ストライクウィッチーズ 扶桑の兄妹 改訂版   作:u-ya

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更新が大幅に遅れてしまい、大変申し訳ありませんm(__)m

某サバイバルホラーゲームのリメイク版にハマってしまいまして……(^_^;)


第3話「宮藤家の日常」

完全に目が覚め、パジャマから洋服――水練着にセーラー服の重ね着だが、本人にとっては普段着も同じ――に着替えた芳佳を連れ、居間へ移動した優人は朝食を摂る。

長年の海軍生活において。基地・艦艇共々椅子に座って食事をしてきたため、和室の畳に座り食事をする習慣は多少の違和感を覚えた。

扶桑人らしからぬ感覚かもしれないが、軍隊生活や欧州派遣任務に数年もの時を費やせばこうもなろう。

 

「やっぱり母さんの手料理は最高だなぁ♪」

 

優人は絶妙な塩加減の焼き鮭と白米を口に運び、御碗を傾けて味噌汁を喉へ流し、続いて卵焼きも頬張る。

気持ちの良い食べっぷりだ。あまりの美味しさに頬が緩んでいるのが良く分かる。

料理の腕前なら優人や芳佳はもちろん、元501隊員のバルクホルン、リーネ、サーニャ。下原少尉や雁淵中尉等の海軍航空隊所属ウィッチもかなりの腕前だ。

しかし、やはりというか。所謂“おふくろの味”には敵わない。レパートリーも扶桑料理に限らず、各国料理までと手広く、質量共に隙がない。

 

「うふふ、褒めてもおかわりしかでないわよ?」

 

優人の養母――宮藤清佳はそう言うと、空になった小皿に追加の卵焼きを載せる。卵焼きが大好物――優人の場合、苦手な物の方が少ないが――な愛息の為、予め多めに作っているようだ。

 

「あ!ありがとう!」

 

追加の卵焼きを見るなり、嬉々としてパクつく優人。そんな息子を清佳は微笑ましげに見つめていた。

何であれ、人の役に立てること。人が喜ぶ姿を目にすると、自分のことのような幸せを感じる。

清佳は、魔法力以外にもそのような美質を持つ素晴らしい女性であった。

それらの長所は彼女に育てられた兄妹にも、確かに受け継がれている。

 

「う~ん……ちょっと甘過ぎないかな?」

 

ふと穏やかな男性の声がする。誰かは考えるまでもなかった。宮藤診療所もとい宮藤家において、男性は優人ともう1人しかいないのだから……。

 

「あなた!摘まみ食いはダメよ!」

 

清佳にそう咎められたのは彼女の夫にして、優人と芳佳の父――宮藤一郎だった。

遅れて朝食の席に顔を見せた彼は、事故現場か戦場から戻ったのではないかと思うほど、酷い様相だった。

年季の入ったヨレヨレの服は、ボロボロに焼け焦げ、顔や髪も所々煤で汚れている。

 

「何だよぉ、優人は良くてどうして僕はダメなんだ?」

 

と、一郎は唇を尖らせて不平を漏らす。まるで親に叱られた子どものような反応を見せる父親に向かって、優人が毒づいた。

 

「実験で離れ屋を丸々吹き飛ばす大バカに食わせる飯は無いんだよ」

 

先程の上機嫌ぶりから一転し、優人の表情と声色が不機嫌なものに変わる。

息子からキツい御言葉を賜った一郎はまた、ムスッとして反論するのだった。

 

「優人。お前なぁ、親に向かってバカはないだろう?」

 

「じゃあ、アホ」

 

「ぐっ!」

 

「あんぽんたん」

 

「のわっ!」

 

「ドジ」

 

「ぐぇっ!?」

 

仮にも養父である一郎に対し、扶桑海軍ウィザードは辛辣な態度を崩さない。

彼の口から次々と吐き出される侮蔑の言葉。そのひとつひとつが鋭く尖った刃先を有する槍となって、一郎の心に突き刺さる。

魔導エンジンの開発やストライカーユニットに関連する様々な新技術を確立した功績から、“ストライカーユニットの父”と渾名されている宮藤一郎も、息子の前では形無しだ。

 

