それとこの話にはちょっぴりアダルトな描写がありますが、作者的にはR-15タグがついているので問題ないと思っています。
一応R-17.9のタグを追加しておきます。
ロスマンとクルピンスキーに案内された店は高級とまではいかないものの、中々にセンスが良い。開戦前に母国からブリタニアへ移り住んだロマーニャ人が始めた店で、オススメメニューの店長こだわりのパスタ料理ボロネーゼは創業時から人気があった。
店内の調度品はどれも手作り風の木製で、至るところに飾られた観葉植物が彩りを添えていた。カウンターの脇に設置された蓄音機から再生される曲は店の落ち着いた雰囲気とマッチしている。
ロスマンお勧めの店を優人はすぐに気に入ったが、扶桑の大衆食堂しか経験のない芳佳はそわそわと忙しなくしていた。
「へぇ~、じゃあ妹ちゃんは扶桑で坂本少佐にスカウトされたんだ?」
「はい、いきなり『一緒にネウロイと戦おう』なんて言われてびっくりしちゃいました」
クルピンスキーの問いに対して、芳佳は苦笑交じりに答える。
元々、芳佳は初対面の相手とも物怖じせずに話せる明るい性格。4人が注文したボロネーゼが運ばれてくる頃にはクルピンスキーやロスマンともすぐに打ち解けていた。
「やっぱり、可愛い子はウィッチとしても優秀なのかな?」
「可愛いだなんて……えへへ」
クルピンスキーの言葉に芳佳は照れ臭そうに頭を掻いた。
ウィッチには容姿に優れた女性が多いとされるが、無論可愛さと優秀さに直接的な関係はない。
「お兄様から見て、妹さんの実力はいかがなものなのかしら?」
フォークにパスタを巻きながらロスマンが訊ねる。坂本と同じく優秀な教官であるロスマン。訓練校にも通わず、いきなり統合戦闘航空団へ招聘されたほどの逸材に興味を抱いたようだ。
「まぁ、魔法力は俺よりも上だし。潜在能力は高い……かな?あははは」
乾いた声で笑う優人の脳裏には失敗ばかり重ねている訓練中の芳佳の姿が浮かび上がっていた。
相変わらず芳佳は本番に強いが、訓練ではパッとしない。この前も滑走路上に配置された阻塞気球を避けて飛ぶ訓練をしていたのだが、途中でコントロールを失った芳佳は気球へ片っ端から突っ込んで全基割ってしまっていた。カーディントンの訓練センターからの借りものであったため、割った分は当然501が弁償することとなった。
ただでさえ予算を削減されて厳しくなりつつある501の台所事情をさらに圧迫してしまった。訓練に失敗した芳佳が落ち込むのはもちろん、兄である優人も肩身が狭い思いをしていた。
食事をすることで嫌な記憶を忘れようと考え、優人はボロネーゼを口に運んだ。欧州での生活が長かったため、パスタをフォークに巻いて食べる姿が堂に入っている。
「美味しい、さすがは店長のこだわりメニューだ」
ボロネーゼを口にすると、優人は満足気な表情で感想を述べる。
「今度こそ!……あれ?」
一方、芳佳の方は難儀していた。お茶会の時とは違い、扶桑の蕎麦やうどんのように音を立てて啜るのはマナー違反だと優人から事前に教わった彼女はどうにか西洋の食べ方をマスターしようと奮闘しているが、食事開始から失敗の連続。巻いたそばからスルッと抜けてしまい、傍から見ると遊んでいるようにしか見えない。
「難しいか?」
「うん……」
やや落ち込み気味の芳佳。このままだとせっかくの料理が冷めてしまう。いじらしく思った優人はフォークを芳佳の借り、代わりにパスタを巻いてやると芳佳の鼻先へ突き出した。
「ほら、あーんしな」
「えっ……」
優人の行為に芳佳の頬がほんのりと赤くなる。
「じ、自分で食べるから」
「このペースじゃ食べ終える前に陽が暮れるぞ?はい、あーん」
澄ました顔でフォークを向けてくる優人の厚意に芳佳は戸惑ったものの、すぐに観念してパスタを食べた。
「美味いだろ?」
「味なんてわからないよ……」
芳佳は口をモグモグと動かしながら目を伏せる。頬の赤みが増し、すぐに顔全体が熟れたトマトのように変化していった。
