えっ……知ってた?あ、そうですか……←
暴風雨が吹き荒れるブリタニアの夜。ワイト島方面海上のとある名も無き小島の上空では、哨戒に出ていたウィッチとウィザードの二人組が中型ネウロイと交戦状態に入った。
ネウロイは撃破したものの、ウィザードと共に応戦したファラウェイランド空軍に所属のウィッチ――ウィルマ・ビショップ軍曹がストライカーユニットを損傷、島へ墜落してしまう。
彼女とロッテを組んでいた扶桑皇国海軍ウィザード――宮藤優人大尉は、ネウロイ撃破と同時にウィルマビショップ軍曹が落下していった小島へと急いだ。
◇ ◇ ◇
ネウロイ撃破より1時間後、ウィルマが墜落した小島――
「う、う~ん……あれ?」
気を失っていたウィルマ・ビショップは声を小さく漏らしながら目蓋を開いた。
目を覚ました彼女の視界に映ったのは見慣れぬ鉄骨天井だった。
「……ここって?」
ウィルマは、身体を起こすと辺りを見渡した。薄暗く、やや広めの空間内に一斗缶を利用した焚き火台があり、焚かれた炎で周辺が温かく照らしている。
何かの建物内にいるらしい。ウィルマは焚き火の近くに置かれているソファーに寝かされていた。
さらに目を凝らして見ると大きな入り口が開閉式のシャッターによって塞がれ、床から一段高い場所にキャットウォークらしき通路がある。奥には、やや型の古い航空機が一機と複数の銃器が木箱の上に置かれていた。まるで軍の格納庫のような景色である。
「私、一体?」
右手で頭を押さえ、記憶を辿っていく。第501統合戦闘航空団より出向していた優人と共に夜間哨戒に出たこと。その途中で大雨に降られ、服や髪がびしょ濡れになったこと。ワイト島基地へ帰投しようした矢先にネウロイと遭遇し、戦闘になったこと。
気を失う前の出来事が一つ一つ蘇り、すぐウィルマは自分がネウロイに撃墜され、付近の小島に落下したことを思い出した。
「私、空から落ちて……どうして助かったの?うっ……」
何故あの状況で助かったのか。ウィルマが思考を巡らていると、右腕に微かな痛みが走った。腕をよく見てみると、包帯が巻かれていた。
「これ?」
ウィルマは左手で包帯に触れてみる。しっかりと巻かれていて、処置をした相手に多少なりとも医療に関する知識を持っていることが伺えた。
「気が付いたか?」
不意に聞こえてきた男性の声が耳朶を打ち、ウィルマはハッと顔を上げる。声に続いてコツコツという足音が暗然とした空間内に響き出した。何者かの接近を感じ取り、ウィルマは思わず身構えた。
やがて、奥の方からタオルと毛布を手にした一人の男性が姿を現した。
「優人?」
ウィルマは拍子抜けしたように目を丸くする。現れた男性は今日できたばかりのウィルマの新しい友人――優人だった。
「あ、ああ。気分はどうだ?」
確かめるようにウィルマが問い掛けると、優人は何故か彼女から視線を逸らした。焚き火のせいだろうか、心無しか頬に赤みが差しているように見える。
「ここは何処なの?私は墜落したはずじゃ……?」
「その前に、これを身体に巻いてくれるかな?」
ウィルマの質問に答える代わりに、優人は手に持った毛布を差し出す。視線は彼女から外したままだ。
「目のやり場に困るからさ……」
「えっ?……あっ!?」
優人に言われ、ウィルマは自分が服を着ていないことに気が付いた。正確に言うと、ズボンとブラは身に付けているが、ジャケットとシャツ。そして軍帽が脱がされていたのだ。
「あ、あはは。失礼……」
ウィルマは気まずそうに苦笑すると、優人の手から毛布を取り、自身の身体に巻き付けた。
「……もういいか?」
「大丈夫よ、こっち向いて……」
促され、優人はゆっくりとウィルマへ顔を向ける。頬を軽く染め、毛布を衣服のように纏った彼女の姿は官能的ながら神秘的な魅力を醸し出していた。
「私って、落ちたはずよね?」
「落ちた場所にあった茂みがクッションになったみたいで、大事には至らなかったよ」
「それで、何で私は下着姿なの?あなたが脱がしたの?」
ウィルマが赤裸々に訊ねると、優人は慌てた様子で説明を兼ねた弁明を始めた。
