501基地の風呂場は坂本の発案により、扶桑海軍設営隊が建築したものだ。ローマ式を模した石造りで、浴槽の中心には天使像が立っている。
「~♪」
夕食後、芳佳はリーネと一緒に風呂に入っていた。芳佳は頭に畳んだタオルを乗せ、湯船に浸かりながら鼻歌を口ずさんでいる。
「芳佳ちゃん上機嫌だね」
隣にいたリーネが芳佳に微笑んだ。彼女はタオルを使って髪を上げている。
「うん!お兄ちゃんと料理出来たから!」
満面の笑みで答える芳佳。ティータイムの時にした約束通り、優人は芳佳と夕飯を作った。ちなみに隊員の半数からは「優人って料理出来るの?」と言った反応をされ、彼は若干傷ついていた。
「そう言えばリーネちゃん、さっきミーナ隊長からお給料貰ったんだけど……」
芳佳が思い出したように言う。夕飯後、隊員達はミーナから給金を受け取っていた。何故かはわからないが、バルクホルンだけが受け取っていなかった。
「1ポンドってどれくらい?」
「確か扶桑のお金は…」
「円だよ」
「えーっと…最近のレートは……」
リーネが頬に指を当てて考えていると、天使像から声がした。
「今は1ポンドは19.6円だ」
「さ、坂本さん入ってたんですか!?」
「ああ…気付かないとは注意力が足らんな」
声の主は坂本だった。彼女は二人から死角になる像の影にいたらしい。芳佳は坂本に教えられたレートで給料の金額を計算を始めた。
「う~ん、19.6円って大体米俵一俵分くらいだから…10ポンドって御飯4000分!?」
芳佳は自分の給料の高額さに驚きの声を上げる。彼女にとってお金の価値は御飯何杯分か、で判断するものらしい。
「ちゃんと計画的に使えよ?ちなみに今回の俸給は半月分だ」
「へっ!?坂本さん、なんでこんなに貰えるんですか?」
平凡な女子中学生だった自分が急に高給取りになってしまったことに芳佳が当惑する。
「いいか?私達は常に最前線に立っているのだ」
坂本は真剣な面持ちで、ゆっくりと語り始める。
「それは明日死ぬかもしれない危険と隣り合わせだ。だから……」
「だから?」
「悔いを残さぬよう、せめてお金だけでも困らないようにとの配慮だ」
そこまで話すと坂本はシャワーを浴びるため湯船から上がった。芳佳は坂本の話を聞き、自分が死と隣り合わせの戦場にいることを再認識した。料理、洗濯、掃除等をやっていたため、そのことを忘れかけていたのだ。
「そんな理由のお金だったら、私欲しくないな……」
芳佳は表情を曇らせながら言う。いつ死んでもいいように渡される高額な給金、元々の戦争嫌いもあって芳佳は素直に喜ぶことが出来ない。
「それでも私は、実家に仕送り出来て助かるけどね」
「仕送り?」
リーネの言葉に芳佳が反応する。
「私には兄弟がたくさんいるから」
「そうなんだ?私もお母さんやお祖母ちゃんに送ろうかな?」
そう言って笑い合う二人。そして――
(同じ湯船にだなんて、何て恐れ多い)
坂本と一緒に入浴している芳佳に嫉妬しているペリーヌもいた。
◇ ◇ ◇
夜の待機室。明かりも点けずに窓辺に立っているバルクホルン。視線は外に向けられているが、彼女の目に景色は映っていない。
(今ごろ思い出すなんて……クリス…)
「どうした?明かりも点けないで」
後ろから声が聞こえ、バルクホルンは振り返る。そこには優人がいた、手には何かの書類を持っている。
「妹さんのことでも考えていたのか?」
「優人、何か用か?」
優人の質問を無視し、逆に質問をするバルクホルン。こんな態度をされれば気を悪くしそうなものだが、優人は顔色ひとつ変えずに用件を言う。
「ああ、お前にこれを渡したくてな」
優人は持っていた書類をバルクホルンに差し出す、それは休暇申請書だった。あまり自信はなかったものの、ミーナに頼まれた通り、バルクホルンに休むよう説得しに来たのだ。
「休暇溜まってるだろ?たまにはゆっくり身体を休めろ」
「必要ない」
バルクホルンはそう言ってそっぽ向く。
「そうは見えないぞ。お前、不調気味だろ?」
優人は今日1日のバルクホルンを思い出しながら言う。体調管理を徹底している彼女が食事を摂らず、訓練中の動きもよくない。いや、以前からバルクホルンの戦い方に優人は違和感を感じていた、まるで死に急いでいるかのようにも思えた。優人は診療所の息子であるためか、人の心身の不調に関しては人一倍敏感である。
「休暇がてら妹さんの見舞いにでも行ってこい。大切な家族だろ?」
「私はネウロイを倒さねばならない。お前のように妹と戯れている暇などないんだ」
僅かに声を荒げるバルクホルン。
「それに私にはクリスの姉である資格も、会いに行く資格はない」
人一倍責任感の強いバルクホルン。祖国を陥落させ、妹を負傷させてしまったことで自責の念に駆られている。ウィッチーズでネウロイを倒し続けることが彼女なりの贖罪なのだろう。
