ストライクウィッチーズ 扶桑の兄妹 改訂版   作:u-ya

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葛藤に次ぐ葛藤で執筆が進まず、本日漸く完成。

実は書いたものの、伯爵やロスマン先生が上手く再現出来ず、この「宮藤兄妹のお出掛け」は必要か、と悩み。削除してとっとと原作沿いの話を書こうとも思いましたが、応援してくださる方がいたので書き終えようと思いました。文章が無駄に長くなってしまいましたが……

ありがとうございます!


第29話「宮藤兄妹のお出掛け 後編」

芳佳がレストランを飛び出してから数時間が経っていた。陽は傾き始め、昼夜問わず賑やかな都市の中に夕陽が幻想的な風景を作り出している。

赤とオレンジで彩られた景色は見るものを虜にし、街自体が醸し出す雰囲気は立ち入るものを魅了する。

 

「はぁ……」

 

夕暮れの街中を芳佳は当てもなく、トボトボと歩いていた。その顔にはいつもの快活さはなく、愁眉の表情を浮かべていた。

 

ぐうううううぅ!

 

ふと腹の虫が悲鳴を上げる。昼食を中断し、宛もなく街中を歩き回っていた芳佳。少し前から空腹感に襲われていた。

何か買って食べようかとも思ったが、財布は鞄ごとレストランに置いてきてしまった。取りに戻りたいところだが、引き返せば優人と顔を合わせてしまうかもしれない。

 

「お兄ちゃん……」

 

芳佳は右手で胸をぎゅっと握り、切な気に呟いた。言い表し難い、モヤモヤとした得体の知れない感情が未だ胸中で渦巻いている。

少し考えればわかることだった。本人が自覚しているかどうかはわからないが、妹の贔屓目無しに見ても優人は魅力的な男性なのだから、付き合っている人がいたっておかしな事じゃない。 芳佳がそんな人はいないのだと、現れるとしてもまだまだ先のことだと勝手に思い込んでいただけの話。

 

(私……一体どうしたんだろ?)

 

芳佳の優人に対する愛情はあくまでも兄妹愛であり、恋愛感情を抱いているわけでない。それは芳佳自身が一番良くわかっている。しかし、優人とクルピンスキーの間に恋人の疑惑が出た瞬間、兄を失うような強い不安に駆られた。

これは兄離れの出来ない妹の子ども染みた独占欲から来るものなのか。それとも――

 

「そこのお嬢さん!」

 

ふと、しゃがれた声が聞こえ、振り返ってみれば年季の入ったカールスラント空軍の軍服を着た老人が三人、仁王立ちしていた。

 

「ええと……」

 

戸惑う芳佳の返事を待たずにリーダー格らしい白髭の老人が重ねて訊ねる。

 

「お?もしやお嬢ちゃん、扶桑の航空ウィッチではないかの?」

 

「えっ……分かるんですか?」

 

ズバリ言い当てられた芳佳は目を丸くする。

 

「分かる!」

 

と二人目の小太りの老人が力強く頷く。

 

「伊達に長生きはしとらん!わしら三人は人の本質を見抜くのが得意なんじゃよ!」

 

「カ、カ、カ、カ、カ、カールスラント空軍人の観察眼は世界一ぃぃぃぃぃぃぃっ!」

 

小太りの老人が胸を張ると、続いて三人目の老人が奇声を上げる。彼は少しボケてしまっているようだ。

 

「本当はわしらもブリタニアの防衛戦に加わるべく、義勇兵としての参戦を申し出たのじゃが……」

 

老人達は芳佳にした最初の質問のことなど忘れ、勝手に身の上話を始めた。

 

「あのトレヴァー・マロニーとかいう空軍大将めが!『それには及びません』などと、慇懃無礼な返事を寄越しおって!わしらはまだ第一線で通用する腕前じゃ!」

 

白髭の老人が鼻息も荒く、憤慨する。続いて、小太りの老人も怒りを露にする。

どうやらこの老人達は空軍に義勇兵として志願したものの、年齢を理由に断られた元カールスラント空軍人のようだ。

 

「あのマロニーとか言う無能、いずれ他の将官に嵌められて失脚するぞい!全財産賭けてもいい!」

 

「ブ、ブ、ブ、ブ、ブ、ブリタニア空軍大将の無能っぷりは世界一ぃぃぃぃぃぃぃっ!」

 

またもやボケの入った老人が吠える。周囲の人々は芳佳や老人達を変な目で見据えると、なるべく離れるようにして通り過ぎていく。

 

「何あれ?」

 

「女の子をナンパか?」

 

「あんなじいさん達が?」

 

「もしかしなくても変質者?」

 

「警察呼ぶか?」

 

なんて声もチラホラと聞こえてくる。人々の視線に耐えられなくなった芳佳は脇道に逸れた話を戻そうとする。

 

「あ、あの……」

 

「おお!そうじゃった!わしらはお前さんが悩んでいるようなので声を掛けたんじゃったな!」

 

白髭の老人が自分達が何をしようとしていたのかを思い出す。三名の老人という名の奇人達に一抹の不安を抱きながらも芳佳は成り行き上、仕方なく悩みを相談する。

 

「……ふむふむ、なるほど!これは人生経験豊かなわしらになんとも相応しい悩みじゃあないか!」

 

白髭の老人は最近よく見えなくなっている目を輝かせて、自画自賛する。

 

「お前さんの悩み、わしら三人が解決してしんぜよう!」

 

