ストライクウィッチーズ 扶桑の兄妹 改訂版   作:u-ya

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第37話「優しい兄と泣き虫な妹と」

優人が撃墜された日の夜、501基地宿舎――

 

優人と同じく仲間に運ばれて帰投した芳佳は自室のベッドで眠っていた。傍らでは椅子に腰掛けたリーネが、心配そうな表情で見守っている。窓から射し込む月光に照らされた芳佳の寝顔は安らかには程遠く、どこか苦しげに見えた。

少し前、リーネと同じく芳佳を心配したバルクホルンが様子見がてら優人の容態を報せに部屋を訪れていた。「手術は無事終了。破片はなんとか摘出されたが、助かるかどうかは五分五分」、「ロフティング医師によれば今夜が山になる」とのこと。

ふとリーネの視線が窓辺に置かれた宮藤兄妹の父――宮藤一郎の写真へと移る。

 

(芳佳ちゃんのお父さん……ブリタニアで亡くなったんだよね)

 

一郎は芳佳が10歳、優人が14歳の誕生日を迎えたその日に死亡したとされている。早過ぎる父の死。幼い少女にとって、運命というにはあまりに残酷な現実。とても受け入れられるものではなかっただろう。

そして今、彼女が心から慕い、部隊内で誰より遠慮なく甘えることが出来るほど気を許している兄が目の前で撃たれ、血を流し、倒れた。手術を終えた今も病室で生死の境をさ迷っている。

 

(もし、このまま優人さんが死んじゃったら……)

 

ふと脳裏に気を失う直前の芳佳の顔が浮かんだ。少しの油断が負傷や戦死に繋がりかねない実戦においても弱音一つ吐かない芳佳が、完全に怯えきった表情を浮かべ、奥歯をガチガチと鳴らしながら震えていた。

父に続いて兄まで失うかもしれない、という恐怖に心を支配された芳佳の精神は既にボロボロとなっている。このまま優人が死んでしまったら、芳佳はどうなるのだろう。廃人になるかもしれない。それを免れたとしても心に深い傷を負うことは確実で、少なくとも今までの宮藤芳佳ではいられなくなる。芳佳にとって優人はそれほど大きな存在なのだ。

 

「……う、ううん」

 

ふいに芳佳の口から小さな声が漏れ聞こえ、物思いに沈むリーネの耳を打つ。リーネが顔を傾けると、芳佳はゆっくりと目蓋を開いた。

 

「大丈夫?」

 

目を覚ました親友に、リーネは穏やかな表情で語り掛ける。

 

「……あ、あれ?」

 

「芳佳ちゃん、良かった」

 

ホッと安堵するリーネ。芳佳はまだ意識がはっきりしていないのか、反応が鈍い。ゆっくりと上体を起こすも、身体が鉛のように重く感じた。

 

「ここは?」

 

キョロキョロと室内を見渡した芳佳は、自分の部屋にいるのだと理解する。

 

(私……どうして?……)

 

何故部屋のベッドで眠っていたのか、芳佳は己の記憶を辿ってみた。すると、血まみれの状態で砂浜に倒れる優人の姿が脳裏にフラッシュバックし、ハッとする。

 

「お兄ちゃんは!?お兄ちゃんはどうなったの!?リーネちゃん、教えて!!」

 

血相変えた芳佳がリーネの肩を掴んで問い質すと、彼女は曇った表情で見つめ返しながら答える。

 

「手術は終わったけど、まだ助かるかどうか分からない、って先生が……」

 

「それって……助からないかもしれないってこと?」

 

重ねて訊ねる芳佳に、リーネは否定も肯定もせず無言で応じた。彼女は優人が死ぬかもしれない、などと面と向かって言えるほど老練でも残酷ではなかった。

 

「そんな……」

 

しかし、芳佳はそれを肯定と受け取ったらしい。ショックのあまりリーネの肩を掴んでいた両手からは力が抜け、両腕がだらんと垂れ下がり、視線も膝へ落とされる。

 

「芳佳ちゃん……」

 

何か励ましの言葉をかけなくては、と思ったリーネだったが、良い言葉が思い付かず、自身もつられるようにして俯いてしまう。

 

「リーネちゃん……どうしよう」

 

暫しの沈黙の後、芳佳が震える声で言葉を発した。

 

