ストライクウィッチーズ 扶桑の兄妹 改訂版   作:u-ya

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申し訳ございません。作者自身想うところがあり、扶桑の兄妹の連載はこの話を最後に終了させて頂きます。

短い間でしたが、ご愛読と応援をありがとうございました。


第35話「鮮血と大粒の涙」

勢いに任せて基地を飛び出した芳佳は、宛てもなく空を彷徨っていた。叩かれた左頬の痛みと涙は既に止まっているが、瞳は白ウサギのそれと同じく真っ赤になっている。

 

(何であんなこと言っちゃったんだろう?)

 

少し空を飛んだおかけで頭が冷え、芳佳は落ち着いて考えられることが出来るようになっていた。脳裏に浮かぶのは、ほんの数分前の格納庫での一件。

 

(お兄ちゃん……傷付けちゃったよなぁ)

 

優人にきつく叱られた瞬間、自分でもどうしようもないほどの怒りが彼女の胸中へ大波のように押し寄せてきた。いつもの芳佳なら怒ったとしても、あれほどまでに感情が暴走したり、相手を傷付けるような発言をしたりはしなかっただろう。

しかし、自分の頑張りを否定するかのような兄の物言いが引き金となり、心のどこかに存在していた不満が怒りと共に爆発してしまった。

 

(帰って謝らなきゃ、だよね)

 

そう思いつつも、芳佳は基地へ向けて旋回することが出来ない。

少し前、ロンドンへ出掛けた時にも似たようなことがあった。あの時は、他のテーブルに座っていた客の憶測を真に受けてしまい、優人とクルピンスキーが付き合っていると誤解したのだ。大好きな兄を取られてしまうという強い不安に耐えられず思わずレストランを飛び出てしまった。

しかし、今回は違う。自分の心ない言葉は間違いなく兄を――優人を気付けた。すぐにでも帰って謝らなければ、という想いが強い反面、嫌われてしまっていたらどうしようという不安も強く、優人と顔を合わせることすら恐ろしい。

 

「はぁ~……」

 

意気地のない自分を情けなく思い、芳佳は深い溜め息を吐いた。直後、着けていることすら忘れていたインカムから声が聞こえた。

 

『ネウロイ出現!グリッド東23地区、単機よ!ロンドンに向か……』

 

声はミーナのものだった。基地本部管制塔より航空歩兵各員へネウロイの出現を報せている。

 

(ネウロイ……!)

 

ミーナからの通信を聞いて、芳佳は沈んでいた表情を引き締めた。

通信によればネウロイは現在、グリッド東23地区で観測されたようだ。今、芳佳が飛行しているこの空域に程近い。

先行するべきか、仲間達を待つべきか――

 

「行かなくちゃ!」

 

一瞬も迷うことなく決断する。のんびり待っていてはネウロイに逃げられてしまう。それに相手は一機、入隊した時よりも実力をつけた今の自分なら倒すことは無理でも足止めくらいは出来るはずだ。決めるや否や、芳佳はストライカーの速度を上げ、ネウロイのいる空域を目指した。

程無くして、グリッド23地区に到達した芳佳は周囲に目を凝らしてみるが、ネウロイらしき機影は見当たらない。

 

(どこだろう?大分近付いてるはずなんだけど……)

 

白い雲が漂う快晴の空とドーバーの美しい海を瞳に映しながら、しばらく飛行していると、遠方で赤く輝く何かを視界の端で捉える。

 

(見つけた!)

 

芳佳は、背負っている九九式二号二型改13mm機関銃を構えて光った方向へ近付いていく。

すぐに雲上を飛行するネウロイを視認するが、芳佳は違和感を覚えた。目の前のネウロイは全長1mほどしかない小型で、彼女が今まで見てきた中では最小の個体だ。

 

(ちっさいけど、ネウロイには違いないよね?これなら、私ひとりでもやっつけられるかも!)

 

芳佳がそう思った瞬間だった。ネウロイが急に速度を上げ、芳佳から離れていった。

 

「うぇっ!?」

 

突然のことに驚く芳佳だったが、すぐさま速度を上げ、ネウロイに追い縋ろうとする。すると、今度はは逆に芳佳との距離を一気に詰め、彼女の周囲をぐるぐる周り始めたのだ。

当惑する芳佳だったが、それでも13mm機関銃の銃口を突き付ける。ネウロイもまた、ビームの発射口である赤い装甲を芳佳へ向ける。

 

「あっ!?」

 

自分に向けて赤く輝き出したネウロイの装甲。芳佳は反射的に引き金を引こうとしたが、カチッ!カチッ!と音が鳴るだけで弾は出なかった。

 

(あっ!安全装置が!)

