ストライクウィッチーズ 扶桑の兄妹 改訂版   作:u-ya

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1期でミーナや坂本が言ってた「上の連中」「司令部」がブリタニア軍司令部のことを指すのか、連合軍総司令部のこと指すのか。



第30話「思惑」

1944年8月下旬のある晴れた日。ブリタニア第501統合戦闘航空団『ストライクウィッチーズ』基地の講義室では芳佳とリーネが並んで席に着き、優人の軍事教練を受けていた。

 

「で、あるからして……1937年7月に勃発した扶桑海事変は、ウラル方面から大陸側の領土に中規模で侵攻してきたネウロイを扶桑皇国軍が迎え撃った戦いで……」

 

指示棒を片手に教壇の上から講釈を垂れる優人。教練指導は基本的に坂本が一人で行っていたが、最近では優人、ミーナ、バルクホルンも加わり4人体制となっている。実技を坂本とバルクホルンが、優人とミーナは主に座学教官を務める。

優人が担当するのは人類とネウロイの戦史、本日の内容は彼や坂本初陣を飾った扶桑海事変。黒板には事変に関する記録資料、扶桑海や大陸側の皇国領土の地図、当時活躍したウィッチを取り上げた記事等々、あらゆる資料が所狭しと貼られている。

地図を見ると分かるが、扶桑皇国はブリタニアと同じ海洋国家で大陸に程近い場所に位置している。また、事変末期に大陸領土を占領したネウロイが扶桑本国へ侵攻するという構図は、現在の西部戦線の状況と酷似している。

 

「事変当時、扶桑ウィッチ隊は陸海軍共に宮藤理論を採用した新型ストライカーユニットが相当数配備されていた。しかし、航空歩兵の実戦経験の無さやネウロイに対する情報と認識の不足等が大きなマイナスとなり、開戦から約一年経った1938年夏の大攻勢で大陸の皇国領土は遂にネウロイに呑み込まれた。次にネウロイは扶桑本土へ侵攻せんとしたが、陸海の航空歩兵と連合艦隊を動員した『挺身作戦』が実施され、扶桑海沖にてネウロイの殲滅に成功。その代償として事変終結までに民間人を含めた多数の犠牲者が……」

 

まるで歴史評論家にでもなったかの様な優人は、熱心に解説を続ける。長口上は欠伸の種というがリーネは真剣な眼差しで聞き入っていた。

事変当時はまだ対ネウロイ用の戦術が確立されておらず、コアの存在も末期まで知られていなかった。優人と坂本も他の同期生達も今の芳佳やリーネよりも幼く、ウィッチやウィザードとしての実力も新兵に毛が生えた程度のものだった。そんな彼らが一致団結してネウロイに立ち向かい勝利し、国を守ったという事実にリーネは心をときめかせていた。

 

「はぁ……」

 

一方、教官殿の妹君である芳佳は教練にまったく身が入っていない。頬杖を着きながら視線を向けている窓外には吸い込まれそうな青空が広がっているが、芳佳は溜め息を漏らす彼女は心ここに在らずといった表情で虚空を見つめていた。

 

「芳佳ちゃん!芳佳ちゃん!芳佳ちゃんってば!」

 

「えっ?な、何リーネちゃ……ん」

 

リーネに呼ばれて我に還った芳佳が振り返ると、いつの間にかすぐ目の前にまで来ていた優人が見下ろしていた。

 

「芳佳、ちゃんと聞いてたか?」

 

「えっ……えっーと……あはは」

 

芳佳は笑って誤魔化そうとするが、そんな手が通用する訳もなく、すぐに優人のお説教が始まった。

 

「あはは……じゃないだろ!」

 

優人が声を荒げた。芳佳はもちろん、隣に座るリーネもビクッと肩を跳ね上げた。

 

「教練をろくに聞かず余所見をするなんて、坂本やバルクホルンだったらカンカンだぞ!」

 

そう言う優人も既にカンカンである。

 

「うぅ……ごめんなさい……」

 

雷を落とされ、芳佳はシュンと萎縮する。素直な態度で反省の意を示す妹をいじらしく思った兄の表情が怒気を含んだものから穏やかなものへと変わる。

 

「まぁでも、集中力が切れたんなら仕方ないな。区切りも良いし、今日はここまでにしよう」

 

なんだかんだ言っていても余程のことがないと妹のことを怒れない。宮藤優人はそれだけ甘くて、優しいお兄ちゃんなのだ。無論、それで良い筈はないだろうが。

 

「明日続きやるから、教本をよく読んで復習しておきな」

 

「「はいっ!」」

 

揃って返事をする芳佳とリーネ。優人は講義室を後にする。廊下を歩く優人の足音が聞こえなくなったところで芳佳が口を開いた。

 

