が置かれ、海軍工廠や製鉄所等が建ち並ぶ軍港都市で、佐世保と同様、扶桑海軍の拠点の一つだ。
軍港施設の周りには住宅街と商店街が広がり、海と山に囲まれた風光明媚な土地である。優人が育った宮藤診療所は山の中にあり、その山を越えると芳佳が通っている横須賀第四女子中学校がある。
「お待ちしておりました、宮藤大尉!」
鎮守府正門を出た優人を出迎えたのは、1人の扶桑海軍下士官と、1両の九五式小型自動車だった。
直立不動の姿勢と、堂に入った挙手敬礼からは、本人の実直さと生真面目さが滲み出ている。
「土方」
優人は怪訝そうに応じる。彼のは土方圭助。横須賀鎮守府所属の兵曹で、優人の戦友――坂本美緒少佐の副官任務を担当する従兵だ。
「どうしたんだ?」
「坂本少佐から大尉を御自宅まで御送りせよ、との御命令を受けておりますので。どうぞ」
事情を簡潔に説明すると、土方は助手のドアを開け、上官である少年に乗車を促す。
(土方の仕事じゃないだけどなぁ……)
優人が誰かに車の運転を任せるとすれば、それは自分の従兵だ。上官の命令とはいえ、他の航空歩兵附の兵曹にやらせる仕事ではない。
土方の運転する車を帰宅の足代わりに使うのは気が引けたが、坂本が予め命令している以上、優人が何を言ったところで引き下がらないだろう。
ペリーヌほどではないが崇拝レベルで坂本を慕い、バルクホルンに及ばない程度には堅物な海軍兵曹。それが土方圭助だ。
「じゃあ、家まで頼むよ」
そう言って、観念した優人が助手席へ乗り込んだ瞬間だった。
――ちゅど~ん!
「…………は?」
突如、優人の実家――宮藤診療所がある山で爆発が起き、爆炎と黒煙が空高く舞い上がった。
街の人々と横須賀鎮守府所属の海軍将兵達は皆、爆音につられて一様に爆心地を振り返っていた。が、すぐに何事も無かったかのように各々の日常へ戻る。
すぐ近くで爆発が起きたというのに、殆んどの人間が爆心地を一瞥する以上の反応を示さない。
端から見れば、異様且つ異常な光景だろう。しかし、横須賀の住人にとっては見慣れた日常の一幕に過ぎなかった。
(診療所と畑は無事だろうな……)
優人は内心で嘆息しつつ、「出してくれ」と土方に声を掛ける。土方は「はっ!」と短く応じ、キーを回す。
助手席に座る上官を、チラリと横目で一瞥した後。海軍兵曹は車を発進させた。
彼の何か言いたげな視線に気付いていたのか。扶桑海軍ウィザードは、居心地悪そうに身体を揺すった。
◇ ◇ ◇
1時間後、宮藤診療所――
扶桑海軍予備役――宮藤芳佳曹長は、勤勉とは言えない。しかし、決して自堕落な人間ではない。寧ろ働き者の部類である。
今年の4月。初めての渡欧で航空母艦“赤城”へ乗艦した際、炊事・洗濯・甲板磨き等の清掃作業に精を出していたことが、その証左だろう。
扶桑海軍及び連盟空軍への入隊後も、基地の炊事をはじめ様々雑務を熟していた。もちろん、訓練にも熱心に励み。実戦では、ネウロイとの戦闘ではベテラン・エースと称される上級者顔負けの勇猛果敢ぶりを見せていた。
そんな芳佳だが、ブリタニアでの戦いを終え、扶桑に帰国した今は入隊以前と同様、一介の中学生に戻っている。
いや、同様というのは些か語弊がある。欧州での活躍――兄や仲間と共にガリア解放を成し遂げ、英雄となってしまった彼女は、少なくとも一般人としての生活は送れない。
街を歩けば握手やサインをねだられ、学校ではクラスメイト等の同級生・下級生に囲まれ、羨望の眼差しを向けられながら質問責めに合う。
その疲れのせいか。或いは扶桑本国の平和の空気に当てられてか。少々だらしなさが目立つようになっていた。
「うぅ~ん……」
自室に敷かれた布団に包まり、芳佳は寝返りを打っていた。
質素なカーテンで閉じられた窓を通して、チュンチュンと囀るスズメ達の声が聞こえる。
軍体の起床ラッパのような喧しいは一切無い。優しく、心地好い目覚ましだ。が、当の芳佳は起きる気配がない。
(もう朝ぁ……?)
