ストライクウィッチーズ 扶桑の兄妹 改訂版   作:u-ya

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お気に入りが増えた分、減るのが恐い……


ともあれ、続きをどうぞ!


第41話「ピースの欠けた完全体 前編」

1939年8月、ブリタニアのストライカーユニット研究所――

 

ブリタニアの田舎街にあるストライカーユニットの研究所。招集された各国の技術者が、対ネウロイ戦の主力兵器となるストライカーユニットを共同で研究、開発していた。

宮藤理論を採用したストライカーユニットが、その成果である。新式ストライカーユニット量産の目処が立ち、研究者の殆んどは帰国していったが、一部はストライカーとはまた違った新兵器の開発のため研究所に残っていた。

 

「…………」

 

研究所の地下に設けられた地下実験室では、共同開発の中心人物――宮藤一郎が、円形状の水槽をじっと見つめながら佇んでいた。

水槽といっても、金魚や熱帯魚を飼うためのものではなく、培養槽という特殊なもの。生物を育てるのに必要な養分などを多く含んだ培養液で満たされた水槽だ。

しかし、目の前の培養槽内で育てられているものは、生物というにはあまりに異様な正十二面体の形状をしたガラスのように透明な物体。それから発せられる赤い光で、暗い地下室と一郎を照らしている。

 

「博士、こちらでしたか?」

 

背後にあるドアが開き、男性が入ってきた。一郎の助手を務める技師――石威紫郎だ。

 

「そろそろ『イリス』の試験運用が始まります。ワイト島へ向かいましょう」

 

石威は背を向けたままの一郎にそう告げる。返事はなく、一郎の視線は培養槽へ向けられたままだ。

一郎と石威は、後に零式艦上戦闘脚と名付けられるストライカーユニット――『十二試艦上戦闘脚』に続いて別の研究に参加していた。

この研究は、扶桑海軍事変で多くの航空歩兵・装甲歩兵を消耗した扶桑皇国の提唱し、ヒスパニア戦役を経験したブリタニア、カールスラント等の賛同を得て始まったもの。

ネウロイと戦争状態に入った際に、数が不足仕勝ちになるウィッチ及びウィザードの代替品になりうる新兵器の開発を目的としている。

魔法力を持たない一般兵士にも扱え、尚且つ対ネウロイ戦において航空歩兵や装甲歩兵が駆るストライカーユニットと同等、もしくは上回るだけの性能を持つ新兵器という要求は十二試艦上戦闘脚開発時のものを優に上回っていた。

当然、開発は初手から難航。世界でも指折りの技術者、研究者達が集っていたこともあり、山積みだった課題は少しずつ解決していったが、それでも完成まであと一歩というところで停滞してしまい、一度は中止も検討された。しかし、石威が独自のツテで手に入れた“最後のピース”の導入で、すべて問題が解決したばかりか予定よりも高性能な兵器に仕上がったのだ。

完成した試作機はギリシア神話に登場する女神に肖り『イリス』と命名され、本日ワイト島というブリタニア本島南岸に隣接する島で試験運用が行われる予定だ。

 

「…………」

 

「博士?」

 

「中止だ」

 

「えっ?」

 

聞き返す石威。一郎はゆっくり石威に振り返ると、真剣な表情でもう一度告げた。

 

「運用試験は中止する」

 

「なっ!?」

 

一郎の言葉に石威は目を見張った。数十分後に迫っている運用試験を急に中止すると言うのだ。

 

「何をおっしゃいますか!?これから『イリス』の性能を見に将軍達がいらっしゃるんですよ!今日に間に合わせるため、私がどれだけ苦労して“最後のピース”を手に入れたと――」

 

「石威君、落ち着いてくれ」

 

食って掛かる石威を宥めつつ、一郎は自らの言い分を述べ始めた。

 

「君が持ってきたのは、我々が探し求めていた“最後のピース”ではないんだ!『イリス』も完成したわけではない!おかしな言い方をするようだが、“ピースの欠けた完全体”なんだ!」

 

今の『イリス』は、ネウロイから人類を保護する女神ではなく、人にはとても御しきれない怪物でしかない。一郎の技術者としての直感がそう告げていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