「えへへ……怒られちゃった」

 

芳佳は頭を掻きながら乾いた笑い声を上げる。優人も言っていたが、もし担当教官が坂本だったら笑い事では済まされない。「弛んでいる」と怒鳴られ、罰としてリーネ共々滑走路50往復を命じられるだろう。

 

「芳佳ちゃん、なんだかぼんやりしてたけど。何か悩み事?」

 

「悩み事って言うか……」

 

心配そうな表情で問うリーネに、芳佳も表情を雲らせながら話始めた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

それは優人の教練が始まる数時間前。基地兵站群戦闘脚整備中隊の面々がストライカーユニットの整備を行っているハンガーにおぼんを持った芳佳が姿を見せた。

おぼんには扶桑伝統のお菓子であるおはぎ、それにおそらくは扶桑茶が淹れられている急須と湯呑みが人数分載せてある。

 

『いつもありがとうございます!』

 

芳佳は開口一番に日頃の感謝を述べる。整備中隊の面々は一旦手を止め、芳佳の方へと振り返る。

 

『お菓子作ってみたんですけど、皆さんで食べてください』

 

心を込めて作ったおはぎを笑顔で差し出す芳佳だったが、整備兵達は視線をユニットへ戻し何事もなかったかのように整備を再開する。

 

『あ、あの、これ、扶桑のお菓子で……』

 

自分を無視するかのような反応に芳佳は悲しげな表情をする。見兼ねた一人の整備兵が目をユニットに向けたまま簡潔に説明する。

 

『すみません。ミーナ隊長から、必要最低限以外はウィッチ隊との会話を禁じられていますので……』

 

『えっ?』

 

整備兵の話を聞いて、芳佳は信じられないといった顔をする。優人を覗く基地の男性陣らがミーナの命令でウィッチ達との接触を禁じられいることを知らなかったのだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「へぇ~、そんな事があったの?」

 

ハンガーでの一件を聞いたリーネは相槌を打つ。

 

「なんでミーナ中佐はそんな規則を作ったんだろう?リーネちゃん知ってる?」

 

「私も命令があるのは知っていたけど、あまり気にしていなかったから」

 

「えぇ~!こんな命令絶対変だよ!変過ぎる!リーネちゃんもそう思わない?」

 

納得がいかないとばかりに憤慨する芳佳。リーネに同意を求めると、彼女は顔を伏せてモジモジしながら答えた。

 

「えっ……私、兄弟以外の男の人とほとんど話した事なくて……」

 

「ふ~ん、学校とかは?」

 

「ずっと女子校だったから……」

 

元々引っ込み思案なところのあるリーネ。優人と普通に会話が出来ていることから男性恐怖症というわけではなさそうだが、異性に対する免疫はあまり無いようだ。

 

「そうなんだ……」

 

「うん。ごめんね」

 

「ううん……」

 

気にしないで、と首を振る芳佳。ふと二人の耳に船の汽笛音が聞こえてきた。窓から外へ目を向けてみると、一隻の航空母艦が基地周辺の海を航行しているのが見えた。

 

「ほらあれ、赤城だよ!」 

 

「アカギ?」

 

「うん、私の乗ってきた艦。修理しているって聞いたけど、直ったのかな?」

 

扶桑皇国海軍の航空母艦『赤城』。ネウロイの攻撃を受けて中破したものの芳佳、優人、坂本の活躍によって撃沈は免れた。ブリタニアに到着後は同じく派遣されていた工作艦『明石』による修理を受けていたのだ。

 

「芳佳ちゃん、リーネさん」

 

「よっ」

 

修復された赤城の航行を眺めていると、サーニャとエイラが講義室に現れた。

 

「サーニャちゃん、エイラさん」

 

「二人共どうしたんですか?」

 

リーネが少し驚いた顔をして訊ねる。サーニャとエイラの主な任務は夜間哨戒で皆とは睡眠サイクルが違う。普段ならまだベッドに入っている時間帯だ。

 

「ミーナ中佐に呼ばれたの……」

 

少し眠そうな顔のサーニャが答え、エイラが言葉を継ぐ。

 

「ウィッチとウィザードは全員ブリーフィングルームに集合だってサ。オマエらも来いヨ」

 

「はーい!何だろう?」

 

「う~ん」

 

作戦前でもないのに何故ブリーフィングルームに全員が集められるのか。芳佳とリーネは理由が思い付かず、首を傾げた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

その頃。教練指導を終えた優人は何をする訳でもなく宿舎内をウロウロしていた。

 

「また、甘やかしちまったな……」

 