 

13mm機関銃は安全装置が掛けられたままだった。すぐさま解除しようとするも慌てているせいか、いつもより手間取ってしまう。

ネウロイからすれば今の芳佳は格好の的だ。しかし、ネウロイは何故か攻撃を中断し、代わりに姿を変え始めていた。

 

「よし!……あっ、ええ!?」

 

安全装置を外し、ネウロイに視線を戻した芳佳は思わず声を上げる。

芳佳の真横を並ぶようにして飛んでいたネウロイは人の形に――もっと言えば芳佳と同じ年頃のウィッチを連想させる姿に変形していた。

髪や使い魔の耳のようなものがある頭部。服着ているかのような上半身。脚部のストライカーユニットやズボンの部分まで再現されている。

 

(ネウロイが……人の形に!?)

 

驚愕のあまりネウロイを見つめたまま固まる芳佳だったが。無意識のうちに引き金に掛けられた己の人差し指を弛めてしまっていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

同時刻――

 

格納庫で他のウィッチ達と合流した優人とペリーヌは、坂本に事のいきさつを説明しながらネウロイ迎撃のため空へ上がっていた。

 

「では、芳佳はネウロイが現れる直前に飛び出して行ったんだな?」

 

坂本が確認すると、優人が申し訳なさそうに答える。

 

「すまない。俺の監督不行き届きで――」

 

「その件は後にしろ」

 

優人の言葉を制すると、坂本は状況から芳佳の行動を推測した。

 

「芳佳のことだ。ネウロイの出現の報せを聞いて、単身迎撃に向かったのかもしれん。急ぐぞ!」

 

「……ああ」

 

坂本の言葉に頷くと、優人は遠方に目を向けた。芳佳の姿もネウロイの機影もまだ確認出来ない。

 

(芳佳……無事でいてくれ!)

 

優人はそう念じながら、九九式二号二型改13mm機関銃を強く握り締めた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

一方、芳佳は人型ネウロイと向き合いながら、考えを巡らせていた。

 

(この前戦ったネウロイは、サーニャちゃんの歌を歌ってた。もしかしたら、私達の真似をしているの?)

 

斯様な考えと共にネウロイに対する警戒心を少しずつ解いていく芳佳。引き金に掛けられた指を離し、13mm機関銃を構えた腕も段々と下がっていった。すると、ネウロイは両手を広げ、再び芳佳の周りを回り始めた。

 

「まるでウィッチみたい……」

 

ネウロイの行動に戸惑いつつ、思ったままのことを口に出す芳佳。

ネウロイは太陽を背にして芳佳の直上に位置取り、そのままゆっくりと降下する。

 

「えっ?ちょっと!?ちょっと待って~!」

 

慌てて両手を前に出し、ぎゅっと目を閉じる芳佳。ネウロイは彼女の言葉を聞き入れたかのように1m手前で停止する。

 

「……あ、あれ?」

 

ゆっくりと目を開けた芳佳は、本当に止まってくれたネウロイを見てポカン、となった。

そのままネウロイと並行して雲上を飛行しながら、芳佳はネウロイに語り掛ける。

 

「あの……初めまして。あなたは誰なの?」

 

ネウロイは芳佳の問いには答えず、ただじっと見つめ返している。

 

「……って、ネウロイだよね?それは分かってるんだけど……」

 

ネウロイに声を掛け続けていくうちに、芳佳の中の困惑が少しずつ好奇心へと変わっていった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

同時刻、501基地本部管制塔――

 

「芳佳さんが、ネウロイと接触したのは間違いないわ。でも、そこから先はサーニャさんにも分からないって……」

 

基地に残ったミーナは、管制塔からウィッチ達に指示を出していた。その声には不安の色が滲んでいる。

 

「すみません……」

 

ミーナのすぐ後ろでは、魔導針を頭上で輝かせたサーニャが申し訳なさそうな顔をしている。

 

「アイツ、まさか捕まったンじゃ!?」

 

