ストライクウィッチーズ 扶桑の兄妹 改訂版   作:u-ya

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長くなってしまいました。


第19話「過去の記憶」

1930年、大きな港で栄える扶桑皇国の横須賀。三浦半島を挟んだ入り江には学校があり、その裏山にはこの土地で代々続く診療所が建っている。造りは純和風で、『よろづ疾患 宮藤診療所』と書かれた看板以外はさほど特徴もない。

 

「この子が?」

 

「ああ。今朝、横須賀港の前にいたんだ」

 

診療所内では二人の男性が丸椅子に座った4、5歳くらいの少年を挟むようにして立っている。

一人は宮藤一郎。この診療所の一人娘である宮藤清佳、旧姓秋元清佳と結婚した男性で四年ほど前に竹田商会という重工メーカーに入社した若手設計者だ。

もう一人は赤坂伊知郎。扶桑皇国海軍横須賀鎮守府に勤務する中佐で、一郎にとっては同郷の先輩であり、歳の離れた友人でもある。

 

「三人とも」

 

奥の居間から清佳が顔を出した。

 

「そこじゃなんですから、こちらへお上がりください」

 

「あ、すみません。ほら坊や行くぞ」

 

赤坂は恐縮すると、少年の手取って居間に上がった。部屋には清佳だけでなく彼女の母親、芳子もいた。卓袱台には茶の淹れられた湯呑みとオレンジジュースの注がれたコップが置かれていた。

 

「僕にはオレンジジュースを用意したんだけど、大丈夫?嫌いじゃない?」

 

「えっ?あっ、はい。ありがとうございます」

 

自分に優しく微笑み清佳に対して、少年は戸惑ったような顔をしながらも礼を言い、コップのジュースを口に含む。

 

「あ、美味しい」

 

オレンジの甘酸っぱさが口一杯に広がり、少年の口許が緩む。家に来てからずっと無表情だった少年に笑顔が見られ、清佳はどこかホッとする。

 

「えーっと?名前は何て言うのかな?」

 

一郎が少年に訊ねる。すると少年は両手で頭を抱えて表情を曇らせた。

 

「……わからない」

 

「えっ?」

 

「何も思い出せない……」

 

少年は頭から手を離すと一郎へ向かって身を乗り出した。

 

「僕は誰なの?なんでここにいるの?誰か教えて!」

 

半狂乱になる少年。彼は今朝、横須賀軍港の門前に一人で立っていたところを赤坂によって保護されていた。

少年は記憶を喪っているらしく自分が誰なのか、何処から来たのか、誰と一緒にいたのかまったくわかっていないようだった。

 

「母さん、どう?」

 

しばらくして少年が落ち着くと、芳子による彼の診察が始まった。

 

「どうもこうも、こんな症状は私も初めてだよ」

 

清佳に訊かれ、少年を診ていた芳子は困ったような表情でそう言った。

 

「ちょっとでも思い出せることはないかい?お家の手掛かりになりそうな……」

 

「…………」

 

芳子は少年を不安がらせないように笑顔で優しく問い掛けた。少年は何か思い出そうと思考を巡らせ始める。芳子達四人は彼が答えるのをじっと待つ。

 

「……ユ、……ユ……」

 

「ユ?」

 

「……ごめんなさい、わかりません」

 

無理に思い出そうとして頭痛がしたのか、少年は苦悶に表情を歪めると両手で頭を抑える。

 

「無理に思い出そうとしなくていいのよ?辛いことさせてごめんなさい」

 

手を少年の肩に置きながら励ます清佳。少年の反応を見て芳子は「う~ん」と唸る。

 

「以前、知り合いの医者に聞いたけど。こういうことは何か強いショックを受けて起こるものらしい」

 

「強いショック……ですか?」

 

一郎が芳子の言葉を繰り返す。芳子は「うん」と頷き、説明を付け足す。

 

「思い出したくないような、ひどい体験をしたとか」

 

「そんな!」

 