「顔が赤いな?熱でもあるのか?」
「お兄ちゃんの……にぶちん……」
「ん?あっ……頬っぺたにソースが付いてるぞ」
「え?……ど、どっち?右?左?」
「右だよ右!そっちは左……ああ、もうしょうがないな」
焦れったく思った優人は顔を近付けると芳佳の頬に付いたソースをペロッとひと舐めする。
「よし、取れた」
「へ?」
何をされたのかすぐには分からなかった芳佳だが、数秒中に優人が自身の頬に付いたソースを舐め取ったことを理解する。既に真っ赤に染まっている芳佳の顔からはシューとお湯が沸騰するような音と共に湯気が出てきた。
向かいでその光景を見ていたクルピンスキーは口笛を吹き「見せつけてくれるねぇ」と言葉を投げ掛け、食べさせるところまでは微笑ましく見ていたロスマンも妹の頬に舌を這わせた兄に対し、絶句している。
「な、な、な、な……なんで舐めたの!?」
兄の奇行に動揺した芳佳の怒鳴り声が店内に響き渡り、客や店員の視線が優人達のいるテーブルへ集中する。
「え?いやだから、お前の頬っぺたにソース付いてたから」
「それでなんで舐めるの!?」
「いや、なんとなくだけど……」
「なんとなくで舐めないで!!」
バァンとテーブルを叩いて立ち上がる芳佳。そこで自分が外食していることを思い出し、周りを見回した。店内のほぼすべての人間が彼女に注目している。
「……頭冷やしてきます」
周りの目に気付いた芳佳は逃げるかのように速足でトイレへ向かって行った。
あちこちからはひそひそと話し声が聞こえてくる。クルピンスキーはともかく、ロスマンは居心地が悪そうだった。
「……何がいけなかったんだ?」
「あなた、本当に分かってないの?」
ロスマンが顔を手で抑え、何とも言えない表情を浮かべる。相変わらずクエスチョンマークを浮かべている優人はとりあえずお冷やを飲んで喉を潤わせる。
各国から様々な人員が集まる統合戦闘航空団。招聘されたウィッチ達は皆相応の実力を備えてる。反面、様々なな性格、価値観、お国柄のウィッチが集まるため、良く言えば個性派集団、悪く言えば変人の巣窟となっている。
その中で優人は比較的常識人であるが、あくまで“比較的”。シスコンの件もさることながら、彼も立派な変人である。
「優人君って意外と大胆だよねぇ、最近はフラウと寝たみたいだし」
「ぶふぅっ!?」
クルピンスキーの急降下爆撃のような発言に優人はお冷やを吹き出した。驚いたせいで水が変なところに入ったのか、大きく咳き込み涙目となる。
「ゲホゲホ……な、なんだと?」
「昼間っからベッドに連れ込んだんでしょ?僕だってまだなのに、何だか妬けちゃうなぁ」
クルピンスキーは悪戯っぽく笑う。対する優人は声を荒げて抗議する。
「冤罪だ!ハルトマンが俺の勝手にベッドに入ってきたんだよ!てか何でそんな……って手紙か!?」
ベッドの件をクルピンスキーに伝える人間がいるとすればハルトマンとハルトマンが書いた手紙だろう。ミーナやバルクホルンもクルピンスキーとは旧知だが、二人はこんな話を他所に漏らしたりはしない。
何故軍内で厳しい検閲を受けるはずの手紙に男女が共寝したことを書けるのか、という疑問が優人の頭を過ったが、めんどくさがりなくせに変なところで狡猾なハルトマンのこと。上手く暗号化したのだろう。
「フラウからの手紙によると、最近はトゥルーデと仲が良いみたいだね?第一印象は最悪だったのに……」
「検閲官は仕事をしていないのか?ていうかあれはお前のせいだろうが!」
いい加減な仕事をしているらしい検閲官を恨みつつ、優人は忌々しそうな目でクルピンスキーを睨み返した。
優人がバルクホルンらカールスラントウィッチと出会ったのは大戦初期のこと。当時少尉だった優人や中尉だった坂本をはじめとする扶桑海軍航空歩兵の多くはリバウに配属されていた。