「私、お兄ちゃんに酷いこと言っちゃった……」

 

声だけでなく身体も震え始め、瞳には涙が浮かぶ。

 

「兄妹じゃない、って……大嫌い、って……死んじゃえ、って……」

 

「……うん」

 

リーネは小さく頷いた。ハンガーでの一件は、既にウィッチ全員の耳に入っていることだが、リーネは「聞いたよ」と遮ることはせず、真剣な面持ちで芳佳の言葉に耳を傾けた。

 

「本当はそんなこと思ってないのに……お兄ちゃんはお兄ちゃんなのに……」

 

「うん」

 

「大好きなお兄ちゃんなのに……なのに……なのに……」

 

「うん」

 

「このままお兄ちゃんが死んじゃったら、私……私……」

 

段々と涙声になっていく芳佳。リーネはベッドに身を寄せると弱々しく震える芳佳を抱き締めた。

 

「……リーネちゃん?」

 

「優人さんを助けようよ」

 

抱き締められた芳佳は戸惑った表情でリーネを見上げる。リーネは聖母のような優しい微笑みを浮かべながら芳佳に告げる。

 

「病室に行こう?バルクホルン大尉の時みたいに芳佳の治癒魔法で優人さんを助けるの」

 

「……無理だよ」

 

と、再び俯く芳佳。

 

「見てたでしょ?私の治癒魔法、全然効いてなかった。お兄ちゃんの血、止められなかった」

 

「大丈夫だよ。あの時の芳佳ちゃん、少し混乱しちゃってただけだから。今度は絶対上手くいくから優人さんのところに――」

 

「無理だよっ!」

 

頭を降りながら大声を発する芳佳。リーネは僅かにビクッとする。

 

「結局、無理だったんだよ。誰かの役に立ったり、誰かを守ろうだなんて……私にはお母さんやお祖母ちゃんみたいに治癒魔法を上手に使うことも、お兄ちゃんみたいに強いウィッチになることも出来ない。私は口先ばっかりで何も出来ない役立つで……」

 

「芳佳ちゃん……」

 

「こんな時、お母さんやお祖母ちゃんがいてくれたら…」

 

リーネは自身の目を疑った。彼女はてっきり、芳佳がすぐさま優人の病室へ向かうとばかり思っていたが、その予想は大きく裏切られた。

どれだけ失敗を重ねようと諦めずに頑張ることが出来る芳佳が、出来るかどうか考えるより先に行動に移る芳佳が、初戦果を上げる前の自分と同じか、それ以上に卑屈な考えに染まっていたのだ。

本心ではなかったとはいえ、大好きな兄に暴言を吐いてしまった自責の念とその兄を失うかもしれないという恐怖に押し潰された芳佳は完全に自信を喪失してしまっている。

 

「いい御身分ね、宮藤芳佳」

 

ふと部屋の入り口の方から声がする。リーネが振り返ってみると、ペリーヌが開かれたドアに背を預けるように立っていた。

 

「お兄様が大変な時にのうのうと寝ているなんて」

 

「のうのうとだなんて……芳佳ちゃんは目の前で優人さんが撃たれたから……」

 

芳佳の心情を省みない嫌味な言動を取るペリーヌ。芳佳に代わり、リーネが反論する。

 

「あなたは黙ってなさい!」

 

ペリーヌはリーネをキッと睨み付けると同時に声を張り上げた。

 

「黙りません!」

 

普段の気弱なリーネであれば、容易く気圧されたことだろう。しかし、今の彼女は違った。ペリーヌに一歩も引かず、毅然とした態度で言い返す。

 

「芳佳ちゃんは優人さんが負傷した時に、真っ先に駆け寄って治療をしていたんです!」

 

「そんなの当たり前です!この娘の独断専行が原因なんですから!」

 

ペリーヌはそれだけ告げると、リーネの横をすり抜けて芳佳に駆け寄った。

ポロポロと涙を感触に流し、両腕で自分の身を守るように抱き締めながら震えている芳佳を、ペリーヌは険しい表情で見下ろした。

 

「……ペリーヌさ――」

 

パチッ!