思わず声を上げる清佳。こんな小さな子どもが記憶を失うほどのつらい体験をしたかもしれない。

俯かせている少年の顔を横から見てみると、その目には不安や恐怖の入り混じった感情が色濃く映っている。

 

「何か治す方法は?治癒魔法を使ってみては?」

 

と赤坂。彼は従軍時代に多くの将兵を救った芳子の魔法力と治癒魔法をあてにしていた。

 

「それは難しいことです」

 

芳子は渋面を作って答える。

 

「治癒魔法は怪我や病気等の身体的な物に作用するものです。こういった精神的なものには……」

 

「効果がないと?」

 

「ええ。記憶が自然に戻るのを待つしか」

 

「う~む」

 

赤坂はどうしたものか、と険しい表情を作る。ここへ来る前に扶桑海軍の軍医にも診せたが、芳子と同じ意見だった。宮藤家の治癒魔法でも無理となると完全にお手上げ、記憶が戻るのを持つにしてもいつになるのか。

 

「あの赤坂さん」

 

少年を心配そうに見ていた清佳が赤坂に視線を移す。

 

「この子、どうなるんでしょうか?」

 

「軍の方で引き取り手を探そうと思っていますが……」

 

歯切れの悪い物言いの赤坂。次に清佳は一郎へ目を向けた。

 

「アナタ」

 

「……わかった」

 

妻の意を察した一郎は頷くと少年の方へ向き直った。

 

「ねぇ君、しばらくウチにいないかい?」

 

一郎の言葉に反応して、少年はゆっくりと顔を上げた。

 

「丁度部屋も一人分空いてるし、僕は留守にすることが多いから代わりに二人の手伝いをしてくれると助かるんだけどな」

 

「え?」

 

少年は目を丸くする。一郎からの突然の申し出に理解が追い付いていない。

 

「お、おい!引き取るつもりか?この前、子どもが産まれたばかりだろう?」

 

赤坂の声色が変わる。宮藤夫妻には半年前に産まれた女の子がいる。それなのに一郎と清佳はもう一人子どもを、しかも身元の分からない得体の知れない少年を引き取ろうというのだ。

 

「大丈夫ですよ、赤坂さん」

 

自分達を気遣う赤坂を一郎が宥める。

 

「でも……僕、何もわかりません。お手伝いなんて……」

 

「心配だよ、坊や」

 

今度は芳子が語りかける。

 

「私達が教えるから、やっていくうちに覚えるよ」

 

「で、でも……素性のわからない僕がここにいて、もし後で迷惑が掛かったら……」

 

「おや?歳のわりに随分しっかりしてるんだね?」

 

出来すぎた性格の少年に芳子は半分感心し、半分呆れる。

 

「そんな心配しなくていいのよ?あなたは何も知らないんだから」

 

そう言って清佳は少年を抱き締め、頭を優しく撫でる。

 

「もしあなたを知っている人が来て悪いことをするなら、私達が守ってあげるから」

 

抱き締める腕に力が込められる。少年は清佳から感じる温もりや鼓動に安心したような、嬉しいような、はたまたむず痒いような不思議な気持ちになり、戸惑いつつもそれに応えるように清佳の胸に顔を埋めた。そんな少年を愛らしく思い、清佳は慈愛に満ちた表情で微笑んだ。

 

「あ、あの!」

 

少年はしばらくして清佳から離れると宮藤家の人間の顔を順に見つめ、頭を下げた。

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

「本人も異存は無いようですし。赤坂さん、僕らに任せて頂けませんか?」

 

少年の意思を確認した一郎は赤坂に許可を求めた。

 

「まぁ、宮藤家の皆さんが良いなら私から言うことは何もないよ」

 

と赤坂。難色を示していた彼だったが、宮藤家の人々の人情味とそれに触れた少年の表情が日に照らされたように明るく変わったのを見て、態度を軟化させる。赤坂もなんだかんだで少年のことを気に掛けているのだ。

 

「決まりだね!じゃあ、さっそく名前を決めようか?」

 

「名前?」

 

