ストライクウィッチーズ 扶桑の兄妹 改訂版   作:u-ya

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執筆のペースが落ちている。残業と休日出勤さえなければ……


第27話「宮藤兄妹のお出掛け 前編」

優人がズボン窃盗の冤罪をかけられた日の夜。彼は妹、芳佳の部屋を訪れていた。

既に寝間着に着替えた芳佳は、ベッドに上に腰を降ろしていた。兄が訪ねてきたというのに顔も身体も優人のいる収納側ではなく、反対の窓側に向けられていた。心なしか、頬が膨らんでいるようにも見える。

 

「あの~……芳佳さん?まだ怒ってらっしゃいます?」

 

「…………」

 

優人の質問に芳佳は無言で答える。沈黙は肯定の証、芳佳は間違いなく怒っている。夕食時からもうずっとこんな感じで、兄をシカトし続けている。

 

「せめて話を聞いてくれないかな?」

 

「エッチな人とお話なんてしません」

 

「うっ……」

 

優人の哀願を一蹴しながらも口は開いた。しかし、不機嫌なのは変わらない。妹の言葉は矢となり、昼間の騒動ですり減らされた兄の心に鋭く突き刺さる。

 

「昼間のあれは不可抗力でーー」

 

「この前は胸、今日はお尻と……」

 

芳佳がぼそりと呟く。声が怒りの込もったものから羞恥を含んだものに変わっていた。

 

「お兄ちゃんの変態!」

 

「うぐっ!」

 

「痴漢!変質者!覗き魔ぁ!」

 

「うがっ!」

 

次々に放たれる罵倒という名の矢が精神的に疲れきっている優人の心にダメージを与え続ける。シスコン兄貴な優人とって妹からの罵倒は弩級戦艦の艦砲や大型ネウロイの高出力ビームより遥かに強力。魔力シールドも無意味だ。

 

「もうお嫁に行けない……」

 

芳佳は体勢を正座から体育座りに変えて膝に押し当てる。顔を確認することは出来ないが、耳がピンク色に染まっているあたり、顔面は真っ赤になのだろう。

 

「ど、どうすれば機嫌直してくれるのかな?」

 

「何したって許してあげない!もうお兄ちゃんなんて知らない!」

 

「そんな……」

 

絶交宣言とも取れる芳佳の発言に優人は絶望する。土下座したい心地になりつつも兄の威厳や上官としての沽券がそれを阻んでいる。尤も、両方ともすでに微妙なのだが……。

 

(……こうなれば!)

 

切り札を使うことにした優人の目がキラリと光る。

 

「芳佳!」

 

「……何?」

 

「デートしよう!」

 

「えっ?」

 

予想外の申し出にキョトンと呆気に取られたような顔となった芳佳は怒りや羞恥心も忘れ、優人のいる方へ振り返る。

 

「この前のお出かけは雨で中止になっちゃったからさ。近いうちにロンドンまで遊びにいかないか?」

 

「あっ……うん、行きたい!」

 

洋の東西を問わず、女の子のご機嫌取りの定番といえばショッピング。女心が分からない鈍感男子の優人だが、彼も伊達に長い時間ウィッチ達と寝食を共にしてきたわけではない。

 

(よし!)

 

先程とは打って変わってご機嫌となった芳佳を見て、優人は心の中でガッツポーズをする。何気にデートを一番喜んでいるのは優人だったりする。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

二日後――

 

 

501基地から北西へ100キロほど行った場所にあるブリタニアの首都ロンドン。ブリタニアの政治と経済の中心地で世界でも有数の大都市。連合軍の総司令部もここに置かれている。

日が傾いていない時間帯で、人通りが多い。会社員、主婦、学生等と様々な人々が大通りを活歩いている。その中に私服姿の宮藤兄妹が紛れていた。

 

「うわあ~!」

 

ロンドンの街並みを前に目を輝かせているのは妹の芳佳。

彼女が着ているのは扶桑から持って来た衣服の中で唯一の外出着で、お気に入りでもある水色のワンピース。ベルトを翻し、きょろきょろと忙しなく周囲を見回している。初めて目にする異国の街、彼女にはいろいろと物珍しいようだ。

 

「こらこら!一人で行くなよ!」

 

