後者はいつものことでしたorz
1939年8月上旬、ワイト島――
「見事に……何もない……」
瞳に映ったワイト島の景色を見つめ、優人は呆然と呟いた。
扶桑と同じく四季がはっきりしているロマーニャ。そこから長時間揺れ続けた九七式飛行艇の旅客室から島の沿岸部へ降り立った若き海軍士官を出迎えたのは、見渡す限り平原というあまりに殺風景な島景だった。
島には、ほぼ中央に位置する小さな基地施設以外これといった建造物は存在せず、平原が広がるだけであった。九七式の機長からは、気候が温暖で温泉も湧いているという話を聞いていたが、それを売りに観光地化されているわけでもない。
「と……基地本部へ向かわないとな」
そう呟く優人の耳朶に自動車のエンジン音か響いた。振り返ると、ジープが一台停まっていた。
見知った人物が運転席から手を振っている。白衣を着た、痩せた体躯の研究者らしい風貌の男性――父の助手をしている石威紫郎、その人だ。
「石威さん!」
優人はすぐさま駆け寄り、助手席へ飛び乗った。
「長旅お疲れ様、お父さんに変わって迎えに来たよ」
「ありがとうございます」
石威の厚意に、優人はニッコリと笑って礼を述べる。初めて来た場所で知人と出会えて安堵したらしい、優人の声は明るい。
運転手である石威は優人が乗車すると、すぐにジープ発進させ、基地本部へと向かう。
「すまないね、修行中だったのにわざわざ呼びつけて」
「いえ、そんな……」
『十二試艦上戦闘脚』――後に『零式艦上戦闘脚』と呼ばれるストライカーユニットの開発が一段落し、量産の目処が立ったため、宮藤優人少尉は戦友の坂本少尉と共にロマーニャへ修行に出掛けていた。来るべき戦いに備え、自分自身にさらなる磨きをかけるために、二人は日夜厳しい修行に明け暮れていた。
「坂本少尉は?……彼女も元気かい?」
「え……ええ、まぁ……」
適当に言葉を濁す優人。試験運用の参加が決まった際、たった一人で厳しい修行を続けなくてはならなくなった坂本は、優人のことを涙目になりながらも恨めしそうに睨んでいたのだ。ロマーニャへ戻る前に、彼女の機嫌を取る方法を考えなくてはならない。
「ところで、試験には父さんや石威さんも立ち会うんですか?」
ロマーニャでの修行開始から2ヶ月程経ったある日、扶桑皇国海軍遣欧艦隊司令部より優人のみに辞令が届いた。
内容は大きく分けて、優人の父――宮藤一郎が中心となって開発を進めていた、ストライカーユニットとはまた異なる対ネウロイ用兵器の試作機が完成したこと。ワイト島で実施される試験運用に優人も参加せよ、というものだった。
この時優人は、父が十二試艦上戦闘脚以外で兵器の開発に携わっていたことを初めて知ったが、同時に宮藤式ストライカーユニットと同じく、対ネウロイ戦の切り札と目されている新兵器に興味を抱いた。
優人は、修行先でお世話になっているアンナ・フェラーラに事情を話した上で修行の一時中止を申し入れ、今日試験運用が行われるワイト島を訪れたのだ。
「いや、私だけだよ。君のお父さんは本島の研究所さ」
優人の問いに、運転中の石威は正面を向いたまま答える。
「?……大事な新兵器の試験ですよね?父さんは見にこないんですか?」
優人は首を傾げる。優秀な技術者らしく、職人気質なところのある父が、完成した試作機の性能を自分の目で直接確かめないことが腑に落ちないのだ。
「いろいろと事情がね……あっ、あれが例の試作機だよ」
「えっ?」
話をしているうちに、ジープは基地本部前まで来ていた。僻地なだけに本部の建物も、滑走路も、格納庫も、他所に比べて、かなり小規模である。
優人は、石威の指差した方向へ目をやる。一目で件の新兵器と分かる風変わりな機体が、滑走路の端に鎮座していた。