「優人、もうその辺にしなさい。ほら、あなたは早く着替えて!顔も洗ってきて!」

 

「う、うん」

 

「…………」

 

清佳の仲裁によって、朝の親子喧嘩――優人が言葉の暴力で一方的に攻め立てていただけだが――は、取り敢えず中断される。

一郎はトボトボと洗面所に向かい、優人はショボくれた父の後ろ姿を睨みつつ、無言で味噌汁の入った御碗を傾けた。

哀愁漂う背中を見ていると、まるで自分が悪いかのように錯覚してしまいそうだから不思議だ。

 

「ったく……」

 

と、優人がウンザリしたように吐き捨てる。家族以外の目が無いとはいえ、自らの幼い――もっと言えば大人気ない一面を恥ずかしげもなく晒す養父の有り様に、彼は辟易している。

 

「優人、あんまり大人さんに冷たくしないで……」

 

「父さんは優しくしたり、励ましたら調子に乗るタイプだから、これくらいが丁度良いんだよ」

 

自分を諌める養母の言葉に、反論した扶桑海軍ウィザードは、そのまま食事を再開する。

父親に対して必要以上に当たりがキツいが、嫌っているわけではない。

寧ろ死んだと報され、二度と会えないと思っていた父とまたこうやって言葉を交わし、今朝のように食事を共に出来ることが嬉しくて仕方がないはずだ。

 

「もぉ……」

 

清佳は困ったように苦笑すると、優人の隣に座る芳佳へ視線を走らせる。

 

「芳佳も、あんまり遅くまで勉強してないで。今日みたいに起きられなかったら、またお兄ちゃんにだらしないところを見られるわよ?」

 

「言わないでよぉ!」

 

紅を残した頬を膨らませ、芳佳は母に抗議する。まだ羞恥が抜けきっていない妹の頭を、優人はポンポンと撫でてやった。

 

「随分熱心に勉強して、芳佳は偉いな」

 

「あ、えへへ♪ありがとう、お兄ちゃん」

 

兄に褒められたことが余程嬉しいのか。芳佳は赤面から一転、向日葵のような笑顔で応える。

横須賀第四中学校復学した時点の芳佳は、出席日数こそ不足していたものの、エース部隊である第501統合戦闘航空団で実績を挙げたことが学校側に評価され、卒業が決定。成績最優秀者を差し置いて、卒業式で生徒代表を務めるに至った。

留年等の心配が無くなった今、医学校の入学試験に合格する為、猛勉強中である。

本格的に医学を学ぶことで『治癒魔法』をより効果的に扱えるようなり、強力だが万能ではない魔法力以外の治療法を会得し、何れは診療所を継ぐつもりでいた。

 

「でも夜更かしは関心しないな。そんなやり方じゃ何も身に付かない、美容にも良くないぞ?」

 

芳佳を窘めつつ、優人は彼女の頬を人差し指でツンと突く。

染み1つ見当たらない美肌はぷにぷにと柔らかく、まるで赤ん坊のようで、癖になりそうだ。

 

「はぁ~い」

 

やや気の抜けた声音で応じ、芳佳は朝食を再開する。正直な話、今の芳佳の学力で志望校合格はかなり厳しい。

元々彼女は成績が芳しくないことに加え、ブリタニアに滞在していた数ヵ月間、学校を休学していた。

出席日数の不足は、501部隊の一員としての実績が認められて何とかなったが、学業は同級生等に比べて明らかに遅れを取っている。

猛勉強で遅れを取り戻せたとしても、志望校の合格ラインへはとても届きそうもなかった。

だが一方で、彼女には本番に非常に強いという長所が存在する。

 

(ここ一番に強い精神の図太さを持つ芳佳なら或いは……)

 

実際ブリタニアの戦いでは、要所要所で新兵とは思えぬ力を発揮していた。学業方面でも同じかは分からないが……。

 

(はは、俺も大概シスコンだな……)

 

己の兄バカっぷりに優人は苦笑する。彼の心境を知ってか知らずか。芳佳は兄に振り向き、首を傾げて見せた。

 

