今回の話は、短めです。閑章は番外編やら後日談等をメインとしていきます。
第1話「ゆっくりと、よく噛んで食べましょう」
1944年9月初頭、西欧ブリタニア――
連合軍第501統合戦闘航空団――通称『ストライクウィッチーズ』の活躍によって、ガリア上空に我が物顔で居座っていたネウロイの巣が消滅した。
ネウロイの占領下に置かれていたガリアは怨敵の支配から解放され、隣国ブリタニアへの圧力も大幅に低下した。
人類連合軍西部方面総司令部は、当初の予定を変更することとなった。ブリタニアに駐留していた隷下の戦力をノルマンディーではなくブリタニアから最短に位置するパ・ド・カレーからガリアへ上陸させ、残存ネウロイを掃討しつつ、同国の首都――パリの解放を目指す。
そして、ガリア解放の立役者である第501統合戦闘航空団に関しては、次の指示があるまで引き続き基地に駐留し、ドーバー上空における残存ネウロイの警戒と解散に備えての残務整理を命じていた。次の指示というは、具体的に言うと解散命令のことである。
◇ ◇ ◇
早朝、第501統合戦闘航空団基地・食糧庫――
「こんなに?」
扶桑皇国海軍の宮藤優人大尉は、前日のうちに運び込まれた補給物質。その一部である食糧類を見て愕然としていた。
大量の米俵をはじめとして肉類、野菜類、魚類、その他料理油や各種調味料が食糧庫を埋め尽くさんばたりに押し込まれている。
それにしても、間も無く501部隊に解散命令が下されて基地を引き払うであろうタイミングでこれだけの食糧が支給されるとは。100歩譲って、ガリア解放の報奨やサトルヌス祭のプレゼントだとしても景気が良すぎる。
「はっはっはっはっ!いいじゃないか!これならば祝勝会の料理に使う食材の心配は要らないだろう?」
と、笑いながら嘯くのは優人の戦友であり、上官でもある扶桑皇国海軍の坂本美緒少佐だ。優人の妹である宮藤芳佳軍曹の師でもある。彼女は、優人と共に補給物質の確認をしに来ていた。
「呑気でいいな、お前はよ。この基地には、あと数日もいないかもしれないのに食い切れると思うのか?」
「心配ない、祝い料理は別腹と言うだろ?」
「言いませんよ、少佐殿」
戦友の天然なボケに呆れつつ、優人は食糧を一つ一つ目で確認する。と、あることに気が付いた。
「おい坂本。この米、餅米だぞ」
一部ではあるがわ米俵の中に餅米が混じっていたのだ。
「餅米まであるのか?」
優人の報せに、坂本は怪訝そうに眉を寄せた。扶桑皇国において餅米は一年中入手可能な食材ではあるが、殆んどの国民は正月にお雑煮や磯辺巻き等に調理して食しており、夏場に食べることはあまりない。
「通常の米と間違えたのか?」
不審そうな顔で餅米俵を見据えた優人は、腕を組ながら首を傾げる。
「う~ん」
もちろん、そんなことは坂本にも解るはずがないのだが、「まさか……」と前置きした上で推測を述べる。
「紅白餅を作ってガリア解放を祝え、ということだろうか?」
「かもな。御丁寧に、こんなものまで置いてあるよ」
高く積まれた米俵の隣には、埃が積もらないように布を被せた臼と杵が置かれていた。伝統的な扶桑の餅つき道具で、優人も正月に実家で使ったことがある。
「昼飯に磯辺巻きでも作ろうか?」
豪華料理が必要な祝勝会は夕食時に開催される。昼は腹持ちしにくい餅で済ませ、本命のお祝い料理をしっかり味わえるように腹を空かせておこう。というのが、優人の考えだ。
「そうだな、餅をつくのは任せておけ」
坂本は臼の中から杵を取り出し、軽く素振りをする。やる気満々だ。
「うっかり魔法力込めて、臼を割らないでくるよ?」
「む……心外だな」
優人に茶化された坂本は不満そうに唇を尖らせた。そんなやり取りの後、二人は臼と杵と餅米俵を担いで食堂へ向かった。
かくして、本日の501部隊の昼食は磯辺巻きの餅に決定したのだが、このことが後にちょっとした悲劇を生むこととなる。