「あ、ありがとうございます」

 

芳佳はひきつり気味の表情を浮かべつつも、三人組に礼を述べて頭を下げる。

 

「その代わり……」

 

老人達の目が怪しく光ったと思えば、両手の平を芳佳に向けてかざした。

 

「お嬢ちゃんの若い乳をわしらに揉ませてくれええええぇ~っ!」

 

「へっ!?きゃっ、きゃあああああああぁ!!」

 

迫りくる6本の腕。芳佳は悲鳴を上げ、身を守るように両腕で身体を抱き締める。しかし、厭らしく伸ばされた老人達の腕は胸まであと数ミリというところでピタリと動きを止めた。

訳もわからず芳佳が首を傾げていると、白髭の老人がゆっくりと口を開いた。

 

「……無い」

 

目が悪くなっていて気付かなかったが、芳佳の胸は老人が期待したほどのボリュームがない。真っ平というわけではないが、質量と空気抵抗が共にほぼゼロとも言えるその胸に老人達は失望を隠せないようだ。

 

「なんということだ!扶桑人は胸の育ちがあまり良くない貧乳ばかりとは聞いていたが、まさかこれほどとは!」

 

「ふ、ふ、ふ、ふ、ふ、扶桑軍ウィッチのツルペタは世界一ぃぃぃぃぃぃぃっ!」

 

小太りの老人、ボケた老人が順に叫ぶ。大声で貧乳、ツルペタと好き勝手言う老人達に芳佳はムッとした。芳佳でなくとも扶桑ウィッチ達が同じことを聞けばブチギレることだろう。

 

「そんな、私ペタンコじゃありません!少しはその、ありますよ!それに着物は胸が小さい方が綺麗に着れるんですから!」

 

胸を揉まれる心配がなくなったというのに触られなかったら触られなかったで悔しいのか、芳佳はムキになって反論する。しかし、胸の大小と形の良さに価値を見出だす老人達は「つまらん」の一言だけを溜め息混じりに漏らすだけだった。

 

「ちょっと待て!」

 

失望のあまり黙り込んでいた白髭の老人の目が再びギラリと光った。

 

「胸がないならば……尻と腿はどうじゃ?」

 

そう言って白髭の老人は芳佳の下半身に目をやった。彼の言葉に促され、他の二人も目を向ける。

ベルト越しに足や臀部を舐めるように眺める。白く、健康的で、弾力のある太腿や尻を想像し、三人の老人は愉悦に浸っていた。

 

「よし!お嬢ちゃん!わしらに尻と腿を触らせてくれええええええええぇっ~!」

 

「ひゃあああああああぁっ!!」

 

白髭の老人が吼えたのを合図に6本の腕と30本の指がわしわしと厭らし気に動き、芳佳の下半身へと迫る。芳佳は悲鳴を上げると共に同時に全力で後退った。

 

「何故逃げる!?老い先短い年寄りの言うことが聞けんのか!?」

 

「老い先短い……って、元気いっぱいじゃないですか!?」

 

「おのれ!わしらの三位一体から逃れられると思うてか!?」

 

「カ、カ、カ、カ、カ、カールスラントの白兵戦術は世界一ぃぃぃぃぃぃぃっ!」

 

芳佳と老人達が熾烈(?)な攻防を繰り広げていると

 

「芳佳!」

 

聞き覚えのある声を芳佳の耳が捉える。芳佳がハッとなって声のした方を見ると、妙なものを見る目で自分達を見ている優人の姿があった。

 

「お、お兄ちゃん!」

 

「こんなところにいたのか?ずいぶん探したぞ!」

 

優人は芳佳に駆け寄ると、さっさく妹を叱りつけた。

 

「なんで勝手にいなくなったんだ!?心配するだろ!!」

 

「うっ……ごめんなさい」

 

怒鳴られた芳佳はビクッと肩を震わせ、縮こまる。軽い説教の後、優人は老人達のことを訊いた。

 

「で……こちらのおじいさん達は?」

 

「ジジイとは失礼な!わしらを年寄り扱いするつもりか若造!!」

 

「え?あ、えーっと……失礼しました」

 

白髭の老人の剣幕にたじろぎつつ、優人はとりあえず謝罪する。面倒なのに捕まったなぁ、と思った優人は老人達に気付かれないように小さく溜め息を吐いた。

 

「わしらとて第一線くらい張れるわ!なのに、トレヴァー・マロニー空軍大将はわしらが義勇兵として戦線復帰の嘆願書を出すと、『歴戦の勇士の方々は後方で士気の鼓舞に当たって頂きたい』などと断りの手紙を寄越しおって!」

 

「未来ある若者達が身を粉にして戦っているというのに、お陰でわしらは惰眠を貪る毎日じゃあ~!」

 

小太りの老人が白髭の老人の言葉を継いだ。

 

「は、はぁ……」

 

第一線級の戦力を自称する退役軍人達の言い分に、優人は何とも言えぬ表情を浮かべる。彼も今回ばかりは普段嫌悪しているマロニーの判断を強く支持する。

 

「あの、それで……妹が何か?」

 

「おお、そうじゃった!お前さんは妹の躾がなっておらん!目上の者を敬う心が足りん!」

 

白髭の老人がビシッと優人を指差して吼える。

 

「……と言いますと?」

 

優人の質問に答えたのは小太りの老人だった。

 

「わしらが触らせろと言ったら、黙って尻や腿を触らせんか!ケチんぼが!」

 

「ふ、ふ、ふ、ふ、ふ、扶桑人のケチっぷりは世界一ぃぃぃぃぃぃぃっ!」

 

「……今なんつった?」

 

老人達の言いたいことを理解した優人の口調が乱暴なものに変わる。聞いた者が身震いするような低く、冷たい声で訊き返した。対して、白髭の老人が動じることなく応じた。

 

「じゃから、冥土の土産にお前さんの妹の身体を――」

 

バキッ!ドゴッ!ベキッ!

