1945年1月某日、扶桑皇国横須賀鎮守府――
早朝の横須賀軍港に、多数の艦艇が停泊している。全て、新設された航空練習艦隊へ動員される扶桑海軍隷下の艦艇群であり、記念すべき最初の遠洋航海を間近に控えていた。
海軍兵学校をはじめとするウィッチ養成学校在学中のウィッチ候補生達と、教官数名を乗せた2隻の航空母艦――加賀型航空母艦“加賀”及び“土佐”――を主幹とし、複数の戦艦・駆逐艦を護衛に伴い、扶桑~ハワイ間を往復する予定である。
ハワイにはリベリオン合衆国海軍太平洋艦隊の司令部が置かれており、扶桑海軍連合艦隊麾下の各部隊とは、大戦直前より定期的に合同演習を実施している。また、扶桑海軍士官の中には自身に磨きをかける為リベリオンへ留学する者も多い。
これらの事情から、ウィッチ候補生及び士官候補生の育成を目的とした遠洋航海に適したルートと言える。
◇ ◇ ◇
空母“加賀”・ガンルーム――
航空練習艦隊旗艦――加賀型航空母艦1番艦“加賀”及び2番艦“土佐”は、カールスラントへ譲渡された赤城型3番艦“愛宕”及び4番艦“愛鷹”――譲渡後、旧愛宕は“グラーフ・ツェッペリン”。旧愛鷹は“ドクトル・エッケナー”にそれぞれ改名された――の代替として、当時建造中だった2隻の加賀型戦艦を改装・空母化し、異なる艦種へ生まれ変わらせたものだ。
だが、蒼龍型の登場後は相対的に旧式化。艦齢の長い戦艦改装空母の加賀型は、目立った活躍も無いまま機動部隊から外された。
本格的な欧州派遣を目前にして一線を引いた老朽艦だが、当練習艦隊が試験的に設立されたのを機に、練習空母という新たな役割を得たのだ。
訓練用空母としては既に“鳳翔”が存在するが、あちらは飛行甲板延長等の改修が仇となり、外洋航行能力を失ってしまっている為、遠洋航海には向かない。
「気を付け!」
加賀に乗艦して間もなく、ウィッチ候補生達に集合が掛かる。ガンルームに集まった彼女等に対し、教官の1人――若本徹子中尉が声高に号令する。
若本の傍らには同輩であり、第501統合戦闘航空団『ストライクウィッチーズ』にも招聘された歴戦の猛者――宮藤優人大尉が立っている。彼も本練習艦隊――厳密には、本来教官を任されるはずだった坂本美緒少佐の代理の――教官であった。
ガリア解放の1人である宮藤優人大尉と、扶桑最強のウィッチと名高い若本徹子中尉。2人の前に整列した候補生達は、遠洋航海前に世界的エースでもある教官達から訓示があるに違いない、と一様に気を引き締める。
(こ、この御二人が宮藤大尉と若本中尉!まさかお会い出来るなんてぇええええええええ!)
ピリピリと張り詰めた空気が支配するガンルーム内で、人知れず歓喜の叫び声を上げている者がいた。海軍兵学校か、本艦隊に参加している服部静夏候補生だ。
(扶桑海事変や欧州の最前線で活躍した英傑!まさか御尊顔を拝する日が来るなんてぇ……!)
