ストライクウィッチーズ 扶桑の兄妹 改訂版   作:u-ya

28 / 117
後編スタート!


第26話「ラッキースケベとズボン紛失事件 後編」

優人が退室した数分後。食堂には朝食を摂っていたバルクホルンとシャーリーの他、朝練をしていた芳佳と坂本及び二人に付き合っていたペリーヌ、ルッキーニ。そして、午後に表彰式が待っているハルトマンの姿があった。

 

「うむ……これは、事件だな」

 

健気にも数分で復活していたバルクホルン。彼女は綺麗に畳まれた状態でテーブルの上に置かれている扶桑の水練着を真剣な眼差しで見ていた。すぐ隣で椅子に座っているシャーリーは何やら薄く笑みを浮かべている。

テーブルを挟んだ向かい側には腰に手を当てて、仁王立ちしている坂本。恥ずかしそうに頬を染めてモジモジしている芳佳、ペリーヌ。

少し離れた席ではルッキーニとハルトマンがふかしたジャガイモを頬張っている。

 

「あのう、私の服を……」

 

芳佳が恐る恐る口を開く。テーブルに置いてある水練着は芳佳の物。今の彼女は何も履いていないらしく、服の裾を掴んで下半身を隠すように下へ伸ばしている。

 

「いや、これは証拠物件だ」

 

「えっ!?でも……」

 

バルクホルンに言われ、裾を掴む芳佳の手に一層力が入る。

 

「何も着けていないのか?なら、私のを貸してやろう」

 

そう言って自身のズボンに手を掛けるバルクホルン。今履いているズボンを脱いで芳佳に貸すつもりだ。

 

「ええええええええぇ!?待ってください!!」

 

「遠慮するな」

 

「し、し、し……しますっ!!」

 

普段のバルクホルンからは想像できない奇行に顔を真っ赤にして叫ぶ芳佳。しかし、バルクホルンの手は止まらず、彼女のズボンは下へと下がっていく。ハルトマンといい、何故カールスラント空軍のウィッチは人前でズボンを脱ぎたがるのだろう。

 

「まぁ待て、しばらくこれで我慢しろ」

 

坂本はそう言いながら自身の士官服を芳佳に着せてやる。扶桑ウィッチの中では長身の部類に入る坂本。彼女の服は芳佳が着るにしては丈が長いが、そのお陰で下半身を晒さずに済む。真下から覗いたりしなければ……。

 

「坂本さん……ありがとうございます!」

 

芳佳は頭を下げ、笑顔で感謝を述べる。隣のペリーヌは水練着姿となった坂本を恍惚とした表情で見つめ「ほへぇ~」と声を漏らした。

 

「何を遠慮することがあるか……変なやつだ」

 

バルクホルンは脱ぎかけていたズボンを元の位置に戻し手を離す。パチンとゴムの音が響く、規律に厳しい彼女はズボンのゴムもきつめらしい。

 

「では、捜査に入る。何故ペリーヌのズボンが無くなったかだ」

 

腰に手を当てながら言うバルクホルン。本日の朝、芳佳、ペリーヌ、ルッキーニは坂本の指導の元で訓練を行っていた。その後、四人は汗を流すために風呂に入った。入浴後、服を着るためペリーヌが更衣室に戻ると彼女のズボンが紛失していた、そして芳佳の水練着が更衣室に落ちていた。

 

「元々履いてなかったとか?」

 

「そんなわけありませんでしょ!」

 

シャーリーにからかわれ、ペリーヌは気色ばむ。確かに彼女にノーズボン状態で基地を徘徊するような特殊な趣味はない。

 

「ということは、誰かが盗んだ可能性が高いわけだ」

 

バルクホルンが分析する。それに反応し、5人の話に聞き耳を立てていたルッキーニがジャガイモを口に運ぶ途中で手を止める。

 

「さて、そこでだ。クロステルマン中尉の前に更衣室にいた人物は?」

 

顎に手を当てるバルクホルン。彼女に問われ、ハルトマンを除くウィッチ達の視線がルッキーニへと集まる。皆の視線を感じたルッキーニは、カタカタと小刻みに身体を震わせた。

 

「フランチェスカ・ルッキーニ少尉……」

 

自分に疑いの目を向けるバルクホルン。彼女に名を呼ばれたルッキーニはジャガイモの刺さったフォークを投げ捨て、逃走する。

 

「うじゅっ!」

 

「あっ!逃げた!」

 

