それはある夕方のこと。501基地内のハンガー、シャーロット・E・イェーガー大尉のストライカーユニット『P-51D(44-14888号機)』を固定している発進ユニットの上で寝ていたルッキーニが欠伸をしながら目を覚ます。
「ふぁ~~。あっ!」
ルッキーニは何かを見つけた。シャーリーのストライカーに引っ掛かけてあるゴーグルだ。ルッキーニは無邪気な笑顔を浮かべて駆け寄る。
「てぃってぃてぃ〜ん!」
ガシャン!!
「えっ?」
シャーリーのゴーグルを取った拍子に、整備中だった彼女のストライカーを盛大に引っくり返してしまった。転倒したストライカーユニットはバラバラになり、こぼれたオイルと部品がハンガーの床に広がる。
「にゃああああああああああ〜っ!」
ルッキーニは両手で頭を押さえ、猫のような悲鳴を上げる。ルッキーニは慌ててストライカーを起こし、元に戻そうとする。
「いちち……ど、どうしよ、どうしよ!あれ?この部品はどこだっけ?こっち?こっちだっけか……?」
無論、彼女にメカニックとしての知識は無い。部品を適当に組み合わせ、なんとか元に戻そうと試みた。
◇ ◇ ◇
同時刻、同基地内の食堂にはルッキーニ以外の11人が集まっていた。
「悪いなぁ、遅くなっちまって」
リベリオン陸軍のウィッチ、シャーリーことシャーロット・E・イェーガー大尉は苦笑いを浮かべながら、仲間達に謝罪する。
「ごめんなさい……」
「御迷惑をおかけしました……」
シャーリーに続いて、リーネと芳佳も頭を下げる。
「まったく、あなた方のせいで食事の時間がずれてしまいましたわ」
文句を垂れるペリーヌ。本日、夕食当番だった芳佳とリーネがシャーリーと共に基地の売店に入り浸っていたために大遅刻。慌てて戻ってきた二人を優人が手伝ったものの、食事の時間が二時間程遅れてしまった。
「お前たちは一体何をしていたんだ?」
坂本は溜め息を吐きながら訊く。
「水着を……」
「ん?」
「水着を買いに……」
坂本の質問リーネが恐る恐る答える、それに芳佳が続く。
「明日着る水着をシャーリーさんに選んでもらってて……」
明日は基地本島東側の海岸にて、訓練が行われる。海上で飛行不能になり、海への墜落したことを想定した訓練だ。今朝、ミーティングルームでこの話を聞いた際に海水浴だと勘違いした芳佳は万歳のポーズで喜んでいた。確かに、訓練の合間は海で遊ぶことが出来る。その体力が残っていれば、の話だが。
「いやぁ、二人をより魅力的に見せる水着を選ぶのに夢中になっていたら、つい時間を忘れたんだよ」
「明日が楽しみなのはわかるけど、前日から羽目を外し過ぎてはダメよ」
頭を掻きながら言うシャーリーにミーナがやんわりと注意する。三人はもう一度謝罪してからテーブルに着いた。
「お兄ちゃん」
芳佳は優人の隣に座ると、彼に声を掛けた。
「ん?どうした?」
「その、ごめんね。ご飯遅れちゃったし、お兄ちゃんにも手伝ってもらうことになっちゃって」
申し訳なさそうに言う芳佳に優人は笑顔で返す。
「確かにみんなにも迷惑が掛かったが、次から気を付ければ良いよ。それに……」
優人は芳佳に顔を近付け、耳元で囁いた。
「時間を掛けて選んだ水着を着た、可愛い芳佳を見るのが楽しみだし……」
優人の言葉を聞いた途端、芳佳の顔が真っ赤になる。恥ずかしさを誤魔化すためか、食事をパクパクとかき込んだ。優人がそんな妹を可愛く思っていると、彼の向かい側に座っているバルクホルンの声が聞こえてきた。
「まったく、盛大な遅刻だな。最速を目指すリベリアンが聞いて呆れる」
バルクホルンの嫌味を含んだ物言いに、むっとするシャーリー。