好奇心の赴くまま街中を掛ける芳佳を優人が追う。お上りさんな妹とは違い、何度か来たことのある兄の方は落ち着いている。

優人の服装は下が紺色のズボン、上に白いTシャツと黒色のノースリーブのジャケットを羽織っている。清楚な印象を受ける芳佳の服装に対し、優人の私服からはシックで大人びた雰囲気を感じる。

 

「お兄ちゃん、あれ!両側に塔があって面白い橋!」

 

とタワーブリッジを指差す芳佳。この橋はテムズ川に架かる二つの橋の一つで、建設当時は世界最大の跳ね上げ橋として有名だった。

タワーブリッジとは別にロンドンブリッジもあるのだが、タワーブリッジの独特なデザインと景観した作りからロンドンブリッジと混同している観光客も多い。

 

「タワーブリッジだな。ロンドンの観光名所の一つだよ」

 

「でも工事中だね」

 

芳佳は目を凝らして見る。タワーブリッジの車道部分が破損しており、歩行者専用道も封鎖中で渡れそうにない。

 

「街の人が話してたけど、ネウロイの攻撃が車道に当たったらしいな」

 

「えっ!?私達、どこかで失敗したっけ?」

 

自分達がネウロイを取り逃がしてしまったのか、と慌てる芳佳。

 

「501基地方面を通らないネウロイもいるんだよ。まぁ、そうなってもロンドンには第11統合戦闘飛行隊がいるから心配ないさ」

 

「第……11?」

 

「第11統合戦闘飛行隊、通称『グローリアスウィッチーズ』欧州最大のウィッチ部隊だよ。俺達以外にも複数のウィッチ隊が基地を構えてブリタニアを守ってるんだ」

 

「へぇ~、ブリタニアにいるウィッチ隊って私達だけじゃなかったんだ?」

 

「そりゃそうだよ」

 

苦笑する優人。いかにエース級の航空歩兵で編成された501と言っても、たったの12名ではブリタニアへ侵攻するネウロイをドーバー海峡上で迎撃するのが関の山。一部隊でブリタニア全土を防衛するには数的にも距離的にも不可能。

大陸反攻作戦の拠点たるブリタニア全域を守るにはブリタニア空軍の指揮下にあるグローリアスウィッチーズや当部隊に入隊している多数の亡命ウィッチの存在が不可欠なのだ。

 

「グローリアスウィッチーズかぁ、どんな人達がいるんだろ?」

 

芳佳はまだ見ぬウィッチ達に胸をときめかせる。

 

「ねぇお兄ちゃん!ロンドンの基地に行ってウィッチの人達に会えないかな?」

 

「それは難しいな」

 

まるで友達の家を訪ねるか、観光地に行くかのように平然と提案する芳佳に優人は難色を示す。

意図的に自由な空気を作っている統合戦闘航空団に席を置いているため忘れがちだが、軍事基地というものは遊びに行くような気分で入れる場所ではない。

 

「ていうか今日は俺とデートするんだろ?余所に浮気しないでくれる?」

 

と軽口を叩く優人に芳佳はムッとする。

 

「もう!わかってるよ!お兄ちゃんも女の人の胸とかお尻とかジロジロ見ないでよね!」

 

「お前なぁ……」

 

自分のことを完全に変態扱いしている妹に優人は肩を竦める。デートに誘って機嫌を取ることに成功はしたものの、覗きの件は未だに尾を引いているようだ。

 

「お兄ちゃんはすぐデレデレするんだから……」

 

「はいはい、わかったよ。で、どこいく?ロンドンで行ってみたいところとかある?」

 

と訊く優人は少々うんざりしているようにも見える。

 

「お兄ちゃんにお任せるよ」

 

「責任重大だな」

 

顎に手を当て、うーんと唸る優人。ただ一緒に遊んでやれば良かった子どもの頃とは違う。初めてのロンドンを楽しんでもらえるよう、優人は妹をエスコートしなければならない。

しかし、相手が妹とないえデートに誘っておきながらノープランとは、これいかに。

 

「お?」

 

何気無しに目をやった古書店の壁に映画のポスターが張られていた。

二人組の男女が互いの背中に手を回して見つめ合っている姿を描いたそれは年頃の女の子が好きそうな恋愛系の映画だった。

 

「映画とかどうかな?あれなんて面白そうじゃない?」

 

「う~ん……ブリタニアの映画はよく知らないからなぁ」

 

「そっか」

 