◇ ◇ ◇
昼食前、基地宿舎――
二名の少女が食堂前の廊下を並んで歩いていた。カールスラント空軍から501部隊へ派遣されている世界的エースウィッチ――エーリカ・ハルトマンとゲルトルート・バルクホルンだ。
エース揃い501の中でも二人は特に高い戦果を上げており、内外からは部隊のWエースと称されている。
「はっ!」
「よっ!」
「はっ!」
「よっ!」
「はっ!」
「よっ!」
「何だ、この音は?」
食堂内から響いてくる男女の短い掛け声と、ペッタンという聞き慣れない音に気付き、バルクホルンは入り口へと目を向ける。
「いい匂いがする~♪」
隣のハルトマンもまた、食堂から香ってくる食欲を誘う匂いに鼻をヒクヒクさせる。
入り口から中を覗き込んで見ると、優人と坂本が餅つきをしていた。坂本が高く持ち上げた杵を力強く振り降ろし、優人がタイミングを見計らって返しを行う。その動くは素早いながらも丁寧なもので、長年共に戦ってきた戦友らしい見事な連携だった。
「優人と、少佐?何してんの?」
「少佐、その巨大ハンマーは何だ?」
初めて目にした餅つきという扶桑の文化。二人のカールスラントウィッチは不思議そう顔で訊ねる。
「おお、二人も来たのか?」
「ちょっと待っててくれ、今お前らのも作るから」
一旦手を止めた坂本と優人はそれだけ言うと、餅つきを再会した。
「あれは食べ物なのか?」
「お餅っていう扶桑の食べ物ですよ」
頭上に疑問符を浮かべたバルクホルンがポツリと呟くと、厨房のカウンター越しに顔を見せた割烹着姿の芳佳が答える。
カウンターには複数の大皿が置かれていた。海苔、醤油、きな粉、ゴマ等の餅に絡めるものが盛られている。
「おーいしぃ~!」
テーブルの方から歓喜の声が聞こえてきた。初めて食べた扶桑の餅を甚く気に入ったルッキーニのはしゃぎ声だった。
磯辺巻きにした餅を既に10個ほど平らげた彼女は、口の回りが醤油まみれになっていた。
「こらこらルッキーニ、お口が汚れてるぞ?」
普段からルッキーニの世話役を担当しているシャーリーが、自身のハンカチで口を拭いてやる。
「ん~っ……ありがとシャーリー!もう一個食~べよっと♪」
と、ニッコリと愛らしい笑顔を見せるルッキーニ。シャーリーに礼を言うと、次の餅へ手を伸ばす。
「がっつき過ぎて喉に詰まらせるなよ。けど、確かに扶桑のライスケーキは美味いな」
そう言ってシャーリーも磯辺巻きにパクついた。二人の向かい側では、リーネとペリーヌのお嬢様コンビがきな粉をまぶした餅に舌鼓を打っている。
「わぁ、モチモチしてる!美味しいぃ♪」
赤みの差した両頬に手を添えて、リーネは幸せそうだ。
「いけますわね。このきな粉というのも、甘過ぎない上品なお味が……」
ペリーヌも満足気に声を発する。扶桑料理が(納豆以外は)好評な501部隊、扶桑の餅は早くも大人気だ。
「ふむ、中々良さそうだな?」
バルクホルンは顎に手を当て、餅を頬張る仲間達をしげしげと見る。
「ねぇねぇ!私達も貰っていい?」
と、ハルトマン。奇妙なものを見る目で餅や餅つきを見ていたWエースも、少し興味が出てきたようだ。
「構わんぞ」
と、坂本が餅つきの手を緩めずに答える。
「サーニャとエイラの分を作らないとだな」
優人が坂本の言葉を継ぐようにして言う。夜間哨戒に出ることが多く、みんなと睡眠サイクルが異なっているサーニャとエイラ。今日は夜間哨戒がないため、二人はそろそろ起きてくるだろう。
「ねぇお兄ちゃん、ゴマときな粉と磯辺。どれがいいかな?」
「ああ、俺は磯辺巻きで!」
優人は一旦手を止め、芳佳のいるカウンターに振り返りながら答える。これがいけなかった。
臼の中に置いたままにした余所見をする優人。坂本はそのことに気付かず、彼の両手目掛けて杵が振り下ろした。
ボキィイイイイイイッ!!