清佳が芳子の方へ振り返る。

 

「名前がないと呼ぶのに困るんじゃないのかい?」

 

「確かに、何が良いかしら?」

 

母の意見に同意すると清佳は頬に手を当て、眉間に皺を寄せながら考え始める。そこへ一郎が「そう言えば」と割って入る。

 

「彼は『ユ』がつく何かに引っ掛かってたみたいですね?」

 

「自分の名前か、大切な何かの名前に『ユ』が入っているのかもしれないな」

 

赤坂も加わる。彼の話を聞いて清佳の表情が弛んだ。少年の名前を思い付いたらしい。

 

「じゃあ、優人っていうのはどう?」

 

「ゆうと?」

 

少年がぽかん、とした顔で繰り返す。

 

「そう優人!優しい人って書いて優人、今日からあなたは優人よ」

 

「優人……優しい人、僕が?」

 

「ええ、あなたはとても優しそうな目をしてるもの」

 

そう言って笑いかけながら清佳は少年、いや優人の手を握る。すると、狙いすましたかのように隣の部屋から赤ん坊の泣き声が響いてきた。

 

「あら?大変。ちょっと失礼します」

 

清佳は赤坂に一礼すると、我が子のもとへ急いだ。

 

「赤ちゃん、いるんですか?」

 

「そうだよ。半年くらい前に生まれたんだ」

 

一郎は優人に向かって身体を傾けると次に隣の部屋へと続く襖に目をやる。それと同時に襖が開かれ、赤ん坊を抱いた清佳が居間に戻ってきた。

 

「うるさくしちゃって、ごめんなさい」

 

清佳は申し訳なさそうに頭を下げる。赤ん坊はすでに泣き止んでいる。

 

「ほら、芳佳。お兄ちゃんにこんにちわって……」

 

清佳はそう言って座ると優人の顔が見える位置まで赤ん坊、芳佳を下げる。優人と目を合わせた芳佳は初対面の彼にキョトン、とした顔を向けるもすぐに笑顔になった。眩しすぎる笑顔に優人の頬がほんのり赤く染まる。

 

(可愛い……)

 

優人と芳佳は出会ってすぐに互いのことが気に入った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

1944年8月17日、ブリタニアの501基地。

 

「うぅん……」

 

目を覚ました優人はまだ眠たい目を擦り、自室のベッドから身体を起こした。

 

「……夢か」

 

幼い日の芳佳との夢といい、最近はやたらと過去の記憶を夢で見る。昔の夢を見て目を覚ますなんて老人のようだ、と思い優人は笑みを零した。

 

「さてと……今日は久々の夜間飛行だな」

 

頭が覚醒すると共に本日の予定を思い出した優人は両頬をパンパンと叩いて気合いを入れる。夜に飛ぶのは随分久しぶり。昼と夜では勝手が違う空において、芳佳に情けない姿を見せたり、ナイトウィッチのサーニャの足を引っ張らないようにしなくては、と表情を引き締める。

 

「あっ……」

 

寝間着から制服に着替えようとベッドから降りると、壁に掛かっている時計が目につき、優人は声を漏らす。朝食の時間がとっくに過ぎていた。

 

「大遅刻だ」

 

優人は青ざめると、大急ぎで収納から制服を取り出した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

優人起床の数分後。

 

「悪い!遅れた!」

 

そう言って食堂に駆け込んだ優人。慌てて身嗜みを整えたため、髪に寝癖が残っていた。

そんな彼を最初に迎えたのはリーネだった。

 

「おはようございます優人さん。ちょっと冷めちゃってますけど、どうぞ」

 

そう言ってリーネは厨房のカウンターから、朝食を乗せたトレイを手渡した。

今朝のメニューはトースト、サラダ、そしてベーコンエッグ。このベーコンエッグはブリタニア式の朝食には欠かせない料理。ブリタニア空軍ではパイロットが出撃する際の特別食として振る舞われている。

 

「遅刻だぞ、優人」

 

