ストライクウィッチーズ 扶桑の兄妹 改訂版   作:u-ya

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GW中にたっぷり時間があったというのに、書けたのはたったの1話分orz


第39話「妹の脱走」

昨日、ドーバー海峡上空――

 

人型ネウロイの腕から放たれた熱と赤みを帯びたビーム。それが優人が抱える九九式二号二型改13mm機関銃の弾倉に着弾した。銃が暴発し、周囲に黒煙を撒き散らす。

 

「がっ!?……」

 

機関銃より飛び散った多数の破片が胸に突き刺さり、優人は凄まじい激痛に襲われる。出血と共に力も身体から抜けていき、すぐに意識を保てなくなる。

 

(芳佳……)

 

朦朧とした意識の中で、優人は最愛の妹に向かって手を伸ばす。霞んだ視界では、芳佳がどんな表情をしているかすら分からない。

 

〈邪魔しないで……〉

 

(……えっ?)

 

意識が途切れようとしたその瞬間、何者かの声が聞こえてきた。それは耳を通してではなく、優人の脳内に直接響いていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

現在、第501統合戦闘航空団基地部隊長執務室――

 

「宮藤優人大尉。あなたは、先日出現した人型ネウロイとの接触及びコミュニケーションを目的とした作戦を提案しているのですね?」

 

ミーナが確認すると、優人は「はい」と頷いた。彼とミーナの間にある机の上には、二枚の書類が置かれていた。

一つは、優人の助力によって芳佳が書き上げた人型ネウロイに関する報告書。もう一つは、優人が芳佳の話を頼りに人型ネウロイの意図を推測した上で、具体的な方法を纏めた作戦立案書である。

 

「芳佳が……いえ、宮藤軍曹が接触した人型ネウロイは、我々が今まで戦ってきたネウロイと明らかに違っています」

 

優人は真剣な面持ちで己の考えを述べ始める。立案する作戦の内容せいか、或いは自分が真剣だと言うことを示すためか、彼の口調は随分と硬い。

 

「宮藤軍曹は銃の安全装置を外すのに手こずり、意図的ではないにせよネウロイに無防備な姿を晒していました。そしてネウロイは自身に銃口を向けない軍曹に対して警戒心を緩め、自分に戦闘の意志がないことを伝えようと人型の……正解に言えばウィッチに似せた姿へと変身しました」

 

「あくまで仮定の話だな?」

 

不機嫌そうに眉を寄せた坂本が優人に食って掛かる。話を遮られた優人も不快そうに顔を歪めた。

 

「坂本少佐!……大尉、続けなさい」

 

ミーナは右手で坂本を制すると、優人に話の続きを促す。

 

「報告書にもあるように、ネウロイは人型へ変形後、じゃれつくかのように宮藤軍曹の周囲を飛び回りました。これは我々とネウロイではコミュニケーション手段が大きく違っているため、行動で非戦の意を伝えようとしたと思われます。さらに軍曹がいくつか質問をしてみると、ネウロイは装甲を開放、弱点であるはずのコアを無防備にさらけ出しました。まるで触れて欲しいかのように……」

 

優人はミーナに身体を向けつつ、時折坂本の方をチラチラと伺う。彼女は腕を組み、相変わらず仏頂面を浮かべていた。

ミーナは優人の長口上に耳を傾けつつ、彼と二枚の書類を交互に見比べていた。

 

「我々の介入よって中断されましたが、ネウロイはコアを通して宮藤軍曹に何かを伝えようとしていた可能性があります。本作戦の目的は、宮藤軍曹を再度ネウロイと接触させて意思疎通を図ることで――」

 

「甘いな」

 

またしても坂本が優人の話を遮る。優人は射るような眼で彼女を見返した。

 

「なに?」

 

「今回ネウロイが人の型を取ったのは、お前の妹を罠にかけるためだ。大方、自分達のテリトリーに引きずり込んで――」

 

「たった一人のウィッチ相手に、そんな搦め手が必要とは思えない。それに人型ネウロイはこっちが撃たなければ撃ち返してこなかった、と芳佳も――」

 

「お前は忘れたのか!?扶桑海事変やリバウで何があったのかを……」

 

「…………」

 

声を荒げて問い質す坂本に、優人は視線は外さず無言で応じる。

 