扶桑海軍事変勃発時にウィッチ・ウィッザードへ志願し、リバウをはじめ欧州各地の激戦を潜り抜けた生きる伝説。その威風堂々たる姿を前に、服部は内心狂喜していた。
軍人家系の出身で、幼い頃から使命感を叩き込まれて育ってきた彼女は、規律や教則を頑なに守ろうとする杓子定規な生真面目な性格をしている。
たが、彼女とて年齢相応の少女。憧れの英雄を目の当たりして感極まっていた。
直立不動の姿勢を崩さないながらもソワソワと落ち着かない様子で、これから自分達の教官となる2人を映した瞳は眩しいほどに輝いている。
尤も、心中で密かに喜びの声を上げているのは、彼女だけではない。遠洋航海に参加している候補生全員が同じ心境であった。
扶桑海軍に属する若手の航空歩兵やその候補生にとっては、映画スターのような存在。それほどの人物が自分達の教官を務めると聞けば、心沸き立つのも無理はないだろう。
一方で、他の候補生とは異なるベクトルで教官達……いや、優人を猛烈に慕っている者もいた。
(宮藤大尉、またお会いできるなんて♪)
熱を帯びた眼差しを優人に注いでいるのは、佐世保航空予備学校学年主席――三隅美也候補生である。
頬を紅潮させ、胸をトクンと高鳴らせている彼女の姿はまさに恋する乙女。姿勢こそ直立不動だが、表情はウットリと恍惚しており、いつ若本の叱責が飛んでくるか分かったもんじゃない。
またしても、ウィッチ1人を手籠めにしてしまった優人だが、当の本人は知る由もなかった。
「お前も知っての通り。これから我々は空母部隊の運用能力向上を兼ねた遠洋航海に出る」
今次遠洋航海について若本が説明を始め、それを合図に場の空気も一変する。先輩達へ羨望の眼差しを注いでいたウィッチ候補生の間に一層強く鋭い緊張が漂い、全員が我知らず表情を強張らせる。
「練習艦隊とは言っても海軍のいち部隊であることに変わりはない。船旅気分で参加しているふざけたヤツは、俺が海に叩き落としてやるからそのつもりでいろ!」
叱咤を通り越して恫喝と取られかねない若本の発言。間近で聞いている優人は、小さく溜め息を漏らす。
まだ教練も始まっていないというのに、候補生の何人かは目の前の鬼教官にすっかり脅え、縮こまってしまった。
(おいおい……)
戦友の教官ぶりを観察していた優人は、その体たらくに軽く肩を竦める。
叱咤激励して後輩を奮い立たせようしたのだろうが、すっかり萎縮してしまった彼女達を見るに、逆効果なのは明らかだ。
(ま、スコア稼いだトップエースだからって教官としても優秀とは限らないけど……)
若本が無能な教官かと言えばそうではない。だが、生来の荒っぽさ故か。リバウ時代の坂本美緒をも上回る鬼教官ぶりを発揮している。
こうなってしまっては誰かが両者の間に立ち、緩衝材としての役割を果たさなくてはならない。
(それは俺の仕事かな?)
艦隊における自身の役割を認識した扶桑海軍ウィザードは、これから教え子となる少女達をじっと見据える。
坂本の師事を受けた服部静夏だけは、将来有望なウィッチとして海軍兵学校に推薦された士官候補生でもあるが、彼女とて本格的な空母発着艦訓練や洋上飛行の訓練を行ったことはない。百戦錬磨の優人からすれば、全員大差無いヒヨッコだった。
「俺と宮藤大尉が、この航海で海軍ウィッチの何たるかを叩き込んでやる!扶桑へ戻るまでにものになるか、ならないかはお前等次第だ!」
「「「はい!」」」
「声が小さい!」
「「「はいっ!」」」
若本が怒号を飛ばし、ウィッチ候補生達は一斉に声を張り上げる。中でも士官候補生の服部静夏と、佐世保航空予備学校から参加している三隅美也の2人は一際声が大きく、気合い十分といった様子だ。
「よぉし!まずは準備運動、飛行甲板でランニングだ!手始めに艦首から艦尾間を往復!さぁ、わかったら甲板へ行け!駆け足!」
フソウオオカミが三度吠え、ウィッチ候補生達が直ぐ様走り去って行く。未来の航空歩兵達が遠洋航海を振り返った際、真っ先に思い出す地獄の猛訓練が始まったのだった。
◇ ◇ ◇
程無くして参加艦艇集結を終えた航空練習艦隊は、直ちに横須賀を出港。目的地であるリベリオン領ハワイへ進路を取る。
太平洋洋上を突き進む練習艦隊。その旗艦“加賀”の飛行甲板上では、ウィッチ候補生達が既に何十往復も走らされていた。