「なんだよ堅物、悪かったって言ってるだろ?」
「それが反省する人間の態度か!?大体貴様は普段から軍人としての自覚が……」
「お前ら静かに食事しろよ」
口喧嘩を始めたバルクホルンとシャーリーを優人が宥める。性格が正反対であるため普段からよく衝突する二人だが、険悪な感じはなく喧嘩友達のような関係だ。
「バルクホルン、シャーリーはちゃんと反省してるんだからあんまりネチネチ言うなよ」
「なっ!私はただ、この自由で野放図なリベリアンに規律を叩き込もうとしただけだ!ネチネチ言ってなどいない!」
バルクホルンはテーブルの上に身を乗る出すと、ムキになって否定する。
「自覚してないだけだろ?」
「リベリアン!貴様ぁ!」
シャーリーにからかわれ、憤慨するバルクホルン。どうやら優人は喧嘩を止めるはずが、火に油を注いでしまったらしい。
「おい!落ち着けよバルクホルン!」
「なんだ優人!お前はリベリアンの味方をするのか!?見損なったぞ!!」
バルクホルンが裏切り者を見るような目で優人を睨む。
「いや、そういう訳じゃ……」
「そうだぞバルクホルン!優人とアタシは大の仲良しなんだから」
「おっ、おい!」
優人が弁明しようとすると、いつの間にか隣にいたシャーリーがニヤつきながら思いっきり彼の腕に抱き着く。抱き着かれた上に豊満な胸が押し付けられ、優人は顔を赤くする。
「シャーリー、当たってる当たってる」
優人が周りに聞こえない声で言う。その声はやや上ずっていた。
「ふふ……当ててるんだよ」
とニヤつくシャーリー。彼女は優人の反応を見て、楽しんでいる。
「な、何をしているリベリアン!そんなに気安く異性に抱き着くなど……」
バルクホルンの顔が真っ赤になり、ワナワナと震える手で二人を指差しながら怒鳴る。
「言ったろ?アタシらは仲良しなんだよ。それにリベリオンじゃ、これぐらい挨拶代わりだぞ」
「なっ!?リベリオン人は一体どういう神経をしているだ!!」
「少しくらいスキンシップしたって良いだろ~?減るもんじゃないし」
「そういう問題か!?離れろ!優人が困ってるだろ!!」
そう言うとバルクホルンはもう片方の腕に抱き着き、優人をシャーリーから引き剥がそうとする。
「なぁ優人。バルクホルンがああ言ってるけど、迷惑か?」
「えーっと……」
シャーリーが抱き着く腕にさらに力を込め、首を傾げながら悲しげな声で聞く。無論、優人をからかうための演技だが、そんな仕草をされれば彼女にその気が無くても勘違いしてしまう。
「優人!はっきりしろ!」
バルクホルンも腕の力を強くする。優人は美女二人から両腕に抱き着かれ、胸をムギュッと押し付らているためガチガチになってしまっている。世の男達がこの光景を見れば、優人に対し羨望や嫉妬のこもった目で見るだろう。
「と、殿方に人前で堂々と抱き着くなんて……」
「二人とも、大胆……です……」
「宮藤大尉……モテモテ……」
(私もサーニャから、あんな風に抱き付かれたいナ)
「にゃはははは!優人、顔真っ赤!」
「優人って意外とヘタレなのね」
「はっはっはっはっ!」
顔を赤くしながら呟くペリーヌとリーネとサーニャ。やや邪な考えを抱くエイラ。優人の様子を面白がるハルトマン。優人をヘタレ認定をするミーナ。三人を微笑ましく思ったのか、高笑いをする坂本。メンバーがそれぞれ違った反応をする。すると、芳佳がガタッと音を立てて席から立ち上がった。
「バルクホルンさん!シャーリーさん!お兄ちゃんから離れて下さい!」
芳佳はそう怒鳴ると正面から優人に抱き付き、バルクホルンとシャーリーから優人をひっぺがす。
