1944年8月16日。ロンドン、連合軍総司令部。宮藤優人は原隊の上官である扶桑海軍中将赤坂伊知郎から呼び出しを受けて、彼の執務室を訪れていた。
デスクワーク中の赤坂に挨拶をすると彼の副官が風呂敷の包みを渡してきた。優人が風呂敷を解いてみると、中からブリタニア語で商品が書かれた菓子の箱が出てきた。
「洋菓子……ですか?」
優人は箱から副官に視線を移して訊ねる。副官ではなく、デスクの向こう側に座っている赤坂が「ああ」と応じた。
「天城の艦長からの祝い品でね」
付け加える赤坂。赤城がネウロイの攻撃で中破して以来、扶桑からの補給任務を引き継いだ同型の航空母艦天城。この菓子はその天城の艦長が赤坂へご機嫌取りもかねて持ってきたものだ。
「高価な物らしいが、私は医者から止められているのと甘いものが苦手でね」
「だから自分に?」
「嫌いかな?」
「いえ……」
優人は軽く首を振ると蓋を開けてみる。箱の中には一口サイズのチョコレートがたくさん並べられていた。と言ってもただのチョコレートではなく、少量のウイスキーをチョコレートでコーティングしたウィスキーボンボンと呼ばれるもの。要はウイスキー入りのチョコレートだ。
「失礼ですが、何のお祝いでしょうか?」
疑問を抱いた優人が質問する。
「言われるまで忘れていたんだがね。誕生日だそうだ」
「それはおめでとうございます」
「この歳になると、めでたくもなんともないよ」
社交辞令染みた祝福をする優人。赤坂は書類へ目を向けたまま、自嘲気味に答える。
彼は本日で51歳になる、確かに祝われて喜ぶような歳でもない。むしろ歳を取ったことを実感して、少々物悲しくなる。
「501で引き取って貰えないか?軍務の一環だと思って」
「かしこまりました」
優人は軽く会釈して応じると箱を閉じ、風呂敷を包みを直した。
お菓子ならば501のウィッチ、特にルッキーニとハルトマンあたりが喜ぶだろう。しかし、食欲旺盛な二人のことだ。ウィスキーボンボンを見つけた途端全部食べてしまいかねないので注意が必要だが、二人のお菓子に対する執念の前にはそんな警戒は無意味だろう。またウィスキーはアルコール度数が高い。酒に慣れていない年少組に渡すのは少し考えた方がいいかもしれない。
優人がそんなことを考えていると赤坂が大きな溜め息を吐いた後に右手の親指と人差し指で眉間を抑える。
「お疲れのようですね?」
優人が心配そうに言うと赤坂はようやく書類から優人に視線を移した。
「最近は各国軍の将軍達とケンカばかりしているからね」
重たい肩をトントンと軽く叩く赤坂。扶桑とブリタニアの同盟を基礎として発足した人類連合軍。その内部では常に各国の思惑が錯綜している。ネウロイという共通の敵の出現によりどうにか共闘しているが、一枚岩には程遠く、西部方面総司令部に置いても扶桑、ブリタニア、カールスラント、リベリオン等が陸海空の指揮権を巡って対立している。航空戦力に至っては同じブリタニア空軍であるばずの戦闘機軍団司令官マロニー大将の一派と爆撃機軍団司令官のアーサー・ハリス大将の派閥が反目し合っている有り様だ。
「心労お察しします」
「ありがとう。まぁ、隣に呼び出されているミーナ中佐の方が私より苦労していると思うがね」
赤坂はそう言って窓に目をやる。連合軍総司令部の隣にはブリタニア軍司令部がある。優人が赤坂から総司令部へ呼ばれたようにミーナと坂本も501の上官でもあるマロニーから呼び出されていた。
優人も窓の外へと視線を移した。赤坂の執務室からはブリタニア軍司令部の建物を見ることは出来ないが、優人の頭の中には司令部の姿がくっきりと浮かび上がっていた。
「聞いたところによると501に回す予算の削減をするようだ。ブリタニア軍もつまらん嫌がらせをする」
呆れ顔で言う赤坂。連合軍全体では501や次いで設立されたオラーシャの502、503部隊の活躍が高く評価され、統合戦闘航空団は506まで設立が決定されている。その一方、自国の利益を優先する傾向にあるブリタニア軍は統合戦闘航空団を生み出した国にも関わらず、その強化には消極的。上官のマロニーも戦果を上げ続ける501のことを疎ましく思っている。
「その程度ならまだ可愛いもの。作戦のどさくさに紛れて艦砲で吹き飛ばされたりしなければ……」