廊下を進みながら優人は深い溜め息を吐いた。理由は教練中の芳佳への対応だ。

新米とはいえ自分も芳佳も軍人。同じ部隊にいるからには兄妹であると同時に、士官の下士官、上官と部下の関係だ。いくらミーナの意向で隊内に自由な空気が作られているとは言っても軍務中はもう少し厳しく接しなければならない。……のだが、どうも甘やかし過ぎている節がある。

叱るところはちゃんと叱ることの出来る優人だったが、説教直後の落ち込んだ芳佳にはどうも弱い。

芳佳が6歳の時に家を出て、何年も帰らず寂しい思いをさせてしまった、という罪悪感もある。

 

(父さんや母さんなら、もっと上手くやれただろうなぁ……)

 

今は亡き父と扶桑の実家で自分兄妹の帰りを待っているであろう母の姿を脳裏に浮かべ、物思いに沈んでいる優人の頬にヒヤッと冷たい物が触れた。

 

「うおっ!」

 

突然のことに驚き、優人は肩をビクッと揺らした。何だ、と思って振り返ると飲料水の瓶を持ったシャーリーとバルクホルンが立っていた。

 

「よっ!優人!」

 

シャーリーはニッと悪戯っぽく笑って挨拶する。

 

「芳佳達の教練はもう終わったのか?」

 

バルクホルンが訊ねる。優人は「ああ」と頷いた。

 

「お疲れさん!ほら飲め、アタシのおごりだ!」

 

「ありがとう、シャーリー」

 

差し出された瓶を優人は受け取り、礼を述べる。瓶のラベル確認してみると、シャーリーが日頃から愛飲しているリベリオンの炭酸飲料水でコーラだった。

キンキンに冷えたコーラ瓶。これが優人の頬に触れた物の正体だ。リベリオンから501基地への補給物資の一部として定期的に送られてくる。

 

「優人、リベリオンの飲料など飲むな。身体に悪いぞ」

 

険しい顔をしたバルクホルンが大真面目に忠告する。規律に厳しい彼女は健康やそれを支える食物、飲料にもうるさい。

 

「何だよ?別に毒が入っている訳じゃないだろ?」

 

シャーリーもすかさず反論する。性格の違いからよく口論となる二人だが、最近は自国の文化の優劣を巡って張り合うことが多い。

 

「健康を損なえば毒も同じだ。そんな糖分まみれの炭酸水や脂肪と塩分の塊に等しいハンバーガーばかり食べていると、脳みそが腐るぞ」

 

いつもより毒舌なバルクホルン。ちょっとした口喧嘩にも祖国カールスラントの誇りを賭けているが故の言動である。

 

「代謝がいいから健康に問題はないよ。それにしても食の楽しみ方を知らないなんて、カールスラント人は哀れだなぁ」

 

なんとも挑発的な口調のシャーリー。彼女も負けてはいない。

 

「な、なんだと!?」

 

理性を重んじながらも内心激情家なバルクホルンは、あっさりと挑発に乗ってしまう。

 

「我々を侮辱するのも大概にしろ!この南瓜胸!」

 

「へぇ~、このグラマラスボディを誉めてくれるんだ?光栄だね!」

 

シャーリーは見せつけるように胸を持ち上げる。バルクホルンの言った通り南瓜のように大きい。

 

「誰が誉めるか!」

 

完全にシャーリーのペースとなっている。ネウロイの撃墜スコアならばバルクホルンの圧勝だろうが、口論となるとより柔軟な思考と達者な口を兼ね備えているシャーリーがバルクホルンに言い負かされることはない。

 

(まったく、コイツらは……)

 

優人はうんざりとした表情で溜め息を吐いた。二人の喧嘩は毎度のことながら呆れさせられる。根っからの頑固者である両者の衝突に決着が着くことはなさそうだ。

口論を続ける二人を尻目に、優人はコーラ瓶の栓に手を掛ける。

 

プシュー!

 

「うわっ!?」

 

開けた瞬間、コーラが物凄い勢いで吹き出した。コーラは優人の顔面に直撃、目にも入ってしまう。炭酸の刺激で強い痛みを感じた優人は思わず目を瞑る。

 

「あ~悪い優人!その瓶、来る途中で一度床に落っことして転がしたんだった!」

 

「早く言ってくれ!あ~!もうっ!何か拭くものは!?」

 

「何をしているんだリベリアン!ほら優人、私のハンカチを使え!」

 

バルクホルンは制服のポケットからハンカチを取り出し、優人に渡そうとする。

 

「ありがとうバルクホルン。いたた……」

 

痛みで目を開けていられない優人は、どうにかバルクホルンのハンカチを受け取ろうと両手で手探りする。

 

むにゅ!