 

色ボケした老人達の言葉を遮るかのように低く、鈍い殴打の音がロンドンの夕空に響いた。三人の老兵は一人の若造にそれぞれワンパンで打ちのめされ、石畳に仰向けで倒れた。

 

「ふぅ……いくぞ芳佳」

 

スッキリとした表情になった優人は芳佳の手を握ると老人達とは反対の方向へ歩き出した。

 

「う、うん」

 

芳佳は心配そうな顔で老人達を一瞥するも、手を引かれるままにその場から離れていった。

つい先程まで優人と顔を合わせるのが辛かった芳佳だが、兄が自分を探しに来てくれたことに内心ホッとしていた。

 

「お、おのれ!扶桑の若造がぁ!」

 

宮藤兄妹が立ち去って間もなく、怒りを露にした白髭の老人がプルプルと身体を震わせながらゆっくり上体を起こした。彼に続いて、他の二人も身体を起こす。

 

「わしらは諦めぬぞ!あのナイスな形の尻をいつか必ず……」

 

「カ、カ、カ、カ、カ、カールスラント軍人の粘り強さは世界一ぃぃぃぃぃぃぃっ!」

 

執念深い老人達は扶桑ウィザードへの復讐と扶桑ウィッチへのボディタッチを強く決意するのであった。あと力んだら腰が折れた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

その約一時間後ーー

 

芳佳を見つけたのはいいが、501基地最寄りのバス停へ向かう最終バスは既に出てしまっていた。

仕方なく、宮藤兄妹はホテルに泊まることにする。宿泊に選んだのは純洋風のいかにもホテルといった外観の建物。ロンドン市内のホテルの中では宿泊料金が比較的安い、それが決め手だ。

チェックインを済ませた優人は501基地へ連絡するためにフロントの電話を借りていた。

 

『もしもし』

 

優人の電話はすぐにミーナへ取り次がれた。受話器から疲労を孕んだ声が聞こえる。おそらくはデスクワークの最中だったのだろう。

 

「あ、ミーナ。俺だけど」

 

『私の名前を呼ぶあなたはどこのどなたかしら?』

 

受話器から聞こえてくる抑揚の無い声。優人の表情が僅かに引きつる。

 

「俺だよ、優人だ」

 

『電話では相手の姿が見ない、故に声を少し変えるだけで色々な人物に成り済ますことができます。あなたが妹とロンドンへ遊びに行ったまま門限を過ぎても帰ってこない宮藤優人大尉だと、どうやって証明するつもりなのかしら?』

 

当然と言えば当然だが、相当お冠らしい。いつもなら歌手を想わせるミーナの澄んだ声に心地好ささえ感じるが、今は押し潰されんばかりの凄まじいプレッシャーが感じられる。優人は嘔吐してしまいそうだった。

 

「門限までに帰らなかったことは謝るよ」

 

『あなた、一体どこからかけてるの?』

 

「ロンドンの三流ホテル……」

 

優人はやや不貞腐れ気味に答える。『三流』という侮辱的な発言が耳に届いたのか、フロントのボーイと支配人が優人を睨みつけていた。

 

『ホテル?』

 

「宿泊施設の……」

 

『ああ、そのホテルね……なんて私が言うとでも思ったのかしら?』

 

関西出身の扶桑人を思わせるミーナの見事なノリツッコミに優人はパチパチと軽い拍手をする。

 

「嫌味や説教なら後でいくらでも聞くから、少しだけ俺の話を聞いてくれないか?」

 

『いいでしょう。あなたに処分を言い渡すのはそれからでも遅くないわ』

 

或いは本気かも知れない無慈悲なミーナの言葉。優人は冷や汗を拭いながら搔い摘んで事情を説明した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

優人が電話をしている頃、芳佳は波乱万丈な一日の疲れを落とすため客室に設置された風呂に入っていた。

小柄な芳佳が湯の張られたバスタブに曲げた膝を抱えた状態で座っているので、肩どころか顎の下までお湯に浸かっている。湯気に包まれた湿度たっぷりの空間と浴室内に反響する音が心地好い。

 

「はぁ……」

 

お湯の温かさに頬が緩み、自然と息が漏れる。そのまま時間が経つのも忘れてリラックスしていると低めの声が芳佳の耳に響いた。

 

「妹ちゃん、入るよ?」

 

「ーーっ!?」

 

突然聞こえた声に反応して芳佳は顔を上げる。浴室の扉が開かれ、一糸纏わぬ姿のクルピンスキーが入ってきた。

 

「クルピンスキーさん!?なんで!?」

 

突然の来客に驚いた芳佳は裏返った声で訊ねる。

 

「僕と先生もこのホテルに泊まっているんだよ。部屋に荷物置いたら急にお湯に浸かりたくなっちゃって……」

 

「どうして、こっちのお風呂に入るんですか!?」

 

「君ともっとお近づきになりたくてさ。扶桑の風習に倣って裸の付き合いをしようと思ったんだよ」

 

