ストライクウィッチーズ 扶桑の兄妹 改訂版   作:u-ya

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前回の話で10の評価がつけられ、ランキングで25位になり、お気に入り登録者数がかなり増えた。

優人の公開処刑がウケたのかな?←


第21話「肝油と茶の湯」

1944年8月18日 早朝 501基地の食堂――

 

「これは?」

 

食堂のテーブルの上に置かれたお猪口を怪訝そうに覗き見るペリーヌ。お猪口には彼女にとって未知なる液体が注がれていた。

 

「肝油です、ヤツメウナギの。ビタミンたっぷりで目に良いんですよ~」

 

と芳佳。彼女は扶桑の漢字で『肝油』と書かれた紙が張ってある一斗缶を抱えている。

 

「スンスン……なんか生臭いぞ?」

 

肝油の臭いを嗅いだハルトマンが顔をひきつらせる。

 

「魚の脂だからな、栄養があるなら味など関係ない」

 

バルクホルンが澄ました顔で言い切る。昨晩、ミーナとひと悶着あった彼女だが、健気にも一晩で復活していた。

 

「お肌には良さそうだけど……」

 

不思議そうにお猪口を覗き込むミーナ。彼女もいつも通りに振る舞っている。

変に気を遣うとバルクホルンは余計に気にしてしまう。昨日の一件をなかったことにするのがミーナなりの優しさなのだ。

 

「これを飲んでまで、美肌が欲しいとは思わないな」

 

テーブルを挟んだ向かい側には神妙な顔をした優人が座っている。彼と坂本は過去に肝油を飲んだことがあるため、どんな味がするのかを知っている。

 

「おっほほほ!いかにも宮藤さんらしい野暮ったいチョイスですこと!おほほ!おほほほほ!」

 

ペリーヌが嫌味たっぷり込めて高笑いする。その姿はやけに活き活きとしていた。

 

「いや、持ってきたのは私だが……」

 

坂本が指摘する。ペリーヌに嫌味を言われたためか、唇が少しだけ尖っている。

 

「ありがたく!頂きますわ!」

 

ペリーヌは坂本の言葉に一瞬固まったかと思うと大慌てでお猪口を手に取る。そして、海老反りなりながら肝油を一気飲みするという貴族令嬢にあるまじき姿を見せた。

 

「うっ……」

 

肝油を飲み干したペリーヌは顔面蒼白になり、悶絶し始める。

 

「うぇ~何これ~!」

 

肝油を飲んでいたルッキーニが舌を出して不快感を露にする。今の彼女にブルーベリーやマリーゴールド時のように舌を出せとせがむ余裕はない。

 

「エンジンオイルにこんなのがあったな……」

 

「飲んだことあるのかよ」

 

エンジンオイルを想起するシャーリーに突っ込みを入れながら優人も肝油を一口あおった。

 

「……不味い」

 

優人も肝油の不味さに顔を歪ませる。一度経験したことで多少は耐性がついているのか、周りほど重症ではなさそうだ。

 

「ぺっぺっ!」

 

「…………」

 

飲んで直ぐに吐き出したエイラ。隣のサーニャも凍りついたかのように固まっている。

 

「私や優人も新米の頃に無理矢理飲まされて往生したもんだ」

 

頭を掻きながら笑う坂本。この肝油は過去に遣欧艦隊が補給物資として501基地に持ち込んだものの、使い道がなくて長い間坂本の部屋に死蔵されていた。放置されている間に劣化が進み、ただでさえ不味いものが余計に不味くなっていた。

 

「お気持ち……お察し致しますわ……」

 

ペリーヌが力なく呟いた。彼女はテーブルに手を着き、倒れないようにするのがやっとだった。

ちなみに肝油は夜盲症の症状緩和には役立つが、飲んで目が良くなるということはない。

 

「もう一杯♪」

 