「ぎぃやああああああぁ~ッ!」
骨を粉砕した鈍い音と、両手に激痛が走った優人の悲鳴が基地内に木霊した。
◇ ◇ ◇
昼食時――
優人が悲鳴を上げた、その30分後。デスクワークを終えたミーナ、起床したサーニャとエイラも合流し、食堂は本格的に昼食タイムとなる。
テーブルの上にはゴマ、きな粉、磯辺巻きと三種類の味付けが施された餅の山が、それぞれ大皿に盛られていた。
「美味しい……」
きな粉を絡めた餅を頬張るサーニャが、口をモゴモゴさせながら小さく呟く。
「まぁまぁダナ」
エイラもまた、口元を綻ばせた満足そうな表情をしている。
「扶桑のお餅、サイコ~ッ!」
「ん~……このきな粉味は、何だかお菓子みたいだね」
瞳ををキラキラ輝かせたルッキーニとニヒッ笑みを浮かべたハルトマンの二人が、用意された三種の餅をガツガツと頬張る。
「まだおかわりありますからね」
と、芳佳は一同に微笑む。彼女は今、不慮の事故で負傷した兄に治癒魔法を掛けている。
「よ、喜んで貰えて良かったよ」
未だ両手に残った痛みに耐えながら、優人は精一杯の笑顔を作る。杵を叩きつけられた彼の両手は粉砕骨折してしまい、完治まで少々時間がかかっている。
「こらこら、もっと味わって食べろよ」
がっつくようにして口内に餅を詰め込むルッキーニとハルトマンに対し、シャーリーがやんわりと注意をする。
「そうだぞ、二人共。この餅は優人の血と汗と涙の結晶なんだからな」
と、バルクホルンがシャーリーの言葉を継ぐ。文字通りそうだ。
「ふふ、優人も美緒も芳佳さんもお疲れ様」
三人に向けてニッコリと微笑んだミーナは、『女公爵』という異名に相応しい優雅な姿勢で、初めての餅に舌鼓を鳴らしている。
ウィッチ達はみんな餅にハマったらしい。山盛りに積まれていた餅は、既に3分の1ほどまでに減っていた。
「はい、お兄ちゃん。お餅どうぞ」
治療終えると、芳佳は磯辺巻きを乗せた取り皿を優人に差し出していた。
「ありがとう」
優人は皿を受け取り、磯辺巻きを口に運んだ。お餅の柔らかな食感と、醤油や海苔を絡めた香ばしい味付けが口内に広がる。満ち足りた気分になった優人は思わず「ん~♪」と幸せそうな声を漏らす。
シスコンぶりやおっぱい好きな印象に隠れがちだが、優人は食べることが好きだ。しかも細身な体型に似合わず、大食らいである。妹の芳佳がチビの大食いだとすれば、彼は痩せの大食いと言えるだろう。
「みんな。食べるのは構わんが、餅を喉に詰まらせないよう気を付けろ」
坂本は一同の顔を見回しながら注意を促した。
「確か、毎年それで大勢の人が亡くなっているのよね?」
『えっ?』
付け足されたミーナの一言を聞き、彼女と扶桑組以外のウィッチ達は彫像のように硬直した。
「お、お餅……食べると、死んじゃうの?」
しばしの沈黙の後に、ルッキーニがカタカタと歯を鳴らして口を開く。すっかり怯えきってしまい、健康的な褐色肌がブルーベリー並みに蒼冷めている。
「大丈夫だよ、ルッキーニちゃん。ゆっくり、よく噛んで食べれば大丈夫だから。詰まったりなんてしないから」
見兼ねた芳佳が安心させようする。と、ハルトマンが声を掛けてきた。