と、厳しい視線を向けるバルクホルン。続いてミーナがいつもの穏やかな表情で優人に声を掛けた。

 

「ごめんなさい、先に食事済ませちゃったわ」

 

「いやいや、寝坊した俺が悪いんだし」

 

ミーナにそう返すと、優人はテーブルへ移動して芳佳の隣に座った。

 

「お兄ちゃんが寝坊なんて、珍しいね」

 

「ああ、昨日遅くまで本読んでたから」

 

優人は照れ臭そうに頭を掻くとトーストをかじった。宮藤兄妹は早起きすることが多い。芳佳は坂本と朝練、もしくは朝食当番。優人は朝の読書かストライカーの整備。バルクホルンが手伝ってくれる以前は前日残した書類の片付けも日課だった。

芳佳は入隊当初から寝坊することがたまにあったが、優人は今回が始めてだ。他のウィッチ達も意外そうな顔で優人を見ている。

 

「あら、ブルーベリー?でもどうしてこんなに?」

 

紅茶のお代わりを淹れるため、優人と入れ替わりに厨房へ向かったペリーヌがどっさりとブルーベリーの盛られたザルを見つける。

 

「私の実家から送られてきたんです。ブルーベリーは目にいいんですよ」

 

とエプロン姿のリーネが微笑む。彼女の父親は裕福な大商人、娘のいる501へ送られてきたブルーベリーなも半端ではない。今、その極々一部が朝食後のデザートとして出されている。

 

「いっただき~!」

 

食欲旺盛なハルトマン。ブルーベリーの器を手に取ると勢い良く掻き込んだ。

 

「まぁ、きれい」

 

ハルトマンに続いてブルーベリーの器を取ったミーナが感嘆の声を漏らす。リーネが洗ったばかりで細かな水滴のついたブルーベリーに窓から射し込む日の光が反射して宝石のようにキラキラと輝いている。

 

「そう言えば、ブリタニアでは夜間飛行のパイロットがよく食べるという話を聞くな……」

 

「へ~、そんな効果が……」

 

バルクホルンと優人も興味深そうにブルーベリーを見る。優人の口からはパン屑が落ちているため、お行儀が悪い。

 

「芳佳!シャーリー!ベ~して、べ~!」

 

ブルーベリーを食べ終えてしまったルッキーニ。食事中の芳佳とシャーリーのところに、ひょこっと顔を出すと二人に舌を出すようせがむ。

 

「こう?」

 

「んべ」

 

芳佳とシャーリーは言われた通りに舌を出す、ルッキーニも自分の舌を出して二人に見せた。三人の舌はブルーベリーによって紫色に染まっている。

 

「「「きゃはははははは!!」」」

 

三人はお互いの舌を見て笑い合う。ナプキンで上品に口元を拭いていたペリーヌがその様子を呆れ顔で見ていた。

 

「まったくありがちなことを……」

 

「お前はどうなんダ?」

 

後ろからそろりと近づいたエイラが指を突っ込み、ペリーヌの口を開かせる。すると、紫色に変わった歯が見えた。そして――

 

「ん?」

 

タイミング悪く、ペリーヌの前を坂本が通りかかった。

 

「……何事もほどほどにな」

 

ペリーヌの歯を見て、そう言いながら立ち去って行く坂本。敬愛する上官に醜態をさらしてしまったペリーヌは半泣きになりながらエイラに詰め寄っていく。

 

「な、なんてことなさいまして!エイラさん!!」

 

「ナンテコトナイって」

 

笑みを浮かべながら早歩きで逃げていくエイラ。昨夜、ペリーヌがサーニャに嫌味を言ったことを根に持っていたエイラはこの場で仕返しをしたのだった。

 

「……おいしい」

 

無表情のまま、パクパクとブルーベリーを食べるサーニャ。彼女はブルーベリーが気に入った様だ。

 

「皆、朝から元気だな……」

 

優人は賑やか食堂の風景を微笑ましそうに見ると、自身もブルーベリーの器に手を伸ばす。

 

「あれ?」

 