ほぼ全身をモスグリーンに塗装された装甲で覆った姿は、戦車にしては巨大で形状も大きく異なる。戦闘機等の航空機とも明らかに外見が異なり、不恰好ながらも人の形をしている。鋼鉄の巨人とも形容出来るその姿を扶桑的に表現するなら、軍用からくり人形といったところか。
バイザーのような物が存在する頭部と一体化したような印象の胴体。不自然なほど長く大型の脚部は航空歩兵の履くストライカーユニットを想起させる。脚に対して短過ぎる両腕の先端には、武装が施され、左腕に機関砲、右には対物ライフルを大型化したような形状の見慣れない武器を、それぞれ一基ずつ装備している。
「……あれが?」
ストライカーユニットに使用されている技術をフィードバックして開発した最新の戦闘機が出てくるものとばかり思っていた優人は、戦闘車輌からストライカーを生やしたような奇抜な様相をした新兵器に面食らっていた。
「コードネームは“イリス”。見た目は少々奇妙かもしれないが、性能は折り紙つきだ。ストライカーユニットを装備したウィッチやウィザードにも引けは取らないよ」
「は、はぁ……」
優人がコメントに困っていると、頭部の頂上に設けられたハッチが開き、中から操縦者らしき兵士が現れた。頭の飛行帽を顔が隠れるほど深めに被っているため表情を伺うことは出来ないが、体格からして女性ではない。
「ウィッチやウィザード……では、ないみたいですね?」
確かめるように訊く優人に、石威は格納庫前にジープを停めながら答えた。
「上から一般兵士にも扱えるように、とお達しが来てね」
停車したジープから格納庫内を覗いてみると、優人以外にウィッチが10人弱程待機しているのが見えた。それぞれ扶桑陸軍、カールスラント空軍、ブリタニア空軍の制服を身に纏い、傍らには各々のストライカーユニットが確認できる。
「彼女達が君のチームメイトだ」
「チームメイト?」
「君には彼女達と航空歩兵の混成中隊を組み、イリスの仮想敵機役を務めて貰う。模擬戦形式の試験運用だ」
「即席の中隊……ですか?」
ウィッチ達から視線を外した優人は、石威の横顔を訝しげに見つめる。
本来仮想敵機役は、手強い敵を演じきらなくてはならない。優人は航空歩兵としてはまだまだ未熟者。それでなくとも、上手く連携が取れるかも分からない即席の小隊では、不十分な気がしてならなかった。
「詳しい意見は将軍達か――」
石威が説明を続けようとしたその時。
ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!
突如、非常事態を報せる警報が基地内に鳴り響いた。
◇ ◇ ◇
十数分後――
抜けるようなブリタニア南東部の青空。優人は、予定通り今日知り合ったばかりのウィッチ達と混成中隊を編成、ストライカーを履き、既に空へ上がっている。
いよいよイリスの試験運用か。しかし、手には実弾が込められた銃が握られている。
「いたっ!12時方向!」
ワイト島近海上空に差し掛かったところで、混成中隊の隊長に指名されたカールスラント空軍のウィッチが自分達へ――正確には、ワイト島基地へ向かって近付く複数の機影を視認する。
レシプロ戦闘機に似せた形状の飛行型ネウロイだ。中型が1機、小型が多数。
先程の警報はネウロイの接近を報せるものだった。どうやらヒスパニア戦役の残党が、付近の島々に身を潜めていたらしい。何故このタイミングで活動を再開したのかは分からないが、来てしまった以上無視は出来ない。混戦中隊の面々は軽く自己紹介を終えた後、迎撃するために基地から飛び立っていった。
(いよいよ、実戦運用か……)
優人は、自身が履いている十二試艦上戦闘脚をチラッと見て心中で呟く。
ほんの少し前に父――一郎が完成させ、扶桑海軍の主力ユニットとして採用・量産が決定したばかりの機体をこんなに実戦で使うことになろうとは思っても見なかった。しかし、尊敬する父が手塩にかけた新型ユニットであるためか、不思議と不安は抱かない。
(ん?)