シャーリーが声を上げ、バルクホルンと共にルッキーニを追う。二人に逃走経路を塞がれたルッキーニは背を向け、逆方向へ走り出す。その際に彼女が無断拝借したペリーヌの白いズボンが見えた。

 

「私のですわ!」

 

決定的な証拠を押さえたウィッチ達はハルトマン以外の全員でルッキーニを追い掛ける。

しばらくは食堂内を駆け回っていたルッキーニだが、何故か証拠物件として扱われていた芳佳の水練着を手に取り、廊下へ逃れていった。

 

「ごめんなさ~い!」

 

「待って!ルッキーニちゃん!」

 

「お待ちなさい!」

 

「こらぁ!」

 

「止まれぇ!」

 

「罪を重ねるのかぁ!」

 

ルッキーニを追い続ける芳佳達。食堂内には周囲の騒動にも素知らぬ顔でジャガイモを貪り続けるハルトマンだけが残った。

 

「あっ……美味しい~!」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「いないな……」

 

事件のことなど知る由もない優人はルッキーニを探し、基地内を闊歩していた。

ルッキーニがいるとすれば彼女が基地のあちこちに作っている隠れ家。既に優人は自分が認知している限りの場所を見て回ったが、ルッキーニ 発見には至っていない。もしかしたら、優人が与り知らない場所に新しい隠れ家が作られているのかも知れない。

 

「仕方ない、シャーリーに相談してみ……ん?」

 

優人は廊下の奥から走ってくる人影に気付く、ルッキーニだ。ようやく見つけた尋ね人が自分の方へ走ってきたので、優人は手を振る。

 

「ルッキーニ!丁度良かった、お前に――」

 

「うじゅあああああ!」

 

「……何だ?」

 

優人は自分の脇を猛スピードで通り過ぎていくルッキーニを目で追う。ルッキーニの様子から何か悪戯をして、誰かに追い掛けられているというのは想像出来る。しかし、彼女が扶桑の水練着を抱えながら走っている理由は皆目検討が付かない。

首を傾げていると、複数の足音と息遣いが聞こえてきた。振り返ると芳佳、坂本、ペリーヌ、バルクホルン、シャーリーが目前まで迫ってきていた。5人は優人の前まで来ると足を止めた。

 

「お兄ちゃん、ルッキーニちゃんは!?」

 

「こっちに来なかったか?」

 

芳佳と坂本が重ねて質問する。

 

「向こうへ行ったけど……って、何だその格好は?」

 

優人はブカブカの士官服を着た芳佳と水練着姿で堂々としている坂本を交互に見る。芳佳は優人の質問に答える代わりに頬を染めて俯いた。

 

「芳佳?」

 

「優人!それより今はルッキーニだ!」

 

バルクホルンが宮藤兄妹の間に割って入った。押し倒しの件は既に頭から消えているらしい。

 

「なんか悪戯したのか?」

 

「いや、それがさ――」

 

「詳しい話は後だリベリアン!」

 

説明しようとしまシャーリーを、バルクホルンが遮る。

 

「早く追跡を再開しなければ、ルッキーニをロストしてしまうかもしれん!」

 

「確かにな……」

 

バルクホルンに同意する坂本。大袈裟なようだが、強ちバカにも出来ない。ルッキーニは食う寝る遊ぶのアニマルライフで培われた身体能力と動物的な勘、さらに自由奔放な性格も合間って神出鬼没なところがある。一度見失ってしまった後の捜索は困難を極めるだろう。

 

「よし!すぐに追うぞ!優人、お前も来い!」

 

「わ、わかった!」

 

坂本の指示を受ける優人。ルッキーニが何をしたのかわからないが、ここは協力しようと思った。

ルッキーニを追って基地本部から中庭に出た一堂は手分けした。シャーリーとバルクホルンは入口を出て左方向へ、芳佳とペリーヌは右方向に駆けていく。

 

「坂本、俺たちは――」

 

優人が坂本の方に目をやると、彼女はまるで猫でも捜しているかのように基地本部入口付近の茂みの陰を覗き込んでいた。

 

「お~い!ルッキーニ~!」

 

「猫じゃあるまいし、そんなところにいるわけっ!……いるかもな……」

 

茂みの中で猫のように丸くなっているルッキーニを脳裏に思い浮かべた優人は中庭の茂みを片っ端から探すことにした。

芳佳とペリーヌは中庭内の林に向かっていた。並んで走っていた二人だが、途中からペリーヌのペースが段々と落ちていく。

 

「あっ……んぅ……す、擦れるぅ」

 

