宮藤優人と宮藤芳佳、扶桑皇国出身の兄妹は優人の自室にいる。
「…………」
「…………」
二人は窓から外を眺めていた。優人は頭を掻き、「ついてないな」といった感じに肩を竦める。彼の隣に立っている芳佳はガックリと肩を落としている。
「すごい嵐だな」
「……うん」
優人の言葉に芳佳は力なく答える。501基地は嵐に見舞われている。黒く厚い雲が空を覆い、激しく降る雨粒は窓ガラスを打ちつけ、遠くからは雷鳴が轟き、波はいつもより高い。
「そう落ち込むなよ」
ショボくれている芳佳の頭を優人は頭をポンポンと叩いた。
今日二人は兄妹揃って休暇だった。以前は忙しかった優人もバルクホルンがデスクワークを代わってくれるようになってからは大分余裕が出来た。
そこでミーナに休暇を申請すると彼女の粋な計らいで芳佳と同じ日に休暇となったので二人で街まで出掛けることにしたのだ。芳佳は大いに喜び、今日という日を楽しみにしていた。
しかし、生憎の嵐。この悪天候ではブリタニア本土に繋がる石畳の道もおそらく水没してしまっている。街へ行くどころか島から出ることも出来ない。
「せっかくのお休みだったのに……」
と芳佳。兄とのお出掛けが中止になってしまったことが余程堪えているらしい、いつも元気な彼女の表情が曇っている。
「また今度行けばいいだろ?」
一方の優人は嵐を眺めているうちに母国の台風を思い出し、残念がりながらもどこか懐かしさを感じている。
優人は芳佳から離れ、本棚に向かう。そこには無数の本が並べられているが、前述の忙しさ故に優人が手をつけたものは全体の3分の1。読み終えたものはさらに少ない。
優人は本をひとつ手に取るとベッドに腰掛け、読み始める。続いて芳佳も適当な本を選び、開いてみた。それはカールスラント本だった。かなり分厚い、ハードカバーの専門書。中身は溶鉱炉の三面図や各地域における鉄鋼の生産量のグラフ、よくわからない専門用語が圧倒的に多い文章等。
「ううぅ……」
専門用語で武装した文章に頭を襲われ、芳佳は目を回した。元々勉強が得意ではなく、どうにか成績を中の中に留めている芳佳。彼女にとってこの手の本は天敵である。
他の本も試し読みしてみたが、挿し絵が少なく文字の細かいものばかり。最初の専門書ほどではないが、芳佳の苦手なタイプの本だった。
「あれ?」
芳佳は本棚に見覚えのある本が置いてあることに気付く。手に取って表紙を確認してみると、やはり自分が思った通りのものだった。
「お兄ちゃんこれって?」
芳佳は優人に尋ねる。声を掛けられた優人は視線を本から芳佳に移す。
「ああ、それね」
そう言って優人は読んでいる本を閉じた。
◇ ◇ ◇
隊長執務室ではミーナとバルクホルンが書類と格闘をしていた。デスワーク面でも優秀なバルクホルンのおかげでミーナの予想より早く書類が片付いていた。
「ふぅ……」
「お疲れ様トゥルーデ」
デスワークを終えたバルクホルンにミーナが扶桑茶を手渡す。
「すまないミーナ」
礼を言いながら受け取るバルクホルン。この扶桑茶は優人が帰国した際に扶桑の実家から持ってきたもので、優人はデスワークを行う二人のために扶桑茶と煎餅を差し入れたのだ。湯呑みではなくマグカップに注がれているため、やや違和感がある。
「しかし、ミーナも大変だな。これだけの書類仕事をこなさなくてはならないとは……」
「まぁね。優人が手伝ってくれるおかげで助かってるわ」
ミーナは微笑みながら言う。
「私だったら、耐えらんないけどねぇ」
ソファーに寝っ転がっているハルトマンが煎餅をボリボリかじりながら言う。彼女はデスワークを手伝いに来たわけではなく、煎餅が目当てでここにいる。そんなハルトマンをバルクホルンが睨み付ける。
「ハルトマン!せめて座って食べろ!行儀の悪い!」
「え~、別にいいじゃん。ここには二人しかいないんだし……」
ハルトマンは口の周りを煎餅のカスだらけにしながら言う。
「そういう問題か!!」
バルクホルンはガタッと音を立てながら椅子から立ち上がる。
「いいかハルトマン?カールスラント軍人たるもの!一に規律、二に規律、三も規律で四、五、六、七、八、九も規律だ!!」