「違うだろ?」
そう言う優人。彼の言葉に反応するバルクホルン。
「なに?」
「お前は逃げているだけだ……」
「貴様っ!!」
優人の言葉を聞き、怒りを感じたバルクホルンは彼の胸ぐらを掴む。だが、優人は構わず続ける。
「お前が休まずにひたすら戦うのは不安や苦悩を忘れたいから……」
「!?」
「妹さんに会いに行かないのはそれらを思い出したくないから……」
「違う!」
自分の心の内を抉るような優人の言葉、その言葉に動揺しながら必死に否定するバルクホルン。
「逃げたな、ゲルトルート・バルクホルン」
普段の優人からは想像も出来ないほど冷たい口調で言う。
バキッ!!
怒りを抑えきれなかったバルクホルンは優人を殴った。殴られた勢いで優人は倒れる。
「お前に何がわかる!国も家族も無事で!妹と一緒に過ごせるお前に何がわかるんだ!!」
バルクホルンは倒れた優人を見下ろしながら叫ぶ、目には涙が浮かんでいた。彼女はしばらく優人を睨み付けた後、はや歩きで待機室から出ていった。
「痛っ!……」
優人はバルクホルンに殴られた頬を擦りながら立ち上がった。魔法力こそ使っていなかったものの、普段から鍛えている彼女の拳は重かった。しかし、本当に傷ついたのは彼ではない、バルクホルンの方だ。ふと優人は窓の方を見た、そこには頬に痣を作った自分の顔が映っていた。
「お前は最低な男だよ」
優人は窓ガラスに映っている自分に向かって呟いた。
◇ ◇ ◇
翌日。格納庫には訓練のため芳佳、リーネ、バルクホルンが坂本に集められていた。三人の前には坂本、その隣には書類仕事のためミーナの執務室へ行く途中、坂本に捕まった優人が立っている。
「今日は編隊飛行の訓練を行う!優人、バルクホルン!お前達はロッテの一番機を担当しろ!」
「了解だ」
「了解」
坂本の命令に優人とバルクホルンに順に返事をする。優人は昨日のこともあり、気まずさを感じているがバルクホルンの方は表面上ならいつも通りに見える。
「優人の二番機にリーネ!」
「はいっ!」
「バルクホルンの二番機には宮藤が入れ!」
「えっ……」
次に坂本は芳佳とリーネに指示を出した。リーネはハッキリと返事するが芳佳は当惑気味にバルクホルンへ視線を向ける。
「宮藤!返事はどうした!」
「はっ、はいっ!」
坂本の怒鳴られて芳佳はようやく返事をした。優人もバルクホルンの方をチラッと見る。
(訓練が終わったらまた話してみるか……)
優人はそう思いつつ、今は訓練に集中することにして空へと上がる。坂本が芳佳とリーネにロッテ戦術と訓練内容の説明を行う。今回の訓練は優人とリーネが逃げ、バルクホルンと芳佳が追いかけるという単純なものだ。
「よし!始めろ!」
坂本の合図で訓練がスタートする。
「リーネ、着いてこい!」
「はいっ!」
「いくぞ、新人」
「はいっ!」
優人とバルクホルンがそれぞれの二番機に指示を出し、編隊飛行に移る。それとほぼ同時に警報が鳴り響き、基地上空には信号弾が打ち上げられてる。ネウロイの襲撃だ。
「敵襲だ!グリッド東、07地区、高度一万五千にネウロイが侵入!」
と叫ぶ坂本。訓練に参加していた全員と基地から飛び立ち合流したミーナ、ペリーヌがネウロイが侵入した空域へ向かう。
「予定じゃ出撃は明日のはずだろ?」
「最近、奴らの出撃サイクルはブレが多いな」
ネウロイ襲撃の不定期化に愚痴をこぼす優人と坂本。
「カールスラント領で動きがあったらしいけど、詳しくは……」
「カールスラント!」
ミーナの口から出た祖国の名にバルクホルンが反応した。
「どうした?」
「……いや、なんでもない」
坂本が訊ねるが、バルクホルンは誤魔化した。
「よし!隊列変更だ!ペリーヌはバルクホルンの二番機に!宮藤兄妹は私とケッテを組め!」
戦闘隊長たる坂本が隊員に指示を出した。
「ケッテ?」
「三人一組のこと」
首を傾げる芳佳に優人がわかりやすく説明する。
「また!」
「ふぇっ!」
坂本と組むこととなった芳佳のことをキッと睨みつけるペリーヌ。彼女は百歩、いや百万歩譲って優人ならまだ我慢出来るが芳佳は許せないらしい。
「敵発見!」
坂本が魔眼でネウロイを補足した。すかさずミーナが隊員達に指示を出す。
「バルクホルン隊は突入!!」
「了解!!」
バルクホルンはそう答えるとネウロイに向かってを開始する。続いてミーナは坂本に指示を出した。
「少佐は援護に!」
「了解!二人とも着いて来い!」
「了解!」
「はい!」
優人、芳佳は坂本に続いて上昇する。優人はS-18対物ライフルを構え、発砲する。各隊が一撃離脱戦法を繰り返す中で優人はバルクホルンの方を見てあることに気が付く。
(ペリーヌが遅れている……いや、バルクホルンが突っ込み過ぎているのか?)