器を見て目を丸くする優人。リーネから渡された時にはブルーベリーが入ってはずだが、いつの間にか空になっていた。顔を上げてみると、不自然に頬袋の膨らんだハルトマンが目に映った。

 

「……ハルトマン」

 

「優人のブルーベリーなんて知らないよ」

 

「まだ何も言っていないんだが?」

 

ハルトマンに盗み食いをされたことは明らかだが、追及しようとしても煙に巻かれてしまいそうなことやブルーベリーがまだ残っているであろうことを考え、冷ややかな目で見るだけに留めた。

 

「さて、朝食が済んだところで……」

 

朝食を食べ終えたところで、坂本が夜間専従班の四人に声を掛けてきた。

 

「お前たちは夜に備えて寝ろ!!」

 

「…………え?」

 

芳佳は朝食を食べ終えた直後に寝ろと言われたため、自分の耳を疑った。

 

「あの坂本さん。私達、朝ごはん食べたばかりなんですけど……!」

 

「お前たちには、しばらく夜間中心の生活をしてもらう」

 

「しばらく、って?」

 

キョトンとした顔で訊き返す芳佳、坂本は簡潔に答えた。

 

「ネウロイを倒すまでだ!」

 

「ナァ、少佐」

 

ここでエイラが手を上げる。

 

「なんだ?エイラ」

 

「本当に兄藤まで夜間飛行に参加させるのカヨ?」

 

「あ、兄藤?」

 

妙なアダ名をつけられた優人は顔をひきつらせる。宮藤兄妹を区別するために優人の方をアダ名で呼ぶことにしたようだが、それならば名前で呼んだ方が早い気もする。

 

「不服なのか?」

 

と眉を潜める坂本。

 

「いや、不服っていうかサ……」

 

優人に対し、懐疑的な目を向けるエイラ。優人の実力を疑っているというよりは彼を警戒しているようにも見える。

坂本は自分と並んで航空歩兵としてのキャリアが501で一番長い優人の何が不満なのか理解できなかった。

 

「心配ないわ」

 

エイラが歯切れの悪くしているとミーナが口を挟んできた。

 

「優人は夜間戦闘も優秀よ。サーニャさんが来る前はダンフォード軍曹と夜間哨戒に出ていたもの」

 

ダンフォード軍曹とは501の初期メンバーの一人であるブリタニア空軍のナイトウィッチ、ペトラ・ダンフォード軍曹だ。優人は彼女とロッテ組んで夜間哨戒に出ていた。

やがてダンフォード軍曹がブリタニア側の判断で転属になると、優人はオラーシャ軍からサーニャが送られるまでのナイトウィッチ不在期間に夜間哨戒を行っていた。

 

「まぁ……ミーナ隊長がそう言うなら……」

 

渋々ながらも了承するエイラ。

 

「ほら、わかったら夜間哨戒に支障が出ないように早く寝ろ!」

 

坂本に促され、夜間専従班の四人は食堂から部屋に向かった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

自室で眠っている優人を除いた芳佳、サーニャ、エイラの三人は臨時夜間専従班詰め所となっているサーニャの部屋にいた。起きたばかりですぐには眠れないのか、三人はベッドで足を伸ばしてくつろいでいる。

部屋はカーテンと札状の紙によって光を遮られ、真っ暗に暗くなっている。部屋の壁にはカレンダーが掛けられており、18日に丸印がつけられていた。

 

「さっき起きたばっかりなのに……何も部屋の中まで真っ暗にすることないよね」

 

「暗いのに慣れろって事ダロ?」

 

愚痴をこぼす芳佳に対し、足を動かしながら横になっているエイラが理由を説明する。隣ではサーニャがお気に入りのネコペンギンのぬいぐるみを抱いて横になっている。

 

「ごめんね、サーニャちゃんの部屋なのにこんなにしちゃって……」

 

声を掛けられ、サーニャは芳佳に向けて顔を上げる。

 

「別に……いつもと変わらないけど……」

 