誰もが辟易する中でただ一人、ミーナが笑顔でお代わりを要求する。彼女はシャーリーがエンジンオイルと形容するほど不味い肝油を気に入ってしまった。

隣ではハルトマンが信じられないものを見る目でミーナを見ている。普段、物怖じすることのない彼女もさすがに今のミーナにはドン引いている。

 

「まずい……」

 

味は関係ないと言っていたバルクホルンも肝油の不味さに撃沈していた。

 

「リーネ、口直ししたいから朝しょ……っていない?」

 

優人がカウンターから身を乗り出して厨房を見回してみるが、リーネの姿どころか朝食もなかった。

実はリーネは幼い頃風邪をひいた時に東洋の薬だと言われて飲んだ肝油がトラウマになっている。朝食の支度中肝油の存在にいち早く気付いた彼女は自分が食事当番だということに構わず自室へ逃走していた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

基地宿舎 サーニャの部屋兼臨時夜間専従班詰め所――

 

昨日と同じく芳佳、サーニャ、エイラがベッドに横になっている。

この日のブリタニアは抜けるような真夏の空が広がっていた。うだるような暑さが芳佳に高温多湿な扶桑の夏を嫌でも思い出させる。

 

「あ~……」

 

と軽い呻き声を出しながらお腹を抑える芳佳。気温が高くて寝苦しい上に朝食時の肝油のダメージも胃に残っているらしい。

 

「ねぇ、エイラさんとサーニャちゃんの故郷ってどこ?」

 

苦しみを少しでも紛らわそうと芳佳は二人に質問をする。

 

「私スオムス」

 

「オラーシャ……」

 

エイラとサーニャはぐったりとした様子で答える。二人も肝油と暑さに参っている。

 

「えっと、それってどこだっけ?」

 

小国から大国まで様々な国が存在する欧州。学業の成績が芳しくなく、山村育ちで世界事情に疎い芳佳は未だ欧州の地理を殆ど理解していない。

 

「スオムスはヨーロッパの北の方、オラーシャは東」

 

寝そべっていたエイラが顔を上げ、ざっくりとした説明をする。

 

「そっかぁ……えっ?ヨーロッパって、確かほとんどがネウロイに襲われたって……」

 

「うん、私のいた街もずっと前に陥落したの」

 

エイラと同じく横になったままのサーニャが説明する。

 

「じゃあ、家族の人達は?」

  

「みんな街を捨ててもっと東に避難したの。ウラルの山々を超えたもっと……ずっと向こうまで」

 

「そっかぁ、よかったぁ」

 

サーニャの話を聞いてホッとした様子の芳佳。

 

「何がいいンダヨ?話聞いてないのカ?オマエ」

 

エイラはベッドから起き上がり、呆れ顔で言う。

 

「だって、今は離ればなれでもいつかはまた皆と会えるって事でしょ?」

 

「あのな、オラーシャは広いんダゾ?ウラルの向こうったって扶桑の何十倍もあるンダ。人探しなんて簡単じゃないゾ」

 

エイラは両手を大きく広げ、オラーシャの領土が広大であることアピールをする。

 

「だいたいその間にはネウロイの巣だってあるンダ」

 

黒海周辺に出現したネウロイの侵攻によって、国土をウラル山脈東側のシベリア地域と中東地域に二分されてしまっているオラーシャ帝国。今大戦の最も過酷な戦線の一つであり、502と503の二つの統合戦闘航空団を抱えている。

 

「そっか、そうだよね。それでも私は羨ましいな」

 

父を亡くした芳佳にとって、会えなくとも父親のいるサーニャのことが羨ましい。今は優人が一緒にいるものの彼は兄、父親にはなれない。

 

「強情ダナ、オマエ」

 

呆れ顔になるエイラ。

 

「だって、サーニャちゃんは早く家族に会いたいって思ってるんでしょ?」

 

芳佳が訊くとサーニャが黙ったままコクンと頷いた。

 

「だったら、サーニャちゃんの家族だって……絶対早くサーニャちゃんに会いたいって思ってるはずだよ」

 