 

「……え?」

 

優人の手がハンカチとは違うものに触れた、いや正確には掴んでいる。

手の平や指の腹に伝わる感触は布のようだが、形は丸く非常に柔らかい。両手でそれぞれ大きさの違うものに触れているらしく、右手の方は左手のそれよりも大きい。

触れているだけで、えも言われぬ温もりと幸福感で心が満たされ、優人はムニムニと数回ほど揉んでみる。

しばらくして痛みが引くと、優人はゆっくり目を開いた。

 

「…………」

 

「な、な、な……なぁ!?」

 

最初に見えたのは何故か面食らっているシャーリーと茹で蛸のように顔を真っ赤にしたバルクホルン。

段々と視界が回復し、次に見えたのは――

 

「…………あっ」

 

優人の口から間の抜けた声が漏れる。彼が触れ、いや掴み、揉みしだいていたのはシャーリーとバルクホルンの胸だったのだ。右手でシャーリーの右胸を、左手でバルクホルンの左胸をガッチリ掴んでいる。

 

「え、えーっと……ごめっ――」

 

「何をするんだああああああああぁ!!」

 

「うわっ!」

 

怒りのまま魔法力を発動し、本気の正拳突きを繰り出すバルクホルン。間一髪で躱す優人。避けた拳が壁にめり込み、周囲に亀裂を入れたのを見て優人は青ざめる。

 

「どさくさ紛れて……ふ、婦女子の胸を揉むなどと。は、恥ずかしくないのかぁ!?」

 

怒り狂ったバルクホルンはフーフーと嵐のように息を弾ませ、睨み殺さんばかりの鋭い眼差しで優人を見ている。

 

「お、落ち着いてくれバルクホルン!これは誤解だ!」

 

「ごかい?……そうか、お前は私の胸を掴んだ上に5回も揉んでいたのか?わざわざ教えてくれてありがとう」

 

バルクホルンは聞く耳を持たないばかりか、怒りのボルテージが鰻登りだ。

一方、シャーリーは僅かに紅潮した頬をポリポリと掻き、気まずそうに優人から目を逸らしている。バルクホルンのように怒るわけでもなく、どうしたらいいのか分からないといった感じだ。

優人は及び腰になりながらも身を守るように両手を前に突き出して弁明を続ける。

 

「ま、待って……お願いだから話を――」

 

「おい!お前達!」

 

「は、はいっ!」

 

ふと背後から坂本の声がする。優人は反射的に素っ頓狂な声を上げると、手を突き出したまま回れ右する。手を出したままなのが問題だった。

 

むにゅん!

 

「あ……」

 

「む?」

 

再び両手の平に伝わる柔らかな温もり。優人の両手は次に捉えたのは上官にして隊内で最も付き合いの長い戦友、坂本美緒少佐の胸だった。晒しを巻いている時もあるためあまり大きい印象はないが、年相応に豊かなものが実っている。ちなみにバルクホルンよりも大きい。

危機的状況下でまたしても優人に災難が舞い込んでしまった。泣きっ面に蜂とはこのことだろう。

 

「…………楽しいか?」

 

「あ、いや……その……こ、これは」

 

「優人ぉ!」

 

「バルクホルンも一生のお願いだから落ち着いて!」

 

前方には剣気を放つ坂本、後方には興奮状態のバルクホルン。前門のドーベルマンに後門ジャーマンポインター。怒れる2頭に挟まれた哀れな柴犬は恐怖のあまり冷や汗を滝のように流す。

 

「弛んでいる……」

 

聞いた者が身震いするほど低い声で呟いた坂本は普段から肌身離さず持っている愛刀を胸の位置まで上げ、ゆっくりと鞘から引き抜いた。刀身に反射した陽の光が坂本の顔を恐ろしげに照らす。

 

「ま、待て坂本!」

 

「天誅!」

 

優人の懇願も空しく、ネウロイに向けられるはずの白刃が振り下ろされた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

数分後。第501統合戦闘航空団のウィッチ及びウィザードは全員ブリーフィングルームに集められていた。

部屋ではミーナが体格の良い中年男性2名と共に待っていた。

 

「総員!扶桑海軍遣欧艦隊司令長官、赤坂伊知郎中将に敬礼!」

 

ミーナの号令と共に一同が一斉に敬礼する中、緊張しているのか、芳佳とリーネのみが半歩遅れていた。優人はそそっかしい妹達を横目で見ながら小さく溜息を吐いた。

 

「座ってくれたまえ」

 

赤坂に促され、着席する一同。修理を終えた赤城と共に基地にやって来たのは優人、坂本、芳佳の原隊における上官、赤坂伊知郎と彼の副官を務める扶桑海軍士官だった。ここにはいないが、他にも将兵が数名ほど着いてきている。

