ストライクウィッチーズ 扶桑の兄妹 改訂版   作:u-ya

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一期編の最終回です。


やっと更新出来た、ザンギョウキライ。


第50話「再会」

第501統合戦闘航空団基地・応接室――

 

この501基地において、応接室は最も使われていない部屋の一つである。

部屋の中央にはソファーと2つのチェアが木製のテーブルを挟んで向かい合う形で設置され、壁際には、ロマーニャ製の高級チェストやミーナの自室にある物よりも一回り程大きな古時計がアンティークとして飾られている。

普段、この部屋に通されるような来客が基地を訪れることは滅多にない。上層部への報告や作戦会議等では、ミーナと坂本の方から出向くこととなるため、二人が応接室で連合軍総司令部の将軍と会談することはない。

ウィッチーズや整備兵等の基地要員が立ち入ることも殆んどなく、たまに芳佳が掃除に来るくらいだ。しかし、そのおかげ室内は埃一つ無く、いつでも客人を迎えられる状態が維持されている。

 

「軍規に違反して舌の根も乾かぬうちに、基地から脱走とは……」

 

優人は、赤坂に呼び出されて応接室に来ていた。

応接チェアの背凭れに身体を預けた赤坂が、呆れ果てたような声でぼやく。無論、その発言は優人へ向けられたものだ。彼はテーブルを挟んで向かい側にあるソファーに腰掛け、緊張した面持ちで赤坂と向き合っている。

 

「兄である君がついていながら……」

 

「申し訳ありません!」

 

失望の念を露にする赤坂に、優人はすぐさま頭を下げる。

 

「ですが、そもそもネウロイとのコミュニケーション作戦を提案したのは自分です。責めを負うなら――」

 

「誤解しないでくれ、叱責のために君を呼んだのではないよ。結果的にではあるが、妹さんの行動がきっかけでガリアから巣を消し去ることが出来たのだからね」

 

とは言っても501がガリアの巣を直接攻撃・破壊したわけではない。しかし、ネウロイの巣が自然消滅したということでもないだろう。

あくまでも赤坂とミーナの二人が立てた推測だが、彼女達が間近で観測していたウォーロックの初陣において、人型ネウロイを葬ったビームの初撃は巣を覆っている瘴気の渦を突き破り、巣のコアであるマスターコアが存在する最深部まで到達し、図らずもコアを破壊していた。

その際、何らかの理由でマスターコアの機能がウォーロックに搭載されていたコアへと移行し、ウォーロックは実質的に巣の主同然の存在となった。

故に赤城を侵食していたウォーロックのコアを芳佳が破壊したことで巣も消滅したのではないか、という推測だ。

軍人にしては突拍子もない発想だが、この説が正しいとすればマロニー指揮下のウォーロック隊が実施したガリア制圧作戦時に、あれほどの数の大型ネウロイが巣から一斉に出現したのは、もしかしたらマスターコアのバックアップ的な存在と化したウォーロックから自分達の力を奪い返すつもりだったのかもしれない。

 

「芳佳……いえ、宮藤軍曹の処遇は?」

 

「心配するな、この件で彼女を罰するつもりはない」

 

そう言って赤坂はライターとタバコを取り出す。口に咥えたタバコの先端に火を点けると、肺いっぱいに煙を吸い込み、吐いた。

 

「私としても、遣欧艦隊から501へ派遣されているウィッチが撃墜命令を下されるほどの軍規違反を犯した、という事実が広まるのは避けたいからね。悪い言い方をするなら、脱走の事実を改ざんさせてもらった」

 

「改ざん、ですか?」

 

優人が確認するように繰り返すと、赤坂は頷いて詳細を説明した。

 

「そうだ。大ベテランである君を撃墜した人型ネウロイのことをミーナ中佐が警戒し、501は通常の哨戒機ではなくウィッチを哨戒任務に出した。そして、哨戒飛行中の宮藤軍曹に対し、マロニー大将が脱走だと言い掛かりをつけ、ウィッチーズを強引に解散させた。そういう筋書きだ」

 

既に根回しは済んでいるのだろう。赤坂は口にタバコを戻しながら平然と言う。

 

「では、妹は……」

 