1944年、8月末――

 

ストライカーユニットを履いた芳佳は、青空を飛行していた。すぐ隣には大好きな兄――優人が、並走して飛んでいる。501の仲間達も一緒だ。

ネウロイのような敵もいなければ、銃弾やビームが飛び交うこともない白い雲の浮かぶ蒼穹はどこまでも自由で、隊列を成して空を翔る一人のウィザードと十一人のウィッチーズは悠々とゆく白鳥の群れのようだ。

 

「ふふ……えっ?」

 

気持ちよく空を飛んでいると、芳佳はいつの間にか一人になっていた。優人もウィッチ達も、ほんの一瞬目を離した隙にいなくなっていた。

 

「お兄ちゃん?……みんな?……どこ?」

 

周囲を見渡しながら呆然と問うが、その声に答える者はいない。

広大な青空に一人残された芳佳。彼女の心はもはや踊らず、代わりに強い孤独感に苛まれた。

 

◇ ◇ ◇

 

 

「芳佳ちゃん!芳佳ちゃん!芳佳ちゃん!」

 

「あっ……?」

 

自室のベッドで眠っていた芳佳は、リーネからの呼び掛けで目を覚ました。

 

「気が付いたか?」

 

「芳佳ちゃん、よかったぁ……」

 

芳佳の顔を覗き込む優人とリーネが安堵する。部屋には他のウィッチ達もいて、うなされていた芳佳を心配そうな表情で見ている。

 

「リーネちゃん、お兄ちゃん、みんな……私……?」

 

何故自分がベッドで眠っていたのか、どうしてみんなが自分の部屋に集まっているのか、目覚めたはがりで意識がハッキリせず、記憶が曖昧な芳佳にはすぐには理解出来なかった。

 

「さっき滑走路で倒れたんだよ」

 

「蓄積した疲労とショックで、意識を失ったの」

 

まずリーネが説明し、ミーナが言葉を継いだ。二人の説明で気絶する前のことを思い出した芳佳は、ガバッとベッドから身体を起こした。

 

「そうだっ!あのウォーロックって、なんかおかしい。ねぇ!今からみんなで調べれば――」

 

そこまで言いかけて、芳佳は言葉を止める。優人やウィッチ達の足元に置かれている鞄やトランク等の大きな手荷物に気付いた。

 

「みんな……それは?……」

 

「命令で。私達みんな、今すぐここを出なくちゃきけないの」

 

芳佳の質問にリーネが答える。

 

「それじゃ、やっぱりウィッチーズは……解散?」

 

重ねて訊く芳佳に、リーネは「うん」と小さく頷いた。

 

「ごめんな、さい……みんな……」

 

「芳佳ちゃん」

 

芳佳の瞳から大粒の涙が零れ落ちる。悲しむ親友を見て心を痛めたリーネも、つられて目尻に涙を浮かべる。

 

「ごめんなさい……私、私のせいで……私のせいで……」

 

芳佳は涙声で謝罪する。こんなことになるとは思わなかった。誰にも迷惑を掛けずに考えを証明しようとしたつもりが、自分の浅はかで無責任な行動で501解散というを最悪の結果を招いてしまった。

 

「違うよ!そうじゃないよ!」

 

「芳佳、元気だせ!」

 

自分を責める芳佳を、リーネは懸命に励ます。ルッキーニもいつもの調子で芳佳を元気づけようとする。しかし、芳佳の涙は止まらない。

 

「芳佳……」

 

優人はポロポロと涙を流す妹をいじらしく思い、慰めるように優しく抱き寄せた。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

兄の胸に身体を預けた芳佳は、ただただ謝罪を繰り返し、優人は芳佳が泣き止むまで妹の頭を撫で続けた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

しばらく泣き続けて漸く落ち着いた芳佳は、ベッドの敷き布団を畳み、帰国のための荷造りを始めていた。彼女がブリタニアに持ってきた荷物はそこまで多くないため、すぐに済みそうだった。

 

「優人」

 

部屋の入口付近の壁に背を預け、芳佳の荷造りが終わるのを静に待っていた優人に、ミーナが声をかける。

 