「優人と芳佳、休みなのに今日は大雨なんだよね」
「そうか、せっかくの休みだというのに……って話を逸らすな!!」
自分の話を真面目に聞こうとしないハルトマンにバルクホルンが怒鳴る。ミーナは二人のやり取りを見て微笑んでいる。元々私生活でだらしがないハルトマンをバルクホルンはよく叱るが最近はより熱心である。宮藤兄妹に助けられて以来、笑うことが多くなったバルクホルン。憑き物が落ちたとはこういうことだろう。バルクホルンが明るくなったことにミーナはもちろん、説教を鬱陶しがっているハルトマンも内心は喜び、優人と芳佳に感謝している。
「ところでさ」
バルクホルンの説教を聞き流していたハルトマンが話を振る。
「ハルトマン!少しは私の話を――」
「優人と芳佳って、すごい仲良いよね?」
再び宮藤兄妹の話題を出すハルトマン。
「兄妹の仲が良いのは悪いことではないわ」
とミーナが言う。
「異性の兄妹にしては仲良すぎじゃない?普通は距離とか壁とかがあったりするもんじゃないの?」
「それは兄妹によるんじゃないかしら?」
「でもなぁ……」
納得のいかない様子のハルトマン。既に反抗期に入っていてもおかしくない年齢の芳佳が優人になついていることが引っ掛かっているらしい。いや、なつくどころか最早べったりである。
「人のことを観察する暇があるなら、自分の部屋を片付けたらどうだ?」
バルクホルンは衣服、瓶、缶詰、本等が埋め尽くす陽に散乱しているハルトマンの部屋を頭に浮かべながら言う。
「いやぁ、あの仲の良さは絶対何かあるよ」
「何かって?」
「う~ん」
ミーナの質問にハルトマンは少し考えてから答えた。
「『芳佳、俺はお前が』とか『ダメだよ!私達兄妹なんだよ!』とか」
「!?」
「……なんちゃって」
舌を出しながら冗談だということをアピールするハルトマン。彼女の声真似はあまり似てないがバルクホルンは本物の優人と芳佳の会話を聞いていたように錯覚し、動揺していた。
(まさかな……)
バルクホルンはそんなはずはないと自身に言い聞かせ、落ち着くために扶桑茶を口にする。
◇ ◇ ◇
「いい匂い!シャーリー何してるの?」
「おっ?ルッキーニ」
ルッキーニが食堂やって来るとシャーリーがエプロン姿でキッチンに立っていた。普段、彼女が台所に立つことはあまりないので、かなり新鮮だ。
「お菓子作りに挑戦してたんだよ」
シャーリーはそう言ってやや焦げ気味のバタークッキーを見せる。
「わぁ!おいしそ~う!ねぇねぇ食べていい!?」
クッキーを目の前にしてルッキーニは興奮気味に尋ねるが、シャーリーが良いと言う前に食べ始めた。
「ん~美味しっ!」
「夕飯が入らなくなるから食べすぎるなよ?」
「は~い!」
シャーリーの注意を素直に聞くルッキーニ。しかし、彼女はガツガツとバタークッキーを頬張っている。
「さて……」
シャーリーはエプロンを外すと、比較的出来の良いバタークッキーを3つの袋に分け始めた。
「うじゅ?それどうするの?」
「ああ、優人と芳佳とリーネにな」
シャーリーは白い歯を見せながら笑う。彼女は先日、気を失って海に落下しそうになったのを三人に助けられた。そのお礼にと三人のためにバタークッキーを作っていたのだ。優人に渡す袋には、何故か気合いの入ったラッピングがされている。
「じゃあ、ちょっと行ってくるから。食べ終わったらお皿を片付けておいてくれよ?」
「は~い!」
バタークッキーを食べてご機嫌のルッキーニが元気良く返事をする。シャーリーはまず優人の部屋に向かった。
◇ ◇ ◇
「何故私についてくる?」
自分の隣を歩いているシャーリーにバルクホルンが尋ねる。
「ついて行ってる訳じゃない、たまたま同じ方向に用があるだけさ」
シャーリーは肩を竦めながら答える。先程廊下で出会した二人は互いに軽く挨拶をして別れるつもりだたが、計らずも同じ方向に歩を進めていた。
「用と言うのはそれか?」
バルクホルンがシャーリーが抱えている袋を指差しながら訊ねる。
「ああ、優人と芳佳とリーネにバタークッキーをな」
「クッキー?それでお菓子の良い匂いがするのか……」
「やらないぞ?」