「彼女の経歴に汚点は残さない。戦果を上げたウィッチを罰すれば、他の兵士の士気にも影響する。君達二人は必要な人材だ、こんなところで潰させる気はない」

 

「感謝します」

 

宮藤兄妹にはまだまだ利用価値がある。軍内で階級以上の影響力を持つ赤坂がそう判断したことで、芳佳に対して寛大な措置が取られた。

脱走やマロニーの下した撃墜命令の件もあって、妹の不名誉除隊すら覚悟していた優人は心から安堵する。

 

「ちなみにですが、マロニー大将は?」

 

「ブリタニア軍と連合軍双方の上層部が、早くも処遇を決定したよ。彼は501航空団の上官と戦闘機軍団司令官の任を解かれ、閑職に左遷させる」

 

「失脚ですか?」

 

優人は少々驚いたような顔をする。501に対する数々の妨害工作とは違ってウォーロックの件を公に出来ないからか、マロニーに課せられたペナルティは優人の予想よりも軽いものだったのだ。

 

「君達兄妹を殺そうとした代償にしては安過ぎるかな?」

 

と、赤坂。だが、それでも空軍最高指導者の地位を追われて出世コースからも外れたため、野心家であるマロニーにとって相当な痛手であることは間違いない。

 

「ああ、後任には退役されたダウディング元大将の腹心だったキース・パーク中将が宛てられるそうだ」

 

「それはまた皮肉なことで……」

 

「確かにな」

 

ブリタニア空軍内の人事異動に対し、優人が呆れたように肩を竦める。赤坂も優人の考えに同意した。

キース・パーク中将。ブリタニア空軍戦闘機軍団の前司令官にして、カールスラント空軍のアドルフィーネ・ガランド少将と共にミーナの統合戦闘航空団設立を後押ししたダウディング元ブリタニア空軍大将の下で、第十一戦闘機群の司令を務めていた人物である。

ウィッチ部隊を含めた戦闘機軍団の運用に関する意見の違いから、上官のダウディングと共に当時第十二戦闘機群司令だったマロニーと対立していた。後にマロニーの策略により、ダウディングは失脚・退役に追い込まれ、パークもまた閑職に飛ばされることとなった。

マロニーの手で一度は要職から外されたパークが、マロニーの失脚によって戦闘機軍団司令官に栄転するとは、なんと皮肉なことか。

 

「もう二つ、伝えなければならないことがある」

 

短くなったタバコをテーブルに置かれた灰皿に押し付けると、赤坂は優人に視線を戻した。

 

「君の父上……宮藤一郎の死は、やはり事故ではなかったよ」

 

「……石威博士が、爆発事故に見せかけて父を殺した。そうですよね?」

 

「察しがいいな」

 

「父と同じく研究所の爆発以降行方不明になっていた石威が、ウォーロックの開発主任として現れた。簡単な推理ですよ……」

 

と、優人は目を伏せる。口調は冷静なものであったが、膝の上に置かれた彼の両手は血が滲むほど強く握られていた。

 

「石威紫一郎は、つい最近までリベリオンの田舎に身を隠していたらしい」

 

赤坂が、事故以降の石威の動向について語り始めた。優人は視線を落としたまま、上官の話に耳を傾ける。

赤坂によると、イリスの暴走を目の当たりにした将軍達は、ネウロイのテクノロジーの使用を固く禁じ、ウィッチの代替品となる新兵器の開発計画の中止を命じた。

そのことに納得がいなかった石威は、5年前のあの日サンプルとして保管されていたコアやイリスの開発データを持ち出し、ストライカーユニット共同研究所を爆破した上で逃亡したらしい。

その後、黒海でネウロイが大量発生したとの報せを聞き、開戦準備中のブリタニアからリベリオンへ逃走。東海岸地域で隠匿生活を送りつつ、ネウロイ研究とイリスに次ぐ新兵器の開発を続けていた。

マロニーがダウディングを追い落としたことを独自のコネクションで知った石威は密かにブリタニアに戻り、マロニー一派と接触。数年掛けて設計したウォーロックを売り込み、取り入ることに成功。そして、今に至る。

わざわざ研究所を爆発してから逃走したのは、自分が死んだように見せるためと、他の開発メンバーを殺害することでネウロイから手に入れたテクノロジーを自身が独占するため、という二つの目論見があったからだ。