「ミーナ、どうした?」

 

優人が用件を訊ねると、ミーナは申し訳なさそうに目を伏せてから答えた。

 

「ごめんなさい……」

 

「えっ?」

 

ミーナからの唐突な謝罪。何故彼女が謝るのか理解出来なかった優人は、すぐさま訊き返した。

 

「芳佳さんに甘い、って言ったことよ。あの事が原因であなた達兄妹は喧嘩を……本当にごめんなさい」

 

ミーナは深々と頭を下げた。確かに優人は芳佳に甘いが、それは彼女に限ったことではない。他の年少組に対しても割と甘々で、芳佳だけを特別扱いしているということはない。

プライベートで多々見られるシスコンぶりも、ルッキーニの面倒を見るシャーリーや、ハルトマンの世話を焼くバルクホルン、それにサーニャを気にかけるエイラ等々。他の隊員達にも見られる親しい友人に対する振る舞いに近いもので、意図的に自由な空気の作られている501においては十分許容出来るものであり、問題にするようなことではない。しかし、自らの私情で作った規則が絡んでいたため、つい刺々しい言動を取ってしまった。

 

「頭を上げてくれよ。あの時は俺だって、悪かっ――」

 

自身の非を詫びようとする優人の唇に、ミーナはすっと立てた人差し指を押し当てる。ミーナがこのやり方で優人の言葉を止めたのは、これで二度目である。

 

「ん?……」

 

「ふふっ……」

 

頬を軽く染めて自分を見る優人に、ミーナは優しく微笑み返した後、首を左右に振った。

 

「芳佳さんや美緒は自分のせいだと思っているようだけど。あなたが負傷する遠因を作ったのは、紛れもなく私自身……」

 

「ミーナ……」

 

いつの間にか指は離され、自由になった優人の口から声が漏れる。

 

「そのことがあるから今回の件は大目に見るけど……」

 

「……えっ?」

 

「忘れたの?自分がやったことを……」

 

「あっ……」

 

ミーナに言われ、優人は間の抜けた声と共に自分がやらかしたことを思い出した。

 

「さ、坂本のストライカーユニットを使っての……無断出撃?」

 

「ええ、その通りよ」

 

ミーナが再び微笑む。今度の笑顔は先程のものとは違い、怒気を孕んでいた。優人の額から自然と冷や汗が流れて頬を伝う。

 

「次は自室禁固も覚悟しなさい」

 

「次、って……501はもう解散じゃ――」

 

「あら?あなた自身、このままで終わらせるつもりは無いんでしょう?」

 

ミーナから意味深げに訊ねられ、優人は目を瞬かせた。

 

「バレてた?」

 

「と言うよりは同じことを考えていたわ」

 

「はははっ!なるほどな」

 

心を見透かされていたことに対し、優人は自嘲気味に笑うと、自分の鞄から一冊の本を取り出した。赤いハードカバーの小説本だ。

 

「借りっぱなしだった本、返すよ」

 

差し出された本を受け取ったミーナは、優人に三度微笑んだ。

 

「確かに……」

 

一言だけ言うと、ミーナは踵を返して去っていった。口元に苦笑を湛えた優人が彼女の後ろ姿を見つめていると、荷造りを終えた芳佳が部屋から出てきた。

 

「お兄ちゃん」

 

「終わったか?」

 

「うん」

 

芳佳は小さく頷くと、まだ忘れ物があるかのような表情で室内を振り返る。自分が生活していた部屋に無言で別れを告げる芳佳の頭を、優人はポンポンと軽く撫でた。

 

「行こうか?」

 

「…………うん」

 

芳佳は片付き、寂しくなった部屋をもう一度見渡してから、そっとドアを閉めた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

ウィッチーズを追い出したマロニーの指揮の元、既に基地はその様相を変えていた。

滑走路へと続いているストライカーユニットの格納庫入口には、何本もの巨大なH鋼が無理矢理打ち込まれ、侵入不可となっている。

基地本部管制塔上部に存在する管制室には、最先端の電子機器が多数運び込まれ、ウォーロックの担当技術者や研究員、モニター及びレーダー要員が配置されている。

当基地の新たな司令官として一段高い位置に立つマロニーは、作戦準備中の部下達を険しい表情でじっと見据える。優人に殴られた頬は赤く腫れ上がっているため、ガーゼが貼られている。