提案が却下され、優人は落ち込む。特に恋愛映画に興味があるわけではないのだが、劇中のキスシーン等を利用すれば芳佳のウブな反応が見れるのではないか、と邪な期待を抱いていた。

 

「なら、動物園とかは?」

 

「あっ!行ってみたい」

 

動物園と聞いて、芳佳の表情がなんとも嬉しそうなものに変わる。小さな物だが地元にもある映画館より、遠出をしなければ行けない動物園の方が彼女には魅力的らしい。

 

「えーっと、ロンドン動物園行きのバス乗り場は……あっちだな」

 

制服の裾を引っ張られる感触がした。なんだと思って振り返ると、恥ずかしそうに顔を俯かせている芳佳がいた。

 

「どうした?」

 

「えっと……人がいっぱいではぐれそうだから。手、繋いでもいいかな?」

 

芳佳は軽く頬を染め、もじもじしながら訊ねる。無論、「はぐれそうだから」と言うのは優人に甘える為の口実である。

 

「もちろん、ほら」

 

「あっ……ありがとう」

 

優人が差し出した手を芳佳は笑顔で取る。しっかり握り返しながらも必要以上に力を込めない優人の優しい手つきが芳佳の胸を幸せでいっぱいにした。

 

「ところで、その鞄には何が入ってるんだ?」

 

優人は芳佳が肩に掛けている鞄に目を向けて訊ねる。この布製の鞄は芳佳が扶桑にいた頃から日用に使用していた物だ。

 

「えへへ、内緒」

 

そう言ってニッコリと笑う芳佳に優人は首を傾げた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

ロンドンの中心部たるシティ・オブ・ロンドンの駅にちょうど列車が到着していた。扉が開かれ、同時に大勢客が下車する。紳士服を着た気難しそうな中年男性、ドレス姿の穏やかそうな婦人、子ども連れの若い夫婦等とこちらも街中と同様に様々なタイプの人間が認められる。乗客の殆どが下車したところで、カールスラント軍の制服を着た二人組がホームに出てきた。

一人は長身と小麦色の肌が印象的な女性。その整った顔立ちは美男子にも見えるが、制服の上からでも起伏がわかるスタイルの良さが女性であることを物語っている。

対照的にもう一人は雪のように美しい銀色の髪と白い肌が特徴的な小柄な少女。その外見から子供のようにも見えるが、どこかしっかりとした大人の雰囲気を感じられた。

 

「さて先生、どこかに行こうか?」

 

「…………」

 

長身の女性“ヴァルトルート・クルピンスキー中尉”は微笑みながら、少女の方へ目をやると声楽家のような美しい声で話掛ける。

 

「…………」

 

少女は何も答えずにスタスタとホームを進んでいく。“先生”と言うのは彼女の、“エディータ・ロスマン”のあだ名だ。

 

「先生?」

 

「…………」

 

「せ~んせい?」

 

「…………」

 

「先生ってば~」

 

ひたすら無視するロスマン。ここまで徹底して無視されれば気を悪くしそうなものだが、クルピンスキーは笑みを崩さない。

 

「ねぇ、先生ってば!」

 

「あらクルピンスキー、いたのね」

 

一際大きい声を出してようやくロスマンはクルピンスキーに振り向いた。しかし、その言動はやや素っ気ない。

 

「さっきからいたよ。て言うか一緒の列車に乗ってたじゃないか」

 

「残念ね。ホームの人混みを利用すればあなたを撒けると思ったのに」

 

本気で残念そうな顔をするロスマン。あからさまに嫌悪感を示す彼女にクルピンスキーは肩を竦めた。

 

「つれないなぁ……列車の中じゃ、駅に到着するギリギリまでボクの肩に寄り掛かって眠ってたのに……」

 

「伯爵様、記憶を捏造しないで頂けるかしら?」

 

ロスマンはゴミを見るような目でクルピンスキーを見る。ちなみに伯爵というのはクルピンスキーの通称で、ペリーヌのように爵位を持った貴族の家の生まれというわけではない。

 

「なら現実にしてみせようか?そこのベンチに座って、エディータがボクに身体を寄せて……」

 

クルピンスキーは手を伸ばしてロスマンの肩を抱こうとするが、ロスマンは露骨に嫌そうな顔をして間合いを取る。

 

「あなたに身体を預けて眠るくらいなら、硬くて冷たいコンクリートの上で夜を越す方がマシね」

 