言葉を続ける芳佳。サーニャは合いの手を打つように再度頷く。

 

「そうやってどっちも諦めないでいれば、きっといつか会えるよ。私だってお兄ちゃんとまた会えたし」

 

「あっ……」

 

「そんな風に思えるのって素敵なことだよ」

 

優しく微笑む芳佳に見つめられ、サーニャは頬を染めた。

 

――諦めなければ、きっといつか会える。

 

芳佳に言われると素直にそう思うことが出来て、サーニャにはそれが不思議だった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

一方、もう一人の夜間専従班員である優人は夜に備えて眠ろうとしたところを坂本から茶の湯に誘われていた。

何故このタイミングで自分と茶を飲もうとするのか分からなかったが、何か大事な話があるんだろうと思い彼女の部屋へ赴いた。

 

「入るぞ」

 

「おお!来たか!」

 

ドアを開けると、ちょうど茶を点て始めていた坂本がサバサバとした顔で迎える。彼女は畳を八畳ほど並べて作った床の間に腰を下ろしていた。

501のメンバーには士官、下士官問わず全員に個室が与えられている。各部屋の風景には持ち主の性格が表れていて、坂本の部屋には床の間の奥に『質実剛健』と書かれた掛け軸が吊るされ、その前には彼女が愛用している軍刀が刀掛けに飾られている。

 

「どうぞ」

 

優人が床の間に腰を下ろすと、坂本が抹茶の淹れられた茶碗を差し出した。優人は作法に習い、茶碗を時計回りに2回ほど回してから口許に運んだ。

士官教育の一環として習っていただけあって、二人の茶道の姿勢は堂に入っていた。

 

「うっ……」

 

「はっはっはっ!相変わらずの子ども舌だな」

 

抹茶の苦味と渋味に顔を歪めた優人を見て、坂本がからかうように笑う。頼れるお兄さん的な雰囲気を持つ優人だが、味覚はの方は子どもっぽい。極度に苦いものや辛いものが苦手なのだ。それ故にコーヒーもブラックでは飲めない。

そのことを気にしているのか、坂本に茶化された優人は表情を険しくした。

 

「そんな顔をするな、ほら羊羮だ」

 

間宮から取り寄せたらしい羊羮。口に運ぶと和菓子らしい上品な甘さが広がり、優人の頬が自然と弛む。そんな自分のことを坂本がニヤニヤとしながら見ていることに気付き、優人は慌てて顔を引き締める。

 

「で……なんだ?」

 

「ん?なんだとは何だ?」

 

優人の唐突な質問に対して、意味を理解できなかった坂本が繰り返す。

 

「何か話があったんじゃないのか?」

 

「何もないが?」

 

「正真正銘、茶だけ?」

 

なおも信じられないような顔をする優人に坂本が「そうだが?」と返した。

 

「なら、他のやつでもよかったんじゃないのか?」

 

と優人。本日は基地待機という形で夜間のローテーションに組み込まれるとはいえ、夜間専従班である優人を茶の湯の為だけに戦闘隊長のすることとは思えない。

 

「強いて言えば、お前と二人きりで茶が飲みたかったからかな」

 

坂本は口説き文句のような台詞を平然と言うと、自分の分の羊羮を口に運ぶ。

 

「よく澄ました顔でそんなこと言えるよな」

 

呆れる優人。この言葉を他の人間、特にペリーヌや坂本の従兵の土方あたりが聞いたら勘違いしてしまうだろう。しかし、そこは付き合いの長い優人。坂本が無自覚かつ思わせ振りな言動には慣れている。

 

「私は何かおかしなことを言ったのか?」

 

「お前って、昔の方が察しが良かったよな?」

 

「ん?」

 

「もういいよ……」

 

優人は諦めたかのように溜め息を吐くと再び茶碗を手に取り、茶を啜った。ズズズッという音が室内に響く。

欧州では不作法とされるこの飲み方も茶道では正しい作法。『飲み終わったので次に進んで下さい』という合図でもある。

 