「そうなんだ……でも、なんかこれ御札みたい」

 

光を遮るため、カーテンに貼ってある紙のを一枚を手に取りながら芳佳は呟く。札状の紙には魔法陣が描かれており、西洋風の御札に見えなくもない。

 

「オフダ?」

 

芳佳の言葉に反応して、エイラが身体を起こす。

 

「お化けとか、幽霊とかが入って来ませんようにっておまじない」

 

「私、よく幽霊と間違われる……」

 

仰向けの体勢で天井を見上げていたサーニャが言う。

 

「へ~、夜飛んでるとありそうだよねぇ」

 

「ううん、飛んでなくても言われる…いるのかいないのかわからないって」

 

「あはは……」

 

サーニャの言葉に芳佳は苦笑いを浮かべる。

 

「ツンツンメガネの言う事なんか気にすんナ。暇だったらタロットでもやろう?」

 

「タロット?」

 

タロットを提案したエイラの方を芳佳が見る。

 

「占いダヨ、私は未来予知の魔法が使えるンダ。ま、ほんのちょっとの先だけどナ」

 

そう言って、エイラがベッドの上にタロットカードを並べる。芳佳はその中の一枚をが引いた。

 

「どれどれ……」

 

エイラは芳佳の引いたカードを覗き込む。カードの絵の中央には翼を持つ天使のような女性が、左右にはルッキーニやハルトマンに良く似た少女がそれぞれ描かれている。

 

「ふーん、よかったナ。素敵な恋人ができるって」

 

「えっ、そうなの!?」

 

それを聞いてパアッと芳佳が笑顔になる。

 

「誰か好きなやつとかいないのカ?」

 

「好きな人……う~ん」

 

エイラに聞かれ、芳佳は考え込む。すぐにある人物の顔が出てきたが、直後に芳佳は真っ赤になる。

 

「いるけど、その人じゃないと思う……」

 

「なんで?」

 

「だって、その人は……」

 

そこまで言うと芳佳は言葉を止め寝っ転がる。そして、部屋から持ってきた枕に顔を埋めて足をバタバタ動かし始めた。

 

(なんで私はこんなにドキドキしてるの~!?)

 

「なんダ?」

 

「宮藤さん?」

 

そんな芳佳の見て、エイラとサーニャは不思議そうに首を傾げた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

夕方になり、ルッキーニが廊下から夜間専従班詰め所と優人の部屋に向かって叫ぶ。

 

「夕方だぞ~!おっきろ~!」

 

「ん……」

 

ルッキーニの元気な声で目を覚ました優人はすぐさま時計を確認する。寝坊した今朝とは違い、時計の針は夜間専従班の起床予定時刻を差していた。

 

「大丈夫だな、ふぁ~よく寝た」

 

優人は両手を上げて背伸びをする。今朝、坂本から寝ろと言われた際は起きたばかりで眠れるか心配した彼だったが、ベッドで横たえているうちにいつの間にか寝入っていた。質の良い眠りが出来たのか、身体がいつより軽い気がした。

 

「スー……スー……」

 

「ん?」

 

自分しかいないはずの部屋で誰かの寝息が聞こえる、しかも優人のすぐ隣からだ。目をやると、そこには――

 

「な、なあああああああぁ!?痛っ!!」

 

驚いた優人は叫び声を上げながらベッドから転げ落ちる。頭と背中と腰を強く打ち、痛みで涙目になる。

 

「ふあぁ……うるさいなぁ……」

 

優人と一緒のベッドで眠っていた人物が彼の叫び声で目を覚ます。

 

「何してるんだよ!?ハルトマン!!」

 

その人物はエーリカ・ハルトマン。彼女は優人が寝ている間に部屋へ忍び込み、彼のベッドに潜り込んでいたらしい。

 

「何って……寝てたんだよ?」

 

見てわからない?とでも言いたげな表情で答えるハルトマン。目はまだ眠たそうな半目だ。

 