芳佳は低く呻き声を上げ、布団を頭から被り直す。スズメが合唱しているということは、既に朝日が昇っているということだ。
掛布団の隙間から、薄目で枕元の目覚まし時計を確認する。針は起床時間を指していた。
家の手伝いもある、そろそろ起きなくてはならない。それは芳佳自身分かっている。
だが、それとは比べものにならないほど大きく、抗い難い眠気と、それに起因する睡眠欲求。冬の寒さから逃れたい気持ちが、起床を妨げていた。
早起きが習慣になっていた――寝坊することも多々あった――が、扶桑の実家に戻ってからは少々……いや、かなり気が緩んでしまっている。
やはり最前線の欧州に比べて平和過ぎる故郷の雰囲気と、実家に戻った安心感がそうさせているのか。
「――――――」
何者かの声に耳朶を打たれ、芳佳は一度閉じた目を半分だけ開けた。
何を言っているのか、よく聞き取れない。が、鼓膜に齎らされた程好い刺激により、意識が徐々にハッキリし始める。
「う……ん……」
何時の間にか、カーテンが開けられていたカーテン。窓から朝日が射し込み、芳佳へ容赦なく降り注ぐ。
起きている時は心地良いお日様の光も、眠っていたい今は不快にしか感じられない。掛布団をさらに深く被り、些細な抵抗を試みる。
「はぁ……」
既に大分意識がハッキリしている芳佳は、その呆れ混じりな溜め息を聞き逃さなかった。
顔は見てないが、おそらく両親か祖母が起こしに来てくれているのだろう。
芳佳からすれば、溜め息を吐かれたのはちょっとショックだが、今日は休日。学生は休みの日に二度寝するものだ。“特権”は有意義に利用させて貰いたい。
「起きる気無しか。まぁ、今日は休みらしいし。また後で起こしに来よう」
声の主はそう独り言ちて、その場から立ち去ろうとする。
「せっかくだから一緒に朝御飯食べようと思ったんだけどな」
(ごめんなさい。でも、まだ眠……あれ?)
相手の声色で、芳佳は漸く自分の勘違に気付いた。起こしにきたのは両親でなければ、祖母でもない。
幼い日々を共に過ごし、ブリタニアの戦いを共に潜り抜けた優しく、頼りになる。大好きな兄だったのだ。
海軍の仕事で軍港都市の佐世保遠出すると言っていたが、予定より早く帰って来れたらしい。
驚きと喜び。そして、だらしない妹だと思われてしまう不安に駆られた芳佳は、一瞬で完全覚醒に至った。
勢い良く布団から飛び起き、部屋の外へと消える人影へと手を伸ばす。
「お兄ちゃん!ち、ちょっと待っ……きゃあ!?」
「え?」
余程慌てていたのだろう。布団に足を取られた芳佳は、バランスを崩して前のめりに倒れる。鼻先から畳目掛けて突っ込み、顔全体で激突する。
――バンッ!
芳佳の視界が暗転するのとほぼ同時に、室内に鈍い音響く。それらに次いで鼻梁に鈍い痛みが走った。
「だ、大丈夫か!?」
「………………」
自分を心配する兄の言葉に、芳佳は何も返さない。いや、返せない。
暫くの間。彼女は恥ずかしさのあまりに、転倒した状態から顔を上げることが出来なかった。
◇ ◇ ◇
一方、その頃。北アフリカ地域――
(やっぱりあのビキニ、ちょっと下品だったよな。それにプレゼントで自分のグラビア写真送るなんて、もしナルシストとか思われてドン引きされてたら……)
「スヤァ~……スヤァ~……」
(あぁ~、あたしはなんてことを~っ!)
オアシスで野営中のリベリオン陸軍シャーロット・エルウィン・イェーガー大尉――通称“シャーリー”と、ロマーニャ空軍フランチェスカ・ルッキーニ少尉。
シャーリーは何やら酷く後悔しながら眠れぬ夜を過ごしていたが、隣でグッスリ眠っているルッキーニ。そして彼女から“プレゼント”を贈られた宮藤優人扶桑海軍大尉は、知る由もない。
読者の皆さんは、どのウィッチから手紙を貰いたいですか?
感想、誤字脱字報告等をどうぞ御願い致しますm(__)m