「奴らとの戦いでどれだけ多く命が散っていったと思っている?どれだけの犠牲が出たと思っている!?ネウロイと和解だと?芳佳を再びネウロイと接触させるだど!?……ふざけるのも大概にしろ!」

 

ペリーヌやカールスラント組とは違い、帰る国がある扶桑組も扶桑海事変においてウラル方面より飛来したネウロイに危うく国を侵されかけ、軍人・民間問わず多く人命が奪われている。故に、坂本がネウロイに対して抱いている敵対心はバルクホルン以上なのだ。

 

「……ふざける?」

 

激昂する坂本に対し、優人は嘲笑するように鼻を鳴らした。

 

「俺に言わせれば、シールドも張れないほど弱体化した状態で戦場に出ることの方がよっぽどふざけてるけどな」

 

「――っ!?なんだと!?」

 

「二人共やめなさい!」

 

憤慨した坂本が優人に掴みかかるが、すぐさまミーナが止めに入る。部隊長からの一喝に、優人も坂本も口を噤んだ。

 

「まったく……」

 

ミーナは右手で眉間を押さえながら、大きく溜め息を吐く。少しだけ間を置いてから再び口を開く。

 

「宮藤大尉、あなたの主張は分かりました。しかし、この作戦を実施するわけにはいきません。少なくともすぐには……」

 

はっきり言ってウィッチやウィザードを含めた人類の総戦力は、ネウロイのそれを下回っている。

ブリアニアに駐留している連合軍の全戦力を投入したとしても、ネウロイに占領されたヨーロッパは疎か、ガリアの解放すら危うい。確かなのは作戦の成否関わらず多大な犠牲を強いるということ。

もしネウロイとの意思疎通が可能性ならば、人間同士の戦争のように話し合いの席を設け、休戦の後に講和を結ぶことも出来るだろう。人類は、これ以上戦闘で死傷者を出さずに済み、交渉によっては占領された国土の返還も夢ではない。しかし、それは希望的観測に過ぎない。

人類にとってネウロイはまだまだ未知の存在。意思を持った知的生命体なのか、それとも地震や台風等と同じく災害の一種――現象なのか。それすらも分かっていない、不確定要素ばかりだ。

提出された報告書も優人の手助けによって形にはなっているが、芳佳自身の主観的な見解が所々見受けられ、客観的な判断材料になり得ない。

優人の主張通り、人型ネウロイが芳佳と何らかのコミュニケーションを図ろとしたのか、それとも坂本が言うように芳佳を罠にかけようとしたのか。情報が不足している現状では、判断しかねる。そして隊員達の命を預かる身としては、薄氷を踏むような作戦など了承出来ない。

 

「検討はしておきます。今はまず退室して、頭を冷やしなさい」

 

「…………了解。失礼します」

 

優人はやや間を置いてから敬礼すると、退室するために

踵を返して扉へ向かう。が、ドアノブに手を掛けると同時に訊くべきことを思い出し、ミーナの方へ振り返る。

 

「そう言えば、一体何処の誰が俺に血液を提供してくれたんだ?」

 

自分の血液型が珍しいものであることを理解している優人は、血液を提供してくれた人物のことが気になっていた。一目会って礼を述べたいとも思っている。

 

「輸血者に対しては……機密事項です」

 

「?……了解した」

 

ミーナの対応に違和感を覚え、頭の中で疑問符を浮かべた優人だったが、特に追及することなく退室する。

 

「お兄ちゃん」

 

廊下に出ると、芳佳が待っていた。優人を見るなり、小走りで駆け寄って来る。

 

「芳佳、どうした?」

 

「…………私のために、坂本さんと喧嘩しないで」

 

そう訴える芳佳は肩を震わせ、今にも泣き出しそうな表情で優人を見上げている。

優人が自分の味方をしてくれることや自分を助けてくれることはすごく嬉しい。しかし、大好きな兄である優人と、尊敬する上官たる坂本。この二人の関係が自分のせいで険悪なものに変わってしまうことが芳佳には耐えられないのだ。

 

「あれは喧嘩じゃなくて話し合い。少し意見がぶつかっただけだよ」

 

妹を安心して貰いたい優人は、なんとか誤魔化そうとする。しかし、先程の坂本とのやり取りは誰がどう見ても立派な口喧嘩である。ミーナが止めなければ取っ組み合いになっていたかもしれない。

 