ふと聞き慣れない機械音が魔導エンジンに混じってワイト島上空に響き、優人達の耳朶を打った。後方へ目をやると、基地から遅れて出撃したイリスが優人達に追い付いてきていた。
ネウロイの襲撃で予定されていた試験運用を中止となったが、視察に来た将軍達の要望により急遽実戦テストに変更となった。将軍達は開発計画の首脳陣であり、各々の本国から『早く結果を出せ』と、圧力をかけられていた。
石威を除く開発陣の殆んどは、まだ試作段階のイリスを実戦投入することに対して難色を示していたが、出資者でもある将軍達の意向に逆らうわけにもいかず、試作機は一足飛びで実戦に参加することとなった。
(なんか……嫌な予感がするな……)
ギリシア神話に登場する虹の女神の名を冠した試作新兵器『イリス』。父や石威をはじめとする開発陣は、七色の美しい虹によって航空及び陸戦ウィッチ・ウィザードを庇護する、という意味を込めて名付けたらしい。しかし、改めてイリスを見据える優人は言い知れぬ不安を覚えた。
「来るわよ!」
ブリタニア空軍のウィッチが大声を上げる。彼女の叫び声と前方から聞こえてきた機関砲の砲撃音を合図に、戦端が開かれた。
中型ネウロイの機関砲から撃ち出され、正面からばら蒔かれた漆黒の砲弾を回避するため、優人達は左右に分かれる。そのまま挟撃を仕掛けようとする混成中隊だが、中型を取り囲むようにして周辺を飛行している子機群に阻まれてしまう。
子機に搭載された機関砲は、中型のそれと比較して小口径ではあるが、人間の身体ならば木片のように貫通する程度の威力がある。直撃すればただでは済まない。
しかし、若手とはいえ混成中隊の面々は扶桑海事変やヒスパニア戦役を経験した精鋭揃い。さらに宮藤理論を採用した新型のストライカーユニットを纏えば、まさに“鬼に金棒”。小型ネウロイごとき相手など物の数ではない。次第に戦況は、混成中隊へと傾いていく。
◇ ◇ ◇
イリス・操縦席――
「……くそっ!」
混成中隊が次々小型を撃墜し、親玉である中型を丸裸にしていく状況下、一人の人間が苛立ちを孕んだ声を漏らした。イリスのテストパイロットを務め、操縦席に腰を下ろしている男性士官だ。
戦闘機パイロットが本職である彼は、他の航空機とは勝手が違うイリスの操縦に四苦八苦していた。急な実戦参加を命じられ、慣らし運転も不十分であったためにまともな戦闘機動すら取れていない。
操縦席に座る彼の瞳には、優人や他のウィッチ達が次々と撃破していく状況が嫌でも映り、心に焦りが募っていく。
「お前らにばかり……いい格好させるかよ!」
操縦桿を強く握り直したパイロットの気勢に合わせて、イリスの機関砲が唸る。ウィッチの火器を上回る威力を誇る銃弾の雨にさらされ、正面に10体は飛び交っていたであろう小型ネウロイをまとめて撃破した。
「よし!……うわっ!?」
パイロットが悲鳴を上げる。一発の砲弾がイリスの頭部に直撃し、機体がふらついたのだ。
機体に命中した弾は、中型ネウロイがイリスに向けて放った砲弾。それは運命の一弾だった。攻撃を受けたイリスに異変が起きる。頭部のバイザーの奥には、妖しく輝く赤い光が浮かびがっていた。
「なんだ?……うわっ!?」
突然利かなくなったイリスの操縦桿。パイロットが頭に疑問符を浮かべていると、今度はコンソールからバチッと放電が起きる。計器類は狂ったようにデタラメな方向を差し始め、機内のあちこちが黒く変色し、正六角形のハニカム模様が浮かび上がった。
「一体、どうなって!?……ぐっ!」
混乱するパイロットにも異変が起きた。両手で頭を押さえ、蹲るような姿勢になり、身体は痙攣し始める。
『イリス!どうかしたのか!?イリス!応答せよ!』
無線から怒鳴り声にも似た声が聞こえてくる。混成中隊の中隊長を務めるウィッチのものだと朧気に理解するも、今のパイロットに応答する余裕はなかった。
覚えない憎悪や憤怒の感情と、理性で抑えきれないほどに凄まじい破壊衝動が奔流となって頭の中に流れ込んでくる。それによって引き起こされる尋常じゃない激痛、パイロットの頭は割れてしまいそうだった。
「あ……ああ……」
◇ ◇ ◇
「ぎゃあああああああああっ!!」
この世のものとは思えないゾッとするような叫び声が、イリスの操縦席より発信された。インカム越しに絶叫を聞いた混成中隊の航空歩兵達は、戦闘中にも関わらず完全に動きを止め、視線をイリスに集中させる。
「どうした!?イリス、応答せよっ!」
中隊長のカールスラントウィッチがインカムで呼び掛けるが、応答はない。中型ネウロイの砲弾を受けてからイリスはホバリングしたまま、ピクリとも動かない。
外からは目立った損傷は見られない。攻撃を受けた衝撃で機能停止を起こしたのか。しかし、それなら海へ墜落するはずだ。
「何が起きた!?返事をしろ!!」
中隊長が再度呼び掛けるが、イリスのパイロットから応答は無い。
(まさか、パイロットは気を失っているのか?)