「ぬ、濡れてたからさ。風邪ひいたらいけないと思って、服を脱がせて軽く身体も拭いたんだ。もちろん、変なことは何もしてないからな!」
両手を顔の前で振りながら、優人は必死に訴える。それがおかしかったのか、ウィルマはクスクスと笑い声を零した。
「笑うことないだろう」
と、優人は不機嫌そうに顔を顰める。
「ふふ♪ごめんなさい。これもあなたが?」
ウィルマは右腕を少しだけ上げ、巻かれた包帯を指差す。
「まぁな。あくまで応急措置だから無理はするなよ?」
「わかってるわ。ありがとう♪」
と、ウィルマは礼を述べてウインクする。しかし、まだ一つ疑問が残っている。今、自分達が屋根を借りているこの格納庫のような建物についてだ。
「ところで、ここは?私が落ちたのって、確か小さな無人島だったわよね?」
「その小さな島にある飛行場だよ」
「飛行場?こんな地域に?」
ウィルマは怪訝そうに眉を寄せながら重ねて訊ねる。内部の風景から飛行場ないし倉庫であることは察していた。
しかし、だとすればワイト島以上の僻地であるこんな無人島に一体誰が飛行場など建設したのだろう。ブリタニア空軍や連合軍が新しい飛行場を造ったという話は聞いていない。
「ここの持ち主が誰かはわからないけど。ありがたいことにいろいろ揃っていたから、使わせてもらったんだ」
そう言って優人はウィルマが座っているソファーの向こうを指差した。
ウィルマが振り返ると、救急箱やらレーションやら引退したウィッチをモデルにしたグラビア雑誌やらが置かれた棚があるのがわかった。飛行場の持ち主の所有物だろう。
棚の少し手前の床には損傷したスピットファイア。さらにウィルマの制服と軍帽、使用済みのタオルがロープで干されていた。滲み出た雨水がポツポツと床に垂れ落ちている。しばらくは渇きそうにない。
「雨はまだ止んでないのね?」
ウィルマは入り口を塞いでいるシャッターに目をやりながら呟く。
表はもはや暴風雨と形容しても過言ではないほどに荒れていた。屋外と屋内を隔てているシャッターがガタガタと激しく揺れる様と、外から聞こえてくる激しい雨音が気絶している間の天候の悪化をウィルマに訴えているかのようだった。
「しばらくは飛べそうもないな」
ここまで空が荒れていてはストライカーで飛び立つことは難しいだろう。溜め息混じりに呟いた優人は持っていたタオルで髪を拭き始めた。
「待って!あなたの服も濡れているわよ、早く着替えないと!」
髪を拭いてタオルを手放そうとする優人に、ウィルマは声を張り上げて忠告する。
彼女の言うとおり、優人の制服も雨でグショグショになっていた。焚き火があれど着替えなければ風邪を引いてしまう。しかし、当然優人は代えの制服など持ち合わせていない。
「そうは言っても、無事なのは下着くらいだし。毛布はお前の分しか見つからなかったし」
この飛行場内を可能な限り見て回ったが、衣服の代わりになりそうなものはウィルマに渡した毛布だけだ。
服を濡れたまま着るよりはましだろうが、大雨で気温が低下している中、焚き火があるとはいえ下着だけでは心許ない。
「なら、私と一緒に毛布を被ればいいじゃない?」
「………………はい?」
ウィルマの口から飛び出した言葉に、優人は己の耳を疑った。自分の聞き間違いだと思った優人はフゥ深呼吸し、気持ちを落ち着けてから訊き返した。
「ごめん、聞き取れなかったわ。もっかい言って」
「だから服を脱いだ後に私と一緒に毛布にくるまれば――」
「いやいやいやいやっ!何言ってんだよ!」
優人は激しく頭を振り、吼えるように怒鳴り返した。ウィルマの大胆を通り越した型破りな提案は聞き間違いではなかったらしい。
「よし、そうと決まれば!」
思い立ったが吉日。グッと右拳を力強く握ったウィルマはソファーから立ち上がると、猫が跳び跳ねるような俊敏さで動き、優人との間合いを一気に詰める。
「な、なんだ?」
「ふっふっふっ~♪わかっている癖にぃ~♪」
たじろぐ優人に対し、ウィルマはキラリと両眼を怪しく光らせた腹黒い笑みで応じる。
「風邪を引く前に服を脱がさなくちゃ♪」
「ちょっ、ちょっと待って!少しだけ俺の話を――」