「そう言えば、今日はお前の誕生日だったな?」

 

お茶の途中で坂本が口火を切った。

 

「……正確には“宮藤優人”になった日だな」

 

優人が訂正する。14年半程前、記憶を喪っていた優人は宮藤夫妻に引き取られると同時に今の名前を貰った。その半年後の8月18日に宮藤家の籍に入り、宮藤優人となった。この日は芳佳の誕生日であり、優人の誕生日にもなった。

これらのことを知っているのは宮藤家の人間以外では、赤坂と坂本を含めた数人のウィッチぐらいだ。

 

「そして、父さんの命日でもある」

 

優人と坂本は航空歩兵として初陣を飾った扶桑事変後、軍の命令でブリタニアの研究所へ派遣されていた。優人の父、一郎が扶桑海軍から依頼されていた新型ストライカーユニットの『十二試艦上戦闘脚』、後の零式艦上戦闘脚の開発を航空歩兵という立場から手伝っていた。

魔導エンジンの小型軽量化と高出力化、航空歩兵の足を異空間に収納する宮藤理論を実用することで試作機が完成。開発が一段落し量産の目処が立つと、優人と坂本は一時ロマーニャへ修行に出掛けた。その約2ヶ月後、ブリタニアの研究所が爆発。一郎は安否不明となり、後日死亡認定された。奇しくもその日は優人が14歳、芳佳が10歳の誕生日を迎えた日だった。

 

「すまないな。命日なのに墓参りにも行かせてやれな――」

 

「気にするなよ。別にお前が悪い訳じゃない」

 

優人が坂本の謝罪を遮った。今はネウロイに対する警戒体勢が続いている状況で自分や芳佳だけが基地を離れるわけにはいかない。優人はもちろん、芳佳もそのことを理解している。

 

「もう5年か……」

 

僅かな沈黙の後に坂本がおもむろに口を開いた。

 

「今でも思うよ。あの時ロマーニャに行かなければ……研究所に残っていれば……って」

 

優人が虚空を見つめながら思いを吐露する。いくら悔やんでも過ぎた時間は戻らない。今さら言っても仕方のないことだが、それでも優人は口に出さずにはいられなかった。

 

「……もしお前が研究所に残っていたら、芳佳は父だけでなく兄も失っていた。二人して死ぬよりは良かったはずだ」

 

坂本が語気を強めながら言う。そして、ゆっくり優人に近付くと右手を彼の頬に当てた。

 

「優人、お前は絶対に死ぬな。ウィザードの素養を持つ人間はこの先何人も現れるだろうが、兄として芳佳の傍に居られるのはこの世にお前一人だけだ」

 

坂本は優人の目を見つめ、諭すように語りかける。優人にとって坂本は姉も同然、一緒にいた時間は家族のそれよりも長く。父の死を知った直後、悲しみに暮れていた優人を励ましてくれたのも彼女だった。

 

「……ありがとう」

 

心が幾分軽くなった優人は微笑みながら礼を言う。その頃、部屋の扉の向こうでは――

 

「少佐と大尉は一体二人で何をされているのかしら?」

 

優人が坂本の部屋に入る姿を目撃していたペリーヌがドアに耳をピッタリくっつけて、二人の会話を拾おうとしていた。

 

「まさか!?」

 

ペリーヌの脳内を悩ましい妄想が駆け巡った。

 

『ようやく二人きりになれたな坂本』

 

『よ、よせ優人……今の私達は上官と部下なんだぞ?』

 

『そんなことを言う口はこうやって……』

 

『あっ……』

 

妄想終了。

 

「い、いけませんわ!確かにお二人はお似合いですけれども……でも!でも!」

 

そう叫び、自分の妄想で悶えるペリーヌを遠目で見ているウィッチが二人。

 

「シャーリー、ペリーヌ何してんの?」

 

「今日は暑いからな、ああいうやつも出てくるさ」

 

ルッキーニとシャーリーから哀れみと軽蔑の入り雑じった目で見られていることをペリーヌが知る由もなかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