リバウは欧州に置ける遣欧艦隊の拠点だった港。基地に駐留していた23及び24戦隊のウィッチ達を中心とした扶桑海軍航空隊は『リバウ航空隊』と呼ばれ、当時の新鋭機だった零式で長距離を移動。北はスオムス、東はオラーシャ、南はオストマルク、西はカールスラントと各前線で八面六臂の活躍を見せていた。
ある日、カールスラント国境におけるネウロイとの戦闘後、補給に立ち寄ったカールスラント空軍基地で501や502のカールスラント組と出会った。カールスラント空軍においてとウィザードの存在が大変珍しかったため、基地に入るなり優人の周りにはウィッチの人だかりができた。その際、クルピンスキーの悪ふざけによって「扶桑の色魔ウィザードが基地のウィッチを手当たり次第口説いている」と誤解したバルクホルンの拳が優人の顔面にめり込むこととなった。
「それにしてももう3回もトゥルーデに殴られているんだよね?もしかして優人君ってドM?」
「は?」
優人の額に青筋が浮かび上がる。普段温厚な人間のマジギレは恐ろしい、クルピンスキーはすぐさま謝罪する。
「ごめんごめん!謝るから許してよ。ね?」
「本当にそう思っているのか?」
優人は訝しげにクルピンスキーを見る。
「心から悪ふざけをして申し訳ないとーー」
「思っていないと思うわよ?」
ロスマンが優人に加担する。
「だろうな」
優人もロスマンに同意する。ヴァルトルート・クルピンスキーという女の辞書に反省や学習という言葉は載っていない。
実際、ロスマンから度々説教や制裁を受けているにも関わらず、懲りずに新人ウィッチを口説き続けている。
「っと、そんなことより聞きたいことがあるんだけど?」
「何?僕の性感帯なら太腿の内側だよ?」
自分を先回りし、笑顔でセクハラ発言をするクルピンスキーに優人もニッコリと笑顔を作って答える。
「わかった、今度そこを扶桑刀でエグってやるよ」
「わぁーお、想像しただけで痛い」
「そんなことより聞きたいことって何かしら?」
痛みを想像して顔を歪めるクルピンスキーを他所に、ロスマンが脇道に逸れた話題を元に戻そうとする。
「501に来るはずのストライカーユニットの予備部品が届かないんだが、何か知らないか?」
優人がそう訊ねると、ロスマンとクルピンスキーは気まずそうに視線を合わせる。二人のその仕草で優人の中の疑問が確信に変わり、深く溜め息を吐いた。
「やっぱりラル少佐か……」
「ええ、多分……」
優人の言葉にロスマンは申し訳なさそうな顔をして頷いた。
カールスラント空軍少佐グンドュラ・ラル。オラーシャ西部を担当するクルピンスキーやロスマン等ベテランウィッチを多数擁する第502統合戦闘航空団の司令を務めるウィッチで、自身も250機以上の撃墜スコアを誇る優秀なウルトラエースウィッチ。502の司令に就任する前は多数のエースを排出したカールスラント空軍第52戦闘航空団にて中隊長を務めていた。この部隊はロスマンやクルピンスキー、バルクホルン、ハルトマンの原隊でもある。
豪放磊落な人物で「判断は部下に任せ、責任は自分が取る」というスタンスで隊をまとめる姉御肌な頼もしい人物なのだが、手癖がかなり悪い。欲しい人材や物資は他隊のものであろうと構わず、あの手この手で掠め取ろうとする。
実際、それぞれ503と501に配属されるはずだったオラーシャ軍のアレクサンドラ・イワーノヴナ・ポクルイーシキン大尉や優人と同じく遣欧艦隊24戦隊を原隊とする下原定子少尉がグンドュラの裏工作によって502に着任している。ミーナはもちろん、第503統合戦闘航空団司令のブロニスラヴァ・サフォーノフ中佐、カールスラント空軍の第5戦闘航空団、スオムス陸軍のラガス少将等々、グンドュラを目の敵にしている者は多い。
しかし、カールスラント陸軍のマンシュタイン元帥やスオムス軍最高司令官のマンネルヘイム元帥と繋がりがあるため言うほど問題にはなっていない。直属の上官であるトレヴァー・マロニー空軍大将と不仲を通り越して対立関係にある501からすれば、その点は大変羨ましく思っている。
「ああ、そうそう!優人君に渡す物があったんだ!」