「じゃあ、優人はよく噛まずに食べたんだ?」
「え?」
ハルトマンの言っていることが、芳佳にはすぐには理解出来なかった。気になった彼女は隣に座っている優人の方へ目を向ける。
「……って、お兄ちゃん!?」
優人の姿を視界に納めた途端、芳佳は驚いて声を張り上げた。幸せそうに磯辺巻きを味わっていたはずの兄が、喉を押さえて苦しそうにもがいていたのだ。
「あ……が……」
「お餅が詰まったの!?」
兄の一大事に芳佳は狼狽える。当然ながら、喉に餅を詰まらせた優人に答えることは出来ず、激しく揺れる瞳で必死に助けを求めていた。
「私に任せろ!」
「バルクホルンさん?」
テーブルの向かい側にいたバルクホルンが、いつの間にか兄妹のすぐ近までに来ていた。
彼女は芳佳を横へ引かせると、何故か魔法力を発動させて使い魔の耳と尻尾を具現させた。
「え?バルクホルンさん?」
「はぁああああああああっ!!」
気合いの込もった掛け声と共に、バルクホルンは硬く握り締めた右拳を、前方へ勢いよく突き出した。剛拳は周囲の空気を巻いて、優人の腹部に叩きつけられた。
「ぐはぁああっ!?」
重たい拳に腹部を圧迫する。背中まで突き抜けるような衝撃と激痛に、優人は苦悶の表情を浮かべる。同時に喉につっかえていた餅が口から飛び出し、ベチャッと音を立てて床に落ちた。
「あ、お餅出ました」
芳佳は吐き出され、床に落ちた餅に目をやる。腹部を強く圧迫されたことで、喉に詰まった異物の除去に成功したようだ。
「上手くいったな」
やりきったような表情をしたバルクホルンが、額の汗を拭う。
「確かに餅は出たみたいけどさ。優人、白目剥いてるよ?」
「……えっ?」
ハルトマンの言葉に半歩遅れて反応したバルクホルンは、間の抜けた声を上げると共に優人へ視線を移す。
相方の指摘通り、優人は白目を剥いた状態で床に倒れていた。ピクピクと身体を痙攣させ、まるで陸に打ち上げられた魚のようだった。
「お兄ちゃん!?」
「優人、しっかりしろ!」
「まぁ、魔法力を込めて殴ればそうなるな」
慌てて優人に駆け寄る芳佳とバルクホルンを見据えながら、坂本が呆れたように言う。
「わざわざ殴らなくても、ハイムリック法を使えば良かった気がするけど……」
と、ミーナ。彼女の言うハイムリック法とは、外因性異物によって窒息しかけた患者を救命する応急処置で、腹部突き上げ法や上腹部圧迫法とも呼ばれている。詳細が知りたい読者はネット検索されたし。
「あ、ああ。川の向こうで、父さんが手を振ってる……」
優人は朦朧とした意識の中で、かような発言と共に儚げな微笑を口元に浮かべた。
「その川は絶対に渡らないで!ていうか、お父さん生きてたじゃない!」
芳佳は優人に声かけを繰り返しながら、本日二度目の治癒魔法を施した。
この一件で、食べ物を強制的に吐き出される瞬間を目の当たりにした501ウィッチの大半は食欲を失ってしまい、豪華料理の振る舞われる祝勝会は延期となった。
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