「それよりも……お前、疲れてるんじゃないのか?」

 

優人は身体を傾け、芳佳の顔をじっと覗き込む。顔色があまり良くない、目元にも隈ができている。

昨日の晩、芳佳は優人を助けるために一晩中治癒魔法を使い続けたため、ろくに眠れていなかったのだ。

 

「少し仮眠取ったらどうだ?昼までには起こすから」

 

「でも――」

 

「いいから!お兄ちゃんの言うことを聞きなさい」

 

まるで子どもに言い聞かせるような口調の優人に、芳佳は心ならずも「はい」と答え、小さく頷いた。浮かない顔をした妹の頭を優人は優しく撫でてやる。

 

「坂本もミーナも、俺がちゃんと説得するからな」

 

そう言ってニッコリと微笑むと、芳佳の脇を通り過ぎて行った。

 

(また……お兄ちゃんに迷惑掛けちゃった……)

 

残された芳佳は、優人に頼ってしまったことを後悔していた。同時にあることを決意する。

 

「やっぱり……やっぱり、自分で……」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

数時間後、501基地格納庫――

 

ドーバー海峡の空は、今朝に引き続き雨雲に覆われている。降り続く雨は激しさを増し、雨音が隔壁を通してハンガー内にまで漏れ聞こえるほどだった。

 

「う~ん」

 

照明のおかげで悪天候でも陽の下のように明るい格納庫内では、シャーリーが腕組みしながら唸り声を上げていた。彼女の視線は、床に置かれた一組のストライカーユニットの残骸に向けられている。

残骸の正体は、優人の愛機――扶桑皇国海軍で採用されている『零式艦上戦闘脚二二型甲』である。芳佳や坂本も愛用している機種だが、1944年現在においては旧式化が進み、新型且つより高性能な紫電二一型――通称『紫電改』に主力ユニットの座を譲りつつある。しかし、軽快な運動性能と魔力の弱いウィッチでも扱える手軽さから、後方部隊や訓練用としてはまだまだ現役である。

優人が負傷した際に両脚から脱げ、地上に落下した彼の機体。芳佳とリーネが優人を介抱した浜辺の近くで発見・回収されていたが、当然ながら原型は留めていない。

 

「これって……やっぱりそうだよな?……でも、誰が何の為に?」

 

格納庫の床に片膝着いたシャーリーは、優人のストライカーを調べながら難しい顔で独り言ちる。彼女の傍らには、いかにも退屈そうな表情をしたルッキーニが唇を尖らせている。

 

「シャーリーってば、何ブツブツ言ってるのぉ~?優人のお見舞いはぁ~?」

 

「おっ?悪い悪い、そうだったな」

 

と、腰を上げるシャーリー。彼女はルッキーニと、優人の見舞いに行くという約束をしていた。

ルッキーニはもちろんだが、シャーリーも優人のことが心配で仕方なかった。優人の回復を聞いて、すぐに駆けつけるつもりだったが、目覚めたばかりの病人の元へ押し掛けるのもどうかと思い、夕食後あたりに見舞うつもりでいたのだ。

 

「早く行こぉ~よぉ!優人、待ってるよぉ?」

 

「分かったから落ち着けよ、ルッキーニ」

 

ピョンピョン、と可愛らしく跳ねながら自分を急かすルッキーニを宥めるシャーリー。格納庫内の照明を消して、ルッキーニと二人で優人の部屋へ向かう。

しばらく経って、誰もいなくなった格納庫に芳佳が姿を見せる。

真剣な面持ちでキャットウォークを歩いていると、さらにウィッチがもう1人、小走りで追いついてきた。リーネだ。

 

「芳佳ちゃん!」

 

「えっ?リーネちゃん!?」

 

驚いて振り返る芳佳に、リーネは焦った様子で駆け寄る。

 

「また出ていったら、今度こそ禁固処分になっちゃうよ?」

 

「どうしても確かめたいの!」

 

芳佳がやらんとしていることを理解していたリーネは、彼女を心配して引き止めようとする。しかし、芳佳の決意は堅かった。

 

「……私、ネウロイのことは分からない。でもね!芳佳ちゃんのことは分かる!諦めないところ、真っ直ぐなところ……だから、私も一緒に行く!」

 

リーネの表情が泣き出しそうなものから一転、強い覚悟を湛えたものに変わる。

 