「ウィッチの基本はまず体力だ!走れ走れ走れ!ほら、ペースが落とすな!」
「は、はいっ!」
若本の気迫に圧され、よろけていた一部の候補生がスピードを上げる。
ペースが落ちる者。脱落しかける者が現れると、若本は竹刀を甲板に叩きつけながら叱咤する。今の彼女は、誰がどう見ても立派な鬼教官だ。
甲板で各々作業に当っている加賀乗員等の姿もある。若本が声を張り上げる度、自分が叱られている訳でもないのに条件反射で肩が跳ね上がっている。
「坂本よりスパルタなんじゃ……?」
と、扶桑海軍ウィザードは苦笑気味に呟く。常に生命の危険が伴う実戦ではないにも関わらず、後輩達の無事を心から祈った。同時に、妥協も容赦も一切しないであろう若本の教え子になってしまった彼女等に対し、本気で同情していた。
訓練初日で、一体何人のウィッチ候補生が疲労と筋肉痛に苛まれ、動けなくなることやら……。
やがて、脱落者が現れ始めた。汗塗れとなった候補生等が、水練着や制服を肌に張りつかながら次々と甲板に倒れ込む。
仰向けの状態で倒れた候補生の中には発育の良い者もおり、呼吸を整えようとして豊かな胸を上下させている。男の身としては少々目の毒だった。
「しっかし……」
頭にスパルタが付く訓練風景から視線を外すと、優人は艦隊の布陣を訝しげに確認する。彼が乗艦している戦艦改装空母“加賀”、その後方を同型2番艦“土佐”が追従している。
優人が予め聞いていた話では、航空練習艦隊は“加賀”と“土佐”のみで構成される小艦隊――戦隊規模――のはずだった。
しかし、実際は加賀型2隻の随伴艦として多数の艦艇が動員しており、扶桑海軍所属の比較的旧型の駆逐艦他。リベリオンから購入した数隻のフレッチャー級駆逐艦と、高速戦艦で知られる筑波型戦艦の“生駒”及び“妙義”を加えた1個機動部隊に匹敵する大艦隊と成っていた。
「特設の訓練部隊、のわりには物々しいな……」
いくら扶桑皇国が世界屈指の海軍戦力を有する海洋国家とはいえ、練習艦隊で一線級に準ずる過剰な規模と戦力。異様を通り越して異常だ。
艦隊司令長官からは出港直前に「若きウィッチ候補生に空母部隊の環境に手早く慣れてもらう為」と説明されたが、表面上は納得したように振る舞ったものの、優人の不審は消えていない。
殊に、大和型に次ぐ新鋭戦艦である筑波型が2隻も動員されている現状が、優人の疑念を一層強くしている。
「……何かあるのか?」
ふと優人の頬を撫でるかのように風に吹いた。爽やかな潮風に混じったキナ臭さに、扶桑海軍ウィザードは思わず顔を顰めるのだった。
◇ ◇ ◇
数日後、空母“加賀”艦内浴場――
扶桑を発ってからどれほどの日数が経っているのだろう。まだ2、3日程度だろうが、体感ではその数倍が過ぎているように思えた。
空母部隊の運用能力向上を兼ねた遠洋航海と猛訓練の日々は、自分達が扶桑本国とハワイ諸島間の何処かにいる、というレベルの認識しか与えてくれない。
「いつつ……これじゃあ、欧州に派遣される前に死んじゃうわよ」
湯が傷に滲みる痛みに、三隅美也は顔を歪めた。体力と気力が尽きて倒れるまで終わらないランニング。それから休む間もなく行われたのが模擬空中戦だ。
ロッテを組んだ相方と共に優人と若本のベテランコンビに挑み、徹底的に打ちのめされた彼女は、訓練後暫くは腰が抜けて暫く動くことも出来なかった。
「宮藤大尉にも、みっともない姿見せちゃったし……」
そう独り言ち、三隅はガッカリと肩を落とす。訓練後、三隅は発進ユニットの傍に倒れ、動けずにいた。それを見兼ねた優人に抱きかかえられて脱衣場まで運ばれてきたのだ。
暫くして。どうにか動けるようになった三隅は洗体を済ませ、熱い湯が張られた浴槽にゆっくりと身を沈める。
裸身を包み見込む温かな湯がなんとも心地好く、痛みや疲労が溶けていくようだ。
「汗臭い娘とか、思われちゃったかな?」
敬愛する上官の腕に抱かれて嬉しい反面、情けない姿を晒してしまい、軽蔑されていないか不安で仕方がない。
ガラッ!――
「え?」
ふと戸が開き、誰かが浴室に入ってくる。振り向いた三隅の視線の先に、凛々しい風貌の美女が佇んでいた。
「あっ?三隅候補生も御入浴中でしたか?」