平然と応じたクルピンスキーはシャワーのハンドルを捻る。高く設置されたシャワーヘッドから熱いお湯が降り注ぎ、クルピンスキーの褐色の肌を伝ってタイルへ流れる。衣服で隠れている部分が白くなっていないところを見ると、彼女の褐色肌は日焼けしたものではなく生まれつきのようだ。

 

(お兄ちゃんよりも大きいな……)

 

小柄で凹凸の少ない芳佳とは違い、手足がスラリと伸びていて起伏もあるクルピンスキー。彼女の身長は175cmと女性でありながら優人よりも5cmほど高い。カールスラント人と扶桑人の平均身長に開きがあると言ってもクルピンスキーのように扶桑人男性よりも高身長な女性は大変珍しい。

まさにお湯も滴るいい女。モデルのようなクルピンスキーの身体と綺麗な肌は同性である芳佳も思わず見とれてしまう。その視線は段々と下へ向かい、彼女の豊満な胸を捉える。

 

「おっきいな……」

 

「ん?何か言った?」

 

芳佳がボソリと呟くと、声に気付いたクルピンスキーと目が合う。芳佳は両手を顔の前で振って必死に誤魔化した。

 

「い、いえ!何でもないです!」

 

「そんなに熱い視線で見つめられると照れちゃうよ♪」

 

薄く笑みを浮かべながら濡れた髪をかき上げ、満更でもなさそうに言うとクルピンスキーはバスタブに足を伸ばし、爪先からゆっくりと湯に身体を沈めた。溢れたお湯がタイルを満たし、沸き立った湯気が天井へと立ち上る。

 

「ふぅ~……たまにはお湯に浸かるのもいいね」

 

肩まで浸かったクルピンスキーはえも言われぬ湯の心地良さに息を漏らす。

 

「いつもはシャワーだけなんですか?」

 

「実はシャワーも久しぶりなんだ。502基地にはサウナしかなくてね」

 

「うっ……あれは苦手です」

 

数日前にサーニャとエイラに誘われた501基地のサウナ。そこで逆上せかけてしまったことを思い出し、芳佳は表情をひきつらせる。

 

「そう?うちの部隊では好評なんだけどなぁ」

 

言いながらクルピンスキーはバスタブの壁面にもたれかかり、天井を仰いだ。その体勢によって突き出されるかのように強調され胸に芳佳は再び釘付けになる。

 

(リーネちゃんやシャーリーさんよりは小さいけど……クルピンスキーさんのもすごい……)

 

さすがは兄妹と言うべきだろか。豊満な胸に対して興味津々なところは優人とそっくりだ。

 

「ところでさ……」

 

ふとクルピンスキーは口火を切った。彼女の胸を注視していた芳佳はハッとなって、顔を上げる。

 

「君は、優人く……お兄ちゃんについて悩みでもあるの?」

 

「え?」

 

スバリと言い当てられた芳佳はギクリとする。その仕草を見逃さなかったクルピンスキーはニッと悪戯っぽく笑い、重ねて訊いた。

 

「あるんだね?」

 

「ど……どうして?」

 

「レストランから出ていく直前の君の様子を見ればわかるよ」

 

と得意気なクルピンスキー。彼女は優人と目が合った芳佳がすぐさまレストランから飛び出して行ったことから原因が優人であることを察していた。おそらくはロスマンも同じだろう。見透かされている気がした芳佳は躊躇いがちに訊ねた。

 

「お兄ちゃんとクルピンスキーさんは……恋人同士なんですか?」

 

「え?」

 

芳佳からの予想外の質問にクルピンスキーの目が点になる。芳佳の方もクルピンスキーの予想外の反応に「あれ?」と首を傾げる。

 

「どうしてそう思うのかな?」

 

「だ、だって……お兄ちゃんにラブレターを渡したり、見つめ合ったりしてたってレストランのお客さんが……違うんですか!?」

 

「えーっとね……」

 

芳佳が話したとんでもない思い違いに苦笑しつつ、クルピンスキーは説明した。ラブレターは502部隊司令グンドュラ・ラルの悪戯であること、見つめ合っていたのではなく睨み合っていたこと、優人とクルピンスキーがあくまで友人だと言うこと。

芳佳もまた、優人とクルピンスキーが恋人だと勘違いした時に寂しさとも嫉妬とも違うモヤモヤとした感情に苦しんだことを話した。

 

「それじゃあ、お兄ちゃんとクルピンスキーさんは……」

 

「恋人みたいな特別な関係じゃないよ。ただのお友達さ♪」

 

さらにクルピンスキーは男としては魅力的だけどね、と付け加えてウインクする。

 

「そ、そうですか……」

 

「妹ちゃんって意外とおっちょこちょいなんだね♪それも恋人の存在にショックを受けるほどのお兄ちゃん子ときたもんだ♪」

 

「うぅ……」

 

クルピンスキーの追い討ち、芳佳は恥ずかしさのあまり顔を半分ほどお湯の中に沈める。口から漏れた息が湯面をブクブクと泡立てていた。

クルピンスキーの答えにホッと安堵した芳佳だったが、心のモヤモヤが完全に晴れたわけではなかった。

何故自分はあれほど苦しんでいたのか、優人と目が合った時に波のように押し寄せてきた感情は何だったのか。

 

(なんだったんだろう?……)

 

芳佳の心情を察したクルピンスキーはフフッと微笑むと、胸に抱く感情を理解できずにいる彼女の耳元へ顔を近付けた。

 