イリスから一番近い位置にいた優人が、パイロットの身を案じてイリスに駆け寄ろうとする。しかし、どういうわけか。味方であるはずの二人に対し、イリスは右腕の砲口を向けたのだ。
「なっ!?」
ハッと目を見開く優人、それとほぼ同時に閃光と共に砲撃音が轟く。ライフル砲より一発の砲弾が射出された。優人は反射的に身をよじり、紙一重で回避した。風切り音が優人の耳を打ち、衝撃波が身体を掠めた。
脇を通り過ぎていった砲弾は、たまたま射線上にいた中型ネウロイの装甲を貫通する。コアを貫かれネウロイは、ハニカム模様の浮かぶ漆黒の巨体を白く輝く破片群に変えて飛び散った。
イリスが放ったのは、従来型より遥かに高速かつ高威力の砲弾だった。この砲撃を優人が躱せたのは、十二試艦上戦闘脚の驚異的な運動性能と奇跡的な幸運のおかげだ。しかし、その幸運に預かれたのは、優人一人だけだった。
次にイリスはウィッチ達に襲いかかる。優人以外、1ヵ所に集まっていた混成中隊へ向かって突っ込んでいった。それは魔女と女神の同士討ち――いや、正確に言うならば虐殺の始まりだった。
「きゃあああっ!」
「よせっ!私達は味方だ!」
「痛いいいいいぃっ!!」
耳をつんざくような悲鳴が次々と上がる。高い火力を備えたイリスの攻撃によってウィッチ達の手が、足が、頭が血飛沫や肉片と共に吹き飛ぶ。
「暴走……?」
優人は呆然と呟く。他に形容出来る言葉が見つからないイリスの行動。既に敵味方を認識していない女神の攻撃で、中隊の人数は10秒も経たないうちに半分に減っていた。
「やめろぉおおおおおっ!」
ブリタニア空軍のウィッチが、ボーイズライフルMk.Iを構え、装填された魔導弾をイリスに叩きつける。周囲のウィッチ達も続いて発砲するが、通用しない。イリスが魔力シールドのような半透明の防壁を展開、混成中隊の集中砲火を受け付けない。
「あれはなんだっ!?」
「あんな装備があるなんて、聞いてないわよ!?」
シールド越しのイリスの姿が困惑するウィッチ達の瞳に映る。モスグリーンの装甲がハニカム模様の浮き出た黒色に変化し、頭部のバイザーからは赤い光が点っていた。
耳でもエンジン音とは明らかに違った、唸り声に似た不気味な音を捉える。変貌した機体といい、唸り声といい、まるでネウロイのようだった。
「おのれ~っ!」
扶桑刀を背負った一人の扶桑陸軍ウィッチが抜刀、魔法力を込めた斬撃を造反した女神に見舞う。が、刀身は装甲であっさりと受け止められ、傷一つ付けられなかった。
イリスは、すぐさま反撃に移った。慌てて距離を取ろうとする扶桑陸軍ウィッチの腹に向け、槍で突くかのようにライフル砲の砲口を押し付ける。
「かはっ!?」
腹部を襲った圧迫感に、扶桑陸軍ウィッチは苦悶の表情を浮かべた。直後の零距離砲撃によって、彼女の身体は血肉を撒き散らしながら真っ二つに分かれた。
さらにイリスは、MG34を装備したカールスラントウィッチによる至近距離でのフルオート射撃を軽々と躱し、機関砲による報復でカールスラントウィッチを粉砕する。
巨体からはとても想像出来ない、異様とも言える機動力と反射速度。中型ネウロイを一撃で撃破するほどの圧倒的火力。強固なシールドによる防御力。そして、ウィッチやウィザードを軽く凌駕する戦闘能力に、ネウロイすらも及ばない凶暴性。
最早為す術など何もない。数分後にイリスが彼方へと飛び去り、その姿が青空の中に消えるまで、扶桑・ブリタニア・カールスラントのウィッチ達は、一方的に蹂躙を受けた。原型を留めないほどバラバラになった遺体は海へ落下の後に沈んでしまい、回収は不可能だった。
「……ば、化け物…………」
混成中隊唯一の生き残りである優人は、身体を小刻みに震わせながら、消え入りそうなほど小さな声で呟いた。
イリスの何者も受け付けない強さに、彼はすっかり萎縮してしまい、何も出来なかった。