ペリーヌの頬に赤みが差し、口からは熱い吐息と甘い声が漏れ始める。

普段、彼女は愛用している白いズボンの上にストッキングを重ね履きしている。今はズボンをルッキーニに盗られているのでストッキングを直に履いている。そのせいで彼女の身体の名称し難い部分にストッキングが擦れてしまう。

 

「もう……もうダメ……」

 

限界を向かえたペリーヌは足をふらつかせ、前のめりに倒れる。

 

「待てぇ~!」

 

一人で追跡を続けていた芳佳はルッキーニを木の上に追い詰めていた。この木もルッキーニの隠れ家のひとつのようで、一番太く頑丈そうな枝にはロマーニャ国旗がデザインされたお気に入りの毛布が掛けられている。

 

「ルッキーニちゃん!返して!私の服!」

 

「へへ~ん!こっこまでおいでぇ~」

 

木の枝に寝転がるルッキーニは余裕の笑みを浮かべて手招きする。その挑発的な態度にムッとなった芳佳は誘われるがまま、木によじ登る。

お世辞にも運動が得意とは言えない芳佳。ブカブカの制服を着ていることもあって、木登りは大いに手こずった。

 

「よいしょ……え?」

 

芳佳が辿り着く頃にはルッキーニの姿が消え、枝には毛布だけが残っていた。ふと下に目をやると、いつの間にか下に降りていたルッキーニが基地本部へ引き返して行くのが見えた。

 

「ま、待って!」

 

「芳佳、ルッキーニは見つかっ……た……か」

 

芳佳と合流した優人は言葉を失う。上述の通り、芳佳は水練着を着ていない。坂本から借りた士官用の制服をセーラー服の上に重ね着することで下半身を隠している。

丈の長い制服のお陰で前後左右からお尻や名称し難い部分を見られる心配はない。しかし、ズボンを履いていない以上、真下からの視線に対する防御は無きに等しい。

つまり、木の上にいる芳佳を下から見上げている優人にはすべて見えてしまっているのだ。小振りなお尻はもちろん、名称を記すことが難しいデリケートな部分も。

 

「あ……あ……きゃあああああ!」

 

見られていることに気付き、涙目の茹でダコとなった芳佳は悲鳴を上げながら両手で尻を隠す。木から手を離したことで支えを失った身体は地面へ向かって落ちていく。

 

「ぶっ!」

 

ほぼ真下で呆然としていた優人の顔に程よい弾力のお尻が直撃する。強打による衝撃は顔を介して脳に伝わり、優人はそのまま気絶した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

木から降りた後もバルクホルンとシャーリーに追われていたルッキーニだが、なんとか追跡を振り切ってエイラの部屋へ逃げ込んだ。

 

「ん?」

 

気配と物音で侵入者に気付いたエイラが、ベッドから身体を起こす。北国育ちでブリタニアの夏の暑さがつらいエイラはシャーリーと同様に下着を寝間着にしていた。シャーリーのとは違ってデザインはさほど凝っておらず、サイズは大きめで今にもずり落ちそうだ。

ベッドには夜間哨戒後に寝惚けて部屋に入ってきたサーニャも眠っている。こちらも白く清楚な印象の下着姿だ。夜間哨戒で疲れているからか、ルッキーニの来訪に気付くことなく眠っている。

エイラと目が合ったルッキーニは唇の前に人差し指を立てて、「し~」とジェスチャーで静かにするよう伝える。

 

「なんダヨ?」

 

訝しげな視線を向けるエイラを尻目にルッキーニは窓辺まで移動するとカーテンと窓を開ける。薄暗かった室内に日光と海風が入ってくる。

窓から顔を出して下方を覗き込むと一階の窓枠が見えた。ルッキーニは窓から一階へ降りるつもりだ。しかし、各階の天井が高めに造られているため、すぐ下の階でも距離がある。掴まれるような場所もない。強いて言えば、すぐ隣にある縦樋くらいだ。

 

「そだ!」

 

何かを閃いたルッキーニはエイラ達の方へ近付く。ベッドの上には二人の制服やズボンが綺麗に畳まれている。

ルッキーニはエイラがズボンの上に重ね履きする白ストッキングに手を伸ばすと、何の迷いもなく持ち去ろうとする。

 

「あっ、コラ!ワタシの!」

 

エイラの制止を振り切ってルッキーニはエイラのズボンを縦樋に通し、壁に足をつけてラペリングの要領で降りて行った。芳佳の水練着は口にくわえている。

ルッキーニを追い掛けるため、エイラは急いで制服に着替える。その際、自身の白ストッキングの代用としてサーニャの黒ストッキングを借りた。

 