 

「石威を聴取して分かったことは、こんなところだ」

 

と、話を結ぶ赤坂。長々と話続けて疲れたのか、応接チェアにより深く腰掛け、フゥ~と大きく溜め息を吐いた。

 

「石威は、今どこに?」

 

ゆっくりと顔を上げた優人は、怒りに震えた声で訊ねる。その表情は、父を殺した男に対する怒りを孕んだものへと豹変しており、普段の優人とは大きくかけ離れていた。

 

「死んだよ」

 

「……死んだ?」

 

「基地から逃亡したところを、何者かに殺害されてな」

 

「…………」

 

「例え生きていたとしても、バカな真似は止めることだ」

 

突如真剣な面持ちとなった赤坂は語気を強め、優人を諌めるように告げる。

 

「恨みや憎しみに任せて人を殺せば、一生取り憑かれるぞ」

 

「……はい」

 

若干の沈黙を挟んでから優人は首肯する。赤坂の言う通り、優人の心中には石威に対する怒りと殺意が沸き上がっていた。

だが、例え石威が生きていたとしても、優人は石威を殺しはしない。どうにかして己の感情を抑えるだろう。

殺してしまえば石威と同類になってしまう。父――宮藤一郎も、最愛の息子である優人が自分の復讐のために手を汚したところで喜びはしないだろう。

 

「……暗くなってきたな」

 

赤坂は立ち上がると、窓際に移動した。知らないうちに随分と時間が経っていたらしい。既に陽は沈み、美しい満月が夜空を照らしていた。

 

「長話に付き合わせてしまって申し訳ない。もう下がってくれて構わんよ」

 

「はっ!……失礼します!」

 

ソファーから立ち上がった優人は敬礼で応じると、踵を返してドアへと向かい、退室した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

深夜、基地宿舎・宮藤芳佳自室――

 

部屋の主である芳佳と、自身の部屋を半分程失った優人は揃って同じベッドに入っていた。

就寝時なので当然だが、二人共制服から寝間着に着替えている。芳佳は丈の短い薄緑色の甚平に、白いローレグのズボン。優人は白い半袖のTシャツに黒のハーフズボンだ。

 

「う~ん……」

 

芳佳は枕の感触をうなじのあたりに感じながら、隣で寝息を立てている兄を起こさないようにモゾモゾと寝返りを打った。 

夜中にフっと目が覚めてしまい、中々眠り直すことが出来ずジ~ッと天井を見つめていた。しかし、それにも飽きたので、何気無しに優人の方へ視線を移してみる。

 

「わっ!?」

 

芳佳は驚きの声を上げる。眠っていたはずの優人が、いつの間にか目を覚ましてこちらに目を向けていたのだ。

 

「眠れないのか?」

 

と、優人は訊ねる。起きたてにしては意識がハッキリしている。

 

「う、うん……急に目が覚めちゃって。ごめん、起こしちゃったかな?」

 

「別にいいよ」

 

そう言いながら優人は身体を起こすと、壁に掛かっている時計を確かめた。時刻は午前1時を回ったばかりだった。

優人は視線を時計からベッドに横たわっている芳佳に戻すと、一つ提案をする。

 

「食堂に行って、少しお茶でもしようか?」

 

「えっ?今から?」

 

兄からの唐突なお茶の誘いに、芳佳は少々驚いたような表情で訊き返す。

 

「お茶を飲みながら話をしてれば眠くなるかもしれないだろ?お兄ちゃんと深夜デートしてくれよ」

 

「でも、消灯時間にウロウロしてたら怒られちゃうよ?」

 

「平気平気。ガリアを解放したんだし、ミーナも坂本も少しくらい大目に見てくれるさ」

 

楽天的な考えを述べた優人は足を床に着け、ベッドから立ち上がった。そのまま廊下へと続くベッドに向かってスタスタと歩いていく。

 

「ほら、いくぞ!」

 

「わわっ!お兄ちゃん、待ってよ!」

 

芳佳は慌ててベッドから飛び出すと、小走りで優人を追い掛けた。

部屋を出ると廊下は薄暗く、月明かりのみで照されているだけであった。

一寸先には闇が広がっている。日中はウィッチ達のはしゃぎ声で騒がしい宿舎も、深夜は不気味なほどの静寂に支配されて大分印象が異なり、芳佳にはちょっとしたお化け屋敷に思えてならなかった。