 

「閣下、ウィッチーズ全員が当地より離れました」

 

「うむ」

 

外からの連絡を受けた兵士の報告にマロニーが頷くと、彼の傍らに立つ副官が口を開いた。

 

「すべて順調です」

 

「どこが順調なものか」

 

マロニーは、苛立ちを孕んだ口調で吐き捨てる。

 

「まったく、想定外のタイミングだ。こちらの戦力は、まだウォーロック1機しかない。表に出る時期ではなかったのだ」

 

「しかし、もう隠れているわけには――」

 

「そうとも」

 

副官の言葉で、マロニーの視線が僅かに下がる。

 

「元はと言えば、忌々しいあの扶桑の小娘!あいつがネウロイと接触するようなことさえなければ、こんな時期に我々が動く必要等などなかったのだ!」

 

芳佳が“軍人にはあり得ない行動”を起こしたために、マロニーと彼の一派は連合軍は疎か、ブリタニア軍の上層部にも秘密裏に進めていた計画を前倒ししなければならなくなった。

 

「ご心配なく、閣下」

 

一人の技術者がマロニーに声をかける。ウォーロックの開発責任者――石威紫郎だ。

 

「ガリアのネウロイなど、1機あれば十分。ウォーロックは戦力で劣り、量産も利かないウィッチやウィザードより遥かに優秀ですので……」

 

「結構だ、Dr.石威」

 

自信に満ち溢れた表情でウォーロックの性能を語る石威に、マロニーは満足気な笑みで返した。

 

「しかし、あの扶桑ウィッチを帰してもよろしかったのですか?」

 

自分達の手元を離れた芳佳の存在を危惧する副官に、余裕に満ちた表情で応じた。

 

「軍を離れ、ストライカーユニットを失ったウィッチーズなど、ただの小娘と青二才に過ぎん!恐れる必要などない!」

 

そう断言しながらも、彼には気掛かりなことが一つあった。501扶桑組の上官にして、自らの政敵でもある扶桑海軍中将――赤坂伊知郎だ。

おそらく赤坂は、ブリタニア軍や連合軍総司令に席を置く他のどの将軍達よりも早くマロニーの動きを掴んでいるはず。策略に長けた彼のこと、ウォーロックの作戦行動中に何らかの妨害工作を仕掛けてくるやもしれない。

 

(まぁ、やつが動くよりも早く戦果を上げてしまえば、何の問題もないがな……)

 

焦りと不安を抑え込み、マロニーはウォーロックによるガリア制圧に己の意識を集中させた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

同時刻、人類連合軍西部方面総司令部――

 

「501を解散?」

 

デスクの椅子に腰掛けた赤坂は、副官から501やマロニーに関する報告を受けていた。報告内容を確認するように繰り返すと、副官は「はい」と頷いた。

 

「ガリア反攻作戦を控えたこの時期に?一体どういうことだね?」

 

「詳しいことまでは把握していませんが、宮藤芳佳軍曹が脱走した件を口実に、強引に解散させたようです」

 

「たかが小娘一人の脱走で、ずいぶんと大仰なことだ」

 

赤坂は呆れたように鼻を鳴らすと、煙草を一本取り出して口に咥えた。副官はライターを取り出し、火を点けながら報告を続ける。

 

「ウィッチーズの後任には、マロニー大将配下の第一強襲部隊、通称『ウォーロック』が当てられるとのことです」

 

「ウォーロック?……」

 

聞き慣れない部隊名に、赤坂は怪訝そうな顔をする。副官は、懐から写真を一枚取り出してデスクの上に置いた。写真には、これまた見慣れない形状をした航空機らしき兵器が写っている。

 

「これは?」

 

「ウォーロック、第一強襲部隊の主戦力と思われる新型機ですが、確認できた配備数は1機だけでした」

 