「ゴメン!」

 

純真無垢な寝顔をしたサーニャに謝罪し、エイラは廊下に出た。

借り物のストッキングでは落ちかないのか。モジモジと太股を擦り合わせ、恥じらうように頬を染める。

程無くして、ルッキーニを探しているシャーリーとバルクホルンがやって来た。

 

「ルッキーニは?」

 

と訊ねるシャーリー。

 

「し、下に逃げタ」

 

「追うぞ!」

 

「ああ!」

 

バルクホルンに頷くシャーリー。エイラもルッキーニからストッキングを取り返すため、二人に続く。

 

「とう!ジャジャーン!」

 

窓から一階に飛び込んだルッキーニは、効果音を発して着地する。芳佳の水練着を右手に持って、エイラのストッキングをマフラーのように首に巻いている姿は無駄に格好良く見える。

 

「見つけたぞ!」

 

「逃がしませんわよ!泥棒猫!」

 

「いたぞ!」

 

「カエセ!コラー!」

 

右から坂本とペリーヌ。左からバルクホルン、エイラ、シャーリーの三人が迫ってくる。

 

「泥棒じゃないよー!」

 

左右から挟撃されたルッキーニは唯一の逃走経路である前方へ逃げていく。再び中庭に出るのかと思いきや、左側の機械室に駆け込んだ。ルッキーニが中庭へ逃走した思ったウィッチ達はそのまま真っ直ぐ走っていった。

 

「ふぅ~……」

 

扉越しに足音が通り過ぎるのを確認したルッキーニは息を漏らす。

 

「ここは?……にゃっ!」

 

暗くて何も見えない室内。床に落ちていた空き瓶で転びそうになったルッキーニは何かに掴まろうと反射的に手を伸ばす。その手はたまたま近くにあった警報レバーを下ろしてしまった。基地内にネウロイ出現の警報が鳴り響く。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

数分後。警報を聞いてハンガーまでやって来たウィッチ達はストライカーを装着していた。その中には気を失った優人と、彼を背負っている芳佳の姿もあった。芳佳の力と体格では優人を抱えきれないため、魔法力を使用している。

 

「優人……どうしたんだ?」

 

「えっ……えーっと、あはは……」

 

シャーリーに問われた芳佳は乾いた笑い声を上げて誤魔化す。制服から飛び出した豆芝の尻尾が忙しなく動いていた。

 

「それより、ネウロイが出たんですか?」

 

「しばらくは来ないはずなんだけどなぁ……」

 

おかしいな、と頭を掻くシャーリー。

 

「ネウロイの分析は後だ!ユニットを履け!」

 

「は、はいっ!」

 

「は~い」

 

「…………」

 

一足先にストライカーユニットを装着していたバルクホルンが三人に向かって怒鳴る。芳佳は強張った声で、シャーリーは気の抜けた声で返事をする。当然、気を失った優人は何も答えられない。

 

「やっぱり……何かいつもと違うナ」

 

使い魔である黒狐の耳と尻尾を生やし、愛機Bf109G-2の魔導エンジンを始動するエイラ。やはり違和感があるのか、制服の裾を捲って拝借した黒ストッキングに覆われた下半身を見直していた。

 

「さ、坂本さん!私、履いてません!」

 

「私もちょっと透け透けで……」

 

もじもじと足を閉じる芳佳とペリーヌ。ノーズボン状態で空を飛ぶ、なんてことをすれば魔女ではなく痴女になってしまう。

殊に、優人にバッチリと見られてしまった芳佳の中では、これ以上誰かに見られたくない羞恥心とネウロイを倒さなければという使命感が衝突していた。

 

「はっはっはっはっ!問題ない!任務だ任務!空では誰も見ていない!」

 

と嘯く坂本に二人は「ええぇ~!!」と驚愕の声を上げる。同じウィッチでも二人と坂本では感性が大分異なるようだ。

 

「私も行きます」

 

やや遅れてサーニャもハンガーに入ってくる。彼女は未だ夢の中にいるかのような茫洋とした表情をしている。

 

「うわっ!?さ、サーニャ?」

 

「あれ?エイラ、それ私のズボン?」

 

ギクッとした表情のエイラに訊くサーニャ。プロペラによって巻き起こされた風がフワッとベルトを捲り、サーニャの真っ白なヒモズボンが一瞬だけ姿を見せた。

 

「……うぅ……ん……」

 