「問答無用!私の胸や裸を散々見た癖に、自分は見せないなんて不公平でしょう?」
かような発言と共にウィルマは優人との距離をジリジリと詰めていった。
「ウィルマ、待って!ホントに待って!」
「ふふふ、良いではないか良いではないかぁ~♪」
数世紀前の扶桑に何人かはいたであろう悪代官お決まりの台詞を口にすると、ウィルマは優人に飛び掛かっていった。
◇ ◇ ◇
約一時間後――
風と雨足が多少は弱まってきたワイト島方面の夜空を一人の少女が魔導エンジン音を響かせながら飛行していた。
扶桑皇国陸軍の制服に身を包み、ストライカーユニット『キ43-II後期型』を駆るその少女は扶桑皇国陸軍中尉にしてワイト島分遣隊指揮官の角丸美佐である。
「ウィルマさん、宮藤大尉。一体どこへ?」
角丸は周囲を注意深く見渡し、優人とウィルマを必死に探していた。
優人からネウロイ出現の一報を受け、角丸はラウラを連れてすぐさま二人の元へ向かった。
ひどい悪天候であったため経験の浅いアメリーとフランには同行させず、基地で待機させている。
しかし、空域に到着しても優人やウィルマ、ネウロイの姿はなく、荒れた海が広がっているだけであった。インカムで呼び掛けても応答がなく、角丸はラウラと手分けして二人の捜索を行っていた。
「ラウラ、そっちはどう?」
角丸はインカムに指を当て、別行動を取っているラウラに通信を送った。
『ダメ、ウィルマも大尉も見当たらない』
と、インカム越しにラウラの声が返ってくる。彼女の方も収穫無しのようだ。
「そう……」
ラウラに短く返すと、角丸は暗雲に覆われた雨空を見上げて唇を噛んだ。
雨足は弱くなっているとはいっても以前として視界は悪いまま。干し草の山の中から針を探すよりはマシかもしれないが、優人とウィルマを見つけ出すのは困難だった。
魔導針を有するナイトウィッチ等、探査能力に秀でた人材がワイト島分遣隊のような僻地の二線級部隊にいるはずもなく、角丸とラウラは自分達の目で荒れた海や漆黒の空を確認しなければならない。
(やっぱり、すぐにでも呼び戻すべきだった……)
角丸の胸の内で次第に不安が大きくなっていく。ウィルマがエスコートと称して優人の個人飛行に同行した時に、“彼女の現状”を考慮してすぐにでも呼び戻すべきだった。しかし、ガリアの巣が消滅してネウロイが現れなくなったことや信頼する上官である優人が一緒だということが角丸を楽観視させた。
二人はどこへいったのか、現れたネウロイが予想外に強敵でやられてしまったのか。
(いや、今はとにかく二人の無事を祈るしか)
角丸は頭を切り替え、二人の捜索を再開する。余計なことを考えるよりもまず行動しなければ、優人とウィルマを見つけ出さなくては。
角丸が心の中でそう呟くと、ラウラからの通信がインカムに入った。
『隊長、私の方に何かいる』
「ウィルマさんと宮藤大尉?」
『違う、所属不明の飛行体。こちらの呼び掛けに応答しない』
「まさか、ネウロイッ!?」
ラウラからの報告に角丸は息を呑んだ。人類側の定説ではネウロイは水が苦手ということだったが、それはあくまでも原則であり、例外がいることも報告されている。
現に扶桑海事変において、皇国陸海軍のウィッチ・ウィザードとの最終決戦に臨んだネウロイの群れは嵐の中でも動きは鈍らなかった。
『レーダー網を低空飛行で掻い潜ったみたい。今、迎撃する!』
「待って!私もいくわ!」
もしラウラが捉した飛行体がネウロイで優人とウィルマが負けたのだとすれば、ラウラ一人での迎撃はかなり厳しいものとなる。
角丸はストライカーを加速させ、ラウラの元へと急いだ。別行動とはいっても同じ空域を飛しているので、ラウラはすぐに見つかった。報告にあった所属不明の飛行体もシルエットのみではあるが確認出来る。
角丸は飛行体の正体を見極めるべく、取り出した双眼鏡で対象を観測する。
「……あれって?」
◇ ◇ ◇
所属不明の飛行体を視認したラウラは足を止め、その場にホバリングしながらMG42を構えた。照準器で未確認機を捉え、狙いを定める。
(まさか、こいつがウィルマと大尉を!)