予備部品の件から話を逸らそうとクルピンスキーは別の話題を振り、制服のポケットから1枚の白い封筒を取り出した。
「何だこれは?」
優人はクルピンスキーから受け取った封筒を見ながら訊ねる。封筒の色は白く、赤いハート型のシールで封がしてある。
「僕からの愛が精一杯詰まったラブレターだよ!」
そう言ってクルピンスキーは右手で指鉄砲を作り、ふざけて優人の心臓に撃ち抜く動作をしてみせる。しかし、優人から返ってきたのは「へぇ」と素っ気ないものだった。
冗談を言ったクルピンスキーに対し、優人だけでなく、隣に座っているロスマンまでもが冷たい目を向ける。
「……というのは冗談で!ラル隊長からだよ!」
二人の目に耐えられなかったクルピンスキーは慌てて訂正する。
封筒に視線を戻した優人はシールを丁寧に剥がし、中身を取り出してみる。
「やっぱり……」
中から出てきたのは優人が予想した通りの物だった。
「もし優人君に会ったら渡すように言われててね」
クルピンスキーの言葉に優人は頭を抑えた。中身は502への異動嘆願書、それとは別に『君が欲しい byグンドュラ・ラル』と書かれた1枚のメモ用紙が入っていた。嘆願書の存在とグンドュラの人柄に関する知識がなければ勘違いしてしまいそうな内容だ。
「まったく、あの人は……」
ウンザリだと言わんばかりの表情をする優人。彼の脳裏にはある苦い記憶が蘇っていた。
◇ ◇ ◇
それは8ヶ月程前の1943年12月のことだった。スオムス国の首都ヘルシンキにおいて統合戦闘航空団司令による合同会議が開催されることとなった。
506まで創設が決定している統合戦闘航空団のうち、既に結成、実戦投入されている501、502の司令及び503の副司令が業務の合間を縫って部下と共にヘルシンキに赴いていた。
関係書類の荷物持ちという命を受けた優人もミーナに同行してヘルシンキに来ていた。
「えーっと……会議室はこっちだったな」
会議が行われる予定のスオムス軍施設内廊下に優人の姿があった。会議が始まる前に用を足しておこうとトイレに行っていた優人は会議室へ戻る途中で道に迷っていた。
「あれ?こっちじゃなかったか?」
「どうかしたのか?」
背後から声を掛けられ、優人が振り返るとオレンジがかかった淡い茶髪をボブカットにしている長身の女性が立っていた。
カールスラント空軍の制服と黒いコルセットを身に纏っているその女性はクールビューティという言葉がよく似合い、ミーナとはまた違った大人っぽさがある。
「これはラル少佐!お久しぶりです!」
優人は右手を上げて敬礼する。
「宮藤大尉だったか……君もヘルシンキに来ていたんだな」
声を掛けてきた女性――グンドュラ・ラルは優人に返礼しながら言う。
「ビフレスト作戦以来か……随分と背が伸びて良い男になったじゃないか」
「いえ、そんな」
優人は照れ臭そうに笑う。社交辞令の一環かもしれないが、それでも女性からお褒めの言葉を賜ったことに悪い気はしない。グンドュラほどの美人ならなおのこと。
二人が顔を合わせるのはカールスラントからの撤退作戦であるビフレスト作戦時以来なので、約3年ぶりの再会となる。優人ら遣欧艦隊の航空歩兵を中心とするリバウ航空隊もこの作戦を支援していた。故に501のカールスラント組やグンドュラの他にもカールスラント空軍のウィッチには知り合いが多い。
「ところで、キョロキョロしていたようだが誰か探しているのか?」
グンドュラが腕を組みながら再度訊ねる。
「あ~、それがですね。トイレで用を足して、会議室に戻るところなんですが……」
「まさかとは思うが……迷子か?」
「……そのまさかです」
優人は罰が悪そうに肯定する。自身を見据えるグンドュラから目を逸らすと右手の人差し指で頬を掻いた。グンドュラはフッと微笑んだ。
「まぁ、完璧な人間よりは多少抜けている方がとっつきやすいだろう」
「それ褒めてるんですか?」
「もちろんだ」