「どうしたの?」

 

「うん?やっぱり芳佳は可愛いなぁって思って♪」

 

誤魔化そうとして何故かクサイ台詞が出てしまい、優人は気恥ずかしそうな所作で後頭部を掻く。

 

「もうっ!褒めても何も出ないよ?」

 

と、芳佳もまた照れ臭そうに微笑み返す。彼女の頬に再び仄かな朱が射し込む。

義理とはいえ兄妹だというのに、笑顔で見つめ合う2人の姿は、まるで恋人同士。すっかり“2人の世界”に浸ってしまっている。

 

「母さん、タオルが見当たらんよ!」

 

そんな甘ったるい空気をぶち壊すように、一郎が居間へ戻ってきた。

洗顔の途中らしく、びしょ濡れになった顔から幾つもの水滴を床や畳に垂らしている。眼鏡を掛けていないせいで、歩き方もぎこちない。

 

「ちょっとあなた!床を濡らさな――」

 

「あ、失礼」

 

一郎は手探りで清佳の割烹着を掴むと、そのまま割烹着で顔を拭き始めるのだった。

 

「ちょっと、それで拭かないで!」

 

「ふぅ、助かったよ。ありがとう♪」

 

顔を拭き終えた一郎は、屈託の無い顔で礼を述べる。床とタオル代わりに使った割烹着をびしょ濡れにしたことに対する謝罪も無ければ、悪びれる様子もない。

 

「もう!タオルなら洗面所の脇に掛けてあるでしょう?次からそれを使ってください!」

 

軽い苛立ちを覚えた清佳は、一郎をピシャリと叱りつける。

その姿は完全に悪童叱りつける母親のそれで、彼女と一郎は夫婦というよりは親子のようだ。

 

(ホント、この人は……)

 

内心で呆れつつも、優人の口元には薄い笑みが浮かんでいた。

それもその筈。父の訃報を聞いて以来、叶わぬ夢とばかり思っていた家族団欒。それが再び日常として戻ってきたのだ。

国内外で魔法力と内燃機関の融合技術の研究の第一人者及び知られる一郎は、自らが提唱した理論――所謂“宮藤理論”を採用したまったく新しいタイプのストライカーユニットを開発した凄腕の技術者。

ブリタニアのストライカーユニット共同研究所で起きた爆発事故に巻き込まれて死亡したと思われていたが、紆余曲折あって生存。数ヵ月、搬送先のロンドンの病院で昏睡状態から目覚め、扶桑海軍遣欧艦隊に保護されていた。

ガリア解放の英雄となった宮藤兄妹や旧知の海軍士官――坂本美緒少佐と共に凱旋帰国を果たした一郎は、かつての勤め先である宮菱重工の航空機部門に復帰。新型ストライカーユニットの開発に従事している。

数年の深い眠りを経ても、研究に対する熱意は些かも衰えておらず、自宅の離れ屋を私的な研究室として、暇さえあればよりハイスペックでコストパフォーマンスに優れた新型魔導エンジンの開発に没頭していた。

一方、その熱心さが反って仇となることも屡々ある。探究心が強過ぎるほど強い一郎は、「理論上可能」と主張しながら信頼性を度外視したハチャメチャな魔導エンジンを開発しては暴走させ、離れ屋を丸々吹き飛ばすレベルの爆発を頻繁に引き起こしていた。優人が横須賀鎮守府前で目撃した爆炎の正体もコレである。

数日に1回のペースで起きる爆発に、横須賀の住人は慣れきってしまっている。つまり、それだけ同じ失敗を繰り返してきたということだ。

離れ屋の修繕費。及び何処から調達したかも分からぬ怪しげな実験器機や資材――ジャンクパーツ含む――の数々。これは芳佳が医学校への進学を応援している宮藤家の家計に小さくない打撃を与えていた。

これ等の事情もあって、優人は一郎に対し矢鱈と当たりのキツい。

だが、何だかんだ言って内心では優人も、何者かも分からぬ自分引き取り育ててくれた一郎に強い恩義感じており、また宮藤式ストライカーユニット開発という偉業を成し遂げた彼を自慢の父親と慕い、心から尊敬している。