ロスマンは冷たく言い放つが、やはりめげなかったクルピンスキーは笑みを浮かべた。

 

「毒舌で容赦のないエディータも魅力的だよ」

 

「……今すぐ黙るか、死ぬかなさい」

 

ロスマンは一言そう言うと、歩調を速めた。困ったような顔をしたクルピンスキーは「待ってよ~」と慌てて追い掛けた。やがて二人の姿は人々に溶け込んで見えなくなった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

その頃、ロンドン動物園行きのバス乗り場へ向かっていたはずの宮藤兄妹はウェディングドレスショップ前にて足止めを食っていた。

 

「わぁ~!すごい綺麗~!」

 

ショーウィンドウ越しに見える純白のウェディングドレスに感動して、芳佳は目をキラキラと輝かせる。

 

「お~い、動物園に行くんじゃないのか?」

 

と優人が訊くが、ウェディングドレスを見入っている芳佳の耳には届いていない。恍惚とした表情から察するにウェディングドレスを着た自分の姿でも思い浮かべているのだろうか。

年頃の乙女そのものである今の芳佳の姿はとても微笑ましく、初めは呆れていた優人も横から眺めているうちに自然と笑顔になる。

 

「やっぱり、ウェディングドレスを着た洋風の結婚式に憧れるのか?」

 

「う~ん……」

 

今度は聞こえたらしい芳佳。優人の質問に芳少しだけ考えてから答える。

 

「ウェディングドレスも素敵だけど、やっぱり白無垢も良いなぁって……」

 

和風の神前式か洋風の教会式か、どちらにするかを決めあぐねている様子の芳佳。

二人の両親、宮藤一郎と清佳は神前式だった。幼い日、母の花嫁姿を写真で見たことがある芳佳は白無垢に強い憧れを抱いている。しかし成長するにつれ、ウェディングドレスにも興味を持つようになっていった。

 

「しかし、芳佳が結婚のことまで考えていたなんてなぁ」

 

「それって私は結婚出来ないってこと?」

 

意外そうな顔をする優人の言葉に反応して、芳佳はムッとした表情となる。

 

「いやいや、そういう意味じゃ!ちょっと意外だっただけで……」

 

慌てて弁解する優人の額を冷や汗が伝う。扶桑にいた頃の芳佳は世情に疎く、将来は単純に祖母や母が営む診療所を継ぐ以外の選択肢は全く考えていなかった。

さすがに眼中にないわけではないだろうが、結婚や異性との交際することにまで考えが至っていないものと優人は思っていた。

 

「でも、芳佳もいつかはお嫁に行くんだよな。寂しくなるなぁ」

 

優人はフフ、と寂し気な笑みを零す。まだまだ子どもだと思っていたが、芳佳も恋に恋するお年頃。ネウロイさえ現れなければ扶桑で彼氏の一人も作っていただろう。

そんな考えが頭を過り、喜びと寂しさの入り交じった複雑な気持ちが心に滲む。まるで我が子の成長を見守る親のような心境に至っている自分に対し、「老けているのか?」と優人は自嘲する。

 

「……ねぇ、お兄ちゃん」

 

「ん?」 

 

「お兄ちゃんは結婚したいって思う?」

 

急に真剣な眼差しを向ける芳佳に優人は無難な答えを返した。

 

「まぁ、いつかはしたいと思ってるよ。軍務で世界を飛び回っていれば、俺みたいなのでも好い人を見つけらるだろうし」

 

「…………」

 

芳佳は何も言わずに顔を俯かせる。優人はまだ20歳にも満たない若造だが、航空歩兵としては大ベテランで年齢的にも精神的にも芳佳よりずっと大人だ。本人は自覚していないが容姿も性格も悪くはない。

いつか相応の相手と結ばれ、子も設けて、幸せな家庭を築いていくことだろう。その時は妹として、家族として大好きな兄と兄の伴侶となる女性の幸せを願い、笑顔で祝福しなくてはならない。頭では理解しているし、納得もしている。しかし、芳佳にはそれがどうしようもなく寂しく、物悲しく思えた。

自立心が人並みに強い優人のことだ。結婚すれば、横須賀の実家を出て結婚相手と二人暮らしをするだろう。兄が遠く行ってしまうのではないか。自分のことを忘れてしまうのではないか。そんな不安が冷たく硬い鎖となって、芳佳の胸を締め付ける。