「もしかして、お兄ちゃんに恋してる?」

 

「え?…………ええええええええええええぇ!!」

 

クルピンスキーに囁かれた芳佳は燃え上がりそうな勢いで顔を真っ赤にし、声を張り上げた。浴室の壁を反響した耳をつんざくような叫び声にクルピンスキーは一瞬だけ笑顔をひきつらせた。

 

「そんな……だ、だって……お兄ちゃんは、その……」

 

クルピンスキーの一言で激しく動揺する芳佳。次第に声が小さくなり、後半はほとんど聞こえなくなってしまった。その姿を可愛らしく思ったクルピンスキーはクスクスと笑う。

 

「違うのかな?」

 

「ち、違いますよぉ!変なこと言わないで下さい!」

 

芳佳はムキになって否定すると、プイッとそっぽ向いた。その姿を愛らしく感じたクルピンスキーは指で芳佳の顎をクイッと持ち上げ、自分の方に向かせる。

 

「な、何ですか?」

 

クルピンスキーの顔が芳佳の眼前まで迫り、ねっとりとした熱い眼差しで見据えてくる。中性的な印象の整った顔立ちをしている彼女は非常に魅力的で、芳佳は思わず息を呑んだ。

 

「それならさ……僕が食べちゃおうかな?」

 

「た、食べちゃ?……ひゃああっ!!」

 

芳佳の口から甲高い悲鳴が上がる。クルピンスキーの空いている方の手が脇腹に触れたからだ。

さらにクルピンスキーはもう片方の手も芳佳の身体に這わせる。上は鎖骨から下は足首まで、なぞるように手と指を動かす。それに合わせて、芳佳の口からはくすぐったいのを我慢するような声が漏れ聞こえてくる。

 

「んっ……くっ、クルピンスキーさん。やめ……」

 

「妹ちゃんの肌は赤ちゃんみたいにスベスベでプニプニだね……いや、芳佳ちゃんって呼ばせて貰おうかな?」

 

「な、なんて呼んでも……んっ……いい、ですから……手を離っ……くぅっ……ふ……」

 

必死に声を我慢する芳佳の姿が余計にクルピンスキーの悪戯心を煽り、彼女の手つきは少しずつ大胆なもの変わっていった。

 

「んんっ……い……やぁ……」

 

「芳佳ちゃんは本当に可愛いなぁ……そんな反応されると虐めたくなっちゃうよ……」

 

「いじっ……ひゃん!」

 

芳佳の口から一層甲高い声が飛び出した。クルピンスキーの手が芳佳の発展途上で慎ましやかな膨らみに触れたのだ。

 

「さっきの『おっきい』って?僕の胸のこと?」

 

「ひっ……あっ……」

 

「どうなのかな?」

 

クルピンスキーはあくまで穏やかに問い質す。その間も手は休むことなく動き続ける。

 

「そ、です……ご、ごめっ……なさ、い……ひゃっ」

 

「別に怒ってるわけじゃないけど……まぁ、今日のところはこれくらいにしておこうかな?あんまりやり過ぎたら優人君に殺されそうだし」

 

芳佳とのスキンシップをたっぷり楽しみ、満足したクルピンスキーは手を離した。

解放された芳佳はハァハァと熱い息を弾ませ、ぐったりとバスタブの端にもたれ掛かる。

クルピンスキーによる拷問(?)が行われたのはほんの1分程度だったのだろうが、芳佳には30分ほどに感じられた。

 

「く、クルピンスキーさん……ひどい、です……よぉ」

 

必死に呼吸を整えつつ、芳佳は抗議の目を向けた。クルピンスキーの気まぐれで中断されたからよかったものの、あのまま続けられていたら大事な“ナニか”を失っていたような気がして芳佳は恐々とする。

未遂で終わった老人達の件といい、今日の芳佳はやたらとセクハラの被害に合う。

 

「ごめんごめん、お詫びに良いこと教えてあげるから」

 

「良いこと……ですか?」

 

クルピンスキーに対する警戒を解くことが出来ない芳佳は訝し気に訊く。

 

「うん、君のお兄ちゃんが喜んでくれることだよ」

 

クルピンスキーは自信たっぷりの笑みを浮かべ、ウインクした。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

基地への連絡を終えた優人はゲンナリと疲れきった様子でホテルの廊下を歩いていた。疲労のあまり身体がやたらと重く感じ、歩くというよりは足を引き摺るという表現が正しいかもしれない。

 

「大丈夫?」

 

並んで歩くロスマンが心配そうに優人を見上げる。買い物に出ていた彼女は手に紙袋を持っている。

 

「大丈夫……じゃないな」

 

優人は絞り出すような声で言う。ここまで疲労困憊な優人は『絶対凍結』を使用した時以来だ。

 

「ミーナ中佐に報告は出来たの?」

 

「出来たけど……でも」

 

優人は途中で言葉を止めると、カタカタと震える右手で口を塞いだ。

 

「怒ってた?」

 

「ああ、威圧感で吐くかと思った」

 

「相当ね……」

 

受話器越しにベテランウィザードが嘔吐するほどの威圧感を放つウィッチ――ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐。

ロスマンはミーナに畏敬の念を抱くと共に彼女の神経を逆撫でしまくり、苦情の電話も軽く受け流している自分達502の隊長――グンドュラ・ラル少佐のことを改めて尊敬した。

 