 

「ははは、ごめんごめん」

 

一郎は誤魔化すように笑いながら優人と芳佳の向かい側に座り、自身の朝食に向かって手を合わせた。

 

「では、いただきます!」

 

扶桑特有の食事前の挨拶を済ませた一郎は、凄まじい勢いで朝食を食べ始める。

しかし、がっつき食べ散らかすかのような所作にはマナーもへったくれもない。

ブリタニアの501基地で、似たような食べ方をシャーリーとルッキーニがしていたと、優人は記憶している。

だが、2人ほどの美女ならいざ知らず。中年男性の場合は汚いとまではいかないまでも、見苦しいものがあった。

 

「お、お父さん……」

 

「爆発に巻き込まれた割には随分と元気だな。食欲旺盛だし……」

 

父親の食事マナーの悪さに軽く引いている妹と、又しても嫌味をぶつけてくる兄。一郎は味噌汁を煽りながら不満げに応じる。

 

「やめてくれよ、食事時だぞ?」

 

「大体何だよ。庭に積み上げられてたガラクタの山は?」

 

「あ、あれはガラクタじゃない!そのだな、父さんの研究にどうしても、どうしても必要な資材なんだ……」

 

歯切れ悪く応える父親に対し、優人は容赦無く追及していった。

 

「南リベリオン産の爆薬も?」

 

「う!?」

 

「立派な危険物だよな?一体何に使うんだよ?え?」

 

「え?あ~……あはははは」

 

乾いた笑いで誤魔化しに掛かる一郎を、優人は鋭く睨み返す。

父子間で気まずい沈黙が流れる中、割烹着を外した清佳が一郎の隣に腰を下ろし、団欒に加わる。

 

「ところで優人、今日はお休みよね?」

 

夫に助け船を出したのだろう。清佳は然り気無く話題を変えてきた。

 

「何年もお勤めしたことだし、暫くはお休みを貰えるのかしら?」

 

「え?じゃあ、お兄ちゃん卒業式来てくれる!?」

 

清佳の“お休み”という言葉に反応し、芳佳は期待と興奮に瞳を耀かせながら訊ねる。

3ヵ月後、芳佳の通う横須賀第四女子中学校で卒業式が挙行される。芳佳も卒業生1人だ。

しかも彼女は、ガリア解放の功績を評価されて卒業生代表を選ばれている。

宮藤芳佳にとって3月に実施される卒業式は、新たな旅立ちの日であると共に、自身の晴れ舞台でもあった。

 

「…………」

 

「お兄ちゃん?」

 

「ごめん、芳佳」

 

申し訳無さそうに顔を伏せ、優人は妹に謝罪の言葉を述べた。

 

「え?」

 

目を丸くする芳佳に、優人は訳を説明する。扶桑海軍航空歩兵の練度及び空母運用能力な向上を目的に編成・運用される新たな練習艦隊に教官として配属されること。

件の練習艦隊へ配属される以上。横須賀~ハワイ間を往復する約2~3ヵ月もの期間を遠洋練習航海に参加しなくてはならないこと。

そして初航海は、来年1月半ばに開始される予定となっており、卒業式の実施される3月中にはまず帰国出来ないことを……。

更に不運は重なり、一郎もまた優人とほぼ同じ時期に遠方で大事な仕事――軍機に触れるため、詳細は話せないとのこと――があるため、出席を断念している。

赤坂大将直々の御指名なこともあり、彼意外の技術者に代わってもらうわけにもいかないそうな。

 

「そうなんだ……」

 

話を聞き終えた芳佳は、シュンと表情を曇らせた。爛々と耀いていた双眸が一転して暗くなる。

小学校の卒業式は母と祖母のみだったが、今年は大好き兄と生きて帰って来てくれた父も出席してくれると思い、楽しみにしていただけにショックが大きい。

 

「卒業式に出られなくて本当にごめんな」

 