とグンドュラは笑顔で首肯するが、それでも優人はちょっぴり切なさを覚えた。そんな優人を見て、何故かグンドュラは軽く舐めずりをする。
「私もこれから会議室へ向かう。着いて来るといい」
「……感謝します」
優人は覇気の無い声で礼を述べると、グンドュラの後に続いた。
扶桑にいた頃、外出時は妹の芳佳と常に手を繋ぎ、「離しちゃダメだよ?迷子になるからね」と言い聞かせていた。そんな自分が18という年齢にも関わらず、しかも初見とはいえ建物内で迷子なるなど優人自身思いもしなかった。501の仲間に知られれば、当分はこのネタで弄れるだろう。
落ち込んでいるうちに会議室に着いた優人はグンドュラと共に大きめの扉をくぐり、入室する。
「あれ?」
優人は室内の風景に違和感を覚える。部屋は会議室で間違いないが、優人が戻りたがっていた会議室ではないように思えた。
統合戦闘航空団司令の合同会議が行われるのは第1会議室。この部屋はおそらくは第2ないし第3会議室なのだろう。
室内に窓はなく、明かりも点いていないため薄暗い。会議室独特の無音や沈黙という言葉が似合う会議室独特の雰囲気も合間って、不気味な印象を受ける。
「ラル少佐、ここはーー」
バタン!
優人の問い掛けを遮るかのように扉の開閉音が室内に響く。扉を閉めたのはもちろんグンドュラだ。次に彼女は扉を内側から施錠した。
「これでいい……」
グンドュラはガチャッという施錠音に満足気な声を上げる。
「あ、あの……ラル少佐?」
「ん?」
優人が恐る恐る声を掛けると、グンドュラはゆっくりと彼の方へ向き直った。
「な、何故鍵を?」
「誰にも邪魔されたくないからだ」
と笑顔で答えるグンドュラだが、彼女は飢えた獣が視界に獲物を捉えた時の目をしていて、優人は身震いした。
「君と二人っきりで話がしたくてな」
グンドュラはそう言うと上着とシャツのボタンを外し始めた。
コルセットより上の位置に付いているボタンをすべて外し終えると、軍人には似つかわしくない凝ったデザインの下着と白く、豊かな胸が開かれたシャツから姿を現す。
「しょ、少佐!?」
「どうした?何を緊張している?」
狼狽えた様子の優人に薄ら笑みを浮かべたグンドュラは一歩一歩ゆっくり近付いてくる。対する優人も同じ歩速で後退る。
やがて優人が壁際まで追い詰められると、すかさずグンドュラは飛び掛かるように一瞬で間合いを詰めた。優人は冷たく硬い壁と制服越しに伝わるグンドュラの温かく柔らかい身体に挟まれてしまう。
「ちょっと!?一体何のつもりですか!?」
優人はグンドュラの肩を掴み、サンドイッチ状態から逃れようとするが、すぐに両手首を掴まれ、壁に押し付けられてしまう。
「落ち着け、別に取って食おうって言うんじゃないさ。君にお願いがあってな、この第2会議室に連れ込んだのはその為だ」
優人の左頬に顔を寄せて囁くグンドュラ。やはりここは第1会議室ではなかったようだ。
「お、お願い……ですか?それはどのような?」
優人は恐る恐る訊ねる。押し付けられる豊満ボディ、シミ一つ無い白い肌、女性特有の甘い香り、吸い込まれそうな水色の瞳に見据えられ、優人の思考は麻痺してしまい、逃走という選択肢が頭から消えつつあった。
そのことを見越したグンドュラは一歩後退し、優人を一時的に解放する。
「簡単なことだ。この書類にサインをしてくれればいい」
グンドュラは1枚の書類を取り出して優人に見せる。それは502の異動嘆願書だった。これにサインするということは優人が自分の意思で501から502へ転属することを意味する。
書類偽造や連合軍人事部への賄賂等の狡猾な手法でウィッチを中心とした人材とストライカーユニット等の物質を手に入れようとする強欲女――グンドュラ・ラル。
少し前に書類を偽造して『魔眼』が使える坂本を掠め取ろうとしていたが、今回はウィザードたる優人を手に入れるため、彼に対して色仕掛けを用いている。ご丁寧に普段着ないような勝負下着まで身に付けている。