遣欧艦隊司令長官で人類連合軍の将軍の一人でもある赤坂は、前線で戦う将兵達にとっては雲の上の存在。彼の来訪は501基地のアットホームな空気を厳かなものへと一変させた。

上層部の人間と直にあった経験ないリーネはガチガチに緊張してしまっている。

芳佳とルッキーニは艦隊司令長官、中将という肩書きがピンとこないのか、不思議そうに目をパチクリさせている。

ほぼ毎朝が夜間哨戒明けでブリーフィング中は枕を抱きながら眠っていることの多いサーニャは話を聞かなければ、と頑張って目を開けている。

年長組の面々は慣れたもの。緊張するよりも、何故赤坂ほどの立場の人間が呼び出しではなく、わざわざ基地を訪問したのか。その理由が気になっていた。

 

「ミーナ中佐。連絡も無しに失礼した」

 

「い、いえ。そんな……」

 

軽く頭を下げて非礼を詫びる赤坂に、ミーナは恐縮する。

 

「どうしても501の諸君にも話しておかねばならないことがあってね」

 

「反攻作戦についてですよね?」

 

「反攻作戦?」

 

話の内容を察する優人と事情がよくわかっていない芳佳。

 

「君には一足早く知らせてあったな?ところで宮藤大尉、何かあったのかね?」

 

赤坂は真っ赤に腫れ上がった優人の左頬と頭にできている見事なタンコブを見て怪訝そうに訊ねる。それぞれバルクホルンと坂本の手によるもので、とても痛々しい。

 

「階段から転げ落ちまして……」

 

優人は適当なこと言って誤魔化した。気にはなったものの、赤坂はそれ以上追及せずに一同へ視線を戻し、本題に入った。

 

「我々連合軍総司令部はガリア反攻作戦の発動を正式に決定した。ブリタニアに駐留する連合軍とウィッチ部隊の大部分を以てノルマンディーから上陸し、ガリアを解放する」

 

(ガリアへ……遂にこの時が……)

 

赤坂の言葉を聞いてペリーヌは膝に置いた両拳をギュッと握り締めた。漸く祖国奪還の為の作戦が決行される。ブリタニアに落ち延びてから、どれだけこの日を待ち望んだことだろう。

ペリーヌだけではない、ウィッチ部隊を含む自由ガリア空軍の将兵達やブリタニアに逃れた大勢のガリア国民が1日も早い故郷への帰還を望んでいる。

バルクホルンも武者震いが止まらない。ガリアが解放されれば、近隣のヘルギガ、ネーデルラント。そして、母国カールスラントの奪還にも繋がる。妹や国の人々に故郷の土を踏ませてやれる。

 

「上陸部隊を5つのビーチから上陸させるため、ウィッチ部隊を主力とした航空戦力が制空権確保と航空支援に動く、海上からは遣欧艦隊とブリタニア海軍を中心に編成された大艦隊が上陸予定地に艦砲射撃を行う予定となっている」

 

赤坂が説明を始めると、彼の副官が大きな資料をボードに貼り付けた。それは西ヨーロッパの地図で、ブリタニアやガリア、カールスラント等の地理が描かれている他、赤い円と黒い印がそれぞれ上陸予定地とガリア北東部上に書き足されている。

 

「上陸後、主力部隊はネウロイ掃討しつつ内陸へ侵攻する。最終目標はここだ」

 

赤坂は地図の黒円をバンと手で叩きながら宣言する。

 

「ネウロイの巣……」

 

バルクホルンが黒円を見据えながら呟く。この印が描かれた座標にはガリア陥落とほぼ同時期に出現したネウロイの巣が存在し、ドーバーを渡ってブリタニアに侵攻してくるネウロイはすべてここから現れる。

 

「巣を破壊し、ガリアからネウロイを一掃する」

 

「お言葉ですが中将閣下!我々にはまだ巣を破壊する術は……」

 

「そもそも巣に近付くことすら!」

 

ミーナと坂本が異を唱える。ウィッチをはじめとする連合軍が上陸に成功しようと、何十体何百体のネウロイを駆逐しようと、ネウロイを無尽蔵に産み出している巣を破壊しなければイタチごっこの繰り返し、本当の意味でガリアは解放出来ない。しかし、人類には巣を破壊する術がない。そもそも破壊可能なのかすらわかっていない。

人類が巣へ攻撃を仕掛けた前例はなくもないが、巣中から出現した多数のネウロイによって接近を阻まれてしまい、悪戯に戦力を消耗しただけで終わっていた。

 