 

「うぅ……」

 

(可愛い……)

 

恐くなった芳佳は、優人にしがみつく。優人は優人で、満足げな笑みを浮かべており、役得とでも言いたげである。

程無くして、二人食堂に辿り着いた。優人は芳佳を食堂のテーブルに着かせると、お茶を淹れに厨房へと入って行った。

5分ほどして優人はトレイを抱えて戻ってきた。トレイには、マグカップとグラスが一個ずつ置かれている。

 

「ほれ、ホットミルク」

 

温められたミルクの注がれたマグカップが芳佳の目の前に置かれた。

 

「これ飲んで身体が温まれば、自然と眠くなるよ」

 

「む~……子ども扱いしないでよ」

 

芳佳は頬を膨らませ、不満を湛えた視線で抗議する。

 

「子ども扱いなんてしてないよ。眠れない時にはこれが一番なんだ」

 

優人は芳佳の隣に座ると、透明な液体が注がれたグラスを呷った。以前扶桑へ帰国した際に、横須賀の酒屋で購入した扶桑酒だ。

 

「お兄ちゃんは……お酒?」

 

「寝酒だよ、お前には少し早いかな?」

 

「……やっぱり子ども扱いしてる」

 

芳佳は拗ねてしまい、優人をジト目で見据えてくる。優人は立腹な妹に困ったように微笑むと、宥めるかのように頭を優しく撫でる。

 

「あっ……ふふっ♪」

 

たったそれだけのことで、不機嫌だった芳佳は嬉しそうに喉を鳴らす。

 

「そう言えば、明日はガリア解放の祝勝会をするらしい」

 

妹の機嫌が直ったところで、優人は明日――正確には本日の日中の予定に関する話題を振る。

 

「俺とお前とバルクホルンとサーニャがお祝い料理担当だ」

 

「祝勝会、って……お祝い?」

 

「うん、ミーナが赤坂長官に頼んで良い食材を融通してくれたんだよ」

 

優人が負傷した際に、ミーナが交換条件として赤坂に要求したのは様々な物質の追加補給だったのだ。

 

「わぁ!何作ろうかなぁ!」

 

自身の料理の腕の見せ所、予定はキラキラと瞳を輝かせる。が、何故か彼女の表情は次第に曇っていった。

 

「どうした?」

 

妹の表情の変化に気付いた優人が、心配そうに顔を覗き込む。

 

「うん、ちょっと……この基地での色々な事を考えちゃって……」

 

「ん?」

 

芳佳は視線を落としながら、躊躇いがちに答える。

 

「結局、私って……お兄ちゃんにずっと甘えっぱなしだなぁ、って思ったの……」

 

「俺に?」

 

「だって……そうでしょう?」

 

ゆっくり顔を上げた芳佳は、悲痛な面持ちで己の胸の内を語り始めた。

 

「お兄ちゃんに助けて貰って、慰めて貰って、いっぱい迷惑掛けちゃった。ウィッチーズのみんなにも……」

 

「そんなこと誰も気にしてないよ。お前がいたから、ウォーロックを倒せたんじゃないか?」

 

「それはお兄ちゃんやみんながいたからで、私一人だったら絶対に無理だったし」

 

「う~ん」

 

優人は眉間に皺を寄せる。この謙虚さも愛すべき妹の長所の一つではある。しかし、軍歴数ヶ月であれほどの戦果を上げたのだから、多少誇ったとしても罰は当たらないだろう。

ガリア解放の立役者となったことに胡座をかいたり、天狗になったりしないのはとても素晴らしいことだ。だが、機転を利かせてウォーロックを撃破するという大金星を挙げたのだから、兄としてもう少し自分に自信を持って欲しかった。

 

「誰かの役に立ちたい、ってこの部隊に入ったのに……お兄ちゃんに怪我させて。またみんなで集まれたけど、私のせいでウィッチーズも解散しちゃったし」

 

膝の上で握った両拳が小刻みに震え出す。心なしか、瞳が潤んでいるようにも見える。

 

「ダメだなぁ……私、って」

 

「芳佳……」

 