 

「芳佳?」

 

ふと声を掛けられた。芳佳が顔を上げると黙り込んでしまった自分を心配している兄の顔が見えた。

 

「どうした?具合でも悪いのか?」

 

「……ううん、大丈夫」

 

芳佳は首を振るが、優人にはとても大丈夫には見えなかった。

 

「お兄ちゃんの結婚を想像して寂しくなった?」

 

悪戯っぽく笑う優人。落ち込んでいようと茶化されたりすれば芳佳はプンプンとなって怒り、それがきっかけで元気を取り戻したりする。妹のことを理解している優人流の励まし方と言えよう。

しかし、芳佳の反応は優人の予想とは違う汐らしいものだった。

 

「うん、寂しい」

 

「芳佳……」

 

ストレートに自分の気持ちを吐き出す芳佳。優人の表情からも笑顔が消える。

 

「お兄ちゃんと……ずっと一緒にいたいな」

 

「…………」

 

「ごめんね、我が儘言って。もう大丈夫だから」

 

と芳佳は笑顔を向けるが、その瞳はいつもよりも濡れていた。健気な妹をいじらしく思った兄は妹の肩に手を回して自分の方へ寄せる。二人の身体がピッタリとくっつき、まるで肩を寄せ合う恋人のようだ。

 

「お、お兄ちゃん?」

 

突然のことに芳佳は頬を染めて困惑する。斜め上に見える優人の顔を目で追う。

 

「ずっと一緒にいられる方法ならあるぞ?」

 

「えっ?」

 

「お前が俺と結婚すれば良いんだ」

 

「えっ……ええええええええええぇっ!?」

 

優人の口から飛び出た爆弾発言。芳佳は驚きのあまり悲鳴にも似た盛大な叫び声を上げる。聞き付けた周りの人々は何事だ、と一斉に振り向いた。

 

「お、お、お兄ちゃん……わ、私達は……兄妹だよ?」

 

「ん?だから?」

 

「だから……って」

 

「俺と離れるのは嫌なんだろ?」

 

「嫌だけど、でも……」

 

消え入るような声で呟く芳佳の表情はみるみるうちに真っ赤に染まる。バクバクと暴れる心臓を落ち着かせようと握った両手を胸に当てる。

1分近く経った後、何かを決意した芳佳はまだ赤みの残る顔を上げて優人に問う。

 

「お兄ちゃん!」

 

「ん~?」

 

「こ、子どもは何人欲しい……ですか?」

 

芳佳は声が上擦り、口調も敬語になっている。優人は妹の言葉に一瞬目を点にした後に吹き出してしまった。

 

「ぷっ!……」

 

「お兄ちゃん?」

 

「くく……あっはははははは!」

 

腹を抱えて愉快そうに笑う優人を見て、自分がからかわれていたことに気付いた芳佳はカッとなる。

 

「お兄ちゃんっ!!」

 

「ごめんごめん、芳佳が可愛いもんだからついからかいたくなっちゃってさ」

 

「もう!こっちは真剣に考えたのに!」

 

芳佳はそう言ってポカポカと可愛らしいパンチを繰り出す。優人は「痛い痛い」と言いながらも笑顔だった。

 

「おや?どこのカップルかと思ったら」

 

「ん?」

 

「え?」

 

じゃれあっているところに声を掛けられ、二人が振り向くと優人よりも背の高いボーイッシュな顔立ちの女性と背丈が芳佳とほぼ同じくらいの少女が立っていた。

 

「やぁ!優人君!」

 

「お久しぶりね、宮藤大尉」

 

「クルピンスキー!?ロスマン曹長!?」

 

優人は目を疑った。こんなところで顔を合わせると思わなかったが、目の前にいるのはミーナやバルクホルンと同じくカールスラント空軍のウィッチで東部方面総司令部直属の航空ウィッチ部隊たる第502統合戦闘航空団『ブレイブウィッチーズ』の一員でもあるエディータ・ロスマン曹長とヴァルトルート・クルピンスキー中尉だった。

 

「そんなお化けを見たような顔しないでよ」

 

と肩を竦めるクルピンスキー。対する優人は驚きを隠せずにいる。

 

(この人達、誰なんだろう?お兄ちゃんの知り合い)

 