「えっ?」

 

「すぐに支度するから!」

 

自分の発言に面食らう芳佳を他所に、リーネは踵を返し、一旦自室へ戻ろうとする。

 

「ダメっ!リーネちゃん!」

 

リーネの背中に向かって、叫ぶ芳佳。立ち止まったリーネの肩は小さく震えていた。

 

「……どうして?……私じゃダメ?優人さんと違って頼りない?」

 

「違うの」

 

芳佳は左右に首を振ると、自らの胸の内を訴えた。

 

「これは、私一人でやるって決めたの。お願い」

 

「…………」

 

リーネは何も返さず、ゆっくりと芳佳に向き直った。見えたのは潤んだ芳佳の瞳、今度は彼女が泣き出しそうになっている。

 

「……ごめんね」

 

「…………」

 

堪えきれなくなったリーネは、芳佳の元へ駆け戻り、彼女の小さく華奢な身体を抱き締めた。

 

「早く帰ってきてね」

 

「……うん」

 

強く、それでいて優しいリーネの抱き方に、芳佳は優人と似た温もりを感じていた。心地好さそうに目を閉じると、リーネの背中に手を回して彼女を抱き返した。

 

「ずっと待ってるからね」

 

「うん」

 

一度よりも強い頷きを返す芳佳。大切な親友に見送られ、彼女は大雨の中を飛び立っていった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

同時刻、優人の部屋――

 

部屋に戻った優人は、第一種軍装の上着をソファーに脱ぎ捨てると、ベッドに身を投げた。仰向けに寝転がり、ぼんやりと天井を眺める。

 

(……あいつと、あんな風に口喧嘩したのはいつ以来かな?)

 

ふと、そんな疑問が優人の脳裏に浮かぶ。501に配属されてからというもの、優人が坂本に振り回されたり、彼女の遠慮の無さに愚痴を零すことはあっても、喧嘩らしい喧嘩をしたことはなかった。

リバウに配属されたての頃、優人は父を亡くしたばかりで最前線へ送られ、坂本はろくな経験もない身で隊を指揮しなければならなかった。心に余裕のなかった者同士の二人は、互いに辛く当たってしまい、しばらくの間は口喧嘩が絶えなかった。幸いにも扶桑海軍の同期である竹井醇子の仲裁や本人達の精神的な成長で、すぐに落ち着いていった。二人にとってはあまり思い出したくない恥ずべき記憶である。

その後も意見の不一致から今回のように口論となる機会がたまにあった。もしかしたら今も昔も相手が坂本だから遠慮なく感情ぶつけられたのかもしれない。それは坂本も同じだろう。

 

(頭冷やして、もう一度話そう)

 

コンコンっ!

 

「お?」

 

ふと室内に響く小気味良いノック音。現実に還った優人は、ゆっくりと身体を起こした。

 

「は~い、どちらさん?」

 

「……わ、私だ」

 

「バルクホルン?」

 

ドアをノックをしていたのはバルクホルンだった。てっきり芳佳か、頭を冷やした坂本が訪ねてきたとばかり思っていた優人は、以外な訪問者に驚きながらもドアへ歩み寄り、出迎える。

 

「突然すまないな」

 

優人と顔を合わせたバルクホルンは、申し訳なさそうに言う。

 

「別にいいけど、何か用か?」

 

優人が訊ね返すと、バルクホルンは恥ずかしそうに俯いたかと思えば、すぐに顔を上げた。

 

「その、だな……服を脱げ!……」

 

「…………はい?」

 

あまりに唐突な脱衣命令に、優人は己の耳を疑った。

 

「じゃなくてだ!」

 

バルクホルンは顔を真っ赤にしながら激しく頭を振った。

 

「お前は、ロフティング医師から許可が下りないうちは、風呂に入れないと聞いた」

 

「まぁ、怪我人だからな」

 

「そこでだ!私が、お前の身体を清拭する!」

 

そう言ってバルクホルンは、優人からはドアで死角になっている場所から1台のワゴンを引っ張り出した。ワゴンにはお湯の入った洗面器と、数枚ほどのタオルが置かれていた。

 

「清拭?」

 

清拭というのは、お湯を絞ったタオル等を使い、怪我や病気で入浴ができない人間の身体を拭いて清潔することである。

 

「ああ」

 