ラウラは奥歯を噛み締め、未確認機を睨み付ける。
『待ってラウラ!』
トリガーを引こうとしたその時。インカムから発せられた声がラウラの耳朶を刺激した。それと同時に、合流した角丸が射線上に飛び込んでくる。
「隊長!?」
目の前に現れた角丸に驚き、ラウラは思わず声を上げる。
「こっちに来る途中、双眼鏡見てみたけど。あれはネウロイじゃないわ!カールスラントの古い民間機よ!」
先程、角丸が双眼鏡越しに確認したのはカールスラント製の航空機『ドルニエ・コメット』だったのだ。
「民間機?なら、何で応答がないの?」
ラウラは怪訝そうに眉を顰める。
「わからないけど、ともかく接近して確認しましょう」
角丸とラウラは魔導エンジンの回転数を上げ、ドルニエ・コメットに接近していった。
◇ ◇ ◇
一方、その頃――
「ウィッチーズの活躍によってガリアの解放が為された。ならば次に奪還するべきは我らが祖国、カールスラント!」
「人類の盟主たるカールスラント!今こそ国をわしらの手で必ず取り戻さん!」
「カ、カ、カ、カ、カ〜ルスラントの飛行技術は世界一ぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
ドルニエ・コメットのコックピット内には、リーダー格らしい白髭の老人、小太りの老人、少しばかりボケが入ってしまっている老人の三人が鎮座していた。
年季の入ったカールスラント空軍の軍服を着用し、三人揃ってなにやら奇声を上げている。
「見晒せ!このドルニエ・コメットの雄姿を!わしらを老兵と侮りおったブリタニア空軍のヒヨッコ共もたまげるぞい!」
「ネウロイなんぞ、ワシらにかかれば蚊蜻蛉も同然よ!」
白髭の老人と小太りの老人が声高に嘯く。老いて尚も威勢の良いこの老人達の正体は、以前ロンドンの街中で芳佳に公然とセクハラを行い、優人に叩きのめされたあの三人組である。
しかし、ガリアを解放した501部隊の活躍に触発されたのか。彼らは古い民間機を駆り、この悪天候の中を飛行していたのだ。
「ところで、ガリアネウロイの残党はどこじゃ?というかわしらは今どこを飛んでいるんじゃ?」
白髭の老人が窓越しに外を見ながら首を傾げる。
「さぁて?ブリタニアの地理はよぉわからんわい」
と、操縦桿を握る小太りの老人も己の頭上に疑問符を浮かべる。
「…………わしらは、迷ってしもうたのか?」
「………………」
「………………」
ネウロイを倒すため、嵐の中へ勇ましく飛び込んできた三人の老兵達。しかし、ブリタニアの地理を理解せずに空の迷子になり、さらには非武装の旧型民間機でネウロイを相手取ろうとする等、どうやら勢い任せだったらしい。
機内に気まずい雰囲気が流れ、老人達は顔を見合せたまま黙り込んだ。
「ん?」
ふと白髭の老人が窓の外に人影を見つける。ストライカーを履いた角丸とラウラである。
「ウィ、ウィッチじゃあああああぁ!?」
眼前に現れた二人の美女を見た白髭の老人は鼻息も荒く叫んだ。
「なぬ!?ウィッチとな!?」
「ウ、ウ、ウ、ウィッチィ~!!」
続いて、機体の操縦を担当する小太りの老人やボケの入った老人も歓喜の声を上げる。威勢を取り戻した老人達によって、静寂に支配されていたドルニエ・コメットの機内が再び騒々しくなる。
「ぬ、濡れた服が身体に張り付いておるぞ!」
白髭の老人の双眸が雨水に濡れて身体にピッチリくっついた角丸とラウラの制服を捉える。
二人の場合はウィルマと違い、上着を着込んでいるため肌や下着類が透けることはない。しかし、服が密着しているためボディラインが丸わかりとなっている。