 

「――ッ!?」

 

視線を感じた芳佳が顔を上げると、その頬にペリーヌが平手打ちを見舞う。突然のことに芳佳は思わず目を見開いた。

 

「私の見込み違いだったようね……」

 

「……え?」

 

「あなたなら、起きてすぐに宮藤大尉の元へ駆けつけると思っていましたのに。出来るかどうかなんて頭で考える前に治療を行うと思っていましたのに」

 

「…………」

 

「結局、お兄様に付き添って貰わないと何も出来ない人間だったのかしら?」

 

抑揚の無い声で浴びせられる侮蔑を孕んだペリーヌの物言いに、芳佳は返す言葉もなかった。再び俯こうとすると、ペリーヌが右手で芳佳の顎を掴み、強引に上を向かせた。

 

「昼間、あなたがハンガーから出ていった後のことを話すわ。黙ってお聞きなさい」

 

「あ……」

 

先程の侮蔑的な発言とは打って変わって、今度のペリーヌの言葉からは有無を言わさぬ口調ながらに優しく諭すかのような穏やかさも感じられた。

 

「宮藤大尉は……あなたのお兄様は泣いていらっしゃいましたわ。何故かお分かり?」

 

「わ、私が……酷い、ことを……言ったから?」

 

「いいえ」

 

ペリーヌは首を左右に振って否定し、自ら問いの答えを告げる。

 

「あなたを叩いてしまったからよ」

 

「えっ?」

 

「大切な妹であるあなたに手を上げてしまったからよ」

 

そう語るペリーヌの脳裏にある情景が浮かび上がる。それは芳佳が飛び出していった直後、ネウロイ出現を知らせる警報が鳴り響くハンガーでのこと。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

ネウロイ出現直後、ハンガー――

 

芳佳が飛んで行ってしまった空を見上げ、茫然と立ち尽くす優人の瞳には小さな雫が光っていた。

見てはいけないものを見てしまったような心情になりつつも、ペリーヌは恐る恐る声をかける。

 

「た、大尉……?」

 

「どうしよう、ペリーヌ」

 

「え?」

 

「俺……芳佳を叩いちゃったよ。それにあいつのこと何も理解しないまま、頭ごなしに否定して、叱って、傷付けた。一線を越えると感情の制御が利かなくなるのが悪い癖だって、子どもの頃から言われてたのに……なのに……」

 

完全に取り乱している優人の頬を一筋の涙が伝う。握り締めた拳は震え、いつもより小さく見える背中が彼の後悔と内に秘めた弱々しさを物語っていた。

ペリーヌはどう言葉を掛けていいか分からず、優人の後ろ姿を眺めながら彼が落ち着くのを待つことしか出来なかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

(お兄ちゃん……)

 

ペリーヌの話を聞いた芳佳は言葉を失った。ハンガーでの一件で兄に嫌われてしまったばかりと思っていたからだ。しかし、実際は寧ろ逆だった。

思えば兄は――優人は昔からそうだった。常に自分よりも芳佳のことを想い、どうすれば芳佳を笑顔に出来るか、どうすれば芳佳が喜んでくれるかを考えてくれていた。

幼い頃の記憶の中にある優人は、いつだって自分に微笑み掛けていた。その優しく、温かな笑顔はずっと変わらずに芳佳に向けられていた。いつの日か、それがすっかり当たり前に感じるようになり、芳佳は心のどこかで『困ってもお兄ちゃんが助けてくれる』と、知らず知らずのうちに優人に甘えてきっていた。

改めて知った兄の優しさ、そして自分自身の情けなさに芳佳は涙する。

 

「いつまでそうやって泣いているつもり?他にもっとやるべきことがあるでしょう?一体、いつになったらいつもの宮藤芳佳に戻ってくれますの?」

 

手厳しい言葉を投げ掛けながらも温かみのある言葉、ペリーヌの口元には笑みが湛えられていた。今まで黙っていたリーネも芳佳の肩に手を置き、励ますように微笑んだ。

制服の袖で涙を拭った芳佳は、いつも通りの晴れやかな表情で二人に向き直る。

 

「ペリーヌさん、リーネちゃん。ありがとう」

 

宮藤優人のただ1人の妹――宮藤芳佳は快活な口調で礼を述べると、部屋を出た。大好きな兄を元へ向かうため、母から授かった力で大好きな兄を助けるために。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