優人が当て付けるように言う。彼の物言いに副官は不快そうに眉を潜めたが、赤坂は気にしなかった。
優人の言ったことは例え話ではなく実際に起きたことなのだ。ある海軍大将の策略により、友軍から弓引かれたことを優人は今でも忘れない。
「君がそのことを許せないのは理解できる。しかし、過去を引きずり続けていては君自身にとっても良くない」
「は?」
赤坂の説教に何かしらの意図を感じ、優人は聞き返した。
「人は前に、未来に向かって成長するものだろう?取り分け君らのような若者は」
そこまで話すと赤坂はタバコを取り出し、口にくわえる。副官が近付き、ライターでタバコに火を着けた。
「これはまだ内密なんだが……」
タバコを吸い、煙を吐きながら赤坂は再び話始める。タバコ嫌いな優人は煙で噎せ返りそうになった。
「近々大きな作戦がある。君にも力を貸して欲しいんだ」
赤坂の眼差しが真剣な物に変わる。
(それが本題か……)
優人も顔を引き締めた。
「つまり、長官の未来のために力を貸せと?」
「私のためじゃない。人類のためだよ」
「それはガリア反攻作戦の中核が501だと言うことですか?」
赤坂は優人の質問に答える代わりに副官に目配せをした。上官の意を察した副官は書類を一枚手を渡した。書類の中身はまだ試案段階の作戦書だった。
「……なるほど」
優人はサッと目を通すと、それだけ言うと副官に書類を返した。
「驚かないのかね?」
淡白な反応を示した優人に赤坂は意外そうな顔をする。
「いつかは命じられると思っていましたから」
「そうか、詳しい内容は追って話すよ。この事は他言無用で頼む」
「わかりました。では失礼致します」
優人はそう言って立ち上がり、敬礼すると風呂敷包みを持って退室していった。
◇ ◇ ◇
一時間後、雲海広がるブリタニア上空にはカールスラントのユングフラウ社が開発した輸送機『Ju52』が飛行していた。この機体は離着陸距離の短さから愛用され、501基地においても人員輸送機として使用されている。
「むう……」
機内では坂本が腕と足を組みながら、むすっとした表情を浮かべていた。
「不機嫌さが顔に出てるわよ?坂本少佐」
向かい側に座って本を読んでいたミーナが指摘する。
「優人が怯えているじゃない」
「別に怯えてない。て言うか、俺に振るな」
ミーナに話の矛先を向けられた優人。彼はちょうど同じタイミングで用ができた二人に便乗してロンドンに来ていた。
「わざわざ呼び出されて何かと思えば、予算の削減だなんて聞かされたんだ。顔にも出るさ」
仏頂面のまま坂本が答える。坂本とミーナを呼び寄せたマロニーは二人顔を見るなり、開口一番に予算削減を言い渡した。予算や物資の大半をブリタニアに頼っている501にとって由々しき問題。二人はすぐさま抗議したが、削減額を多少抑えられた程度で予算会議は終了した。
「彼らも焦っているのよ。いつも私達ばかりに戦果を挙げられてはね」
坂本とは違いミーナの表情は穏やかだが、彼女も内心は業腹だろう。
「連中が見てるのは自分たちの足元だけだ」
と腹の虫が治まらない様子の坂本。この顔をリーネやルッキーニが見たら怯えるだろう。
「戦争屋なんてあんなものよ。もしネウロイがいなかったら、あの人達、今頃人間同士で戦いあっているのかもね」
「さながら世界大戦だな」
表情一つ変えずに物騒なことを言うミーナに坂本はニヤリと笑みを浮かべる。
「……縁起でもない」
あまり面白くなかったらしい優人は肩を竦めている。彼の肩には坂本とミーナの付き人として司令部に同行しついた芳佳がもたれ掛かって眠っている。口から垂れた涎が制服に染みを作っているが、優人は気にしないことにした。
「よく眠っているな」
機嫌を直した坂本はお昼寝中の子どものように熟睡している芳佳に目を向けた。昼間の訓練か、それとも重苦しい雰囲気の予算会議に参加して疲れたのか輸送機がロンドンを飛び立ってすぐに芳佳は寝入ってしまった。
戦友の妹で、自らの教え子でもある芳佳。そのあどけなさが残る寝顔はとても軍人とは思えないほど無邪気なもので坂本の頬は自然と緩む。
「ああ。この寝顔は何年経っても変わらない」
優人はまるで櫛でとかすかのように妹の髪を撫でる。子どもの頃、自分に甘えてくる芳佳に優人はよくこうしていた。