「それくらいわかるわ!!俺が聞きたいのは、何で俺の部屋の俺のベッドで俺と一緒に寝ていたのかということだよ!!」

 

「いや、だって部屋で昼寝したらトゥルーデに叩き起こされるし……どこか別の場所で寝ようと……」

 

どうやら彼女はバルクホルンの目から逃れるために優人の部屋に侵入してきたようだ。

ちなみにハルトマンは夜間専従班ではない。ただ昼寝がしたいだけである。

 

「それでなんで俺の部屋に来るんだ!」

 

「親しい相手とはいえ、男部屋で女が寝ているとは誰も思わないでしょ?灯台下暗し……ってやつだよ」

 

ハルトマンはそう言ってベッドの上に立つと、手を腰に当てながら得意気に胸を張る。

 

「お、おい!お前なんて格好してるんだよ!?」

 

「えっ?」

 

優人に指摘され、ハルトマンは顔を下へ向ける。今、彼女は上はタンクトップのみ、下はノーズボン、つまりは半分裸の状態だ。

 

「あっ、なんかスースーすると思ったら」

 

「あほか!!って早く服を着ろ!ズボンを履け!!」

 

平然と言うハルトマンを怒鳴りつけると優人は室内を見回した。ハルトマンの服は部屋のどこにも見当たらない。彼女はこんな無防備な格好で宿舎内を彷徨いた上で男の部屋に浸入し、男が眠っているベッドに潜り込んだというのか。

 

「あっれ~?」

 

優人の反応を見たハルトマンがニヤニヤと笑みを浮かべた。

 

「優人ってば、もしかして私のセクシーボディに欲情しちゃっ……いでっ!!」

 

「するか!!」

 

調子に乗り出すハルトマンに対し、優人は拳骨を喰らわせる。その直後に、部屋のドアが開かれた。

 

「何を騒いでいるんだ優人!声が廊下ま――」

 

優人の怒鳴り声を聞きつけたバルクホルンが最悪のタイミングで部屋に入ってきてしまう。彼女は優人とハルトマンを見て、数秒固まった後にワナワナと震え出した。

 

「バ、バルクホルン?」

 

「これはどういうことだ?」

 

「いや、これは……」

 

バルクホルンは二人を睨みつけた。明らかに誤解をしている彼女に優人は事情を説明しようとする。

すると、二人の様子を見ていたハルトマンが悪戯っぽく笑った後に両手で顔を覆って泣き真似を始めた。

 

「酷いよ優人ぉ……」

 

「「えっ?」」

 

ハルトマンの言葉に優人とバルクホルンは揃って、気の抜けた声を漏らす。

 

「私、嫌だって……こんなのよくないっていったのに」

 

「は、ハルトマン?」

 

「部屋へ強引に連れ込んで、無理矢理……」

 

「はぁ!?何言い出すんだ!?」

 

泣きながら訴えるハルトマン。もちろん優人は何もしておらず、ハルトマンはさも被害者かのように演技をしているだけだ。しかし、それがあまりにリアルだったため、優人はやましいことがないにも関わらず焦り出してしまう。

 

「汚されたぁ……優人のケダモノォ……」

 

「ハルトマン!マジでやめてくれ!」

 

嗚咽混じりに次々と恐ろしい言葉を紡ぎ出すハルトマン。優人は必死に懇願するも時既に遅し、怒りを全身から醸し出したバルクホルンがいつの間にか目の前まで来ていた。

 

「優人……お前が仲間にそんな淫らな行いをするやつだっとは……」

 

生真面目な性格のバルクホルン。ハルトマンの悪戯を真に受けてしまった彼女は親の敵でも見るような目で優人を睨みながら手をコキコキ鳴らしている。魔法力を発動し、使い魔の耳と尻尾も出ている。

 

「見損なったぞ」

 

「ちょっ!話を……」

 

「問答無用!!」

 

聞く耳を持たないバルクホルンの剛拳が優人の顔にめり込んだ。




ハルトマンからの添い寝の代償はマジギレしたバルクホルンからの鉄拳制裁でした←
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