使い魔の紗綾も同様だった。彼女と主が初陣を飾った扶桑海事変。その最終決戦において、マザーネウロイと戦った時でさえ、恐れることなく逆に逸り立っていた相棒が、黒く変貌したイリスと向かい合った際、怯えたように「クーン」と鼻を鳴らしていた。
(あれを……父さんが……)
父が開発に携わった兵器によって、中隊のウィッチ達が次々に殺されてしまった。それは優人にとって、何より残酷な現実であった。
決して心の弱くない優人だが、目の前の真実を受け入れることが出来なかった。これは夢だ、現実じゃない等と現実逃避をしてしまうほどに――
◇ ◇ ◇
ワイト島基地、司令室――
報告を受けた基地司令室に当然歓声はなかった。イリスの実戦投入を急かした将軍達は、まるで自我が芽生えたかのような兵器の暴走。暴走した兵器によって、ウィッチ達が虐殺同然の無惨な殺され方をしたことに愕然としていた。
開発陣もまた弁解することもなく、自分達が生み出してしまった脅威に凍りつくだけだった。ただ一人を覗いて――
(素晴らしい……)
石威は、思わず心のなかでつぶやいた。他の技術者や将軍達が戦慄を覚える中、彼だけは身体が震えるほど歓喜していた。
(あの力を制御出来れば……宮藤ではなく、私が歴史に残せる)
石威紫郎はこの時、ある一線を越えてしまったのだ。それは、いかなる理由があろうと、人として越えてはならぬ一線であった。
◇ ◇ ◇
約1時間後。ブリタニア本島、ストライカーユニット共同研究所――
『新兵器開発計画(仮称)』の成果であるイリスが実戦中に暴走し、優人以外の航空歩兵を惨殺したという報せは、すぐに宮藤一郎の元にも届いた。
(恐れていたことが……)
研究所の地下室へ続く階段を下りながら、一郎は奥歯を噛み締めた。彼の危惧していたことが現実になってしまったのだ。
地下に降り立った一郎は、実験器具や工学系の資料が散らかる薄暗い室内において、一際強い存在感を放つ培養槽の前まで歩を進める。培養液で満たされた槽内の中では、正十二面体の水晶のような物体――ネウロイのコアが妖しく輝いている。
「…………」
一郎は無言のまま、水槽越しにコアじっと見つめる。このコアは、石威が調達してきたもの。イリスという名のパズルを完成させるために必要な“最後のピース”。石威がこれを持ち込んだことで、開発過程で発生したあらゆる問題が解決し、予定よりも遥かに早くイリスが完成した。しかし、イリスは暴走してしまった。わざわざ調べるまでもない、原因は動力として使用したネウロイのコアだ。
手元に残っていたもう1つのコアを詳しく調べた結果、今のままではイリスを――いや、イリスに限らずネウロイの技術を応用した兵器を人類の手でコントロールすることは不可能、という結論に至った。
かなりギリギリではあったが、一郎は急ぎイリスの試験運用中止と開発期間の延期、場合によっては計画自体を凍結する必要がある、と計画首脳陣に強く進言した。
しかし、自らの助手である石威からは猛反対を受けてしまい、首脳陣の何人かと繋がりがあった彼の根回しによって試験運用は予定通り実施されることとなった。さらにヒスパニア戦役時の残存ネウロイが出現したため急遽実戦試験となり、最終的にイリスの暴走へと繋がった。
報告によれば、イリスが暴走したのは中型ネウロイの攻撃を、コアを内蔵した頭部に受けた直後とのこと。おそらく、ネウロイの攻撃がイリスの自己防衛本能を――自我を呼び覚ます引き金となり、結果自らの意志で動き出したのだろう。一郎は、そう推測している。
「父さんっ!」
突如、怒鳴り声と共に早歩きで階段を下る足音が地下室内に響き渡り、一郎の耳朶を強く打った。この声と足音には覚えがある。最愛の息子である優人のものだ。
イリスが姿を眩ました後、優人はすぐにワイト島の基地で補給を受けた十二試艦上戦闘脚を飛ばして研究所までやって来たのだ。
階段を降りた優人は、奥にある培養槽以外に光源が無く、薄暗い地下室内に父の姿を見つけた。