「明日基地に帰るのが恐い」

 

本気で怒っているミーナはネウロイよりも恐い。優人の脳裏を『脱走』や『逃亡』という単語が過る。彼を不憫に思ったロスマンは提案をする。

 

「よ、よかったら今夜一緒に飲まない?良いお酒が手に入ったの」

 

そう言ってロスマンは紙袋を開いて見せた。中には扶桑の酒である麦焼酎、芋焼酎、米焼酎が入っていた。

芋焼酎は芋独特の香り強く、ほんのりとした芋の甘みがある。

麦焼酎は芋と比べるとややあっさりめ、麦の香ばしい香りと味わいがある。

米焼酎は米のほのかな甘みとフルーティーな香りがあって、すっきり爽やかな味がする。

 

「焼酎?」

 

「ええ。以前から扶桑のお酒に興味があったのだけれど、オラーシャじゃ中々手に入らなくて……かといってペテルブルグからだと扶桑には行けないし」

 

ネウロイに阻まれ、502部隊が配備されているペテルブルグから扶桑へ向かうことは現時点では不可能。

赤坂が指揮する扶桑海軍遣欧艦隊が502やオラーシャ西方に駐留する連合軍へ補給及び支援を行っているが、さすがに個人の嗜好品にまで手は回らない。

 

「ブリタニアにだってないはずだろ?」

 

「少し前に移住した扶桑人が酒蔵を開いているのよ」

 

「さいですか……」

 

ネウロイの侵攻もなく、平和な扶桑からわざわざ最前線であるブリタニアへ移住するとは物好きがいたものだ、と優人は思った。

 

「それで?」

 

「うん?ああ、申し出なら喜んで受けるよ。美人から誘われていることだし」

 

「あら?口説いてるの?」

 

「い、いや……そういうわけじゃ」

 

「ふふ……冗談よ」

 

悪戯っぽく笑うロスマン。アダルトな雰囲気に残ったあどけない笑顔に優人は少しドキッとしてしまい、優人は目を逸らした。

 

「あなたって、なんとなくサーシャさんと似ているわね」

 

「サーシャさん?ポクルイーシキン大尉のことか?」

 

優人は念を押すとロスマンは首肯する。ポクルイーシキン大尉のフルネームはアレクサンドラ・I・ポクルイーシキン。サーシャとはオラーシャにおけるアレクサンドラの愛称である。

 

「彼女は隊長をはじめとするうちの隊員達に苦労させられているのよ。主にニセ伯爵を筆頭とした問題児三人組のせいで……」

 

「はは!ポクルイーシキン大尉とはいい友達になれそうだな」

 

同じく個性的な仲間達に振り回されることの多い優人は心からそう思った。

 

「ふふふ、そうね」

 

他愛のない雑談をしているうちに泊まっている部屋の前に到着する。

 

「あの、宮藤大尉」

 

優人がドアノブに手を触れると、狙い済ましたかのようにロスマン声を掛ける。

 

「ん?」

 

「妹さんのことだけど……何か事情があるみたいだし。あまり叱らないであげて」

 

「元々そんなつもりないよ」

 

なんだかんだ言っていても余程のことがないと妹のことを怒れない。宮藤優人はそれだけ甘くて、優しいお兄ちゃんなのだ。優人は再びドアノブを掴み、妹の待つ室内へのドアを開いた。

 

「あ、優人君!先生も!」

 

「は、伯爵!?」

 

部屋でくつろいでいると思ったクルピンスキーが優人達の部屋に居たため、ロスマンは少し驚いたような声を上げた。

 

「何でお前なんかがいるんだよ?」

 

優人はムスッとした表情で問い質す。疲れを癒してくれる「お兄ちゃん!おかえりなさい」の妹ボイスを期待していたというのに部屋で待っていたのが芳佳ではなく、クルピンスキーだったことが癪に触ったらしい。

 

「そんな言い方しないでよ、傷つくなぁ」

 

と肩を竦めるクルピンスキーだが、優人には彼女が傷ついているようには見えなかった。

 

「で、何であなたがここにいるのかしら?」

 

ロスマンが苛立ちを孕んだ声で詰問するとクルピンスキーは楽し気に答えた。

 

「ちょっとしたサプライズの用意をね♪」

 

クルピンスキーは二人にウインクすると、バスルームへ向かって大声を上げた。

 

「妹ちゃ~ん!お兄ちゃんが帰ってきたよ!」

 

「は、は~い」

 

「芳佳?」

 

緊張でもしているかのように何処かぎこちない芳佳の返事。優人が怪訝そうな顔をして待っているとバスルームから芳佳が出てきた。出てきたのだが――

 

「お、お兄ちゃん……おかえりなさい」

 

「よ、芳佳!なんだその格好!?」

 

恥じらいながら現れた芳佳の服装に優人は度肝を抜かれた。

芳佳が着ていたのは女性用の衣服ではあるが下着の一種。それもただの下着ではない、ベビードールと呼ばれる物だ。

色は清楚な白、レースの施されたトップスからは透明感のある薄い布が付き、ボトムはサイズがやや小さく両側が紐で結ばれている。

 

「えへへ……に、似合うかな?」

 

芳佳はもじもじと腰を揺らし、恥ずかし気に訊ねる。女子中学生が着るにしてはベビードールはあまりにセクシー過ぎる。

芳佳のベビードール姿を見てクルピンスキーは悦に入り、ロスマンは表情を固めて絶句している。

 