同じ頃、基地食堂にはシャーリー、ルッキーニ、サーニャ、エイラが集まっていた。

優人の手術が無事終わったという知らせはウィッチ全員に伝わっていたが、本人が目を覚ますまでは安心できない。芳佳の命令違反の件もあり、普段明るいシャーリーやルッキーニまでもが気落ちしていた。

 

「優人、大丈夫かなぁ?」

 

厨房から戻ってきたシャーリーに対し、ルッキーニが不安そうに訊ねる。

 

「今は待つしかないな。ま、いいからこれを食え」

 

シャーリーはそう言うと、テーブルの上に大皿を一枚置いた。皿には、優人が昼食にと作っていた天ぷらが盛られている。シャーリーは、これを取るために厨房へ入っていたのだ。

 

「にゃっ!天ぷらぁ!」

 

沈んでいたルッキーニの表情が、夏の太陽のように輝いた。昼に味見(という名目の摘まみ食い)をしたルッキーニは、すっかり天ぷらを気に入っていたのだ。

 

「……でも」

 

浮かない表情をしたサーニャが、二人に問い掛ける。

 

「芳佳ちゃん、命令違反して大丈夫なんでしょう?」

 

現在、ミーナ達カールスラント組と坂本の4人が芳佳の処分について話し合っている。

いかに軍隊らしからぬ寛容な雰囲気が特徴の501とはいえ、芳佳の件を不問することは出来ない。さすがに死刑ということさないだろうが、結果を鑑みて相応に重い罰が下されるだろう。

 

「あっ」

 

ふとサーニャの隣でタロットカードを並べていたエイラが声を上げる。

 

「どうしたの?」

 

と、訊くサーニャ。

 

「宮藤占ってタ」

 

エイラの場合、優人のことは『兄藤』または『エロ藤』と呼ぶので、宮藤と呼ぶのは芳佳の方である。

 

「何て出たの?」

 

良い結果を期待しながら訊くサーニャだったが、残念ながらエイラが見せたのは

 

「死神」

 

という突発的な事故や試練、そしてものごとの終わりを暗示する不吉なカードだった。

 

((縁起でもない……))

 

サーニャとシャーリーがまったく同じ台詞をそれぞれの心中で呟き、ガックリと肩を落とした。

 

「……なんか、ふにゃふにゃで美味しくない」

 

一方、ルッキーニは時間が経過したことですっかり萎びてしまい、サクサク感を失った天ぷらにしょんぼりしていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

所変わってミーナの自室では、カールスラント3人組と坂本が芳佳の処分について話し合っていた。

椅子に腰掛け、机に頬杖着いたミーナの前に坂本、バルクホルン、ハルトマンが並んで立っている。

まずバルクホルンが、確認の意味も含めて芳佳の行動を振り返る。

 

「独断専行、命令無視、その結果上官を負傷させて、しかも敵も取り逃がすとは、重罪だな」

 

「え?もしかして、軍法会議でバーン?」

 

バルクホルンの隣に立つハルトマンが右手で指鉄砲を作り、ふざけて撃つ真似をする。

 

「そこまでは言ってない!」

 

不謹慎な発言するハルトマンを、バルクホルンが諌める。

 

「そうだよねぇ~!だったら、私なんて何回も死んでるよねぇ♪」

 

重々しい空気が漂う室内で、ハルトマンだけがいつも通り明るい。

別にハルトマンが異常に能天気なわけでも無神経というわけでもなく、ただ場の雰囲気を少しでも和ませようという彼女なりの気遣いなのだ。しかし、死という言葉に敏感なミーナはハルトマンの発言に目を見開いた。

 

「ミーナ……」

 

ふと右肩に手が置かれる。ミーナが顔を上げると、坂本が彼女を心配そうに見つめていた。

 

「大丈夫、大丈夫よ。それよりも坂本少佐、あなたには当分飛行禁止を命じます」

 

「……了解した」

 

普段の坂本ならば、こんなにあっさりと従うことはなかっただろう。しかし、優人を負傷させた一因が自分にある以上従わないわけにはいかなかった。

 

「エーリカ、もうちょっと真剣にだな」

 

「判断は宮藤大尉が目覚めてからにします」

 

ハルトマンを窘めるバルクホルンの言葉を遮るように言うミーナ。

ミーナの判断に納得したのか、それとも何も考えていないのか、ハルトマンがすぐさま「ほ~い」と返事をする。対して、バルクホルンは異を唱えた。

 