隣にはエイラが立っている。他の隊員と睡眠サイクルが違う二人はネウロイの気配を察知し、慌てて起きてきたため制服を着ていない。夏場の寝間着として使っている下着のみの格好は目のやり場に困る。

 

『どういうことだ!?』

 

スピーカーから坂本の苛立ちを湛えた声が返ってくる。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「離れるようには言えないのか!?こっちから呼び掛けているが、通じないんだ!」

 

『こちらもダメ!ネウロイが、何かジャミングのようなものを仕掛けているのかも』

 

(……芳佳ッ!…………)

 

坂本とミーナの会話を聞きながら優人は歯噛みする。自分があんな風に叱りつけたりしなければ、感情任せに手を上げたりしなければ。優人の胸中には後悔や罪悪感などという言葉では足りない、強い慚愧の念が渦巻いていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

しばらく並行していた芳佳と人型のネウロイ。芳佳が手を伸ばしてみると、ネウロイはすっと身を引いた。

 

「あ……えっ?」

 

次に芳佳は距離を取ってみる。すると、ネウロイは鏡のように芳佳の動きを真似した。

 

「もしかして、私のことからかってるの?ねぇ、待ってよぉ!ねぇってば!」

 

まるで遊びに誘うようなネウロイの機動。芳佳は触れようと追い掛ける。

 

「えいっ!やっ!ほらっ!それっ!あはは!あははははっ!」

 

敵であるはずのネウロイと楽しげに飛ぶ芳佳。その笑顔は年相応だが、軍人としてはあまりに無邪気過ぎるものだった。

 

「――っ!?」

 

いつの間にか心から笑っている自分に気付き、芳佳はハッと我に還る。

 

(何で……何で、私笑ってるの?)

 

目の前にいるのはネウロイ。今日に至るまで幾つもの国へ侵攻し、多くの人命と平穏な生活を奪ってきた人類の敵。

自分はネウロイから多くの人を守るために戦っているはずなのに、そのネウロイに笑いかけるなんて……。

 

「……ねぇ」

 

声を掛けると、ネウロイはのんびりとした機動で芳佳の元へと戻り、再び彼女と並行する。

 

「あなた達は、本当に私達の敵なの?……あっ!」

 

芳佳の質問に答える代わりに、ネウロイは胸部を開いて、弱点であるはずのコアを無防備に露出させた。

 

「――っ!?」

 

芳佳は驚きながらも、赤く輝く半透明の十二面体に目を奪われた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「まだ追い付かないのか、ミーナ!?」

 

と、問う坂本。出撃した面々は既にグリッド東23地区に到達していたが、芳佳の姿は見当たらない。

 

『それが……』

 

インカムからノイズ混じりにミーナの声が聞こえてくる。

『ネウロイは、ガリア方面へ引き返しているわ。巣に戻るつもりじゃ……』

 

「おい、どういうことだ!」

 

優人が声を荒げる。真っ直ぐロンドンを目指していたはずのネウロイが、芳佳と接触した途端に侵攻を中断し、巣へ引き返していった。

その不可解な行動が、妹の身を案じる兄の心を不安に駆り立てた。

 

(奴ら、まさか芳佳に罠を……!?)

 

そんな考えが脳裏を過るのとほぼ同時に、坂本は遥か遠方に何かを見つけた。すかさず右手で眼帯を持ち上げ、魔眼を発動させる。

見えたのは、二つの人影。一つは芳佳、そしてもう一つは……。

 

「芳佳の他にウィッチがもう一人いる。いや、コアが見える……あれはネウロイだ!」

 

「なにっ!?」

 

坂本の言葉に反応して、優人の表情が険しくなる。妹の、弟子の危機を感じ取った二人は、我が身も省みずに突撃していった。

一方、芳佳は敵意や警戒心が完全に消えた穏やかな表情を浮かべ、人型ネウロイの胸元で輝くコアへと手を伸ばしていた。

当然、ネウロイにどのような意図があるかは分からなかったが、芳佳にはまるで触れて欲しい、と言っているように思えたのだ。

 

『芳佳っ!』

 

『何してるっ!?』

 

コアに指先が触れようとしたその時、インカムから優人と坂本の怒鳴り声が飛び込んできた。芳佳がハッとなって振り返ると、優人と坂本が自分に向かって全速力で突っ込んで来るのが見えた。