「な、なんて良いかっこ……いや、何でそんなの着てるんだ!?」

 

狼狽えつつも、優人は芳佳から真意を問い質そうとする。あと少し本音が漏れている。

 

「クルピンスキーさんに貸して貰って……お兄ちゃんが喜んでくれるかな、って頑張って着たんだよ。このドレス……」

 

ちょっと恥ずかしいけど、と付け加えて芳佳は紅潮した頬を掻いた。

つまり、芳佳はクルピンスキーに騙されているのだ。セクシーなドレスだ、お兄ちゃんが喜んでくれる等の言葉で人の良い芳佳を巧みに誘導し、カップル等が夜の一時を楽しむために使うベビードールを着せたのだ。

元々はロスマンに着せようと思っていたのだろう。クルピンスキーが着るにしてはサイズが小さい。特にトップスには胸が入らない。

 

(や、ヤバい!鼻血出そう!)

 

あどけなさの抜けない芳佳にベビードールはミスマッチな気もするが、優人的にはストレートなセクシーさと背伸びをしている感のある今の芳佳はドストライクだったのだ。

しかも風呂上がりで肌が上気し、髪は濡れて艶があるので普段より色っぽい。辛抱たまらなくなった優人の鼻へ血と熱が上がってくる。

 

「あ、あのね宮藤さん。それはドレスではなくて……」

 

ロスマンが芳佳に近寄り、ベビードールについての正しい知識とクルピンスキーの邪な思惑を耳に囁いて説明する。

すると芳佳は全身が焼けるのではないかという熱に襲われ、顔は赤ランプのように赤く点滅し、鼻や耳からは蒸気が噴射される。

 

「ち、違うの!お兄ちゃん!こ、これはね!私がエッチな子だから着てるんじゃなくて!クルピンスキーさんが!クルピンスキーさんが嘘つきだから!」

 

(ああ……生きててよかった)

 

激しく動揺しながら必死に弁解する芳佳だったが、芳佳ベビードール姿に感動している優人の耳には届いていない。

優人には今の芳佳が天使のように神々しい存在にでも見えてるのだろう。神に祈るかのように両手を合わせ、目からは涙を流している。

芳佳の純情な心を踏みにじったクルピンスキーだが、少なくとも『お兄ちゃんが喜ぶ』は結果的に嘘ではなかったようだ。

 

「いやぁ、眼福眼福♪良いものを見させて貰ったよ♪」

 

「こんのっ!エロ伯爵ぅぅぅぅぅぅっ!」

 

「ぶふぅ!!」

 

ブチギレたロスマンの飛び蹴りが、クルピンスキーの顔面に炸裂した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

ロスマンの手によって制裁を受けたクルピンスキーは彼女に引き摺られるようにして部屋を後にし、室内には優人と芳佳が残った。

二人が泊まっている部屋には幅98cmシングルベッドが2つに、2人分のスペースがあるコンパクトソファー、ミニテーブルが置かれているオーソドックスな客室だ。その隅では芳佳が体育座りで落ち込んでいる。

芳佳はベビードールから部屋に備え付けられていたホテルの寝間着に着替えていた。正確にはシルクで作られた気品のある光沢を生み出す薄いグリーンのナイトガウン。芳佳が普段寝間着に使っている甚平と似ているようで違う、純洋風の着衣。中々に大人っぽい。

 

「お~い」

 

「…………」

 

「よ~し~か~さ~ん?」

 

「…………」

 

呼び掛けても返事がない。優人は困ったな、といった感じで頭を掻いた。

 

「そんなに落ち込むなよ」

 

「……お兄ちゃんにエッチな格好を見られた」

 

「あ~、それはごちそうさ……じゃなくてもう忘れよう?ね?」

 

優人の本音が出かけてしまっている。世の中広しと言えど、妹のベビードール姿を喜ぶ兄など彼くらいだろう。

 

「それよりお腹空いてるだろ?晩ご飯にするぞ?」

 

そう言って、優人は芳佳の鞄の中から風呂敷の包みをひとつ取り出した。この包みには芳佳が早起きして作った昼食用の弁当が入っている。

 

「それ……」

 

「わざわざ作ってくれてたんだな?」

 

「うん……お兄ちゃんと久しぶりにお出かけするのが嬉しくって」

 

えへへ、と照れ臭そうに笑う芳佳。優人は「ありがとう」と一言礼を言うとソファーやテーブルのある方へ移動し、包みを解いた。6.5寸程の三段重箱が現れ、中にはお握りや唐揚げ、卵焼き、御浸し等色とりどりのおかずが詰められていた。

妹の手作り弁当に大喜びの優人はまるで長い「待て」からの「よし!」の命令を貰った飼い犬のようにがっつく。すっかり冷え冷えになってしまっていることも気にしない。

明らかに胃に負担のかかる食べっぷりで行儀も良くないが、美味しそうに食べて貰えることが何より嬉しかった芳佳は何も言わなかった。

 

「ごちそうさま」

 

妹の手作り弁当を綺麗に食べ終えた優人は膨れた腹をポンッと叩き、幸せそうな顔で天井を仰ぐ。

 

「お粗末様でした」

 

と芳佳が弁当を片付けながら応じる。こちらも幸せそうな笑顔だ。

 

「ねぇ、お兄ちゃん」

 

「ん?」

 

「ごめんね、せっかくの誘ってくれたのに……何かお詫び出来ないかな?」

 

と申し訳なさそうに優人に訊く。

 