「あの果実のように豊かな胸!た、たまらん!」
「なんと形の良い尻じゃ!是非とも撫でてみたいものじゃ~!」
老人達の邪な視線が窓の外にいる二人の肢体に注がれる。声が聞こえずとも、彼らの眼差しから何か善からぬ感情察したらしく、角丸とラウラは両手で庇うように胸を隠していた。
「なぁ、あのお嬢さん達。こっちに向かって何か叫んどらんか?」
外の二人が自分達に対し、何か呼び掛けていることに小太りの老人が気付いた。
「はて?なんと言っとるんじゃろ?」
白髭の老人は首を傾げ、小太りの老人に振り返る。
「無線は使えんのか?」
「何を言っとるんじゃ?無線は、さっきあんたがルガーを暴発させてブッ壊したんじゃろうが!」
「おお!そうじゃったぁ~!」
小太りの老人に指摘され、白髭の老人は自分の愛銃の暴発によって無線を壊してしまったことを思い出す。
「なんとかして、あの可愛い娘ちゃん達と話せんかのぉ?」
「窓をブチ割ってはどうじゃろ?」
「おお、それがええ。そうしよう!」
小太りの老人の提案に乗った白髭の老人は、前大戦時より愛用し続けているルガーをホルスターから抜き、操縦席の窓に向けて発砲した。数発の銃弾を受け、窓ガラスが外へ飛び散る。
「一体何をされているのですか?この空域における本日の飛行予定は何も聞いていませんよ?」
突風と雨粒、そして角丸の叫び声がドルニエ・コメットの機内へ飛び込んできた。
「迷ってしもうたのじゃあ~……」
「…………えっ?」
白髭の老人から返ってきた言葉に角丸は目を丸くした。
「む、無線は?」
重ねて訊ねる角丸に、今度は小太りの老人が答える。
「壊してしもうたのじゃあ~……」
「…………」
丸くなっていた角丸の目が点になる。少し離れた場所で会話を聞いていたラウラもまた、老人達へ呆れたような視線を向けている。
「と、とにかく!この悪天候下でこれ以上飛行は危険です!近くに我々の基地がありますので、一先ずそこへ避難を!」
と、角丸は基地のあるワイト島まで老人達にドルニエ・コメットを誘導しようとした。
その時だった。回転していたドルニエ・コメットのプロペラが、プスッと音を立てて突然停止した。
「ありゃ?」
「なんと!?」
「エ、エ、エ、エンジンがぁああああああぁ!!」
燃料を使い果たしてしまったのか。古い機体故の経年劣化か。はたまた、老人達の整備に何か問題があったのか。ドルニエ・コメットのエンジンはよりにもよって飛行中に停止してしまった。
これにはさしもの老兵達も動揺を禁じ得ず、三人は順に悲鳴を上げる。
「ッ!?ラウラ!」
「うん!」
角丸が目配せをすると、それだけで隊長の意図を理解したラウラは頷き、二人はすぐに行動に出る。
角丸とラウラはそれぞれドルニエ・コメット左右の翼の下に入り、重力に引かれる機体をなんとか支えようとする。
だが、ドルニエ・コメット総重量は決して軽くはない。高度が次第に落ち始める。
「くっ!」
予想以上の重みにラウラは歯を食い縛る。
「頑張って!なんとしても機体をワイト島まで運ぶのよ!」
反対側の翼を支える角丸が声を張り上げ、ラウラを励ます。が、そう言う角丸もまた苦悶に表情を歪めていた。
二人は肩で息をしながらなんとか高度を維持し、ワイト島を目指して必死に飛び続ける。
しかし、時間が経つにつれて二人の魔法力や体力は限界へと近付いていく。
「はぁはぁ……見えた!」
不時着を覚悟した角丸の視界に基地管制塔の明かりが飛び込んできた。
「ラウラ、着陸態勢に入るわよ!」