意識が戻らず出撃不可な優人はキャットウォークに降ろされた。魘され、耳を疑うような寝言を呟いていた。

 

「尻が、大量の尻が……落ちて……くる」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

その頃。機械室から出てきたルッキーニは壁に背を預け、しょんぼりとしていた。

 

「怒られるよね、きっと。スイッチ入れたのバレたら……」

 

「何のスイッチ入れたって?」

 

「うじゅっ!?」

 

突然の声にビクッと身体を跳ね上がらせるルッキーニ。小刻みに震えながら声のした方へ視線を移すと、ハルトマンが壁越しにニヤリと笑っているのが見えた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

場面は再びハンガーへ。

 

「脱げって!ヒドイじゃないカ!」

 

「だって、私のだから」

 

自分のズボンを取り返そうと、サーニャは有無を言わさずにぐいぐい引っ張る。まだ寝惚けているのか、まずはストライカーを脱がせなければならないことに気付かない。

 

「坂本さん!スースーします!」

 

ノーズボンのままストライカーを履いた芳佳が、足元を見つめながら言う。

 

「我慢だ芳佳!」

 

「はっ、はい!」

 

「何をやっているんだこいつら……」

 

コメディ映画のワンシーンと化しているハンガーの光景を目にして、バルクホルンは眉を寄せる。怒りを通り越して呆れ果てた彼女は仲間から目を背けた。

 

「出撃だ!全機続け!」

 

「りょうか~い」

 

坂本に代わって号令を掛けたバルクホルンに、シャーリーのみがのんびりとした口調で返事をする。

 

「みんな待って!」

 

ハンガーの出口から声がする。そこには声の主であるミーナとリーネの二人が立っていた。

 

「ミーナ中佐!」

 

「ミーナ、敵が!」

 

芳佳とバルクホルンが順に言う。

 

「敵はいません。警報は間違いです」

 

『ええええええぇ~っ!?』

 

ミーナと放った一言にウィッチ一同は驚愕の声を上げる。

 

「出てきなさい」

 

ミーナがそう言うと、ハルトマンに連れられてルッキーニが姿を見せた。リーネがミーナの説明を引き継ぐ。

 

「あの警報はルッキーニちゃんが誤って押したみたいで……」

 

『ええええぇ~!』

 

二度目の叫びがハンガー内に響く。

 

「それと……これも没収しました」

 

ミーナは綺麗に畳んで重ねられた芳佳、ペリーヌ、エイラ等三人のズボンを取り出す。

 

「あぁ~っ!」

 

「ありましたわ!」

 

「コレダァ、コレ」

 

ようやくズボンを取り戻すことが出来た三人は歓喜する。今さらだが、予備のズボンはなかったのだろうか。

 

「さすがだなぁ!ミーナ中佐!」

 

「いいえ、今回のお手柄は私ではありません」

 

坂本から称賛に首を振ったミーナの視線がハルトマンへ移る。

 

「この混乱の中、素晴らしい冷静さでした。ハルトマン中尉」

 

「どうもどうも」

 

「ハルトマン、やったな!お前こそカールスラント軍人の誇りだ!」

 

「見事だ中尉!」

 

「すごーい!」

 

「お見事ですわ!」

 

「やるナァ~!」

 

満更でもなさそうなハルトマンを一同が口々に褒め称える。

 

「さぁ!今から表彰を始めましょう!っと……その前に芳佳さんとペリーヌさんは待機室で着替えてらっしゃい」

 

とミーナ。スットキングタイプのズボンを履けばいいエイラやサーニャとは違い、芳佳とペリーヌは一度衣服を脱がなくてはならない。

 

「は~い!分かりましたぁ!」

 

「少し失礼させて頂きますわ」

 

ズボンが手元に戻ってきた芳佳とペリーヌ。満足気な表情で待機室へ向かっていく。

 

「さぁて……」

 

ミーナは二人を見送ると、ルッキーニに向き直った。

 

「騒動を起こしたルッキーニ少尉には罰が必要ね」

 

「ひっ!」

 

蛇に睨まれた蛙ならぬ灰色狼に睨まれた仔猫。ルッキーニの顔色が健康的な褐色から蒼白なものに変わった。見るに見かねたシャーリーが助け船を出す。

 

「まぁまぁ、ここはルッキーニの言い分も聞いてやってくれないか?」

 

「シャーリー……」

 

「ルッキーニ、何であんなことしたんだ?」

 

「うん、実はね……」

 

