カールスラント空軍所属のウィッチ、ゲルトルート・バルクホルンはストライカーで空を飛んでいる。近くには戦友のエーリカ・ハルトマン、ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケの姿もある。三人は眼下に広がる光景から目を逸らせずにいた。 自分たちが生まれ育った祖国が炎に包まれている。そして、それを焼いた巨大ネウロイが我が物顔で空に居座っている。
(貴様が!……貴様が!!……)
バルクホルンは怒りに任せてネウロイへ銃を乱射する。残りの二人も彼女に続いて攻撃を行う。シールドで身を守りながら、ネウロイの装甲を削っていき、やがてコアが露出した。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」
そのまま銃弾をコアへと叩き込む。 コアを砕かれたネウロイは白い破片となり、燃え盛る街へと落ちていく。そして、その先にはひとりの少女がいた。
◇ ◇ ◇
「クリスッ!!」
ベッドから飛び起きたバルクホルンの目に入ったのは燃え盛る街ではなく、自室の風景だった。過去の記憶を悪夢として見ていたために魘され、びっしょりと汗をかいていた。
「……なんで今頃、あんな夢を」
呟くバルクホルン。室内にあるチェストの上に置かれた写真立てが倒れていた。
◇ ◇ ◇
朝。食堂の厨房で芳佳とリーネが仲良く朝食を作っていた。
「ねぇ、芳佳ちゃん聞いた?カウハバ基地が迷子になった子どものために出動したんだって」
とリーネ。彼女と芳佳は協同撃墜で初戦果を上げて以来、すっかり親友となっており、リーネの方から話題を振ることも多くなった。
「へ~!そんな活動もするんだ?すごいねぇ!」
「うん!たったひとりの為にね!」
「でも、そうやって一人一人を助けられないとみんなを助けるなんて無理だもんね!」
「そうだね!」
芳佳の考えにリーネが同意する。楽しげに会話する二人の後ろから声がした。
「みんなを助ける、そんなものは夢物語だ」
二人が振り返るとバルクホルンが朝食を取りに来ていた。
「えっ?なんですか?」
よく聞き取れなかったため、芳佳は聞き返した。
「すまん。独り言だ」
バルクホルンはそう言うと、二人に背を向け、テーブルの方へ行ってしまう。芳佳とリーネがバルクホルンの背中を見つめていると、別の人間がやってきた。
「おはよう。芳佳、リーネ」
優人だ。彼は眠そうな目を擦りながら、二人に挨拶をする。昨晩は遅くまで書類仕事をしていたのか、あまり眠れていないようだ。
「お兄ちゃん、おはよう!」
「おはようございます!優人さん!」
優人とは違い、元気よく挨拶をする芳佳とリーネ。芳佳は大好きな兄が来たことで一層元気になったようにも見える。リーネの方も下着姿を優人に見られたことはもう気にしてはいないようだった。思い出したくはないだろうが……。
「おっ?今朝は扶桑料理か?」
優人は用意された朝食を見て喜ぶ。遠く離れたブリタニアで故郷の料理を食べられることが嬉しいのだろう。
「うん!リーネちゃんが一緒に作ってくれたの!」
「私は、少し手伝っただけで……」
照れているのか、リーネは頬を赤らめながら言う。
「二人はいいお嫁さんになるな!」
優人は笑顔で言う。優しく、家庭的な二人ならば、嫁の貰い手はいくらでもありそうだ。
「そうかなぁ、えへへへへ!」
「お嫁さん……私もいつかは……」
優人に褒められて喜ぶ芳佳。リーネは誰かと結婚した自分の姿を想像し、顔がさらに赤くなる。そんなやり取りをしていると、他のメンバーもやって来た。食堂は賑やかになる。
「………………………………」
一番最初にテーブルに着いていたはずのバルクホルンは食事にまったく手をつけていなかった。何か考え事でもしているのか、ぼーっとしている。そんな彼女の両隣にミーナとハルトマンがやって来た。
「どうしたのトゥルーデ?浮かない顔して」
心配したミーナがバルクホルンの顔を覗き込む。
「いつも食事だけはしっかり食べるのに、今日は食欲無さそう」
「……そんなことはない」
ハルトマンの言葉を否定し、バルクホルンは食事を始める。しかし、スプーン一口分だけ食べると手が止まり、芳佳の方へ視線を向ける。
「あいつがどうかしたか?」
バルクホルンが芳佳を見てることに気付いた優人が訊ねる。彼女はスプーンを持った手を下げるだけで何も答えない。
「おかわり~!!」
ルッキーニが皿を高く上げておかわりを頼んだ。バルクホルンとは違い、ルッキーニは食欲旺盛だ。
「あっ、はーい!」
芳佳はおかわりを渡すためにテーブルへ向かう。 テーブルに来ると殆ど手をつかずのバルクホルンの朝食が見えた。
「あ、あの……お口に合いませんでした?」
芳佳が訊くが、やはり何も答えず席を立ち、食事を片付けるため厨房へ向かう。
(一体、どうしたんだ?)