「知っての通り、我々502が担当するオラーシャは欧州屈指の激戦区。特に冬は厳しい寒さの中で戦わなくてはならない」
グンドュラの表情が急に険しくなり、東部戦線の実情を語り始めた。
「502のウィッチ達が欧州の戦いを経験したベテラン揃いと言っても所詮は年相応のか弱い乙女。守ってくれる騎士(ナイト)のような存在が必要なんだ。宮藤大尉、君のようなウィザードがな」
「なら、ブリタニアにいる俺よりも東部戦線に展開している部隊から引き抜きばーー」
「それは私も考えた……カールスラントの第5戦闘航空団にも一人いるんだが、ロスマンの件で警戒されてしまってな」
グンドュラは肩を竦める。ロスマンを502へ引き抜く際、カールスラント空軍第5戦闘航空団の面々が「グンドュラが基地へ近付けば発砲する」と脅しをかけた話はブリタニアまで届いている。
故にポクルイーシキン大尉がグンドュラの代行として基地を訪れた。嘘か真か、この時ロスマンは金庫に隠されそうになったそうな。
「それに今の欧州には君以上のウィザードはいないだろうしな」
「いやいやいや!俺はそれほどの者じゃありませんよ!少佐の見込み違いです!」
激しく頭を振る優人。現在欧州で戦っているウィザードは10人にも満たない。なのでウィザード内でトップになること自体はさほど難しくない。
しかし、優人には大ベテランに相応しい実力と経験があるのも事実だ。
「そんなに謙遜することはないだろう」
グンドュラは再度身体を密着させる。意図的に押し付けれた胸が下着越しに当たり、ひしゃげる。
「君は扶桑海事変からの大ベテラン、坂本少佐の右腕と称されるほどの腕利き、紳士的でウィッチウケも良い。私はそんな君が……」
妖艶な表情を浮かべたグンドュラは優人の左耳に唇を近付け、
「欲・し・い」
と甘く囁いた。熱い吐息が耳にかかり、優人はビクッと身体を震わせる。さらにグンドュラはスリスリと身体をすり寄せ、優人を誘惑する。
「も、申し訳ありませんが……ラル少佐のお誘いには乗れません!」
理性を総動員して申し出を断る優人だが、グンドュラはその程度では引き下がらなかった。
「私の背中の傷のことは知っているな?」
「え?……は、はい」
突然話題を変えられ、優人は戸惑いつつも頷いた。グンドュラが未だに耳元で話しているため、くすぐったくて仕方ない。
「寒くなってくると痛むんだよ。就寝時はコルセットをしていないからゆっくり眠ることも出来ず、辛いんだ」
「それはお気の毒ですが……」
「君は診療所の息子らしいな?502に転属して傷を看てはくれないか?」
「御言葉ですが、俺に出来るのは応急処置ぐらいで……」
「治せとな言わない」
グンドュラは一呼吸置いてから更なる誘惑を始めた。
「毎晩共に寝て、私の身体を暖めてくれればいい」
「はあぁっ!?」
とんでもない申し出に優人は素っ頓狂な声を上げる。対するグンドュラは余裕な笑みを絶やさない。
「な、何馬鹿なことを!?悪い冗談は止めてください!!」
「私は至って真剣だ。この頃、寝不足で肌もボロボロになってしまった」
グンドュラはそう言うが、優人には艶々とした物凄く健康的な肌にしか見えない。寝不足な割には目元に隈も見られない。
「まぁ、共寝に付き合わせるのだけではこちらとしても申し訳ない。私の頬へのキスと多少のボディタッチくらいは認めよう」
「いい加減にしてください!」
露骨過ぎる誘惑をしてくる痴女――いや、魔女に優人は思わず声を張り上げた。
「と、とにかく!501の仲間を裏切るような真似は出来ません!」
「…そうか」
優人がきっぱりと断ると、それまで笑みを浮かべていたグンドュラの表情が曇る。
「こんな手は使いたくなかったが……やむを得んな」
「……え?」
グンドュラの言ったことの意味がよく理解出来なかった優人は聞き返そうとするが、グンドュラはそれよりも先に動いた。優人の両手首を掴み、下着に包まれた自身の胸へ押し当てる。
「ちょ、ちょっ!ちょっとおおおおおおぉ~!?」