礼儀正しい言葉遣いで声を掛けると、服部は浴室内へ足を踏み入れる。長く艶やかな黒髪を靡かせながら歩く扶桑撫子然とした姿に、三隅は思わず見惚れた。
「三隅候補生?どうかしたのですか?」
返事が無く、ただ無言のまま見つめ返してくる先客に、服部は不思議そうに首を傾げる。
「へ?あ、いや……何でもないわ」
相手の問い掛けで我に還った三隅は、気恥ずかしそうに視線を反らした。よく見ると、そばかす混じりの頬が紅潮していた。
「……?」
頭にクエスチョンマークを踊らせ続ける服部だが、それ以上は何も訊かず、せっせと髪と身体を洗い始める。
彼女は普段、青いリボンで長い黒髪をポニーテールに纏めているため、三隅が髪を下ろした服部を見るのはこれが初めてだ。
(何か、変な気分……)
と、三隅は内心で独り言ちる。練習艦隊に参加しているウィッチ候補生の中で、兵学校出身の士官候補生は服部だけだ。
聞いた話によると、兵学校の飛行学生に選抜される前は、かの坂本美緒少佐の指導を受けていたらしい。
そのこともあって、三隅は秘かに服部をライバル視していた。しかし、いざ2人きりになると妙に緊張してしまう。
「ふぅ~……」
洗体を終え、髪にタオルを巻いた服部が湯船に身を沈める。心地好さげな吐息につられるように、三隅は横目でチラリと観察する。そして、彼女の美しさに思わず歯噛みする。
そばかす顔の地味な風貌の自分とは異なり、服部の肌には染み1つ見当たらない。透き通るような美しい肌をしていた。
また、歳の割に発育もかなり良く、少なくとも胸部の“主砲の口径”は同世代の扶桑人女性と比べ、明らかに優越している。もちろん、三隅よりもだ。
女の命と称される髪にしても、服部が典型的な扶桑撫子を連想させる清楚で艶やかな黒髪なのに対し、三隅は同じ黒髪でもやや色がくすんでいる。
(成績でも、キャリアでも、見た目の美しさでも負けるなんて……!)
士官候補生という自分とは段違いのエリートコースを歩み、優人や若本と並んで世界的に有名活躍有能なウィッチ――坂本美緒少佐お墨付きを貰うほど優秀なウィッチ候補生である服部静夏。本遠洋航海中に実施された訓練の成績でも、彼女は三隅を含めた全ての候補生を上回っていた。
また、服部は代々多くの軍人を輩出してきた名門家系の出であるが、それを鼻に掛けることもなければ、成績で自分を下回る他の訓練生を侮り、見下すような素振りも見せない。
一方、三隅は新興資産家の令嬢という育ちの良さと、ウィッチ候補生としての優秀さからくる自負心故か、些か傲慢なところがあり、自分と同じく佐世保航空予備学校に通っていたとある“落ちこぼれの生徒”をあからさまに見下してすらいた。
先述の生徒と共に交流を経て――根が素直なこともあり――良い方向へ変化しているのだが、三隅は自らが人格面でも服部に負けているように思えてならなかった。
尤も、服部は品行方正な人物に間違いは無いものの、やはりひとりの人間である以上、当然欠点は存在する。が、人格面を含め複数の分野で黒星を付けられた三隅には、人格者のように映っているらしい。
“佐世保の英雄”――雁縁孝美扶桑海軍中尉を、自身の理想として意識し、孝美のようなウィッチになろうと気を張る傾向にあった彼女にとって、服部静夏は同世代で初めての好敵手に成り得る相手であった。
「あの?」
「え?」
服部に声を掛けられ、三隅は一度正面に戻してあった視線を再び彼女へ向ける。
いつの間に間合いを詰めていたのか。服部はすぐ傍まで来ており、華やかな美貌で三隅の視界が埋まった。
端に映る件の“主砲”も重力に引かれる形で強調され、目のやり場に困ることこの上ない。
「先程から私のことをジロジロと見ているようですが?」
「あ、いや……」
「もしや、私が何か気に障るようなことを?」
「――っ!?な、何でもないわっ!」
申し訳なさそうに訊いて来る服部。彼女に対する心苦しさと気恥ずかしさで居た堪れない気持ちとなった三隅は、浴槽から上がると逃げるように浴場を後にする。
残された服部は、三隅が潜って行った戸口を見つめながら、怪訝そうに首を傾げていた。
◇ ◇ ◇
(もうっ!何なの私ってば!入浴中の他人様をジロジロ見るなんて失礼じゃない!しかも何で逃げるように出て来ちゃったのよ!)