いつも視界に二番機をいれているバルクホルンがペリーヌを無視しているような動きをしている。そのことにはミーナも気付いたらしい。
「やっぱりおかしいわ!」
「え?」
ミーナが突然言い出した。リーネはミーナが何のことを言っているのか分からず聞き返す。
「バルクホルンよ!あの子はいつも視界に二番機を入れているのよ!なのに今日は一人で突っ込みすぎる!」
そう言われてリーネもバルクホルンを見る。バルクホルンはネウロイに急接近し、ホバリングしながらビーム発射口に銃弾を浴びせている。それはあまりにも危険な行為だった。
「あそこを狙って!」
「はいっ!」
リーネはミーナからの指示に受けて対装甲ライフルを構え、バルクホルンとペリーヌが攻撃しているビーム発射口を撃つ。命中後、バルクホルンとペリーヌは離脱するがネウロイからの激しい反撃を受ける。バルクホルンはビームを回避するが、避けた彼女の後ろにはペリーヌがいた。ペリーヌは咄嗟にシールドを張るが、勢いではじき飛ばされる。そして飛ばされた先にいたバルクホルンと激突した。ネウロイはその隙を逃さずにバルクホルンを攻撃する。バルクホルンは咄嗟にシールドを張ったが不完全なシールドでビームは防ぎ切れず、貫通。持っていたMG42のマガジンに着弾、誘爆して飛び散った金属片がバルクホルンの胸に刺さる。バルクホルンは頭から地面に向かって落下していく。
「バルクホルン!」
「大尉!」
「バルクホルンさん!」
優人、ペリーヌ、芳佳が順に叫ぶ。優人は持っていたS-18対物ライフルを捨て、墜ちていくバルクホルンに駆け寄る。芳佳、ペリーヌも続いた。
「おのれっ!!」
怒りを露にした坂本がネウロイに接近する。優人はどうにかバルクホルンを空中でキャッチし、彼女を抱きかかえながら森の中へ降りていった。バルクホルンを地面に寝かせると優人は軍服の胸元を開き、傷の具合を確認する。
「出血がひどいな……」
「私のせいだ……どうしよう……」
自分のミスのせいで上官を負傷させてしまい、ペリーヌは狼狽えた。
「これじゃ動かせない。芳佳頼む!」
「お願い……大尉を助けて」
兄とペリーヌの言葉に芳佳は力強く頷き、治癒魔法を発動する。
「焦らない……ゆっくりと、集中して……」
そう自分に言い聞かせる芳佳の手から青白い光があふれ出し、バルクホルンを包み込む。
「こんな力が!……」
芳佳の強力な治癒魔法を初めてみたペリーヌは思わず声を漏らす。直後、ネウロイが空にいる三人だけでなくこちらにも攻撃してきた。
「治療の邪魔すんな!」
そう怒鳴りながら優人はシールドを展開した。妹と同じく強大な魔力を持っているだけあって、彼のシールドは大きく、強固である。優人はネウロイのビームを防ぎながらペリーヌに指示を出した。
「ペリーヌ!俺は二人を守るから空に戻ってくれ!」
「わ、私が……」
「今、空には三人しかいない。エースもいなくなって戦力が落ちている。誰かが戻らないと……」
「け、けど……私では」
「失敗をいつまでも引きずるな!」
優人に怒鳴られ、ペリーヌはビクッとなる。
「切り換えろ!俺の代わりに坂本の背中を頼む!」
「……お二人とも、バルクホルン大尉をお願い致しますわ」
優人の叱咤激励によって、顔からは動揺の色が消えたペリーヌはブレン軽機関銃を強く握り直し、空へ戻っていった。その間にもネウロイの攻撃はより激しくなっていき、優人のシールドが赤く点滅する。
「弱いところを狙いやがって!」
「お兄ちゃん!」
芳佳が優人の心配をして振り返る。優人は芳佳に笑い掛けながら言う。
「心配するな!俺のシールドは頑丈だ、破られたことは一度もない。お前は治療に専念しろ!」