「部隊名と同名。それに、たった1機でエース級のウィッチ・ウィザード12名と取って代わるとは、性能に余程の自信があるということか……」

 

赤坂は、ウォーロックを撮影した写真をしげしげと見る。

 

「潜り込ませた部下の話では、ウォーロックは人型への変形や亜音速での飛行、さらにはネウロイを上回る威力のビームまで装備している模様です」

 

副官がウォーロックについて分かっていることを報告し終えると、赤坂は上目遣いに彼を見つめた。

赤坂の副官――西野中佐は、淡々と口に出しながらも人類にとってオーバーテクノロジーとすら形容出来るウォーロックの性能に驚きを隠せないようだ。

 

「総司令部の将官達は今回の件について何と言っている?」

 

「はっ!西部方面総司令部の将軍達はもちろん、ブリタニア空軍のデッター大将やハリス大将からも501の解散やウォーロックについて説明を求める声が上がっているのですが、当のマロニー大将は――」

 

「撥ね除けたのだろう?」

 

「ええ」

 

あまりに驕りたかぶったマロニーの対応に、西野は溜め息を吐いた。赤坂も軽く息を吐きながら身体を椅子の背もたれに預けた。

 

「ただチャーチル卿に対しては、『本日中にガリアを制圧して見せる』と豪語しているらしく……」

 

「戦果を上げ、ウォーロックの性能を見せつけた上で量産の支持を取り付けるつもりか……」

 

西野の報告が事実ならば、ウォーロックの性能は飛行脚を装備した航空歩兵の標準的な戦力を優に上回っている。

ガリア地域のネウロイ全滅が成功すれば、ウォーロックは確実に量産されるだろう。ウォーロック部隊を有するブリタニアは、連合軍内に確固たる地位を築き上げ、ゆくゆくは戦後の世界の軍事バランスで主導権を握る。

そうなった場合、ブリタニア軍の中心にいるのは間違いなく、ウォーロック開発の功労者であるマロニーだ。彼と指揮権を巡って対立しているデッターもハリスも他の将軍も、彼に逆らうことなど出来ない。実に不快極まる。

 

「それと、もう一つ。興味深い報告が宮藤優人大尉から」

 

「何かね?」

 

西野の口から出た宮藤優人という名に反応し、赤坂は身体を起こす。

 

「マロニー大将の元に石威紫郎氏がいるのを確認した、と……」

 

「……石威が?生きていたのか?」

 

急に語気を強めた赤坂が確かめるように訊くと、西野はさらに付け加えた。

 

「経緯は不明ですが……大尉によれば、石威はウォーロックの開発に携わっていたようです。さらにマロニー大将は、大尉の妹である宮藤芳佳の『ウォーロックとネウロイが同じ部屋にいるのを見た』という発言に対し、動揺を示していた、とのこと」

 

ウォーロック、ネウロイ、石威。この3つのキーワードによって、赤坂はある仮説に辿り着いた。それが事実であった場合、赤坂は既にマロニーの襟元を掴んだも同然だ。

 

「…………なるほどな。マロニーが慌てふためくにたる理由だ」

 

赤坂はほくそ笑むと、脇に置かれた灰皿に煙草を押し付けた。

 

「それと、宮藤大尉から長官へ幾つか要請が来ております」

 

そう言うと西野は、ウォーロックの写真の隣に一枚のメモ用紙を置いた。用紙を覗き込んで優人からの注文を確認した赤坂は、すぐさま西野に命じる。

 

「大尉の注文通りの物を手配してやれ。それと、陸戦隊をいつでも動ける状態で待機させろ」

 

「はっ!」

 

西野は敬礼すると、はや歩きで部屋を後にした。

 

「……楽しみだな」

 

自分以外は誰もいない執務室で、赤坂は愉快そうに呟いた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

約一時間後――

 

本来、ガリア反攻作戦の第一陣として攻撃に加わるはずだった扶桑皇国海軍の航空母艦『赤城』は、遣欧艦隊司令長官――赤坂伊知郎の命により急遽予定を変更。優人ら501の扶桑組及びペリーヌの4人を乗せて、扶桑への帰路についていた。