 

「あ、お兄ちゃん?……坂本さん?」

 

「撃て!撃つんだ!」

 

坂本が叫ぶが、芳佳は従わなかった。

 

「違うんです!このネウロイは――」

 

「何してる!いいから撃て!」

 

芳佳は人型ネウロイから敵意が感じられないこと、他のネウロイと違うことをどうにか伝えようとする。しかし、事情を知らない坂本は聞く耳を持たない。

 

「ダメです!待って下さい!」

 

ネウロイに背を向け、芳佳は守るように両腕を広げる。

 

「惑わされるな!そいつは人じゃない!」

 

「違うんです!そんなことじゃ――」

 

「撃たぬなら退け!」

 

そう叫び、坂本は13mm機関銃を構える。彼女から敵意を感じ取ったのか、人型ネウロイはコアを装甲で覆い隠すと、芳佳から離れるように上昇していった。

 

「おのれ!」

 

ネウロイが芳佳から離れたところで、坂本は引き金を引いた。銃口から発射される12.7mm×99弾。

ネウロイはそれを難なく回避し、両腕からビームを放って反撃する。坂本はいつも通りシールドを張って、ネウロイの攻撃から身を守ろうとする。 しかし、彼女は今この瞬間において、自らの魔法力が減退していることを完全に失念していた。

 

「――っ!?坂本っ!」

 

叫び声と共にビームの射線上へ割り込んだ優人は、戦友を守るためにシールドを張ろうとする。

 

「何っ!?」

 

しかし、突如ストライカーユニットが失速し、優人はバランスを崩した。そして、ネウロイのビームはシールドを張り損ねた彼の13mm機関銃に直撃、弾倉の誘爆を引き起こした。

暴発した銃が吹き上げた黒煙に混じって、血が飛び散り、背後にいた坂本の顔に付着した。

 

「がっ!?……」

 

弾倉の爆発に巻き込まれた優人は短い悲鳴を上げて落ちていった。魔力の供給失い、ストライカーユニットが脚から脱げていく。

 

「お兄ちゃん!」

 

「優人さん!」

 

墜落していく優人を芳佳が真っ先に追う。追い付いてきたリーネと二人で優人の元へ向かい、どうにか地上への落下を阻止する。

 

「…………」

 

坂本は空中で佇んだまま、動けずにいた。眼前で起きたショッキングな出来事に、思考が麻痺してしまっている。

目の前で戦友が負傷した。自分を庇って、大量の血を流し、頭から地へ落ちていった。自分のせいで、大怪我を負わせてしまった。

やがて意識がはっきりしてくると、坂本はネウロイに目をやった。

 

「き……貴様ぁあああああああっ!」

 

坂本は怒りのままに吼えると、13mm機関銃を感情任せに乱射しつつ、ネウロイ目掛けて突撃していった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

近くに島を見つけた芳佳とリーネは、負傷した優人をその砂浜に寝かせていた。

 

「優人さん!聞こえますか!?優人さん!!」

 

リーネが倒れ伏した優人に向かって呼び掛けるが、優人は気を失ったまま目を覚まさない。

傷は胸部にできていたが思いの外深く、溢れ出た血が扶桑海軍の第二種軍装と砂浜を紅に染め上げる。

 

「いや……いや……」

 

芳佳は歯をカチカチを鳴らしながら首をゆっくりと横に振った。こんなはずじゃなかった、こんなの嘘だ、というかのように……。

 

「……ま、待ってて……今治すから、ね」

 

そう言って、倒れるように両膝を着いた芳佳は震える両手を傷口にかざして治癒魔法をかけ始めた。しかし、その光りはとても弱々しく、辛うじて傷を覆う程度のものだった。

 

(なんで?……どうして治らないの?お願い!治って!)

 

芳佳の治癒魔法は明らかに機能していない。必死に治療を施すも傷は一向に塞がらず、流れ出る血も止められない。それでも芳佳は治癒魔法をかけ続けるようとする。しかし、乱れきった心では魔法のコントロールなど出来るはずもなく、いたずらに魔法力と体力を消耗するだけであった。

 

――お兄ちゃんのバカ!

 

格納庫で優人言い放った言葉が脳裏に浮かんでくる。

 

――大っ嫌い!

 

(……違う)

 

――もう死んじゃえ!