「了解!」
二人は残った力を振り絞り、基地の滑走路へと降りていった。
◇ ◇ ◇
その頃、優人とウィルマ――
「はぁ……」
避難した無人飛行場の格納庫で、優人は焚き火にあたりながら溜め息を吐いていた。毛布にくるまっているため見た目では分かりづらいが、今彼はトランクスを一枚だけ身に付けている状態である。
濡れた服を着たままでは風邪を引いてしまうと、ウィルマの手で暴かれてしまったのだ。脱がされた第二種軍装はウィルマの服の隣に干されている。
「すぅ~……すぅ~……」
ふと静かな寝息が聞こえてきた。チラッと隣を見てみると、優人の右肩に頭を乗せて眠りこけているウィルマの姿が確認出来た。
ウィルマも優人と同じく服を脱いで下着姿となっている。彼女が着ているのは、青色の小さいリボンをフロントであしらった純白のズボンとブラのみである。
色合い、デザイン共に清楚な印象を受ける下着類だが、ウィルマ自身が物凄いダイナマイトボディの持ち主であるために彼女のむしろセクシーさを際立たせている。
(……無防備過ぎるだろ)
同世代の異性である優人を下着姿に引ん剥いただけでも十分驚きだが、互いに下着姿となった状態で寒いからと一つの毛布に一緒になってくるまり、あまつさえ肢体の殆んどを露にしたまま寝入ってしまうとは、大胆と言うか度胸が良いと言うか。
以前、ウィルマの妹であるリーネが優人と同じ湯船に浸かっていたことがあったが、彼女はフルフルと小刻みに震えながら恥ずかしいのを必死に我慢していた。
しかし、姉の方は全裸姿を正面から見られても恥ずかしがることは殆んどなく、裸同然の格好で優人に添い寝という無防備な姿を晒している。
もちろん、優人はウィルマをどうこうしようなどとは思っていないが、出会ったばかりの人間に対して少々気を許し過ぎではないだろう。
「う~ん……」
ウィルマの口元から短い寝言が漏れ聞こえる。その唇の動きがどことなく官能的で、優人は胸がドキッと高鳴る。
年頃の男子として妙な衝動に駆られぬよう、優人は理性を総動員したうえで視線と意識をウィルマとは別方向へ向ける。
「落ち着け……とにかく落ち着け……」
「どうしたの?」
「うおっ!?」
突如聞こえてきた声に、優人は肩をビクつかせながら声を上げる。
振り返ると、つい数秒前まで眠っていたはずのウィルマか彼を見つめていた。
「な、なんだ……起きたのか?」
「あなたこそ、眠れないの?」
「あ、ああ……まぁな……」
曖昧な言葉を返す優人。彼の視線は段々と下方へ移り、薄暗い格納庫内でも強い存在感を放っているウィルマの胸を捉える。
男の性故なのか。見てはいけないと思いつつも、優人は視線を胸から逸らすことが出来ずにいた。
「もしかして、下着姿の美女と一緒だと緊張して眠れないのかしら?」
「…………」
クスクスと悪戯っぽく笑うウィルマに、優人は無言でそっぽ向いた。沈黙もまた肯定の証である。
「ふふふ♪リーネの手紙にあった通りね」
「手紙?」
「この前届いた手紙にあなた達兄妹のことが書いてあったの」
ウィルマは簡単に説明すると、一呼吸置いてから手紙の内容を話し始めた。
「頑張り屋で元気と勇気を分けてくれる素敵な妹さんと、ちょっとエッチだけど優しくて頼りになるお兄さんのコンビだって……」
「……ちょっとエッチ、か」
一言余計だと思いつつも、事実には違いないため否定することが出来ず、優人は小さく溜め息を吐いた。
「最近の手紙にはあなた達のことばかりよ?『優人さんは素敵な人で、新しいお兄ちゃんができたみたい』なんて書かれて、お姉ちゃんはちょっぴりジェラシーな気分よねぇ……」