反攻作戦から外されたことに対する将兵達の反応は、不満を漏らす者や戦地から遠ざかったことにホッと胸を撫で下ろす者、3名のウィッチが自分達の艦に乗艦したことに欣喜雀躍する者など、様々である。

 

「…………」

 

赤城の艦上の人なった4人は、甲板に出ていた。無言で外を眺める芳佳の視線の先には、次第に遠ざかっていくいく501基地があった。

短い間ではあったが、自分がいた場所。ウィッチーズという家族と暮らしていたもう一つの我が家。

 

「さらばブリタニア、ですわね」

 

芳佳と同じく基地を眺めていたペリーヌが感慨深げに呟く。

 

「まさか、ペリーヌまで扶桑に来てくれるとはな」

 

自分達についてくるというペリーヌに、坂本が言った。

 

「い、いえ!どうせ帰る国の無い身ですので、これを機に扶桑へ渡ってみるのも悪くないかと……」

 

ペリーヌの祖国――ガリアは、依然としてネウロイの占領下にある。

原隊に復帰するという道もあるが、彼女の原隊はである自由ガリア空軍602飛行隊は、ブリタニア空軍の指揮下にある。自分達を追い出した人間がトップに立つ軍に拘ることは、ガリア貴族令嬢としてのプライドが許さない。

坂本はペリーヌに微笑み掛けると、手すりを握って基地をじっと見つめる芳佳と、彼女の隣に立つ優人の背中を視線を送った。

 

「…………ん?なんだ?」

 

優人が視線に気付き、坂本に振り返った。

 

「済まなかったな優人、芳佳。私の我が儘でお前達兄妹をブリタニアに……いや、501に連れてきてたというのに、こんな形で帰すことなるとは思わなかった」

 

「なんだ急に……?」

 

唐突に坂本の口から出た謝罪の言葉。いつになく汐らしい彼女に、優人は怪訝そうに訊く。

 

「優人、考えればお前は……扶桑海事変の時から私の無茶に文句も言わずに付き合ってくれていたな」

 

「いや、文句は言ってたよ。お前が聞いてなかっただけで……」

 

優人がそう言うと、坂本はいつものように「はっはっはっはっ!」と豪快に笑う。

 

「つまり私は、まったく成長していないということか……」

 

「なら俺も同じだよ。身体がでかくなっても、中身は子どものままさ」

 

と、自重気味に苦笑する優人。坂本は、次に芳佳を見る。

 

「芳佳、軍人になるのを……戦争を嫌がっていたお前を、私は――」

 

「そんなっ!止めてください!」

 

坂本の言葉を遮った芳佳は、もう一度基地の方に目をやった。

 

「ホント言うと、こうやって帰ることやウィッチーズのみんなの役に立てなかったのは、とても悲しいです……でも私、あの基地にいたことは全然後悔していません。あそこであったこと、出会った人……私にとって、とても大切な時間でした……」

 

穏やかな表情で語る芳佳。もう泣くのは止めよう、扶桑に帰ったら他に出来ることを探そう。そう決意した彼女の顔は、とても晴れやかだった。

 

「……そうか」

 

教え子の成長を実感し、坂本は満足気な表情を浮かべる。

ペリーヌは、普段よりもやや大人びた芳佳の言動に一瞬目を丸くするも、すぐに優しげな眼差しを向ける。

 

(ちゃんと、成長してるんだな……)

 

横須賀で8年ぶりに再会した時に比べて、芳佳は遥かに成長している。優人は嬉しく思う反面、妹の笑顔に照れ臭いものを感じ、感情を紛らわそうと芳佳の額を人差し指で軽く突いた。

 

「あうっ……」

 

「ちょっと生意気だな」

 

「む~……せっかく良いこと言ったのにぃ……」

 

芳佳は両手で額を押さえながら意地悪な兄を不満げに睨み、対する優人は少々お冠な妹にニッと笑いかける。

芳佳がブリタニアに来て以来、いつの間にか501における日常の一部となっていた宮藤兄妹のやり取りである。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