浴場を飛び出した三隅は、艦内の通路を一心不乱に駆け回っていた。途中、士官を含めた加賀の乗員が声を掛けるも、彼女は止まらず走り続けた。
同性の入浴姿を横目で盗見し、それを看破された程度でそこまで自己嫌悪やパニックに陥る必要も無さそうだが、もしかすると根が物凄く繊細でウブなのかもしれない。
――ドガッ!
「きゃっ!?」
「お?」
脇目も振らずに艦内を走り回った末、三隅は遂に何者かと衝突する。相手は第二種軍装を身に纏った士官らしき男性だった。彼に顔からぶつかった三隅は、痛みのあまり目尻に涙を浮かべている。
「いつつ……って、宮藤大尉!?」
三隅は、赤くなった額を両手で押さえながらゆっくりと目蓋を開く。
すると、三隅が秘かに憧憬の念を抱いている航空ウィザード――宮藤優人が彼女の真正面に立っているのが見えた。
「こ、これは大変失礼しましたっ!」
三隅は直ぐ様直立不動及び挙手敬礼の姿勢を取って謝罪する。声音がやや上擦り気味なのは慌てているからだろう。
「あ、あぁ……」
一方で、優人は三隅の謝罪に応じるどころか、何処か気まずそうに彼女から目を逸らしている。
数瞬置いた後。優人は第二種軍装の上着を脱ぐと、それを三隅に着せてやるのだった。
「宮藤大尉?」
「…………お前、何て格好してんだよ」
「え?……あっ!?」
優人に指摘され、三隅は気付く。一目散に浴場から走り去った自分が、セーラー服や水練着は疎か、晒すら巻いていない生まれたままの姿であるということを。
そして、そんな破廉恥な格好で大勢の目がある“加賀”の艦内を駆け回っていたことに……。
「あ、あぁ…………!」
「み、三隅候補生?」
「いやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああぁ~っ!」
堪えられなくなった三隅が、感情に任せて絶叫する。耳を劈かんばかりの悲鳴が、乙女の羞恥を帯びて艦内へと響き渡ったのだった。
◇ ◇ ◇
ミッドウェー島は、ハワイ諸島北西に位置する環礁である。今次大戦の主戦場である欧州方面から遥か遠方のリベリオン領土太平洋諸島に属し、小規模ながら陸海軍及び海兵隊から成る守備隊も配置され、飛行場も存在する。
ミッドウェー島の守備隊は、リベリオン海軍太平洋艦隊と人類連合軍太平洋方面統合軍総司令部麾下にあるが、数多の艦艇と100名以上の航空歩兵を抱える同軍の中では二線級として扱われ、ウィッチやウィザードも配備されていなかった。
世が世ならば、広大な太平洋を戦場とする扶桑皇国とリベリオン合衆国の人類間戦争が勃発し、ミッドウェー島は太平洋艦隊の拠点であるハワイの哨戒拠点として活用されたかもしれない。
しかし、実際にはそんな戦争などは起きず。ミッドウェー島は辺境の軍事拠点と認識させることが常であった。
よもや、そのような辺鄙な場所に。ましてやネウロイの影響が殆んど無い太平洋方面に、マザータイプのネウロイが出現するなど。誰に予想出来ただろう。
44年末。何の前触れも無く北太平洋洋上に出現したマザーネウロイは、即座にミッドウェー島を強襲。1人の航空歩兵も持たないミッドウェー守備隊は瞬く間に壊滅し、島はネウロイの勢力下に置かれた。
ミッドウェーを手中に納めたマザーネウロイは、自らが生み出した飛行ネウロイ群を次の攻撃目標であり、太平洋方面のリベリオン軍及び連合軍の拠点であるハワイへと差し向ける。
ハワイに駐留するリベリオン陸海両軍と太平洋方面総司令部は、ミッドウェー守備隊からの報告でネウロイの出現を把握はしていた。
しかし、ネウロイの来襲があまりに迅速だったこと。レーダーで大編隊を捕捉していたが、担当要員がレーダーの扱いに不慣れであったこと。そして、上述の報告を受けた上官が予定されていたリベリオン軍機の到着と勘違いしたこと。これらの要因から、ネウロイのハワイ攻撃を許してしまう。