ルッキーニは語り始めた。午前中に芳佳、坂本、ペリーヌと一緒に風呂に入ったルッキーニは三人よりも早く上がり、脱衣場で服を着ようとした。

しかし、入浴前に脱いでカゴに入れたはずのズボンが無くなっていた。困ったルッキーニはペリーヌのズボンを黙って借りてしまったらしい。早くに名乗り出ればよかったが、ペリーヌやバルクホルンが事件と大事にしてしまい、怖くて言い出せなかった……とのこと。

 

「事情はわかったが、勝手に借りるのはよくないぞ」

 

「うじゅじゅ……ごめんなさい」

 

坂本からのお叱りを受け、ルッキーニは萎縮する。

 

「じゃあ、ルッキーニのズボンを盗んだやつがいるってことカ」

 

「まだ事件は終わっていないということか……」

 

とエイラとバルクホルン。そこへようやく目を覚ました優人がやって来た。気を失っている間に悪夢でも見たのか、冷や汗を掻いている。

 

「あれ?問題は解決したのか?」

 

「優人、もう大丈夫なのか?」

 

「ああ、大丈夫だ。迷惑掛けたな……」

 

坂本の質問にそう返すと優人は汗を拭くためにハンカチを取り出した。その拍子に同じポケットに入っていたルッキーニのズボンも一緒に出てきて、滑走路に落ちる。

 

『ああああぁ~っ!』

 

ウィッチ一同が本日三度目の驚愕の声を上げる。声が今まで一番大きく、基地全体に響き渡った。

 

「な、何だ?」

 

突然声を上げた仲間達に優人はたじろいだ。

 

「優人、まさかお前だったとは……」

 

失望した、といった風な顔をする坂本。続いてバルクホルンも滑走路に落ちたルッキーニのズボンを指差して怒鳴る。

 

「優人?お前がズボンの窃盗犯だったのか!?」

 

「えっ?窃盗?あっ、いやいやいや!これはな――」

 

足下に落ちたズボンに気付いた優人は事情を説明しようとするが、すぐさまシャーリーに遮られた。

 

「優人お前!隠し持ってたグラビア本じゃ我慢出来なかったのか!?」

 

「いや、だから――」

 

「オマエ、シスコンかと思ったらロリコンだったのカ……」

 

エイラは蔑みの目を優人に向ける。

 

「ちょっ、話を――」

 

「優人さんがそんな人だったなんて……」

 

「芳佳ちゃんに何て説明すればいいの?」

 

リーネは涙ぐみ、両手で顔を覆う。サーニャは瞳を潤わせ、顔を地面へ伏せた。

 

「話を聞いてくれって!これはな、今朝食堂から出た時にハルトマンから渡されて――」

 

「嘘つけぇ!何でハルトマンがルッキーニのズボンをお前に渡す!?」

 

「そ~だよぉ!あたしの……しましまぁ~!」

 

怒り心頭なバルクホルンの隣で泣き出してしまうルッキーニ。状況的に不利な優人は完全に犯人扱いされてしまっている。

 

「だからそれは!ハルトマン!お前も説明しろ!」

 

「ふぁ~……ごめん。眠いから私は部屋に戻って寝るよ」

 

「あっ!おい!」

 

梯子を外されそうになった優人は慌ててハルトマンを追い掛けようとするが、その進路はバルクホルンとシャーリーによって塞がれた。

 

「何処へ行くつもりだ?」

 

「話はまだ終わってないだろ?」

 

優人をギロリと睨む二人。普段、おおらかなシャーリーも可愛がっているルッキーニがことだからか表情からは怒りが醸し出されている。

 

「宮藤優人大尉」

 

背後からミーナの声が聞こえる。それも普段彼女が発している歌手を思わせるような澄んだ声ではなく、低く凄みのある恐ろしげなものだった。

ゆっくりと振り返ると、ドス黒い炎のようなオーラを纏ったミーナが優人に向かって微笑んでいた。

 

「この隊における唯一の司法執行官として質問します。あなたは軍法会議の開催を望みますか?」

 

「……勘弁してくれ!」

 

理不尽な処罰を受けたくない優人は逃亡を図った。

 

「優人!待たんか!」

 

坂本の指揮の下、今度は優人を標的とする追い駆けっこが始まった。ルッキーニとは違ってアッサリと捕まった優人はハルトマンが目を覚ますまでの数時間、阿鼻叫喚の尋問に晒されることとなった。




ラッキースケベの代償は大きかった。


感想、誤字脱字報告お願い致します。あとオリ主紹介の内容をちょこっと更新しました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。