唇を尖らせて不平を漏らすウィルマだが、当然本気で嫉妬しているわけではなく、あくまでからかいを目的とした冗談で言っているだけである。
「…………素敵な人?そりゃ買い被り過ぎだよ。俺は悪い兄貴さ」
ははは、と優人は自らを自嘲気味に笑う。予想とは違った返し方にウィルマは怪訝そうに目を瞬かせる。
「俺は10歳の時に扶桑海軍のウィザード候補生に志願したんだが、妹が小学校低学年の時はウラル方面にいたんだ。高学年の時にはオラーシャのリバウに、あいつが中学に上がった時には501の一員としてブリタニアにいた」
「…………」
「軍務軍務で一度も家に返らず、妹には寂しい想いばかりさせてきた。この前なんてカッとなって手を上げちまったし、最低な兄貴だよ」
「そんなことを言ってはダメよ」
自己卑下する優人に対し、ウィルマはやや語気を強めて異を唱えた。
「確かにあなたと離れている間、妹はとても寂しい想いをしたのかもしれない。けど、リーネの手紙には妹がとにかくあなたが大好きで、心から慕っているということが書かれていたわ。寂しさ以上に誰かを守るためネウロイと戦っている兄を誇りに思っていたんじゃないかしら?」
「……けど、俺は妹を引っぱたいたんだぞ」
「それだけ妹を愛してる、ってことでしょう?でなくちゃ叩いたことに罪悪感なんて抱かないわ」
そう言うと、ウィルマは優人の頬に自身の手を添えて自分の方へと向かせた。
互いの吐息がかかり、鼻と鼻がくっつきそうな距離で二人は向き合う。優人は自分の顔が熱く、赤くなっていくのを感じた。
「兄や姉の役割を完璧にこなせる人間なんていないわ、私だってたくさん失敗したもの」
ウィルマはそう微笑み、コツンと小さな音を立てて優人の額に己の額をくっつけた。
「それだけ妹さんのことを想ってる。あなたは立派なお兄さんよ、もっと兄としての自分に自信を持って」
子供っぽいところが残っている優人と違い、ウィルマは精神面でも大人びている。彼女の優しさに包まれた優人は、奥底に抱えていた悩みを打ち明けられた。聞いてもらったことで心も少し軽くなった。
「あ、ありがとう」
「うふふ♪どういたしまして」
優人が赤面しながら礼を言うと、ウィルマは満足気に喉を鳴らして彼から離れる。
「そう言えば……」
顔から熱が引いたところで、優人はずっと頭に引っ掛かっていた疑問をウィルマにぶつけてみた。
「もしかしてお前、もうシールドを満足に張れないんじゃ?」
「あら、バレちゃった?」
ウィルマは舌を出しながらテヘッと悪戯っ子のように笑う。
「お前なぁ、そういうことは予め教えといてくれよ!さっきの戦闘だって、一歩間違っていたら死んでたかもしれないんだぞ?」
「いいじゃない、こうして生きてるんだから。あなたがいてくれたおかげで、怪我の手当ても出来たし。」
と、応急措置の施された右腕を掲げながらウィルマはウインクする。
「まったく……」
ウィルマの能天気な返しに怒る気も失せたのか。優人はそれ以上は何も言わず、代わりに呆れ顔で溜め息を漏らした。
その後。二人は少し世間話をした後に悪天候下の飛行と戦闘で疲れた身体を休めるため仮眠を取り始めた。
先に一眠りしていたウィルマはもちろん、優人もすぐに眠りに就き、毛布にくるまった二人は寄り添うようにして夢の中へと沈んでいった。
以前『片翼の魔女たち』を読みましたが、ウィルマさんのおっぱいばかりが強く印象に残っていて細部が朧気です←
感想、誤字脱字報告をお願い致します。