優人とて、妹が卒業生代表に選ばれたとあってはなんとしても出席したい。しかし、命令されれば従わなくてはならないのが軍人だ。

芳佳がブリタニアでやったような軍規に反する行動は出来ない。ましてや優人は士官で、下士官の芳佳より遥かに階級が上であり、その分責任も重い。

 

「ううん、いいの。お仕事なんだから仕方ないよ……」

 

芳佳は弱々しく頭を振り、力の無い笑顔で「気にしてないよ」と告げ、必死に物分かりの良い子を演じる。そんな妹の姿が、優人にはとても痛々しく見えた。

ブリタニア滞在中、兄妹喧嘩が原因で優人を負傷させてしまったことがあり、芳佳は今でもそのことを引きずっている。

そのためか。以前に比べて、優人にあまり甘えなく――親しい人間でなければ、気付かない程度の微細な変化だが――なっていた。

しかし、優人としては以前のように甘えて欲しい。もう少し我が儘を言って欲しい、というのが本音である。

軍務を口実に約7年も家族の元を離れ、妹の世話や親の手伝いを怠っていた優人にとって、下手に遠慮されることは反って堪えるのだ。

 

「はいはい!暗い話はここまで!」

 

と、清佳がパンパンと手を叩いて鳴らし、家族の視線を自身へ向けさせる。

本人前ではとても言えないが、その所作と口調は何処かミーナと似ていた。

 

「あなた。優人も戻ったことですし、例の話を2人に聞かせてあげましょう?ね?」

 

「あぁ、そうだな」

 

一郎は清佳の提案に頷くと、優人と芳佳のいる方へ視線を戻す。

 

「例の話?」

 

「お父さん?お母さん?」

 

揃ってクエスチョンマークを浮かべる優人と芳佳。一郎は軽く咳払いをしてから、話を切り出した。

 

「実はだな、我が家にもう1人家族が増えることになった。時期的には来年の夏頃か?」

 

「ええ、それくらいね」

 

「え?……それって、まさか」

 

「?」

 

一郎が説明から優人は何かを察し、芳佳は今一ピンとこないらしく、首を傾げている。

 

「ふふ……」

 

2人の様子に清佳は小さく笑声を立てると、一郎の言葉を継ぐ形で話を続ける。彼女は自らの腹部に両手を添え、さらに慈しむような優しい眼差しを注いでいた。

 

「優人、芳佳。お母さんね、あなた達の新しい兄弟を授かったの……」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

同日同時刻、南リベリオン――

 

ノイエ・カールスラント首都“ノイエス・ベルリン”の郊外には、帝政カールスラント皇室親衛隊管理下の研究施設が存在し、約1年前から稼働状態にある。しかし、その外観はなんとも異質で、物々しい雰囲気を漂わせていた。

四方を高いフェンスや監視塔に囲まれ、唯一敷地内へ出入りが可能な正門は、カールスラント製の自動小銃“MP43”を携えた親衛隊の兵士が警備に当たり、監視塔ではスコープ付のKar98kを構えた狙撃兵が常駐し、施設外周を警戒している。

この厳重な警備体制は、研究施設というよりは捕虜収容所。若しくは、凶悪犯ばかりを収監している刑務所のようだ。

研究機材や食料、医薬品等の物資が定期的に運び込まれている一方で、人の出入りは殆んど見られない。

さすがに施設職員が休暇を貰って外出することはあるようが、どうも箝口令が敷かれているらしく、施設の実態及び研究の内容はその一切が不明となっている。得体の知れない不気味な場所だが、最近はある人物が頻繁に訪れていた。

皇室親衛隊第1独立戦闘航空団『インペリアルウィッチーズ』司令――悠貴・フォン・アインツベルン親衛隊大佐である。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

施設内第1研究室――

 

「如何でしょうかアインツベルン大佐?」

 

年若い男性研究員が、隣に立つ悠貴に声を掛ける。男性は第1研究室所属の主任研究員だ。

度の強い眼鏡を掛け、年季の入ったヨレヨレの白衣を着ている。

自分を美しく見せる術を心得ている悠貴とは対照的に、身嗜みにはあまり気を遣わないタイプのようだ。

ひょろりとした身体つきと色白な肌からは、典型的な研究者にありがちな不健康さが垣間見える。

 