「もういいよ。お前の手作り弁当が食べられたことだし、満ぞ――」

 

面白いことを思いついたような顔をした優人は言葉を言い直した。

 

「じゃあ、膝枕して貰おうかな?」

 

「えっ?あっ、うん」

 

兄の予想外のお願いに芳佳は面食らうが、すぐに正座の体勢になりポンポンと膝を叩いた。

 

「どうぞ」

 

「ん」

 

優人は身体を寄せ、ゆっくりと芳佳の太腿に頭を置いた。白く、程よい弾力と張りのある太腿を後頭部で感じながら優人は目を閉じる。

 

「どう……かな?」

 

「お前の太腿……柔らかくて気持ちいいよ」

 

「……お兄ちゃんのえっち」

 

「何でやねん」

 

と他愛のない会話する二人だが、それがどうしようもなく幸せに感じられ、出来ることならずっとこのままでいたいとさえ思う。

 

「ねぇお兄ちゃん、起きてる?」

 

静かに優人の顔を眺めていた芳佳だったが、膝枕を始めて数分経ったところで声を掛ける。

 

「起きてるよ、なんだ?」

 

優人は目を閉じたまま答える。芳佳は一息置くと、真剣な面持ちで優人に訊ねた。

 

「私が行き遅れちゃったら……貰ってくれる?」

 

「そうだなぁ……って、ええええええええええぇ!」

 

質問の意味を理解した優人は驚きのあまり声を張り上げ、弾かれたように飛び起きた。

 

「ちょっと待てよ!自分じゃわからないかもだけど、お前は美人だし、優しい、家事全般が得意だし!行き遅れる要素が見当たらないよ!そもそも俺達は兄だ――」

 

「ふふ……」

 

「えっ?」

 

肩を震わせ、クスクスと笑う芳佳。それに気付いた優人は昼間のウェディングショップ前で彼自身がしたように、芳佳に自分がからかわれたことを理解する。

 

「芳佳、お前」

 

「ふふ~んだ、昼間のお返しだよ~♪」

 

呆然としている優人に芳佳はペロッと舌を出して、騙されたでしょ?とふざけて言う。兄のプライドを傷付けられた優人は額に青筋を立てた。

 

「このヤロ!許さん!こうしてやる!」

 

怒りのまま勢い良く芳佳に飛び掛かった優人は、こちょこちょとガウン越しに彼女の脇腹を擽り始めた。

 

「ふぇ?ひゃっ、あは、あははははは!!」

 

「ほらほら、どうだ!」

 

「きゃはははははは!擽ったい!だめぇ!ごめんなさい!許してぇ!」

 

「いーや、まだまだ反省が足らん!」

 

「そんなっ!あは、はははは!やめ、許し……きゃははははははははははは!!」

 

弱点である脇腹を攻められ続けた芳佳は喉が潰れんばかりに声を上げて爆笑し、目には涙を浮かべていた。

5分ほど擽り地獄を味わい、漸く解放された芳佳は笑い過ぎて息も絶え絶えの状態でベッドに大の字で転がる。

 

「はぁはぁ……もう、お兄ちゃんの意地悪」

 

呼吸を整えながら不平を言う芳佳に優人は開き直って見せる。

 

「何言ってんだ、兄貴をからかうような悪い子にお仕置きをするのは当然のことだろ?」

 

「むぅ……」

 

自分のことを棚に上げる兄に対し、芳佳は不満そうに唇を尖らせる。優人はそんな妹に添い寝するように横になる。

 

「当分は結婚出来なくてもいいかな?」

 

「え?なんで?」

 

「結婚して家を出たらお前の手料理が食べられなくなるし、こうやってお前とじゃれ合うことも出来なくなるからさ」

 

優人は両手を頭の後ろで組んで天井を見上げる。

 

「少なくともお前にいい人が見つかるまでは独身のままで……」

 

「す~す~……」

 

「芳佳?」

 

隣から可愛いらしい寝息が聞こえ、優人がチラリと目をやる。芳佳は既に寝入っていた。

 

「寝ちまったよこのお姫様は……」

 

ほんの数秒前まで話をしていたはずの妹の寝顔を見て苦笑すると、芳佳を隣のベッドへ寝かせるために俗に言うお姫様抱っこで持ち上げる。

起こさないように気を配りながら静かに移動し、ゆっくりとベッドへ下ろした。

 

「……お兄ちゃん」

 

「あ、ごめん……起こしちゃったか?」

 

「……す~す~」

 

「寝言かよ……」

 

優人はスヤスヤと眠る芳佳の髪をそっと梳くと、甘い香りがしてきた。浴室で使ったシャンプーやボディソープの匂いが混じった年頃の少女らしい香りだ。

 

「まったく、なんでお前はこんなに可愛いんだよ」

 

子どもの頃から変わらない妹の可愛らしい寝顔。優人は自然と笑みを零した。

近い将来、兄と妹は些細なすれ違いで互いを傷付けることになるのだが、今の優人には知る由もなかった。




試行錯誤の末に田舎育ちで世間知らずな芳佳を言葉巧みにだまくらかす伯爵像が思い浮かびました。

ホントは芳佳がチンピラに絡まれたり、ウィッチを逆恨んでいる連中からレイ◯されかけたりする内容にしようかと思いましたが、好きなユーザーさんの小説の内容と被ったり、ここから原作1期8話へ持っていくのが難しいと思い、上述の通りになりました。


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