「甘いぞ、ミーナ」

 

別に芳佳に厳しい処罰を下せ、というわけではない。処罰が遅れれば、それだけブリタニア空軍のトレヴァー・マロニー大将が介入してくる可能性が高くなるのだ。

ミーナも坂本もバルクホルンの言い分を理解してはいた。しかし、優人が助かるかも分からない今の状況下では、正しい判断を下せる自信がなかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

深夜――

 

芳佳はリーネ、ペリーヌと共に優人が眠る病室を訪れていた。

無機質な心電図計の音だけが響く殺風景な病室。病院着に着替えさせられた優人がベッドに横たわっている。

 

(お兄ちゃん……)

 

兄の姿を確認した芳佳が近寄ろうとしたその時、心電図計が心拍数の異常を観測した。

 

「芳佳ちゃん!心拍数が!」

 

心電図計を確認したリーネが、芳佳達に振り返る。芳佳とペリーヌは慌てて優人に駆け寄った。

 

「お兄ちゃん!」

 

「大尉!」

 

芳佳とペリーヌが順に呼び掛ける。優人の表情は苦悶に歪み、身体も震えている。

 

「私、先生を呼んでくるっ!」

 

そう言って病室を飛び出すリーネ。

 

「お兄ちゃん……今助けるから……」

 

改めて決意する芳佳。傷がある優人の胸元へ両手をかざすと、使い魔である豆柴の耳と尻尾を出現させた。

部屋にいた時と違い、心を強く持ち直している。ベッドを挟んだ向かい側で見守ってくれているペリーヌの存在も心強かった。

 

(お兄ちゃんはいつも私のことを助けてくれた……だから、今度は私がお兄ちゃんを助けるんだ)

 

芳佳は大きく深呼吸した後に治癒魔法を発動させた。両手の平からが発せられた青い光が、優人の胸元を優しく包み込む。心なしか、優人の表情がほんの少し和らいだように見えた。

 

「落ち着いて……集中して……」

 

自分自身に言い聞かせながら治癒魔法をかけ続ける芳佳。

兄を助けたい、その一心でかけた治癒魔法の光は今までで一番強く、大きく、明るい輝きを放っていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

東の空が明け始めた頃――

 

病室には芳佳達の他、リーネに呼ばれて駆けつけてきたロフティング医師や容態の悪化を聞きつけた坂本とミーナの姿もあった。

 

「もう大丈夫です」

 

ロフティングはミーナ達に優人の回復を告げると、ベッドの端に突っ伏して眠っている芳佳に視線を移した。反対側では、ペリーヌの同じ体勢で眠っている。

 

「この娘の魔法のおかげですよ」

 

芳佳と彼女の治癒魔法を称賛したロフティングは、看病をウィッチ達に任せて退室する。すると、優人がうっすらと目を開いた。

 

「ん……」

 

「優人!」

 

坂本が声を掛ける。優人は鈍いながら反応し、坂本達の方へ首を動かした。

 

「坂本……ミーナ、リーネ。あれ?」

 

目が覚めたばかりで状況が呑み込めていないらしい。優人は半開きの目蓋を擦りながら、ゆっくりと上体を起こした。

 

「ここは?俺は一体?」

 

「病室よ」

 

「病室?」

 

ミーナの言葉を鸚鵡返しする優人。ミーナに続いてリーネが説明する。

 

「昨日の戦闘で撃墜されたんですよ?覚えてませんか?」

 

「……昨日?」

 

優人は記憶を辿った。ハンガーを飛び出した芳佳を追いかけ、ウィッチのようなネウロイが芳佳と一緒にいて、その後坂本を庇い、ネウロイに撃たれた。そこまで思い出すと、優人はハッと目を見開いた。

 

「芳佳は!?芳佳はどうなった!?無事なのか!?」

 

重傷を負っていた人間のものとは思えないほどの剣幕で、三人に詰め寄る優人。目覚めてすぐに妹の心配をするとは彼らしいが、あまりの迫力にリーネは「ひっ!」と短い悲鳴を上げた。

 

「シー……」

 

唇の前に人差し指を立てたミーナが静かにするよう促し、次に優人のすぐそばで眠っている芳佳を指差した。

 

「良かった、無事だな。坂本も……」

 

「少しは自分の心配をしろ!」

 