「…………」

 

機材が所狭しと並ぶ薄暗い研究室で、悠貴は“ある一点”を見つめていた。

照明が落とされた研究室では“それ”が唯一の光源であり、室内を鈍く照らしている。

ガリアが解放されて以来。彼女はこの施設へ足繁く通い、場合によっては泊まり込むこととあった。

彼女にとって、この施設で行われている研究は非常に興味深いものらしく、進捗状況や成果を纏めた最新の報告は細かくチェックしている。

 

「今のところ、全て順調に運んでおります。しかし……」

 

悠貴の返答を待たず、主任研究員は言葉を続けた。悠貴は視線を動かさぬまま、無言で耳わ傾ける。

 

「まさか魔法力がネウロイにとって毒にも薬にもなる物質だとは、日頃から目にしている私でさえ未だに信じられません」

 

饒舌に心境を語りつつ、主任研究員は横目でチラチラと悠貴の様子を窺う。

大学を卒業してから研究一筋の人生を歩み続け、女性とは縁遠い生活を送っていた。

周囲から「研究者の職を奪われれば何も残らない」と陰口を叩かれているような冴えない男が、今やカールスラント宰相息女御抱えの研究者に抜擢されている。大変な名誉だ。

周りからも悠貴のお気に入りとして認識され、嫉妬の対象となり相応の苦労もしているが、同時に『インペリアルウィッチーズ』司令の寵愛を受けている現状が、彼の心を優越感で満たしていた。

その上、彼は悠貴と何度も夜を共にしている。この事実を同僚達が知ったらどう思うだろう。

 

「これを公表すれば、生物学会にとてつもなく大きな衝撃が走――」

 

長々と話していた主任研究員が、唐突に黙り込んだ。公表という単語に反応した親衛隊大佐が、射殺さんばかりの鋭利な眼差しを向けてきたからだった。

 

「え、あっ……も、もちろん!そんなことは致しませんが……」

 

慌てて取り繕おうとする主任研究員の額には嫌な汗が滲んでおり、瞳にも明らかに脅えの色が射していた。一方、悠貴は沈黙を保ったままだ。

 

「え~っと、それから……プロトタイプの2体は、既に白海と太平洋方面で試験運用中ですので、詳細は後ほど。まさか、あのような方法でネウロイのコアをし――」

 

主任研究員の話が再度中断された。いつの間に入ってきたのか。2名の親衛隊兵士に、左右から挟み込まれる形で取り押えていた。

 

「あなたは素晴らしい研究者よ。私の期待によく応えてくれて……」

 

艶やか笑みを浮かべ、主任研究員を賞賛する悠貴。だが次の瞬間、彼女の表情から笑顔が消え失せ、冷徹な本性を露にする。

 

「その口の軽さを除いて、だけれど。連れていきなさい!」

 

親衛隊兵士にそう命じる彼女は、既に主任研究員を見てなどいなかった。

 

「た、大佐!アインツベルン大佐!どうかお許しを!アインツベルン大佐ぁ!」

 

自身が切り捨てられたことを漸く理解した主任研究員は、必死に慈悲を乞う。

だが、その声は虚しく響くばかりで、悠貴・フォン・アインツベルンの耳に届くことはなかった。

そもそも、“元”主任研究員のことなど初めから眼中になかったのだ。

少しばかり“ベッドで優しく”はしてやったが、それは彼が行っていた“研究”を一定の段階まで進める為に必要だったからに過ぎない。

彼女にとって、『インペリアルウィッチーズ』をはじめとする自身の派閥の人間も、その他の自分を支援している輩共も、目的を達成する為の駒でしかない。

 

「漸く、ここまで来た」

 

眼前の培養槽の中で鈍い光を放っている正十二面体の赤い結晶に向かって、悠貴は何者かに語り掛けるように独り言ちた。

 

「これで取り戻せる。あの日々を……お兄ちゃん」




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