確認するように訊ねる優人にバルクホルンは頷いて返す。先程の「脱げ!」は、「私が身体を拭いてやるから服を脱げ」ということだったのだ。

 

「いや、それくらいは自分で出来るし。わざわざ拭いて貰わなくても――」

 

「自分でやったのでは背中に手が届かんではないか!501のウィザードが身体を不潔にしたままでは、隊の沽券に関わる!」

 

「そんな大袈裟な」

 

「大袈裟ではない!とにかく、部屋に入れて貰おう!」

 

「お、おい!」

 

優人の意見を無視して強引に入室するバルクホルン。こうなると彼女はテコでも動かない。優人は不承不承ながら、彼女の厚意を受けることにした。

優人は、バルクホルンに背を向けるようにしてベッドの端に正座すると、シャツのボタンを上から順に外していく。

バルクホルンも制服を濡らさぬように上着のみ脱いで、シャツの袖を捲る。洗面器のお湯にタオルを沈め、ぎゅぅっと力いっぱい絞った。

 

「じゃあ、頼むよ」

 

スルッとシャツを脱ぐ優人の頬に、僅かではあるが赤みが差している。バルクホルンが拭くのは上半身だけだろうが、それでも女性に身体を見せるのは照れくさいらしい。

一方、言い出しっぺのバルクホルンもまた、後ろ姿とはいえ目の前に異性の裸が現れたことで緊張してしまい、顔を強張らせていた。

 

「い、いくぞ」

 

意を決して手を伸ばすバルクホルン。優人の腰部にタオルを当てて、下から上へと丁寧に優しく拭いていく。

 

「ど、どうだ?痛くないか?」

 

「うん……大丈夫、気持ちいいよ」

 

「そ、そうか……」

 

緊張を孕んだ声で短い会話する二人の男女。疚しいことなど何もないはずなのに、何故かいけないことをしている気持ちになる。

 

(き、気まずい……)

 

暫しの間沈黙が続き、優人はなんとも言えない居心地の悪さを感じ始めていた。至近距離で背中を向けている相手が無言を貫く、それだけで多大なストレスとなる。

 

「あ、雨すごいな」

 

「……そうだな」

 

「…………」

 

「…………」

 

「そう言えば、妹さんどうだった?見舞いに行ったんだら?」

 

「思ったより元気そうだった」

 

「そうか……」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「この前貸した本は――」

 

「すまない、まだ読んでいないんだ」

 

「そ、そっか……」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

(バルクホルンとの会話って、こんなに苦痛だったか?)

 

いくら話を振っても長くは続かない。芳佳がブリタニアに来る前、二人の関係はギクシャクしていて会話もならなかったが、その頃よりも今の状況の方が遥かにしんどい。

 

「……優人」

 

優人の胃に僅かながらの痛みが走り始めたのと同じタイミングで、バルクホルンが声を掛けてきた。

 

「その……芳佳はどうだった?」

 

「え?どう、って?」

 

優人が訊き返すと、バルクホルンの手の動きが止まった。

 

「今朝、風呂場で少々キツいこと言ってしまってな。落ち込んでいなかったか?」

 

「あ……」

 

芳佳の心配をしてくれているバルクホルンの言葉に、優人はハッとなる。どうやらバルクホルンが部屋を訪ねた理由の半分は、芳佳のことを訊くためだったらしい。

ネウロイと和解出来るかも、という芳佳の考えを感情論で否定しつつも、内心では彼女のことを気にかけている。なんだかんだ言ってバルクホルンも優人に劣らず、甘いのだ。

 

「大丈夫だよ。あいつはお前が思っているよりも強い、落ち込んでもすぐに立ち直るさ」

 

「そ、そうか」

 

ホッと胸を撫で下ろすバルクホルン。その安心したような声に、優人は自然と笑みを零す。

 

「お前も案外過保護だな」

 

「なっ!?」

 

優人には見えないが、茶化されたバルクホルンの頬がポッと赤く染まる。照れを隠すかのように声を張り上げた。

 

「せ、背中はもう終わりだ!次は前を拭く!こっちを向け!」

 

「いや、前は自分で――」

 

「いいから!怪我人は黙って言うことを聞け!」

 

「はいはい」

 

気の抜けた返事をしつつ、優人は身体をバルクホルンに向けた。

 

「――っ!?」

 