基地最寄りのバス停より乗車し、バスでロンドンへ向かっていたミーナ達カールスラント組は、途中にある小さなバス停で下車していた。

使い魔の耳と尻尾を出しているミーナの左隣には、移動の疲れでグッタリとしているハルトマン。右隣には、チラチラと周囲の様子を伺っているバルクホルンが立っている。

 

「やっと監視もなくなったわ」

 

自身の固有魔法『空間把握』を使い、マロニーの部下による尾行の有無を確認していたミーナは、やれやれと言った感じで息を吐く。

 

「このままカールスラントに戻って、祖国奪還の為に戦った方が良かったかもな……」

 

「…………」

 

「……へっ?」

 

腰に手を当てたバルクホルンがそう言うと、ミーナとハルトマンがキョトンとする。二人から感じ取った微妙な空気に、バルクホルンは振り返る。

 

「何だ?」

 

「トゥルーデが戻ろう、って言い出したんじゃん?」

 

「いっ!?それは、あいつら兄妹に……借りがあるから……」

 

何故か頬を赤らめたバルクホルンは、視線を逸らしながら蚊の鳴くような声で答える。その可愛らしい仕草に、ミーナは自然と笑みを零した。

 

「そうだね、たっぷりとね」

 

ハルトマンはたっぷりの部分を強調した後に、悪戯っぽく笑いながら言葉を付け加える。

 

「そ・れ・に、トゥルーデにとって二人は、未来の旦那様と義妹だもんねぇ♪」

 

「なっ!?ち、ちちちちちち!ちがっ!ちががっ!ち、違うっ!私は別に!そんなことはっ!」

 

ハルトマンに茶化され、バルクホルンは面白いくらい分かりやすく動揺する。

 

「と、とにかくだ!芳佳を失意のままに帰してしまっていいのか!?優人だって、きっと兄としての責任を感じているに違いない!カールスラント軍人が、そのようなことで――」

 

基地へ引き返す理由をカールスラント的演説口調で説明するバルクホルンの唇に、ミーナがそっと人差し指を押し当て、口上を止める。

 

「はいはい、気持ちは十分よ。それに芳佳さんの言ってたことも気になってるの」

 

「ネウロイと友達になる、ってやつか?」

 

少しズレた発言をするハルトマンに、ミーナは首を振った。

 

「いいえ、ウォーロックがネウロイと接触してた、って話。芳佳さんが、あの話をした時のマロニー大将の焦りは、何か秘密があるんじゃないかしら?」

 

「報告義務違反でも出れば、こっちが攻めに回るきっかけになる」

 

バルクホルンがミーナの意図を理解し、彼女の言葉を継いだ。

 

「そういうこと」

 

「ああ」

 

御名答、とウインクするミーナに、バルクホルンは強く頷く。

 

「問題は、ここからどうやって……」

 

「ああっ!」

 

ミーナが右の人差し指を顎に当て、基地へ戻る方法を思案していると、突然ハルトマンが声を上げた。彼女の視線の先には一台のトラックが見える。

 

「そこのトラック~!」

 

ハルトマンは道路に出ると、腰を突き出しながら右手を頭の後ろへ回し、セクシーポーズを決める。

 

「ハァ~イ♪」

 

ウインクも付け足し、美少女の魅力全開でトラックをヒッチハイクする。しかし、トラックは何事も無かったかのように、土煙を上げて通り過ぎていった。

 

「コラァ~!このセクシーギャルを無視すんなぁ~っ!」

 

女としてのプライドが傷付いたのか、普段大らかなハルトマンが、去っていくトラックに向かって怒鳴る。

 

(そう言えば……)

 

何かを思い出したミーナが、自身の荷物から一冊の本を取り出した。それは基地を発つ前に優人から返却された本だった。パラパラとページをめくってみると、一枚の小さな紙が見つかった。開いてみると、どこかの住所と誰かとの待ち合わせの場所や時刻が書かれていた。

 

「何だそれは?」

「ふふ、徒歩で基地へ帰らずに済みそうよ」

 

バルクホルンが眉を寄せて訊ねると、ミーナはニッコリ笑って答えた。

それからしばらくして、3人の目の前に先程とは別のトラックが停まった。




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それと、外伝作品を始めました。興味のある方は読んでみて下さい。

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