同時刻。いつもより気温の高い寝苦しい昼から解放された芳佳、サーニャ、エイラの三人が部屋から出てくる。

 

「うわぁ~、汗でベタベタ……」

 

寝汗で身体中がベタベタになった芳佳はぼやく。そんな彼女にエイラがある提案をする。

 

「じゃあ、汗かきついでにサウナに行こう」

 

「サウナ?」

 

聞き慣れない単語に首を傾げる芳佳。

 

「ほう、宮藤はサウナ知らないのか?ふふっ」

 

そう言うとエイラはほくそ笑んだ。

 

数分後――

 

「うぅ~……これじゃさっきとかわんないよぉ~」

 

頭にタオル、身体にバスタオルを巻いている芳佳はサウナに入ると早々にのぼせてしまっていた。

 

「スオムスじゃ風呂よりサウナなんダゾ」

 

白樺の枝を片手に足を開いて、くつろいでいるエイラが説明する。隣には足を閉じ、手を膝の上に乗せて、きちんと座るサーニャの姿があった。

三人は汗止めも兼ねて頭にタオルを巻いている。しかし、はちまき状に巻いて頭の天辺を開けているサーニャ、エイラとは違い、芳佳はぐるぐる巻きにして頭の上まで隠れている。そのせいで熱がこもり、慣れていないこともあって二人よりものぼせるのが早かった。

 

「サーニャちゃんって肌白いよねぇ~」

 

肩、背中、うなじ。透き通るような白い肌に芳佳は見とれて素直な感想を口にする。

 

「あ……」

 

芳佳の視線にサーニャが気付く。

 

「何処見てンダ、オマエ!」

 

そこへエイラが割って入り、芳佳を睨む。

 

「いっつも黒い服を着てるから、余計に目立つよね」

 

「…………」

 

芳佳に言われて、恥ずかしそうに目を逸らすサーニャ。

 

「サーニャをそんな目で見ンナアアアアアァ~!!」

 

エイラの絶叫がサウナのみならず、基地全体に響き渡った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「こっちこっち」

 

「本当に大丈夫なの?」

 

芳佳を案内するエイラ。タオルを脱ぎ捨てた彼女達は温まった身体を冷やすため、サウナに隣接する人工池に来ていた。

 

「サウナの後は水浴びに限るンダ」

 

「確かに冷たくて気持ちいいけど……」

 

と無い胸を手で隠しながらエイラに続く芳佳。この池とサウナは風呂同様、扶桑海軍の設営隊が作ったものだ。池は水浴び用に水質管理されていて、外部からは覗けないようになっている。とはいっても裸で外に出るのは抵抗がある。

 

「恥ずかしがるナヨ、女同士ダロ?」

 

そう言うエイラは身体の発育がいい。芳佳やサーニャに比べて手足がすらりと伸び、胸もある。

 

「だって……」

 

芳佳が言い返そうとすると、どこからか唄声が聞こえてくる。

 

「~♪」

 

二人が声のする方向へ行くと、夕日に照らされたサーニャが大岩の上に腰をかけて歌っている。水浴びをして髪が濡れているせいか、いつもと雰囲気が違う。

芳佳とエイラは何故か物音も立てずにコソコソと忍び寄り、岩陰からサーニャを覗き見る。

 

「なぜだろう?……なんかこう、ドキドキしてこなイカ宮藤?」

 

「う、うん」

 

同意を求めたエイラに対し、芳佳が頷く。そんな二人に気が付き、サーニャが振り向いた。

 

「あっ!ああ……ご、ごめん!」

 

サーニャと目が合い、やましいことがあったかのように慌てて謝る芳佳。

 

「何で謝るの?」

 

サーニャは不思議そうな顔をして尋ねた。芳佳が頭を掻きながら答える。

 

「いや、邪魔しちゃったから……あの、素敵だねその歌」

 

「これは昔、お父様が私のために作ってくれた曲なの」

 