「心配は無用だよ。ミーナ中佐、坂本少佐」

 

赤坂は二人の異見を待っていたと言わんばかりにフッと笑ってみせる。

 

「巣に接近する方法も破壊する方法も考えてある」

 

「それは、どのような?」

 

赤坂はミーナの質問に応じる代わりに坂本と優人の顔を順に見ながら二人に訊ねた。

 

「少佐と大尉は『挺身作戦』を覚えているかね?」

 

「ええ、覚えていま――」

 

そこまで言いかけて坂本はハッとなる。赤坂が言わんとしていることが分かったのだ。

挺身作戦。優人の教練でも触れたこの作戦は、扶桑海事変最終決戦時に実施された陸海合同の作戦である。

目標はコアを有した巨大ネウロイ。皇国領土に侵攻してきたネウロイ群の親玉、現在はマザーネウロイと呼ばれている特殊なタイプのネウロイだ。

作戦内容は扶桑皇国大本営会議において不承不承ながら扶桑海軍が提供した囮艦隊が多数の小型ネウロイを引き付け、手薄となった親玉のネウロイのコアを陸海のウィッチ達で叩くというシンプルかつ大胆なもの。

海軍軍令部の参謀達による作戦への猛烈な反対や妨害はあったものの、優人らの活躍によってマザーネウロイを撃破。扶桑本土は守られた。

 

「あの作戦における艦隊がそうだったように連合軍主力部隊がネウロイを引き付ける。君達501は遊撃隊として巣を直接攻撃して貰いたい」

 

「私達がっ!……ですか?」

 

驚いて思わず声を上げるリーネ。大声で周囲の注目を浴びた彼女は頬を染め、恥ずかしさから顔を伏せる。赤坂は頷くと話を続けた。

 

「1939年に出現したある巣に対して戦闘機の一個小隊が決死の覚悟で内部に侵入、威力偵察を行った。瞬く間に全滅したが、直前の報告で巣の中心部には大型ネウロイと同様にコアが存在することがわかった」

 

「アタシ達が破壊するの?」

 

「簡単に言ってくれるヨナ」

 

ルッキーニは舌足らずな口調で訊き、エイラはぶっきらぼうに不平を漏らす。

赤坂の副官は総司令部の将官相手に平然と普段の口調で話す二人に対して不快感を露にし、優人やウィッチのほぼ全員が冷や汗を流した。

 

「ユーティライネン少尉の言い分は尤もだ」

 

赤坂自身は特に気にしていない。

 

「ネウロイとて馬鹿ではない。大部分を他所に引き付けられたとしても巣を無防備にはしないだろう。それにあれほど巨大なネウロイの巣だ。比例してコア本体の大きさも強度も桁違いと思われ、リトビャク中尉のフリーガーハマーを含め航空歩兵の火力では不足かもしれない」

 

「そんなに……」

 

ウィッチ用の火器としてはおそらく最大の威力を誇るであろう自身のフリーガーハマーが通用しない可能性にサーニャの瞳が不安に揺れた。

 

「そこで私の出番、ですよね?」

 

「お兄ちゃん?」

 

唐突な優人の発言に芳佳に首を傾げ、赤坂は「ああ」と頷いた。

 

「宮藤優人大尉、君と君の覚醒魔法『絶対凍結』が巣攻略の要だ」

 

「覚醒魔法?絶対凍結?」

 

聞き慣れない単語に芳佳の頭上にまた一つクエスチョンマークを浮かぶ。サーニャとエイラも怪訝そうに優人を見ている。彼女ら3人は優人の『絶対凍結』を知らなかった。

 

「理論上はどんな大型のネウロイだろうと完全に凍結させることが可能な優人の切り札だ。一撃必殺の強力な魔法だが、魔法力を消費が激しい上に肉体や精神にも多大な負担を掛かるので多用は出来んが……」

 

坂本が芳佳らの3人のために簡潔な説明をする。

 

「すごい魔法……」

 

「そんなモンがホントにあるのカヨ?」

 

素直に称賛するサーニャと懐疑的なエイラ。

 

「へぇ~……お兄ちゃんって、すご~い」

 

芳佳はちょっと驚いたような顔をする。その声からは気が抜けていて、本当に理解しているのかかなり怪しい。

 

「破壊出来ないのなら凍結させればいい」

 

赤坂が坂本の言葉を継ぐように話を再開する。

 

「巣のコアがいかに巨大であろうと、大尉の『絶対凍結』を受ければ完全に機能を停止させるはずだ」

 

「コアを凍死させるのか……」

 

シャーリーが小声で独り言ちる。コア凍結が成功すれば、ガリア全域を我が物顔で闊歩しているネウロイ群の殲滅はほぼ確実。しかし、シャーリーはガリアに対する希望の裏に不確定要素からくる不安があるように思えた。