「お兄ちゃんが一緒だと安心するのかしらね」
芳佳の顔を覗き込む坂本とミーナ。ミーナはちょっとした悪戯心から芳佳の頬を軽くつついて見ると、口から「ん……」という声が漏れた。
「可愛い……なんだか私も妹が欲しくなったわ」
「やらないぞ」
優人の眼差しが急に真剣なものへと変わり、ミーナを睨む。妹のこととなると優人は生真面目で堅物なバルクホルン以上に冗談が通じなくなる。芳佳に嫌いと言われたら、それがエイプリルフールの嘘だとしても本気にして、世界の終わりのような絶望的な顔をすること受け合いだ。
「あらあら、あなたの妹さんを取ったりしないわよ」
ミーナの方はクスクスと笑い返す。少し前までは優人のシスコンぶりに呆れていた彼女だが、最近ではそんな優人を可愛く思えてきている。
「ところで優人、それは何だ?」
坂本が優人の膝の上に置かれている風呂敷包みについて訊いてきた。
「ああ、これは赤坂長官からの頂き物だ。甘い物が苦手だから引き取ってくれ……ってね」
「まさか、赤坂長官はそんなお前呼び出したのか?」
「まぁな」
呆れた様子の坂本に優人は曖昧な返事を返すと菓子の箱に目を向ける。
(誕生日か……)
何故か複雑そうな表情を浮かべる優人。すると眠っていた芳佳が目を覚ました。
「ふぁ~……おはよう、お兄ちゃん」
口に手を当て、欠伸を噛み殺しながら身体を伸ばす芳佳。優人に挨拶しながら、眠たい目をゴシゴシと擦っている。
「早くないけど、おはよう。中佐と少佐にも挨拶しなさい」
「うん……えっ?」
起きたてで、ぽけーっとしている芳佳。まだ頭の覚醒が完全ではないため、優人の言ったことを理解するのに数秒かかった。
「ご、ごめんなさい!私居眠りしちゃったみたいで!」
バッと二人の方へ振り返り、勢い良く頭を下げて謝罪する芳佳。居眠りにしてずいぶんとグッスリだったが、誰もそのことを指摘しなかった。
「いや、こちらこそすまなかったな。せっかくだから、ロンドンの街でも見せてやろうと思ったのに……」
申し訳なさそうな顔をする坂本。四人は時間があればロンドンの街に出掛けるつもりでいたが、残念ながら予算会議で時間を潰してしまい、それは叶わなかった。
「いえ、そんな」
本音を言えば、以前雨で潰れた休日の分まで優人とショッピングがしたかった芳佳。しかし、こればかりはどうしようもないと自分に言い聞かせる。
「就寝時に眠れなくなるから、お昼寝はほどほどにね」
「はーい」
ミーナのやんわりとした注意に返事をすると、芳佳の耳に声が聞こえてきた。
『~♪』
それは歌声だった。気になった芳佳は優人に訊ねた。
「何か聞こえない?」
「ん?ああ、これはサーニャの唄だよ」
「基地に近づいたな」
「私達を迎えに来てくれたのよ」
優人の説明に坂本とミーナが補足する。それを聞いて芳佳はJu52と並行して飛んでいるサーニャに向かって手を振った。
「ありがとう!」
芳佳の姿をチラリと見たサーニャは頬を染め、Ju52から離れ雲の中に入ってしまった。恥ずかしくなったらしい。
「サーニャちゃんって、なんか照れ屋さんですよね」
芳佳はミーナの方を振り返りながら言う。サーニャはとても大人しい性格で人付き合いが苦手。異性に対してはそれが特に顕著で、優人も慣れて貰うのに時間が掛かった。
「うふふ、とってもいい子よ。唄も上手でしょ?……あら?」
とミーナが微笑むと、同時にサーニャの歌が止まった。索敵能力のあるサーニャの魔導針が何かを捉えていたのだ。
「どうしたサーニャ?」
坂本が訊ねると、サーニャは呟くようた小さな声で答えた。
『誰か、こっちを見ています』
「誰か?」
怪訝そうに呟く優人。
「報告は明瞭に、あと大きな声でな」
「すみません。シリウスの方角に所属不明の飛行体、接近しています」
坂本の注意を受けて、サーニャは報告し直す。今度は幾分はっきり聞こえた。
「ネウロイかしら?」
とミーナ。彼女の表情は部隊を指揮する時の真剣なものへと変わっている。
『はい、間違いないと思います。通常の航空機の速度ではありません』
「私には見えないが?」
そう言う坂本は魔眼で目標を見ようと眼帯を上げている。
『雲の中です。目標を肉眼で確認できません』
「そういうことか……」