優人はカタンッと飲みかけのグラスをテーブルに置くと、ネガティブな精神状態の妹を強く、それでいて優しく抱き締めた。

 

「お兄ちゃん?」

 

「前にも言ったけど、そんな風に自分を卑下しないで……」

 

穏やかな口調で囁きながら、芳佳の背中を片手で軽くポンポンと叩く。まるであやしているかのようだ。

 

「お前がいたから、戦闘で負傷したバルクホルンや俺が助かったんだ。そうだろ?」

 

「でも、お兄ちゃんの怪我は私のせ――」

 

「俺は結構間抜けな男なんだ。ネウロイと戦っていれば、多分いつかはああなってた。お前がいなければ治療も出来ないから死んでいたかもしれない。お前がいたから俺はこうして生きている。お前と一緒にお茶したり、話をしたりも出来るんだ」

 

「けど……私はお兄ちゃんに甘えてばか――」

 

「芳佳!」

 

不意に優人は声を張り上げ、芳佳の言葉を遮る。自重を促されたと思った芳佳はシュンと萎縮する。

 

「何で兄貴が妹より先に生まれると思う?」

 

「えっ?」

 

「妹にいっぱい甘えてもらうためだよ」

 

優人は抱き締める腕に力を込める。

 

「まぁ、限度はあるけど。出来たらこれからも頼りにして欲しいな。甘えて貰えなくなったら、お兄ちゃん寂しくなるよ」

 

「……お兄ちゃん」

 

兄の温かな言葉に、芳佳の目頭がジーンと熱くなる。

 

「今は完璧でなくてもいいんだ。俺や坂本、カールスラント三人組みたいなベテランだって、新人時代は周りに散々迷惑掛けたし、色々な失敗を経験した」

 

優人は少しだけ身を引き、芳佳と向かう合う姿勢になる。

 

「失敗しの悔しさ、悲しみ、無力さを忘れるな。誰か守る時に、それは必ず糧になる。誰かが困った時には、今度はお前が手を差し伸べてやれ」

 

この基地での経験を糧に、妹はこれからも成長していく。人としても、ウィッチとしても、優人はそう確信していた。

魔法力といい、飛行センスといい、才能だけ言えば芳佳の方が優人よりずっと上だ。軍人でもなければ、訓練の生徒でもない。いくら指導を担当する坂本が優秀な教官とは言え、ついこの前まで何処にでもいる普通の女子中学生だった芳佳が、僅か数ヶ月でエース級の実力を身に付け、ガリア解放に貢献した。その事実が何よりの証拠である。

そのことに慢心することなく、父――宮藤一郎が遺した『その力を、多くの人を守るために』という言葉を座右の銘とし、日々精進していくことだろう。それは幼い頃より、芳佳を隣で見守ってきた優人が誰より理解している。

 

「どう?少しは元気になったか?」

 

「うん、お兄ちゃんありがとう」

 

芳佳の表情から影が消え、サンサンと輝く太陽ような笑顔へと変わる。

優人は、妹が見せた破壊力抜群の笑顔にポッと頬を赤らめつつも、妹の表情に明るさが戻ったことに安堵する。

 

「ねぇ、お兄ちゃん」

 

「うん?」

 

「私はまだまだ子どもだし、頼りないけど。いつか……いつかは宮藤優人の妹で宮藤一郎の娘なんだって、えへんと胸を張れるようなウィッチになるから。その時は、今度は私がお兄ちゃんを助けるね」

 

ニッコリと笑いながら語る芳佳。どうやら新たな目標が出来たらしい。

 

「ははっ!楽しみにしてるよ」

 

優人もまた芳佳に微笑み返す。すると、二人の腹からぐぅううう~という虫の悲鳴が聞こえてきた。

 

「あっ……」

 

「小腹が空いたな、何かないか探してくるよ」

 

そう告げて優人は席から立ち上がると、厨房に向かって歩を進めた。

再び食堂に1人残された芳佳が何気無しに視線を走らせると、酒の残った優人のグラスを捉えた。グラスを両手に取ると、水のように透き通った扶桑酒をジッと見つめる。

 

「お酒って……どんな味がするんだろ?」

 

好奇心の強いお年頃な芳佳は、グラスを自身の唇へと傾ける。そして、そのままグイッと一気に飲み干してしまう。

しばらくして、おにぎりを二個持った優人が厨房から出て来た。優人が飯櫃に残っていた白米を使って作った塩おにぎりだ。

 