芳佳はと言うと、急に現れた二人組が誰か分からず頭にいくつもクエスチョンマークを浮かべていた。

 

「な、何で二人がロンドンに!?」

 

「東部の戦局が少しだけ安定したから、先生とお忍び旅こーー」

 

「ロンドンまで食材探しに来たのよ。一人で来るつもりだったのに、ニセ伯爵が勝手に着いてきたのよ」

 

クルピンスキーの言葉を遮り、ロスマンが嫌味混じりの説明をする。クルピンスキーはロスマンの物言いに「ひどいや」と苦笑すると芳佳に目を向ける。

 

「しかし、こんな可愛い恋人がいて、しかもウェディングドレスの下見にロンドンまで来るなんて。優人君も隅におけないな」

 

「こっ!こいびっ!!」

 

クルピンスキーが口にした『恋人』という言葉に、芳佳はボンッと音と出そうな勢いで赤面する。

 

「恋人?こいつは俺の妹だよ」

 

優人はクルピンスキーの発言を訂正しつつ、茹で蛸となっている芳佳の頭をポンポンと撫でた。

 

「あら?妹さんだったの?」

 

意外そうな顔をするロスマン。彼女も芳佳を優人の恋人だと思っていたようだ。

 

「そう言えばフラウからの手紙に書いてあったっけな」

 

思い出したように言うクルピンスキー。フラウとはハルトマンの愛称だ。彼女やバルクホルンの原隊であるJG52において「早く大きくなれよ」という愛情を込めてそう呼ばれたそうな。

 

「ちょっと待て、あいつ変なこと書いてないだろうな?」

 

優人が追及する。ハルトマンからの手紙と聞いて、彼は妙な胸騒ぎを覚えた。

 

「フラウの手紙は教えてくれたよ。色々とね……」

 

ニヤニヤと何かをほのめかしたクルピンスキーは再び芳佳に視線を向ける。宝塚の男役のようにも見えるクルピンスキーに顔をジロジロと見られ、芳佳は困惑する。

 

「なっ……なん、ですか?」

 

「君可愛いねぇ♪よかったら一緒にお茶でーー」

 

「おい!芳佳に色目使うな!」

 

クルピンスキーの毒牙から守ろうと、優人は芳佳を守るようにして抱き締めた。

 

「ふぇ……お、お兄ちゃん」

 

人前で抱き締められた芳佳は耳まで真っ赤にする。

 

「おやおや、妹の恋路を邪魔するなんて悪いお兄ちゃんだな……いったあああぁ!?」

 

クルピンスキーが突然悲鳴を上げる。ロスマンが彼女の足を力一杯踏みつけていたのだ。

 

「痛いよ、先生ぇ~」

 

クルピンスキーは涙目で訴えるが、ロスマンはそれを無視して宮藤兄妹へ歩み寄った。

 

「不愉快な思いをさせてごめんなさい。お詫びに食事をご馳走させて貰えないかしら?」

 

「食事?」

 

と優人がロスマンの言葉を繰り返す。腕時計を確認すると、針は既に正午を指していた。

 

「ええ、近くに良いお店を見つけたの。値段は少し高めだけど、代金は伯爵様が持つから心配いらないわ」

 

「先生!?」

 

「せっかく申し出だ、喜んで受けるよ。超高級フルコースを頼んでも構わないか?」

 

「ちょっ!優人君!?」

 

「ええ、もちろんよ」

 

ロスマンはニッコリといい笑顔を浮かべて頷くと、クルピンスキーにも無慈悲な笑顔を向ける。

 

「良いわよね、伯爵様」

 

「……うっ、はい」

 

ロスマンの問いにクルピンスキーは酷く黄昏れた声で答える。許可を出してから訊くのは地味に酷い。

 

「それじゃあ、行きましょうか?お店はこっちよ」

 

と言ってロスマンは宮藤兄妹を店まで案内する。そのすぐ後ろをクルピンスキーがぐったりと項垂れながら着いていく。

 

「ほら、俺達も行くぞ」

 

「…………」

 

「芳佳?どうかしたか?」

 

「……ううん、何でもないよ。お料理楽しみだね!」

 

「ロスマンの見立ては確かだからな」

 

そう言って二人も歩き始める。優人は気付かなかったが、芳佳ほ右手で鞄を強く握り締めていた。




ロスマン先生と伯爵が登場!


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