 

「宮藤大尉が安心して任務を全うできるようウィッチーズ諸君には露払いとして巣に残ったネウロイの駆逐を任せる」

 

他のウィッチ部隊と連合軍の主戦力がネウロイ群の大部分を引き付け、501のウィッチ達が道を開き、たった1人のウィザードがコアを凍結させる。挺身作戦よりもさらに大胆な作戦だ。

 

「そして宮藤大尉に宮藤軍曹!」

 

「はい」

 

「は、はいっ!」

 

赤坂が宮藤兄妹を名指しする。声を掛けられるとは思わず、虚を衝かれた芳佳は素っ頓狂な声を上げる。その声がおかしくて、ウィッチの何人かは失笑していた。

 

「まず大尉、君はコアの凍結をより確実にするため極力戦闘や飛行以外の魔法力使用を控えてくれ。次に軍曹、君は兄さんの直俺を任せたい……」

 

「私が?」

 

芳佳はキョトンとした顔で訊き返す。何故大ベテランの坂本や100を優に越える圧倒的な撃墜スコアを誇っているカールスラント組の3人ではなく新米の自分が選ばれたのか。

 

「君ならば強力なシールドでネウロイの攻撃から兄さんを守り、『絶対凍結』使用後の肉体的な疲労や万が一の負傷を治癒魔法で治療することが出来るだろう?」

 

(なるほど、そういうことか)

 

坂本は中で幾つかの疑問が解消された。何故赤坂が政敵であるマロニーに鵜来型海防艦を譲り渡してまで優人を501に残したのか、何故外征部隊の指揮官である赤坂が海上護衛隊隷下の海防艦を取引の材料として使えたのか、何故扶桑海軍上層部がそれを許したのか。

すべては赤坂が扶桑ウィザードを切り札とした扶桑海軍主導の作戦を発案、実施するため。そして、いち早くネウロイの巣を破壊した実績を得ると共に西部戦線における扶桑皇国の揺るぎない地位を確立するためだ。

紳士風に振る舞っていても、やはり赤坂は上層部の人間らしく腹に一物持っている。現場第一主義の坂本からすれば最前線で命を掛けて戦う自分達ウィッチを、なにより親友と親友の妹を政治に利用しようという赤坂の腹積もりには業腹だが、ペリーヌの故郷ガリアを解放する方法が他に無いのも事実。今回は怒りを収めよう。

 

「まずは地上戦力をノルマンディー海岸に上陸にさせ、橋頭堡を築く。そこからは君達の仕事だ」

 

赤坂はもう一度ウィッチ達を見渡した。

 

「この反抗作戦が失敗すれば人類は戦力の大部分を喪失し、以後防戦一方となるだろう。ガリアやカールスラントを奪還する機会は永遠に失われる」

 

半分脅迫とも取れる赤坂の発言にミーナ、バルクホルン、ハルトマン、ペリーヌの4人は一層顔を引き締める。

 

「散って言った多くの命に報いる為に、君らの祖国を取り戻す為に、どうか私に協力して貰いたい」

 

そう言って赤坂は深く頭を下げた。

 

(長官も狸だな……)

 

優人は真っ直ぐ見据える父の友人に、疑心と敬意の入り混じった複雑な感情を抱いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

ロンドン ブリタニア軍司令部――

 

司令部内のとある執務室。部屋の主であるブリタニア空軍大将トレヴァー・マロニーはデスクの向こうに立つ副官の報告を聞いていた。報告内容は501基地に赴いた赤坂についてだ。

 

「反攻作戦の詳細をか?」

 

「ええ、ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐以下、ウィッチーズ全員と扶桑のウィザードにすべて説明したようです」

 

「我々の頭越しに……」

 

しかめっ面のマロニーはデスクの上に置いた右拳を握り締めた。

ブリタニア空軍において大将の階級と戦闘機軍団司令官という重要なポストに着いている彼は連合軍内においても第501統合戦闘航空団『ストライクウィッチーズ』の上官という立場にある。連合軍総司令部の意向はすべて彼を介して501に伝えられ、501からの報告もまた彼を通さなければならない。

しかし、赤坂はマロニーに一報すら入れなかった。自身を軽視する扶桑海軍の将官にマロニーは怒りを覚えた。

 

「扶桑の狸が提案した作戦を支持するなど、チャーチル卿は何を考えている」

 