優人の裸体を正面から見たバルクホルンは、何故か慌てて目を逸らした。かと思えば、チラチラと優人の身体を見てくる。

 

(海上訓練の時も思ったが、意外と鍛えられているな……)

 

インドア派なこともあって普通よりも若干痩せている感のある優人だが、軍で鍛えられているだけあって筋肉質ではないにしても無駄な贅肉がなく、引き締まっている。しかし、さすがに腹筋は割れていない。

 

「どうした?」

 

「いや、何でもない……」

 

バルクホルンは正面の清拭を行おうとする。しかし、ある疑問が彼女の頭を過ったので、思いきって優人に聞いてみた。

 

「優人……」

 

「なんだ?」

 

「お前は……大きい女性が好みだったよな?」

 

「大きい?」

 

優人に聞き返されると、バルクホルンは顔を真っ赤に染めて付け加えた。

 

「む、胸のことだ」

 

「あ……あぁ~……」

 

質問の意味を理解した優人は、罰が悪そうに右手の人差し指で己の頬を掻いた。

 

「も、もし……もしのも話だが!わ、私から胸がなくなったら、お前は私から愛想を尽かしたりするのか?」

 

バルクホルンは視線を足元へ落とすと、胸の前で両手の人差し指を突き合わせ、もじもじとしながら訊く。

どうやら彼女は、入浴時にハルトマンから言われたことを気にしているらしい。

 

「あ、いや……別に愛想尽かしたりは……そもそも女の子の価値は胸で決まるものじゃないし」

 

「そうか……」

 

と、安堵するバルクホルンの胸が少しだけ揺れる。優人はその僅かな動きを視界の端で捉え、そのまま彼女の豊かな胸を凝視する。

 

(前に不可抗力で触ったことがあるけど……結構すごかったよな?)

 

シャーリーやリーネには及ばないものの、ハルトマンが言った通り中々大きい。張りと形の良さなら負けていないだろう。

事故でバルクホルンの胸を掴んだ時に感じた制服越しとは思えないほどの柔らかい感触を思い出し、優人は固唾を飲む。

 

「――っ!?優人、お前!どこを見ている!?」

 

優人の邪な視線に気付いたバルクホルンが、両腕で胸を庇いながら怒鳴る。

 

「あ……い、いや……別に」

 

「何が別にだ!私の胸を見ていただろう!?そうだろう!?このスケベ!!」

 

怒りに駆られたバルクホルンは、優人に顔を近付けて問い詰める。

 

「ちょっ、ちょっと……落ち着けって!」

 

むにゅ!

 

「……なっ!?」

 

「……あっ…………」

 

顔を眼前まで突き出してきたバルクホルンを押して退がらせるために両手で前に出した優人だったが、うっかり彼女の両胸を掴んでしまう。突然のアクシデント、一時的に思考を停止させた二人の口から間の抜けた声が漏れる。

扶桑のことわざに『二度あることを三度ある』というものがある。物事は繰り返し起こる傾向があるものだから失敗を重ねないようにという戒めであるが、バルクホルンの胸を過去に二度触ったことがある優人は、経験を活かして失敗を未然に防ぐことが出来ず、今回三度目を迎えてしまった。

 

「え、えーっと……」

 

優人が何か弁解しようとしたその時だった。

 

「優人ぉ~!お見舞いに来たよぉ!って、うじゅ?」

 

「どうだ?少しは良くなっ――」

 

お見舞いに来たルッキーニのシャーリーが、ノックもせずに部屋へ入室してきた。優人とバルクホルンの姿を見るなり、二人はピタッと動きを止める。

 

「リベリアン!?ルッキーニ!?」

 

二人の声に反応して、バルクホルンがドアの方を向いた。ルッキーニは「何でバルクホルンがいるの?」といった感じに首を傾げているだけだが、シャーリーは驚きのあまり目を見開いている。

それもそのはず。部屋に入った途端、半裸の男がワイシャツ姿の女性の胸を両手で揉んでいたのだ。驚かない方が無茶である。

 

「あ、あはは……あはははは」

 

顔をひきつらせたシャーリーは、渇いた笑い声を上げる。彼女は、優人とバルクホルンが“男女の営み”の最中だと勘違いしていた。

 

「悪い、邪魔したな!」

 

「待てリベリアン!」

 

「シャーリー!誤解だ!」

 