「はっ、はい!」
優人の言葉で芳佳は治療を再開する。しばらくすると治癒魔法の効果が出たのか、気を失っていたバルクホルンが目を覚ます。
「今、治しますから!」
芳佳がバルクホルンを励ますように言う。
「私に張り付いていては、お前たちも危険だ。離れろ…私なんかにかまわず……その力を敵に使え……」
「嫌です!必ず助けます!仲間じゃないですか!」
「敵を倒せ!私の命など……捨て駒で良いんだ……」
「断る」
二人に自分を見捨てるように言うバルクホルン。その言葉を優人が突っぱねる。
「なに?」
「俺達は父親からみんなを守れって言われてるんだよ」
「それにあなたが生きていれば、私達よりもっともっと大勢の人を守れます!」
優人、芳佳が順に言う。二人の言葉にバルクホルンが答える。
「無理だ……みんなを守るなんて出来やしない。私は、たったひとりでさえ……もう行け、私に構うな」
「頼むから生きようとしてくれないか?」
「優人?」
「妹さんは、クリスは今この時も病院で戦ってるんだ!お前のところに帰ってこようとしているんだ!なのにお前が逃げてどうするんだ」
「!?」
優人の言葉を聞いて目を見開くバルクホルン。会話をしている間にネウロイの攻撃はさらに激しくなっていった。
「確かにお前の言う通りだ!みんなを守るなんて無理かも知れない!」
「でも!だからって傷ついている人を見捨てることは出来ません!」
「少なくとも俺達兄妹の魔法が届く距離にいる人々は全員守ると決めている!」
「バルクホルンさんも!」
「他の仲間もだ!」
まるで事前打ち合わせたかのように交互に言葉を発する兄妹。そんな二人を見てバルクホルンは思った。
(優人の言う通りだ、私は逃げていたんだ。また誰かを守れないかも知れないという不安から逃れるために戦うことばかりを考えて……)
バルクホルンの治療が終わるまであと少しのところで上空のネウロイが三枚の翼の先端からビームを収束して放ってきた。
「ぐっ……」
あまりに強力なビームを受け、苦悶する優人。なんとか防ぎ切るも魔法力が心許なくなってきた。
「優人!」
「バルクホルン!」
後ろから声が聞こえ、振り向くとそこには残ったMG42と芳佳の13mm機関銃を持ったバルクホルンが立っていた。
「守ってくれてありがとう、やつは私が!」
そう言うバルクホルンの目には強い光が宿っていた。
「頼むぞ!エース!」
優人が笑顔で送り出すとバルクホルンはネウロイ目掛けて突っ込んでいく。
「うおおおおおおおおお!!」
坂本達の攻撃で露出したコアに銃弾を叩き込み、ネウロイを撃破する。すると、ミーナがバルクホルンに飛んで駆け寄ってきた。
「ミーナ」
バルクホルンがミーナに気づいて振り返る。すると、ミーナがバルクホルンに平手打ちをした。バシッと乾いた音が響く。
「何をやっているの!貴女まで失ったら私達はどうしたらいいの!故郷も何もかも失ったけれど、私たちはチーム、いえ家族でしょ!この部隊の皆がそうなのよ!あなたの妹のクリスだって、きっと元気になるわ!だから、妹の為にも新しい仲間の為にも死に急いじゃダメ!みんなを守れるのは私達ウィッチーズだけなんだから!!」
沸き上がる想いを抑えられなくなったミーナはバルクホルンを抱きしめた。眼に涙を浮かべたその顔は隊長のものではなく、友人を想う一人の少女のものだった。
「すまない、私たちは、家族だったんだよな。ミーナ、休みを……休みをもらえるか……見舞いに行ってみる」
バルクホルンの言葉にミーナは微笑みながら頷いた。
「やっとその気になったようだな」
と坂本も微笑んでいた。