「なっ!?」
「うおっ!?」
普段の芳佳からは想像もできないほどの力に驚く二人。芳佳は優人に抱き付きながら、二人を睨んでいる。
「ハイハイ。トゥルーデ、シャーリーさん!それくらいにして食事に戻りなさい、みんな迷惑してるのよ?」
ミーナが手を叩きながら言う。
「ぐっ……すまない」
「は~い」
バルクホルンはばつが悪そうな表情で謝罪し、シャーリーは気の抜けた返事をする。
「あの、芳佳?」
「…………」
(離れないな……)
ようやく解放された優人は席に戻ろうとするが、芳佳が抱き着いたまま離れようとしない。むしろ先程よりも腕の力が強くなっている、声を掛けても、心ここにあらず、と言った感じで反応がない。
「芳佳!」
優人は少し大きめの声を出した。すると、芳佳は我に返ったようにビクッとなる。
「席に戻りたいんだか?」
「あっ、ごめんなさい」
芳佳はそう言うと、優人から離れ席に戻る。優人も席に着き、食事を再開した。食事が終わる頃、ミーナがあることに気付いた。
「あら?ルッキーニさんはどこかしら?」
「そういえば、見当たらないな。まだどこかで寝ているのか?」
と、坂本。昼寝をしていても食事の時間には目を覚まして、食堂に現れる彼女が今日に限っていない。
「俺が探して来ようか?」
みんなよりも早く食事を終えていた優人がルッキーニ捜索を申し出た。
「お願い出来るかしら?」
「了解した」
優人はミーナ頼みを快諾すると席を立ち、食堂から出ていく。
「それじゃあ、芳佳さん、リーネさん後片付けお願いね」
「はい」
「…………」
リーネからは返事が来たが、芳佳は何か考えごとをしているのか返事がなかった。
「芳佳さん?」
「え?あっ、はい!わかりました」
芳佳はミーナが自分に呼んでいることに気付き、慌てて返事をする。ミーナはそんな芳佳を見て、首を傾げた。
◇ ◇ ◇
優人はルッキーニを探しに食堂から出ると、彼女の居そうな場所を考え始めた。基地中に存在する彼女の寝床のどれかに居るだろうが、その数が多い。それらすべてを見て回るのは骨が折れる。
(そう言えば、シャーリーが昼間にストライカーを改造してたな)
ルッキーニはシャーリーといることが多い。昼間、シャーリーがストライカーのエンジンの改造と試験飛行を行っていたので、もしかしたらと思いハンガーへと向かう。
「あっ、いたいた」
優人はさっそくルッキーニを見つけた。優人は彼女の元へ近付いていく。
「ふー!これで元通り!……だよね?」
顔と服をオイルでまみれにした状態でルッキーニは呟く。どうやらストライカーユニットは外見だけなら元通りに出来たらしい、外見だけなら。
「うえぇ~、オイルでべとべとぉ。何か拭くもの拭くもの……」
「ルッキーニ?」
「にゃっ!!」
急に後ろから声を掛けられ、ルッキーニはビクッとなる。ゆっくり後ろを振り向くと彼女を探しにきた優人が立っていた。彼は気付かれずに人の背後取るのが上手い。気配を消す技術を身に付けているのか、単に影が薄いだけなのか。
「ゆ、優人。どうしたの?」
「いや、ごはんの時間になっても来ないから探しに来たんだよ」
ルッキーニの質問に優人が答える。彼女がシャーリーと優人のストライカーを壊したことはバレていないらしい。ルッキーニはホッと胸を撫で下ろす。
「ルッキーニこそどうした?汚れてるな?」
「えっ!?いや、その……それよりもごはん行こうよ!お腹空いちゃった!」
ルッキーニはそう誤魔化すと、全速力ハンガーから出て行った。優人はルッキーニの様子がおかしいとは思ったが、特に追及はしなかった。