明らかにいつもと違うバルクホルンを優人は怪訝そうに見つめる。
「バルクホルン大尉じゃなくても、こんな腐った豆なんて……とてもとても食べられたもんじゃありませんわ」
ペリーヌが文句を言う。確かに、なじみのない他国人にとって納豆はただの腐った豆に見えるだろう。その上、扶桑でも白米と混ぜて食べるほどくせのある納豆をそのまま出してしまったことが問題だろう。
「納豆は体にいいし、お兄ちゃんや坂本さんも好きだって……」
「さ、坂本さんですって!?少佐とお呼びなさい!!」
“坂本さん”という呼び方にペリーヌが過剰反応し、芳佳に詰め寄る。
「私だってさん……付けで……」
今度は顔を赤ランプのように真っ赤にする。声も小さくなり、よく聞き取れなかった。
「扶桑海軍じゃ、けっこうそんなもんだよ……」
と優人が芳佳にフォローを入れる。すると、ペリーヌの顔がカアッと赤くなり、彼に向かって声を荒げた。
「ここは501です!大尉!あなたは妹さんをもっとしっかり指導なさるべきですわ!!」
「えっ、俺の責任?」
「当然ですわ!大体あなたはいつもいつも坂本少佐に馴れ馴れしくして!」
身を乗り出しながら、ギャーギャーと騒ぐペリーヌ。彼女に気圧されている優人からは上官の威厳というものが感じられない。
「大体あなたは普段から坂本少佐に慣れ――」
「おかわりぃ~~~!!」
ペリーヌの言葉はルッキーニのおかわり要求にかき消された。いつまでたってもおかわりが来ないため、彼女は涙目になっていた。
ルッキーニの一言で興が冷めたのか、ペリーヌはプイっとそっぽ向き、何も言わなくなった。優人はルッキーニに感謝した。
◇ ◇ ◇
優人とミーナは今日も隊長執務室で書類仕事をしていた。相変わらず、山積みの書類。優人に割り当てられている書類の量がミーナのそれよりも多く見えるのは気のせいではないだろう。
「そう言えば……」
ふと、何かを思い出したミーナが筆を止める。
「あなたの異動、取消しになったみたいよ」
「そうか?よかった」
心底ホッとする優人。まだ半人前の芳佳と違う部隊になることはもちろんだが、自分だけが最前線から離れることにも抵抗があった。
「噂だと、赤坂中将はあなたの異動取消しと引き換えに鵜来型海防艦二隻をブリタニアに提供したそうよ」
「とんでもない取引だな」
「その分、ネウロイを倒して帳消しにしないとね」
ミーナの言葉で、肩が一気に重くなるのを感じた優人は海防艦から隊員達の休暇申請に話を逸らした。
「シャーリーとルッキーニが休暇申請を出しているな。 またアフリカに行くつもりか?」
「砂と石ばかりでバイク飛ばし放題だって、ルッキーニさんが言ってわ」
ミーナは前にルッキーニが楽しそうに話していたことを思い出しながら言う。その話なら優人も知っている、ルッキーニから何度も自慢されたからだ。今回出された申請書を見終えると、優人はあることに気付いた。
「そう言えば、バルクホルンは一度も休暇申請を出していないな」
優人はバルクホルンが休んでいるところを見たことがない。大半の隊員は何度か休暇申請をしているのだが、バルクホルンだけが全く申請をしていない。
「ええ、休暇もかなり溜まっているのに……」
「1日くらい休ませた方がいいんじゃないか?」
「そうしようと思ったんだけど、私に休みはいらないってトゥルーデが……」
ミーナは溜め息を吐く。ずっとバルクホルンと共に戦ってきたミーナ。他人以上に自分に厳しいバルクホルンのことが心配で仕方ないのだ。
「やっぱり、妹さんのことか?」
「まだ思い詰めているみたいなの……」
バルクホルンの妹、クリスティアーネ・バルクホルン、愛称はクリス。数年前、カールスラント撤退戦時にバルクホルンの撃墜したネウロイの破片を浴び、精神的ショックもあって昏睡状態に陥ってしまった。
現在、クリスはブリタニアの病院に入院している。バルクホルンはそのことに責任を感じ、給料を全て妹の入院費に注ぎ込んでいる。
「あなたから休むように言って貰えないかしら?」