「ほれ、おにぎり作ったぞ」

 

「……お兄ちゃん」

 

焦点の合っていない目で優人を捉えた芳佳は、幼子を想わせる舌足らずな口調で兄を呼ぶ。

 

「ん?なんだ?」

 

「お兄ちゃ~ん♪」

 

「うわっ!?」

 

優人がおにぎりを乗せた皿をテーブルに置くと、突如芳佳がおもいっきり体重を掛けて彼に抱き着いてきた。

妹からの不意討ちに危うく倒れそうになる優人だったが、咄嗟に魔法力を発動してなんとか身体を支えた。

 

「お兄ちゃん♪好き好き♪だぁい好きぃ♪」

 

兄の胸に顔を埋めた芳佳は、好意を口にしながらスリスリと頬擦りを繰り返す。

 

「一体どうしたんだ?」

 

先ほどまで兄への甘えすぎを気にしていた妹が、食堂を離れた僅かな時間で、今までにないほどの甘えん坊に豹変していた。

あまりの事態に、優人は驚愕を通り越して動揺している。しかし、芳佳に現れた変化はこれだけではなかったのだ。

 

「お兄ちゃ~ん、何処行ってたの?」

 

ふと芳佳が顔を上げる。ご機嫌な様子で優人の胸に擦り寄っていた彼女の表情が、急に悲しさを湛えたものへ変化する。

 

「何処、って……厨房でおにぎりを――」

 

「何で私を置いていったの!?」

 

「置いていった、って……たったの10分だろ?」

 

「何で……何で10分間も私を1人にしたの!?」

 

芳佳の目尻に涙が浮かぶ。ほんの10分間、それもすぐ隣の厨房にいただけだと言うのに、芳佳はまるで生き別れた兄と10年越しに再開したかのようだった。

 

「お前、何言っ……はぁ」

 

優人は途中で言葉を止め、深く溜め息を吐いた。彼は妹が豹変した原因に気付いたのだ。

 

「芳佳。お前、俺の酒飲んだだろう?」

 

芳佳の吐いた息から、微かに扶桑酒の香りがした。それは優人が芳佳の隣で飲んでいた物と同じ香りだった。

ウィスキーボンボンの件で知ったことだが、芳佳も他の501ウィッチも僅かな量で人格に影響を及ぼすほどアルコールに弱い。

魔法力を使い果たした戦闘後なので、アルコールの耐性が著しく落ちていたのかもしれないが、芳佳に限っては違ったらしい。

 

「お兄ちゃああああん!どっか行っちゃやだぁああああ!」

 

芳佳は耳をつんざくような大声で泣き叫び始めた。今度は泣き上戸らしい。

 

「あぁ……ごめんごめん。もういなくなったりしないから、ちゃんと側にいるから」

 

「……一緒?」

 

ピタリと泣き止んだ芳佳は、確認するかのように聞き返す。

 

「そう、一緒」

 

「約束?」

 

「うん、約束」

 

「えへへ♪」

 

優人の言葉に満足したのか。芳佳はアルコールで真っ赤に上気した頬を綻ばせる。

 

「お兄ちゃん、大好きぃ」

 

「可愛い……って、いやいや!分かったから、一旦離れてくれる?」

 

芳佳の抱き着かれたり、甘えられることは優人にとってもやぶさかではない。むしろウェルカムなのだが、今は酔っ払った妹の介抱をしなくてはならない。

 

「やらぁ……」

 

使い魔である豆柴の耳と尻尾を出現させた芳佳は、身体強化魔法全開で優人にしがみつく。

 

「離れても、いなくなったりしないよ」

 

「やらぁ~……」

 

首を振って駄々をこねる芳佳。優人は弱ったなぁ、と肩を竦める。

 

「芳佳……」

 

「好き、って言ってくれなきゃ離れないもん」

 

「うん、お兄ちゃんは芳佳のことが大好きだよ。だから……」

 

「む~……つまんな~い」

 

芳佳は膨れっ面になりながら、渋々優人から離れる。アルコールにより今の彼女はいつもよりも表情豊かだが、精神年齢はルッキーニと同レベルにまで落ちている。

 