バルクホルンと優人は、ルッキーニを連れて撤収しようするシャーリーをなんとか呼び止め、必死に事情を説明した。

 

「あっははははは!なぁんだ、そんなことかぁ!」

 

真相を知ったシャーリーは、安心したように笑う。

 

「あたしはてっきり、優人とバルクホルンが隠れて付き合ってて、仲がかなり進展しているのかと思ったよ!」

 

「私と優人はそういった関係ではない!」

 

プイッとそっぽ向くバルクホルン。シャーリーにではない、自分の胸を揉んだ優人にだ。

 

「ともかく、誤解されずに済んだか……」

 

清拭を終えた優人が、シャツを着ながら呟く。彼はこれまでも覗きやら、ズボン窃盗等の冤罪をかけられている。

 

「ねぇ優人」

 

シャツのボタンを留め終えると、ルッキーニが上目遣いに優人を見てきた。

 

「ん~?」

 

「怪我、もう痛くない?」

 

「心配?大丈夫だよ、しばらく休めばまた飛べるようになるから」

 

「ホント?」

 

ルッキーニはズイッと顔を寄せながら念を押す。

 

「本当だよ。心配してくれてありがとう」

 

と言って頭を撫でてやると、ルッキーニは気持ち良さそうに目を細めた。部隊最年少である彼女は、隊の皆から妹分のように思われているが、優人に懐いて甘える姿はまるで仔猫のようだ。

 

「あたしも心配だったんだけど?」

 

優人に近付いたシャーリーがニィと口角を吊り上げ、顔を傾けた。

 

「あ、ああ。シャーリーも……その、ありがとう」

 

シャーリーの眩しい笑顔が眼前まで迫り、優人は思わずドキッとする。

 

「どうやら大丈夫そうだな。10秒置きにあたしの胸をチラ見してるし」

 

そう言うとシャーリーは自慢の胸を強調するように持ち上げる。優人は、慌てて彼女の分析を否定した。

 

「いやいやいや!見てない!見てない、って!」

 

「照れるな照れるな♪そうだ!回復祝いに頬っぺにキスしてやろうか?」

 

「はぁ!?」

 

「あっははははは!ジョークだよ!ジョーク!優人はホントからかい甲斐があるなぁ!」

 

豪快な笑いを飛ばすシャーリー。実を言うと、優人は彼女からの頬っぺチューを少なからず期待してしまった。彼の邪な心を見透かしたのか、右拳を握り締めたバルクホルンが優人を睨んでいる。

 

「あっ、そうそう!忘れてた。優人に伝えることがあったんだ」

 

シャーリーは笑うのを止め、思い出したように言う。

 

「俺に?」

 

「うん。お前のストライカーユニットだけど――」

 

ガチャッ!

 

シャーリーが説明しようとしたその時。ドアがガチャッと音を立てて、開かれた。4人が目をやると、ドアのところにペリーヌが立っていた。

離れた場所から走って来たらしく、壁に手を突きながら肩で息をしていた。

 

「ペリーヌ、ノックぐらいしたらどう――」

 

「大変ですわ!」

 

バルクホルンの言葉を遮り、ペリーヌは緊急の報せを口にした。

 

「宮藤さんがっ!」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

数分後、501基地ブリーフィングルーム――

 

バンっ!

 

「芳佳さんが脱走したわ!」

 

壇上に立ったミーナが演壇を叩きながら、集まったウィッチ達に告げる。隣には軍刀を手に掛けた坂本が立っている。

 

「脱走っ!?」

 

驚くシャーリー。

 

「やるなぁ!」

 

お気楽なハルトマン。

 

「あのバカっ!」

 

と、吐き捨てるバルクホルン。彼女の斜め後ろでは、リーネが心配そうな表情で机に視線を落とした。芳佳を信じて送り出したものの、心配で仕方がないのだ。

 

「このことが司令部に知れたら面倒だ!」

 

「!急いで連れ戻すわよ!」

 

坂本とミーナが全員に出撃を命じようとしたその時。演壇に取り付けられている司令部直通の赤電話が鳴り響いた。ミーナは、話を中断し、受話器を手に取る。

 

「はい、501統……閣下!?」

 

ミーナの表情が堅くなる。電話の相手は501の上官にして、ブリタニア空軍戦闘機軍団司令官を務める空軍大将トレヴァー・マロニーだった。

 