「いや、俺が言ったってバルクホルンは聞き入れないだろ?」
優人は自分とバルクホルンの微妙な関係に溜め息を吐く。
「わからないわよ?あなたとトゥルーデって似てるもの」
「俺とバルクホルンが?」
優人は首を傾げた。優人とバルクホルンは見た目はもちろん、性格や価値観も異なる。ミーナは二人のどこが似ていると言うのだろう。
「実はトゥルーデにはね……」
ミーナがバルクホルンについて語り始めた。
◇ ◇ ◇
リーネは食堂でアフターヌーン・ティーパーティーの準備をしていた。ティースタンドには彼女手作りのスコーン、ケーキ、サンドイッチ等が載せてある。
「芳佳ちゃん、遅いなぁ」
一緒に準備をするはずだった親友が姿を見せず、心配するリーネ。
「ごめん!遅れた!」
食堂へ駆け込んでくる音と共に声が聞こえた。リーネが振り向くとそこには割烹着を着て、肩で息をしている芳佳がいた。
「どうしたの?心配したよ?」
「ごめんね、広すぎて掃除が大変なの」
どうやら芳佳はこの広い基地を一人で掃除していたらしい。赤城の時といい、かなりの働き者である。
「さっ!手伝うね!」
そう言って芳佳も準備を始める。準備の最中、芳佳がリーネに話しかけた。
「ねぇ……」
「なあに?」
「私って……バルクホルンさんに嫌われているのかな?」
芳佳は表情を曇らせながら言う。
「え?どうして?」
「うん、なんか避けられているような気がして……」
芳佳の言う通り、バルクホルンは冷ややかな目で芳佳を見たり、声を掛けても無視して離れてしまうことが多い。
「気のせいだよ。だって、バルクホルン大尉は誰にでもそんな感じだよ?」
リーネは落ち込み気味な芳佳を励ます。
「あっ、ミーナ中佐とハルトマン中尉は別だけどね」
「え?」
思い出したように言うリーネに聞き返す芳佳。
「戦いが始まった時からずっと一緒だったんだって。あの三人」
「へー」
リーネは人差し指を立てながら説明し、芳佳は感嘆の声を漏らす。芳佳より少し先輩のリーネはメンバーの過去にも多少詳しい。
「確か優人さんと坂本少佐も、その頃から三人と知り合いだったみたいだよ」
「えっ?本当に?」
「本当だよ」
「「ひゃああぁ!!」」
突然後ろから聞こえた声に驚き、飛び上がる芳佳とリーネ。
「お兄ちゃん?」
二人が振り返ると、優人が立っていた。芳佳が優人に背後を取られたのはこれで三度目だ。どうして彼は毎度毎度、足音を消して忍びよってくるのだろう。
「優人さん、どうしたんですか?」
リーネは準備担当ではない優人が何故食堂に来ているのかと疑問に思う。
「少し手が空いたんで二人の手伝いに来たんだけど、準備は終わってるみたいだな」
優人はティースタンドを見ながら言う。並べられた料理の美味しそうな匂いが優人の鼻を擽る。
「ねえ、お兄ちゃん」
「うん?」
「バルクホルンさんって、その時からあんな感じだったの?」
「あんな?」
優人はどういう意味かわからずに聞き返す。
「真面目っていうか、厳しいっていうか」
芳佳の質問にされ、優人は腕組みをして「うーん」と唸りながら過去を振り返る。
「そう言えば、あいつには初対面でいきなり殴られたっけな」
「えっ……なんで!?」
「バルクホルンやミーナ、ハルトマンとは、補給で立ち寄ったカールラント空軍の基地で出会ったんだけどな。基地のウィッチと話してるところをナンパしてると勘違いされてさ」
「さ、災難でしたね」
顔をひきつらせるリーネ。優人とバルクホルンは出合い方が最悪だったようだ。
「でも、バルクホルン大尉は何でそんな誤解を?」
「実はそのカールラント基地のウィッチの中に……って、そろそろティーパーティが始まる時間じゃ?」
「あっ、ほんとだ!」
「芳佳ちゃん、大変!」
時計を見て、二人は慌て出す。芳佳とリーネは優人に手伝ってもらい、ティースタンドやティーカップ等の食器を宿舎のテラスへ運んだ。
◇ ◇ ◇
ネウロイの襲撃は定期的、ゆえに襲撃の合間にはくつろぐ時間もある。今日は宿舎のテラスに集まり、アフタヌーン・ティーパーティが開かれる。これは常在戦場の緊張感をほぐすため、リーネが企画・提案したものである。