芳佳に歌を褒められ、顔を伏せながら話すサーニャ。

 

「お父さんが?」

 

「小さい頃、いつまでも雨の日が続いてて……私が退屈して雨粒の音を数えていたら、お父様がそれを曲にしてくれたの」

 

オストマルク、ウィーンの音楽院に留学していたサーニャの父。雨の日に退屈していた娘に作曲した歌をプレゼントしていた。

 

「サーニャはお父さんの勧めでウィーンで音楽を勉強してたンダ」

 

エイラが説明する。ウィーンで両親と共に音楽を学んでいたサーニャ。ネウロイの侵攻が始まるとウィッチに志願。その後、所属していた部隊が欧州に取り残されたため、サーニャは本国の疎開に間に合わずにブリタニアまで撤退してきた。そのせいで両親と離ればなれとなってしまった。

 

「素敵なお父さんだね」

 

一緒に岩の上に座り、サーニャの話を聞いていた芳佳が羨ましそうに言う。水浴びによって髪のはねが垂れ下がり、別人のような雰囲気を醸し出している。

 

「宮藤さんのお父さんだって素敵よ?」

 

「えっ?何で?」

 

「オマエのストライカーは宮藤博士がオマエの為に作ってくれたんダロ?それだっけ羨ましいってことダヨ」

 

隣で寝そべっていたエイラがサーニャの代わりに答える。

 

「えへへへ」

 

父のことを褒められ、照れ臭そうに笑う芳佳。

 

「だけど……せっかくならもっと可愛い贈り物のほうが良かったかも」

 

「贅沢ダナァ~高いんダゾ、アレ」

 

「あははは」

 

エイラに言われ、苦笑いを浮かべる芳佳。

 

「それにお兄さんの宮藤大尉も……」

 

「お兄ちゃん?」

 

「ええ……優しくて格好良くて、素敵なお兄さんよ」

 

ニコッと微笑むサーニャ。何気にサーニャが芳佳に笑顔を見せたのはこれが初めてだ。

 

「えへへ!ありがとう、自慢のお兄ちゃんなんだ!」

 

大好きな兄のことをサーニャが誉めてくれた。自分のことのように嬉しくなった芳佳も満面の笑みを返す。

 

「でもお兄ちゃんってば……すぐ女の子にデレデレしちゃうんだよ」

 

「デレデレ?」

 

サーニャが不思議そうな顔をして聞き返す。

 

「最近はバルクホルンさんやシャーリーさんとよく一緒にいるみたいだし。海の時なんて、ペリーヌさんとどこかに行ってたみたいだし」

 

芳佳の頬が軽く膨れる。501のメンバーと兄妹で仲良くしたいと思う反面、他のウィッチと優人が楽しそうに話していたりすると、どうしても嫉妬してしまう。

 

「ふ~ん、なるほどナ」

 

「へ?何ですか?」

 

悪戯な笑みを浮かべて自分を見るエイラに芳佳が訊ねる。

 

「オマエの兄貴が好きなんダロ?」

 

「そりゃ、兄妹ですし」

 

「兄妹としてカ?男としてカ?」

 

「え?……ええぇっ!!」

 

エイラの質問の意味を理解した芳佳は大声を出しながら顔を真っ赤にする。

 

「兄妹としてに決まっているじゃないですか!!」

 

「本当カヨ?」

 

「本当ですよ!!」

 

ムキになって否定する芳佳。そんな芳佳を見て、エイラは新しいオモチャを見つけたような表情を浮かべている。

 

「宮藤さん、お兄さんに恋してるみたい」

 

クスリと笑うサーニャ。

 

「もぉ……サーニャちゃんまで……」

 

身体を冷やすため水浴びをしたばかりだと言うのに、芳佳は自分の顔がサウナに入っていた時よりも熱くなっている気がしていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

その頃、浴室前の脱衣場では坂本との茶の湯を終えた優人が入浴に訪れていた。

 