サーニャの説明を聞いて、納得する坂本。彼女の魔眼は厚い雲や建造物等を透視することはできない。
「ど、どうすればいいんですか?」
「どうしようもないな」
慌てる素振りも見せずに平然と答える坂本。
「そんなぁ!お兄ちゃん!どうしよう!?」
「まずは落ち着こうか」
優人は自分にすがり付く妹に落ち着かせようとする。
「悔しいけど、ストライカーが無いから仕方がないわ」
慌てる芳佳とは違い、優人ら三人は落ち着いている。これが新人といくつもの激戦を潜り抜けたベテランの差なのだろう。
「あっ!まさか、それを狙って!?」
「ネウロイがそんな回りくどいことなどしないさ」
坂本は軽く微笑みながらミーナの推測をやんわり否定する。ネウロイが人類の隙を突くような作戦行動を行った前例は無い、そもそもネウロイには思考能力がないというのが定説だ。芳佳はミーナの話を聞いてますます不安になったのか、オタオタしながら三人の顔を交互に見る。
『目標は依然、高速で近づいています。接触まで約3分』
サーニャからさらなる報告が入り、優人は窓から外の様子を伺う。静か雲海が広がるばかりでネウロイの姿を確認出来ないが、遠くの雲がうごめているようにも見えた。
「サーニャさん!援護が来るまで時間を稼げればいいわ。交戦は出来るだけ避けて」
『はい』
サーニャはミーナの指示に答えると、慣れた手つきでフリーガーハマーのセーフティを外した。
『目標を引き離します』
「無理しないでね」
サーニャを気遣うミーナ。サーニャは芳佳達を戦闘に巻き込まないよう、Ju52から距離を取る。
「よく見ておけよ」
「は、はい」
坂本に言われ、芳佳は窓に張りつきながら上昇していくサーニャを目で追う。
「サーニャちゃんにはネウロイが何処にいるのか、分かるんですか?」
「ああ、あいつには地平線の向こう側にあるものだって見えているはずだ」
「へぇ~」
芳佳のは不思議そうに声を吐く。
「それでいつも夜間の哨戒任務に就いてもらっているのよ」
「お前の治癒魔法みたいなもんさ。さっき歌を聞いただろ?あれもその魔法の一つだ」
「歌声でこの輸送機を誘導していたのよ」
ミーナと坂本が芳佳に説明している間に、サーニャが魔導針でネウロイを捉えた。敵を認めたサーニャは普段の引っ込み思案な彼女からは想像できないほど凛々しい表情を浮かべる。
サーニャは接近中のネウロイにフリーガーハマーを向け、ロケット弾を二発撃ち込む。ロケット弾が炸裂してできた光球が雲に大穴を開ける。
「やっぱり、すごい威力だな」
フリーガーハマーの破壊力に感嘆の声を漏らす優人。見とれているうちにサーニャがもう一発撃ち込む。
「反撃して……こない?」
違和感を感じながらもフリーガーハマーを撃ち続けるサーニャ。しかし、ネウロイは反撃するどころか何の反応も示さない。
「すごい……」
「さすがだな」
「ええ、見えない敵相手によくやっているわ」
芳佳、優人、ミーナが感嘆の声を漏らす。
「私にはネウロイなんて、全然……」
芳佳は光球で明るく照らされている雲の海を見ながら言う。
「サーニャの言うことに間違いはない」
と坂本。彼女はサーニャの索敵能力を信頼しているらしい。
「サーニャ、もういい。戻ってくれ」
坂本はフリーガーハマーの残弾数を鑑みて、サーニャに戻るよう伝える。
「でも、まだ……」
サーニャは肩で息をしながら答える。彼女はまだネウロイを撃破していない。
「ありがとう。ひとりでよく守ってくれたわ」
「…………」
ミーナの言葉を聞き、サーニャはおとなしく戦闘を終了する。輸送機の四人とサーニャはネウロイ出現の報を受け、出撃した501のウィッチ達と合流。基地に帰投した。
◇ ◇ ◇
雨天に出撃した501のメンバーは冷えた身体を温めるためにシャワーを浴び、それからミーティングルームに集合することとなった。
501基地のミーティングルームは元々客間だった部屋で天井は高く、調度品やソファー、グランドピアノが置かれている。それ故に戦闘で疲れた身体を休めるのに適した空間となっている。
すでに室内にはシャワーを終えて、部屋着や寝間着に着替えた一同が集まっていた。部屋に置かれた椅子には身体が温まって眠くなったらしいルッキーニが猫のように丸くなって寝息を立てている。