突然、坂本が声を張り上げた。先程の優人とはまた違った迫力に、またもリーネが「ひっ!」と悲鳴を上げた。

 

「負傷したのは……お前、なんだぞ。私のせいで……なのに……」

 

ギュッと拳を握り締める坂本。優人はどう返せばいいか分からず、目を瞬かせた。

 

「さぁて、芳佳さんとペリーヌさんに毛布を持ってこないといけないわね。リーネさん、手伝ってくれる?」

 

「え……あ、はい。分かりました」

 

何かを察したミーナが、リーネを連れて退室する。芳佳とペリーヌが眠っているため、実質優人と坂本の二人きりとなる。

 

「えーっと……坂本?」

 

「…………」

 

優人は気まずそうに頬を掻きながら声を掛ける。坂本は答える代わりに優人へ近寄り、倒れ込むようにして彼の胸に顔を埋める。

 

「うおっ!?……どうした?」

 

「…………助かって、本当に良かった」

 

優人の胸に顔を押し付けながら、坂本はか細い声で言う。男である優人に比べて、幾分小さい身体をふるふると震わせる。

 

「泣いているのか?」

 

「泣いてなどいないっ!ただ……震えが止まらないだけだ。身体の震えが止まるまで胸を貸せ、強く抱き締めろ」

 

「……それは命令ですか?坂本少佐」

 

「そうだ、命令だ。馬鹿者……」

 

「了解」

 

不器用な親友を気遣ってか、上官と部下の体を取る優人。言われた通り坂本の背中に手を回し、そのまま彼女を抱き締めた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「ん……」

 

終夜治療と看病を続け、力尽きたように眠っていた芳佳は、窓から射し込む明るい日射しで目を覚ました。

茫然とした目で室内を見渡していた後に、身体を起こした優人が自分を見ていることに気が付いた。

 

「あっ!ああ!お兄ちゃ――」

 

「シー……」

 

喜びのあまり声を上げようとした芳佳に対し、優人はミーナがやったように自身の唇の前に人差し指を立てて、注意する。芳佳は反射的に自分の口を両手で塞いだ。

次に優人はベンチの方を指差した。芳佳が目をやると、毛布を羽織ったリーネとペリーヌが寄り添うように眠っていた。坂本とミーナは既に退室したのか姿がない。

 

「良かった」

 

目を覚まさした優人に安堵する芳佳だったが、すぐに謝らなければならないことがあるのを思い出して、表情を曇らせる。

 

「あ、あの……お兄ちゃん……ごめ――」

 

「ごめんな、芳佳」

 

「……えっ?」

 

芳佳の謝罪を遮り、先に謝る優人。何故優人が謝るのか理解出来なかった芳佳は、キョトンとする。

 

「頬っぺ……叩いちゃったろ?」

 

そう言って優人は、芳佳の頬を手で触れる。芳佳よりも大きくて力強く、それでいて優しい手だ。

 

「妹を傷つけるなんて……悪いお兄ちゃんだよな」

 

「あ、ああ……」

 

申し訳なさそうにする優人。怪我をしたにも関わらず、自分のことを第一に考えてくれる優しい兄。芳佳の目から自然と涙が溢れ、ボロボロと零れ落ちていった。

 

「よ、芳佳!?どうしたの!?お腹痛いの!?」

 

先程までのイケメンっぷりはどこへ言ったのか。突然泣き出した妹に、優人は激しく狼狽える。

 

「お兄ちゃああああああん!!」

 

「うおっ!?」

 

堪えきれなくなった芳佳は、飛び付くようにして優人に抱き着き、遠慮のない大声で泣き出した。

 

「ごめんなさい!馬鹿な妹でごめんなさい!我が儘な妹でごめんなさい!いつまでも甘ったれた妹でごめんなさい!」

 

「そんなことない。俺にとって芳佳は大切な大切な……自慢の妹だがら……そんなに自分を卑下しないで」

 

「うっ、うわあああああああぁ!!」

 

今までにないほどに泣きじゃくる妹に戸惑いつつも、優人は芳佳の気が済むまで抱き締めてやることにした。

 

(やれやれ、朝から女の子を二人も抱き締めることになるとは……これって、美味しいのかな?)

 

そんなことを考えつつ、優人は芳佳の頭を優しく撫でた。




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