赤坂が提案した作戦については連合軍内でも意見が分かれている。

元々作戦指揮よりも軍政で力を発揮するタイプの赤坂は、連合軍内においても自身の支持基盤を構築していた。それ故に彼の作戦案を支持する者も多いが、1人のウィザード頼りな部分に懐疑的な意見も少なくない。特に地上戦力の中心となるカールスラント、リベリオン両陸軍の将官達は巣を破壊する際に自らの指揮する部隊を囮として使われることに猛反発していた。

それでも作戦の実施が決定したのは他に有効な手段がないこと。ブリタニア首相のチャーチルがウィッチや扶桑に対して好意的なこと。ここ最近で活動が活発化したガリアのネウロイがブリタニアへの大規模侵攻を企んでいるのではないか、という不安からブリタニア政府首脳陣が赤坂を後押ししたためである。

冗談ではない、とマロニーは思った。小娘と若造ばかりの部隊や扶桑の狸に手柄渡してなるものか。連合軍内の主導権を握るのも、戦後の軍事バランスで優位に立つのも我が祖国ブリタニアだ。そして、“アレ”を開発した自分こそがその中心にいるべきだ。

 

「例の命令を“モグラ”に伝えろ!」

 

「っ!?よろしいのですか!?」

 

副官は信じられないといった感じで確認する。

 

「我々より先に奴らがガリアの巣を破壊してしまえば、“アレ”が日の目を見る機会を永遠に失う!すべては祖国の、ブリタニアの為だ!」

 

「……了解しました」

 

副官は敬礼すると踵を返して部屋から去っていった。

 

「出る杭は打たれる、分相応に生きろ小僧」

 

1人になったマロニーは執務室の天井を仰ぎながら独り言ちた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

場面は再び501基地へ。用件を終えた赤坂は既に基地から去っていたが、彼とは別に扶桑海軍の客人がもう1人訪れていた。

 

「失礼しま~す」

 

芳佳はブリーフィングを終了後、ミーナから呼び出しを受けた。部隊長執務室の扉を開いて室内を見渡すとミーナと坂本と他に赤城艦長の杉田淳三郎大佐の姿があった。

 

「おお、宮藤さん!お会いしたかった!」

 

「こちらは赤城の艦長さんよ、ぜひあなたに会いたいと仰って」

 

笑顔で近づいている男性と芳佳の間にミーナが割って入り、紹介する。

 

「杉田です。乗員を代表して貴方にお礼を言いに来ました」 

 

自分を芳佳に近づけまいとするようにも見えるミーナの行動に杉田は一瞬だけ驚いたような顔をしたが、すぐ笑顔に戻り芳佳に話かけた。

 

「お礼?」

 

何のことかわからずに聞き返す芳佳。

 

「あなたのおかげで遣欧艦隊の大事な艦を失わずに済みましたし、何より多くの人命が助かりました。本当に感謝しております」

 

「いえ、私は何も。あの時はお兄ちゃんや坂本さんが……」

 

心からの礼を述べる杉田。大したことをしたつもりのなかった芳佳は戸惑う。

 

「いや、確かにあの時お前が居なければ全滅していたかもしれん。誇りに思ってもいいぞ!」

 

杉田の後ろにいた坂本も同意する。彼女は弟子のことを誇らしく思っている。

 

「そうかな、えへへ」

 

頭を掻きながら照れ臭そうに笑う芳佳に、杉田が包みを差し出した。

 

「全乗員で決めました。これをあなたにと」

 

「あらあら、よかったわね」

 

「ありがたく受け取っておけ」

 

と笑顔で促すミーナと坂本。

 

「はい!ありがとうございます!」

 

二人に促され芳佳は笑顔で包みを受け取った。杉田は芳佳を見て微笑むと、表情を引き締めミーナの方向を向いた。

 

「反攻作戦の前哨として、我々も出撃が決まりました」

 

「あなた方も、ですか……」

 

杉田とミーナ、先程まで笑顔だった二人の表情は一転して艦や部隊を預かる指揮官のそれに変わる。

 

「反攻作戦、って……さっき長官さんが言ってた?」

 

念を押すように訊ねる芳佳に、杉田は「ええ」と頷いた。

 

「今日はその途中で寄らせて頂いたのです。明日には出港なので是非、艦にも来てください。皆が喜びます」

 

「えっ……はい!」

 

突然の申し出であったが芳佳は快活に返事をする。扶桑からブリタニアまでの一ヶ月を共に過ごした赤城乗員のみんなにまた会える、と思うと芳佳は嬉しかった。

 

「残念ですが、明日は出撃予定がありますので」

 

「あ……」

 

ミーナがやんわりと断り、それを聞い残念がる芳佳。

 

「そうですか、残念です」

 

見送りを期待していた杉田も心底残念そうにする。




シャーリーとバルクホルン、もっさんの胸を揉めた優人が羨まし(殴


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