「たまには明るいうちの風呂もいいな」

 

優人は制服を脱ぎながは優人はひとりごちる。普段、彼はウィッチ達の入浴後に風呂に入る。そのため、入浴が遅くなってしまうことが多い。

501に来たばかりの頃に美少女達が浸かったお湯に入るということで、変に意識してしまっていたことは記憶に新しい。

 

「久々に肩まで浸かってさっぱりするかな?」

 

腰にタオルを巻くと、浴室に向かう優人。彼はウィッチ三人分の衣服やズボンが脱衣棚のカゴに置いてあることに気付かなかった。

 

「久々の一番風呂だぁ~!」

 

と大きめの独り言を言いながら優人は浴室へ通じる扉を勢い良く開いた。

 

「「「え?」」」

 

「……へ?」

 

素っ頓狂な声が浴室内の壁を反響する。風呂に入ろうとした優人と水浴びから帰った芳佳、サーニャ、エイラの三人が不運にも真正面から向き合う形で鉢合わせてしまった。三人の一糸纏わぬ裸体が優人の瞳に映る。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

突然のことにお互いどう反応していいのか分からず、思考がフリーズする。芳佳達が全裸なのに対し、優人がタオルを腰に巻いているのは不幸中の幸いと言うべきか。数秒して、三人のウィッチが自分達の置かれた立場に気付き、少しずつ顔を赤くしていく。

 

「…………き――」

 

「失礼しました」

 

芳佳が叫ぼうとしていたため、優人はそれよりも早く扉を閉めた。この状況で叫ばれ、他のウィッチ達に駆けつけられた場合、優人に命と尊厳はない。

 

「……綺麗な肌してたな。ってイヤイヤ!」

 

妹を含めた美少女三人の裸体を脳裏に浮かべて、ウットリしかけた優人はイカンイカンと頭を左右に振る。しかし、至近距離でバッチリ見てしまったために瞼の裏に焼き付いてしまった映像は彼の頭から出ようとしない。

 

「お兄ちゃん!!」

 

「へぶっ!!」

 

浴室から勢い良く扉を開けて芳佳が出てきた。扉の前にいた優人はその勢いで壁に叩きつけられた。

 

「あれ?お兄ちゃん?どこ?」

 

「ここだよ……」

 

「え?」

 

芳佳が振り返った先には壁と扉に挟まれている優人の姿が見えた。やがて扉が元の位置に戻ろうとゆっくりと動き出し、解放された優人は床に倒れた。

 

「お兄ちゃん!大丈夫!?」

 

芳佳が仰向けに倒れている優人の頭と背中の下に手を入れ、上半身を抱き起こした。

 

「って、そうじゃなかった……お兄ちゃん!何で入ってきたの!?」

 

顔を覗き込んで心配していたかと思ったら、急に大声を出す芳佳。兄とはいえ、異性に風呂を覗かれたことに怒り心頭らしい。

サーニャとエイラも芳佳に続いて脱衣場に来ていた。二人はサウナで使っていたタオルを巻いて、身体を隠している。サーニャは頬を染めながら困惑し、エイラはサーニャを守るように抱き寄せながら優人を睨んでいる。

 

「不可抗力、事故だよ」

 

優人は痛みに耐えながら、力無く弁解する。

 

「もう!恥ずかしかったんだから!」

 

「なら前を隠せ……」

 

サーニャやエイラと違い、タオルを巻いてすらいない芳佳は胸元を超至近距離で優人に晒している。

男の性というものか、痛みで首を動かせないのか。優人は目を逸らそうともせずに対してボリュームのない妹の胸を凝視している。

 

「えっ?……きゃああああああああぁ!?」

 

そのことに気付いた芳佳は優人を支えていた両腕で胸を隠した。

 

「ぶっ!!」

 

支えを失い、床に頭を強打する優人。彼の意識はそこで途切れた。ハルトマンの悪戯から始まった彼の災難はまだ続いているらしい。




肝油ってどんな味がするんでしょうね?


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