「……優人。良かった、お前は無事だったか」
一郎は、ウィッチ達の命を奪う遠因を作ってしまったことやイリスの暴走を事前に阻止出来なかったことに心を痛めながらも、無事戻ってきた息子の姿に安堵する。
「どういうことか説明あるよな?」
険しい表情をした優人は、激しい怒りに身を震わせながら強い口調で父を問い詰める。
「…………」
対する一郎は、何を言っでも言い訳にしかならない、と無言で応じる。
「っ!?……おい、それって?」
優人が、奥に設置された培養槽と槽内のコアの存在に気付き、瞳に動揺の色が現れる。
「……ネウロイのコア?じゃあ、イリスが暴走したのって……まさか」
優人の脳裏に、ネウロイと似た姿へ変貌したイリスが浮かび上がる。
「…………」
「どういうことだよ!?何で……どうしてあんな物を!?」
鋭い視線で一郎を見据えたまま、優人は培養槽内のコアを指差し、語勢を強めて詰問する。
「あれが何か分かってるだろ!?俺のっ!……俺達の力を信じてくれてたんじゃないのか!?」
優人はさらに強い口調で問い質す。が、一郎は何も答えない。
「…………」
「黙ってないでなんとか言えよ!」
「…………」
「血の繋がらない他人と話すことは何もない、ってか?」
怒りを通り越して嘲笑気味になる優人に、今まで無言を通していた一郎は慌てて弁明した。
「それは違っ――」
「黙れ!」
優人はギュッと右拳を握り締める。ここへ来る直前に、大勢のウィッチが暴走したイリスの手で惨たらしく殺され、その瞬間を間近で見てしまったために、今の彼は精神状態が芳しくない。
故に尊敬していた父が、赤の他人である自分を引き取り、育ててくれた恩人である一郎が、自分や仲間のウィッチ・ウィザードではなく、敵であるネウロイの技術を宛てにしていた、と解釈していた。
「何がお前には力がある、だ……」
感情を抑えることが出来なくなっている優人は、口に出したことを一生後悔するであろう言葉を、勢いのままに叫んでしまう。
「あんたを父親とは認めないっ!」
それだけ言うと、優人は近くにあった作業机を苛立だしげに蹴っ飛ばしてから地下室を後にした。
◇ ◇ ◇
制御が不完全な新兵器を実戦に投入した結果、派遣されていた各国の航空歩兵が優人を除いて死亡することになってしまった。
今回の一件は、当時の扶桑海軍遣欧艦隊司令長官を含め、計画に関わった各国の将軍達が保身に走り――
『試作新兵器――コードネーム“イリス”の試験運用中、近隣の島々に潜伏していたヒスパニア戦役の残党ネウロイによる襲撃を受け、模擬戦につき実弾を装備していなかった航空歩兵の混成中隊は応戦することもままならず、宮藤少尉を除いたほぼ全員が戦死。
イリスもネウロイの攻撃によって撃墜され、パイロットは戦死し、海へ墜落した機体はそのまま水没』
――という虚偽の報告が成された。宮藤優人少尉は、遣欧艦隊司令長官から箝口令を敷かれた上で、すぐ修行先のロマーニャへ帰された。
その数日後、裏でネウロイの研究やイリスの開発等も行われていたストライカーユニット共同研究所で原因不明の爆発事故が起きた。
帰国を控えていた研究者の殆んどが死亡、扶桑皇国から派遣されていた宮藤一郎及び石威紫郎の二名が行方不明となる。同時に所内にもう一つ保管されていたネウロイのコアを紛失し、ネウロイの研究及びネウロイの技術を利用した兵器の開発が実質不可能となった。
このことは、宮藤一郎と同郷の知人である赤坂伊知郎少将(当時)から遣わされた扶桑海軍兵により、優人にも伝えられた。優人は父がイリスの危険性に誰よりも早く気付き、試験運用の中止を進言していたことを、この時初めて知った。
ネウロイって、少なくとも大戦初期あたりまでは実弾を使う個体がいたみたいですね。
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