「人の物を取る趣味はない」
フンと鼻を鳴らすバルクホルン。
(そういえば、男に何か渡すのは初めてだな)
一方のシャーリーは珍しく緊張していた。そのおおらかな性格からバルクホルンより異性との付き合いが多いシャーリーも男友達に贈り物をすることは無かったらしい。
「そういうお前はどこいくんだよ?」
「私も優人のところだ。茶を差し入れて貰ったからその礼を言いな」
シャーリーの質問に答えるバルクホルン。彼女は手に紙袋を持っている。アマゾネスのコーヒーだ、おそらくはお返しの品だろうが、砂糖やミルクがないことからバルクホルンは優人が甘党なのを知らないようだ。会話をしているうちに二人は優人の部屋の前に到着する。
「ん?」
バルクホルンは部屋の中から聞こえてくる話し声を捉えた。シャーリーもそれに気付いたらしい。
「なんだ?芳佳も一緒なのか?」
「そのようだな」
ドアの向こうからは部屋の主である優人の他に芳佳の声も聞こえてくる。
「ちょっと待てバルクホルン」
ノックをしようとするバルクホルンを制止し、ドアに耳を押しつけるシャーリー。二人の会話を聞こうとしているらしい。
「リベリアン!貴様は何をしている!」
「だってあいつら兄妹が二人っきりの時に何を話してるのか気になるだろ?」
「やめろ!盗み聞きは軍旗違反、というよりプライバシーの侵害だぞ!」
「お堅いなぁ……ちょっとだけだって」
ニヤッと笑い聞き耳を立てるシャーリー。バルクホルンも本音を言うと興味があるのだが、彼女の生真面目な性格がそれを許さない。彼女の頭の中では今、天使と悪魔が戦っている。しかし、悪魔の誘惑に負けなかったバルクホルンは再度シャーリーを止めようとする。
「?」
シャーリーの様子がおかしい。眉を寄せていたと思ったら目を見開き、表情を固めた。気になったバルクホルンは思わずドアに耳を当てた。
「そんなにジロジロ見ないでよ」
と羞恥心に染まった芳佳の声が聞こえてきた。次に優人の声も聞こえてくる。
「もっとよく見せろ」
「やめてよもう!」
「コラ隠すな!」
「やだ!恥ずかしいよ」
二人の会話を聞き、シャーリーとバルクホルンは揃って固まる。中では一体何が起きているのだろうか。
「まったく暴れるなよ」
「お兄ちゃん、そんなとこ触ったら汚いよ」
「汚くなんてないから大丈夫だよ。お兄ちゃんに任せろ」
“触る”、“汚い”、“任せろ”。それらの単語が二人の妄想を掻き立てた。
「な、なななな!?優人のやつ!一体ナニしてんだ!?」
「し、しししし知るか!あいつはな、な、ナニをしているんだ!?」
動揺しながら小声で話すシャーリーとバルクホルン。ナニの発音がどこかおかしくなっている。
「優人のやつ、周りが女ばかりの環境で相当溜まってたのか!?だから妹に――」
「優人はそんな男じゃないだろ!!」
友人のことを信じ、シャーリーの考えを否定するバルクホルン。しかし、先程ハルトマンの冗談が彼女の頭を過る。
(そんなはずがないそんなはずがないそんなはずがないそんなはずがないそんなはずがない)
バルクホルンは自分に言い聞かせ、必死に落ち着こうとする。
「そんな太いの入るの?」
「確かにちょっとキツいかな?まぁ大丈夫だろ?入れるぞ」
そうしている間にも兄妹の会話は続く。“太い”、“入る”、“キツい”、“入れる”という言葉に過剰反応するシャーリーとバルクホルン。
「なぁ、中に入って止めた方がいいんじゃ?明らかにヤバイだろ?」
とシャーリーが言う。バルクホルンが答える前にまた中から声が聞こえてきた。
「あっ、もうちょっとで出そう!」
「「!?」」
優人の声にハッとなってドアを見るシャーリーとバルクホルン。二人は決断を迫られた。
「バルクホルン!ドアを破れ!」
「よし!」
シャーリーの言葉にバルクホルンは頷いて返すと魔法力を発動させ使い魔の耳と尻尾を生やす。
「はあああぁ!!」
バン!と音を立て、拳でドアを破る。同時にシャーリーと共に部屋へなだれ込んだ。
「優人!!お前、何をしている!?」
優人をビシッと指差して叫ぶバルクホルン。しかし、彼女の目の前にあったのは『海軍ラムネ』と書かれた瓶を持っている優人と一冊の本と一枚の写真を手にしている芳佳だった。