リベリオン海軍太平洋艦隊及び遠征していた扶桑海軍隷下の艦艇は、真っ先に飛行ネウロイの標的となった。多数の艦が大破または撃沈され、その中には10隻近い戦艦も含まれている。
また、ハワイ航空部隊に配備されていた航空機・ストライカーユニット等の機材の内、188機を損失。159機を損傷していた。
不幸中の幸いとでも言うべきか。空母打撃部隊――第38任務部隊は、欧州派遣や訓練航海で遠征しており難を逃れている。
急ぎ迎撃に上がったウィッチ隊・戦闘機隊の健闘もあって、なんとかネウロイを撃退。敵はミッドウェー島へ後退していった。
ウィッチからも負傷者が出る等。甚大な被害をこうむりながらも、リベリオン軍はハワイ防衛を成功させた。
その後。ハワイ諸島近海で慣熟訓練を行っていた扶桑皇国海軍の新鋭空母“大鳳”が、単艦でネウロイ追撃を試みるも、すぐに帰投命令が下ったために断念する。
ネウロイのハワイ奇襲と真珠湾攻撃を許してしまった責任を問われ、太平洋方面統合軍最高司令官キンメル元帥並びにハワイ方面陸軍司令官ショート中将の2名は、リベリオン合衆国大統領の意向により司令官職解任の憂き目に遭う。
キンメルの後任には、太平洋艦隊司令長官――クリフォード・ウィンストン・ニミッツ大将が元帥へ昇格の上で就任し、統合軍最高司令官を務めつつ、艦隊司令長官も兼任することとなった。
一方、ミッドウェー島奪還作戦については、扶桑皇国海軍が主導での実施が決定する。
また、同海軍軍令部を意向により、艦搭載型試作戦略兵器の稼働及び実戦試験も兼ねることとなった。
◇ ◇ ◇
1945年1月某日、北太平洋ミッドウェー沖――
ミッドウェー奪還作戦。作戦名が示す通り、マザーネウロイによって占領されたリベリオン合衆国の領土――ミッドウェー島の奪還を目的に計画・立案されたものだ。
この作戦は、太平洋方面総司令部指揮の下。扶桑皇国海軍とリベリオン合衆国海軍の合同で実施する作戦である。
ざっくり言えば、敵占領下のミッドウェー島に対し、両海軍麾下の艦隊が挟撃を敢行。集結させた全ての戦力を以てして、ネウロイを一挙に駆逐する作戦だ。
リベリオン海軍は、太平洋艦隊から派遣された太平洋艦隊隷下の第38任務部隊を。
扶桑海軍は、かつての連合艦隊旗艦――戦艦“長門”と同型艦の“陸奥”有する東雲修一中将麾下の特務部隊を。それぞれミッドウェー方面へ派遣する。
「………………」
太平洋方面統合軍最高司令官補佐でもある東雲修一中将は、旗艦“長門”の艦橋にて、自身の艦隊を指揮していた。
厳めしい表情で双眼鏡を手に取り、艦橋の外の景色――艦隊進行方向へ射るような眼差しを向けている。
視線の先にあるのはもちろん、現在ネウロイの根拠地として機能しているミッドウェー島だ。
今次大戦の緒戦において東雲は、赤城・天城・蒼龍・飛龍の大型航空母艦4隻を中核とする遣欧艦隊機動部隊の指揮官として対ネウロイ防衛戦に参加し、統合軍最高司令官補佐の任に就き、総司令部付になるまでは、空母・軽空母を主力として新たに編成された第三艦隊の司令長官を努めていた。
が、艦隊派且つ水雷専門――反ウィッチ・ウィザードというわけではない――である東雲に航空方面は畑違いであり、空母機動部隊の指揮官には相応しくない、と判断した海軍上層部の意向で司令長官の任を解かれ、以降は本国鎮守府司令長官や第一艦隊司令長官を歴任することとなる。
航空歩兵や空母部隊が主力を担うようになった扶桑海軍において、水雷畑出身でありながら第一航空戦隊を直率した東雲のことを「愚か者」「冴えない司令官」などと酷評する者も多いが、彼は決して無能ではない。
水雷戦隊の指揮官時代には、勇猛果敢な提督として知られており、扶桑を代表する水雷戦のエキスパートとして海外にも名が通っていた。
さらに艦艇の扱いに長けており、欧州派遣時には鈍重で艦橋が左舷に寄っていて操艦しづらい赤城の操艦を自ら命じ、中型飛行ネウロイが放った7発もの光線を悠々と躱し、艦橋要員を驚かせている。