「やれやれだ」

 

すっかり幼児退行してしまっている芳佳に優人は呆れつつも、そんな妹を可愛いとも思っていた。やはりシスコンである。

 

「意図的に酒を飲ませて、甘えん坊モードの芳佳を堪能するのも一興か……」

 

優人がアホで邪な考えを抱いていると、芳佳が次の行動に出た。

 

「なんか、あっつ~い」

 

「それは酒のせ……って、ええええええぇ~!?」

 

独り言ちる芳佳の方へ視線を戻した優人は、凄まじい叫び声を発した。

なんと芳佳は自らの寝間着の胸元を際どいくらいに大きく開き、団扇のようにパタパタと動かした右手で風を送り込んでいた。

 

(もうちょっとで見えそう……って、イカンイカン)

 

頭を激しく振って邪な考えを追い払った優人は、着直しさせようと芳佳の寝間着に手を掛けた。

 

「いやぁん、お兄ちゃんのえっちぃ……」

 

「えっち、って……ほら、服をちゃんと着て」

 

「やだぁ……あーつーいー!」

 

「我が儘言うなよ」

 

これ以上胸元を開かれたらこっちの理性が保たない。優人は必死に芳佳の寝間着を整えようとするが、芳佳は「暑い」と訴えながら抵抗する。

 

「あッ!?」

 

「あ、涼しいぃ~♪」

 

なんということだ。着直しさせるはずが、揉み合っているうちに寝間着がずり落ちてしまい、芳佳の発展途上な裸体が露になる。

 

「バ、バカッ!?早く服を――」

 

「何をしているのかしら?」

 

「――ッ!?」

 

入り口の方から威圧を孕んだ声がする。壊れたブリキ人形のようにギギギと首を動かして振り向くと、薄いピンク色のキャミソールの上に白いカーディガンを羽織ったミーナが立っていた。

 

「ミ、ミーナ。何にして?……」

 

「優人、それはこっちの台詞よ。ほぼ全裸の芳佳さんと厨房で一体何をしているのかしら?」

 

普段通りの笑顔で問うミーナ。瞬間、季節に似合わぬ冷気と押し潰さんばかりの重圧が優人を襲った。

 

「えっ、えーっと……芳佳と寝てたんだけど。目が覚めちゃったから、お夜食でもと……」

 

「あなたは夜眠れないと、素っ裸の妹と二人でお夜食を頂くのかしら?」

 

「いや、これは――」

 

「ミーナ中佐ぁ……!」

 

弁明しようとする優人の主張を遮り、やはり舌足らずな口調の芳佳が二人の会話に口を挟んできた。

 

「私、お兄ちゃんに身ぐるみ剥がされちゃいましたぁ~♪」

 

「ちょっ!芳佳!」

 

「へぇ~……」

 

ニッコリと慈愛に満ちた微笑を浮かべるミーナだが、その瞳は明らかに笑っていない。

 

「まさか、妹に手を出すなんて……」

 

「待ってくれミーナ!誤解だ!」

 

灰色狼の耳と尻尾を出現させ、ゆっくりと歩み寄ってくるミーナ。優人は両掌を突き出し、必死に身を守ろうとする。

 

「優人、あなたには去勢が必要かしら?」

 

「ま、待って!待ってく……ぎゃああああぁ!?」

 

時刻は午前2時。草木も眠る丑三つ時を迎えた501基地に、扶桑ウィザードの悲鳴が響き渡った。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

翌日、501基地本部――

 

「…………」

 

「…………」

 

朝食を終えた宮藤兄妹は、坂本に呼び出されて食堂を後にした。昨晩の冤罪はどうにか晴れたものの、優人――正確言えば、宮藤兄妹は揃って顔色がよろしくなかった。

あの後、恐怖で心を乱してしまった優人は、ほとんど眠ることが出来ぬまま朝を迎えた。なので、かなり寝不足である。

一方の芳佳は、グラス一杯分もない扶桑酒で二日酔いになってしまった。昨晩の記憶の代わりに激しい頭痛と吐き気が身体に残り、彼女を苦しめている。

 

「おっ?来たか……」

 

やがて兄妹は坂本の元に辿り着いた。彼女は昨日赤坂を招いた応接室の前に立っている。

 