「……あれ?」
予想していたものとは違う光景に間の抜けた声を出すシャーリー。
「「…………」」
突然の出来事に扶桑の兄妹はすぐには反応出来ずにいた。そして、優人はいきなり部屋に入ってきた二人の方を見て、質問に答える。
「何って扶桑から持ってきたアルバムを見ていたんだけど……」
「「…………」」
室内を沈黙が支配する。
「えっ?でも芳佳が恥ずかしがる声が……」
我に還ったシャーリーが芳佳を見る。
「小さいときの写真に恥ずかしいのがあって……」
芳佳は顔を真っ赤にしながら答える。
「じゃあ、“触る”とか“汚い”とかって……」
「ベッドの下に写真が入っちゃって、取ろうとしたら芳佳が――」
「だって埃溜まってそうだし」
「最近はちゃんと掃除しているから大丈夫だよ」
「でも“太い”とか“キツい”とか――」
「手じゃ届かないからラムネ瓶で取ろうとしたんだよ。床とベッドの間の幅が狭かったけどなんとか奥まで届いた」
「じゃあ、“出そう”ってのは」
「写真が取れそうだったから」
聞かれるがままに答える兄妹。二人はまだ状況が飲み込めていないらしい。
「は、はは、はははは!そうだよな!」
顔を引きつらせて笑うシャーリー。すると、今まで黙っていたバルクホルンが口を開く。
「きょ、兄妹水入らずを邪魔して悪かった。じゃあ、私たちはこれで……」
「待て!」
回れ右をして部屋から出ていこうとするバルクホルンの肩を優人が掴む。いつの間にか間合いを詰めていたらしい。バルクホルンはビクッとすると、優人の方へ振り向く。
「お前ら盗み聞きしてたのか?というかあれの説明は無いのか?」
優人はバルクホルンに弾き飛ばされ、窓に突き刺さったドアを指差しながら言う。ドアと窓枠は歪んでおり、窓ガラスは割れ、そこから雨水が入り込み水溜まりを作っていた。
「すまん!」
バルクホルンは勢いよく頭を下げて謝罪すると理由を説明する。
「お前たちの会話を聞いて、その、てっきりお前が妹に……」
バルクホルンそこまで話すと顔を真っ赤にして黙り込んでしまう。今日の優人は頭が冴えているのか、それとも元が聡明なのか、バルクホルンの表情と僅な説明で二人が何を勘違いしたのかを理解した。
「んなわけあるか!!」
優人は額に青筋を立てて怒鳴った。
「誰が妹相手に欲情なんてするか!変な妄想してんじゃねぇ!この変態軍人!!」
完全にキレている優人、口調も荒くなってしまっている。
「なっ、誰が変態だ!そもそもこれはリベリアンが言ったことでーー」
「あたし!?」
シャーリーに責任を押し付けるバルクホルン。
「ほう?」
優人はシャーリーを睨み付けた。
「いやだって……女ばかりの部隊で男が一人だけだから溜まっているのかなって、普通は思うだろ?……」
いつもと違う優人に驚いているのか、弁解になっていない弁解をするシャーリー。彼女の話を聞いて優人の表情は怒りから呆れ顔に変わっていく。
「お前らが俺のことをどう思っているかよくわかった」
優人と溜め息をしているとミーナと坂本がやって来た。
「何の騒ぎだ?」
「何で優人の部屋のドアがこんなことになっているのかしら?」
ミーナは眉をピクピクさせながら訊ねる。
「ミーナ、少佐!これはだな……」
「そこの変態軍人達が壊したんだよ」
「なっ、優人!」
「あたしも!?」
指差されながらまたも変態呼ばわりされるバルクホルンとシャーリー。 ミーナは険しい表情でバルクホルンとシャーリーを見る。
「バルクホルン大尉、シャーリー大尉。説明なさい」
有無を言わさない口調で問いただすミーナ。バルクホルンとシャーリーは震えながらゆっくりと説明する。
その後、ミーナにこってり絞られた二人は、部屋の掃除と破損した窓やドアの応急処置、一週間のトイレ掃除等を命じられ、優人の部屋の修理代を給料から引かれることとなった。ちなみにバルクホルンの給料が妹の入院費以外の目的で使用されたのはこれが初めてである。
「お兄ちゃん、バルクホルンさんとシャーリーさんは何を勘違いしたの?」
「お前にはまだ早い」
「え~」
芳佳は優人の言葉に不満そうに唇を尖らせた。