「……ですが、それは……いえ、了解しました」

 

マロニーから何かの命令を受けたミーナは、やや乱暴に受話器を置くと、険しい表情で一同に告げる。

 

「司令部から芳佳さんに対する撃墜命令が下ったわ!」

 

「えっ!?」

 

撃墜命令と聞いて、リーネはハッと顔を上げる。まさかここまで大事になるとは思っていなかった。

 

「どういうことだ!?あの連中にしては随分と迅速な対応じゃないか!?」

 

と、眉を顰める坂本。脅迫状の一件以来、彼女とミーナは基地内にマロニーと通じている者がいるのではないかという疑念を抱いていたが、それが今確信に変わった。

 

(最悪の状況ね……)

 

ミーナの額に一筋の冷や汗が流れる。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

同時刻、優人の部屋――

 

「……飛べそうか?」

 

部屋に一人残された優人は目を閉じ、自分の中にいる使い魔に問い掛ける。目蓋の裏に、彼と契約し、一体となっている使い魔――『紗綾』と名付けたキツネ顔の柴犬の姿が浮かび上がる。

紗綾はジッと優人を見据えると、小さく頷いた。よく見ると紗綾の身体は小刻みに震えている。紗綾は優人が負傷したあの時、咄嗟に主を庇っていたらしい。故に彼女もまた優人以上の深手を負っているのだ。

ウィッチやウィザードが魔力を使用する際に、そのコントロールのサポートする存在である使い魔の負傷が、魔法力の発動に少なからず影響が出ることは想像に難くない。

 

「やんちゃな妹を助けたいんだ……悪いけど、少しだけ無茶に付き合ってくれるか?」

 

優人が重ねて訊くと、紗綾はもう一度頷いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

再びブリーフィングルーム――

 

「以上です」

 

ミーナは、手短にブリーフィングを済ませていた。すぐにでも芳佳を追わねばならない。無論、撃墜するのではなく、連れ戻すためだ。

 

「坂本少佐とペリーヌさんは、宮藤大尉が基地を飛び出さないよう見張っていてください」

 

「はい」

 

「了解した」

 

ペリーヌと坂本は順に返事をすると、優人の部屋へ向かう。さらにミーナは、マロニーの命令を聞いてから俯き気味となっているリーネにも声をかける。

 

「リーネさん」

 

「はい?」

 

「あなたは残りなさい」

 

「えっ?」

 

「今日1日、芳佳さんの代わりに自室で謹慎していなさい」

 

厳しい表情に反した穏やかな口調で命令するミーナに、リーネは二つ返事で応じる。芳佳を空へ送り出した時から、この程度のことは覚悟していた。

 

(まったく……扶桑の航空歩兵って……)

 

扶桑出身の破天荒な部下達の姿を脳裏に浮かべ、ミーナは呆れた表情で虚空を見つめていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「ぶえっくしゅん!」

 

基地宿舎内の廊下では、鼻がムズムズするのを感じた坂本が、年頃の乙女らしからぬ豪快なくしゃみをしていた。

 

「大丈夫ですか、坂本少佐?」

 

敬愛する上官が風邪を引いてしまったのか、と慌てるペリーヌ。親父臭いくしゃみに関しては、完全にスルーしている。

 

「いや、何ともない」

 

坂本が苦笑してみせると、ペリーヌは「ほっ」と胸を撫で下ろした。

 

「しかし、芳佳がなぁ……」

 

芳佳の後先考えない行動力は坂本も知ってはいたが、まさか脱走までするとは思っていなかった。

 

「まったく、いい迷惑ですわ」

 

「はっはっはっはっ!」

 

フン、と鼻を鳴らすペリーヌ。坂本は普段通りの豪快な笑い声を返した。

やがて二人は、優人の部屋の前に到着し、ペリーヌがドアをノックする。

 

「宮藤大尉、私です。ペリーヌです」

 

が、中から返事はない。

 

「御手洗いかしら?」

 

「……まさか!?」

 

何かに気付いた坂本がドアを開ける。室内に優人の姿はなく、ベッドの上に『坂本』と書かれた1枚の置き手紙が置かれていた。目を通してみると――

 

『お前のストライカーユニット借りる』

 

とだけ書かれていた。坂本はクシャッと手紙を握り潰した。

 

「遅かったか……あの兄バカめっ!」




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