「朝食終わったらすぐに来い、なんて。一体何の用だ?」

 

優人は眠たすぎる目を擦って訊ねる。

 

「中に入れば分かるさ」

 

坂本はそう言うと、応接室のドアをノックした。すると室内から「どうぞ」という男性の声が返ってくる。

 

「失礼します」

 

と、ドアを開けた坂本に続いて優人と芳佳も応接室に入った。室内ではノーネクタイでスーツを着用し、紳士帽を深めに被った男性がソファーに座っていた。

 

「優人、こちらは負傷したお前に血液を提供して下さったお方だ」

 

坂本は手で男性を差しながら、軽く彼の紹介する。坂本の話を聞いた二人は、顔を引き締めて男性の方に視線を走らせる。

 

「宮藤優人大尉です。その際は助けて頂きなんとお礼を申し上げたら……」

 

「妹の宮藤芳佳……あっ、軍曹です。お兄ちゃんを助けて下さって、ありがとうございます!」

 

自身を、兄を助けてくれたという目の前の男性に、優人と芳佳は頭を深く下げて礼を述べる。すると、何故か坂本が豪快に笑い出した。

 

「はっはっはっはっ!……お前達の父上だぞ!」

 

「…………え?」

 

坂本の言ったことをすぐ理解できなかった兄妹は、揃って疑問符を浮かべる。

男性は杖を着いてソファーから立ち上がり、二人の方へ身体を向ける。ゆっくりと帽子を脱いで顔を見せると、優人達に優しく微笑んだ。

 

「二人とも、大きくなったな。見違えたよ」

 

眼鏡を掛けた優男風の扶桑男性。紛れもなく宮藤一郎――優人と芳佳の父だった。

 

「芳佳、ずいぶんと美人になって……」

 

「あ……ああ……」

 

父親の姿を認識した芳佳の瞳から涙が溢れ、頬を伝いながらポロポロと流れ始めた。すぐに堪えきれなくなり、芳佳は父の胸へと飛び込んだ。

 

「お父さああああああんっ!」

 

「おっと……」

 

一郎はふらつきながらも、しっかりと芳佳を抱き止めた。

 

「さて、私は隊の今後についてミーナと話し合わなければならんのでな。これで失礼する」

 

そう言って坂本は足早に退室して行った。再会した宮藤親子に気を遣ったらしい。

 

「坂本……」

 

坂本の意図を察した優人は、ドアを潜って廊下へ出る彼女の背中に向かって敬礼する。

 

「優人」

 

自分を呼ぶ声が優人の耳朶を打つ。降る向くと、一郎が芳佳を抱き締めたまま優人を見据えていた。

 

「……前よりも男前になってるね」

 

一郎の顔には研究所の爆発時に出来たらしき火傷の痕がある。優人はそれを見ながら、からかい半分に告げる。

 

「はははっ!そうだろう?割りと気に入ってるんだ」

 

相好を崩した一郎は、一呼吸置いてから言葉を続ける。

 

「活躍は聞いたよ、よく頑張ったな。お前達二人は父さんの誇りだ」

 

「芳佳はともかく、俺はドラ息子だろ?父親相手に暴言を吐いたし」

 

「反抗期は成長の証だ」

 

「反抗期って……」

 

父のあまりに前向きな捉え方に優人は苦笑する。同時に、そういえばこういう人だったなぁ、と納得もする。

 

「実は朝食まだなんだ。良かったら、二人の手料理をごちそうになれないか?」

 

「うん!腕に縒りを掛けて作るね!」

 

顔を上げた芳佳は、極上の笑顔で答える。直後に優人がゆっくりと歩を進め、一郎に近付いていった。

 

「朝食をごちそうする前に……芳佳、ちょっと下がって」

 

「えっ?あ、うん」

 

「優人も抱き着くか?ほら、お父さんの胸に飛び込んで――」

 

「生きてたんなら、すぐに顔を出せや!このクソ親父がっ!」

 

バキィイ!

 

大切な一人息子を抱き止めようと両腕を広げてスタンバっていた父の顔面に、愛の拳がめり込んだ。




宮藤博士が杖をしているのは、昏睡状態から目覚めたばかりで、まだ体力が戻りきっていないからです。でも、愛する息子への輸血はさせました←


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