あまりのことに優人は今日一番の盛大な叫び声を上げる。故意ではないとは言え、優人は今グンドュラの女性的な部分を思いっきり掴むという世の男達が羨む状況に陥っている。
手の平からは下着の生地の、指から柔肌の手触りと温もりを感じ、これ以上ないような幸福感と物凄く悪いことしているような罪悪感が心に流れ込む。早く手を離さなければと思いながらもグンドュラが逃がさないとばかりに手首をガッシリ掴んでいるために叶わない。
優人がグンドュラに「手を離して下さい!」と言おうとしたその時、部屋の奥からパシャパシャというシャッター音とフラッシュの光が起きた。
「撮れたか?」
グンドュラが優人から離れて振り返ると、コの字テーブルの影からセーターとスラックスを着用したブルネットの女性が姿を現した。服装と雰囲気から優人は彼女が軍人でないとすぐに理解する。
「バッチリです!」
女性は右手の親指をグッと立て、右目でウィンクをする。快活かつ茶目っ気のありそうな声。優人は彼女からはどこかシャーリーと似た雰囲気を感じた。
優人の視線に気付いた女性はニッコリ笑って自己紹介をする。
「私はデビー・シーモア。リベリオンのグラフ誌と契約しているカメラマンです!」
「な、何で一般人がここに?」
「私が潜り込ませた」
デビーと名乗った女性の代わりにグンドュラが優人の質問に答える。彼女は既にシャツや上着のボタンを留め直し、いつもの凛々しい姿に戻っていた。
「彼女に頼みがあってな」
「頼みって……まさか!?」
グンドュラの意味有り気な言葉に優人はハッとなり、二人の思惑に気付いた。
「宮藤大尉がラル少佐を襲っているところ、しっかりとカメラに収めさせて頂きました!」
デビーは左手に持ったカメラを掲げ、優人に屈託のない笑顔を向ける。自分の状況を理解した優人の顔から血の気が引いていく。
「この写真をバラ巻かれたくなかったら、うちに来て貰おうか?」
(は、図られた!……)
502への異動嘆願書を片手でヒラヒラと掲げ、黒い笑みを浮かべるグンドュラを見て、優人は彼女の恐ろしさを思い知った。
◇ ◇ ◇
「はぁ……」
場面は現在、ロンドンのレストランへ戻る。ヘルシンキの出来事を回想し終えてすぐ肩に疲労感がのし掛かり、優人は頭を抑えて溜め息を吐いた。
あの後、ミーナがグンドュラの意図に勘づいて第2会議室に飛び込んで来てくれたため、どうにか501に留まることが出来た。もちろん、フィルムもカメラごと没収したので、弱みも握られずに済んでいる。
基地へ戻ってから優人はグンドュラのハニートラップにまんまと引っ掛かってしまった罰として数日分の書類仕事をミーナから押し付けられたり、若干のトラウマから基地の女性陣に対して不信感を抱いたりしていた。
「あの人もホント意地が悪いな」
再び封筒に目を向けた優人は眉をしかめる。その気がないにも関わらず、わざわざラブレター風にしている点からは立派な悪意を感じる。
世の中には自分宛に届いたラブレターが実は同級生の悪戯だったり、外見を紛らわしくしただけのただ手紙だったりでぬか喜びをする人々もいるというのに残酷なことだ。
「そんなこと言って、ラル隊長の身体を堪能できたことが実は嬉しかったりして!」
ニヤニヤとおちょくるように笑みを浮かべるクルピンスキー。優人は護身用に持ってきた十四年式拳銃をぶっ放してやりたい衝動に駆り立てられたが、表面上は平静を装い、ギラリとクルピンスキーを睨んだ。
「あんまり舐めたこと言うとドーバーの海に沈めるぞ?」
「へぇ……優人君、僕に勝てるつもり?JG52のエースの一人であるこの僕に?」
普段、飄々としているクルピンスキーの口から挑発するような言葉が飛び出す。しかし、優人も負けてはいなかった。
「試してみるか?俺だって、鬼より恐いリバウ航空隊の一員だぞ」
何故か火花を散らす優人とクルピンスキー。そんな二人を他所にロスマンは黙々と食事を再開していた。
「ここのボロネーゼは最高ね」