「それじゃあ、今回のネウロイはサーニャ以外誰も見ていないのか?」
シャワーを終えたバルクホルンが髪を拭きながらミーティングルームに姿を見せる。
「ずっと雲に隠れて出てこなかったからな」
と坂本がバルクホルンの質問に答える。
「でもサーニャが見たんなら確かだろ?ったく近頃の予報はどうなってるんだか……」
優人がアテにならなくなりつつある解析チームの予報に不平を漏らす。芳佳が入隊する以前は一週間に一度と定期的だったネウロイの襲撃も最近では5日置きと間隔が小さくなっている。
「けど、何も反撃してこなかったって言うけど、そんな事あるのかな?それ本当にネウロイだったのか?」
「…………」
ソファーのひじ掛けに寄りかかりながら疑問を口にするハルトマン。彼女の言葉を聞き、表情を曇らせるサーニャ。別にサーニャを疑っている訳ではないのだが、思ったことをすぐ口に出してしまうのがエーリカ・ハルトマンというウィッチである。
「恥ずかしがり屋のネウロイ!」
場を和まそうと慣れない冗談を言うリーネ。ミーティングルームを沈黙が支配する。
「なんてことないですよね……ごめんなさい」
ネウロイではなく自分が恥ずかしくなってしまい、身を縮ませるリーネ。
「だとしたら、ちょうど似た者同士。気でも合ったんじゃなくて?」
紅茶のカップを手にしたペリーヌが、サーニャを横目に辛辣な言葉を吐く。さらに肩を落とすサーニャ、その隣ではムッとなったエイラがべ~っと舌を出す。
「ネウロイとは何か。それが明確になっていない以上、この先どんなネウロイが現れても不思議ではないわ」
ミーナがカップを回しながら言う。自分の考えを述べながらハルトマンやペリーヌの言葉で落ち込んでいるサーニャをフォローしている。この細かい気遣いが彼女がウィッチ達から信頼される理由のひとつだろう。
「確かに、少し前までネウロイがビームを撃つなんて誰も予想出来なかったしな」
ミーナに同調する優人。彼や坂本が初陣を飾った扶桑海事変。その頃のネウロイは小型や中型が殆どで人類側の航空機と同じく実弾を使った機銃や爆撃が主戦法だった。今のように大型が出現したり、ビームを撃ってくるなど誰も思わなかった。
「仕損じたネウロイが連続して出現する確率は極めて高い……」
「そうね」
自身の経験を元に語るバルクホルンにミーナが頷く。
「そこでしばらくは夜間戦闘を想定したシフトを敷こうと思うの。サーニャさん!」
「はい」
「優人」
「ん……」
「芳佳さん!」
「は、はい!」
ミーナに指名された三人が順に返事をする。芳佳は呼ばれるとは思っていなかったのか、声が少しだけ裏返る。
「当面の間、貴方達三人を夜間専従班に任命します」
「えっ!?私もですか!?」
サーニャや優人ならいざ知らず、自分までもが選ばれた理由が分からず芳佳は当惑する。
「今回の戦闘の経験者だからな」
当然のように言う坂本。
「私はただ見ていただけで……」
芳佳が自信がないことを伝えようとすると優人が声を掛けてきた。
「まぁまぁ、夜間飛行の経験を積めるチャンスなんだし」
「で、でも……ぎゃっ!」
素っ頓狂な声を上げる芳佳。背後にいたエイラが身を乗り出し、芳佳の頭の上に手を置いてのしかかってきたのだ。
「はいはいはいはい!私もやる!」
手を上げて、自主的に夜間専従班に志願するエイラ。彼女に潰されている芳佳をリーネが心配そうに見ている。
「いいわ。じゃあ、エイラさんを含めて四人ね」
あっさりとエイラの主張を受け入れるミーナ。こうして夜間専従班は優人、芳佳、サーニャ、エイラの四人となった。
「ネウロイの襲撃が不安定なのに夜間哨戒に四人も割けるのか?」
優人が不安を吐露すると、すかさず坂本が提案してきた。
「ならばローテーションにしよう。まずは優人、次はエイラでどうだ?」
「じゃあ、そうしましょうか」
「そう言うことなら俺も異存はないよ」
ミーナと優人が坂本の提案に賛成する。
「ごめんなさい。私がネウロイを取り逃がしたから……」
しょんぼりとしたサーニャがか細い声で言う。
「ううん。そんなこと言ったんじゃないから」
「誰もお前のせいなんて思ってない。そんなに落ち込むな」
芳佳と優人が励ますが、サーニャの表情は曇ったままだった。この日、サーニャがこれ以上口を開くことはなかった。