「作戦室からの報告では、明後日が出撃の予定です。ですので皆さん、今日はゆっくり英気を養ってください」
ミーナはカップを片手に立ち上がり、音頭をとる。続けて坂本が連絡を入れる。
「宮藤とリーネ、二人はこの後訓練だ」
「「はい!わかりました!」」
二人は揃って元気な返事をする。お茶会が始まり、芳佳は紅茶を口にする。しかし、マナーを知らないため、扶桑茶を啜るように音を立ててしまった。
「もう、下品なんですから……」
芳佳の飲み方を見て、頭を押さえるペリーヌ。
「えっ?」
「芳佳ちゃん、紅茶は音を立てないで飲むの」
リーネが優しく教える。芳佳は何がいけなかったのかを理解し、恥ずかしさで顔を真っ赤にする。
「扶桑の家じゃ言われなかったからな。仕方ないよ」
優人は芳佳にフォローを入れ、紅茶を静かに飲む。
「大尉はマナーを心得ていらっしゃるようですわね」
ペリーヌが感心したように言う。坂本が絡んでいないためか、彼に対して普通に接している。ちなみに優人、芳佳、リーネ、ペリーヌは同じテーブルに座っている。
「新人時代に駐欧武官経験のある上官のウィッチから教わったからな」
「なんで教えてくれなかったの?」
アフタヌーン・ティーパーティの作法を理解しているらしい兄の姿を見て、芳佳は抗議の目を向ける。
「いや、言う前に飲んじゃったから……」
「飲む前に教えて!!」
芳佳は顔を真っ赤にして理不尽に怒り、頬を膨らませプイっとする。どうやら相当恥ずかしかったらしい。
「ごめんごめん……夕飯作るの手伝ってあげるから機嫌直せよ」
「……ホント!?」
「うん、約束する」
「やったぁ~!!」
優人と一緒に料理が出来ると聞いて、一気に上機嫌になる芳佳。ペリーヌはさっきまでの不機嫌はどこに言ったと言わんばかりにジト目で芳佳を見ている。ティースタンドの料理を食べ始めたところで、リーネが優人に質問する。
「優人さんって、お料理が得意なんですか?」
「それほどでもないけど、よく母親の手伝いをしていたからな」
「扶桑の男性は台所に立たないって聞きましたわよ?」
話に興味を示したペリーヌが質問してきた。
「まぁ確かにそういう家庭が多いけど、俺らの家にはそう言った考えはなかったな」
「お父さんは家事とかしてなかったよね?」
と芳佳がサイドイッチを手に取りながら言う。
「たまにしてたけど、ひどかったよ」
「ひどい?」
リーネが首を傾げる。
「世間からは魔導エンジン権威だとか、人類の大恩人だとか言われているけど。研究以外はからっきしな人だったんだよ、料理に至っては下手なんてもんじゃなかったし……」
優人の脳裏には野菜を大小様々なサイズに切ったり、火をしっかり通さなかったり、適量を適当と認識したり、隠し味と称して不要な物を大量投入する父の姿が浮かんでいた。その時の料理を思い出して気分でも悪くなったのか、優人は口元を抑えている。
「お父さんらしいね」
サンドイッチを頬張りながら呑気な口調で言う芳佳、らしいで済んでしまうのは彼女が父親の料理を経験していないからだろう。優人はそんな芳佳の口元には少しだが食べカスがついているこてに気付いて、ハンカチを取り出した。
「芳佳、こっち向いて」
「えっ?何?……んっ?んん…」
「口の周りを汚して、女の子なんだからもう少し気を付けなさい」
優人はそう言いながら、ハンカチで芳佳に口を拭いてやる。その口調はまるで子どもを注意する母親である。
「ぷはー!えへへへ、ありがとう!」
兄の厚意を受け入れ、笑顔で礼を言う芳佳。そんな仲の良い兄妹を見てリーネは微笑み、ペリーヌは14歳にもなって兄の世話になっている芳佳を呆れてた表情で見ている。
「………………」
「どうしたの?トゥルーデ」
優人達のテーブルに視線を向けているバルクホルンにハルトマンが訊ねた。
「何でもない……」
バルクホルンはそう誤魔化すと紅茶を口につけた。
さて、問題です。バルクホルンに殴られた理由を作ったのは誰でしょう?