部下の教育にも熱心で、多くの部下から「厳しくも部下思いの指揮官」として秘事に信頼されていた。
そして、本日。過去の汚名を灌ぐべく、直率する第二戦隊――“長門”と“陸奥”で構成――を中核とする第一艦隊を率いて戦場へ向かう。
この第一艦隊は、本大戦において不遇に扱われてきた点が東雲と共通していた。
主戦場である欧州方面へ出撃する機会が、他の部隊と比べて非常に少なく、特に戦艦のみで編成された第二戦隊は、柱島に常時停泊しており、そのため“柱島艦隊”と揶揄されている。
やがて大和型、紀伊型、筑波型等の新鋭戦艦と、巡洋艦の殆どは第一機動艦隊麾下の第二艦隊へ移籍となり、残存の艦艇は瀬戸内海で訓練艦隊として扱われ、戦闘艦隊としては形骸化していた。
しかし、それも今日まで。ミッドウェー奪還作戦の主力に選ばれた第一艦隊は、この機会に自らの存在意義を示さんと敵地を目指して荒れ狂う洋上を突き進んでいる。
戦陣を切るのは、東雲の乗艦――第一艦隊及び第二戦隊旗艦の“長門”。扶桑海事変終盤では連合艦隊旗艦として参戦し、荒れ狂う海とネウロイの波状攻撃に晒せれる中で陣頭指揮を取った歴戦の猛者だ。
「………………」
東雲は艦橋の誰とも言葉を交わすこと無く、ただただ双眼鏡越しにミッドウェー島を静かに見据えていた。
既にリベリオン海軍の第38任務部隊がミッドウェー島のネウロイ会敵、空母から発艦したウィッチ・航空機部隊が交戦している。
ミッドウェー奪還作戦は予定通り進行している。リベリオン海軍とネウロイが一進一退の攻防を繰り広げる様を遠目で観察しつつ、東雲は心中で確信してた。
リベリオン側の役目は、今次作戦の“切り札”――試作戦略兵器を搭載した“陸奥”の準備が完了するまでの間、敵ネウロイ群を引き付け消耗させることだ。
「間もなく、ネウロイの攻撃範囲内に入ります!」
「陸奥、完全起動まであと1分」
レーダー要員と、宮菱重工業から派遣されている技術者の声が艦橋に響く。
数名の助手と共に長門に乗り込んでいるこの技術者は艦搭載型の試作戦略兵器を開発者であるが、専門は航空工学や魔法力と内燃機関の融合の研究である。
参謀及び艦橋要員等は、技術者を訝しげな目で見ていた。彼は世界的にも名の通った生きる偉人とでも呼ぶべき人物であり、殊に人類とネウロイの戦いにおいては、多大な功績を上げていた。
しかし、彼が来たからどうだと言うのだ。何故、“切り札”とやらの詳細を未だ我々に説明しないのだ。
相対的に老朽化した艦艇である長門型2隻に今次作戦の旗艦と切り札の役割を与えてしまって良いのだろうか。
戦艦が必要だというならば、第二艦隊からより優れた紀伊型か筑波型の派遣を要請して然るべきではないのか。
そもそも何故、“長門”と“陸奥”を接舷させて航行してるのか。何故、“陸奥”の方は無人運用なのか。
何より、ウィッチも空母部隊もいない第一艦隊のみで作戦に参加することは明らかに無謀だ。
まさか、軍令部は自分達に討ち死にを要求しているのか。貧乏クジを引かされているのか。
時間が経過するのに比例して、艦橋要員等の不審感が段々と強くなっていく。
だが、件の技術者も彼等の司令長官も、そんなものは何処吹く風。淡々の“切り札”の稼働準備を進めている。
「完全起動まであと10秒!」
と、技術者が先程よりも大きな声で叫ぶ。彼の声音と表情には、緊張が滲んでいた。
「9、8、7、6、5、4、3、2、1……0!」
カウントダウンが終わり、いよいよ“切り札”。戦略兵器の試作機が起動する。
しかし、その正体と技術者――宮藤一郎が発した言葉は、東雲を除く第一艦隊将兵の誰もが想像もしない……いや、出来ないものであった。
「試作型コアコントロールシステム起動!戦艦“陸奥”、ネウロイ化開始!」
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