◇ ◇ ◇
一方、頭を冷やしにトイレへ行った芳佳は洗面台の前に立ち、鏡の中の自分と睨めっこしていた。
「もう、お兄ちゃんってば!」
プンプンに怒っている芳佳は優人に舐められた右頬に手を当てる。
まさか兄があんなことをするとは予想だにしていなかった。指でソースを掬って舐めるのならまだ分かる。しかし、優人がやったのは芳佳の頬を舐めると言う、ある種の変態行為。
もちろん、優人があんな奇行に出たのは相手が妹の芳佳だからだろう。クルピンスキーやロスマンはもとより、501のウィッチ達が相手ならばこんなことはしない。というかヘタレのところがある優人が異性相手にそんな大胆真似は出来ない。逆に言えば、さっきの行いは芳佳を異性として強く意識していないから出来たことと言えよう。
「席に戻ったらガツンと言ってやるんだから!」
小さな決意を胸に抱き、芳佳はギュッと右拳を握り締める。トイレから出ると近くのテーブルから話が聞こえてきた。
「ねぇ、あの二人って宮藤優人とヴァルトルート・クルピンスキーじゃない!」
「エディータ・ロスマンもいるわ。小さくて可愛い!」
きゃあきゃあと黄色い悲鳴を上げる3人の少女達。彼女らはブリタニア空軍やファラウェイランド等のブリタニア連邦加盟国の空軍の制服を着用している。おそらくは第11統合戦闘飛行隊のウィッチだろう。
優人、ロスマン、クルピンスキー。欧州で名が通っている航空歩兵を生で見て興奮している。
「宮藤優人……直に見てみると結構格好良いじゃない!」
優人を見詰めていたアウストラリス空軍のウィッチが両手を頬に当て、身体をくねらせる。
「あんた、東洋人が好みだったっけ?」
とファラウェイランド空軍のウィッチが訊ねると、ブリタニア空軍のウィッチがそれに続いた。
「思い切って声掛けてみたら?デートくらいして貰えるかもよ?」
「それはどうかしら?」
ファラウェイランド空軍のウィッチが異を唱えた。
「宮藤優人はクルピンスキーとデキてるみたいよ?」
(……えっ?)
ファラウェイランド空軍ウィッチの言葉を聞いて、芳佳は目を見開いた。ファラウェイランドウィッチはさらに詳しく説明する。
「クルピンスキーがラブレター渡してたもの」
「そういえばあの二人、さっきからずっと見詰め合ってるわね?」
ブリタニア空軍ウィッチの話を聞いて、芳佳は優人達のいるテーブルに目を向ける。
確かに優人とクルピンスキーは見詰め合っている。実際は睨み合っているだけなのだが、芳佳になんとなく二人が良いムードになっているように見えていた。
(そんな……お兄ちゃん、恋人がいるなんて一言も)
混乱する芳佳の脳裏には以前坂本から言われた言葉が浮かび上がった。
ーー私はお前の兄を盗ったりしないから安心しろ。
501に着任したあの日、坂本が優人の恋人なのか気になった芳佳は思い切って訊いてみた。坂本は「私“は”盗ったりしない」と言っていたが、あれは遠回しに自分とは別に優人には恋人がいるという意味だったのではないか。そして、その相手はクルピンスキーなのではないか。
その考えに至った瞬間、芳佳は足元が崩れ落ちるような不安と胸が締め付けられるような痛みに苛まれた。
(……なんなの、これ?すごく苦しくて、痛い)
ウェディングドレスショップの前で感じた寂しさとは違う。優人が他の女の子と話している時に感じる嫉妬とも違う。何なのかわからない感情、芳佳は苦しみをすこしでも緩和しようと胸の前で両手をギュッと握った。
「あれ?芳佳。何突っ立ってるんだ?」
トイレの入り口に立つ芳佳に気付いた優人が声を掛ける。彼と目が合った途端、より強い苦しみが波のように押し寄せてきた。
「ーーっ!?」
耐えられなくなった芳佳は優人からを目を逸らし、店の外へと一目散に駆け出した。
ストパンの世界にウィザードがいたらグンドュラは優秀なのを色仕掛けで引き抜こうとしそうですね。
感想、誤字脱字報告お願い致します。あとオリ主紹介の内容をちょこっと更新しました。