 

(違う!)

 

――死んじゃえ!

 

(違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!)

 

優人への罵倒が脳内で何度も繰り返され、その度に芳佳は否定するように激しく頭を振る。

 

(……どうしよう。私のせいだ、私があんなことに言ったから……)

 

芳佳の両手から治癒魔法の光が完全に消え、代わりに瞳から大粒の涙がボロボロと流れ出した。

 

(どうしよう……どうしよう!どうしよう!どうしよう!どうしよう!どうしよう!どうしよう!どうしよう!どうしよう!どうしよう!どうしよう!どうしよう!どうしよう!どうしよう!どうしよう!どうしよう!どうしよう!どうしよう!どうしよう!どうしよう!どうしよう!)

 

「芳佳ちゃん?どうしたの?芳佳ちゃん!?」

 

涙を流しながらカタカタ、と震える芳佳にリーネが声を掛けるが、優人の負傷ですっかり気が動転してしまっている彼女の耳には入らない。

 

(お兄ちゃんが……お兄ちゃんが死んじゃうっ!!)

 

その考えに至った直後、芳佳の目の前が真っ暗になった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

その頃、扶桑皇国横須賀――

 

501基地が置かれているブリタニアと宮藤兄妹の故郷である扶桑は9時間ほど時差がある。現在、ブリタニアは昼過ぎだが、扶桑の横須賀は午後9時頃。小さい子どもであれば床に就く時間帯だ。

 

ガシャーン!

 

宮藤兄妹の実家――宮藤診療所の台所から食器の割れる音が響いた。

 

「どうしたんだい?」

 

音を聞きつけた芳子が台所に顔を出すと、清佳がしゃんがんで食器の破片を拾っていた。

 

「優人のお茶碗、割っちゃって」

 

清佳はそう言って苦笑すると、芳子に割れた茶碗を見せた。

それは確かに優人が海軍へ入隊する直前まで使っていた茶碗で、優人が家を出てからは息子がいつ帰って来てもいいように、と清佳が大切に保管していたものである。

 

「おや?珍しいね、あんたが食器を割るなんて……」

 

どこかそそっかしいところのある孫娘の芳佳ならいざ知らず、しっかり者の娘が食器を落として割るなど、随分久しぶりのことだ。

 

「ホント、何やってんだかね」

 

清佳は自嘲気味に言うと、破片拾いを再開する。

 

「優人と芳佳がブリタニアから帰ってきた時の為に、いつでも出せる場所へ移そうとしたんだけど」

 

「そのお茶碗、優人にはもう小さいんじゃないのかい?」

 

「それもそうね。新しいの買わなきゃ」

 

クスリ、と笑みを零す清佳だったが、左手に集めた茶碗の破片に視線を落とした途端、何故か表情を曇らせた。

 

「……二人のことが心配かい?」

 

芳子の問い掛けに清佳は小さく頷く。

 

「芳佳の面倒は優人がちゃんと見てくれると思うけど……優人の方は……」

 

「あの子、しっかりしているようで芳佳以上に無茶なことをするからねぇ。芳佳も芳佳で頑固だし」

 

芳子は顎に手を当てて言う。母の話を聞いて、清佳は何年か前のことを思い出していた。

その日は清佳の誕生日だったが、激しい土砂降りが起きた日でもあり、清佳はその年小学校に上がったばかりの優人と、まだ3歳だった芳佳に対し、絶対外には出ないよう言い聞かせていた。

しかし、優人はそんな悪天候にも関わらず、母の誕生日プレゼントを買いに行くんだ、と傘を差して隣町まで出掛けてしまった。幸い優人はプレゼントを手にして無事帰ってきたものの、彼が戻るまで清佳は気が気でなかった。

海軍への入隊後を除き、あの日ほど息子を心配したことはなかった。あの日ほど息子を怒ったことも、あの日ほど嬉しいかったことも……。

 

(優人、芳佳。二人共、今どうしているの?ご飯をちゃんと食べてる?何か悩みはない?怪我とかしていない?)

 

扶桑より遠く離れた異国の地――ブリタニアで頑張っているであろう息子と娘を、母をひたすら想い続けた。




終わりませんよ♪

気付いた方もいらっしゃることでしょうが、今日(投稿日)は4月1日。つまりはエイプリルフールです♪


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